あの日の怪奇、或いは悪夢。
その時は突然訪れた。
走行を続ける電車の中で、音が、光が崩れ去る光景を俺だけが眺めていた。
闇は目にも止まらぬ速さで辺りを侵食し、人や、景色を飲み込んで行く。
「・・・っ!」
俺は焦って闇から逃げるが闇が止まる様子など無く、次第に俺は運転席まで辿り着いてしまった。
そうして俺は飲み込まれる。
視界に広がるのはただひたすらの黒。
目の前の色が伸びて捻れて重なって、闇は何も無い空間に薄暗い駅舎の様な建物を創り出す。
そのやや古びた木造の駅舎は普段ならまず近寄らなそうな物だが、何故だか今は目を逸らせない不思議な魅力を感じた。
足が勝手に・・・いや、自分から歩を進める。
一歩、また一歩と足を動かす為に己の奥底から摩訶不思議な気持ちが湧き出てきた。
猛烈な恐怖と激烈な好奇心。
進む度脂汗が滲む。
けれど口角は不思議と上がってしまう。
本能が警鐘を鳴らすが俺の足は止まらない。
・・・そこまで怖いもの見たさな気持ちが強い方では無かった筈だが。
無数の視線を感じる。
冷気が項を撫でる。
これまた古ぼけた改札を抜けてコンクリート剥き出しのホームに立つと先程の恐怖は無くなり、狭まっていた視界が段々と開けた。
見渡すと駅長室の窓際の花瓶に据えられた彼岸花の紅が厭に目につく。
今自分の立っているホームより先は闇で、無性に恐怖心を煽られた。
思わず後ずさってしまう。
不安が増してきた。
本能が不安を避けようと急いで首を横に向けた。
視界に映るのは先程には無かった腹に釘を打たれ壁に打ち付けられた木偶人形。
木偶人形からは赤い液体が滴っている。
背筋に悪寒が走り腹に手を当てるが穴は・・・
───空いていなかった。
思わず安堵し息をつく。
が、そこからが本番だった。
木偶人形の目に、耳に、膝に、肩に、頭に釘が突き刺さる。
打ち付けた人の姿は見えない。
足が竦む。
奥歯がなる。
俺の不安は最高潮だった。
━━━━
気がつく。
陽の光が反射する高層ビル群。
街路樹が輝き、人が行き交う歩道の中で。
俺の体は平伏していた。
聞こえる。人々の悲鳴。けたたましいサイレンが俺の耳を刺激する。
何故だろうか。少し肌寒い。
身体がうつ伏せの状態からひっくり返され救急隊員らしき人物の顔が見えた。
そして隊員の顔が割れあのホームの先の様な闇が現れる。
闇は徐々に口の形に変化して言った。
『また来てね。待ってるから』
その姿に思わず目を背けたくなったが叶う事無く、意識は沈んでいく。
次に目覚めたのは病院のベットの上であった。
医師曰く有り得ない事が俺の体には起こったらしくたったの一晩で体に空いた穴が塞がったそうな。
俺はその後無事退院したのだが、あれから二年、電車に乗ろうとする度にあの言葉がちらつき未だに乗ることが出来ていないのであった。
・・・無事ホラー感は出せただろうか。