第二八〇話「”背水の陣”は楽しいですか? 」
<――マリアを目覚めさせる為
その為の手段を手に入れる為、俺は……戦友と言うべき存在を失った。
……途切れ途切れに聞こえた、蛇遣宮の恨み節
そんな奴から俺に向け発せられた何かを防ぐ為、その命を賭し
俺を護ってくれた“装備”……俺は
何が起きたのかさえ判らぬままに
一つの大きな存在を失ってしまったのだ――>
………
……
…
「ふぅ~っ……やっと着いたぁ~っ!
皆おつかれぇ~っ! ……私は特におつかれぇ~っ!
ってか、マジで疲れたぁ~っ! ……」
<――政令国家到着後
その足で俺達を引き連れ研究機関へと戻ったエリシアさんは
まるで何事も無かったかの様に、そう明るく振る舞い――>
「……っと。
これ、一応検べてみて~……あぁ、そうそう。
ソーニャ……アンタには“専門知識”的な意味で確り手伝って貰うから」
<――俺達の帰還を聞きつけ駆けつけたソーニャに対し
妙に当たりの強い態度でそう言った。
そして――>
「何? ……当然じゃろう?
我が身は愛しき男の為ならば、幾らでも献身的に尽く……ッ?!
……主人公、蛇遣宮はどうしたのじゃ?
一体……何が遭ったのじゃっ?!! 」
<――そんなエリシアさんの態度に余裕の笑みを浮かべ
俺の方へと向き直ったソーニャは、直後
急激に表情を変え、掴み掛からんばかりの勢いでそう問うた。
だが――>
「ごめん……蛇遣宮はもう……俺の手元には……」
「……そんな事を訊いておるのでは無いっ!!
我が身が訊いて居るのは御主の身体の“乱れ”についてじゃっ!!
一体、何が遭ったのじゃっ?! ……」
「大丈夫だ……俺は、無事だから……」
<――この瞬間
その問いに答える事さえ酷に思えたこの瞬間
つい口籠ってしまった俺の横で、エリシアさんは――>
「ソーニャ……その件は後にして。
何れにしてもラウドさんの“装備屋”に連絡を取らないとだし
研究機関で解決出来るなら他の研究を後回しにしてでもやるつもり。
だけど……今は先ず、何が何でも私達は
マリアちゃんの事を解決しないと駄目なの……良い?
今は……この“液”に集中して」
<――直後
場の空気を凍らせる程の“冷たい”表情を浮かべ、そう言い切ったエリシアさん。
そんな彼女の圧が故か、居合わせた研究員達は
検査の準備に慌ただしく動き始め――>
「……良かろう、我が身の愛しき男に何が遭ったか今は訊かぬ。
御主らが何を語らずとも……その液には知った力が強く宿って居る。
我が身には嫌と言う程分かる……それは、奴の“毒液”であろう」
<――直後
エリシアさんから研究員の手へと渡った小瓶……
……その中に入った“毒液”を恨めしく見つめながらそう言ったソーニャ。
そして――>
「僅か数日でこれ程の量を取り出すとは……主人公よ。
我が身は、御主が無事に帰還した事に
最大限の感謝と喜びを感じて居る……良くぞ無事で帰ってくれた。
しかし……本当に何処も苦しくは無いのかぇ? 」
「ああ、俺は無事だ……でも……俺の所為で、装備は……」
<――この瞬間
俺の無事を喜んでくれた彼女に対し
自らへの罪悪感が故にそう言い掛けた俺。
だが――>
「はいはいは~い、其処まで~っ! ……ねぇ、主人公っち。
今は装備の事“なんて”……忘れててくれないかな? 」
<――そう、余りにも冷酷な要求を突きつけたエリシアさん。
そして――>
「さっきも言ったけど……“装備”に関しては
君がトライスターだった時の装備制作者を呼んで
専門家の目で確りと確認して貰うし、そんな事よりも
早く、その液体……もとい“毒液”が使えるのか使えないのかを検べて
結果を出さないと駄目なんじゃ無いの?
……それとも、装備に気を取られて
本来の目的であるマリアちゃんの事を投げ出すつもり?
君の中に於けるマリアちゃんの重要度ってその程度なの? 」
<――そう、投げつける様に極論を口にした。
直後……俺は
そんなエリシアさんの“らしくない”様子に――>
「……何が分かるんですか。
エリシアさんに……唯の攻撃術師でしか無いッ!!
伝説の職業って呼ばれて、持て囃される恐ろしさなんて
一度も感じた事の無いエリシアさんに……
……一体、何が分かるって言うんですかッ?!! 」
<――俺は
そんな最低の問いを以て彼女を傷つけた――>
「うん、ごめんね……でも、全部分かるんだ。
……師匠は何時も恐れてた。
才能の欠片も無い、私みたいな弟子では到底理解出来ない程
常に……何かをずっと恐れてた。
時々、何処かに語りかけてた姿も覚えてる……
……今考えたら、あれは装備と会話してたんだろうなって思う。
私が……私が師匠を救えなかったあの日。
記憶を失い、才能なんて微塵も無かった筈の私が
望むべくも無く、強く成ってしまったあの日……私は“装備との対話”を知った。
他に誰も話せる相手が居なかったから……
……自らの過去が分からない私には
唯一、気を張らず話せる相手だったから……でもね。
“唯の攻撃術師”なら知らずに済んだ筈の苦しみや悲しみ
装備品の苦しみや悲しみが聞こえ続ける恐ろしさに
君はどれだけ“気付いてる”の?
……君の装備が最期に遺した言葉が
何一切、私に聞こえていなかったとでも思ってるの? 」
<――この瞬間
自らの装備だけでは無く
他者の装備が発する声まで聞こえてしまう事を
強い悲しみと共に吐露したエリシアさん。
……直後、彼女は
“らしくない態度”の真意を語り始めた――>
「……君の為に、装備としての命を投げ捨てた彼を大切に思い
生き返らせたいと願うその気持ちは痛い程に分かる……だけど。
彼がそう“決意”したのは……全部、君の為なんだ。
それなのに、君がそうやって何時までも彼の事ばかり追い求めて
本来の目的に目を向けられなく成ってしまったら……
……それこそ本当に、装備の決意は全て無駄に成る。
苦しいのは分かる……だけど、今は彼の存在を忘れるべき時なんだ」
<――眼の前の事しか見えず
失う事への恐怖と、自らに感じる罪の意識が故に
結果として、エリシアさんの心の奥に眠って居た苦しみさえ
呼び起こしてしまったこの瞬間……俺は
漸く“喚き散らす”事を止めた――>
「エリシアさん……本当にすみませんでした。
装備の思いに報いる……今は、その為に彼を忘れます」
「……私こそ、嫌な態度でごめん。
君がそうやって不安定な時は
君がちゃんと意思表示出来てるって事でもあるし
私も、君の苦しみを取り去れる様に頑張るから……さてと。
……此処から先はお互いに
意識を切り替えて挑まなきゃ駄目な領域だから
今よりもっと嫌な態度に思えても、許してね。
って事で……ソーニャ、アンタに質問。
その“毒液”はどうやって使えば安全なの? 」
<――この瞬間
最低な発言をした俺の事を一切咎めず
そう言って“毒液”の使用法をソーニャに問うたエリシアさん。
直後、ソーニャは――>
「……原液のまま用いれば、操られし者には死が待つ事と成ろう。
だが……正しく薄め、適切な時間を掛け投与すれば
“侵入れた”事さえ判らせぬままに、その者を操り続ける事も可能じゃ。
とは言え……“打付本番”と行ける程、安全な毒では無い。
そもそも、正しく薄める事で安全が保証されるのは侵入される側だけの話
“侵入側の安全”は、また別の問題じゃ……何よりも
毒液の量と使用方法……入られる“側”の状況を考えれば
入る事の出来る人数は一人が限度じゃろう。
万一しくじれば……双方、精神の檻の中に閉じ込められ
二度と意識を取り戻す事は無い……その上
他者の意識の中に潜入すると言う特異な状況である事から
攻撃や治癒、防御に至るまで
汎ゆる魔導は一切使用出来ぬと考えるべきじゃ。
……正確には可能じゃが
その負担は全て、侵入される側が負う事と成る。
侵入者の傷つけた全ての物は、どれ程凶悪に見えようとも
全て、当人の記憶や肉体その物じゃ……つまりは
救うべき相手を傷つけるだけに終わらず、結果として
自らの脱出さえも難しくさせてしまうと言う事じゃ……」
「成程……つまり、安全に使う方法は無いに等しいって事で良い? 」
「予備実験さえ行わぬと言うのならば尚の事……
……何れにせよ、記憶の中で要らぬ争いを起こせば
その度に双方に危険が及ぶ事となる。
双方無傷での成功を何かに例える為れば……
……大国の軍施設に対し、武器も防具も身に着けず単独で潜入し
誰一人傷つけず、見つかる事も無く
痕跡も残さず重要文書を盗み出す……と言った所であろう」
<――始まる前から絶望しか無い。
ソーニャの説明を聞く限りでは
仮に彼女の脳内への潜入に成功したとして……
……それが、何らかの“ボタン”や
“ノブ”の様な形をしているのかは疎か
そもそもどの辺りにあるのかさえ明らかでは無く、更には
彼女の意識を呼び起こす為の“切っ掛け”を見つけ出し
それを、一切の痕跡を残さず発動させなければならないと言う事だ。
だが……もし、その“切っ掛け”が魔物の形をして居て襲い掛かって来たら?
もし、その“切っ掛け”を見落としてしまったら?
俺は……どうすれば彼女を救い出せる?
俺は、一体どうすれば
失いたく無い存在を救い出せる? ――>
「……マリア様の体温、上昇していますっ!
妙です、脈拍も僅かに上昇……意識レベルは変わらず。
こ、これは……覚醒に依る変化ではありませんっ! 」
<――この瞬間
まるで図った様に悪化したマリアの体調……直後
考える暇さえ与えられぬまま、慌ただしくなり始めた研究機関の中で
俺は、決断を迫られる事と成った――>
………
……
…
「……今此処で“危険だから”と諦めたら、マリアは二度と帰ってこない。
本来なら俺が受ける筈だった蛇遣宮の一撃を
装備は身を挺して防いでくれた……
……その恩に報い、マリアを無事に救い出す為にも
誰でも無い……俺が潜入すべきなんです」
<――決断自体には何の迷いも無かった。
俺を信じ、俺について来てくれた最初の“大切”……
……彼女を救う為なら
俺の身がどうなろうと、そんな事は些事だと思えたから。
だが……この直後
そんな俺の決断を大きく強く揺るがした
数多くの“大切達”――>
「ま……待って下さいっ!
せめて、首の治療だけでも完璧に終わらせてからっ!! ……」
「……メルちゃんの言う通りよ!
第一、安全かどうかさえ定かじゃ無い内から動くなんてあまりに危険よッ!
それに、貴方まで失ったら私達はッ! ……」
「待つのだメル! マリーン!
……主人公よ、決意は堅いのだな? 」
「ああ……すまないガルド。
メル、マリーン……俺はマリアを救いたいんだ。
それが、どれだけ危険な道程に成ると分かって居ても
俺には怯えて居る暇さえ無いんだ……分かって欲しい」
<――この場に訪れた静寂
まるで、永久の別れかの様に悲しみ
俺の身を必死に案じ続けた仲間達の姿は……その何れもが
絶対に失いたく無い、輝かしい姿で――>
………
……
…
「本当にごめん……って、危なく忘れる所だった。
ガルド……角、モナークに返してくれないか? 」
「否……御主が直接返すべきであろう」
「そっか、そうだよな……分かった。
じ、じゃあ……」
「待ってッ! ……そっちの“板”は私が預かって置くから!
その代わり、絶対に取りに帰って来るって誓ってッ!!
そうじゃないと私……アンタの事
絶対に……許さないんだから……っ! ……」
「わ、分かった……必ず帰ると約束するから
もう泣かないでくれマリーン……」
「……う~ん。
んじゃ~私は“装備君”を預かっとくね~っ!
因みに……もし、帰って来なかったら
“装備君”の事……“塩水に漬ける”からね? 」
「な゛ッ?! ……エ、エリシアさんまで……」
「じっ……じゃあ私は……主人公さんにこの指輪を預けますっ!
ちゃんと返してくれなかったら……お母さんに言い付けますっ!! 」
「メ、メル……」
<――願掛けの様に
そう、思い思いに行動を取った仲間達……
……俺は、皆を絶対に失う訳には行かない。
もう一度……今度はマリアも一緒に、肩を組んで笑い合いたい。
その為に……仲違いしたままの彼女との関係を修復したい。
そして……再び
彼女の幸せな日常の傍にありたい――>
………
……
…
「……やはり、我が身の目に狂いは無かった様じゃ。
主人公、御主はやはり良い男じゃ……御主の決意、我が身にも支えさせよ。
この提案を受け入れぬ事……許さぬぞぇ? 」
<――この瞬間
強く真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、そう言ったソーニャ。
そんな彼女の提案の真意を知る為――
“一体何を? ”
――そう、問い掛けた俺に対し
彼女は――>
「……伝えた通り“潜入”は御主一人で行われる事と成る、じゃが
御主の肉体が眠りに就いた後、御主の肉体を管理する者が必要じゃ。
……唯の我儘と思うやも知れぬが
我が身は、御主の身を“知識の浅い者共”になど任せとうは無い。
それとも……我が身では不服かえ? 」
<――そう、問うた。
暫しの静寂の後……彼女の要求を受け入れた俺
すると――>
「な、なら……その女が主人公に“変な事”しない様に
メルちゃんと一緒に私達は監視するからッ!
こ……断るとか許さないんだからねッ?!
どッ……どうなのよ?! 主人公ッ! 」
<――そう
凄まじい圧で“提案”……では無く“強制”したマリーン。
直後……この要求も受け入れた俺に対し
ソーニャは不敵な笑みを浮かべながら――>
「ふむ……“木乃伊取りが木乃伊になる”
と言う事もまま有る話ではあるのじゃが……ともあれ。
ふふふっ♪ ……“肉体”は我が身に任せ
御主は安心して潜入に専念するのじゃぞ? ……長くても構わぬぞぇ? 」
「な゛ッ!? ……そ、そんな話を聞いて安心出来るかぁッ!! 」
「ふふふっ♪ ……何れにせよ
眠った御主には触れられた感覚など無い。
我が身やこの娘達が御主に伝えねば、真相は闇の……」
「なッ!? だからッ!! そんな話を! ……」
「うむ……漸く緊張が解れた様じゃな。
……主人公よ、我が身の愛しき主様よ。
潜入は孤軍奮闘じゃが、それでも決して忘れてはくれるな。
御主が無事と御主の帰還を……我が身を含め
皆、心から願っておると言う事を……良いな? 」
「なッ……わ、分かってるよ。
俺だってそのつもりだ……必ず、無事に二人で帰って来る。
目覚めた時は、マリアも一緒だ……だから
俺だけじゃ無く、マリアの無事も祈って居てくれ。
じゃあ……後は頼んだ。
研究機関の皆さん……宜しくお願いします」
<――堅い決意
この瞬間……そう在れるだけの力を与えてくれた
大切な仲間達の期待に応える為、俺は手術台の上に横たわった。
……暫くの後、ソーニャの指示に従い
“蛇遣宮の毒液”を適切な濃度へと薄め始めたエリシアさん。
そんな真剣な彼女の表情は、解れた筈の緊張を再び呼び戻し
俺の心臓の鼓動を僅かに早めさせた――>
………
……
…
「……準備は出来た。
主人公っち……もし危険だと判断したら、私は迷わず君を優先する。
……もし、どれだけ君に嫌われる事に成っても
其処だけは譲らないから。
これが潜入前にして良い発言じゃ無い事は分かってる
でも……伝えずに、君を騙す様な私では居られないんだ」
「分かってます……でも、大丈夫です。
俺は、必ずマリアを助けて……必ず、二人で戻ってきます。
けど……俺の事を良く知って居るエリシアさんにだから頼みます。
どうにも成らないギリギリの状況まで……待って下さい。
……凄く勝手なお願いだとは分かっています。
でも、どうか……俺を信じて下さい」
<――暫しの沈黙の後、静かに頷いたエリシアさん。
そして――>
「……“目覚めたら、何をしよう”なんて危ない発言はしない。
唯、私達との約束を護って……
……私達皆を“笑顔にさせる”って誓って」
<――直後
真っ直ぐに俺の目を見つめそう言ったエリシアさんとの約束を果たす為――>
「はい……必ずッ! 」
<――俺は、そう飾り無く応えた。
直後、執り行われる事と成ったソーニャに依る呪術……
……正しく希釈された毒液は霧状に噴霧され
俺とマリアを繋ぐ様に、俺達の顔を覆った――>
………
……
…
「発ッ!!! ――」
<――急激に遠のいた意識の中
強く届いたソーニャの声……
……俺は
マリアを救う……
俺は、必ず……皆の……
元に――>
===第二八〇話・終===




