第二六〇話「“試す”のは楽勝ですか? ……後編」
<――俺の間違った選択を止める為
俺を自らの部屋へと縛り付けたエリシアさん。
……そんな彼女の強い想いと同じ位に“強力な”この結界は
俺達二人に“約二週間”と言う凄まじい日数の同棲生活を強制的に齎した。
そして、それに付随する様々な騒がしい出来事も……だが。
きっと全ては“マリアの不在”と言う……皆、多かれ少なかれ感じて居るだろう
強い喪失感の所為で起こってしまった騒ぎなのだ。
……何とも卑怯な話だが
こうして“何かの所為だ”と断定してしまわなければ
心苦しさに整理が付けられなかった。
“大切な存在が傍に居ない”
その辛さを知り――
“その相手が、今の今まで自分の行動を知りもしなかった”
――そんな状況に置かれて居た
悍ましいまでの悲しみと、献身的な優しさを
ほんの僅かでも、知ってしまったら――>
………
……
…
「……も、申し訳ございませんっ!!
私の配慮不足で、この様な……」
<――止め処無く溢れ
拭えども拭えども乾く事の無い涙に
女性研究員は慌てた様子でそう頭を下げた。
だが、違う……俺は、眼前で幾度と無く
俺に対し頭を下げている彼女が考えているだろう――
“被害者の心境”
――に陥って居た訳では無かった。
唯、俺は――>
………
……
…
「……違う。
違うんです……俺は、自分一人が悲しいだけなら
誰にも迷惑を掛ける事なんて無いって思ってました。
でも、それが間違って居たんです……
……俺の事をこんなにも考えてくれる人が居て
その事に気付かなかった結果……俺は
知らず知らずの内に、人を傷つけ続けて居た……俺は
そんな自分の事が、どうしても許せないんです……」
<――“加害者の心境”
そう呼ぶべき感覚に支配されて居た。
だが、この直後――
“直ぐにでも彼女に会いたい……直接会って、せめて感謝を伝えたい”
――そう考え始めて居た俺の
心を読んだかの様に――>
「……はいは~いっ!
毎度御馴染みの“自分を責める癖”は其処までぇ~っ!
取り敢えず……あの女の“今の”目的がどうであるにせよ
今日までに上がって来た報告書と……今現在、研究機関で
サラちゃんの“相談役兼・穴埋め要員”として
結構真面目に働いてるあの女の動きを見る限りは
主人公っちの事を“誑し込もう”としてた時みたいな
悪意は感じなくなったけど……それでも
主人公っちに対して“普通では無い”執着がある事だけは確か。
……にも関わらず、主人公っちが血相を変えて“ベタベタ”したら
妙な状況に陥るのは明白だと思わない? 」
<――と言ったエリシアさん。
そして――>
「ベ、ベタベタって……俺は唯、御礼が言いたくて!! ……」
「全く……鈍感だなぁ主人公っちは。
私は別に“近づくな”って言ってるんじゃ無いんだよ?
主人公っちがそんな顔で、そんな目で見つめて――
“貴女の甲斐甲斐しい迄の努力を……その全てを知った”
――なんて伝えたら、結果として
マリアちゃんの事を失う事になるかも知れないから
こうやって口酸っぱく言ってるだけで……」
「い……意味分かんないですよッ!!
何で俺がソーニャさんに御礼を言うだけでそんな結果が! ……」
<――その発言とは違い、どう聞いても
“近づくな”と言って居る様にしか聞こえないエリシアさんの言葉に
俺は、当然の如く疑問を投げ掛けた。
すると――>
「はぁ~っ……ねぇ、主人公っち。
これでも一応私、あの女に一定の敬意は払ってるつもりなんだよ?
だけど、あの女は一度……たった一度だけど、それでも
この国と主人公っちに対して許し難い行動を取った過去がある。
……その報告書の中にある
“綺麗な姿”もあの女の本心なのかも知れない……だけど。
あの女の中には、確かに――
“望む物を手に入れる為なら手段を厭わない”
――そんな考え方が今も存在してる筈。
主人公っちを止める為、私がこの部屋に君を縛り付けた時
戦いに関しては何一つとして適正の無いミリアが
どうやって私の装備品を彼処までボロボロに出来たと思うの?
無論、彼にやられた訳でも無い。
ねぇ主人公っち……此処まで言えば分かるでしょ?
……あの日、私を本当に止めたのは
ミリアでもヴィシュヌでも無く、あの女だったって事が……」
<――“報告書”の内容を鑑みれば
俺を監視して居た際に、たまたまその状況に遭遇しただけかも知れない。
だが……仮に不意打ちだったとしても
政令国家に属する攻撃術師の中では“上から数えた方が早い”だろう
エリシアさんの事を独力で“止めた”と言うのなら
その力は、尋常成らざる物の筈で――>
「な……何が遭ったんですか?
エリシアさん程の攻撃術師に……」
「……褒めてくれてありがと。
なんて言うのかな……あの女はそれなりに強い方だとは思うけど
あの女の動きは充分対応可能な範囲だったんだよ? ……でもね。
あの女は……私の事を止めた後、脇目も振らず主人公っちの事を心配して
直後、捕縛から逃れた私があの女の頭に大杖を突きつけた時も
自分の命なんてどうでも良いかの様に、主人公っちに縋ったんだ。
だから……討てなかっただけ。
後から考えても――
“私にも意外と甘い所があるんだな~”
――とは思うけど、方法は兎も角
結果としては、私の事を止めようとしたあの女の方が正しかったって事かな。
とは言え、個人的には全然納得して無いけどね~っ……てか。
……思い出したらまた腹立って来た~っ!!!
ホント……マジで確り弁償させた方が良いかな? 魔導服」
<――エリシアさんの怒りの“主軸”が何処にあるのかは兎も角として
この瞬間、彼女に対し一定以上の高い評価を下したエリシアさんは――>
「兎に角……あの“性悪”に主人公っちを近づけるのが危険なのは事実だし
そもそも、余りあの女に好意と受け取れる様な態度を取ったら
今、あの女が持ってると言い張ってる“方法”も濁されそうだし
そうじゃなくても、後ろ暗い過去を持つあの女が
私達が本気で欲して居る解決策と思しき物を提案して来た事自体
本当なら不味い状況って思うべきでしょ?
だから……主人公っちとしては嫌かも知れないけど
少なくとも、今は“御礼”とか“全部知ってます”って態度は控えて。
……って言うか、もし主人公っちが“それは出来ない”って言うんなら
私は単に君の事、この部屋に“置き去り”にしとくだけで良いんだけどね~っ? 」
<――そう言って“悪い笑み”を浮かべた。
だが……その笑みの奥には、政治や国防的な観点では無く
マリアに対する深い想いがある様に思えて……
……少なくとも
何時だったかモナークの発した――
“味方より近くに敵を置け”
――と言う考え方にとても似通った状況を作り出して居た
サラさんやエリシアさん達、研究機関の作戦を邪魔しない為
この直後、俺は――>
「分かりました……エリシアさんに発言や行動を許可されるまで
俺は彼女に近づきません、勿論“感謝”も
“知ってる”って態度も……一切取りません」
<――思いを抑え、エリシアさんの要求を受け入れた。
だが、この直後……再び俺の心を読んだかの様に
ほんの一瞬、複雑な表情を浮かべたエリシアさんは――>
「……取り敢えず、あの女が言い出したって言う
“手立てと成り得る手段”について、今分かってる事は? 」
<――敢えて問わぬ様、俺から目を背け
女性研究員に対し、そう訊ねた。
すると――>
「それが……どうやら彼女は既にサラ様に対してのみ
“手立て”の内容を伝えて居る様なのです。
その上で――
現在、この国に於いて我が身と肩を並べる程
薬学や薬草学に長けておる者は、我が身の知る限り二人しか居らぬ。
その者達の内一人には既に手立ての“良し悪し”を全て伝えた
残る一人は我が身を嫌うあの女子じゃ。
――と、エリシア様の事を名指しにしたかと思うと
続けて――
この“手立て”は我が身の秘術じゃ……故に
腕の足りぬ者には、たとえ伝達が為であろうとも教えはせぬ。
――そう、手立ての内容は疎か“あらまし”さえも語らず
唯、私に対し“エリシア様を連れてこい”と……」
<――困った様にそう言った女性研究員。
直後、そんな彼女に対し――>
「そっか……嫌な役回りだったね、ありがと」
<――そう
気遣う様に言ったかと思うと――>
「良しっ! ……なら、取り敢えず
その“手立て”って奴を聞き出す為にも一度、研究機関に行こっか!
って……主人公っちはどうする?
一応、部屋で待ってる事も出来るけど……」
<――と、俺に選ばせる様に問うた。
そして――>
「そ、その……
……エリシアさんが“待ってた方が良い”と言うのなら俺は此処で待ってます」
<――そう、気遣う様に言った俺に対し
困った様な表情を浮かべたエリシアさんは――>
「……まぁ、外出中はずっと手を繋いだ状態だから面倒は面倒だけど
一人で残してて、その間に何か遭っても大変だし
暇を持て余して、衣類棚とか漁られても困っちゃうし?
ってぇ事で! ……仕方無いから付いて来て良いよ~っ? 」
「な゛ッッ?! ……あ、漁りませんよ失礼なッ!! 」
「ホントかなぁ~っ? 怪しい匂いがプンプンと……なんてね! 冗談冗談っ!
んまぁ“さっきの約束”だけ守ってくれたらそれで良いから!
……はい、お手っ! 」
「ちょッ?! そんな人をペットみたいに!! ……」
<――なにはともあれ。
この後、エリシアさんに連れられ研究機関へと転移した俺は……
……其処で“何とも尊大な態度の”彼女との
再会を果たす事となった――>
………
……
…
「ふむ、漸く来たか……ほう?
……何とも久し振りじゃな主人公よ。
あれからと言うもの、我が身の元へは一度も会いにも来ず
便りの一つも寄越さなかったではないか……全く
女子の扱いを知らぬにも程があろう?
……一体、何処で道草を食っておったのじゃ? 」
<――足を組み変え、肘置きに寄り掛かったまま
着崩した研究員服姿で、そう艶めかしく問うたソーニャ。
だが……そんな彼女に対し
俺が何かを答えるよりも遥かに早く――>
「……少なくとも主人公っちはアンタに会いに来た訳じゃないし
そもそも、アンタは“私に用事があって”呼び付けたんでしょ?
私に聞かせたい話って何? ……必要なら人払いもするし
主人公っちの聴力を一時的に封じたって構わないけど
そうやって無駄話に花を咲かせるだけなら……」
<――そう、不快感を絵に描いた様な態度を取ったエリシアさん。
すると――>
「……何とも色気の無い話よのう?
挨拶さえ無駄話と切り捨て、事を急くとは……まぁ良い。
人払いは当然……じゃが、主人公の音を奪う事は不要じゃ。
何せ……主人公こそが
この手立てに於ける最大の“適格者”なのじゃからのう? ……」
<――ともすれば
“俺を搦め捕るが為の策”とさえ思わせる程の物言いを以てそう言ったソーニャ。
直後……そんな彼女に対し強い拒絶反応を見せたエリシアさんは
俺の手を強く握り、帰還しようとした。
だが――>
「お待ち下さいエリシアさん……」
<――転移魔導発動直前
そう発した一人の女性……それはサラさんだった。
直後……そんな彼女の制止に訝しむ様な表情を浮かべたエリシアさんに対し
彼女は続けて――>
「手立ての“受け入れ難い一部分”だけを聞き
早合点をするのは良い考えではありません……詳しい話を聞いた後
改めて判断をするべきではありませんか? 」
<――そう、やんわりと言った。
直後……少しばかり不満げな表情を浮かべつつ
彼女の進言を受け入れたエリシアさんは――>
「ふ~っ……はいは~いっ! そう言う事だから皆は一旦休憩っ!
ほらほらっ! ……ボーっとしてないでさっさと遊びに行けぇぇぃっ! 」
<――と
殆どの研究員達を所内から“追い出し”――>
………
……
…
「……で?
主人公っちがアンタの言う手立てに必要な理由って、何? 」
<――“人払い”を済ませるや否や、不機嫌極まる様子でそう問うた。
一方……そんなエリシアさんの“喧嘩腰”な態度に
何一つとして反応しなかったソーニャは
直後……これまでの尊大な態度が嘘の様に
ゆっくりと椅子から立ち上がり――>
「……主人公よ。
あいも変わらず、御主は疲れた顔をしておる……全く
それに輪を掛ける様に、斯様な術で縛られ……
……我が身は、御主の事が余りにも不憫で成らぬ。
その上更に、これより我が身の語る“手立て”を実行に移せば
御主は更に疲れ果てる事となろう……我が身は何とも不甲斐無い……」
<――目の前に立ち
ほんの一瞬、俺の頬に触れそう言った彼女は
静かに下ろした手を悲しげに見つめていた。
一方……そんな彼女の行動に
敢えて見て見ぬ振りをしたエリシアさんは――>
「……八重桜の持つ力は強大だし、本人が“出来る”と言って居る以上
信じて待つべきだとは分かってる。
だけど……私達人間とは圧倒的に時間感覚の違う彼女達の約束が
絶対的に役立つとは言い切れないし、手段は多いに越した事が無いから
アンタの“手立て”とやらを聞いてみようと思ってるだけ。
ソーニャ……私は、主人公っちの事だって本当は連れて来たく無かった。
でもそれは“私がアンタの事を信用出来ない”からでも
アンタの“過去の所為”って訳でも無い……勿論、全然無いとは言わないけど
それでも、 それが最たる理由とは言わない。
唯……こんな風に、主人公っちがアンタの事で悩むから
その姿が余りにも見てて辛いから
出来る事ならアンタから遠ざけて置きたかったんだ。
……ソーニャ。
アンタが“裏の考え”で主人公っちの事を
軽々しく扱おうとしてるとは思えない……だけど。
手段として危険が伴う様な物だと言うのなら
私は、アンタの話すら聞きたくない……
……主人公っちにだって聞かせたくないんだ」
<――気遣いが故の拒絶。
そんな……エリシアさんらしい悲しい優しさに対し
ソーニャは――>
………
……
…
「……何一つとして危険が無いとは言わぬ。
じゃが、何時戻るかも……そもそも、戻るか否かさえ定かでは無い
その女子の意識を……こうして、完全とは言い難い状況に置き続ける事が
主人公の為と成らぬのは御主も重々承知の筈。
……この手立ては“母国”を失った我が身に残されし最後の秘術。
軽々しき考えで曝け出しなどせぬ……」
<――強く、決意を感じさせる口振りでそう言った。
直後、二人の間に訪れた長い静寂……暫くの後
先に口を開いたのは、エリシアさんだった――>
………
……
…
「その“手立て”について……サラちゃんには、もう伝えたんだよね? 」
「……全て、余す所無く。
じゃが――
“一存では決められぬ、御主の判断を仰ぎたい”
――そう申した故、我が身はこうして御主を呼び付けた迄」
「そっか……ごめん。
この上失礼な事を言う様だけど……」
「……構わぬ。
我が身に対する御主の警戒心は何一つ違えては居らぬ筈」
<――幾度か交わされた会話。
この後……相容れぬ二人から
ほんの僅かに感じる事となった
“同じ感情”――>
「ソーニャ……アンタの言う手立てって、一体どんな物なの? 」
<――恐れや不安
この瞬間、そんな感情を多分に含む口振りでそう問うたエリシアさん。
直後、そんな彼女の問いに対し――>
「……我が身には、我が家系に依って長らく受け継がれし
ある特殊な“薬”の製造法が記憶されておる。
じゃが、それは我が身の“記憶”にでは無く……
……我が身の“体”に刻まれておるのじゃ」
「か、体に? ……刺青か何かって事? 」
「否……斯様な方法では“剥かれて”しまえば終いであろう?
とは言え……我が身に取っては“そうされる”方が
余程容易き事であろうが……」
<――力無くそう発し、自らを抱き締め
傍目に分かる程の強い恐れと不安を顕にしたソーニャ。
そして……ほんの一瞬、俺に目を向けたかと思うと
決意を固めたかの様に――>
………
……
…
「……我が身に伝えられし最後の秘術。
その奥義たる薬の製造法は――
――我が身に流れし血液に刻まれておるのじゃ」
<――そう
強く言い放った――>
===第二六〇話・終===




