第二五四話「“離れられない”のは楽勝ですか? ……後編」
<――“朝目覚めたら異性の部屋でした”
と、言うだけならば……酒の苦手な俺が想像する
“呑み過ぎに依る失敗談”としてありがちな一つのオチだとは思う。
だが、何処の世界に――
“目覚めたら異性の部屋……から出たら死ぬ状況でした”
――と言う、謎の状況に陥る人間が居るのだろうか?
世界広しと言えども、恐らく俺位の物だろう……まぁ、何の自慢にもならないが。
だが何よりも……“命の危機”以前に、今日から二週間
出来る限り我慢するにしても、どんなに少なくとも
最低でも日に一度……単純計算で“一四回”
エリシアさんと手を繋いだまま“用を足さなければ成らない”事が
確定して居て――>
………
……
…
「そ、その……申し訳程度にしか成らないとは思うんですけど……
……“音とか匂い”を感じさせない様にする魔導とかって
何かありませんでしたっけ? ……」
<――顔から火が出る程恥ずかしい状況の中
そう、本来ならば聞きたくも……
……聞かれたくも無いだろう質問を投げ掛けた俺に対し
エリシアさんは――>
「言いたい事は分かってる……
……君だって嫌な筈なのに気を遣ってくれてありがとね、主人公っち。
でも……それらの魔導は絶対私に掛けちゃ駄目だよ?
きっと、どれも“攻撃”に分類されると思うし……」
<――そう、この方法が使用不能な手段であると言った。
この後……自分が“見られたくない”と言うよりも
エリシアさんに嫌な思いをさせない為
どうすれば良いのかと必死に解決策を考えて居た俺は……
……その所為か
強烈な腹痛に襲われ――>
………
……
…
「ぐッ……と……兎に……角ッ……解決策は……はうゥッッ?!
あ、後で……ッ……」
<――急激に訪れた“危機”
その原因だろう思考から頭を遠ざける為
そう、話を逸らし掛けた俺に対し――>
「だ、大丈夫? 主人公っち……顔が青いよ?
もしかして、お腹が痛……あっ!!
……主人公っち、大丈夫だから。
私、凄い音と凄い臭いがしたとしても……全然、大丈夫だからッ! 」
<――目を血走らせ
見るからに“気を遣って居る”事がありありと分かる雰囲気でそう言った。
この直後……これが気遣いだと分かりつつも
既に隠し通せる程の余裕が無くなって居た俺は――>
「……せ、せめて……エリシアさんの持ってる薬草で
消臭効果の……ぐッ!! ……ある物……を……ッ!! ……」
<――“最後の良心”
……と言う言葉が適切か否かは兎も角。
この直後、そう必死に気遣った俺に対し――>
「そんな事気にしなくて良いから!
……兎に角、何があっても手だけは絶対に離しちゃ駄目だからね?
行くよッ! ――」
<――瞬間
俺の手を引き、トイレへと一直線に走ったエリシアさんは……
……到着直後、顔を真っ赤にして目を閉じ
精一杯に体を捻り、俺から視線を外しつつ――>
「主人公っち、私の事は良いから……一思いに出してッ!! 」
<――そう、強い覚悟を以て叫んだ。
だが……そもそも、こんな状況で“出せ”と言われて
すんなり出せる程神経が図太ければ、恐らくこんな状況に陥っては居ないだろう。
……考えれば考える程、余計に出し辛くなり
考えれば考える程、邪念が入る――>
「だ、出せって言われても……」
「何も考えなくて良いからッ! 早く出してッ!! ……」
「で、でも……くッ! ……も、もう限界だッ……」
<――とは言え。
恐ろしい程に襲いかかる腹痛にこれ以上耐える事は難しく……
……俺は、汎ゆる意味で“観念”し
“受け入れる”事を決意し――>
「……だ、出しますよ!? ……ほ……本当に良いんですね?! ……
くッ! ……」
「良いからッ! ……早く出してッ! 私も限界だから……」
<――この瞬間
互いの意思を確認し合い……少なくとも
俺に取っては一世一代の行動を実行に移そうとしていた
直後――>
………
……
…
「……ちょっとアンタ達っ!!
アンタ達は仮にもこの国の大臣だろう?!
子供の教育に悪い事を、なんて所でしてるんだいっ!!
……早く出て来なっ!
出てこないなら、扉の鍵を開けちまうよっ?! 」
<――扉の向こうから聞こえて来たミリアさんの怒声。
トイレの鍵を探す音が聞こえる時点で
慌てるべき状況なのは理解出来るが……そんな事よりも。
トイレで用を足す事が何故、教育に悪いのだろうか?
そして何故……ミリアさんの発言を聞いた直後
妙な間と共を置き、エリシアさんは必死に
“弁明”し始めたのだろうか――>
「ご……誤解しないでミリアッ!
アンタが“考えてる”様な事はしてないから!!
そもそも、私はもっと雰囲気のある状況じゃないと! ……」
<――全く理解出来ない会話の続く中
何かを誤解した様子で鍵を開けようとしているミリアさんと
尚も必死に弁明するエリシアさんの二人に依る押し問答は
この直後……ミリアさんに依って勢い良く開かれた扉と共に
同じく“開いて”しまった、俺の……うん。
この件は、墓まで持っていこう――>
………
……
…
「……さて。
エリシア……こんな制限があるってんなら
何で前もってあたしに話しておかないんだい? 」
「煩いよ……ミリアこそ、変な“早とちり”して
耳年増にも程が……」
「ア、アンタこそ煩いよっ!! ……と、兎に角。
主人公ちゃん……ごめんよ
あたしは別に悪気が有った訳じゃ無いんだ、唯……」
<――嗚呼、消し去りたいこの数分間の記憶。
場所は変わり、エリシアさんの部屋で交わされて居た二人の会話を前に
俺は、酷く居心地の悪い時間を過ごして居た――>
「いやいや~“悪気”は無いかも知れないけどぉ~……
……“変な誤解”は、有ったよね? 」
「エ、エリシアっ?! ……そ、それ以上言ったら承知しないよっ?! 」
<――数分前
最悪の状況下で高らかに響き渡った“音”……
……何の“結果”も生み出さない、この状況に於ける最悪の“旋律”は
現在進行系で過剰な程俺を気遣う二人と言う
余りにも居心地の悪い状況を生み出した……どうせなら
全部俺が悪い事にして“鉄拳制裁”くれれば
俺自身、此処まで気にせずに済んだのに――>
「そ、その……俺がエリシアさんに心配を掛ける様な体調管理をしてた事が
そもそもの原因ですし、その……お二人が
さっき“見聞き”した事を忘れて下さると言うのなら
俺も、これ以上この問題には触れませんから……って言うか、正直
もう二度と、この件を思い出して欲しくないって言うか……」
<――“さっき聞いた屁の音を無かった事にして欲しい”
何一つ飾らず言えばそう言う事に成るのだろうか?
この瞬間、一刻も早く終えたい会話に辟易として居た俺は
祈る様な気持ちでそう言った……そして、暫くの後。
……二人は互いに顔を見合わせ
どうにか、俺の要求を受け入れてくれて――>
………
……
…
「す……直ぐには無理かも知れないが、ちゃんと忘れるから
あたしの“恥ずかしい誤解”も忘れてくれるかい? 」
「え、ええ……って言っても、俺は
ミリアさんが何を“誤解”してたのかは分かってないんですけど……」
「……わ、分からなくて良いんだよっ?!
主人公ちゃんはそのまま純粋で居ておくれよっ?! 」
「へッ? は、はい……」
<――今まで一度として見た事が無い程に慌て
顔を真赤にしながらそう言ったミリアさんと――>
「ま、まぁ……生きてると忘れた方が良い事なんて沢山あるし
兎に角……私も以後は気をつけるから、主人公っちは無理せずに
気を遣わずに、何時でも言ってね?
その……私ももう少し“耐性”をつける様に頑張るからさ! 」
<――“何のですか? ”
と、聞きたい気持ちを最大限堪えつつ
“はい”……とだけ応えた俺の気持ちが分かって貰えるだろうか?
まぁ、何はともあれ……この後
どうにか俺達二人の置かれた状況を理解してくれたミリアさんは
御手洗いとお風呂場に“衝立”を用意してくれて――>
………
……
…
「……さて、一先ずはあれで良い筈さね。
とは言っても、暫くは二人共大変だろうが
あたしも出来る事があったら協力するから、何でも言っておくれよ?
っと……忘れる所だった。
暫くは嫌でも一緒に過ごさなきゃ成らないんだ……
……何時までも喧嘩してないで
この期間中に仲直りして置くんだよ? ……良いね? 」
<――去り際
俺達がまだ、確りと“解決”出来ていない事を見抜いた様にそう言い残し
返事を待たず一階へと降りて行ったミリアさん。
直後……当然と言うべきか
この場に“話し合わなければならない空気”が流れ――>
………
……
…
「あの、さ……」
<――本来ならば俺から切り出すべき状況の中
そう、切り出したエリシアさんは――>
「私、変な所が意固地で……それで
良かれと思って動く事が空回りだったりする事も多くて……でも。
直せって言われて直るほど、物事を簡単に見る事も出来なくてさ……
……だから、一度全部吐き出させて。
先ず……あの日、主人公っちの選んだ方法に対して
私が伝えた言葉と気持ちは今も変わらない……だからきっと
今どんな言葉で飾って上辺だけ取り繕っても
私の心の奥には、ずっと主人公っちに対する不安が残るの。
それは、主人公っちの選択が怖かったからとか
受け入れられなかったからってだけじゃ無い……
……こうして、君をこの部屋に縛り付けた私の行動理由でもある
“裏技之書”に感じた嫌な共通点を解明するまでは
どんなに必要な場面でも、もう二度とあの本を使って欲しくないから。
私は……君が“弟弟子”や“アルバート”みたいな道に
足を踏み入れる姿を見たくないんだ。
もし、これが唯の杞憂でも……それでも。
君を……君と言う存在を失う可能性は
それが爪の先程度の可能性でも、受け入れられないから……
……私の勝手な考えかもしれない、だけど
これが……今、私の中にある考えの全て」
<――必死に
唯、懸命に……この瞬間、飾り付けた言葉では決して感じられない
強い思いを打ち明けてくれたエリシアさんは……この後
俺に対し――>
「私の考えは全て伝えたから……次は、君の考えを教えて」
<――と、言った。
その言葉の裏には、彼女自身が行ったのと同じ様に――
“何一つ飾らない真実を話して欲しい”
――そう、書いてある様だった。
確かに、此処で言葉を飾り“表面上の仲直り”をしても何の意味も為さず
エリシアさんもきっと、それを受け入れる事は無いだろう。
だが……あの日の俺の考えを
今、何一つ隠さずエリシアさんに伝えてしまったら
エリシアさんは、俺を蟲や悪鬼共と同じ
“禍禍しき化け物”の様に思うのでは無いのだろうか?
……もう二度と、俺の事を
受け入れてくれなく成るのでは無いだろうか?
今まで、度々と起きてしまった騒動に依って……
……こうして居る今も尚、一定数の国民達から差し向けられて居る
俺に対する悪感情と同じく、俺の事を――
“出来れば、他所に行って欲しい存在”
――として
拒絶してしまうのでは無いのだろうか――>
………
……
…
「……わかりました。
全て、正直に話します……」
<――永遠とも思える苦悩の後
そう、決意を伝えた俺は――>
………
……
…
「……あの日、俺は
国民の大多数を“馬鹿”だと思って居た。
“護りたい、一人として欠けたら駄目だ”……なんて言いながらも
きっと、俺の中には“優劣”があったんです。
……今日まで、政令国家は何をするにも先ず国民の意見を聞き
一刻を争う状況でさえも、全て
国民の判断が下った後に行って来ました。
でも……最近の俺は
この方法が間違って居る様に感じ始めて居たんです。
過去……あの日、魔族達を受け入れる事が決まった瞬間
確かに、当時の状況を見れば
決して手放しで喜べる様な選択では無かったかも知れませんが
それでも、国民達の協力は圧倒的に不足して居ましたし
その所為で、魔族達を順応させる為の治療には
想像以上の危険が伴いました……それだけじゃ無い。
……俺自身の意見を聞かないのはまだ分かりますが
ラウドさんを始めとする“王国時代”からの見知った人の意見さえ
恐怖と言う名の何かに支配され、耳障りの良い言葉に乗せられ
嘘をつき……彼らは、俺を追放しようと躍起になり続けた。
無論、恐れる事は悪では無いですし
俺を追い出そうとした事を恨んで居る訳でもありません。
唯……何れの状況も、結果として上手く運んだだけで
今後も考えられる最悪を回避し続ける事が出来るかと言えば
俺には、どうしてもそうは思えないんです。
だからこそ、俺は……その恐れが、今も尚彼らの奥底で
決して消える事無くあり続けるというのなら……
……これから先も彼らを支配し続けるだろう“恐怖”と言う力を利用し
この国と彼らを護る為の力を得なければ成らないと考えたんです。
全ては、俺を嫌いな……俺の大切なこの国の民達を失わない為
それが最低最悪で、身勝手な選択だと分かって居ても……
……俺は、その道を選ぼうとしたんです」
<――包み隠さず言ってしまえば
間違い無く、優劣の“優”に入って居るエリシアさんから
生涯拒絶されるかも知れない恐怖の中
何一つ飾る事無く、そう告げた俺に対し……何も言わず
唯、俺の発した言葉の全てに静かに耳を傾け続けたエリシアさん。
全てを伝え終えた後……恐怖すら感じる静寂の中
唯、彼女の動向を伺う事しか出来ずに居た俺に対し
暫くの後、静かに口を開いたエリシアさんは――>
………
……
…
「良かった……主人公っちにも“血の通った感覚”があるんだね」
<――そう、悪く捉えれば嫌味とも取れる様な発言をした。
そして、この直後……どう返して良いのか判らず
戸惑って居た俺に対し――>
「実はさ……私、主人公っちが優し過ぎる所為で
悪い意味で底が知れなくて、ずっと怖かったんだ~
“何でそんなに許せるんだろう? ” ……とか
“何でそんなに苦しい道を選んだりするんだろう? ”……ってさ。
だから私、ずっと主人公っちの事が……恐ろしかったんだ」
<――そう、俺が予想だにして居なかった考えを口にした。
そして――>
「でも、今ので確り分かった……
……主人公っちは“溜め込んでる”だけで、他の人と同じく
ちゃんと不満も感じてるし、腹も立ってるんだって。
唯、優しくて気遣いが凄いから
“自分が引いて解決するなら”……って、本心を言えずに
“仕方無いよな”……って考えて黙っちゃうだけ。
正直に話してくれてありがと……お陰で凄く安心したよ。
そうだよね……主人公っちはあの裏技之書の力に飲まれてなんか無い
私が少し過敏になり過ぎてただけ……本当にごめん。
でも、さ……私が言えた義理じゃないかも知れないけど
今度からはもっと、正直に自分の考えを口にしても良いと思う。
と、言うか……そうじゃないと
主人公っちの中で密かに大きくなり過ぎた感情は
他の人から見たら“恐ろしい何か”にしか見えないと思うからさ……」
<――俺が恐れて居た物と同じかは分からない。
だが……少なくとも、この瞬間
俺を気遣う様に助言をくれたエリシアさんの態度は
俺の恐れて居た“拒絶”とは真逆にあった。
俺の……俺自身の禍禍しい考えを聞いて尚
俺を見放す事無く、俺を大切に考えてくれて居る事が
痛い程に伝わる、その表情と声色は――>
………
……
…
「……エリシアさん。
俺、ずっと怖くて……エリシアさんが俺を討とうとした時
俺はもう、二度とエリシアさんと一緒に居る事が出来ないんじゃないかって……
メルも、皆も……皆が俺から離れて……
……俺の中の最重要な所に居る筈の皆が
皆俺から離れて行くんじゃ無いかって考えに支配されて……
……俺が何も考えず、何もしなかったら
皆、俺の傍に居てくれたのかもって……
でも……その為に、取れる筈の手段を取らない方が良いとは
どうしても思えなくて……どうして良いかも判らなくなって……
……ラウドさんが最善の演説を説いた今日
俺の考えや行動は間違って居たのかも知れないって思ったら
どうしようも無く自分自身が許せなくなって……俺……俺ッ!! ……」
<――転生後
“恐る恐る”異世界での生活を続けて居た俺は
知らず知らずの間に“仮面”を作り
核心とも言うべき本心を内に秘める事を続けて居た。
……そうすれば
大切で大好きな人達から嫌われないで済むだろうから。
そうすれば――
“嫌い”
“あっち行け”
――そう、拒絶されずに済むと思ったから。
俺は……転生後から今日と言う日まで
何もかもが恐ろしく整い、恵まれた環境の中にありながら
自身の心を、転生前の世界に置いたまま過ごして居た。
……嫌われない為の手段だけを覚え
大切な人達に心の内を見せる事を恐れ続けて居た。
エリシアさんが諦めず、こうして俺の心を開こうとしてくれなければ
きっと今後も付け続けて居ただろう
分厚く重い“仮面”を――>
………
……
…
「俺を……俺を見捨てないで……
俺を……俺を嫌いにならないで……
エリシアさん――」
<――“やっと言えた”
そんな喜びと同時に感じた、強い恐れ……
……自分が何処に居るのかさえも判らなくなる程の感情に飲まれ
それでも、必死に伝えようとする身勝手な俺の事を
エリシアさんは優しく抱き締めてくれた。
直後、肌に伝わる温もりと共に発せられた――
“大丈夫”
――と言う俺を護るかの様な優しい声に
崩れ去りそうな程不安定だった俺の心は安定を取り戻し始めた。
背中を擦る優しい手――
“大丈夫だよ、大丈夫……”
――尚も苦しみを取り去る様に発し続けられたエリシアさんの声
だが、今漸く気付いた……彼女の声にも
俺と同じ“不安”が混じって居る事に――
“俺も……彼女を護らなければ”
――そう思い立ったこの瞬間
俺は彼女がしてくれたのと同じ様に、彼女を抱き締め返した。
だが――>
………
……
…
「……すみませんエリシアさ~んっ!
ミリアさんに言われて来たんですけど~……って。
……へっ?
主人公……さん? 」
<――この瞬間
そう言って部屋の扉を開いたメルに依って
状況は、なんとも“ややこしい”方向へと向かい始め――>
===第二五四話・終===




