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二日目 手から恐怖が伝わった

「暑い~、ねーどうにかして」

ゲームのコントローラーを放り、声を上げる。読んでいた本から目を外した。

「・・・僕に言ってる?」

「ここには私とあなた以外いないよ」

「クーラーの設定温度下げればいいじゃん」

「えー、なんか負けた気分になるから嫌だ」

「僕にはその気分が理解できないから」

「うー、海行かない?海」

「唐突だね、水着ないから入れないよ」

「去年のがあるから大丈夫」

「成長してな「うるせえぶっ殺すぞ」すいませんでした」

「で、いくのいかないの」

「行ったとして僕は水入らないよ?」

「いーよ、こういうのは一緒に行ったという事実が大事なのだ」

「あーそう。外暑いんだよなあ、君が遊んでるの見てるだけで力尽きそう」

「え、彼女が海に誘っているというのに来ない彼氏とかいるの?」

「わかったよ行けばいいんでしょ行けば」

「やった、途中のコンビニでアイスでも奢ってあげるよ」


二日目


目を覚ます。この体でも睡眠は必要のようだ。

夢を見ていたらしい。幸せだったころの夢だ。

彼女の部屋に行く。まだ起きてはいないらしい。

起きていないならまずは飯を作らねばならない。

「あー、どうしよう」

冷蔵庫を漁るが、消費期限が切れているものしか見つからない。

今から買いに行くか、でも彼女から離れて良いのだろうか。

「いや外で食べればいいか」

今日は海に行く日だ。確かバス停までの道の途中にファミレスがあったはずだ。だが食べてくれるだろうか。冷蔵庫の状況を見るにあの日から食べていない可能性まであった。


「あ、起きた?」

彼女が目を覚ます。驚愕と困惑と悲哀と安堵が入り混じった目で僕を見つめていた。

彼女が僕の手を握る。それに握り返す。少しだけ表情が和らいだ。

「ね。海行かない?海」

海という言葉に彼女の表情が曇る。

まだ早かっただろうか。だが一週間しかないのだ。なるべく早く、多く行動したい。

「ダメかな」

数秒たってから微かにうなずいた。

「じゃあ朝、というか昼ご飯は外で食べて、それから海ってことでいい?」

彼女は肯定も否定もしなかった。


ドリアを一つ頼んだ。確か彼女が好きだったはずだ。しかし食べてはくれない。

「食べないの?」

何度目かの質問をする。彼女は何も言わない。

「ねえ、約束覚えてる?」

他愛のない遊びの約束だ。だがそれが彼女をこの世界に留めているのは理解していた。

「夏祭り行こうって僕が誘ったやつ」

握る手に力がこもった気がした。

彼女が少しだけドリアを口に含む。

「・・・う」

彼女がうめき声をあげた。

すぐに水を渡す。

どうにか、それを嚥下する。

「ごめんね、おいしくない?でも食べなきゃ生きていけないから」

彼女はどうにか半分ほど胃に流し、僕たちはそこを後にした。


バスに乗り込む。

冷房が利いていて、彼女も休めるだろう。いつもは自転車で海まで向かうのだが、今の彼女にそれをしろというのは酷だ。

バスが進むにつれ、彼女の顔は青ざめていく。

少しでも気分が晴れるように窓側の席に彼女を座らせたのがよくなかった。

窓からコンビニが見えた。

僕たちがあの日行ったコンビニで、そこから数十秒歩いたところに――

彼女の体が震えていた。

握った手がどちらのものか分からない手汗で滲む。

「すいません降ります」


どうにか帰宅した。後悔で頭が回っていなかった。

結局今日何もできていない。徒に彼女のトラウマに触れただけだ。あのまま海に行っていれば何か変わっただろうか。そもそも海に行こうとしたこと自体が間違いだったのだろうか。あの海は僕たちの初めて会った場所だ。だからそこに行けば何かが変わるかもしれないと思った。

手が握られた。思考が現実へと引き戻される。

彼女は何も言わない。ただ僕の顔を見つめる。

僕を心配してくれているのだろうか。辛いのは彼女のほうだろうに。

「ごめんね、大丈夫だから」

彼女の頭をなでる。安心したのか少しずつ瞼が下りる。彼女は眠ることが多くなった。この世界に希望を見出せないからだろうか。防衛機制というものだろうか。

眠る彼女を抱きとめ、ベッドへ運ぶ。彼女のスマホが目に入った。

もし可能性があるのならこれなのかもしれない。充電し、電源をつけ、パスワードに自分の誕生日を入れる。大量の不在着信がある。電話帳から目的の番号を探し、かける。

すぐにつながった。

「彩!?いまどこ!?」

「彩じゃない佳」

息をのむ音が聞こえる。

「あなた・・・誰?」

「佳だって、忘れた?」

「質の悪い冗談はやめて。佳は死んだでしょ」

「とにかく彩は今彼女の家にいる。場所は分かるよね?」

「そんなこと言われても・・・彩は無事なんでしょうね?」

「昨日自殺しようとしてたところを止めた。とりあえず今は生きてる。」

「自殺って・・・」

「僕が死んでかなり追い詰められてる。君ならどうにかできるかもしれないと思って電話かけた。」

「・・・」

「とりあえず彩の写真を今撮って送るから明日来てくれない?」

「・・・分かった。」

電話が切られる。

我ながらあまりにも怪しい電話だと思ったが。現状を伝えるには見てもらうしかないだろう。百合は僕を除けば最も彩と親しい人間だ。僕がいなくなった後彼女を支えられるとしたら百合しかいないだろう。

彼:柄谷 佳

彼女:白畑 彩

友人:糸井 百合

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