第二八一話「“潜入”は楽勝ですか? 」
<――真っ暗だ。
周囲には何も見えず、此処が何処なのかさえ分からない。
俺は……皆と約束をした。
俺は、間違い無くマリアの脳内に潜入して居る筈――>
………
……
…
「……自分の手さえ見辛い程暗いなんて
此処は一体……ぬわッ?! 」
<――瞬間
肩に感じた“何か”……だが
驚き振り向いた視線の先も、やはり暗闇で――>
「……だ、誰か居るのかッ?!
お、俺を食べても美味しくないぞッ!? ……」
<――思わず
そんな、情けなさMAXの発言を繰り出してしまった。
だが、そんな俺の声に応える者は居らず――>
「気の所為か? ……いや、確かに今何かが触れた筈。
くそッ!! ……何で自分の体さえ殆ど見えないんだよッ!! 」
<――文字通り
“身動きの取れない状況”に苛立ちそう叫んだ、直後――>
「マスター……貴方がマスターですか? 」
<――何処からとも無く聞こえて来た謎の声。
“痕跡を残さず、見つかってもいけない”
俺は……その前提条件を忘れたかの様に
この瞬間、この声に返事をしてしまって――>
「へッ? マスター? ……では無いと思うけど
君は……って言うか、そもそも君は一体何処に……いッ?! 」
「何を言っているのですか? マスター……私は此処に居ます。
もしかして……貴方は、目が見えて居ないのですか? 」
<――瞬間
頬に感じた温もり……直後、触れられた頬から広がる様に
周囲の景色は鮮明になり始め――>
「君は一体……って、うわぁぁぁぁッ?!
ち……近過ぎるッ! 」
<――鼻先が触れてしまう程
目のピント調節が出来ない程の超至近距離で
俺の事を観察して居たメイド服姿の女の子……直後
慌てて飛び退けた俺の事を不思議そうに見つめて居た彼女は――>
「マスター……その様に暴れては怪我をしてしまいます。
どうか、ご自愛を……」
<――そう
困った様に言ったかと思うと――>
「それはそうと……マスター、これからどうしますか? 」
<――まるで“俺の同行者”かの様に
そう問うた――>
「ど、どうって……そもそも君は一体……」
「私は、マスター専用のメイドです」
「は? ……い、いや……確かにメイド服では在るけど……」
「マスター……私の事などお気に為さらず、要望を仰って下さい
私に出来る事は、全て叶えさせて頂きますので」
「そ、そう言われても……
……って、その口振りだと少なくとも味方をしてくれるって事だよね?
いや、待てよ? ……そもそも俺は単独潜入のつもりで此処に居る訳で
って言うか……これって、潜入早々気付かれた挙げ句
既に痕跡を残しまくってるって事じゃ……」
「……申し訳ありませんマスター
私には貴方様が仰る事の意味が理解出来ません」
「へっ? ……い、いやその
後半は殆ど独り言のつもりだったって言うか
反省のつもりだったって言うか……」
「マスター……私の質問が分かり辛かったでしょうか?
もし分かり辛かったのであれば、質問を変えます……
……マスター、貴方様のやりたい事は何ですか? 」
「や、やりたい事? ……そりゃあ、遊んで暮らせる程の金持ちに成って
可愛い女の子とあんな事やこんな事を……って、ごめん。
幾ら不安を誤魔化す為だとしても
女の子相手にこんな酷い冗談駄目だよな……本当にごめんッ!
その……俺はッ! ……」
「分かりましたマスター……では、失礼致します」
「へッ? ……って。
ぬわぁぁッ!? ……なななッ!? 何故の腰に手をッ?! 」
「マスター……何故慌てて居るのです?
私はマスターの“要求”を満たそうと……」
「は? ……いや、冗談だからッ!
まさか本気にされるとは思って無……って。
も……もしかして、君も冗談のつもりだったとか……」
「いえ、私は只マスターの望みを叶えようと……」
「な゛ッ……じゃあ、本気……だったの? 」
「ええ……私ではお嫌でしたか? 」
「え゛ッ?! ……い゛ッ……嫌とかそう言う問題じゃなくて!!
と、兎に角ッ! ……唯の冗談だから今の一連は全部忘れてくれッ!! 」
「承知しましたマスター……この事は他言無用と言う事ですね」
「な゛ッ……それだと“何かあった”みたいじゃんか!! 」
「何の事でしょう? ……記憶に御座いません、マスター」
「いや、言い逃れ方が悪徳政治家かッ!! 」
「マスター、仰る言葉の意味が……」
「だぁーーーもうッ!! ……兎に角ッ!!
今後は……仮に俺がお願いしたとしても
“そう言う系”の話は全力で拒否してくれ! ……頼むからッ!! 」
「承知致しました、マスター……“嫌がられる”のが好みなのですね」
「な゛ッ?! ……だ・か・ら・違ーーーーうッ!! 」
<――俺は今、一体何をしているのだろう?
いつの間にか鮮明に成って居た周囲の景色……
……此処がそれなりに広い宿の一室らしき場所であり
且つ、何故か“メイドさん”と二人きりと言う余りにも謎の状況の中
俺は……要領を得ない会話に辟易としながら
そんな疑問を感じて居た。
そもそも……この子は一体何なのだろう?
良くあるコスプレ色の強いゴスロリメイド服では無く
本格的なエプロンドレス型のメイド服を着たこの子は。
……何故、現れるなり俺の事を“マスター”と呼び
“年齢制限”が掛かりそうな状況を嫌がる事無く
簡単に実行に移そうとしたのかさえも……何一切、理解が出来ない。
こうして悩んで居る今も、彼女は俺の事を真っ直ぐに見つめているし
真剣に頼めば、本当に文字通り“何でも”してしまいそうな危うさがある。
何よりも……彼女がマリアの記憶の一部であるのならば
俺は現在進行系で……取り返しが付かない程に
その記憶に“痕跡を残し続けて居る”と言う事で――>
「とッ、兎に角……色々と騒いでごめん。
勝手な事を言う様だけど、今の会話も俺の事も……冗談じゃ無く
どうか、忘れて欲しい……そッ、それじゃあッ!
さッ……さようなら~ッ! お元気で~ッ! 」
<――逃げる様に、誤魔化す様に
この瞬間、彼女に背を向け部屋を去ろうとした俺。
だが、この直後……彼女は
そんな俺の手を握り――>
「待って下さいマスター……私は貴方様専用のメイドです。
マスターに捨てられたら、私は……」
<――目を潤ませながらそう言った。
無論、そんな状態の女性の手を振り解く事など出来る訳も無く――>
「な゛ッ?! ……す、捨てるとかそう言う事じゃ無くてッ!!
そ、その……説明するのは難しいけど、俺は……今から
危険で、急ぎで……やり直しの利かない旅をしなければ成らないんだ。
……その為には、目立つ事も騒ぎを起こす事も避けないと駄目で
もし、俺が失敗したら……大切な人が命を落とす事に成る。
だから、その……」
<――説得の為とは言え
自らの事を“忘れて欲しい”と伝えた相手に対し
そう、必死に自らの置かれた状況を“伝えよう”として居た俺。
だが――>
「マスター……貴方様の旅は私の旅でもあるのです。
危険も重責も……貴方様に関わる全ては、私にも関係する物なのです」
<――真っ直ぐに俺の目を見つめ、そう真剣に言ったメイドさん。
直後――>
「そんな……なら、命を落とす可能性があるとしても
それでも君は……俺に同行するって言うのか?
そもそも、俺は君の事を何も知らない……名前さえも。
君が何故そうまでして俺に“仕えよう”とするのかさえも……
……傷つける様な事を言うけど、俺からすれば君は
たった今会ったばかりの見ず知らずの女の子だ。
なのに、何が起きるかも分からない危険な旅に同行させるなんて……」
「アリス……私の名前は、アリスです。
貴方様にお仕えする理由は……貴方様が仕えるべき対象であるからです。
それと……もう“見ず知らず”ではありません。
既に私は、貴方様の下着を目撃し……」
「わ゛ーッ!!! ……分かったからそれ以上は言わないでくれッ!!
とッ、兎に角ッ!! ……どうしてもついて来るつもりなのか? 」
「はい……マスターと離れる訳には参りませんので」
「う゛ッ……わ、分かったよ……でも、それなら一つだけ約束して欲しい。
それを受け入れてくれるなら、同行を許可するからさ」
「何でしょう? 先程の“続き”でしたら……」
「わ゛ーーーーッ!! ……だから違ーーーーーうッ!!!
その、付いて来る事は許可する……だけど。
間違っても……俺の事を庇おうとか身を挺したりなんてしないでくれ。
もう、これ以上……俺の所為で失われる存在なんて在って欲しくないんだ」
「分かりましたマスター……では、旅を始めましょう」
「……ありがとう。
って……此処って宿屋だよね? 」
「ええ、料金は確か後払いだった筈ですが……」
「へッ? ……料金って言われても、持ち合わせが……」
「そうですか……では、私が代わりに支払って置きます。
それで、マスター……お給料はいつ頂けますか? 」
「う゛ッ……お給料って言われても
“此処”に於けるお金なんて……な、ならッ!!
旅の最中、お金になりそうな物を見つけたら全部君にあげるから!
そ、それで許してくれない……かな? 」
「……冗談です、マスター
お財布は何時も通り私が管理しておりますのでご安心下さい……
……では、行きましょうか」
「なんだ~冗談か~……って、ちょっとぉッ?! 」
<――“何時も通り”
この瞬間、彼女は確かにそう言った……
……だが、彼女の中にある俺の記憶は
本当に俺と言う存在なのだろうか?
一体何故、マリアの脳内にこんな存在が居るのだろうか?
本当に……俺は
彼女と共に旅をして大丈夫なのだろうか? ――>
………
……
…
「マスター……何処に向かいましょう? 」
「ど、何処って言われても……見覚えの無い景色ばかりで
何処から探せば良いのかさえ分かんないし……」
<――宿を出た直後
此処が見覚えの無い国の中心だった事を知った俺は
振り返り、宿屋の看板を見上げながら――
“宿屋マリンバ”
――と書かれて居る文字が読めてしまった事に驚いて居た。
何故なら、どう見ても“日本語”では無かったから
だが、この子は確かに
俺と同じ“言語”を話している筈で――>
「……ごめん、ちょっと聞いても良いかな? 」
「はい、マスター……私のスリーサイズでしたら、上から……」
「違ーーうッ! ……俺達の会話してる言語が何語で
あの看板に記されている言葉が何語って言うのかを教えて欲しいだけだッ!! 」
「何語と言われましても“ジパン語”ですが……
……マスター、もしかして少しお疲れなのですか?
もしそうならば、旅の日程を少し遅らせてでも……」
「……いや、それだけは出来ない。
アリスさん……って呼んで良いのかは分からないけど
俺は、急がないと駄目なんだ……」
「……何時も通り、アリスと呼び捨てて頂いて結構です。
では、マスター……私は気乗り致しませんが
マスターの命令である以上従います……旅を進めましょう。
所で、マスター……貴方様は何を探しているのです? 」
「何って……分からない。
正確にそれがどんな形をして居るのか、何処にあるのかさえも……」
「マスター……貴方様は“夢や希望”を探して居るのですか? 」
「な゛ッ?! 何故いきなりそんなロマンチックな返答を……」
「マスター……無礼な物言いで申し訳有りませんが
幾ら“姿形が分からない物”を探しているのだとしても
その使用目的などは分かる筈では? ……」
「ああ……“使用目的”はハッキリしてる。
“それ”を見つける目的も……一つだけだ」
「……その目的とは? 」
「大切な人を目覚めさせる事だ」
「成程……お薬か何かの類でしょうか?
もし、そうであれば薬屋を探し……」
「……売ってるなら今直ぐ全財産叩いてでも手に入れたいけど
きっと、そんな簡単な所には無い筈だ……何れにしても
先ずは目立たない様にこの国を調べたい……協力してくれるか? 」
「はい、マスター……私は貴方様の命令に従います」
………
……
…
「薬屋に食事処、服屋に装備屋……何処も極普通の作りだった。
本当に此処はマリアの……って、何だッ?! 」
<――少しでも役立つ情報を見つける為
この小さな国を必死に捜索した俺達二人……だが、当然と言うべきか
そう簡単に解決策と成る様な情報が見つかる訳も無く
徒労に終わった此処までの時間に苛立ち
此処が本当にマリアの脳内であるのかと言う事にさえ
疑問を感じ始めていたこの瞬間――>
「退け退け退けぇぇぇッ!! ……我が村の救いの神
“音成良助”様から齎された神器“蓄音機”輸送部隊であるッ!!
……者共ッ! 退け退け退けぇぇぇっ!! 」
<――地面を抉るかの様に走る馬の蹄の凄まじい勢いと共に
現れるなり、絵に書いた様な“蓄音機”を警護しつつ
周囲に怒声の如き命令を放った兵士と思しき数名の男達。
……彼らは、慌てて道の端へと避けた民達には目もくれず
何処からどう見ても唯の蓄音機を後生大事に庇いながら
道の真ん中を堂々と走り抜けようとして居た。
だが――>
「一体何なんだあれは……って。
危ないッ!! ――」
<――瞬間
絵に書いた様なタイミングで飛び出した一人の子供……
……どう考えても良い結果は生まれないだろう状況の中
俺は、考えるまでも無く動いてしまって――>
………
……
…
「うっ……うっ……うぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!! 」
「よ、良かった……無事だ……」
<――きっと、この後の流れなんて説明せずとも分かるだろう。
見るからに民の事など微塵も考えていないだろう奴らが
“わんさか”乗る荷馬車の前に飛び出したのだ。
まず間違い無く、不味い方向に“目立つ”筈――>
「チッ……ガキの管理は親の努めだろうッ!! よく教育しておけッ!! 」
「へッ? ……あ、いや……俺の子じゃないですけど
す、すみませんでした……」
「何? なら、弟か何か……って、ええいッ!
我々は急いでいるのだッ! ……行くぞッ! 」
<――“奇跡的に”と言うべきか。
大きな問題に成る事も無く、そう言って
俺と子供を避け、再び走り抜けた“輸送部隊”
直後……これまた絵に書いた様に血相を変えて現れた母親に依って
俺達は、何とも“過剰な程の”おもてなしを受ける事となり――>
………
……
…
「……大したものはご用意出来ませんが
息子を助けて頂いたご恩返しに、僅かでも成ればと……」
<――豪勢な食事
生演奏の優雅な音楽……街の外れに立てられた
凄まじい豪邸に招かれた俺達は――>
「い、いえ……息子さんに大きな怪我が無くて良かったです。
それはそうと……“さっきの”は一体……」
<――本来の目的を考えれば関わる必要など無いのだろうが
饗されて居る以上、何も話さずだんまりと言う訳にも行かず
そう言って、輸送部隊の事をそれと無く訊ねた俺に対し――>
「……音成様は、我がミューズ神国の救世主とも言うべきお方で
彼の生み出す機械は全て“神器”とされ、我が国の文化を支え
後の世に遺し……また他国に広める為、無くてはならない存在なのです。
……先程の“蓄音機”と言う物など、それはもう私達の様な
一般庶民では手の届かない、素晴らしい機械なのですよ?
何でも……音を録り、その音を再現する事が出来るとかで……」
<――そう、蓄音機を知っていれば常識レベルの話を
さも、凄まじい事かの様に説明してくれたのだった。
だが、この瞬間感じた疑問――
“その音成様とやらは転生者なのでは? ”
――そんな疑問を晴らす為、直後
それと無く問うた俺に対し――>
「え、ええ……何処か違う世界からお越しになった救世主様だとは聞いていますが
その……もしかして、お二人は音成様のお知り合いなのですか? 」
<――そう問われ
慌てて否定し掛けた直後、俺の頭に浮かんだ考え――
その音成良助とやらが
本来の目的である“マリアの目覚め”の足掛かりに成る様な情報を
僅かでも有している可能性がある事……少なくとも、周辺の国や地域
マリアの記憶の中に在る様々な存在を乱さず
目的を達成するだけのヒントを得られるのでは無いか。
――この瞬間
そんな考えに至った俺は――>
「し、知り合いでは無いかも知れませんが……その
“蓄音機”については、俺にも少し知識があると言うか……もしかしたら
その音成様って方のお役に立てるかも知れないって言うか……」
<――僅かな可能性ではあったが
“音成良助”と話す機会を得る為、そう敢えて思わせ振りな返事をした。
直後……この作戦は
想像以上の大成功を収め――>
「まあっ! ……何と言う奇跡なのでしょうっ!
もし、ご迷惑で無ければ明日……いえ、今直ぐにでも
音成様の居城へとご案内させては頂けませんか? 」
<――演奏者達の手は止まり
静けさの中、そう真剣な表情で問うたこの女性。
直後……提案を受け入れた俺にホッとした様な表情を浮かべると
執事と思しき男性に馬車の準備をさせ――>
………
……
…
「では……善は急げと言う事もあります、早速参りましょう」
<――暫くの後
これでもかと言う程に身なりを整え、息子にも正装をさせた女性は
何とも豪勢な馬車を背に、そう言った――>
===第二八一話・終===




