第二六一話「“決意”は楽勝ですか? ……前編」
<――政令国家の研究機関はとても優秀だ。
何故なら、関わっている一人一人が
恐ろしい程に“凝り性”で、驚く程に“職人的”だから。
だが……日夜、研究に勤しみ自らの興味を突き詰め
成果を得る為なら何をも厭わない程の強い集中力と執着を持つ彼女達でさえ
ソーニャの示した“手立て”を手放しで喜ぶ事は
無くて――>
………
……
…
「……その様子だと
“一滴二滴抜いた程度”では、どうにも成らないんだよね? 」
<――静かにそう問うたエリシアさん。
直後、小さく頷いたソーニャに対し――>
「ねぇソーニャ……私、言ったよね?
“危険が伴う方法は、断じて受け入れられない” って」
<――彼女の身を案じる様に、そう続けた。
そして――>
「何を言うかと思えば……御主は我が身の事を嫌うて居るのであろう? 」
「……“それ”に関しては否定しない。
だけど……“死んで欲しい”って思う程、軽く見てる訳じゃ無いんだよ? 」
「ほう? ……我が身を口説いておるのかえ? 」
「黙れっ! 口説いて欲しいなら先ずは魔導服弁償しろっ!
……兎に角、そんな危ない手立てなら私は断固反対するし
もし、この方法をサラちゃんが私に相談せず実行してたら
絶交してた位には嫌な方法だったって事もちゃんと言っとく。
何であれ、そんな危ない橋を渡る必要は無いって事。
……ってか、そんな事をしても
主人公っちが喜ばないのは“顔を見れば”分かるでしょ?
今、多分……見なくても分かる位、凄~く“嫌な顔”してるだろうし」
<――そう言うと
俺の方を向かず、小さく指差したエリシアさん。
……確かに、どう考えても喜べる様な話じゃ無いし
もしかしたら俺も“歯を食いしばる”位の事はして居たのかも知れないが
何れにせよ……この瞬間、そんなエリシアさんの行動が故か
再び俺へと目を向けたソーニャは――>
「……我が身の様な女子の為
それ程までに心乱してくれるとは……全く。
主人公……御主は、全くと言って良い程に
女子を見る目が無い様じゃな……」
<――そう言って、からかう様に微笑んだ彼女は
直後、堰を切った様に泣き崩れた――>
………
……
…
「ッ! ……」
<――この瞬間
エリシアさんとの約束を違えぬ為
彼女に声の一つも掛けず居た俺は……
……自分でもはっきりと分かる程、歯を食いしばって居た。
だが、この直後
そんな俺の手を微かに引いたエリシアさんは――>
「……もう良い、我慢しなくて良いよ主人公っち。
ソーニャに言いたい事があるんなら、ちゃんと伝えて良いからさ……
……話が終わったら
私の肩、叩いてね――」
<――そう言うと
自らに“聴力封じ”の魔導を掛け、ぎゅっと目を瞑った。
それは、恐らく俺の為……そして
彼女の為に――>
………
……
…
「……ソーニャさん。
俺は……貴女に謝らなければ成らないんです」
「何を言う……我が身は御主を籠絡せんとした大罪人じゃぞ?
我が身は、御主とこの国の“愚か”とさえ言うべき善意に依り
生き永らえているに過ぎぬ、唯の哀れな罪人じゃ……」
「違う……貴女は心根の優しい、芯の強い女性だ。
でも、強過ぎるが余りに……いや、強く在ろうとし過ぎた所為で
受け入れ難い道を選ばざるを得なかっただけだ。
俺は……貴女が民草の為、恥も外聞もかなぐり捨て
この国に舞い戻ったあの日の事を覚えています。
あの日、俺に見せた貴女の真っ直ぐな眼差しには
何一つとして嘘偽りは無かった……俺は、そんな貴女を信じています。
……だからこそ、漸く苦しい状況から抜け出せた貴女に
自らの命を投げ捨てる様な提案をさせてしまった事を
謝らなければ成らないんです。
俺の所為で、要らぬ心配を掛け続けてしまった事を……」
<――ともすれば、これは
彼女の矜持に唾を吐きかける様な発言かも知れない。
だが……それでも、口にしなければ隠し通してしまうだろう程
今も尚、強く在ろうとし続けている彼女の重荷を取り去る為には
どうしても、伝えるべきに思えて――>
………
……
…
「……どの様な物であれ、我が身に薬を盛る事が出来る者など
この世には居らぬと思うておった。
しかし……それは間違いであった様じゃ。
御主の媚薬、大した物じゃ……」
「おッ、俺の媚薬ッ?! そ、それは一体どう言う……」
「何……唯の詰まらぬ戯言よ、気にせずとも良い。
ともあれ……我が身は決心がついた。
御主が求める者を取り戻す為、我が身を好きに使うが良い……」
「なッ?! ……ですから、それだけは出来ません!!
そんな事をしてマリアを目覚めさせても! ……」
「我が身ではッ!!
……我が身では、御主が求める女子には成れぬ。
もう、これ以上……御主の辛い顔を見るのは耐えられぬのじゃ」
<――何故、此処まで強く在ろうと
自己犠牲を厭わず在れるのか……
……酷く鈍感な俺でさえ
その理由らしき“感情”に気付き始めて居た
この時――>
「……確かに、マリアの事は大切です。
だけど……ソーニャさん。
俺には、貴女と言う存在も大切なんです……無責任かも知れない
それでも……貴女には、生きて居て欲しいんです。
なのに……俺の辛い顔を見たく無いと
貴女が今、その命を投げ捨ててしまったら……俺は一体
何時、どうやって貴女に……貴女が望んでくれる
“幸せな顔”を見せられるんですか? ……貴女が犠牲に成った後。
俺は一体……どうやって幸せを感じれば良いんですかッ?! 」
<――“誰も失いたく無い”
言葉にすればとても短く、陳腐にさえ感じる
俺の“信念”と言うべき
この想いは――>
………
……
…
「……為れば。
為れば我が身は……御主の何と成れば良いッ?!
……我が身を抱くでも無い、我が身に触れる事さえもせず
そうして無責任に我が身の心を弄び……
我が身は……我が身の穢れたこの体は……
……一体、誰に捧げれば報われると言うのじゃッッ!!! 」
<――手を伸ばせば触れられる距離に在りながら
自らを疫病の様に謳った彼女の様子を見れば
意図しない形で届いて居たのは明白だった。
……俺は、彼女を傷つけたかった訳じゃない。
唯、純粋に彼女から俺へと向けられた感情の様に
彼女自身にも“自らを大切にして欲しい”と願って居ただけだ。
だが……そんな想いさえ伝えられない自分自身の不甲斐無さに苛立ち
歯痒さの中に居た俺は――>
「……穢れてるとか穢れてないとか、俺には良く分かりません。
ソーニャさんが一体どんな基準で、自らをそう称して居るのかも……
……俺には唯、貴女が深く傷ついて居る事しか分からない。
何をすれば貴女が幸せで居られるのか……そもそも
俺にそれが叶えられるのかさえも分かりません。
だけど……俺がそんな
“対象年齢が上がる様な行為”を貴女と交わしたら
本当にそれで貴女は幸せなんですか?
俺とそんな関係に成ったってだけで幸せだと言うのなら
俺は幾らでも貴女を抱きます。
でも……きっと貴女は
それでも自分を穢れてるとか穢れてないとか
どう転んでも楽しくない分類をしてしまうんです。
ソーニャさん……貴女の過去に何が遭って、どんな心境で今この場所に立ち
その秘術を用いようと考えているのかは分かりません……でも。
俺は貴女に……小さくても良いから、幸せを掴んで貰いたいんだ。
自分自身を“穢れてるとか穢れてない”とか分類しちゃう程
恐ろしい状況に置かれたのなら、そんな事を考えずに済む様な
小さくても幸せな時間を過ごして欲しいんだ。
ソーニャさん、俺は……
……俺やマリアがその為の邪魔になる位なら
絶対に貴女の手立てを受け入れたりはしません」
「……他に手立てが無いとしても
それでも御主はその様な綺麗事を吐かすと言うか……」
「ええ……そうじゃないとマリアに怒られますから」
<――そう
彼女の手立てを拒絶したこの瞬間――>
「そう、か……為れば。
もし、我が身が自らの幸せを掴む為
“御主の子を孕みたい”……と言ったならば、御主はどうする積りじゃ? 」
<――彼女は
そう、とんでもない事を口走り――>
「え゛ッ゛ッ?! ……い、いや……それはその……」
<――当然の如く口籠ってしまった俺を、からかう様に嗤った。
そして――>
「……何とも初心な反応よのう?
しかし……斯様な男に骨抜きにされようとは
我が身にもまだ、生娘の様な感情が残っておった様じゃのう?
……ともあれ、主人公よ。
秘術が為、我が身が死す事を許さぬと言うのであれば
御主が大切に想うその女子の為にも
“別の手段”を得ねば成らぬのは確かであろう? 」
<――そう、一見すれば関連性が無さそうな事を口にした。
だが――>
「ま、まさか?! ……子供の命を生贄にしてマリアの事を?! 」
<――直後
そう、大きな“勘違い”をしてしまった俺に対し――>
「何? ……全く、我が身を斯様な鬼畜と見ておったとは。
……我が身に刻まれし血の秘術は、子を成した時
その初乳に全ての力が宿る事と成る。
この策ならば、我が身は無論……子も無事と言う事じゃ。
全く……流石に“少しばかり”傷ついたぞぇ? 」
<――“少しばかり”
いや“かなり不満げ”に……そう、驚きの方法を説明したのだった。
そして――>
「す、すみませんでした……で、でもッ!
そ、その……子供ってそんなに簡単に狙って出来る物では無いでしょうし
本来、初乳は赤ちゃんの健康面を考慮したら
“飲ませるべき”って言うのが一般的な話ですし
そもそも……幾ら誰も犠牲に成らない方法とは言え
妊娠とか出産って言うのは危険が伴う事ですし!
幾ら人助けの為とは言え、子を成す為の“動機”がそれでは
産まれて来る子供が余りにも! ……」
<――何故
彼女居ない歴=年齢の俺が此処まで熱心に
“子作り”の話をする羽目に成ったのかは兎も角として……
……この瞬間、数多くの問題点を指摘し続けて居た俺に対し
彼女は――>
「何を言う? ……言うたであろう?
我が身は――
“自らの幸せを掴む為、御主の子を孕みたい”
――と。
この策ならば、我が身に刻まれし力は御主の役に立ち
我が身は、呪いにさえ等しい力を御主の為に役立て
二度とその力の影を恐れる事無く
普通の女子として日々を過ごす事が出来る様に成る。
……その上更に、御主の子まで成す事が出来るのじゃぞぇ?
選ばぬ理由が分からぬ程の策であろうて……それだけでは無い。
御主も……“初陣”を済ませる事が出来るのじゃぞぇ? 」
<――と、妖しく微笑みながらそう言った。
直後……俺以上に顔を真赤にして俯いて居る“サラさん”に気付き
慌ててこの話を切り上げた俺は――>
「な゛ッ?! ……そッ……そう言う事は……ほッ、本来ッ!!
し、将来を約束した男女が行う神聖な事であってッ!!
って……兎に角ッ!!
す、少なくとも……その手立ては受け入れられませんッ!! 」
<――顔から火が出そうな程に照れつつ
この話を“エリシアさんに聞かせず済んだ事”に心から感謝して居た……筈。
なのだが――>
「……へぇ~? そんな方法があるとはねぇ~っ?
でも……それなら別に主人公っちじゃ無くても良くない? 」
<――“聴力封じ”は何処へやら。
この瞬間、そう言って彼女の策の穴を突いたエリシアさんは
何だかとっても“不機嫌”な感じで――>
「い゛ぃッ?! エリシアさん?! ……
……い、何時から聞いてたんですか?! 」
「何時からって――
“どうやって幸せを感じろって言うんですかッ!! ”
――って言いながら
主人公っちが私の手をギュッて握った瞬間からかな?
それでびっくりして思わず“解除”しちゃったんだけど……
……ねぇ、主人公っち?
勢いで誤魔化されそうだったけど……君
明らかに、この女の事……“抱いても良い”って言ったよね? 」
<――この瞬間
“殆ど全部聞いていた”と言ったに等しい発言をしたエリシアさん。
そして――>
「な゛ッ?! そ、それは言葉の綾であって!! ……って言うか
盗み聞きとか酷いですよッ!! 」
「いやいや~誤魔化さなくても良いよ~? ……別に」
「う゛ッ……誤魔化して居る訳では……その……」
<――この瞬間、どんな議論の天才でも
言い負かす事が不可能と思える程の独特な“覇気”を放ったエリシアさん。
……この直後
その凄まじい圧に“屈する”様に――>
「す……すみませんでした」
<――と、謝った俺の気持ちを分かって貰えるだろうか?
嗚呼……何だかとっても
情けない――>
………
……
…
「愚かな……我が身の子袋をそう安々と
何処の馬の骨とも分からぬ男に差し出すなど……」
「黙れ性悪女ッ!! ……って、まぁそれはそれとして。
……サラちゃんは一体、この手立ての“何処までを”聞いてたの? 」
<――何とも居心地の悪い状況の中
不機嫌を絵に書いた様に、そう問うたエリシアさん。
直後……“とばっちり”を避けるかの様に
これを全力で否定したサラさんは――>
「……わ、私がお聞きしたのは
あくまでソーニャさんの持つ“秘術の仕様”についてだけです!!
……それを用いれば、マリアさんの脳内に入り込み
目覚めない原因を主人公さん自らが直接探し出す事が出来ると
そう、説明を受けただけですっ!! ……断じて
よよよ……夜の営みに関してのお話などしてはおりませんっ!!! 」
<――そう、寒い地域ならリアルに
頭から湯気が出ている様子が確認出来そうな程の必死さを以て、そう弁明した。
一方、そんな必死の弁明に対し――>
「どう言う事? そんな技、聞いた事が……」
<――直前までサラさんの事を責めて居た筈のエリシアさんは
そう、彼女が口にした秘術の使用方法に疑問を発し――>
「愚かな……我が身に伝わりし秘術じゃと言うたであろう?
御主らの既に知る術で在ったならば、我が身の立つ瀬が無かろうて……」
<――と、少々嫌味にも取れる様な物言いでそう返したソーニャ。
だが……この直後、見るからにイラッとした表情を浮かべたエリシアさんよりも
攻撃対象が変わった事に安堵した様な表情を浮かべたサラさんよりも
恐らく……この場に居る誰よりも
大きく強烈な“違和感”を感じて居た俺は――>
………
……
…
「……待って下さい。
俺がマリアの脳内に入り込むって……一体どう言う事です?
俺達政令国家だけじゃ無い、同盟国の叡智をも結集したこの研究機関でさえ
マリアが目覚めない原因は現在も突き止められて居ないと言うのに……
……ソーニャさん。
貴女は何故、俺が“その原因を突き止められる”と思ったんですか? 」
<――この瞬間
彼女に感じた漠然とした“不安”に依ってそう問うた。
直後、研究所は静寂に包まれ……警戒を強めたエリシアさんとサラさんの姿に
何かを決意した様に口を開いた彼女は……
……見方に依っては“誤魔化す為”かの様に
自らの出自を語り始めた――>
………
……
…
「……本を正せば、我が身の祖は亡国では無い。
我が身の祖は、古代呪術の里とも呼ばれし“オフューカス”に在ると
我が身を産み落とした母より伝えられておる。
……そして、その国には
この世界の力の根源である“魔導の流れ”さえも
自在に操るだけの絶対的な力が在ったとも……とは言え。
今と成っては、それを調べる手立てなど残っては居らぬのじゃがな……」
「……アンタの出自が何処にあるかなんて興味無いし
これ以上はぐらかそうって言うのなら
私はアンタに“自白の魔導”を掛けても良いんだよ? 」
<――この瞬間
苛立ちを隠す事もせずそう言ったエリシアさんに対し――>
「愚かな……我が身は何一つとして“はぐらかして”などおらぬ。
エリシアよ……物事には全て順序があるのじゃぞ?
御主の有する知識一つ取っても
始めから御主の中に存在して居た訳では無かろう?
……“我が身の出自”と言う、御主からすれば些末な事柄にこそ
御主らの持つ疑問に答えるだけの力を有しておるのじゃ……」
<――そう、諭す様に言ったソーニャ。
直後、不貞腐れた様に――>
「あっそ……なら、もう少し急いで説明してくれないかな? 」
<――そう返したエリシアさんを
鼻で笑ったかと思うと――>
………
……
…
「……事を急き、伝える順序を間違えれば
御主は必ず我が身を討たんと考えたであろう。
……エリシアよ。
我が身は……現在、この国の地下深くへと隠されし“裏技之書”の存在と
それぞれの書が持つ力を……全て、知って居るのじゃぞ? 」
<――そう
この場に居る全員が最大限の警戒をする様な事を口走った――>
===第二六一話・終===




