第二七五話「“悶着”は楽勝ですか? 」
<――“せめて無事で居てくれたなら”
離れて暮らす人や、長らく会えていない人に対し
多くの人が願うだろうそんな強い想い……だが
頼りの一つも帰ってこない、若しくは
そう出来る状況に無い相手を想い続ける事で生じる“心の負担”は
無視出来ない程に大きく……
……やがて、大喧嘩さえ幸せな思い出の様に感じ
どんなに幸せな筈の思い出さえも――
“忘れてしまえば楽なのに”
――そう感じてしまう程、心は酷く歪み
深い悲しみを感じてしまう事だってあるだろう。
もし、マリアを救えるのなら俺の全てが消え去っても良い。
……そんな、極端な考えに容易く至ってしまう程
“心の負担”は加速度的に大きく成って行くのだ――>
………
……
…
「“丸め込める”……なんて言い方をする時点で
その人……いや、その“龍”は協力的では無いって事ですよね?
なら、そんな虎の尾を踏む様な行動は避け……」
<――この瞬間
余りにも楽観的な考えを口にしたソーニャに対し
俺は、そう当然とも思える返答をしていた。
だが――>
「……御主が言わんとする事は理解しておる。
じゃが……その上で、我が身の意見に耳を貸して欲しいのじゃ。
……その蛇遣宮が語る話には
“誑かし”も多いが真実も多い、もし其奴が
“あの女子の身に限りが有る”と申したのであれば
それは、無視出来ぬ程に逼迫して居る事への警告じゃ。
愛しい御主の事を脅すつもりも急かすつもりも無いが
我が身の言う“持ち主”と、打ち解ける時間を掛けられる程の猶予は
幾許も無い……そう、考えるべきであろう」
<――ソーニャは真剣な眼差しでそう言い切った。
この瞬間……彼女が敢えて楽観的に語ろうとして居たのだと
遅ればせながら漸く理解した俺は――>
「……急ぐべきだとは理解して居ます、だけど今
俺は一人で自由に動ける様な状況じゃありません、そもそも
そんな危険な相手の居る場所に誰かを連れて行く事自体……」
<――“結界”が故
エリシアさんを同行させなければならない事への強い拒否感を口にした。
だが……この直後
ある意味“予想通り”と言うべきか――>
「へぇ~っ? ……私ってそんなに“足手まとい”なんだねぇ~?
ねぇ? ……主人公っち? 」
「な゛ッ?! ……いッ……“今の”がそう言う意味じゃない事位
エリシアさんならッ! ……」
「へぇ~っ? ……今度は私を“馬鹿”だって言いたい訳だ? 」
「違ッ……って、何でそんな恣意的な受け取り方を!! ……」
「……ねぇ、主人公っち。
私は言った筈だよ? ……“マリアちゃんの事を必ず助ける”って。
……てか、君こそ理解してる?
かな~り前から、マリアちゃんは既に
君だけが背負って良い様な重荷じゃ無くなってるって事」
<――何をどう伝えようとも
決して緩めてはくれないだろう固い決意と共に
そう、力強く言ったエリシアさん。
……この後、そんな彼女の強い決意と
ソーニャの言う危険な手立ては
瞬く間に政令国家の全大臣へと伝えられ――>
………
……
…
「……現在、研究機関より上がっておる報告を聞く限り
新たな防衛装備の能力に依って
翅蟲に関する危険度は大幅に下落しており
第二城地域統括でもあるモナーク殿の“能力”が
それに輪を掛ける程の有用性を持っておる事も
カイエル防衛大臣からの報告に依って確認済みじゃ。
以上の状況を鑑みれば……主人公殿、並びにエリシア殿
そして、メル殿ガルド殿マリーン殿の計五名が居らずとも
我が国の防衛には何の問題も無いと言う事に成る。
寧ろ、マリア殿の容態が
傍目に分からぬまま悪化しておると言うのならば
一刻も早く解決が為の手段を得ねば成らぬ事は明白じゃ。
……そもそも、本件に関しては既に全大臣から承認を得て居る。
依って……今この瞬間、ワシは
御主らに対し、大統領の権限を行使した命令を下すぞぃ?
御主ら五名に命じる――
――マリア殿を救う為
追放されし古代龍の末裔の協力を得てくるのじゃ!! 」
<――“楽観的な手立て”の立案から僅か三〇分足らずの後
全会一致で可決され俺達へと下された余りにも楽観的な大統領命令……
……この、危険性と言う感覚を一切持ち合わせていないかの様な命令に
酷く狼狽えて居た俺に対し――>
「フッ……交渉相手が“古代龍の末裔”とは。
貴様も奇異な定めを持つ者よ……」
<――半分は呆れた様に
反面、僅かに感心して居るかの様に……この瞬間
珍しく俺を褒める様な態度を以てそう言ったモナーク。
そんな余りにも珍しく、恐ろしい状況に更に狼狽え
恐る恐る、その発言の真意を訊ねた俺に対し――>
「……古代龍との戦は数百余年の昔の事よ。
古代龍は……魔王と成り、望むべくも無く力を得た我に対し
僅かな時間とは謂え、片膝を付かせた唯一の敵よ。
敵ながら見事と謂う他あるまい……
……貴様の挑む相手が彼奴の“血縁”かは知らぬが
何れにせよ……フッ。
精々、気張るが良い……」
<――そう、何処か
懐かしさの様な感情を以て応えたモナークの態度に――>
………
……
…
「ぜ、絶対に無理だ……
……ムリムリムリムリムリムリムリッ!!
お前がそんな目に遭う様な強敵にどうやって勝てるってんだよッ?!
仲間の無事どうこうとか以前の問題だろそれッ!!! 」
<――恥など感じる余裕は微塵も無く
この瞬間、そう不安を口にした俺に対し――>
「ほう……よもや、勝つ腹積もりで居たとはな。
フッ……貴様も中々“剛毅”な事よ……」
<――この瞬間
そう、明らかな“嫌味”を言ったモナークは――>
「……その“末裔”とやらが
古代龍と違わぬ力を有する為れば
この世に……その一撃を防げる盾など在りはせぬ。
唯一つ……“此の角”を除いてはな……」
<――そう言って懐から一本の角を取り出し
直後、角を俺の懐へ捩じ込むと――>
「角は我が戦の証……万が一失えば
貴様の命など容易く失われる物と知れ……良いな? 」
<――凄まじい殺気を放ちながらそう言った。
直後――>
「い、いや……そんな管理の面倒な品を俺に持たせるなよッ?! 」
<――それが此奴らしい優しさである事に気付きながらも
素直になれず、そう言った俺の姿を嘲笑ったモナークは
アイヴィーさんと共に執務室を後にしたのだった。
ともあれ……暫くの後
会議も終わり、準備の為
一度ヴェルツの自室へと戻った俺は――>
………
……
…
「……そ、その……会議で上がった情報の他に
ソーニャが教えてくれた話を考えると、まず間違い無く
この“訪問”は危険極まりない物に成ると思うんだ。
それで……」
<――“マリアを助けたい”と言う強い気持ち。
だが、その為に仲間を危険に晒さなければ成らないと言う
恐ろしさの狭間で強い不安を感じて居た俺は
皆に状況を伝えながら、同時に
“全員、同行を拒否してくれ”……そう願って居た。
だが――>
「主人公よ……吾輩はマリアの声を久しく聞いて居らん。
芯の強い、それで居て透き通ったマリアの声は……吾輩は勿論
我らが結束を一層強めて居た……我らに取って
“鎹”と言うべき存在が為なれば
それがどの様な危機であれ、挑む他に道は無かろう。
主人公よ……吾輩達に対し御主が言わんとする事は百も承知の上である。
だが、それでも……一切の気遣い、無用である」
<――この瞬間
どの様な結果と成るにせよ“引く積りは毛頭無い”と言い切ったガルド。
この後……そんな彼の強い発言に賛同する様に
仲間達は誰一人として同行を拒否する事は無くて――>
「そうよッ! ……大体、今回はエリシアさんだって一緒なんだし
目的地も結構近いんでしょ? ……って言うか、そもそも
貴方って良い案を次々に出すから、私達はそれに感心して
特段何も言わない事が多いけれど……その分貴方って
時々“大きな穴”があったりもするでしょ? ……」
<――直後
そう、僅かに失礼な意見を口にしたマリーンは
続けて――>
「そもそも、良く考えてよ主人公……大体
幾ら強いって言ったって“追放”されちゃう程度よ?
もしその“末裔”が素直な性格だって言うのなら
追放なんてされないでしょうし、そうなると
追放されたのは――
“あの集落の竜族達よりは弱かったから”
――って事だとは思わない? 」
<――そう“一理も二里もある”様な考えを口にした。
だが――>
「そ、そうかも知れないけど……あのモナークが片膝を……」
「それは、古代龍“其の者”に対してでしょ?
兎に角……大丈夫よ、私達もついてるんだし
そもそも、戦いに行くんじゃ無くて“話し合い”に行くんでしょ? 」
「そ、それはそう……だけど……」
<――だからと言って不安を拭い去れる訳も無く
この後も強い恐れを抱いて居た俺とは反対に
仲間達は誰一人として、不思議な程恐れを感じていない様子だった。
この“蛇眼”も結界も……ありと汎ゆる問題の中
決して万全とは言えない状況で向かう事となる危険な旅路に対し
皆、恐ろしい程“どっしり”と構えて居て――>
………
……
…
「そろそろ予定時刻ね……出発地は第二城外郭で合ってたわよね? 」
「う、うん……そうだけど……」
「何ボーッとしてるのよ? ……流石に外郭まで歩くのは嫌よ? 」
<――出発直前
未だ不安な心持ちの中、そう言って転移魔導を求めたマリーンに従う様に
第二城地域外郭への転移魔導を発動させた俺は……
……到着直後、今回の旅に際し
安全の為、同行を認められなかったソーニャから
“末裔”の生息地と思しき場所に印の入れられた地図と
眼帯を手渡され――>
………
……
…
「主人公よ……良く覚えて置くのじゃぞ?
此れが蛇遣宮の思惑とは違えた旅と成る事
それ故、その地図こそが唯一の誠で有る事を。
蛇遣宮の発言は全て妄言と考え
唯、我が身の愛を信じ無事に帰還せよ……良いな? 」
<――そう言うと
抑え切れない不安が故か
鈍い俺ですら容易に理解る程
引き攣った笑顔を浮かべて居たソーニャ。
……この瞬間
せめて“笑顔で送ろう”としてくれた彼女の優しさに気付いた俺は
その想いを無下にせぬ為――>
「……ええ、勿論です。
そ、その……かかかッ……帰ったら俺達ッ……デッ……デデデッ!!
デート……ですもんねッ?! 」
<――顔から火が出そうな程の凄まじい緊張感と共に
せめて彼女の事を心の底から笑わせようと考え、そう張り切った……だが。
この直後――>
「……必ずじゃぞ?
良いな? ……無傷じゃぞ? ……」
<――俺の胸に顔を埋め
そう何度も繰り返した彼女の姿に、俺は――>
「……そ、その……行ってきます。
絶対無事に……帰って来ますから……」
<――この瞬間
“突き放す”事も“抱き締め返す”事も出来ず
そう、中途半端な態度を取ってしまって――>
「……“無事”だけでは許さぬ。
我が身を此処まで悲しませたのじゃ……逢引は“二度”じゃ。
一度では嫌じゃ……その為にも、無事に帰ると誓うのじゃ……」
<――顔を埋めたまま、そう言ったソーニャ。
……この瞬間、何時もなら文句の一つでも言い出しそうな女性陣も
ずっと、見て見ぬ振りを続けてくれて居て――>
「……当然です。
そ、その……いろんな所に行きましょう!
……あッ! でも帰って直ぐだと楽しめないと思うので
流石にある程度日を開けて貰えたらな~なんて……」
「ふむ……良かろう。
では……御主の身だけで無く、汎ゆる面で“万全な日”を指定する故
楽しみにして居るのじゃぞ? ……ふふふっ♪ 」
「い゛ぃ゛ッ?! ……そ、それって一体どう言う……」
「……何を言う?
それは帰還後の愉しみじゃ……そもそも
御主以外に聞かれとうは無いからのう? ……ふふふっ♪ 」
「な゛ッ……とッ……兎に角ッ!!!
い、行ってきますッ!!! ……」
<――漸く
何時もの彼女らしい姿に戻った事に安堵した一方
流石に強まり始めた女性陣からの厳しい視線に耐えきれず
切り上げる様にそう言った俺は
直後、逃げる様に荷馬車へと飛び乗ったのだった――>
………
……
…
「……それにしても、良く考えたら荷馬車での旅も久し振りだけど
暫く乗らない内に何だか恐ろしく“進化”して無いか? これ……」
<――半分は独り言の様に
もう半分は、未だ僅かに感じる“厳しい視線”を誤魔化す為
半ば無理矢理に話題を見つけようとして居た俺は
第二城地域を抜けて暫くの車内で、そんな事を言って居た――>
「あ~……そっか、主人公っちは知らないよね“これ”の事。
何て言うか……偶然の産物ではあるんだけどね~
一応、研究機関の製品だよ~っ? 」
「そ……そうなんですね……ってか、御者は疎か
馬さえ居ないですけど……これ、どうやって走ってるんですか? 」
<――何気無くそう問うたこの瞬間
エリシアさんの目はこれでもかと言う程に輝き――>
「おぉ~っ!! ……良くぞ訊いてくれました主人公っちっ!!
ではでは~っ……説明しようッ!!!
今回の新製品は、僅かな魔導力で動く“魔導式自動荷馬車”だ~っ!!
けど、余りにも硬ぁ~い名称だから“一般受け”を考えて――
“魔~導~も走る君一号”
――って名前にしようとしたんだけど
何故か研究員の皆から猛反対を受けちゃってさ~……」
<――“でしょうね”
と言いたい様な平和な話をしてくれて――>
「な……名前は兎も角、便利な物が出来ましたね……」
「そうなんだよね~♪ 正直、馬だって基本的には
何も乗せずに走る方が楽だろうし“走る君”はこれが仕事だからねぇ~♪
それに特化してる分、休まなくて良いし……早いし? 」
「そうなんですね……って言うかエリシアさんの中では
これの名前“走る君”なんですね……」
「へっ? ……縮めたら変かな? 」
「い、いや……縮めるとか、そう言うレベルの問題では無くて……」
<――何はともあれ。
何時も通りと言うべきエリシアさんのお陰で
どうにか落ち着きを取り戻す事が出来た俺は……
……この後、エリシアさんの提案した移動時間短縮の為の策
“短距離魔導陣転移”を実行に移す事となり――>
………
……
…
「……さ~てとぉっ!
“走る君”の運用テストはこの程度で良いとして~っ!
地図を見る限り、目的地がこの辺りで現在地が此処だから
少なくとも私の知識の中なら~
此処が危険も無く行ける場所なんだけどぉ~っ! ……」
<――旧メッサーレルから見ても政令国家から見ても
その他、今まで俺達が旅で訪れた事のある場所の何れから見ても
何処か中途半端な位置に記されて居た目的地の印。
……そんな中、エリシアさんは
それらより尚遠い旧メッサーレルの遥か南西に位置する
“ギヒー”と言う名の小さな国を指差しながら――
“昔、師匠と共に訪れた事がある”
――と話してくれた。
きっと楽しい思い出だったのだろう……この瞬間
当時目にした景色の話を語った彼女の雰囲気に――
“どの様な道を行くにせよ、それなりの時間を要するのならば
エリシアさんの思い出に触れるのも良いかも知れない”
――そう考え、二つ返事でこの場所への転移を承諾した俺は
少しでもエリシアさんの負担を減らそうと考え“魔導力の融通”を申し出た。
だが――>
「大丈夫……魔導陣型の転移は準備こそ時間が掛かるけど
消費量自体は少ないからさ~……てか、そもそも
主人公っちは殆ど休み無しなんだから
色んな意味で“温存”しててよ~っ? ……」
<――そう言って断ると
“走る君”を中心に魔導陣を描き始め――>
………
……
…
「……よぉ~し! これで完成っ!
後は、転移先を書いて……っと。
……皆~っ! 安全の為にも私の指示通りの場所に立ってね~
先ず、メルちゃんは其処で~! マリーンちゃんは~……」
<――準備を終え、皆に指示を出し始めたエリシアさん。
直後、言われるがまま“走る君”を囲む様に立った俺達の姿を確認すると――>
「……よぉ~し、おっけーぃ!
っと……“懐かしい味”も食べときたいし、到着後は小休憩挟もうぜ~ぃ! 」
<――まるで“バス旅行”かの様なテンションで楽しげにそう言った。
そして――>
「……んじゃぁ取り敢えずぅ!
いっっくよぉ~っ! ――」
<――そんな底抜けに明るいテンションのまま
転移魔導陣を発動させたエリシアさんは――>
………
……
…
「……よぉ~し到着到着ぅ~っ!
って……な、何だぁぁっ!?? 」
<――到着直後
目を見開き、天を仰ぐ様に上空を見上げそう言った。
そして……そんな彼女の
視線の先には――>
………
……
…
「グオォォォォォッ………」
<――空を覆う程に巨大な
“龍の姿”が在って――>
===第二七五話・終===




