第二五九話「“試す”のは楽勝ですか? ……前編」
<――この日、政令国家へと訪れた友好国からの賓客達
獣人王国ミヌエット王女と、その護衛であり
リオスの大親友でもあるブランガさん……そして、まさかの同行者
“精霊女王キキョウ”と言う、一見すれば意味不明な組み合わせは
政令国家に“真の同盟”と言う最良の関係を齎してくれた。
だが……
……この日、この瞬間
一切の悪気無くブランガさんの口から発せられた疑問は
この場に、如何ともし難い空気を生じさせた――>
………
……
…
「……ワシらも不本意なのじゃが
マリア殿は今、体調を崩しておってのう……
そ、その……静養中なんじゃよ……」
<――瞬間、取り繕う様にそう言ったラウドさん。
直後、そんな彼の様子に何かを察したミヌエット王女は――>
「ブランガ? ……まるで私が昼夜を問わず
“件の発言”を気にして居たかの様に喧伝するのは感心しませんよ? 」
<――右手を振り上げ
キラリと光る鉤爪をブランガさんに見せつけながらそう言った。
直後……“四度目の連撃”を警戒したのか
瞬時に“キキョウ”の背後に隠れたブランガさん……ともあれ。
この後、ミヌエット王女は――>
「兎も角……本日、我が国と政令国家は互いに固い絆で結ばれました。
その証である褒章は、本来私が直接お渡しするべき物ですが
“今日でなければ渡せない”と言う訳でもありません。
前回お渡しした騎士勲章に対し“独特な表現”をなさった彼女の事です
汎ゆる意味で“仕切り直す”為にも
彼女の快気祝いに合わせお渡しすべきでしょう。
少なくとも……私は、その機会を得た物と考えています」
<――そう、ある意味に於いては
“腹に据えかねて居る”様に聞こえなくも無いフォローを口にしたのだった。
まぁ……その所為で、別の意味で
不味い空気が執務室を包んだのは言うまでも無いが……それでも。
そんなミヌエット王女の温かな気遣いに依って
何とか、話は深刻な方向から逸れてくれて――>
「とッ……兎も角……“祈り”の件に関しては、取り決め通りと言う事で
後は皆様の疲れを癒やす為、またおもてなしの為と致しまして
食事や観光などを御提供できればと……」
<――和やかな方向へと向かい始めた空気の中
そう提案した俺……だが、ミヌエット王女は何故か首を横に振った。
そして――>
「……折角のお誘いを断らなければならないのは心苦しいのですが
私は一度、獣人王国へと帰還し
定められた協定を王国の民達へ伝えねばなりません。
……全ては、両国の民草の安寧の為
何よりも優先されるべき事項なのです」
<――真っ直ぐな眼差しを以てそう言った。
……とは言え、情報を伝えるだけなら通信越しでも充分だし
顔が見えた方が良いのであれば“俺の”通信越しで伝えれば済む話だ。
だが……彼女の眼差しには
俺にそんな考えを一切口にさせない程の強い意志が在って――>
「ふむ……では、残念じゃが
食事会や観光はまたの機会と言う事にしようかのう……」
<――直後、そう気遣う様に言ったラウドさん。
……暫くの後。
精霊女王キキョウに依って
獣人王国への帰還準備を整えたミヌエット王女は、去り際――>
………
……
…
「……彼女の褒章はまた何れ、渡しに訪れましょう。
その為にも……リオス、貴方は勿論の事
主人公さん、メルさん、マリーンさん、エリシアさん……皆様もどうか
平穏無事で居て下さいね……では、失礼を」
<――きっと、俺や皆の様子を見ただけで
“マリアの身に何かが遭った”事には気付いて居たのだろう。
……この瞬間、気遣う様にそう言ったミヌエット王女は
精霊女王キキョウの発動させた転移に依って
ブランガさんと共に獣人王国へと帰って行ったのだった――>
………
……
…
(ミヌエット王女、マリアの件で気を遣って……)
「……殿っ! 主人公殿っ!! 」
「は、はいッ?! ……な、何でしょうか?! 政令国家大統領ラウドさんッ!! 」
「ううむ……
……折角華々しい門出を迎えたと言う日に
この様な話をするのは気が引けるのじゃが……念の為
メディニラ殿と極秘に話せる場を設けて貰えんじゃろうか? 」
<――彼女達の去った後
そう言って、俺にメディニラとの会談を準備する様指示を出したラウドさん。
この後……その真意を理解出来ぬままメディニラに連絡を取り
極秘会談の場を設けた俺は――>
………
……
…
「ほう……“事後報告”とは、些か無礼ではないかぇ? 」
「報告が遅れた件に関しては謝ろう……じゃが
キキョウ殿の口振りでは、既に我が国の機密と言うべき情報が
精霊女王の間で盛んに交わされて居た様じゃぞい?
……メディニラ殿。
恩着せがましく言うつもりは無いが、ワシら政令国家は
御主が望みでも有った“八重桜殿の復活”に関し、多大な協力をしておる。
それでも、本来デイジー殿に捧げられるべき
我が国の国民からの祈りに関し
頭を下げるべき決断をしたと思うておるからこそ、この様に……」
「黙れ小童よ……言い訳など要らぬ。
妾は唯“事後報告”を窘めただけの話……
……主らを咎める腹積もりなど微塵も在りはせぬ。
寧ろ……“良う遣った”と、褒めるべき所業であろう? 」
<――何とも重苦しい雰囲気の中で
“板挟み”とはまた違った状況に置かれる事と成って居た俺。
そして――>
「ともあれ……小童よ。
主が今日、妾を呼び付けた理由は斯様な“言い訳”の為では無かろう?
妾は回り諄さを好まぬ……理解した為れば
主が“企み”……早う語るが良い」
<――そう
“何かに気付いた”様に言ったメディニラ。
この、直後――>
「ふむ……では、単刀直入に言おう。
……今日より約一ヶ月の間、我が国の同盟国周辺の森を統べる
精霊女王達の元へと捧げられるべき祈りに“八重桜殿への祈りを含める”様
メディニラ殿自ら、極秘に通達しては貰えんじゃろうか? 」
<――そう、とんでも無い要求を突きつけたラウドさん。
そして、この上更に――>
「無論……精霊女王内での噂ならばワシも止めはせんが
この要求は、万が一にも他の国々に漏れぬ様
細心の注意を払う事が大前提の要求じゃ。
当然、我が国の周囲に蠢く蟲共を根絶やしに出来るのであれば
一月と言わず、半月でも構わん……じゃが。
間違っても、協力する精霊女王の何れもが悲しむ事の無い様
譲渡する祈りの量や質の変動に注意する事は
大前提として考えて貰わねばならん……」
<――そう、つい先程交わされた協定書に則った要求をした。
そして……この直後、そんなラウドさんの要求を
“鼻で笑った”メディニラは――>
「“大前提”は主に言われるまでも無い話よ……良かろう。
しかし……規律を定めた妾に対し
斯様な“破約”を突きつけるとは……主人公と同じく
主も、一筋縄では行かぬ者よ……」
「……し、称賛と受け取って置く事としようかのう」
「当然じゃ……主らは何れも好かぬ類の者達では無い。
小童……話はそれで終いかぇ? 」
「うむ……協力に感謝するぞぃ」
「構わぬ……それはそうと、先程から気には成って居たのだが
主人公、エリシア……主らは“番”と成ったのかぇ? 」
<――この瞬間
唐突に爆弾発言をしたメディニラ。
直後――>
「い゛ぃぃッ?! ……こッ、これには深い訳がッ!!! 」
<――例に依って
“手繋ぎ”の理由を説明しようとした俺に対し――>
「主らが魔導の流れに相性の悪さは微塵も感じぬ……
……占う迄も無く、主らの間には強き子が産まれる事と成るであろう。
では、な――」
<――そう、誰が聞いても“応援”としか言えない発言を残し
この場を去ったメディニラの所為で、俺とエリシアさんの間には
如何ともし難い空気が流れる事となり――>
………
……
…
「あ、あの……エ……エリシアさん……い、一度ッ!!
かっ……帰りませんか? ……そっ……そのッ……
部屋に帰らないと手を離せないですし……おッ……俺……
手汗が……凄くて……何と言うか……その……
も、申し訳無いと言いますか……」
<――“メディニラの応援の所為で、とてもとても貴女を意識してしまって”
……そう、本心を言える筈も無く。
この後……ラウドさんは明らかな“聞こえない振り”
俺は、繋いだ手に尋常成らざる汗をかき
エリシアさんは何も言わず顔を真赤にしたまま静かに頷く……と言う
とんでもなく息苦しい状況の中、エリシアさんは無詠唱転移を発動させた。
嗚呼、顔から火が出そうだ――>
………
……
…
「……つ、疲れたね~っ!
そっ……そうだ!!
リ……鎮静効果のある香草茶でも飲もっか~!
わっ……私、用意するからっ!! 」
<――到着直後
手を離すや否や俺に背を向け、薬品棚を漁りながら
上擦った声でそう言ったエリシアさん。
この、凄まじい緊張感の中――>
「お……俺も手伝いますッ!! 」
<――少しでも他の事に意識を向ける為
そう、慌てて薬品棚へと近付いた俺……だが。
後から考えれば、この“行動”が最も取るべきでは無い物だった――>
「大丈夫だから! 主人公っちは休んでて……って。
うわぁぁッ?! ――」
………
……
…
「――い、一回……離れよっか……
……ご、ごめんね~っ! お、重かったよね~! ……あははは~っ……」
「い、いえ……そ、その……」
<――耳まで響いた心臓の音
この瞬間……何時も通りと言うべき
“状況”に見舞われた俺達二人は……
……勢い余り、覆い被さる様に俺の上に倒れ
慌てて飛び退けたエリシアさんの、妙に意識させる様な態度と
異性に対する免疫の無さが災いしたかの様な
俺の“返事に成らない返事”に依って、何時も以上の緊張感の中に居た。
訪れた静寂……互いに言葉を発する事さえ出来なくなり
“結界”の所為で、理由をつけて部屋を去る事も出来ず――>
「お、俺……もう、動きませんから……そ、その……す、すみませんでした……」
「だ……大丈夫だから……い、今……用意するから待っててね……」
<――暫くの後、ぎこちなく交わされた会話。
余りの静けさに茶器に入れられる茶葉の微かな音さえも
部屋に響き渡る様だった。
嗚呼……とても、居心地が悪い。
……抽出時間中、間を持たせる為か
必死に香草茶の説明をしてくれたエリシアさん。
暫くの後――
“鎮痛、鎮静効果のある香草”
――として彼女が淹れてくれた茶は
確かに、とても香りが良く唯の砂糖とは違った独特の甘みを感じさせた。
恐らくだが……その効力も相当高い物だったのだろうと思う。
だが……言うまでも無く
今回の状況にはその“効力”では足りず――>
「お、美味しい……です……ね……こ、これ……」
「そっ……そうでしょ~?
……こっ、これ……普通に買うと
結構、良い値段するんだよ~? ……」
「そっ……そうなんですね……」
「う、うん……でも、私が栽培した奴だから無料なんだ……あはは……」
「さッ……流石はエリシアさんですね!
だ、伊達に――
“政令国家一の美人攻撃術師”
――って呼ばれてる訳じゃ無いですねぇ~ッ! 」
「へっ?! ……そ、その呼び名は別に人から呼ばれてる訳じゃ無くて……
わ……私がその……じ、自称してるだけで……」
「え゛ッ?! ……そ、そうでしたっけ?!
い、いや……でも、実際エリシアさんは美人ですし!! 」
「そんな……お世辞とか良いから……」
「いや、お世辞じゃ無くて! 本当にエリシアさんは美人ですッ!! 」
「わ、分かったから……そ、その……あ、ありがと……ね……」
<――褒めるにしても“時と場合”を考えるべきだった。
この瞬間、顔を真赤にして……それを誤魔化す為かの様に
香草茶を啜ったエリシアさんの姿に激烈な恥ずかしさを感じた俺は……
……同じく
“それを誤魔化す為”香草茶を啜った。
直後、微かに感じた香草茶の苦みと同じく
この日の記憶も……“ほろ苦い”思い出として
後に笑って話せる様に成るのだろうか?
まるで、両思いかの様に……互いに本気で意識し合って居る
今、この瞬間の事を――>
………
……
…
「失礼致しますエリシア様……今、宜しいでしょうか? 」
<――凄まじい緊張感の中
扉を叩く音と共に、扉の向こうから発せられたその声は……
……エリシアさんの事を
“茶を吹き出す程”驚かせてしまって――>
「ブーッ!! ……ゲホッ! ゲホッ!
って……うわぁぁっ!? ごめん主人公っち!!
え……えっと……い、今出るから……ちょっと待ってて!
ゲホッゲホッ!! ……」
<――その所為で、俺の体が
内から外から“香草茶塗れ”と成ってしまったこの直後……
……エリシアさんは慌てた様子で俺にタオルを差し出し
袖で咳を抑えながら、部屋の扉を開いた。
正直、何が起きたのか部屋の外からでは判らなかっただろうが
少なくとも……“部屋中が香草茶の香りに包まれて居た事”だけは
この訪問者にも伝わった様で――>
「そ、その……
……“ティータイム”を邪魔してしまった様で申し訳ございません」
<――僅かに訝しんだ様な表情を浮かべつつ
そう言った訪問者の女性は、研究員服を着て居た。
一方……漸く“咽る事”に一段落ついた様子のエリシアさんは
そんな彼女に対し――>
「私は大丈夫……それより、何の用事だったの? 」
<――そう問うた。
直後――>
「ええ……その件なのですが、マリア様の件に関し
先頃、我が研究機関に在籍したばかりの“例の新人”が――
“一つ、手立てと成り得る手段がある”
――と」
「“例の”って……あの女の事? 」
「はい……少し前
我が国が“亡国メッサーレル”より受け入れし難民の一人……
……“ソーニャ”の事でございます」
<――この瞬間
少なくとも、俺に取っては驚きの名を口にした研究員の女性。
直後――>
「あ、あのッ!!! ……ソーニャさんって、あのソーニャさんですよね?! 」
<――女性研究者から見れば
目を白黒とさせながらそう問うた俺の姿は何とも滑稽だった事だろう。
だが、分かって居ても問わない訳には行かなくて――>
「うん……“あの”ソーニャで間違い無いし
主人公っちが知らなかったのは、その……“例の一件”を考えて
私達が勝手に配慮してた所為だったんだ……何て言うか、ごめんね」
<――恐らくは“籠絡計画”の事だろう。
この瞬間、そう敢えて濁す様に言ったエリシアさん。
だが……この直後
そんなエリシアさんの気遣いを無にするかの様に――>
「ええ……あの一件の後、我が国の優秀な薬師でもあり
現在、研究機関の筆頭研究員でもあるサラ様は彼女の動向を調べると共に
“籠絡計画”に用いられる可能性のある第二第三の矢を防ぐ為
秘密裏に、彼女に監視をつける事を発案されました。
ですが、監視の者から上がって来る報告は――
“土産物屋にて、主人公様の肖像画を購入”
“食事処ヴェルツにて、主人公様と同じメニューを注文”
“呉服屋にて、主人公様と同じデザインの生地を使用した和装を依頼”
――と言う
凡そ籠絡の為とは思えない物ばかりでして……」
<――と、要らぬ補足説明をつけた女性研究員。
……と言うか、ソーニャさんの行動って
詰まる所――>
「あ、あの……それってつまり……“ストーカー”では? 」
<――若干の恐怖を覚えつつ
そう問うた俺に対し――>
「ええ……確かに“別の問題”が発生してしまった様にも思えます。
とは言え、その後監視の者から上がった報告には
幾つか気になる物が有りまして……」
<――そう言うと
彼女は一枚の報告書を取り出し、それを俺に差し出した――>
「ど、どうも……ん? 何々? ……」
………
……
…
《――“ソーニャ監視報告書”
◯月◯日……対象は食事処ヴェルツにて、主人公様の様子を遠目から監視
自室へと帰還する主人公様の後ろ姿を見届けた後――
“また、疲れた顔をしておるのか……
……あの女子の不在から、御主はずっと俯いておる。
我が身では……御主を支える事、叶わぬのであろうな”
――そう、物憂げに語りヴェルツを後にした。
◯月☓日……対象は、大通りを歩く主人公様の背後を追跡
ふと立ち止まり、大きく溜息を付いた主人公様の様子を心配そうに見つめ――
“内に籠もろうとも外に出ようとも、今の御主は常に暗闇に有る。
我が身は……とても不甲斐無い”
――そう発し、以降の追跡を取りやめた。
◯月△日……この日、対象は主人公様の追跡監視を行わず
呪術に使用される薬草や道具等を多数購入
念の為、警戒を強め監視を継続。
同日夜……自宅を出た対象は、急ぎ足でヴェルツへ
店の前で立ち止まり、周囲への警戒を強めた後
呪術に使用する為と思しき道具と薬草を取り出し
主人公様の部屋の窓に向け、儀式を開始しようとした
だが、巡回中の兵士の足音に慌てその場から逃走。
……その際、対象は道具類を置き忘れて居た為
対象の監視任務中ではあったが証拠の回収を優先した。
回収した証拠品は以下の通り――
・滋養強壮剤
・招福強化剤
・呪術用道具一式
――尚、上記の内“滋養強壮剤”については
長期の監視任務の為、本官も服用して居た物であり
“招福強化剤”に関しては言うまでも無く
民間療法の謎とも言うべき製品である。
……効果の程は本官にも理解出来ないが、少なくとも
高額な滋養強壮剤を箱で買える程
高額な製品である事は紛れも無い事実であり
後述の道具類に関しても、呪術の類に使用する物ではあったが
現場に残された証拠品から考えれば、これらは何れも
上記二つの薬剤を揮発させ
呪術の対象者に吸引させる為、用意された物と考えられる。
此処からはあくまで本官の見立てではあるが
恐らく、監視対象は主人公様に対し――
“疲労を取り去り、物事が良い方向へと向かう様”
――そう、祈る様な心持ちで
これらの道具類を用いようとしたのでは無いかと考える。
何れにせよ、引き続き監視を続ける……以上。
“政令国家諜報秘密調査課バニングス”――》
………
……
…
「報告書……有り難う……ござい……ました……ッ……」
<――報告書を読み終えた俺は
自然と溢れ出した涙を必死に拭った――>
===第二五九話・終===




