第二六九話「“飼い慣らす”のは楽勝ですか? ……後編」
<――この瞬間
誰の目にも明らかな程ありありと拒絶の態度を取った召喚個体。
獣遣之鞭の効果が失われたかに見えたこの直後
念の為、もう一度同じ命令を下した俺に対し――>
………
……
…
「ギーッ……」
<――その“翅蟲”の通り
“昆虫”の様な見た目をした翅蟲らに表情と呼べる様な物は無い。
だが、この瞬間……確かに
“怯え”の様な態度を見せた召喚個体に
強い違和感を感じた俺は――>
「……お前じゃ無く、後ろの奴らから一体だけで構わない。
その箱に入る様命令を出すのも無理か? 」
<――気付けばそう“説得”を始めてしまって居た。
……傍から見ればなんとも奇っ怪な状況だったろう事は兎も角
この直後、諦めた様に小さく鳴いた召喚個体は――>
「ギーッ……ギギーッ……」
<――何とも“嫌そう”に他の個体達へと命令を出した。
だが……どの個体も、箱に入る事は疎か
箱に近付く事さえ強い拒絶を見せてしまって――>
「そ、その……命令を受け入れない時点で
“獣遣之鞭”の力が切れてるみたいで恐ろしいんですが
そんな事より遥かに恐ろしいのは、翅蟲共に
感情と呼ぶべき物が存在してる事と……そんな翅蟲達に対し
俺が、少なからず罪悪感を感じ始めて居る事です……」
<――“嫌な事を無理強いされる辛さ”を嫌と言う程知る俺に取って
召喚個体の態度は、無視出来ない強い感情だった。
だが……この瞬間、耐えきれずその事を口にした俺とは反対に
メアリさんはとても冷静で――>
「成程……それが“介在”と言う能力の一端なのでしょう。
主人公さん……城を攻め落とす為、弱点を狙うかの如く
自然界に生きる動植物には、残酷で
狡猾な手段を持つ者達が数多く存在しています。
それは……擬態し、自らの命を護る様な平和な物では無く
擬態を悪用し、餌と成る“捕食対象”を誘い込むかの如く……
……貴方や、この場に同席して居る何名かと同じく
“情に絆され易い者”を狙う、狡猾な手段として
見せかけの弱さを演じて居るに過ぎません……思い出すのです。
“翅蟲共”が招いた凄惨な状況を……思い出すのです
私達が今、この最前線で何を成そうとして居るのかを」
<――きっと、何一つとして間違っては居ない。
寧ろ、こんな異質な状況の中……こんな恐ろしい翅蟲達に
罪悪感を感じて居る事の方が何倍も間違って居る。
……こうして俺が苦悩して居る間も
獣遣之鞭を無視したかの様な“拒絶”を取り続けて居る翅蟲達を
無理矢理にでも従わせ、箱に向かわせるべきだとは分かって居た。
だが――>
「分かりました、でも……お願いします。
一分だけ……俺に時間を下さい」
<――“どうしても確かめたい”
そう感じたこの瞬間……メアリさんに対し、そう願った。
……直後
兵達に警戒を強める様命じたメアリさんは――>
「……では、一分だけ。
ですが、いかなる理由であれ延長は一切認めません……良いですね? 」
<――酷く警戒した様にそう言った。
まるで……“操られている者を見る”かの様な目で
此方を確りと見つめながら。
直後――
“ありがとうございます”
――そう受け応えた俺の姿を確認すると
彼女は時計に目を遣った――>
「……答えろ、翅蟲。
何故俺の命令に背いた? ……唯死ぬのが嫌ってだけなら
さっきの二体がお前の命令を受け入れた事に説明がつかない。
お前は俺の命令に応える為、二体の犠牲を素直に受け入れた
なのに何故、今になって箱を其処まで嫌がった?
……無論、お前が人の言葉を喋れないのは分かってる
だから……“怖い”って理由なら左に立て。
もし、それ以外の理由なら……」
<――俺が全てを問い終えるよりも早く
この瞬間、直ぐ様“右側”に立った召喚個体……
……その行動に兵達はどよめき、エリシアさんは静かに口を抑えた。
そして――>
「……なら、一体何が理由だ?
俺が下した命令がお前達を消し去る為の物だと気付き
それを阻止する為、入らない決意をしたんなら左に……」
<――直後
再び、全てを言い終えるよりも早く右に立った召喚個体の行動に
間髪を入れず――>
「そうか……なら、俺がお前達を滅ぼす為の命令を出しても受け入れるか?
もしそうなら……“右”に立て」
<――そう問うた俺に対し
召喚個体は“否定”にも“肯定”にも向かわず
その場で小さく“ギーッ”と鳴いた。
直後――>
「主人公さん……約束通り一分が経ちました。
……翅蟲達にどんな考えがあるにせよ
貴方の発動させた技が完全な支配能力を有していない以上
この国を護る責務を果たす為……主人公さん、貴方には
翅蟲達の生殺与奪から手を引いて頂きます。
……良いですね? 」
<――この瞬間
僅かに威圧するかの様にそう言ったメアリさんは
召喚個体を含め、全ての翅蟲を処分する様に求めた。
そして――>
「分かっています……約束は約束ですし、メアリさんの言う通り
翅蟲達を生かしておくのは確かに危険ですし……」
<――僅かな受け入れ難さを感じながらも
本来の目的を考え、渋々受け入れる方向で話を進めて居た俺に対し
駄目押しの様に、口を開いたエリシアさんは――>
「そうだよ、主人公っち……早く翅蟲共を消し去らなきゃ」
<――メアリさんと同じく、翅蟲達の処分を望んだ。
だが……この瞬間、何故か
そんなエリシアさんの態度に違和感を感じた
この直後――>
「ギーッ!! ギーッ!! ……ギーッ!!! 」
<――召喚個体の背後
一体の翅蟲が発した、鈍く強い音……直後
四つん這いに屈んだ翅蟲は
一心不乱に地面を引っ掻き始め――>
「この上、異常行動までとは……これ以上は危険です。
その者達を早く処分しなければ……全隊、攻撃の準備を! 」
<――そんな姿に強い警戒心を顕にしたメアリさんは
そう言って兵達に指示を送った。
だが――>
「何だ? ……これは……文字か?
ぜ、全員ッ!! ……攻撃は待ってくれッ!! 」
<――この瞬間
思わずそう命じた俺に対し、最も強く反応したのは兵士達では無く――>
「主人公っち、早く翅蟲共を消し去って帰ろうよ……」
<――そう、何処か虚ろに言ったエリシアさんだった。
だが……そんな中“異常行動”を終え静かに立ち上がった翅蟲
直後、この個体は地面を強く指し示した。
そして――
“ノトリ……キケン……コロスナ……ホバク”
――土煙の立つその場所には
幾つかの文字が刻まれて居て――>
………
……
…
「エリシアさん……薬草採集ってどの位楽しいですか? 」
「何言ってるの? そんなの凄く楽しいに決まって……」
<――この瞬間
俺は……翅蟲共が持つ
“介在”の意味に気付いた――>
「……捕縛の魔導ッ!!
メアリさん……至急、エリシアさんを精密検査にッ!!
その間、翅蟲共は念の為生かして置きます。
それから……もし俺が“狂った”と感じて居るのなら言葉で伝えて下さい
だけど、今は詳しく説明している時間さえ惜しいんですッ!! ……
……どうしても俺の事が信用出来ないなら
これを見てから判断してくださいッ! ――
――自白の魔導:白日之下
翅蟲……お前に問う。
お前が人を操る力を持って居るのなら……エリシアさんに“何か”をしたのなら。
今直ぐ、右に立て……」
<――直後
技の力に抗う様にどちらにも動かず
その場で震え始めた召喚個体……だが。
その背後……“異常行動”を取った個体だけは
僅かに“右”へと移動し――>
「ば、馬鹿な……我々は一体どうすれば?! ……」
「バッ、馬鹿者っ!! ……全隊っ!
主人公様の命令に従い、警戒体制に移行だっ!! 」
<――眼前の状況に慌てふためく兵士達の中
そう指揮を執った兵長のお陰か事なきを得た……かに見えたこの直後
“エリシアさん”は、俺に向け結界の発動を試み――>
「なッ?! ……」
………
……
…
「ギギ……ッ……ギギッ……」
<――間一髪
間に立った“異常行動個体”に依って、俺は命を救われた。
だが――>
「……エリシアさん?
エリシアさんッ!! ……」
<――この瞬間
無理が祟ったかの様に活動を停止した“異常行動個体”と共に
糸が切れた様に意識を失ったエリシアさん。
この後……何が彼女を救う為の最適解かさえ分からぬままに
俺達は、最低限の機材しか置かれていない
最前線での治療を開始する事と成った――>
………
……
…
「“ノトリ”は恐らく……“乗っ取り”
“キケン=危険”で
“コロスナ=殺すな”……そして
“ホバク”は捕縛。
全ての言葉と状況を見比べた時
異常行動個体が伝えようとした事が――
“翅蟲共を殺すのは危険だ、捕縛に留めた方が良い”
――って意味だったと仮定して、そもそも
翅蟲らが一体どうやってエリシアさんの身体を乗っ取ったのか
乗っ取られたエリシアさんの意識が、万が一にも
異常行動個体に宿って居る可能性も含め早急に検べないといけません。
その為に一番手っ取り早いのは……
……翅蟲、お前に訊く事だよな? 」
<――文字通り
エリシアさんの意識に“介在”した原因を確かめる為
そう問うた俺に対し、何一つ反応を見せず静止していた召喚個体。
……だが、そんな勝手を許せる程
今の俺には余裕が無くて――>
「なぁ、翅蟲……お前は最初から
俺の発動させた獣遣之鞭の枠には収まってなかったんだろ?
……唯、命令を聞いている振りをしてただけで
メアリさんが言った通り、お前には“裏の目的”があったんだろ?
……別に話さなくても良いし、無視し続けてくれて良い
唯……俺はお前に理解して欲しいだけだ。
お前の嘘を見抜けず、メアリさんの警告を確りと受け入れず
失敗ばかりする俺の横で……そんな馬鹿な俺の為に
“共に戦う”って言ってくれた女性の強さを
お前は……見誤ったんだって事を。
……お前がどうやってエリシアさんを乗っ取ったのかは分からないし
比べる事さえ失礼な程、馬鹿で単純な俺じゃ無く
エリシアさんを選んだ理由だって分からない。
けど……一つだけ間違いの無い事がある
俺は、お前達を消滅させられるだけの力を持つ“大馬鹿”だ。
答えないなら答えないで構わない。
そのまま、俺の前から消え去れ――
――獄炎の魔導、冥府之川」
<――召喚個体の背後
流れる炎の川は、触れる必要さえも無く……その圧倒的な熱で
三体の翅蟲共を一瞬の内に焼滅させた。
そして……この瞬間
これまで微動だにせず居た召喚個体は――>
「ギーッ! ギーッ! ギーッ!! ……」
<――そう、強く鳴き翅を震わせ始めた。
再び”仲間を増やそう”とでも考えて居たのだろう……だが
俺にはその様を黙って見て居るつもりなど微塵も無くて――>
「足掻くな」
<――直後
奴の背に冥府之川を差し向けた俺は
その背を焼き溶かし、二度と翅を生やせぬ様封じた。
その上で――>
「……これが最後だ。
一度しか言わない……エリシアさんから手を引け」
<――そう、命じた。
だが――>
「ギギッ……ギーッ……」
<――痛みに苦しむ様な声を上げるだけで
エリシアさんの意識が戻る事は無く――>
「主人公さん……念の為、その個体は生かしておくべきです
気持ちは理解しますが……今は辛抱を。
……幸いにも我々には情報がある
貴方が信じるエリシアさんの強さが本物ならば
彼女は必ず意識を取り戻す筈です。
その為にも……貴方は冷静で居なければ成らないのです」
<――この瞬間
強い怒りを感じて居た俺を宥める様にメアリさんはそう言った。
だが……エリシアさんの意識を乗っ取る為
召喚個体が用いた何らかの方法を見つけ出し
状況を解決へと導く為には……まだ
何かが“不足”している様な気がして――>
「……やり過ぎなのは認めます。
でも、俺の所為でこんな状況に成ってしまった以上
どうにかして解決策を探し出さなければ、エリシアさんは!! ……」
<――怒りよりも余程に強く感じて居た不安が故
そう、叫ぶ様に言い掛けた俺に対し……直後
答えと言うべき返事を返したのは
メアリさんでは無く――>
「主よ……主の力が常人のそれを超越して居る事は認めるが
過信は禁物であるぞ? ……そもそも。
その禍禍しき翅蟲から放たれし呪は、吾が防いだのだからな。
そうで無ければ……今頃は主が倒れて居た事であろうて」
「なッ……お前は……」
<――俺の体内を巡る
“装備”だった――>
「如何にも……さて、主よ。
吾に対する賞賛の言葉ならば幾らでも申して構わんぞ? 」
<――この瞬間
何処か得意げな様子でそう言った装備は
直後、俺の言わんとした事を察した様に――>
「ううむ……すまぬが、初手を防ぐは容易いが
既に負った呪を消し去る力は吾には無いのだ。
とは言え……一切の手立てが無い訳では無い。
その禍禍しき魔物の用いた呪が如何にして作用したのかは
吾の預かり知る所……」
<――そう言った。
直後、装備が全てを語り終えるよりも早く
その手段を問うた俺に対し――>
「……主も感じたであろう?
その翅蟲共の臓物依り漂いし“腐臭”を……」
「なッ……まさか、あの臭いが原因って事か?!
なら翅蟲は最初から……ッ!! ……」
「……如何にも。
何れにせよ、此奴らは中々に狡猾な者共ぞ? 」
<――この瞬間
“臓物自体が罠だった”かの様に言った装備……そして。
直後……そんな恐ろしい話が故か
翅蟲から僅かに距離を取った研究者達の姿に
メアリさんは小さく溜息を付き――>
「……少なくとも、解剖を行うべきでは無い様ですね。
ですが、このまま昏睡状態の彼女に対し
何の治療も施さない訳には行きません……主人公さん。
“装備さん”に対し、他に得た情報が無いかご確認を」
<――そう言った。
だが、装備から返って来た答えは――
“無い”
――と言う、あまりに短く希望の無い物だった。
そして――>
「……とは言え、その者の胆力は相当な物よ。
吾の様な支えも無く、自らの力で呪に抗うとは
流石は主の戦友よのう……」
<――そう
現状に於いては“無駄話”とも思える様な発言をした装備は……直後
そんな不満を持った俺の感情を読み取ったかの様に――>
「全く……短気は損気であるぞ? 主よ。
話は逸れたが、要するに……完全では無くとも
呪に耐えうるだけの胆力があれば
翅蟲等の肉体を逆に操る事も可能であると言う事よ。
そして、主よ……吾の認めし主には
この者と同等の胆力が在る筈。
為ればこそ……主やこの者だけでは敵わずとも
共に戦えば、此奴等程度の俗物など容易に打ち倒せる筈であろう? 」
<――そう言った。
だが、そうするだけの手段を持たない俺に取って
この瞬間、装備の口にした“抽象的な発言”は
唯、苛立ちを招くだけで――>
「……結局どうしろって言うんだよ?
助けるにもその為の手段が無いんだぞ?!
……それだけじゃ無い。
俺の……俺の馬鹿過ぎる判断の所為で!! ……」
「落ち着け主よ……手段は在る。
とは言え……決して容易い方法では無いが」
「……どうすれば良い? 」
「件の女から抜き取った、例の“力”を使うのだ」
<――この瞬間
“ソーニャの身体から取り出した力を使え”と言った装備……だが。
あれは言葉で言う程簡単に使える力では無くて――>
「それは無理だよ……蛇遣宮の力は未知数だ。
唯でさえ翅蟲の呪の所為で余談を許さないエリシアさんの中に潜入して
エリシアさんの身体に負担を掛ける事への危険性は勿論……
……そもそも、俺の身体には
エリシアさんから掛けられた“結界”が張られてる。
もし、救う為に取った手段が“攻撃”だと見做されたら
エリシアさんの事を救うどころか……」
<――そう、当然とも言うべき問題点を口にし掛けた俺に対し
装備はこれをきっぱりと否定し――>
「否……斯様な力を使う必要は無い
吾は唯、召喚個体を――
“真に操る為の力を発揮せよ”
――そう、言った迄」
「ど、どう言う事だ? ……ってかそもそも
何でお前が蛇遣宮の力に詳しいんだよ? ……」
<――この瞬間
疑問を感じ、そう問うた俺に対し
“装備”は再び得意げに――>
「全く……何を言うかと思えば。
主よ……吾は常に主と共に在るのだぞ?
蛇遣宮とは既に一度対峙をした……そして
あの者は主と吾に全面降伏をした。
……無論、蛇遣宮の力を“恐れるに足りぬ”とは言わぬが
御せぬ程の相手でも無かろう……慢心すべきでは無いが
“実体を持たぬ者”同士、吾に存在する弱点と同じく
“共通点がある”と言うだけの話……」
<――そう言った。
直後、当然の如く――>
「ああ……確かに蛇遣宮は身を引いた。
だけどそれは翅蟲みたいに“裏の考え”があって! ……」
<――そう
反論し掛けた俺に対し――>
………
……
…
「……主の恐れは吾も重々承知の上。
だが、今はそう悠長に構えて居る時間も無い。
……主の用いた固有魔導の残り時間は後二日。
それまでにその者を救わねば、状況は更に悪化する事と成るであろう」
<――装備は
選んで居る時間など無いかの様に、そう言った――>
===第二六九話・終===




