第二七三話「“蹂躙”するのは楽勝ですか? 」
<――俺の提案に依って行われる事と成った翅蟲の研究。
だが、その道程は想像以上に過酷で……数々の危機と共に
この研究は俺の中に決して無視出来ない疑問を生み出した。
未だはっきりとは発動方法の判明していない
人体への“乗っ取り”能力……死の間際
明らかに翅蟲とは違う女性声で発せられた謎の“叫び”
……あまりに異質なその内容に違和感と興味、そして
罪悪感を感じる事と成ったこの日
俺は……そんな理解不能な状況さえも踏み潰すかの如く
堂々たる態度で現れたモナークの“凄まじさ”を
目の当たりにする事と成った――>
………
……
…
「ギーッッ!!! ……」
<――モナークの眼前
配下と成った数体の翅蟲達は一斉に声を発し……直後、踵を返し
“亀裂”へと吸い込まれる様に向かって行った。
だが、亀裂の構造が故内部の様子は確認出来ず――>
「フッ……漸く“異常”を察したか」
<――そんな中、不敵に笑みを浮かべそう言ったモナーク。
その視線の先では……たった今亀裂から現れたばかりの翅蟲達が
続々と“戻り”始めて居て――>
「ギーッ!! ギギーッ!! 」
<――こいつらは明らかに“慌てて居る”
そう、容易に理解出来る程の様子で
亀裂へとなだれ込む様に戻って行った数百体もの翅蟲。
……ともすれば滑稽ささえ感じさせる状況の中
直後、何故か数匹の翅蟲が押し出される様に亀裂から放り出された。
よく見ると、何れも“翅を引き千切られ”て居て――>
「ほう、最低限の知恵は働くか……来い、痴れ者」
<――この瞬間
痛々しい姿と成った翅蟲の内
そう言って目に付いた一体を呼びつけたモナークは……直後
自らの眼前に立った翅蟲に対し
赤黒く輝く謎の“水晶玉”を手渡し――>
「……それを持ち、再び亀裂へと戻るが良い。
残る者共は此奴の護衛として、その身を呈し盾と成れ……」
<――そう、命じた。
直後、命令通り再び亀裂へと走った翅蟲達……だが
明らかな警戒心と共に亀裂より現れた“元同胞達”に依ってその進行は妨害され
迫りくる猛攻撃に耐えきれず、亀裂の数歩先で息絶えた翅蟲……
……固く握り締められて居た水晶玉は
その手から転げ落ち――>
「フッ……所詮はこの程度か」
<――その様を
まるで――
“最初から期待などして居なかった”
――かの様にそう言ったモナークは
直後――>
「まぁ良い……“自壊せよ”」
<――そう発し、一度指を鳴らした。
瞬間――
“ビシッ”
――と音を立てた水晶玉
直後、内側に向かって崩壊を始めた水晶玉は
“爆発”では無く“爆縮”し……周囲の翅蟲共を巻き込みながら
まるで、宇宙空間に於ける“ブラックホール”の様に
周囲の草木までをも吸い込み始め……その余りある破壊力は
翅蟲の発生源である“亀裂”にまで影響を及ぼし始めた――>
「な……なぁモナーク。
何か、あの水晶に引っ張られて……亀裂“大きく”成って無いか? ……」
<――まるで“布の裂け目を引っ張った”かの様に
少しずつ大きくなり始めた亀裂の様子に慌て、そう問うた俺に対し
モナークはこれを些末な事の様に――>
「不満ならば、あの“痴れ者”に謂うが良い……」
<――自分には責任が無いかの様にそう言った。
そしてこの直後、当然の如く文句を言い掛けた俺に対し
不機嫌を絵に書いた様な眼差しを向け――>
「腸の煮えくり返る……貴様には何も見えて居らぬ様だな……」
「見えて無いって……な、何がだよ?! 」
「忘れたか……
……“勇者一行”が故に発生した亀裂でさえ
くだらぬ“与太”を吹聴する底抜けの阿呆が居た事を……
……これまで訊き、尚分からぬと申す為れば
その眼で“見る”が良い……」
<――そう言って“第二城”へと視線を向けたモナーク
直後……取り立てて目が良い訳でも無い俺にさえ
容易に視認出来た“見物人達”の姿は
到底、無視出来ない程の数で――>
「も……目撃者達が居るなら尚の事早く解決をするべきでッ!! 」
<――そう言い掛けた俺に対し返事もせず
呆れた様に横を向いたモナークは……直後
勇者一行に対し――>
「愚鈍な……未だか」
<――見るからに不機嫌な様子でそう問うた。
そして――>
「既に実用には耐えるだろう……だが
“完全体”と呼ぶべき力を求めるのならばもう少し余裕を見るべきだ。
とは言え、あの“状況”を見れば
完全体の完成を待つ余裕など無いだろう、必要なら我々も手を貸……」
<――そう、冷静に状況を見極めつつ
同時に亀裂への対処を考え始めて居たジム。
だが、そんな彼の発言を遮る様に――>
「フッ……貴様らの手出しなど不要。
斯様な者共に慌てふためく無様など、生涯の恥晒しであろう。
主人公……その業火を以て“野次馬共”に示すが良い。
示せぬと謂う為れば、貴様は唯の恥晒しよ……」
<――尚も広がり続けて居た亀裂
そんな中――
“亀裂もろとも全て焼払え……出来なければお前が悪い”
――そう言ったに等しい口振りで
この瞬間、全てを俺に“丸投げ”したモナーク。
だが……腹立たしさや文句を言いたい気持ち
何故、危険な状況の中こんな賭けとでも言うべき行動を
俺に強いたのかと言う考えなどよりも遥かに強く……
……この瞬間、俺の中で燃え盛って居た強い思いは
此奴の横暴とも言える程の要求を
素直に受け入れてしまうだけの力を持って居て――>
「……分かったよ。
俺は……もう二度と恐怖に支配された国民の姿なんて見たくない。
……人任せでも無責任でも何でも良い。
国民達が――
“主人公が居るから安心だ”
――って、俺に対して半端じゃない重責を差し向けても良い。
俺は、この国を……大切な人々を護る為なら何だって受け入れられる。
これ以上……誰も奪わせない。
なぁ、モナーク……もし暴走したら、その時は流石にお前が止めろよ?
……獄炎の魔導:冥府之川“源流域”」
<――モナークの要求を叶えられるかどうかなど既に重要では無く
唯、自分が受け入れたくない状況を受け入れない為
現実にさせたく無い状況を阻止する為に……この瞬間
再び“冥府之川”を発動させた俺は
民の不安さえも焼払う為――
“冥府之川・源流域”
――と言う、獄炎系は疎か
全火炎系に於ける“最悪”と言うべき技を発動させた――>
「なっ……」
<――直後
兵から漏れ聞こえた慄く様な声を掻き消し……それどころか
全ての音を掻き消してしまったこの、悍ましい炎は――>
「フッ……どうやら貴様は、加減も“知らぬ”様だな……」
<――少なくとも
モナークの機嫌を“上向ける”だけの結果を齎し――>
「煩いな……お前が“乗せ”過ぎたんだよ。
そもそも、余裕の無い俺に丸投げしたお前が悪いッ! ……ってか。
おッ……俺は絶対に謝らないからなッ?!! 」
「フッ……この期に及んで“疚しさ”を隠せぬ貴様の姿は滑稽だが
貴様の其れが恥じるべき振る舞いである事を忘れるな……
……“それ”の処理など如何様にも成ろう。
貴様が抱える事と成る真の問題は……
……貴様が“翅蟲等を超える化物で無い”と民草に信じさせる事であろう」
<――それが焼き払える類の物だったか否かなど既に分からないが。
この瞬間……脅威と呼ぶべき翅蟲達も、亀裂も
全てを焼き払ったこの“技”は、ある側面から見ればとても有用で
きっと、見方を変えれば凄く良い技なのだろうと思う……と、まぁ
こんな言い訳じみた説明をして居る時点で
きっと俺は、モナークの言う様に“疚しい”のだろう――
“冥府之川・源流域”
――この技が“最悪”と言われる所以であり
俺がとんでも無い“疚しさ”を感じて居た理由
“源流域”にのみ含まれる“瘴気”と言う穢れの性質。
この……汎ゆる物を禍々しい力の中に取り込む“源流域”の力は
本来おいそれと触れて良い物では無く
例えるならば崩壊間近の国を護る為……いや。
……既に覆せなくなった戦況の中、敵方に領土を奪われぬ様
言わば“呪い”の様に用いられる技の一つだ。
だが、通常は後処理を考え……少なくとも
自国領土に使用する事は無いとされて居るこの技を
この瞬間、それでも敢えて使用した理由……それは。
それを補って余りある、馬鹿げた攻撃力が必要だったから……
……もし、例え僅かでも“焼け残って”しまったら
その時点で、領土は疎か
人々の心を護る事が出来なくなる様に感じたから――>
「……俺だって何も向こう見ずに使った訳じゃ無い。
ちゃんと俺が穢れを祓うよ……そもそも
その為の“方法”だって既に目星は付けてる。
……本を正せば、俺の提案した“作戦”が原因で
亀裂が発生してしまった可能性が高いんだ……なら
最後まで責任を持って挑むのが、人としての筋であって……」
「……民を救い“責任を取る”とは、何とも異な事を謂う。
貴様が何をどう思い詰めようが貴様の勝手よ……だが、貴様は失念して居る」
「は? 俺が何を忘れて……」
「フッ……我を含め配下は皆、魔族よ。
故に“瘴気”を好物とする配下も存在するのだ……」
「へッ? ……こ、これを“食べる”って事か? ……」
<――直後
モナークが口を開くよりも早く何かを察した様に動いたアイヴィーさんは
直ぐに数百もの配下達を引き連れ現れた。
そして――>
………
……
…
「……得難き幸せで御座います。
二対魔王アイヴィー様、モナーク様……我らに
この様な糧をお与え下さり、誠に……」
「……待ちなさい。
モナーク様より前に私の名前を出すなど
モナーク様に対する無礼です……以後は控えなさい。
それと……貴方達が瘴気を得られるのは主人公様の御采配が故です。
感謝ならば、主人公様にお伝えしなさい」
「何と!? ……主人公様、常日頃から我々魔族種の為お心遣いを頂き……」
<――最悪と言うべき状況を丸く収める為か
この瞬間、そんな“優しい詭弁”を口にしたアイヴィーさん。
……そんな彼女の名采配が故に
多数の魔族達から感謝を捧げられる事と成った俺は
そんな彼らに対応しつつ……尚も
第二城の上層階から此方の状況を見て居た“見物人達”に
悪い印象を持たせない為――>
「いえいえ! ……寧ろ、皆様が居て下さるからこそ
第二城地域の平和が護られて居る訳ですし、今回
此処に発生した瘴気も、唯処分するのでは無く
皆様の為に成るのならと言う事で! ……」
<――アイヴィーさんの優しい気遣いに乗り
直後、まるで“全ての状況を管理出来て居る”かの様に
そう出来る限り堂々とした態度を取ろうとして居た。
だが――>
「フッ……何とも調子の良い事だな……」
<――そんな
“一言多い”モナークにイラッとしつつ
魔族達と見物人達のご機嫌を
若干“顔を引き攣らせながら”伺って居た俺は……この後
アイヴィーさんの名采配と……正直、認めるのはかなり癪だが
ある意味、モナークのお陰で沈静化した状況の中……
……大幅に成長した聖盾の能力に沸くメアリさん率いる研究員達と
そんな、新たな防衛策の芽生えを静かに喜んで居た兵士達の中で
一人、ある“違和感”を感じて居た――>
………
……
…
「……既存種に対する効力よりは幾分か劣りますが
それでも今後の翅蟲討伐に於ける兵の危険度は
大幅に減少する事と成るでしょう。
怪我の功名と言えば聞こえは悪いかも知れませんが
結果として今回の亀裂の再発生は喜ぶべき状況と言うべきでしょう。
ともあれ……皆様、本当にお疲れ様でした。
以後は警戒等級を下げ、この臨時研究所は閉鎖と致しましょう
それでは、閉鎖に伴い各機材を本部へ……」
<――メアリさんに依って宣言が為されたこの瞬間
最悪を回避し、最前線に於ける気の抜けない状況を脱し
第二城外郭周辺の治安は漸く安定を取り戻した。
だが……俺が“疚しさ”を感じながらも使用した“源流域”の後
脳内に流れ込んだ“叫び”の断片――
“雷? ……違……何だ……”
“父さん……お……らが……割れ……”
”何だこれは……せ……い……きえて……く……”
――どれほど少なく見積もっても
数十、数百の人間から発せられたであろうこれらの“叫び”は
俺の中に強烈な不安を植え付けた。
最初の物と同じく、そのどれもが
“世界の崩壊”を指して居る様に思えて……
……この場を包む“お祭りムード”の中、俺は
どうしても、この違和感を伝えなければ成らない気がして居て――>
「あ、あの……エリシアさん……その、俺……帰還後、話したい事があって……」
「へっ? ……良いけど、どうしたの? そんな思い詰めた様な顔して。
って……あ~っ! 分かった~っ!
……主人公っち、忙しく動いて汗かいたから
“お風呂に入りたい”んでしょ~っ! 」
「えッ? ……い、いやいやいやッ!
それは色んな意味で不味いですから!
そ、それに俺は“清拭”で我慢出来ますし!! ……」
「そうなの~? ……って、ん~っ?
な~んか、主人公っち顔赤いけどぉ~……ひょっとして
何か凄ぉ~~~く……“勘違い”してない?
多分だけど、もう……“扉越し”で大丈夫だよ? 」
「えッ? ……あッ、そう言えば……手
離してても大丈夫ですもんね……ハハハ……」
<――そんな
エリシアさんの“勘違い”に依って伝えそびれてしまったこの直後――
“私も早く帰ってお風呂入りた~い”
――と、背伸びをしたエリシアさんの発言を合図にしたかの様に
研究員や兵士達は皆、臨時研究所の閉鎖に慌ただしく動き始め――>
………
……
…
「……さぁ~てとぉっ!
“淑女優先”って事で、お先にお風呂頂きぃ~っ!
っと……主人公っちはミリアの部屋で待っててね~っ♪ 」
<――暫くの後
帰還直後……そう言って風呂へと直行したエリシアさんの凄まじい勢いに
再び伝えるタイミングを逃した俺は、仕方無く
ミリアさんの部屋の扉をノックした――>
「……おや、主人公ちゃんじゃないかい?
って……その眼、どうしたんだいっ?! 」
「い、いえその……これは一時的な物ですし
悪影響とかは無いのでご心配には! ……」
「本当だね?! ……何か違和感があったら直ぐにあたしに言うんだよ?!
兎に角……今、飲み物と軽いお菓子を持ってきてあげるからね!
あたしの部屋で待ってておくれっ! ……」
<――そう言うや否や
急いで一階へと降りて行ったミリアさんの優しさに甘え
ミリアさんの部屋へと入り……窓際に置かれた椅子に座った俺は
窓の外を眺めながら、物思いに耽って居た――>
………
……
…
(……第二城での騒ぎなんて無かったかの様に
行き交う人々は普段の生活をして居る……良い事の筈なのに
第二城との温度差が激し過ぎて、違和感を感じてしまう……
……ミリアさんにはこの眼の事
ちゃんと説明して置かないと不味いかな……てか
余りの剣幕につい“心配無い”って言っちゃったけど
本当に大丈夫なのか? 俺……)
<――取り敢えずは沈静化した亀裂の一件
その一方で、俺の体に同化した蛇遣宮の力と
翅蟲達が死に逝く間際に発せられる謎の“叫び”……
……頭の中で渦巻く問題に大きな不安を感じて居たこの瞬間
俺の脳内に直接語り掛けて来た“声”――
“宿主よ”
――その一声で理解した。
この声が“蛇遣宮”の物であると。
直後、僅かに感じた俺の警戒心に気付いた様に――>
(恐れるな……貴様を喰らう程、飢えては居らぬ。
無駄話は好かん……本題だ
貴様が真に救いを求めるは“元宿主”では無かろう。
貴様は……“鎧姿の女”が為、我が力を欲した筈……)
<――そう
俺の警戒心を解く事は出来ずとも
“興味を引く”には充分な事を口走った蛇遣宮は――>
………
……
…
(貴様に手を貸そう……だが、応分の対価は払って貰う。
宿主……選ぶのは貴様だ)
<――この瞬間
そう、悪魔の囁きと言うべき提案をした――>
===第二七三話・終===




