第五一話「地獄と極楽は紙一重で……」
《――濃霧の中、自身の怪我を押し
負傷した主人公の為に薬草を探していたタニア……だが
彼女は突如として悲鳴を上げ、その場所から消え去った。
直後……彼女の立っていた場所には
人ひとりが通れる程の小さな穴が空いていた……そう。
彼女は“地下深く”へと落下して居たのだ――》
………
……
…
「……痛ッ!!
何が……起きたんですの……」
《――直後
幸運にも落下場所に恵まれ負傷こそしなかったタニア。
……とは言え、見上げれば絶望する程の高所から落下してしまった事を
直ぐに理解したタニアは
“脱出が容易では無い事”を受け入れ掛けて居た。
だが――》
………
……
…
「まさか……私、あの穴から落ちたんですの?
これは簡単に戻れる様な高さじゃないですわ……
……弱り目に祟り目ですわ、こんな所に落ちるなんてッ!
と言うか……“妙に明るい”ですわね?
って、あれはッ!? ――」
………
……
…
《――直後
タニアが目を向けた先には、何と……“マリーン”が居た。
彼女は……魔導で火を起こし
周辺に自生している草などを用いて焚き火をしており
謎の動物を調理しながら、平然と過ごしていたのだ。
当然、そんな様子を目の当たりにしたタニアは呆気に取られ……一方。
……そんなタニアの存在に気づいた瞬間
みるみる表情を明るくさせ、タニアの元へと走り寄ったかと思うと
そのままタニアを力強く抱き締めたマリーン――》
………
……
…
「よ……良かったぁぁぁっっ!!
……タニアさんよね?! 間違いなく本物よね?!
良かったぁ~っ! ……生きてて良かったぁ~っ!!
……呼んでも誰も居ないし、幾ら探しても出口すら無いし
タニアさんが落ちてくるちょっと前まで火を起こす事にも苦労してたの!!
明かりなんて一つも無かったから何も見えなくて
それでも頑張って火の魔導とか使って、それでそれで! ……」
《――恐らくは“数日振りに”出会えたのであろう仲間に
些か興奮状態のマリーン。
一方で、タニアは――》
「え、ええ……私も似た様な状況でしたから、ご苦労お察ししますわ」
(……良かった、見た所怪我もしていない様ですわね。
ですが……適応能力が余りにも高過ぎません?
この状況でのんびり焚き火をしながら食事の用意までしているなんて
本当に“王女”だったのか疑わしく思ってしまう程の
“サバイバル能力”ですわね……)
《――と
マリーンの生存能力の高さに一目を置いて居たのだった――》
………
……
…
「兎に角……まずは落ち着いて状況を整理致しましょう?
マリーンさんは何処かから落ちて此処へ? 」
「それが……分からないの、気がついたら此処に居たのよ。
でも怪我もしてないし……ただ不思議な事に
いつもより魔導の調子が良いのがせめてもの救いかしら? 」
「そう……ですか、転移魔導等は使用できませんか? 」
「ごめんなさい……私は装備こそトライスターだけど
魔族系の技しか使えないから……無理なの。
役に立てなくてごめんなさい……あと、この空間って不思議で
松明を持って歩くと何故かすぐに火が消えるの
それもあって、真っ暗の中で脱出を試みなきゃ駄目みたいでね……
……焚き火なら消えないんだけど、大した範囲を照らしてはくれないから
それで、どうしたものかと思ってた所にタニアさんが落ちて来たのよ」
「そうですか……ですが、早く脱出しないと主人公様が大変なのです
足を酷く骨折していて、痛みで魔導を使える余裕も無く……」
「えっ? ちょっと!? ……骨折って大怪我じゃない!!
主人公は何処ッ!? 何処に居るのよ?! 」
「お……落ち着いてくださいッ!
あの穴の高さに居る事だけは確かですから!
……今やるべき事は一刻も早くここから脱出し
主人公様に鎮痛効果のある薬草を届ける事ですわ! 」
「ええ、そうね……でも主人公の為って言われると俄然やる気が出たわ!
……とは言え、どうやって脱出すれば良いのかしら?
この良く分からない動物だって
火の魔導を乱発してたらたまたま狩れただけだし……
……取り敢えず調理してみただけで、食べられるのかさえも謎だし
松明を持っての移動はさっきも説明したけど不可能だし……」
「いいえ、移動だけなら松明も……焚き火ですら必要ありません。
私が落ちてきた穴からの光量で十分です……目を慣らせば」
「目を慣らす? ……どう言う事? 」
「では……片目だけで良いので今すぐ閉じて下さい。
そして、その目に光を感じない様
しっかりと手の平を当てて暫く待って居て下さい」
「こう? ……それからどうするの? 」
「念の為数分間そのままで……」
………
……
…
「……そろそろ良いですわ
火を消しますけど慌てないで下さいね……それっ!! 」
《――直後
焚き火を消したタニア。
……周囲を照らす光はタニアの落ちた穴から差し込む
僅かな光以外無くなった。
だが――》
「では……閉じていた片目を開けて周りを見て下さい」
「えっ? ……見える!
……閉じて居た方だけ凄く明瞭に見えるわ?!
ねぇ! どうしてこんなに見える様に成ったのよ!? 」
「……瞳は本来そう言う風に出来ているのですわ?
マリーンさんの“サバイバル能力”からすると
これを知らないとは意外ですけれど……ともあれ
これである程度は探索も出来ますし
どうにかして一緒に上に戻る方法を探しますわよ! 」
「ええ! ……でも、さっき言ってた主人公の骨折は大丈夫なの? 」
「一応、今の所は私の“麻痺毒”で痛みを抑えていますわ。
……ただ、麻痺毒の効果が切れてしまえば
主人公様は再び激痛に苦しまれる事になります。
ですから、出来るだけ早く戻らないと……」
「分かったわ! ……なら一つ教えて。
さっきタニアさんが言ってた
“鎮痛作用のある薬草”ってどんな見た目なの? 」
「ええ、こんな形をしていて……」
《――直後
薬草の色や形を正確に伝えたタニア、すると――》
「えっ? それならさっき何処かで見た様な……」
「……何処でですの?! 早く思い出してくださいまし! 」
「えっと……あっ、ごめんなさい……無理よ」
「どう言う事ですの?! 多少無茶をしてでも摘み取りに……」
「無理なのよ……橋に到着する前
森の中で生えているのをちらっと見ただけだし
第一本当にその薬草かどうかも分からないし……」
「……と言う事は、周囲を幾ら探しても
この場所で鎮痛作用の有る薬草は手に入らない可能性が高いですわね。
少なくともこの場所の高さは“マイナス”で……」
「ねぇ……難しい事は良く分からないけど
手に入らないなら、メルちゃんを探した方が早いって事じゃないの?
その……目的と手段が逆に成ってない? 」
「ああ、私とした事が……
……回復術師(回復術師)が居る事をすっかり忘れていましたわ。
では……メルさんを捜索し、早急に主人公様の元へとお連れしましょう!
ですが先ずはこの場所からの脱出ですわね……」
「ええ、早く脱出する為にも洞窟を……」
「って……あれを見てくださいまし! マリーンさん! 」
《――直後
タニアの指し示した場所には天然の水晶が形成されていた。
そして……何故かこれを“好機”とマリーンの腕を引き
水晶の元へと向かったタニア――》
………
……
…
「……ちょっと! 興奮してどうしたのよ!?
って……水晶?!
……ねぇ、私も女だから宝石に目が行くのは分かるけど
今は主人公の事を……」
「なっ……違いますわ?!
マリーンさんの魔導の調子が良い理由はこれですわ!
この水晶は“魔導水晶”……この水晶の近くであれば
私達の魔導力程度であろうとも、瞬間的に主人公様にさえ負けず劣らずな
規格外の魔導力を発揮する事が可能な程の量ですわ。
それにしても、本当に何と言う量なのでしょう……」
「そうだったのね……って
タニアさんは確か薬品系に強い……のよね? 」
「ええ……後は身体能力の強化が主ですが
今は足を痛めているので正直……」
「大丈夫、私が助けるから……でも。
私の技を見て“嫌い”にならないで欲しいの……」
「何故嫌いに? ……マリーンさんはもう既に大切な仲間の一人
それがどの様な姿であっても……私、決して嫌いになんてなりませんわ? 」
「ありがとうタニアさん……じゃあ確りと掴まって!
あの穴を目指して飛ぶから、絶対に離さないでね?!
行くわよ……
“悪魔之羽撃”――」
《――瞬間
悪魔と見紛う程の禍々しく巨大な翼を生やし
力強く羽撃いたマリーン……唯一度……だが
その凄まじい上昇力に依って瞬く間に地上へと舞い戻った二人。
だが“魔導水晶”の強化効果を失い“墜落”し――》
………
……
…
「痛ったぁぁっ!!! ……って。
た……助かった?! 」
「え、ええ……脱出成功……ですわ。
少し体を痛めてしまいましたが……とは言え
此処で休憩している暇なんてありません……急いでメルさんを探しに……」
「いいえ、タニアさん……その前に主人公の居場所を教えておいて頂戴。
其処に何かしらの目印を付けておかないと、メルちゃんを見つけたとしても
この濃霧の中で主人公を探すのは殆ど不可能に近いわ? 」
「確かにその通りですわね……私も少々冷静では有りませんでした。
……分かりました。
先ずは主人公様がお待ちの場所へご案内致しますわ……」
《――暫くの後
タニアに案内され、主人公の待つ場所へと向かったマリーン。
だが、其処に居る筈の主人公は見当たらず……
……彼が居た筈のその場所には
彼の物と思われる“回復術師(回復術師)の指輪”だけが落ちて居た――》
………
……
…
「ど、どう言う事よ?! 場所を間違えた訳じゃ!! ……」
「いえ、此処を見て下さい……引き摺った形跡がありますわ?
あまり考えたくは有りませんが、何者かに連れ去られた可能性も……」
「ちょっと待ってよ! ……そ、そうよ!
グランガルドさん辺りが主人公を見つけてメルちゃん達の所へ……」
「いえ……もしそうならばこの痕跡は余りにも“荒過ぎる”のですわ」
「……なら、絶対に見つけるわよ。
主人公を失ったら……私
この森全てを焼き尽くしたとしても収まらないから」
「気持ちは理解出来ます……けれど少し落ち着いて
少なくとも此方の方角へ連れ去られた事は確かな様ですし
痕跡を追えば必ず見つけられる筈ですわ」
「ええ……魔物だか何だか分からないけど
主人公をどうにかしようとした奴なんて只じゃおかないわ!
行きましょ! タニアさん! ……」
《――直後、地面に残った痕跡を頼りに追跡を開始した二人
だが、途中で擦り跡は途絶え……足跡すらも見つからず
彼女達の主人公捜索は絶望的な状況と成ってしまった。
一方……時を同じくして
マリア・メル・グランガルドの三人は
引き続き濃霧の中で捜索を続けていた。
……だが、そうして進んだ森の中
再び何者かの気配を感じ取ったグランガルド。
先程よりも尚警戒し、彼らが進んだ先には……
……痛みに耐えきれず意識を失ったギュンターと
ディーン・オウル・ライラの姿があった――》
………
……
…
「息はある……メル殿、回復魔導を! 」
「は、はいっ! ……
酷い、足が折れて……四重治癒ッ! 」
「ぐっ?! ……ん?! ……メル様っ!?
ディーン様は!? ……私めなど後回しで構いませんっ!
お先にディーン様をッ!! ……ぐぅっ!! 」
「だ、大丈夫ですっ! 皆さんの事をちゃんと治癒しますからっ! ……」
《――彼女の治癒魔導に依り
かろうじて歩ける程度には回復したギュンター……一方で
早々にメルの魔導残量は心許無くなりつつ有った。
本来、骨折の程度の治癒ならば苦労しない程の実力は有る彼女。
だが……度重なる重症者への治癒に依る魔導消費
メル自身が受ける筈だった落下の衝撃こそ
“永久防護”に依って完全に防がれていた様だが
魔導力増強の為必要な各種装備はその限りでは無く……
……それぞれが大きく損傷していた。
その為、激しい損傷を受けた装備は
彼女が治癒魔導を発動させる度に魔導力を余分に消費していて――》
「メル様の装備から魔導力が漏れ出て……メル様ッ!!
私めはこれで構いません……充分でございますッ!
ですから早くディーン様を! 」
「は、はいっ! ……えっと、外傷は見られません
気を失っているだけの様ですから、先ずは……目覚めのベル! ――」
………
……
…
「ん……ぐっ!! ……」
「ディーン様! ……良くぞお目覚めに……」
「ぐっ……な、何が……有った……此処は……」
「……此処は橋の下で御座います。
魔物の攻撃が直撃し、私共は瓦礫と共に落下し……」
「そうだったか……ッ?! ……ライラ! オウル!
意識が無い……タニアは何処だ?!
……まさか?!
うぐッ!! ……」
「……落ち着くのだディーンよ!
皆が無事かどうかは分からぬ……だが
少しずつ状況を解決していくしかあるまい。
二人は吾輩が担ぐ、残る行方不明者を探す事が先決だ
病み上がりで厳しいだろうが、耐えるのだ……」
「すまないグランガルド……分かった。
皆を探し、早急に……」
《――直後
そう言って立ち上がろうとしたディーン。
だが――》
………
……
…
「ゆっくり立ち上がって下さいね……って!
……見て下さいっ! 彼処にマリーンさんとタニアさんが! 」
《――そう言ってメルの指し示した先には
互いを支え合いながら歩く二人の姿があった――》
………
……
…
「御主達……よくぞ生きて居てくれた。
後は主人公の捜索だが、その様子ならば少し休憩を取るべきだろう……」
《――とグランガルドが言うと
タニアは首を横に振り、申し訳無さそうに――
“私の所為で主人公様は……”
――と現在までの状況説明を始めようとしたのだが
これを早合点したマリアとメルは慌て――》
「……お二方とも落ち着いてくださいませっ!
主人公様は何者かに依って連れ去られたのです。
ですから――
“休む暇など必要ありません、一刻も早く主人公様の救出を”
――とお伝えしたかったのですッ! 」
《――と二人を落ち着かせつつ状況の説明をしたタニア。
そんな彼女の発言にマリーンは続けて――》
「そうよ……特にメルちゃん。
今回は貴女の治癒魔導だけが頼りなの……慌てている暇なんて無いし
大変かもしれないけど頑張って貰うわ! ……お願いよ」
《――と言った。
そして……この直後
タニアの負傷に気付いたメルは彼女の治癒を買って出た。
だが――》
「……お待ち下さいませ。
私の事はお構い無く……それよりも
治癒魔導は主人公様の為に温存していて下さいませ。
……主人公様が回復された後
もしも余っている様でしたら改めてお願い致しますわ? 」
《――メルの疲弊した姿に気を遣いそう言ったタニア
だが――》
「主人公さんの為に温存って……何か遭ったんですかっ?! 」
「ええ……主人公様は足を酷く骨折し
激痛に依り半狂乱と成っていた所を
緊急的に私の“麻痺毒”を用いて鎮痛を。
……ですが、麻痺毒ですので身体の自由を奪ってしまいますし
応急処置程度にしか成りませんから、麻痺毒の効力がある内に
急ぎ鎮痛効果の有る薬草を探しにと動いたのですが
紆余曲折ありマリーン様と合流を……
……勿論、合流出来た事は幸運ですが
再び主人公様の元へと戻った際……これだけが現場に」
《――そう言いつつ
“回復術師の指輪”をメルへと手渡したタニア――》
………
……
…
「これは間違い無く主人公さんの物……一体何処へ連れ去られたんですか!?
一体誰が?! ……早く探さないと主人公さんがっ!! 」
《――慌てるメルに対し
マリーンは――》
「落ち着いて! ……私だって歯痒いの!
……でも、何処に居るかすら検討もつかないし
引き摺った形跡こそ有ったけど……途中でそれも途絶えてたのよ。
せめて居場所さえ判れば、何をしてでも助けるのに……」
《――そう言って俯いたマリーンに対し
グランガルドは――
“……考えているだけでは解決せん
手当たりしだいに捜索すれば良いだけの話よ”
と言った……だが――》
「そうは言うが……魔物が居る可能性に加え
負傷者が多数居るこの状況だ、ある程度の人数で固まって捜索せねば……」
《――そう言って彼の意見に難色を示したディーン。
白熱する議論……だが、そんな中
メルだけが、一人静かに“決定的な何か”を思い出そうとして居て――》
………
……
…
「……主人公さんと私は
今も“永久防護”で繋がってる……でも
私がダメージを受けた所で、主人公さんが私の居場所を知る事は無い。
……違う、これじゃないっ!
主人公さんの指輪に残った“残留魔導”を頼りに捜索……違う。
……そんな事が出来る人なんて限られてる。
主人公さんを見つける為……見つける……指輪……そうですっ!!!
“指輪”……主人公さんっ!
……愛して居ますっ!!! 」
《――何かを思い立ったメル
直後、彼女は突如として主人公への愛を叫んだ。
一方……彼女の周りで議論していた者達は
突然の愛の告白に固まり……その視線に気がついたメルは
顔を真っ赤にしながらも皆に説明を始めた――》
………
……
…
「そ、そのっ……主人公さんと私は“お揃いの指輪”をして居るのですが
この指輪には“お互いの位置を確認出来る”能力があるんですっ!
でも、使い方を知らなくて……
一体どうやって使えば……」
《――指輪に視線を落とし必死に方法を考えていたメル。
だが、そんな彼女に対し
再び声を掛けた“謎の声”――》
………
……
…
“……魔導供給……それ……君の大切な……見つか……
急い……君にしか……彼ら……薬……逆効果……成る……”
………
……
…
「……誰っ!? “逆効果”って何の事ですかっ?! 」
「メルちゃん? ……もしかしてまた何か聞こえたんですか? 」
「は、はいっ! 助言? ……をくれましたっ!
もしもこれが正しいならっ!! ……主人公さんっっ!! 」
《――直後
謎の声の助言通り、指輪に魔導力を供給したメル……すると
指輪はぼんやりと発光し始め……暫くすると
指輪には“矢印”が浮かび上がり
主人公の居るであろう方角を指し示した――》
………
……
…
「この方向に主人公さんが……急いで探しましょうっ! 」
《――直後
指輪の指し示す方角を頼りに主人公の捜索を開始した一行。
……程無くして、何やら騒がしい声のする場所を発見し
警戒しつつその場所を覗き見た一行の眼に飛び込んで来た光景。
それは――
“台の上に手足を縛られたまま意識を失って居る主人公”
――の姿であった。
液体の入った盃を主人公の口に近付けて居た謎の種族達
約三〇体……何れも体躯の立派なこの種族達の中には
先程“メルの涙を拭った子鬼”も居り、母親と思しき者の腕の中で
“儀式”の様子を眺めていた……だが、この直後
謎の種族達は一行の存在に気付き――》
………
……
…
「くっ……この者達
只者とは思えぬ覇気を持っているッ!! 」
《――言うや否や戦闘態勢を取ったディーン
だが、メルは――》
「……あの子はっ!
お、お願いっ! ……主人公さんを返してっ!!! 」
「なっ!? ……待てメル殿っ!! 」
《――グランガルドの制止も間に合わぬ程の勢いで飛び出したメルは
先程の“子鬼”に対し必死で頭を下げ、主人公の開放を懇願した。
……だが、互いに言葉の通じぬ状態で
興奮して喋るメルの態度は大きな“誤解”を生み――》
………
……
…
「ガガガル! ……ゴルゴルガァァァァッッ!!! 」
《――メルを威嚇する一体の雄
直後……振り上げられた棍棒はメルの頭上を狙った
……だが、そんな危機的状況の中
咄嗟に二人の間へと割って入ったギュンター
彼は――》
………
……
…
「ガゴンギ! ……ガルグルゴ! ……ガガガ……ノノン!! 」
………
……
…
「ギュ……ギュンターさん?
も、もしかしてこの言葉を理解して?! ……」
「ええ……僅かではありますが“鬼人族語”は話せます
それよりも……メル様、余り無茶を為さらない様お願い致します。
それに……私めも万全ではございません
二度三度今回の様にお助けは出来かねますので……」
《――治療の行われて居ない利き腕を擦りつつ
少し苦しげにそう言ったギュンターに対し――
“ご、ごめんなさいっ! ……で、でもっ!
お話が出来るなら……通訳をお願いしますっ! ”
――そう言った直後
“……承知致しました、どの様にお伝えすれば? ”
と問われたメルは――》
………
……
…
「で、では……この様にお伝えを!
そこに隠れている子は、私がお願いしたら助けてくれました
……私の涙を拭ってくれました。
そんな優しい心を持っている種族の皆様だと見込んでお願いがあります
其処にいる人は……主人公さんは、私の大切な人なんです。
……お願いします、代わりが必要なら私が代わりに成ります
だから、主人公さんを返して下さい。
……そう、お伝えして下さいっ! 」
「成程……本当にそのままお伝えして宜しいのですね? 」
「はいっ! ……お願いしますっ! 」
「承知致しました……では。
ガルグンゴ! ゴロゴ、ダルゲガルゲグルゴムルゴ……」
《――ギュンターは一言一句違わず
但し……“私”を“自ら”へと改変し
鬼人族へと伝えた瞬間、一際体躯の立派な
鬼人族の長と思われる者は静かに立ち上がり
未だ意識の無い主人公の拘束を解いた。
直後……ギュンターは覚悟を決めた様に瞳を閉じ、腕を差し出した。
……だが、彼には見向きもせず
再び玉座へ腰を掛けた“長”は――》
………
……
…
「……済まなかったナ。
だが、誤解があル……我らはこの男を治療しようとしていタ
だが、暴れタ……だから縛っただけダ。
それト……一つ質問があル。
……この森デ、何故お前達の様ナ
“脆弱ナ者達”が彷徨いているのダ?
数日前の騒ぎは……お前達が原因カ? 」
《――と、共通言語で話し始めた
族長らしき鬼人族の男――》
「ま、まさか会話出来る者が居ようとは……いや、失礼した。
……吾輩は元オーク族族長グランガルドと申す者。
“樹木巨獣”と言う魔物に攻撃を受け
この谷へと落ち……今に至っている。
“騒ぎ”は、恐らく吾輩達の乗り物が破壊された際の物だろう……」
「成程……樹木巨獣相手に生き残るとハ
骨のある奴ららしいナ……では、其処彼処に落ちている物ハ
お前達の武器か何かノ残骸カ? 」
「如何にも……私めの固有魔導
“戦艦オベリスク”の残骸でございますが……
……要らぬ騒ぎを起こしてしまい申し訳ございませんでした」
「構わヌ……しテ、この者。
“主人公”……と言ったカ?
普通では無イ魔導を持っていル、まるで人間とは思えない程ダ。
一体……何者ダ? 」
《――この質問に対し
真実を語るべきか悩み口籠もったグランガルド
だが、そんな彼の前に立ったディーンは――》
………
……
…
「私達の……族長とでも言うべきか、纏め役と思って頂いて構わない。
……最重要人物だ、救って頂き感謝する。
所で、貴方は族長殿とお見受けするが……何とお呼びすれば良い? 」
「ふム……我の名は
“渦を操る者・ヴォルテクス”……ヴォルテで良イ。
所デ……“主人公”は負傷して居ル。
互いに誤解が有った様だガ、これから治療をすル
この薬を飲ませれバ、直ぐに良く成……」
《――此処まで聞いた瞬間
一行の中でメルにのみ浮かんだ言葉
“彼ら……薬……逆効果……成る……”
直後、慌てた彼女は“ヴォルテ”に対し――》
………
……
…
「ま……待って下さいっ!
もしかしたらそのお薬が逆効果に成るかもしれないんですっ! 」
「……ふム。
ならバ、お前達で早く治療してやると良イ……所で娘ヨ
肝の据わった良い啖呵だったゾ。
“夫の為”其処までするとは見上げた妻ダ! ……」
「は、はいっ! ……って
“夫っ!? ” ……はぅぅぅっ……」
《――と、完全な“誤解”を受けたメルであった。
ともあれ……この後、彼女は主人公の為
残り少ない魔導力を燃やし――》
………
……
…
「兎に角……今は主人公さんの治療を……主人公さんっ!
“極大治癒ッ! ” ……な、治りましたっ!!
えっと……次は……
め、目覚めのベルっ!!! ――」
………
……
…
「うっ……んっ……メ、メル?
こ、此処は? ……って皆、逃げろ!! ……うぐっ!! ……」
「だ、大丈夫です! ……誤解だったんですっ!
鬼人族の皆さんは主人公さんを治療しようとして居ただけで……
……それよりも、まだ何処か痛みますか? 」
「少し……でも、我慢出来る程度の痛みだ……ってメル?!
そ、装備がボロボロじゃないか?! メルこそ怪我はないのか?! 」
「私は大丈夫です……でも、主人公さんに頂いた装備がこんな事に……
ごめんなさいっ! 私、ちゃんと修理して……」
「……いや、メルが無事ならそれで良いよ。
装備の事は気にしないでくれ……寧ろ俺の所為で
苦労を掛けた事を謝らせてくれ。
護るって言っておきながら……本当にすまない」
「大丈夫です……ちゃんと護って貰えましたからっ!
それよりもこれ……お返ししますね! 」
《――直後、主人公に対し
“回復術師の指輪”を手渡したメル――》
「これは……ありがとうメル。
それじゃあ先ずは……完全回復。
よし、痛みは無くなった……それとその……タニアさん。
不甲斐無い俺の所為で本当に申し訳有りませんでした。
この借りは必ず、何倍にもしてお返ししますので……」
「はい? ……何の事でしょうか?
私は何もしておりませんが? ……ですから、お返し頂く恩など
感じて頂く必要など全く必要ございません。
それよりも……私の身体を“弄んだ件”については
先ほど“不問”と言ってしまいましたので
そちらも責任を取って頂くまでもございませんが……」
《――少し頬を赤らめながらそう言ったタニア。
この瞬間、女性陣の顔は曇りに曇り――》
「……い゛ぃッ?!
タニアさん!? いきなり何を言って……」
「あのぉ~……主人公さん?
私達が必死で捜索してた時に、主人公さんは一体何をしてたんですか? 」
「い゛っ?! ……落ち着けマリア!
俺は何も……タニアさん! 言い方が不味過ぎますよ!
お願いですから誤解を解いて下さいッ! 」
「分かりました……では
“……私の下半身に顔を埋め、モゾモゾと動き
挙げ句に私の胸を鷲掴みにして
鼻息荒く私に覆い被られそうに成ったので
私は怖くなってビンタして差し上げた”
と言う一件を……もう少し分かり易く
皆様にご説明すれば宜しいのですわね? 」
「い゛っ?! それじゃあ言い方が余りにも恣意的過ぎ……って。
ね、ねぇ皆? ……俺、病み上がりだよ?
ねぇ……何する気?
マリアは何で拳を固めてるのかな? ……ちょっ?!
や、止めっ……
……ぎゃあああああぁぁぁぁぁっっっ!!! 」
《――この後
女性陣全員からの誤解が解けるまでに
ある程度の時間を要したのは言うまでも無いが……それよりも。
病み上がりの主人公……ディーン曰く
“最重要人物”に対するこの仕打ちを見た鬼人族達にもまた
人間に対する誤解を含んだ知識が蔓延してしまった。
この“誤解”も、解けるまでに
相当な時間を要した事は言うまでも無いだろう――》
===第五十一話・終===




