第二七四話「“望む物”は……楽に見つかりますか? 」
<――今までの人生の中で
俺を包む環境は何時も急激な変化を遂げ
その度に予想だに出来ない状況を巻き起こして来た。
……“異世界への転生”と言う、一見すれば大喜びすべき状況も
転生後、有り難い程に増え続けた大切な人々と過ごした
決して平坦では無かった日々も……善し悪しに関わらず
全ては、急激な流れの中に在った。
そして今日、この瞬間……また、一つの大きな“流れ”が
俺に差し迫り始めて居た――>
………
……
…
「お、応分の対価って……
……お前に“裏技之書を用意する”って話の事か? 」
<――そう問うた俺に対し
“それも含まれて居る……だが、それだけでは無い”と言った蛇遣宮。
直後、その不穏な発言の真意を問おうとした俺だったのだが――>
「……お待ち遠様主人公ちゃん!
いやはや、思ったより準備に時間が掛かっちまったよ」
<――余程急いでくれたのだろう。
額に薄っすらと汗を滲ませながら両手にカゴを持ち現れたミリアさんは
一日中食べ続けても絶対に食べきれないだろう程大量のお菓子と飲み物
そして、完全に“食事”と呼ぶべき
サンドイッチやカレーなどを俺の前に置くと――
“どれでも好きなのを選んでおくれ! 勿論全部食べても良いんだよっ! ”
――そう言って笑顔を見せた。
直後、鳴りを潜めた蛇遣宮……その事に若干の“消化不良”を感じつつも
反面、ミリアさんの用意してくれた大量の食事に目移りして居た俺は――>
「あ、あの……これ絶対全部は食べられないですし
もし“余ったら廃棄する”って言うのなら
お会計は俺持ちで構いませんので、誰かに配ったりとか……」
<――そう
この状況に於いては不適切とさえ思える程
平和な問題に頭を悩ませて居た――>
「そんな事気にしなくて良いんだよ?
そもそも全部賞味期限が切れて……ってのは冗談だが
どれも冷蔵室に戻せば大丈夫な物ばかりだからねぇ……しかし。
主人公ちゃんは相変わらず、気遣いの出来る子だねぇ~っ!
流石は、あたしの自慢の息子さねっ! 」
<――直後
俺の頭を撫でながらそう言ったミリアさんは
照れる俺の顔を嬉しそうに見つめると、満足した様に
ビン牛乳と焼菓子を手に取ったのだった。
嗚呼……こんな平和な時間を護りたい。
長らく、唯の一言さえ交わせていないマリアとも
再びこうして平和な時間を過ごせたなら……この瞬間
そんな強い想いで埋め尽くされた俺は、選ぶでも無く
ミリアさんと同じビン牛乳と焼菓子を手に取り
万が一にもこの寂しさを口に出さぬ様……抑え込む様に
牛乳で焼菓子を流し込んだ――>
「おや……お腹が空いてたのかい?
……食べたい物が他にあるなら何だって言っておくれよ?
気なんて遣わないで良いんだからね? ……変に気を遣われるよりも
食べたい物を教えてくれる方が、あたしは何倍も嬉しいんだよ? 」
「い、いえその……焼菓子で
口の中の水分が全部持って行かれただけで……」
「そうなのかい? 喉に詰めない様に気をつけるんだよ? 」
「は、はい……」
<――心に渦巻く不安や怖れ
最早、渇望と呼ぶ事さえ大げさでは無い程の寂しさに負けぬ様
そんな感情と必死に戦って居た俺は……この瞬間
ミリアさんの優しさを、ほんの少しだけ疎ましく思って居た。
……蛇遣宮の提案した“協力への対価”とは一体何なのか
もし、蛇遣宮の力を用いる事でマリアを助けられるのならば
その後にどんな重い罰が待って居たとしても
今の俺なら、簡単に受け入れてしまうだろう。
そんな危険性に気付きながらも、それでも――>
「な……何だか俺も疲れが溜まってるんですかね?
そ、その……エリシアさんが上がったら
俺も風呂に入ってきます……」
<――“蛇遣宮との会話を誰にも邪魔させぬ為”
そんな考えの元、ミリアさんに対しそう告げた俺は
暫くの後、エリシアさんと入れ替わる様に風呂場へと向かった――>
………
……
…
「……いや~お待たせ主人公っち~♪
どうかなぁ~っ? ……美人に磨きが掛かったと思わな~い? 」
「はい、なんたってエリシアさんは
“政令国家いちの美人攻撃術師”ですから! ……兎に角
俺もお風呂、行ってきますね……また後で! 」
「へっ? ……い、行ってらっしゃい……」
………
……
…
「なぁ……居るんだろ? 」
<――まだ軽く湯気の残る風呂場
到着早々、そう問い掛けた瞬間――
“無論”
――俺の心情を知ってか
何処か含みのある雰囲気でそう応えた蛇遣宮。
そして――>
「質問に答えろ……お前が望む“対価”って何だ? 」
<――そう問うた俺に対し
“我が兄弟の全てを差し出せ”
蛇遣宮はそう応え――>
「全ての兄弟って……まさか、他の裏技之書を全てお前に渡せって事じゃ……」
<――“如何にも”
直後、そう応えたかと思うと
更に――>
(……兄弟の在り処は我が力に依り探る事容易い。
後は貴様が首を縦に振れば良いだけの話よ……)
<――そう、更に求めた。
だが……仮に蛇遣宮の要求を飲み、大統領城の地下
金庫へと仕舞い込まれて居る幾つかの書を渡す事を受け入れたとしても
現在、金庫以外に存在する“二冊”の書に関しては
俺の一存で決められる様な“場所”には無くて――>
「……仮に俺が全ての書を渡す事を受け入れたとしても
日之本皇国、天照様の有する書とモナークに同化した書は
俺の一存では決められない……けど、もしそれすらも必要だと言うのなら。
お前は一体……どうやってそれを手に入れるつもりだ?
俺に……何をさせるつもりだ? 」
<――此奴が“手段を選ばない”可能性を感じ、そう問うた俺。
……暫しの沈黙の後
蛇遣宮は――>
(今は見逃そう……一先ずは“容易き者共”を差し出せ)
<――そう言った。
直後、考えるまでも無く危険に思えるこの要求に――>
「……マリアの事を思えば
俺はその要求を受け入れるべきなのかも知れない……だけど
何も分からないまま、首を縦に振る訳には行かない。
せめて理由を話してくれ……何故、他の書が必要なのか」
<――そう問うた。
……もし、此奴の要求に裏が在ったなら
マリアは勿論……彼女以外の仲間達に対し
何一切、顔向けが出来ない気がしたから。
……そんな俺の気持ちを知ってか知らずか
僅かな沈黙の後、口を開いた蛇遣宮は――>
(……我が兄弟達の有する力は、全て等しく人の手に余る物。
無論、人だけでは無い……“魔族の王”に同化せし兄弟も
所詮は強いられて居るだけに過ぎぬ……何れにせよ
我らが力は、全て……“然るべき者”に委ねられるべきもの。
“不相応な者”に乱用される事は言うまでも無く……
……幽閉され、日の目を見ぬ事など一層受け入れられぬのだ)
<――そう、不満を語った。
だが――>
「成程……お前の言う“不相応な者”ってのが、俺やモナークの事だとして
“然るべき”……つまり、相応しい相手ってのは……」
<――そう問うた瞬間
そんな俺の問いを遮る様に――>
(……少なくとも、貴様の過ごす世には存在せぬ)
<――そう言った。
直後、当然の如く――
“じゃあ、何の為に集めようとしてんだよ? ”
――そう問うた俺に対し
蛇遣宮は――
“その問いに答える積りは無い”
――そう、ふてぶてしく言った。
そして――>
(宿主よ、今貴様が考えるべきは我の目的などでは無い筈……
……貴様がその目覚めを渇望する女の意識を
“正常な物”として目覚めさせるが為に残されし時間は後、僅か。
貴様が今、手段の一つと捉えて居る“古の精霊女王”が力は
貴様の願いを叶えるに相応しい実力を有して居る……だが
奴の力が満ちるには僅かに時が“不足”しているのもまた事実……
……宿主よ。
急がねば、あの女は永久の眠りに就く事と成るぞ? ……)
<――そう
俺を慌てさせるのに充分な“殺し文句”を発した――>
………
……
…
「なぁ……もし仮に俺がそれを受け入れるとしても
全てを集め終えるまでに……お前が言う様に
マリアが“正常”で居られなく成る事だって! ……」
(……貴様が受け入れると誓うので在れば物の後先は問わん。
だが、協力を求める以上……必ず、要求は受け入れて貰う……)
<――不安の中
奴の発した言葉の全てに嫌と言う程“危うさ”を感じつつも……それでも
受け入れる他に手段は無いとさえ考え始めて居たこの瞬間
俺は――>
「……受け入れたら、マリアは助かるんだな? 」
(如何にも……)
<――そんな奴の最後の一押しを受け入れようとして居た。
だが――>
「お~いっ! 主人公っち~! ……
……タオルが切れてたから持って来たんだけど、開けても良い~っ? 」
<――扉越しに聞こえて来たエリシアさんの声
その事に慌て、思わず――
“扉の前に置いといて下さい、今丁度入浴の真っ最中なので! ”
――と、間抜けな嘘をついた
瞬間――>
「主人公っち……嘘は止めて。
……“水音”は疎か
湯気の一つも上がらない“入浴”を信じるのはまだ良いとしても
使い方に依っては国すら滅ぼす可能性のある裏技之書に関して口走ったり
剰え、裏技之書を誰かに渡すとか渡さないとか言い出した挙げ句
マリアちゃんの事まで持ち出す時点で、君が今
“お風呂に入ってない”事なんて訊かなくても分かる。
……主人公っち。
君は今……“何”と取引をしてるの? 」
<――彼女は、全てを訊いて居た様子でそう言った。
そして……この直後
扉の鍵を“こじ開ける”様な事もせず、口籠る俺の真正面へと
“転移魔導”で現れた――>
………
……
…
「ふぅ~……間に合って良かった~っ!
……捕まえたよ、主人公っち。
君が誰かに“そそのかされてる”のは分かってるし
汎ゆる意味で追い詰められて居るのも良く分かってる。
でも……どんなに魅力的に聞こえても、絶対にその要求だけは飲んじゃ駄目。
もし、マリアちゃんの為だとしたら方法は一つじゃ無い……
……私も全力で協力するから“そそのかし”には乗らないで」
<――本当は
俺が“誰にそそのかされて居るか”と言う事にさえ気付いて居るかの様に
“蛇眼側”だけを真っ直ぐに見つめ、そう言ったエリシアさん。
……だが。
彼女の優しい願いを、俺は素直に受け入れられなくて――>
「この取引が危険な事位、俺だって理解してます……だけど。
マリアに残された時間が後僅かだって聞かされた後に……
……そんな話を聞いた後に
どうやって冷静に居られるって言うんですかッ!!! 」
「……ねぇ、主人公っち。
私に……君の“気持ち”が分からないと思う? 」
「なッ……わ、分からないとは言ってません! 唯ッ! ……」
「……私、師匠との時間を取り戻せるなら
きっと何だってすると思う……もっと聞きたい事が沢山あったから。
もっと、一緒の時間を過ごしたい……もっと
一秒でも長く、あの人の瞳に映りたい……そう、思ってたから。
だけど……その為に
“今の自分”を大切にしてくれる人達から目を背ける事は
絶対に……しちゃ駄目なんだよ。
良い? ……マリアちゃんは
自分の所為で君が間違った道に進む事なんて絶対に望んでない。
主人公っち……私は、分かった上で聞いてるの。
……その“蛇眼”の奥に隠れてる
クソッタレで卑怯な奴の言葉には乗らないで。
マリアちゃんの事は絶対に助ける……友達としても研究者としても
それだけじゃ無い……同じ、主人公っちを大切に思う一人の人間として。
私は……マリアちゃんの事を必ず助ける。
……君が一人で危険な状況を背負わなくても良い様に
何よりも優先して動くから……だから、不安に飲まれたりしないで」
<――唯、俺の選択を止める為
エリシアさんは確証の無い約束をして居るだけかも知れない。
……だけど。
彼女から感じる力強さは……どうしても、そんな
“上辺だけの嘘”には思えなくて――>
………
……
…
「……“時間が無い”って言う蛇遣宮の発言が
一切嘘偽りの無い真実だとしたら、マリアを助ける為には
無理も無茶も無謀も……汎ゆる苦難の全てを受け入れる必要がある。
“八重桜”の力は間に合わず、蛇遣宮の力は“使うな”と言うのなら……
……一体、どうやってマリアを助け出すって言うんです? 」
<――“一縷の望み”とでも言うべき感覚を感じたこの瞬間
明確な答えを欲し、そう問うた俺に対し
エリシアさんは――>
「……手段はある。
文字通り“眼の前に”……ね」
「眼の前? ……い、一体何処に……」
「落ち着いて聞いて……マリアちゃんを救う為に必要な力として
私は……蛇遣宮の力を使う事を考えて居るの」
「なッ……俺に“使うな”って言っておきながら! ……」
「……だから、落ち着いて聞いて。
私が言ってるのは――
“蛇遣宮の毒を、薬として使う”
――そう言う方法の事。
兎に角、詳しい話は……ソーニャ! 鍵は開けたから入って来て良いよ! 」
<――そう言って風呂の鍵を内側から開けたエリシアさん
直後、そんな彼女に誘われる様に
この場へと現れたソーニャは――>
「……やはりか。
我が身の恐れて居た通り……蛇遣宮は
心優しき御主の事を誑かして居る様じゃのう?
じゃが……安心せよ。
その蛇遣宮が求めし要求など飲まずとも、解決するだけの手段はある。
愛しき御主のお陰で、漸く
我が身の口から直接、告げられる様になった故……」
<――まるで、これまで
そう出来ぬ様“制限”でも掛けられて居たかの様にそう言うと――>
「……其奴を含め、裏技之書と成る物を“一から生み出す”と成れば
恐らく、御主程の男で在ろうとも叶えられぬ事じゃろう……じゃが。
既にある書の力を“別の器に移し替える”事ならば
其処まで大きな負担は掛からぬ筈じゃ……無論。
その方法の核となる力が、その辺りに転がって居る
唯の魔導の類で無い事は言わずもがな……ではあるが。
我が身は、その方法に必要な力を有する裏技之書が
何処に在るかを蛇遣宮をこの身に宿して居った時に知った。
そして、その持ち主は恐らく……今もその“地”に居る事じゃろう」
<――そう、強い確証を感じさせる様子で言った。
直後――>
「その場所は……いや。
その人は……“協力的な相手”ですか? 」
「ん? 人じゃと? ……人では無い、奴は“龍”じゃぞぇ? 」
「り、龍? ま、まさか……」
<――そう言い掛けた瞬間、俺は口を抑えた。
ドラガとの“約束”を思い出したから――
“どんなに完璧な国に対しても
どんなに良い人だと思う相手に対してでも
この集落の事だけは決して話しちゃ駄目だ”
――あの日、堅く胸に誓ったその約束を。
だが――>
「ふむ、その様子……もしや御主……“奴”を知っておるのか? 」
<――この瞬間
訝しんだ様な表情で俺を見つめ、そう問うたソーニャ。
直後――>
「……そ、その“奴”って言うのが
今、俺の頭に浮かんでる相手かは分からないけど……」
<――そう言い掛けた俺に対し
ソーニャは――>
「我が身にも正確な位置は分からぬが……この世界の何処かに
竜族と龍達が棲まう地があるとは聞く。
我が身の言う“奴”とは……その“地”より追放されし古代龍の末裔の事よ。
主人公……御主が頭に浮かぶ“相手”と相違無いかぇ? 」
<――そう、問うた。
そして……この直後
静かに首を横に振った俺に対し――>
「ふむ……まぁ良い、そうして謎の一つや二つ持って居る方が
色気を感じると言う物よ……ふふっ♪ 」
<――と、何故か嬉しそうに言ったソーニャ。
この後……そんな彼女の独特な雰囲気の所為か
恥ずかしさを感じ始めて居た俺に対し
何故か酷く不機嫌な表情を浮かべたエリシアさんは――>
「因みに……結界の都合上
“デート”はまだ許可出来ないから……そのつもりでね? 」
<――と、強く釘を差して来たのだった。
ともあれ……この後
そんなエリシアさんの警告に依って僅かにヒリついた空気の中
再び問題の“持ち主”について話し始めたソーニャは――>
………
……
…
「兎も角……我が身も直接本人と会話をした訳では無い故
確証めいた事は言えぬが……そもそも奴は
裏技之書の力など一切必要とせぬ程の
桁違いな胆力を有しておる事だけは確かじゃ。
とは言え……御主程力を持ち
他者を魅了する色香を持っておれば、奴など直ぐに丸め込める事であろう」
<――この瞬間
そう、どう考えても“楽観的”過ぎる見立てを口にした――>
===第二七四話・終===




