第八七話「……党利党略は楽しいですか? 」
《――“実は俺達”
……そう切り出した主人公。
直後、彼は――》
………
……
…
「……俺達、紅さんが期待する
“他国からの使節団”とかそんな凄い立場では無いんです。
ずっと言い出そうとしてたんですけど
その度にタイミングがズレちゃって……すみませんでしたッ!! 」
《――そう言って勢い良く頭を下げた主人公
一方、その様子を見つめる紅の表情には一切の変化が無く――》
「あ、あの……紅さん? 」
《――あまりに長時間続いた沈黙に居心地の悪くなった主人公は
紅に対しそう問い掛けた……だが、やはり反応は無く
部屋には張り詰めた静寂だけが流れ続けた。
そして――》
「どうやら……冗談や無さそうやね」
《――そう一言だけ発した紅に対し
“はい”……そう、重く返事をした主人公
……そんな主人公に対し紅は
怒りや絶望悲しみなどの感情を見せる事も無く
唯、彼を見つめていた。
一方、どうして良いか分からず酷く困惑して居た主人公に対し
漸く口を開いた紅は――》
「一応、ウチが知ってる事だけ全部言いますけど
間違ってたら訂正して貰えるやろか? 」
「は、はい……」
「……有難うね、ほんならまず一つ目やけど
東地域から入国したのは間違いないんやろ? 」
《――この問いに静かに頷いた主人公
直後――》
「二つ目やけど……移動船に乗らんと来はったんやろ? 」
《――この問いには少し間が空いた主人公だったが
少し考えつつも正直に頷いてみせた――》
「……正直に答えてくれてありがとうね。
次が最後の質問やけど……“お抱えの兵隊さん”を
東地域の“訓練教官”にしたやろ?
……勿論、それを責めてる訳やあらへんのよ?
唯ウチ所にも“訓練教官”……置いて貰えへんやろか? 」
《――この問いを耳にした瞬間
主人公の表情は見る見る内に曇った。
そして――》
「……幾つか訂正を
まず“兵隊”じゃなくて大切な“仲間”です。
……彼らが“訓練教官”として東地域に残ったのは事実ですが
彼らの様に人に何かを教える事の出来る人材は
俺達の中にはもう居ません、と言うか
仮に居たとしても断りたいです。
勿論、紅さんが嫌いな訳でも無いですし
どちらか選べと言われれば、先程訪れた西地域の長の下で働くより
此方の地域の方が遥かに良い場所だとも理解しています。
……けど、俺達はこの国を去ろうとして居るだけなんです
なのに、特別な存在では無いと説明する暇も与えられず
あれよあれよと此処まで来てしまいましたが
突然、意味不明に謎にこき使われるのとか絶対に嫌です。
それと……俺達の“動き”を
殆ど知っている様子の紅さんに対して
何を隠したって恐らく直ぐにバレると思いますし
失礼とは思いつつもハッキリ言いますが、そもそも
紅さんがこの後要求を通す為に何か理由をつけて
俺達を脅したりして無理やり服従させようとするつもりなら
つい先程、紅さん自身が本人を目の前に貶して見せた
西地域のエドさんと同じ“程度”だって事に成ってしまいます。
卑怯な論法で申し訳有りませんが――
“紅さんだけはそんな性格じゃない”
――そう、思いたいんです。
だから俺達を見逃して下さい……この通りです」
《――思いの丈を全て出し切った主人公は
紅に対し深々と頭を下げた。
そんな様を静かに見つめて居た紅
暫くの後、彼女は静かに主人公へと近付くと――》
「……仮にも地域の統括者に
そない確りと度胸有る発言した子は初めてやわ……凄いね?
本当やったら、ウチに対してそんな口の聞き方した子は
五体満足では帰られへんのよ?
けど、不思議と怒る気に成れへんわ~……何でやろねぇ? 」
《――凄まじい気迫を纏いつつそう言った紅に対し
僅かに怯え、震えつつも頑として意見を曲げなかった主人公。
一方……紅は
そんな主人公の姿に少し複雑な表情を浮かべつつ――》
「それと……本当“卑怯な論法”やね?
……確かに主人公にそんな“いけず”に見られたら悲しいし
そもそもウチも主人公に其処まで卑怯な事言うつもり無かったんよ?
……せやけど、西地域の長に大きな借りを作った手前
何もして貰わんで“はい、そうですか”……と
お帰り頂く訳にも行かへんのは分かって貰えるやろ? 」
「ええ……充分理解してます、なので
出来る限りの協力ならするつもりです。
先程、親子を助けて頂いた恩も有りますし……」
「……ウチがそんな程度の事を恩着せがましゅう言う様な
“いけず”に見えてるん? ……ウチ悲しいわ~
……けど、主人公さんが勝手に恩と感じてはるんやから
その気持ちに全力で甘えて……そしたら
ちょ~っと滞在日数長なるかも知れへんけど。
……ウチに協力して貰いますぇ? 」
「出来る限りの事はしますけど……“長くなる”って所だけが気になります」
「まぁそんな“半年一年居て貰います! ”
……みたいな事には成らへんから安心してええよ? 」
「では……具体的にどの程度で? 」
「そやねぇ……話の流れが上手く纏まればの話やけど
早ければ半月、遅くても一ヶ月半位やろね……どやろか?
協力してくれはります? 」
「内容に依ります」
「警戒心強いんやねぇ? ……ま、当然かも知れへんね。
兎に角……今、主人公さんがやった様に
ウチも思てる事やら、頼みたい事やら……ぜ~んぶ正直に言います。
……先ず、ウチの地域は魔導師と薬師が多いのも有って
諜報活動と薬術に長けてます。
東地域は剣豪さんが多いから剣術に長けてはるし
西地域は色んな素材が取れるから財政が良うて
南の地域は食料の生産が盛んなんよ。
……それぞれの地域がそれぞれに特化してるからこそ
何とか均衡を保ってた訳なんやけど、主人公さん所の
“大切なお仲間さん”がその微妙な均衡を崩してしもたんやわ。
……無論“大切な仲間”って言わはった時
物凄い嫌な顔しはった所を見るに
何かしら理由があらったんも理解出来ます
せやけど、東地域が“ちゃんとした”海戦能力まで身につけてしもたら
均衡が崩れてしもてどないも成らしまへん。
見た所……主人公さんは魔導師やろ?
それも、天照様と同じ“トライスター”やろ? 」
「そ……其処まで分かるんですね」
「何で分かるかは教えられへんけど……さっきウチの事指して
“隠し事は出来そうに無い”って言わはったのは主人公さんやろ?
……兎に角“トライスター専用技”を教えるのは不可能でも
その他の職業の技を教える事には長けてはる筈や。
本来、普通の魔導師が力の制御方法や
力の解放方法を全て覚える為には恐ろしい時間が掛かるもんやけど
トライスターならそれを一瞬で学べると聞いた事が有るんよ
せやから、主人公さんが教官としてウチ所の魔導師達に
沢山、技を教えてくれたら
崩れかけた均衡が取れるんと違うやろか?
……と、言うのが一つ目のお願いやね。
二つ目は……」
《――紅がそう言い掛けた瞬間
主人公は慌てた様子で――》
「ちょ……ちょっと待って下さいよ!!
“天照様”って御方がトライスターって事と
俺の職業を言い当てた件は置いとくとしても!
教官とかそう言うのはお断りしたいって言った筈です!
俺が教官とか性に合わないですし
一ヶ月が二ヶ月……三ヶ月半年って
だんだんと伸びるに決まってますよ!
“まだ育ってないのに逃げるのか! ”……とか
色々言い訳言うつもりにしか思えません!
……さっきだって、この地域に俺達を連れて来る為に
その、溢れ出る色気で俺を誘惑して……い、いや兎に角ッ!!
これが一つ目って事は、二つ目は一体
どんなめんどくさい事を頼むつもりですか?!! 」
《――“妙に”興奮した様子で
顔を真赤にしつつそう言った主人公に対し、紅は――》
「色んな意味でやけど……そない“興奮”せんといて?
あと……色気を褒めてくれたんは有難うね?
それよりも、今ウチはあくまで全部吐き出してるだけです。
分かったなら……続きは黙って聞いてくれはるよね? 」
「い……“色々と”失礼しました」
「ええよ? ……それで二つ目やけど。
主人公さん達にはこのまま
他国の使節団さんの“フリ”を続けて貰いたいんよ」
「フリを続ける? ……何故です? 」
「天照様に対して
第三者の立場でウチが思てる事を代弁して貰う為やけど
唯の一般人をおいそれと会わせるのは無理やし
会って色々話しした後に
“あらあら、実は誤解やったんやね~”ってしたら
大きな問題には成らへんやろうし……最悪
主人公さんが言った事は一般人の戯言で終わらせられるやろ?
……と言うか、それだけやってくれはるなら
他の“めんどくさい”頼み事は無しでもエエよ? 」
《――紅の提示した条件に深く思い悩んだ後
主人公は――》
「……紅さんって何気に凄く交渉が上手いですよね。
いつの間にか“俺がどれか一つを選ぶ前提に”
話が進んでるのが怖くて仕方無いです」
「其処に気付く主人公さんも案外“怖い人”なんとちゃう?
まぁ……エエよ? 全部断っても」
「そう出来れば嬉しいですけど、断ったら紅さんには
エドさんに対する借りだけが残るんですよね? 」
「そらまぁ……そう言う事に成るんやろね」
「天照様と仰る方に何を言えば? 」
「あら……引き受けてくれはるん? 」
「……内容に依ります」
「そやったね……ちゃんと説明するし、嫌やったら断ってエエよ?
ウチが天照様に進言して貰いたい事は……」
《――そう言うと主人公に近付き
彼にだけ聞こえる様、耳元で囁いた紅。
そして――》
「そ、それをお伝えすれば良いんですか? 」
「そやね……それだけ伝えて貰えたら後はウチが根回ししたり色々するし
何やったらそれだけ伝えて帰りはってもエエよ? 」
「ほ、本当にそれだけで良いんですか? 」
「……ウチ、諄い男は嫌いやわ?
ウチが構わへん言うてるんやからそれでエエのっ! 」
《――この瞬間
何故か僅かに頬を赤らめそう言った紅の態度に
主人公を除き、一行は皆不思議そうな表情を浮かべて居たが――》
「わ、分かりました……それなら協力します」
「ほんま?! ……助かるわ~! 有難うね!
……ほんなら、今日は疲れたやろうし
明日天照様に来て貰いますから
今日の所はウチの城でのんびりしてくれはる? 」
「ええ、分かりました……皆、そう言う事だから
今日は紅さんの所に泊まる事に……」
《――主人公に対し紅が伝えた“内容”
それがどの様な物であったのか
何故、主人公はすんなりと受け入れたのか……
……その理由と全貌は翌日
“天照様”と呼ばれる全地域を束ねる
日之本皇国の長との会談で明らかと成る――》
………
……
…
《――翌朝
大役で有るにも関わらず一切の緊張も無く熟睡し
寧ろ、スッキリとした様子で目覚めた主人公に対し――》
「おはよう御座いま~す……って、主人公さん
紅さんに頼まれた事ってどんな内容なんですか? 」
《――そう訊ねたマリア
だが、この件に関する質問の一切に答えようとはせず
頑なな態度を崩さなかった主人公に対し
仲間達は“何か良からぬ事を頼まれたのではないか”と勘ぐって居た。
だが――》
「何と言うか……一つだけ言える事は、同席する以上
俺が何を発言しても“全くの無反応でお願いしたい”って事だけだ
皆が変に反応すると不味い結果に成ると思うんだ。
兎に角……説明出来る事が少なくて申し訳ないけど
俺にしか言わなかった紅さんの“気持ち”を考えたら
おいそれと簡単に説明は出来ない……分かってくれるかい? 」
《――仲間達は皆、不安そうであったが
主人公の為を思ってか深く追求せず彼の願いを聞き入れた。
そして……お昼を少し過ぎた頃
“天照様”と呼ばれる長との会談の為
貴賓室へと通された一行。
……暫く待って居ると
部屋の外、遥か遠くの方から聞こえて来た
野太く、野性味溢れる“笑い声”――》
………
……
…
「ガハハハ!! ……相変わらず回りくどい話し方だな!! 」
「あんさんの“がさつさ”には負けますえ?
さて……天照様、此方のお部屋に……」
「ええ、分かりました……」
《――直後
紅に連れられ貴賓室へと現れた二人の人物。
一人は……気迫と気品に溢れ優しささえも感じさせる女性
一方のもう一人は……その女性と紅の
二人が“すっぽりと隠れる程の”巨体を持つ
“熊の様な”大男で――》
「……お待たせをしてしまった様ですね。
ですが先ずは御礼を、私共の国を取引相手にお選び頂けた事に
心からの感謝を述べさせて頂きたいと思います……」
《――気品ある女性
もとい“天照様”と呼ばれる長は
一行に対し、丁寧に礼を言うと深々と頭を下げた。
一方……その行動に対し思わず“日本人”の癖とでも言うべき
“お辞儀の連発”を繰り出した主人公は――》
「い、いえいえご丁寧にどうも!! 此方こそ……」
《――そう言って恐縮し続けて居た
一方、そんな彼の姿に気を良くした“男性”は――》
「ガハハハ!! ……アンタが使節団のリーダーか!
ひ弱そうな顔と態度だが、天照様に無礼が無いのは良い事だ!!
やはり、他国人から見ても天照様は神々しいんだろうな!! 」
《――そう言いつつ主人公に近付き彼の肩をバンバンと叩いたのは
どうやら紅が嫌悪して居る
南地域の長だった様で――》
「え、ええ……何処の馬の骨とも分からない俺達に対し
この様な大国の長直々にあれ程丁寧に挨拶をされてしまっては
恐縮せざるを得ませんので……」
《――と、叩かれた肩を痛そうに擦りつつ
僅かに不機嫌な様子でそう返事をした主人公。
一方、そんな様を見て居た“天照様”は――》
「他国の使節団を“殴る”のは感心しません、謝りなさい宗次」
「なっ?! 俺は殴ってなど……いえ
天照様、申し訳有りませんでした……
……少年、本当に心の底からすまなかった
力加減が苦手でな……許してくれ」
《――彼女の一声に
宗次と呼ばれたこの長の態度は一変し
まるで、借りて来た猫の様に大人しくなり
そう、深々と謝罪をした――》
「い、いえ……大丈夫ですから頭を上げて下さい!!
し……しかし! 俺も少しは体を鍛えないとですね!
よ、良い経験に成りましたよ! 」
《――落ち込んだ場の空気と
宗次の気分を盛り上げる為
主人公なりに気を使ったつもりの発言だったのだが
この発言に対し彼女は――》
「……貴方と私には共通点が有る様ですね。
“物理的な打撃”は私も苦手としていますし、そもそも
宗次の“打撃”は誰も耐えられないと断言しても良いでしょう
って……話が逸れてしまいましたね。
ですが、本題の前に一つ……
……貴方は私と同じ力を有している様にお見受けします
私と同等か、それ以上の実力を……どうでしょう? 」
「い、いえその……天照様が“トライスター”である事は
つい先日紅さんからお聞きしましたし
俺も一応はトライスターですが
実力は然程でもありませんので……」
「ご謙遜を……
……減衰させる為と思しき装備を付けて尚
それ程の魔導力が漏れ出ていると言う事は
言うまでも無く相当に凄まじいのでしょう。
そしてもう一つ……失礼かとは思いますが、私が今
貴方から感じて居る事をお伝えしても宜しいでしょうか? 」
「え、ええ……」
《――主人公がそう返事をすると
彼女は――》
「貴方を含め……今この場にいる皆様は
“何れの国の使節団でも無い”……と、お見受けします。
そして……紅から何かを頼まれ
伝える為の隠れ蓑にされている様にも思います。
内容は……成程
“娘”の願いを遠回しに伝える様頼まれて居たのですね」
「なッ……」
「どうやら、皆様の事を“家族の問題”に巻き込んでしまった様です
この通り……心よりお詫び申し上げます」
《――そう言うと
主人公に対し深々と頭を下げた彼女。
直後、狼狽えつつも慌てて顔を上げる様に促した主人公
だが一方で彼女が“透視”をしてみせた事と
その“視た”内容が気になり、ざわつき始めて居た仲間達に
主人公は必死に合図を送り、沈黙を守る様伝えて居た。
だが、そんな彼らの前で彼女は――》
「……紅、貴女に取って私は
母として至らないのかも知れません。
けれど、この国を治める者としては
貴女だけを見て居る訳には行かないのです。
無論、愛が無い訳ではありません
けれど……いえ、この様な言葉を聞きたかった訳では無い筈。
紅、本当に至らぬ母でごめんなさい……」
《――そう言うと紅の方を見つめ
静かに頭を下げた彼女……一方
そんな状況を間近で見せられ続けて居たマリアは
ついに辛抱堪らなく成ったのか、彼女に対し――》
「あの~……失礼かもですけど一つ質問を!
主人公さんに紅さんが頼んだ内容が視えたんですよね?
それってどんな事を頼んでたんですか?
さっきから気になり過ぎてモヤモヤが凄いですし
出来たらで構わないので……教えて頂けませんか? 」
「なッ?! ……おいマリアッ!!!
た、大変申し訳ございませんでしたッ! ご家族の問題に……」
《――と、直ぐにマリアを制止した主人公
だが、彼女は少し微笑み――》
「いえ、構いません……では
要点だけ纏めて御説明致しましょう。
紅は私に対し、遠回しに――
側に居て欲しい、もっと大切にして欲しい
――そう伝える為、そしてそう思わせる為
主人公さんに“お願い”をして居た様です……ですが
先程も紅に説明した様に、この大国を治める為には
紅一人に構う時間すら取れないのが現状なのです。
誠にお恥ずかしい限りなのですけれど」
《――そう、僅かに恥ずかしげにして居た天照に対し
マリアは更に――》
「成程成程……と言う事は、要するに
紅さんは“超絶マザコン”って事ですか?! 」
《――と、屋敷中に響き渡る程の大声で言い放った。
直後……“冷や汗”と言うレベルでは収まらぬ程の
“滝汗”をかきつつ大慌てでマリアの口を塞いだ主人公。
だったのだが――》
「ええ……私が至らぬばかりに
寂しい思いをさせて居る事は事実です。
ですが、それでも娘は立派に
地域の長としての役割を果たしておりますし
娘には一度も伝えられて居りませんでしたが――
“いつか沢山の時間を取る事が出来たなら、親子水入らずで過ごしたい”
――そう、思って居る次第なのです。
そうしてみれば、寧ろ私の方が
“子離れ出来ない母”……なのかも知れませんね」
《――この時
天照は少し寂しげにそう言った……一方、この発言に
紅はとても驚いて居て――》
「……ほ、ほんまにそんな事思うてたん?!
ゴホンッ! ……取り乱し失礼を致しました
天照様の願いが一刻も早く叶います様に陰ながら願っております」
「良いのです紅、今だけは
親子らしく言葉を崩しても……」
「天照さ……お母さん……」
《――直後、紅は一筋の涙を流し
自らの我儘を改めて詫びた。
そして、約束通り主人公達を解放すると言い掛けた紅
だが、そんな彼女に“待った”を掛けた者が居た――》
「待ちなさい紅……申し訳有りませんが
暫くその件に関して“保留扱い”としては頂けませんか? 」
《――そう言って一行の解放に“待った”を掛けたのは
他でも無い“天照”であった――》
「お、俺達に一体何をさせるつもりですか? 」
《――この瞬間
酷く警戒した主人公に対し――》
「貴方達は確かに使節団では無い様ですし
それに準ずる存在ですら無いとも理解して居ます。
ですが……私が“視た”限り、貴方はどうやら
“国を動かす立場”に居た経験が有る様です。
それも……複数の役職を受け持ち
国の在り方を変えてしまう程の知識と共に
その能力を遺憾無く発揮して居た。
……勘の良い貴方なら、私が何を頼みたいか
既に理解しているものと思います」
《――主人公に対しそう言った天照
一方、そんな天照の言葉通り
主人公は既に彼女の考えを理解して居て――》
「何故、紅さんが俺達の事に詳しかったのか……いや
見て来た様に言い当てたのか……母で有る天照様も
“同じ能力”をお持ちなんですね。
……それはそうと、天照様
貴女は俺にこの国の政治に関われと言うおつもりですか? 」
「ええ、どちらも肯定します」
「それって、断ったら無事では返して貰えないんですか? 」
「いいえ……このままお去りに成られても構いませんし
“幽閉”などするつもりは毛頭ありません」
「ど……何処まで“視られて”いるのかが正直恐ろしいですけど
そう言う事なら俺達は堂々と正面玄関から帰ります。
でも……本当に無事に帰る事が出来るんですか? 」
《――と、尚も警戒した様子の主人公に対し
天照は静かに――》
「……主人公さん、誤解無き様ご説明を
私は唯、貴方の心根の優しさと
貴方の実力を欲しているだけなのです。
……私の至らなさ故、急激に纏めたが故に
解決出来ず居るこの国の問題点を外からの眼差しで改善し
未だ纏まりのつかぬ原因と成って居る
様々な“不可侵領域”を取り壊して頂きたい
そう願っただけなのです……ですが、無理に引き留め
貴方達の幸せを犠牲にしてしまう様では
私自身が諸問題の原因と同義の存在となるでしょう。
ですから……残念ではありますが
貴方を無理に引き留めは致しません。
勿論、貴方達に対し害を与える者が出ぬ様……そして
東地域の長であるミカドが無理やり引き留めた
貴方の大切なお仲間の解放も含め、私が責任を持ち
確りと皆様を無事に……」
《――この時、天照は嘘偽り無く
誠意を以てそう話して居た。
だが……そんな天照の真摯な説明を
突如として遮った主人公は――》
「出来る限り早く帰りたいので、どれだけ長く居たとしても
三ヶ月を目処に俺達を開放して貰えますか? 」
《――そう言い放った
これに対し、少し驚いた表情をした天照だったが――》
「ええ……もし仮に途中で投げ出したとしても
決して責めたり引き留めたりはしないと誓いましょう。
……ですが、私の言葉だけでは不充分です。
私の命……いいえ、それ以上に重要な
“これ”を貴方様にお預け致しましょう……」
《――そう言うと
天照は“ある物”を主人公へと手渡した――》
===第八七話・終===




