第二八七話「“揉める”のは楽勝ですか? 」
<――“謎のメイド”
記憶の中とは思えない程に鮮明な
数多くの人々が暮らす“世界”……そして。
それら全てを繋ぎ、帰結する“終着点”とでも言うべき
悍ましいまでの隠された“記憶”……俺は
マリアを救う為、彼女の脳内で
彼女が抱える数多くの苦悩を目の当たりにした。
そして……未だ実感の湧かぬ
マリアを救い“アリス”を失うに至った、最期の状況をも――>
―――
――
―
「マスター……貴方は恐ろ……しい……存在……です……
私は、貴方……様な……を……監視……たかった……
貴方の……領域……を……ッ……」
「そんな、待ってくれ……君まで救えないなんて……駄目だ。
俺は――」
<――直後
完全に崩壊した彼女の体から現れた“鍵”
この瞬間、俺は全てを理解した……彼女こそが
マリアの記憶に於ける警備であり、金庫であり……鍵だったのだと。
……俺がマリアを目覚めさせる為の行動を止めぬ限り
彼女は必ず、崩壊する定めだったのだと――>
「――俺は、君の苦しみを理解出来なかった。
ごめんなんて言葉じゃ君の犠牲を無かった事になんて出来ない……
……だけど。
せめて……君にこんな役目を強いて居た奴には
俺が必ず、報いを受けさせるから……だから。
どうか、安らかに眠ってくれ――」
<――鍵を拾い上げた瞬間
自動的に開かれた“暗号化領域”……直後
俺は、マリアの苦しみの全てを見た……そして。
俺がアリスと共に巡る事となった“記憶”の全ては
彼女の苦しみが故に鮮明だったのだと
知った――>
「――君にこんな役目を強いて居た奴に“見当”がついた。
君の悲しみは必ず……」
「貴方は優しい……人……ですね……でも……もう……さよう……ら……」
<――微かに聴こえた別れの言葉
だが……この後
俺は二度と彼女の声を聞く事は出来なかった――>
「ッ?! アリス? ……何処に居るんだッ?!
アリスッ!! ――」
<――真相に辿り着き
直後、激しい喪失感と共に引き戻された現実世界。
“その所為”と言えば言い訳がましいのかも知れないが……
……気が逸り、結果として
エリシアさんを危機的状況へ追い込んでしまった俺は
装備屋の店主から、現在までの状況と
俺の身に起きた“異常”を伝えられる事と成った――>
―
――
―――
「古代龍の力? ……一体どうして俺にそんな力が……
まさか末裔が? でも、そんな訳……」
「……良く分かりませんが、私は唯咬み痕から推測し
その後、研究機関の方々と共に
貴方様の健康状態をお調べしただけでございます。
故に貴方様に力が宿った正確な理由は私にも分かりません
ですが、理由はどうであれ貴方様の肉体はその力と均衡を取って居る。
……貴方様の行動に悪意が無い事など皆理解はして居る筈
ですがそれでも、眼前で起こった状況と結果には
皆、相応以上に心を痛めておるのです……貴方様が行うべきは
そのもやもやとした感情に区切りをつけさせるべく
“理由付け”として、貴方様が有用であると……
……以降、その新たな力がこの国を護る一柱となるのだと
皆に納得をさせる為の行動をお取りになる事なのかと存じます」
「……俺は、政令国家に暮らす人々の命や幸せを護りたい。
その根源は言うまでも無く、エリシアさんを始めとする
俺を見放さず居てくれた仲間達の中にあるんです。
……何故、俺に“古代龍の力”が宿って居るのか判らなくても良い
でも、それが仲間とこの国を護る為に少しでも役立つと言うのなら
俺は貴方が言う様に、力を理解し活用する為に全力を尽くします。
どれだけ時間が掛かったとしても……」
<――状況を見れば
唯の綺麗事にしか思えない俺の宣言。
だが、今の俺には
そうする事しか出来なくて――>
「……覚悟は確かにお聞き致しました。
所で、主人公様……古代龍の力についてで御座いますが
今お伝えした様に、首の咬み痕から最も強く検出されたのですが……
……主人公様、馬鹿な質問で恐縮では御座いますが
まさか、古代龍に咬みつかれたのですか? 」
<――この瞬間、本題に触れる様にそう問うた店主。
直後、その“まさか”だと答えると――>
「成程……ではやはり、マリーン様がお持ちの
“胸部の鱗”と思しき物はその古代龍から?
……とは言え、それにしては余りにも
“時代が付き過ぎて居る”様にも思えるのですが……」
<――彼は
そう唖然とする様な事を口走った。
そして、この直後……そんな俺の“様子”に
大きな溜息をついたかと思うと――>
「……成程?
その御様子では、両方共“知らずに”手にした訳ですな? ……いやはや。
流石と言うべきか……何とも恐ろしい限りで……」
<――聞き様に依っては“嫌味”とも取れる様な口振りでそう言った。
そして――>
「兎も角……どうやら少々説明が必要な様ですな。
……現在、マリーン様がお持ちの古代龍の“胸部鱗”に関しましては
神話級の材料であり、大国を丸々一つ購入出来る程の価値がございます。
“あれを貫く事の出来る物などこの世に存在しない”と言わしめる程の
桁違いの強靭さを有しておりましてな……まぁ、あれを
唯の防具として用いるのは余りにも畏れ多い話ではありますが。
……とは言え、あれ程の材料を唯金庫に保管し
眠らせて置くのは余りに惜しい……其処で。
鱗を……私に任せては頂けませんかな? 」
<――恐らくは装備屋としての血が騒いで居たのだろう。
この瞬間、そう問うた店主の押しの強さに思わず――
“へッ? あ……はい”
――と、二つ返事をしてしまった俺は
この直後、密かに腰の辺りで“ガッツポーズ”をした店主の
輝きに輝いた瞳を目の当たりにした――>
「……快く受け入れて頂き有難うございます。
ならば、装備屋人生の全てを掛け
必ずや最大限の成果を生み出してみせましょう……
……尚、お代は結構です。
神話級装備の作成に携わると言う
“名誉”と言う言葉さえ不適当に思える最大の財貨を得られるのです。
いやはや……何事も長く続けてみる物ですな? 」
「そ、それは助かり……ます……けど。
それはそれとして、その……」
「“装備の件”であれば……
……“余り期待はせずに居て下さい”とだけ、お伝えして置きます」
「そうですか……って、その……
捕縛……解いて貰っても良いですか? ……」
「ええ、勿論で御座います……が、その前にもう一つだけ。
エリシア様がお掛けに成られた“結界”は既に崩壊しておりますから
何処に向かわれても主人公様の肉体に問題は起きませんが
恐れながら……この捕縛を解いた後、貴方様が真っ先に向かわれるべきは
他の何処でも無く、エリシア様の所かと存じます。
……私の店の上客であり、付き合いの長い彼女が
命を懸けてまで護った貴方様に……諄い様ですが
その価値があると示す事こそ
今、貴方が何よりも優先して行うべき行動かと……では」
<――この瞬間
極僅かに、それで居てありありとした怒りの感情を見せた店主は
直後……捕縛を解き、純金の魔導杖を俺に渡すと
そのまま研究機関の奥に消えて行ったのだった――>
………
……
…
「……皆さん、俺に対する怒りはもっともです。
俺の馬鹿過ぎる失敗を考えれば話しかけられたくも無いとは分かっています。
ですがせめて……エリシアさんが何処に居るのかだけでも
教えて貰えませんか? ……お願いします」
<――尚も
一切、目を合わせてくれない研究員達に対し深々と頭を下げ
そう頼んだ俺に対し――
“エリシア様は自宅にて療養中です”
――振り向かず、作業を続けながらも
そう、短く応えてくれた一人の女性研究員。
そして、この直後“転移魔導”……では無く
店主の忠告通り、徒歩で向かおうとした俺に対し――>
「主人公様……貴方は一応、病み上がりの身なのですよ?
……馬車をご使用下さい」
「あ、ありがとうございます……そ、その……色々とすみませんでした」
「いえ……つい先程仰った決意を実行されればそれで構いません。
“事後処理”は私達がやっておきますので……では」
<――静かな怒りと同時に
微かに赦しを感じさせる様な物言いでそう言った研究員の女性。
……そんな彼女の思いに応える為
決意を胸に馬車へと乗り込んだ俺は――>
………
……
…
「……着いた。
けど、何だろう……ヴェルツが凄く久し振りに感じる。
俺は……もっと強くならないと……」
<――ヴェルツの店前
俺は……営業中の札が掲げられた入口を見つめながら
何故か、僅かな入り辛さを感じて居た――>
「おや? ……主人公ちゃんじゃないかいっ!
良く帰って来たね! 何処も辛くはないかい? ……」
<――そんな中
店前で立ち尽くして居た俺に気付き、そう何時もの様に
明るく優しく俺を迎え入れてくれたミリアさん。
だが――>
「……俺は平気です。
そんな事より……俺の所為で……エリシアさんが……」
「……ああ、知ってるさ。
今はまだ寝てるが……部屋に行って謝るなり、回復を祈るなり
取り敢えず今は主人公ちゃんがやるべきと思う事をやってみな。
後悔ってのは文字通り“後”でする物さね……分かったかい? 」
「はい……そ、その……出来たら一緒に来て貰えませんか? 」
「……其処まで素直に甘えるって事は、余程悔やんでるって事だろう?
分かったよ……と言うか、最初からそのつもりさね!
さぁっ! ……行くよっ! 」
<――直後
俺の腕を強く引き
エリシアさんの自室へと同行してくれたミリアさんは――>
………
……
…
「……全く、眠ってると本当に子供みたいに見えるねぇ?
まぁ、外見だけを見ればエリシアは本当に子供みたいだが
その覚悟の強さと芯の強さは、どんな屈強な男共にだって負けない程さ。
主人公ちゃん……アンタを護る為、この子はずっと必死だった。
それが間違った“結界”だったとしても、この子はアンタを護る為
必死に考えを巡らせたんだ……其処の所、ちゃんと理解してやるんだよ? 」
「ええ……エリシアさんは素敵な人です。
なのに、俺みたいな馬鹿の所為で……俺なんて助けても
エリシアさんには何の得も……」
<――そう言い掛けた瞬間
ミリアさんは俺を叱った――>
「……馬鹿言ってんじゃ無いよっ!
何言ってんだい全く……良いかい? 主人公ちゃん。
いい加減、自分がどれだけ愛されてるか
どれだけ大切に想われてるか気付きな。
……エリシアは自らの命さえ容易く差し出せる程
アンタを大切に想ってるんだ……勿論、あたしだって同じ事をしただろうさ。
なのに、そのアンタがそうやって自分を卑下して
軽く扱っちまったら、エリシアの覚悟は無駄って言った様な物だろう?
良いかい? 主人公ちゃん……さっきも言ったが
今、アンタが出来る事は後悔じゃない……唯、エリシアの傍に居て
エリシアの覚悟に報いる事だけだ。
そもそも……本来、女に此処までさせたら
男にはそれ相応の“責任”を取らなきゃならない
暗黙の決まりって物があるんだよ? 」
「せ、責任って……まさか、けけけッ結婚ッ?! 」
「……ああ、そう言う事さ。
だが、この子がそんな風に――
“責任を取って結婚します”
――なんて答えを貰うのを喜ばない事だって分かるだろう?
だからこそ……傍に居て、この子が目覚めた瞬間
アンタが居てやらなきゃ成らないのさ……分かるかい? 」
「わ、分かる様な……分からない様な……」
「……全く、主人公ちゃんもまだまだ“子供”だねぇ?
ま、何れちゃんと分かる様に成るさ……兎に角。
後で布団は持って来てあげるから
暫くはこの子の部屋で寝泊まりしてやりなよ? 」
「へッ?! ……そ、そんな事……だッ……大丈夫なんでしょうか? 」
「……何が“大丈夫”なのさ?
まさか、眠ってるこの子に“悪戯”しようってんじゃ無いだろうね? 」
「な゛ッ?! ……そッ、そんな事はしませんよぉッッ?!!!! 」
「必死さが逆に怪しいが……まあ良いさ。
まぁ、もしも“悪戯する”ってんなら
それ相応に責任も取るんだよ? ……
……さて、あたしは仕込みがあるから行くよ?
じゃあねっ! ……」
「な゛ッ?! ちょっとぉッ?! ……」
<――去り際に
置き土産の如く放たれたミリアさんの“爆弾発言”は兎も角として。
この後……まるで
唯眠っている様にしか見えない、エリシアさんの姿に――>
「……生きてて良かった。
けど、俺の所為で……エリシアさん……」
<――安堵する気持ちと強い後悔の念
俺は、そんな狭間の感覚を覚えて居た――>
………
……
…
《――主人公が為、その身を挺したエリシア。
発動すれば死に至る程の強大な力を抑える為
咄嗟に“破界”の術を使用し、彼を死の呪いから救った彼女は……
……その反動に依り、体内の魔導を限界まで消費し
生死の境を彷徨う事と成った。
全ては……二度と愛する者を失わぬ為、決死の覚悟で下された決断が故。
だが……本来、破界に依る反動で死を迎えて居た筈の彼女を
既の所で救った者が居た事を、この時の主人公は知らなかった。
“ソーニャ”
……彼女は、その命を擲つ覚悟で
自らの魔導力をエリシアへと移譲……その後、意識を失い
研究機関の第三研究室にて、エリシア以上に危険な状況の中
増幅器に繋がれ……その決死の決断を最愛の者に知られる事さえも無く
今も尚、一人孤独に“死”と戦って居た――》
………
……
…
「ウ゛……ぐッ゛……ッ……」
《――意識は無く
唯、脊髄反射的に発せられて居たうめき声……
……この瞬間、無理を押し通し魔導力移譲を行った弊害として
彼女の体に起きて居た異常事態
増幅器に依って急激に供給され続ける魔導力とは裏腹に
穴の空いたグラスに注がれる液体の様に
注がれる側から零れ落ちて行く彼女の魔導力は
彼女の体に拷問が如き苦痛を与え続けて居た……だが。
増幅器を外した瞬間、容易に死を迎えるだろう彼女を救えるのは
この、拷問が如き時間に耐え続ける事だけで――》
「……魔導保持能力の回復にはまだ掛かる様ですね。
皮肉な話ではありますが……この度の貴女の行動は
貴女を“善なる存在”だと、皆に知らしめる物でした。
……また三〇分後、確認に来ます。
ソーニャさん、傍で見守れない私を赦して下さいね……」
《――機材に表示された数値を確認しそう言うと
足早に部屋を去ったメアリ……彼女は、多忙が故では無く
直視する事への拒絶感から、一度も振り返る事無く所長室へと戻って行った。
そして、同時刻――》
………
……
…
「新たな宿主……いや、所有者よ。
桁外れの力を有する古代龍の末裔よ……我が声を聞き入れよ」
《――洞窟の奥深く
古代龍の末裔が棲まうこの場所で交わされて居た“会話”――》
「……書物が独りでに口を開くとは
何とも珍しい話だ……騒がしいのは好かん、黙れ」
「待つのだ……そう事を急いてくれるな。
……御主は我が兄弟を“愛用”し、更に有益だと感じて居ると見える。
だが……その一冊だけで満足をして居ると言うのならば
それは余りにも井の中の蛙が過ぎると言うもの……
……幸いにも、我には兄弟の居場所を特定出来る力がある。
御主が他の書も欲する気持ちがあるのならば……」
「黙れと言った筈だ毒蛇……面倒は好かん。
今以上の力など欲しては居ない
貴様をその身に宿して居た“駄犬”もあの体たらく振りだ。
他の書も貴様“程度”為れば我が動くまでも無かろう? ……」
「……それは単にあの男が特別劣って居ただけの話。
本来、些細な力である筈の処女宮を最大限活かし
こうして、自らの居城を出る事も無く
防衛も迎撃も全て賄えて居るのは、純粋に御主が実力であろう?
とは言え……些か無駄が多い様にも見える。
やはり、処女宮だけでは御主の力を活かしきれんのだ……
……御主が完全なる“分身”を生み出す為には、他の書が必要不可欠。
そもそも、御主が“誇り”と謳った祖先の怨敵とも言うべき者は
あの男と同じく、自らの身に“天蝎宮”を宿し
今ものうのうと生き永らえて居るのだぞ? ……
……せめて、一族の誇りを取り戻そうとは思わぬか? 」
「……肉体の殆どを文字で埋め尽くされて置きながら
一切言葉を介さぬとは厄介な“書物”だな?
いい加減面倒だ……笑わせるなよ、毒蛇
我は負け犬の尻拭いなどする積りは無い。
……我が“誇り”と謳ったのは、あくまで
先祖に対する最低限の礼儀としてに過ぎぬ。
貴様に言われずとも、あの駄犬の幼稚さを見れば
奴に倒された訳で無い事など先刻承知の上よ……毒蛇。
これ以上、我の静寂を乱す為れば
貴様をその“書”ごと消滅させても構わんが……どうする? 」
《――聞く耳など持ち合わせず
“焚書”が如く、蛇遣宮之書の真横へと炎を生み出した彼女の行動に
直後、唯一言……蛇遣宮之書は
抑えきれぬ様子で“疑問”を発した――》
「くっ……ならば何故、我をあの男から奪い去った……」
「……至極単純な話だ。
貴様の狡猾さが好かん……唯それだけの話よ」
===第二八七話・終===




