第二九五話「悦楽が為に生きた時代……中編」
<――モナークから預かった古代龍の角。
俺自身“御守り”のつもりで懐にしまって居た所為もあり
返すタイミングを逃し、存在さえ忘れて居たこの角には
御守りと言うには、あまりにも重過ぎる過去が在った様で――>
………
……
…
「……其処まで彼女を特別視するのであれば
尚の事、何故仇を討とうと為さらなかったのです? 」
「戦技と知略……それらを支える“天賦の才”
彼奴の右に出る者などそうは居らぬ事……好敵手として
互いに切磋琢磨し続けた貴様なら良く知って居る筈……
……“影之者”として、我の不足を支え不満の一つも漏らさず居たあの者は
あの日、仇敵を逃した我の様を全て影から視て居た。
だが……手出しはせず、不満の一つも漏らしはしなかった。
あの日、アイヴィーが我へと見せた唯一の抵抗は
配下への戦果報告を拒絶した事のみ……」
「そんな物……答えになっておりませんっ!!
何故、仇を討たなかったのです?! 」
「……彼奴が古代龍として生きる事を棄てたからに他ならぬ。
我は彼奴を討つ既の所に在った……だが。
彼奴は……慢心が為に剥がれ落つ事と成った鱗の先
“急所”では無く……“肚”を庇ったのだ」
「……どう言う事です?
幾ら古代龍とは言え、心臓より他に致命傷と成る様な場所など……」
「“身籠って居た”と謂えば、貴様も理解出来よう……」
「なっ……」
「……攻撃の手を止めた我に対し
彼奴は――
“我が身の命は差し出そう……だが、娘は助けて貰いたい”
――頭を垂れ、そう厚顔無恥に吐かした。
何とも腸の煮えくり返る様な話よ……
……我に刃を向けし古代龍が、恥も外聞も無く
自らの死にさえ向き合わず、斯様に腑抜けた願いを語るなど……」
「状況は理解致しました……ですが、ならば何故
古代龍までもをお逃がしに成られたのです?
腹の子を救うだけならば……」
「……子も古代龍とは謂え
肚から引き摺り出し育つ程強靭では無かろう……」
「で、では“後々討たれに来い”とでも誓わせれば! ……」
「……我に命乞いをした後
彼奴は古代龍の象徴を自ら圧し折った。
……それは龍として生きる事を棄てた証よ。
その上――
“それは証じゃ……戦から逃れる恥を忍び
我が愛し子の為、世を忍び母として生きると誓おう”
――そう吐かした。
例え腐り堕つとも彼奴は“蜥蜴共”の祖先
二言など、口が裂けても吐きはせぬわ……」
<――判らない。
これが本当にあの“干物屋の優しいお婆さん”の話なのだろうか?
確かに辻褄は合うのかも知れない……だが、そうなれば
少なくとも、彼女の子供と言われ
俺の頭に思い浮かぶ存在は、一人しか居ない――>
………
……
…
「……な、なぁモナーク。
念の為に聞くけど、その古代龍が折った角って“真ん中”だったか?
それからお前が気にしてた胸部之鱗……
……やっぱり“見覚え”が在るのか? 」
「フッ……貴様が何を恐れて居るのかは知らぬが
我が何を語らずとも貴様の睨む通りであろう……」
「そ、そんな……なら、もしかして
俺にこの“傷痕”を付けた末裔って……」
「フッ……古代龍などそう多くは居らぬ筈……」
「なッ?! ……で、でもエダさんはそんな素振り少しも!!
いや……違う。
きっと彼女は今も母なんだ……そうだ……俺は、何も見えてなかった……」
<――恐らくは
“娘が関わった相手”だと俺の傷痕を見て気付いては居たのだろう。
……あの日
何の義理も無い筈の俺を迎え入れてくれた彼女に
どの様な思惑が在ったのかは判らない。
だが、それでも……唯
“娘の敵と成る可能性の高い相手を遠ざける為”にしては
あまりにも厚遇し過ぎな様に思えてならない彼女の行動は
良くも悪くも、釈然としなくて――>
「……唯、娘を護りたいだけなら俺の事を厚遇する必要は無い筈。
でも……もし末裔が彼女の娘だと言うのなら
仮にも“母親の角”を持って居た俺に対し
“傷痕程度”で済ませてくれた事に説明がつかない。
……もし親子である事を互いに知って居るのならば
そもそも何故末裔は、母の住む国からも
自身の棲む洞窟からもかなり遠い“竜系種族の集落”なんかに棲んで居た?
一体、何が遭って……何が遭って末裔は
ドラガさん達から恨まれる様な行動を取った? ……何故。
何故、エダさんは会ったばかりの俺に鱗を託した? ……」
「フッ……主人公。
エダと謂うその女……何故、貴様に鱗を渡した? 」
「は? ……だ、だからそれさえ判らないって今……」
「不愉快な……唯無言で渡した訳ではあるまい……」
「そ、それは
ドラガさんにも言ったけど――
“見込みのあるアンタにはこれを”
“要らないと思っても一年は持っとけ”
――そう言ってた筈だ。
けど……あの日の俺は装備を失って落ち込んでたし
実際、そう言われた時は唯の励ましだと思ってて……」
「……古代龍と思しき者から“見込みが在る”と謂れ
唯の励ましとは……何とも大層な“励まし”だな? 阿呆が」
「な゛ッ?! ……だから阿呆って言うなぁッ!! 」
「黙れ、阿呆が……
……その者は貴様の様な阿呆に何かを見出し
自らの身分さえ晒しかねぬ鱗を託した……
……それは
我と交わした誓いをも踏付けるが如くの愚行よ……」
<――瞬間
モナークから放たれた静かだが強烈な殺気……直後
此奴は――>
「阿呆、その女が棲まう国は……
……ギヒーと謂ったな? 」
<――まるで
今から“殺りに行く”とでも言わんばかりの気迫を以てそう言った――>
「い、言ったけど……でも 、ギヒーとは国交が在る訳でも無いし
仮にもお前は魔族で、しかも元々“魔王”として名を馳せて居た訳だろ?!
今だって二対魔王って仰々しい肩書がある訳でッ!!
そもそもッ! ドラガさんとの約束で彼女と連絡を取るのはッ! ……」
<――だが。
そう言って宥めようとした俺の腕を強く掴んだモナークは――>
「……我は問うた筈。
“真実を知る覚悟があるか”……と。
……彼奴がこの数百年
どの様な刻を過ごしたかなど全ては些事よ……だが
彼奴が貴様に託した古代龍の証と貴様の傷痕は
何一切些事では無いと知れ……」
<――俺に
“僅かであれ邪魔立ては許さない”
そう言ったに等しい態度を見せた――>
「……確かに、彼女の狙いが何だったのかは俺も知りたい。
だけど、俺が受けた彼女の優しさは
絶対に嘘偽りの類では無かったんだ……だからッ! 」
「黙れと謂った筈……貴様が何を望もうと我の道は変わらぬ。
全軍を率い攻め込む事さえやむ無し為れば、そうするまでの事よ……」
「……分かった。
けど……どうしても行くなら俺もついて行く。
今の俺には何も出来ない……だけど、それでもせめて
俺は居るべきなんだ……」
「フッ……為れば、道案内は貴様に任せて構わぬな? 」
「……ああ。
分かった……けど、ドラガさんには何て言えば……」
「捨て置け……彼奴程度、些事であろう」
「な゛ッ……お、お前に取ってはそうかも知れないけど
俺に取っては友達みたいな良好な関係であってッ! ……」
「脅し、強制する者が“友”とは……貴様の阿呆は不治の病よ……」
「う゛ッ……お、お前なぁッ!! ……」
「騒がしい阿呆が……ロベルタよ、蜥蜴の監視は貴様に一任する」
「はッ! ……では。
魔領:音無之領
開――」
………
……
…
「……ちょっとっ!! 何処に行ってたのよ主人公ッ!
急に三人同時に消えるから慌てたじゃないッ!! 」
<――“異空間”からの帰還直後
俺の両肩をガッシリと掴みそう“半ギレ”したマリーンに狼狽えつつ
そんな彼女を宥めて居た俺の横で――>
「……乳繰り合いは後にせよ阿呆が。
彼奴の棲家へと案内せよ……転移でも構わぬがな」
<――不機嫌を絵に書いた様な態度を以てそう求めたモナーク。
だが、そんなモナークの要求を聞いた瞬間
装備屋の店主さんは大慌てし――>
「なっ……断じてなりません!!
現在主人公さんにお渡しして居る装備で転移など!!
主人公さんお一人での転移でさえ危険であり、ましてや二人同時など
唯の自殺行為ですぞ?! ……」
<――そう強く警告した。
すると――>
「……面倒な。
為れば通信は? ……」
「ううむ、主人公さんの通信は特殊ですからなぁ……
……とは言え、短い時間ならば大きな問題は出ないかと」
「フッ……為れば、彼奴へ繋ぐが良い」
<――この後
そんなやり取りに依って、半ば強制的に
エダさんに連絡を取る事と成った俺は――>
「……待ちなさいよ主人公、モナーク。
何をしに何処まで行くのかは判らないけど
それが楽しい旅じゃ無い事位、顔を見てたら嫌と言うほど分かるわ?
主人公……私の事も連れていきなさいよ。
もし断ったら……絶対に許さないんだからね? 」
<――そう
マリーンから同行を強く求められ――>
「……わ、分かったよ。
そう言う事なんだけど……モナーク、構わないか? 」
「フッ……好きにせよ」
<――直後
モナークからも許可が降りた事で
結果として三人での訪問が確定してしまったこの後――>
………
……
…
「……じ、じゃあ繋ぐぞ?
魔導通信……エダさんへ――」
<――二人を引き合わせたその先に何が起こるのかさえ判らぬままに
恐れや不安と言った負の感情に苛まれつつも
そっと通信を繋げた
瞬間――>
………
……
…
「……おや、えらく再訪が早いねぇ?
どうしたんだい? ……何だか珍しいお客さんも一緒だが」
<――これまでで最も疾く
初動さえ判らぬ程の勢いで発動したモナークに依る無詠唱転移に依って
何時の間にか到着して居たエダさんの干物屋。
……だが、そんなあまりにも異質な形となってしまった再訪に
眉一つ動かさず応対したエダさんの姿は、鈍い俺にさえ
唯の干物屋の店主とは思えない迫力を感じさせてしまって――>
「フッ……久しいな“巨龍”よ」
「……済まないねぇ、何分年寄りなモンで
三年より前の話なら殆ど覚えて無いのさ……」
「龍で在る事は否定せぬか……嗤わせる……」
「……昔の話なんざ殆ど覚えちゃいないが
そうだと睨んで訪ねて来た相手に隠し続けられる程
耄碌はして無いんでね……それで?
一体何の用だい? ……“昔の恨み”でも果たしに来たのかい? 」
<――訊かずとも判る。
彼女は……エダさんは間違く古代龍だ。
この瞬間……これまで彼女が隠し続けて居た特有の覇気を感じ取った俺は
まるで心的外傷の様に“末裔”との時間をフラッシュバックさせてしまった。
それは……今の今まで彼女を“弱い立場”だと思い込み
“何としても護らねば”と考えて居た事さえも
酷く愚かに思える程、強く――>
「フッ……盗人猛々しい。
貴様は誓いを反故にした、故に我は此処に来た……
……唯、それだけの話よ」
<――強烈なモナークの殺気
言葉とは裏腹に、今にも彼女を討ち取らんとする様なその殺気は
息が苦しくなる程に強烈で――>
「……そうかい。
さて……見た所、主人公は見込み通りの成長具合だが
少々、成長を急いた“きらい”があるねぇ?
……あまり急ぎ過ぎて龍の力に飲まれちまったら
強くは成れず、唯の“暴虐龍”に成り果てちまうんだよ? 」
<――自らの置かれた状況など些末な事かの様に
そう言って俺の事を気遣ったエダさん。
……錯覚かもしれないし、騙されているだけなのかも知れないが
この瞬間だけ、俺の知る優しいエダさんに戻った気がした。
だが……その一方で
モナークはそんな事などお構いなしな様子で――>
「貴様が何を望もうとも貴様の勝手よ……だが。
貴様は我に証を立て、それを反故とした……
……その報いは受けねば成らぬ」
「成程? 筋は通ってるねぇ? ……なら、あたしが死ねば満足かい? 」
<――エダさんの口からそんな極論が出てしまう程
怒りを顕にして居て――>
「な、なぁ……待ってくれモナーク。
昔、どんな戦いが遭ったのか正確には判らないけど
きっとエダさんは俺の傷が誰に依って付けられたのかを知り
それで、せめてもの罪滅ぼしとして
あの鱗をくれたのかも知れない訳で! ……」
<――少しでも状況が穏やかな方へ向かえばと考え
俺はそう説得を始めた、だが……この直後
そんな俺の説得を邪魔する様に口を開いたのは
モナークでは無く、エダさんで――>
「おやおや……“罪滅ぼし”なんて失礼な話だねぇ?
あれを渡したのは、孫へのプレゼントみたいなモンさ……
……主人公は間違い無くあたしの娘に噛まれて力を得た。
“自分より強い者で無ければ我が夫には不相応”……そう言って
孫の顔を見せるつもりが無いと頑なに宣言しちまった娘が
奇跡的に生み出した“孫”みたいなモンなのさ。
それに……実際、鱗を一年ばかり傍に置いとけば
主人公は間違い無く古代龍の力を得られる筈。
無論、何一切急く必要も無く
普通にしてりゃ“暴虐龍”には成らずに済むって訳だ。
反対に……鱗さえ傍に置かず
どうすれば良いのかさえ判らぬままに過ごせば
簡単に暴虐龍へと堕ちるだろうさ……にも関わらず。
アンタは祝いの一つさえ送るな……なんて言うつもりかい?
どうなんだい? ――
“半魔族の魔王、モナーク坊や”
――あの日のアンタは
其処まで狭量じゃなかった筈だよ? 」
<――この瞬間
居直る様にそう言ったエダさんは……まるで
モナークの怒りを引き出さんとする為かの様にそう煽った。
だが――>
「フッ……自惚れも程々にせよ巨龍。
貴様が負うべき報いは貴様の死程度で終わる些事には非ず……」
<――そう
簡単には死なせないと言ったに等しい発言をしたモナークは
これまで顔色一つ変えなかったエダさんの顔色を
これでもかと言う程に変化させる様な要求を突きつけた――>
………
……
…
「……巨龍よ。
貴様は“娘が為に生きる”……そう宣い、それを自ら反故とした。
為れば、貴様が負うべき報いは
“娘を討つ者の為”……貴様の全てを捧げる事に他成らぬ」
<――瞬間
この場の空気は一変した。
……それまで穏やかだったエダさんの表情は
あまりにも恐ろしい物へと変化し……俺に、最悪の状況を想定させた。
どう考えても受け入れ難く
受け入れるべきとも思えない厳し過ぎるこの要求に依って
話し合いが決裂し……“古代龍”としての彼女が目覚めてしまったなら。
今現在、戦う力など一切持ち合わせていない俺では……マリーンは疎か
自分自身の事さえも護れる訳は無いのだから――>
………
……
…
「……半魔族の坊や。
アンタの言う“娘を討つ者”ってのは
ひょっとして、主人公の事かい? ……」
「……そうだと謂えば何とする? 」
「そうさねぇ……で、在れば。
仕方が無い、ねぇ――」
………
……
…
「――全く。
老い先長かろうが短かろうがどうだろうが
孫の可愛いさには負けるってモンさ……良いだろう。
あたしの心臓一つで役立つってんなら……その子に食わせりゃ良いさ」
<――この瞬間
そう、あまりにも意外な答えを発したエダさんに依って
俺の常識感覚と呼ぶべき物は狂いに狂った――>
===第二九五話・終===




