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「何か頼みなよ。奢ってやる。」
駅を出てすぐ目に入ったカフェに、僕と彼女はとりあえず入った。
「大学生なめるなよー、高校生よりは遥かに金持ってんだからな」
「では、コーヒーを一杯‥」
「よし、それでいい。」
注文を終えてから無言の時間が続いた。
こういう時は心音が役に立つ。
僕にとって心音は、もはやコミュニケーションツールとなっている。
彼女は、警戒心を抱いてる訳ではなく、どちらかというと救ってくれて感謝している様だったので、思い切って聞いてみた。
「でさ……、俺で良かったら話くらいは聞くよ」
彼女は、躊躇ってはいたが、本心は違った。
僕は辛抱強く待った。
そして、彼女はその重い口を開いた。
「なんか、もう生きている意味が分からなくなってしまったんです。私、今3年生なので、部活もいよいよ最期の年なんですけど、全く上手くいかないし。あと受験も控えてるのにママが、うちはそんな余裕ないから受験のお金は自分で稼ぎなさいって…… 頑張ってはいるけど、部活もバイトもやってたら勉強できる時間なんてなくて…… それでも成績が悪いと両親にはこれでもかってくらい怒られるし、もう嫌なんです。」
そう言い放つと、彼女は両手で顔を覆い泣いてしまった。
もう頼むから泣かないでくれ。
まるで俺が泣かせてるみたいだ。そう思ったがもちろん口には出さず。
「んー、頑張ってるのに結果は出ないって辛いよね。 でもさ、自殺はダメだよ。ここで死んじゃったら勝ち負けも分からないまま人生終わっちゃうんだよ?なんか悔しくない?どうせなら負けてから死になよ」
彼女は伏せた顔を上げ、ギョッと目を見開いて僕を見た。
「え、負けたら死んでいいの?」
「だめ」
「ダメなの?どっちなんですか」
彼女は困った顔で笑った。
「冗談だよ。死んでいいわけはないじゃん。でも、今の段階じゃ部活も受験も失敗するなんて決まってないんだからさ、これからさ、死ぬほど頑張ればいいいんじゃないかな? 俺が助けなかったら死んでたんだし。」
「あっさり、すごいこと言いますね」
「あくまで個人的な意見だからね。話凄い変わるけど、お名前は? あ、俺は矢野圭吾」
彼女も、そういえばといった感じで答えた。
「村野優奈と言います」
なぜか恥ずかしそうに優奈は言った。
「優奈かー。いい名前だね!」
「ありがとうございます。 私、これから家に帰ろうと思います。」
「そっか、それがいいよ!きっかけはどうあれ知り合えたのは何かの縁だと思うから、LINEくらい交換しない?」
別に、このままさよならしても良かったのだが、放っておいたら、いつまた自決しようとするか分からないし、もしそうなったら後悔しそうなのでしばらく見守ろうと僕は考えた。
それに加え、優奈の言葉は本音ではあったが、他に悩みのタネがありそうな感じがしたのが少し気になった。
「あ、はい」
素っ気ない返しだったが、それはどうやら恥ずかしさから来ているものだった。
「あの、やっぱりまだ帰りたくないです。家に帰ったら結局また勉強とか部活のこととか、考えてしまいそうで」
申し訳なさそうな顔で放ったこの言葉には、時間つぶしに付き合ってほしいという意図が隠れているようだった。
「そうだねー、今日くらいは勉強とか部活のことは忘れよっか。遊びなら付き合うよ。」
優奈は、嬉しそうに首を縦に振った。こういう場面で、心音は本当に役に立つなと心底思った。
僕と優奈はカフェを出て、とりあえず駅の方向へ歩いた。
「とりあえず、どこ行きたいとかある?」
行くあてもないので聞いてみた。
「楽しいところがいいです」
「抽象的だな。どういう系とかだけでも言ってくれれば連れて行くよ」
「んー、運動がしたいです!」
「お、じゃあボーリングなんてどう? 平日だし多分空いてるよ」
「ボーリングいいですね!行きましょう」
ここから近い府中本町駅の前にラウンドワンがあることを知っていたので、中央線に乗り向かった。
「へー、ここにもラウワンがあったんですね」
「うん、部活後とかにたまに行ったりしたんだ」
とりあえずと、3ゲームやることにした。終わる頃にはだいたいお昼になる頃だろう。
「あっ」
僕は思い出した。
「そういえば、今日ゼミじゃん」
「え?」
優奈は頭の上にはてなを浮かべたような表情だった。
「あ、感違いだ。来週の話だった。ごめん」
詳細を話すと気を遣わせてしまいそうだったので、ゼミのことは黙っておくことにした。
しかし、内心では怒り狂った教授の姿が頭に浮かんだ。やばい。もうすぐゼミが始まる。その時、同じ研究室で同期の坂田理子からLINEがきた。
『いまどこー? 教授怒ってるよー』
案の定、怒ってるようだった。
『まじかー。実は色々あって今日はゼミ行けないんだー。理子ちゃん頼む!教授にうまく伝えてくれー!! 』
『自分で言って』
あのやろう。何時も研究手伝ってやってるのにその言い方はないだろ。
そう言い返してやろうと思ったが、なにをしたって怒られることは決まってるんだし、この際ボーリングを楽しむことに専念した。
カーンッとボーリングの音が鳴り響く。
もうすでに2ゲームを終え、場面は3ゲームの5フレームである。
優奈の下手さに唖然としながらも、僕は昔の感覚を思い出しながら投げ続けた。
「矢野さんって、意外とスポーツ出来るんですね」
「意外とってなんだよ。村野さんはスポーツできそうだけど、ボーリングは苦手なのかな?」
ちょっと意地悪だったかもしれないと思ったが、それほど優奈は気を害していないようだった。
「よくよく考えたら、私制服ですし、学校サボってるのバレバレですね」
優奈は、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「そうだなー、俺はJKを連れ回してる不届き者だと思われてるかもなー」
そう思い、周りの人の心音を聴いてみたがその心配はなかった。
1人で来ていてプロボーラーなのか、それとも目指しているだけなのか分からない40代くらいのおじさんと男女の大学生グループしかいなかった。
おじさんの方は、ボーリングのことしか考えていない様子だ。
面白いのは大学生たちの方だ。ボーリングの事をそっちのけで、女子とのハイタッチのことばっかり考えてる輩がいた。
さらに面白いのが、女子の中にその事に気付いてる子がいることだ。
恐るべし女子の勘とでも言うべきなのであろうか。
「女の勘ね~」
優奈は僕を見て微笑んでいた。