【全記録】昭和の小学生、完全徹夜にて宿題殲滅作戦を全ふス
【一】戦況
198X年8月31日朝(夏休み最終日)
瀬○雅峰少年(小学三年生)
敵残存兵力を精査す。
①社会科の壁新聞、製作
②自由研究。製作
③国語の読書感想文、執筆(原稿用紙3枚)
④算数の計算ドリル1冊、完遂(30ページ以上)
⑤漢字ドリル対象ページ、10回書取り(20ページ以上と思しき)
⑥夏休みの三行日記、記入(但し40日分)
……そう。
この年、瀬川少年は、ほぼ何一つ宿題に手をつけず最終日を迎えた。
阿呆である。
瀬川少年はクラスで「勉強のできるいい子」だった。ちょっと太めで、運動が苦手で色白な出来杉くんを想像してもらいたい。学校のテストはほぼ満点で、先生に頼まれたこともしっかりやるイイ子だった。
しかし、その正体は宿題こそイヤイヤ提出していたものの、家に帰ったら勉強など一秒もやらない遊びまくり小僧だった。作ってないプラモと、読んでない本のことで頭はいっぱい。兄貴から譲ってもらった勉強机はピカピカだった(兄貴も家ではカケラも勉強しなかった)……全ての引き出しにプラモ用工具と塗料がぎっしり。本棚には図書館から借りてきた小説と、毎月買ってもらっていたホビージャパン。イエァ!
そんな正体を隠して生きていた瀬川少年だが、当時の担任の八重子先生……定年間近のおばちゃん先生は、優しくて大好きだった。なので、八重子先生を失望させたくない、という気持ちだけはあった。夏休みの宿題を忘れて9月に登校する、などという大失態を演じるわけにはいかなかった。
……やらねば、なるまい(`・ω・´)ヤダけど。
【二 前半戦】
8月31日 午前~日中
眠かったが、早起きしたのでまだ朝8時前。
早い時間にどれだけ片付けるかがポイントになる、とわかっていた。
まず小物と①『社会科の壁新聞』にとりかかった。どんな内容を書いたか記憶がないが、何かの本を安直にまとめて書き写すだけの、やっつけ仕事をしたことは覚えている。白い模造紙に、下書き用鉛筆でとりあえずの文を書いて埋め、上から黒マジックでなぞって小一時間でケリをつけた。
続けて②『自由研究』。
テーマは生まれてから4歳まで住んでいた大団地の研究……はっきり言って誰得テーマである。なんせその団地は今では数百キロの彼方であり、地元の誰一人として存在すら知らない団地だ。でも「子供ならこんなテーマで適当に書いてきても、いちいち大人はツッコミを入れないだろう」という嫌らしい計算をしていたことはしっかり覚えている……子供が純真無垢などというのは大嘘です。
そもそも、このとき使った資料は、団地に住んでいた父の友人が、瀬川少年が団地好きと聞いて送ってくれたものだった。これ幸いとトレーシングペーパーで地図をトレパクし、いくつか資料の情報を書込んだやっつけ自由研究であった。
昼食後は③『読書感想文』である。幸い事前に読書は済ませていた(読むところまでは楽しい)ので、あとは書くだけ。これも一気に書き上げて、夕方前に終わった。
ここで早起きをしてずーっと宿題をやっていた疲れが出てしまい休憩。夕食までだらだら過ごした。
【三 後半戦】
8月31日 日没以降
残った宿題はこれだけ。
④算数の計算ドリル1冊完遂(30ページ以上)
⑤漢字ドリル対象ページ10回書き取り完遂(20ページ以上と思しき)
⑥夏休みの三行日記記入(但し40日分)
……吐き気を催す邪悪な大物ばかりが残っていた。
単体でもかなりヤバいヤツ三点セットである。
夕食後すぐ、考えている時間はないのでひたすら④計算ドリルと⑤漢字ドリルを解き、写しまくった。片方を続けると次第に飽きてくるので、少し進めたら教科を切り替える。
そして夜中にさしかかるころ、いよいよ真打ち。最難関の⑥『三行日誌』作り。
手順は頭の中でシミュレートしてあった。まず大きなチラシの裏を使い、夏休み40日分のカレンダーを手書きで作った。大きめサイズで真っ白の曜日と日付入りカレンダーができた。
次に40日分のネタ作り。夏休み中の経験を片っ端からチラシの余白に書き出す。ほぼ40日分のネタになる分量を書くまでが第一段階。花火に帰省にキャンプにプール……一日に複数のイベントがあった日は、あえてネタを分割して二日分にした。小さな文字で、自分だけが読めるなぐり書きで、40種類の「思い出」を並べた。
そして帰省した日や、旅行、スポーツ少年団の合宿など、日付を前後させると矛盾の出る大きなイベントの日程をカレンダーに書き込み、大枠として先に整備。そこに40種類のネタ山から不自然にならないようにエピソードを選んで書込んでいった。
ここまでの作業で、おそらく二時間以上かかっていたと思う。眠さと疲れでふらふらになりながら、チラシの裏に完全な夏休み40日分のカレンダー型ネタ表を書き上げた。
最後に学校で渡された日記の冊子に清書するわけだが、まずは鉛筆を5本用意して一本ずつ太さを変えた。40日分の三行日記記入は、一日分書くごとに鉛筆を取り替え、かつ、書く順番もランダム。こうして筆跡、鉛筆の太さ、字の乱れをシャッフルしたのだった。
なんせ当時、少年少女江戸川乱歩シリーズにどっぷりで、殺人のアリバイ作りなどの偽装工作に興味津々だった……よって狙うは一つ。
――『完全犯罪』。
日記の清書に飽きたらまた計算ドリルをやり、漢字を書く……ひたすら作業の夜は更けていった。母親はサイフォンで大量にコーヒーを作ってくれ、目の下にメンソレータムを塗るとすっとして目が覚める……と裏技まで教えてくれて、一晩付き合ってくれた。
無謀なチャレンジを止めずに応援してくれた、フリーダムな母親には本当に感謝している。
【四 戦闘終了……そして】
午前二時、三時と刻々と夜が更けていく中、ひたすら宿題を続けた。頭ふらふら、胃はコーヒーでたぷたぷ。目の下はメンソレータムでぬるぬる。
朝になった。
ほとんど休憩もせず、ひたすらに宿題をやって一晩が過ぎた。
朝7時半すぎに全ての宿題が終わった。小学校に行く時間まで、残り10分ほどになっていた。急いでランドセルに詰め込みながら、宿題を見直してびっくりした。算数ドリルは全ページにびっしりと答えが書いてある、漢字もノートにびっしりと写してあるのに、途中から書いた記憶がなかった。
脳は限界を超えると記憶として保てないのだ、と自分の身体で理解した。
瀬川少年、小学3年生にして初の完徹。この日、全ての宿題を提出し、ほっとして家に帰った少年はそのまま爆睡した。
◇
約一週間後、八重子先生から、宿題の返却があった。
例の『三行日記』が帰ってきた。
開くと、どの日にも大きな三重丸がついていた。
最終ページには
「毎日本当にしっかり書けていて、さすが瀬川くんですね」と書いてあった。
瀬川少年は「計画どおり」と某夜神くんのような笑みを浮かべた。
……
マジで徹夜すると一日でも結構いろいろできるじゃん!
という危険な感覚を身につけてしまった少年の日の思い出でした。
おしまい。(・ω・)ノシ
宿題は計画的にやろうね。身体壊すよ。