第二五一話「“話す”のは楽勝ですか? ……前編」
<――“人の噂も七十五日”
現在、俺達が置かれている状況を考えればこれほど楽観的な言葉も無い。
もっと適切に状況を言い表すのなら――
“人の口に戸は立てられぬ”
――とでも言うべきだろうか?
リオスから齎された民達の噂話……その誤った情報を正す為
恐怖や不安に依って新たな騒ぎが起こらぬ様……何よりも
この国に暮らす護るべき民達の為……俺は
大臣達に対し、最大の賭けと言うべき提案をした――>
………
……
…
「……“チビコーンの森”改め
“八重桜の森”と成ったあの場所の力を強める為
“祈りを捧げる様頼む”……と言うだけならばワシにも理解出来る。
じゃが……何故、国防に於いて秘匿されるべき情報まで
全て国民に話す必要があるんじゃね?
……完全な解決策が見つかった訳でも無い中
さらなる不安を煽る様な情報を伝える意味が
一体何処にあると言うんじゃね? 」
<――至極真っ当な疑問
この瞬間、ラウドさんから発せられた問いには大臣の殆どが同意し……
……そして。
エリシアさんは、再び
俺が“間違った決断をした”様に――>
「……そんな事したら騒ぎが大きくなるだけでしょ?
それなら、まだ“天気が狂った”って言い訳の方が安全じゃん」
<――目を合わせる事も無く、そう冷たく言い放った。
“嗚呼……こんな時マリアが傍に居てくれたら
茶化す様な発言で……そうで無くとも
俺が考えを伝えられるだけの状況を作り出してくれたかも知れない”
この瞬間……エリシアさんの態度に動揺し
そんな悲しい妄想に思考を逃がしてしまった俺は……この直後
反論は疎か、納得の行く説明さえも出来なくなってしまって――>
………
……
…
「兎も角……八重桜殿への祈りが必要な件については
何れにせよ、国民に伝えねば成らん。
その上で、協力的な者を増やす為の策を考え……」
<――俺の所為で生じた嫌な静寂を埋める様に
そう言って話を進めたラウドさん。
直後、波風を立てぬラウドさんの意見に賛同した大臣達は
何処か余所余所しく、始めから俺の提案など無かったかの様に表決し……
……その結果、賛成多数で
ラウドさんの案が採用される事と成った――>
………
……
…
「……では、今から約二時間後
本国、及び第二城地域にて国民に対し祈りを捧げる様
要請する事で決定じゃ……では、これにて閉会ッ! 」
<――全ての考えを伝える事無く
ラウドさんの閉会宣言に依って終わりを迎えてしまった大臣会議。
……当然、蒸し返す事など出来る訳も無く
モヤモヤとした心持ちの中、ヴェルツへと帰還した俺は……
……“貸し切り中”の札の向こうから聞こえて来た
仲睦まじい会話を耳にする事と成った――>
………
……
…
「……どうだいマリアンヌ、此処の食事は美味しいだろう? 」
「ええ、とっても! ……でも、こんなに豪勢な物ばかり頼んだら
お会計が大変な事に成るんじゃ無いですか? 」
<――直後
見るべくも無く目に入ってしまった“二人”の姿。
……最愛の女との時間を楽しげに過ごすヴィシュヌさんと
その横で豪勢な食事に目を丸くして喜ぶマリアンヌさんと言う二人の姿は
今の俺には、余りにも“攻撃的”過ぎて――>
「ん? ……おお! 主人公君じゃないか!
倒れたと聞いた時は慌てたが、元気そうで安心したよ!
……丁度良い、快気祝いも兼ねて
良かったら私達と一緒に食事でもどうかね? 」
「い、いえ……食べて来たので……」
「そうか、残念だが仕方無い……では
またの機会を楽しみにしておくよ」
「え、ええ……すみません……」
<――楽しげな笑顔で誘ってくれたヴィシュヌさんに対し
上手く取り繕う事も出来ず、とっさに嘘を付いてしまった俺。
……直後、激しい自己嫌悪を感じ
逃げる様に自室へと帰還した俺は……会議中
満足の行く説明さえ出来ずに終わってしまった自らへの不甲斐なさと……
……今も尚、俺の事を許しては居ないのだろうエリシアさんと
メルの事を考えて居た――>
………
……
…
(俺の選択は間違って居たのかも知れない……いや。
何時もあんなに優しいエリシアさんやメルが
あんなにも俺を拒絶する程だ……きっと、疑い様も無い程間違ってるんだ。
転生前の俺なら、この間違いに気付く事さえ出来なくて
相手の所為にでもしてたんだろうな……きっと
嫌われたくない相手が出来るのがこんなにも苦しいって事にさえ気付かず……
……俺、何をすれば許して貰えるんだろう?
俺は一体……どうすれば……)
<――纏まる事も、収まる事も無い考えの中
酷く耐え難い胸の痛みに一人苦しんで居た
その時――>
………
……
…
「主人公君……少し話せるだろうか? 」
<――扉の向こうから聞こえたヴィシュヌさんの声
“今忙しいので”
……とでも言って、追い返す事は出来たのかも知れない。
だが……前日、通信越しに“話をしたい”と言われ
結果としてその約束を破ってしまった挙げ句
つい先程も嘘を付き、避ける様に逃げてしまった俺に
この訪問を拒絶する事は出来なくて――>
「い、今開けます……」
<――何一つとして気乗りしない中、そう返し
扉の鍵を開けた俺は――>
「……主人公君。
君には彼女の件でどの様な言葉でも足りぬ程の大恩を受けた。
だが、私は……そんな君に対し、何一つとして礼を尽くす事が出来て居ない
寧ろ、君に負担を掛け……結果として君の身を危険に晒してしまった。
……“元管理者”の身でありながら、転生者の健康を害するなど
恥を感じる事さえ烏滸がましい程の失態だ……ましてや
恩人たる君に……本当にすまなかった」
<――開口一番
そう言って深々と頭を下げたヴィシュヌさんの姿を目の当たりにする事と成った。
そして、この直後――>
「い……いやいやいやッ!!!
俺が倒れたのは俺の自己管理不足ですから!
そもそも、俺の方こそ昨日の約束をすっかり忘れてましたし
さっきだって、その事を忘れて折角のお誘いを断ったりなんかして! ……」
<――ある意味、ヴィシュヌさんのお陰とでも言うべきか
少なくとも、伝えたい気持ちを少しは伝えられたこの後……俺達は
一頻り続いた“謝罪合戦”を終え――>
………
……
…
「それで、その……話とは一体……」
<――この瞬間、仕切り直す様にそう問うた俺。
直後、ヴィシュヌさんは思い詰めた様な表情を浮かべつつ――>
「……昨日、君に話そうとして居たのは
転生者らしき形でこの世界へと現れた“彼ら”についてだ。
……彼らの異質な状況とその詳細については、他の誰でも無く
この世界の“鍵”である君にしか話せる物では無くてね。
病み上がりだと言うのに、重ね重ねすまない……」
<――申し訳無さげにそう言うと
この直後、余りにも大き過ぎる真実を口にした――>
「……今から話すのは、私がこの世界や
他の幾つかの世界を管理して居た頃の話だ。
……当時、私の他にも何人か
管理者と呼ばれる立場を任されて居る者は居た様だが
大した繋がりは無かった……あっても、制御盤で業務連絡を取る程度だ。
だが……何れも幾つかの世界を掛け持ちで管理して居た事もあり
私を含め……それなりに皆、疲弊して居た様でね。
そんな中、ストレス発散のつもりだったのか
ある一人の管理者が、自らの世界へと許可無く
新たな“仕様”を組み込むと言う事件が起きてしまった。
……無論、直ぐにその管理者は“粛清”された様なのだが
その後……その管理者が“自らの世界に”と組み込んだ筈の仕様は
何故か、他の世界にも適応されてしまってね……言うまでも無く
その不具合とでも言うべき状況に、殆どの管理者は
“要らぬ仕事が増えた”とばかりに感じて居た様だ。
……業務連絡の後ろに愚痴の様な文章が付け加えられて居た事を鑑みれば
言わずもがなだろう?
まぁ……ともあれ。
少なくとも……私に取ってこの新たな“仕様”は
“管理者”と言う仰々しい名前が持つイメージとは反対に
地味な作業ばかりの多い私達の仕事へ
大きな華やぎを持たせる物に思えたんだ」
<――この瞬間
何処か懐かしげな表情を浮かべながらそう言ったヴィシュヌさんは
この直後――>
「主人公君……何故、彼ら三人が私の事を“神”の様に崇めて居ると思う? 」
<――まるで“なぞなぞ”でも出すかの様に
そう問い――>
「そ、それは……ヴィシュヌさんが彼らに取って
“手助け”と成る様な事をしたからでは? ……」
<――そう答えた俺に対し
更に――>
「ああ、恐らくはその通りだろう……だが。
本来、我々管理者には――
“自らの管理する世界に住まう者達から
その存在を認識されては成らない”
――と言う禁止事項が設けられて居た。
主人公君……何故、私は
彼らに取って“手助け”と成る行動を取れたと思う? 」
<――そう言って“新たななぞなぞ”を出題した。
直後――>
「まさか……その新たな“仕様”って
俺達転生者に“直接話しかけられる”って事じゃ……」
「その通りだ……だが、それだけでは無い。
……粛清されたその“管理者”が、意図したのか否かに関わらず
結果として、他の世界にまで適応させたその能力の持つ最も大きな力。
それは――
“転生者、若しくは適正であると判断した者に対し
その世界の理を著しく破らぬ場合にのみ
管理者権限を使用した力の付与を行う事が出来る”
――と言う能力だったんだ」
「そ、それって……」
「……ああ。
私や君が、この世界で今と言う時間を過ごして居られるのは
その“管理者”のお陰だと言っても過言では無い。
少なくとも……私はそう思って居る」
<――俺が命の危機を脱したあの日。
“限定管理者権限”と言う
何でもありな固有魔導を獲得したあの日から数え
一体、どれ程前の事だったのか……
……この瞬間、まるで惜しい人を亡くしたかの様に
悔しさを感じさせる様子で拳を握り締め、彼は静かにそう言った。
そして……この直後
覚悟を決めた様に――>
「……だが、私がその“新たな仕様”で手助けをしたのは
後にも先にも、君と“彼ら”だけでね。
そして今、何の因果か……その何れもが同じ世界に集結して居る。
……彼らに取っては、余りにも不可解な形で
私に取っては……恐怖以外の何者でも無い形でね」
「まさか……その仕様には裏があったって事ですか? 」
「いや、それは考えづらい……と言うよりも
恐らくは、そんな生易しい話では無い様に思う。
そもそも、現在我々に起きて居る不可解な状況は
システムの根幹に絡む話だ……私を含め、管理者“程度”の権限では
触れる事も出来ない深層にある物だと考えて欲しい。
主人公君……私は過去、君も良く知って居るだろう人物に“強く求められ”
この世界へと容量超過世界の住人達を無理矢理に転生させた経験がある。
だが……何れの住人も皆、本来の世界で生涯を終えた後
直ぐに此方へと転生させ、その際に発生した
“遅延時間”も約一日程度だった。
主人公君……それを考えれば
今回の状況がどれ程逸脱して居るかが分かるだろう?
そもそも、別の世界へと転生させる対象が“そう出来る”時間は
様々な要因を掛け合わせても、せいぜい三ヶ月が限度の筈……ましてや
本来の世界で死亡し、年月の経った者を他世界に転生させる事など
管理者程度の権限では到底不可能だ。
……恐らく、彼らの状態欄から
“死亡”と言う表示が消えないのもそれが理由だろう。
そもそも、仮に奇跡的な確率でそれが叶ったとしても
“自由落下”や“乗っ取り”以外の方法で他世界への転生など
システムの仕様上、絶対に有り得ない事だ。
ましてや“亀裂から現れる”など……」
<――そう、強い恐れを感じさせる様子で言った。
だが……もし、ヴィシュヌさんの見立てが全て正しいのなら
今、この世界に発生している不可解な状況は
管理者よりも“上位の権限を持つ者”に依り招かれた物であり
二人の転生らしき状態も、その存在が描いた
何らかの策略の為引き起こされた状況だと言う事に成る。
そして……彼の言う“俺もよく知る人物”であり
彼が有して居た物よりも上位の権限を持つ者と言えば
思い浮かぶのは“上級管理者”の事だけで――>
………
……
…
「……話は分かりました、でも
それを知った所で、俺に彼奴をどうにか出来る様な力はありません。
ヴィシュヌさんもその事は知って居る筈です……
……俺に、一体何をさせたいんですか? 」
<――胃の痛む様な仮定と
その仮定に抗う事の難しさを思い浮かべ
半ば八つ当たる様にそう問うた俺に対し――>
「誤解しないでくれ……私は“ヤツ”の事を頼もうとした訳では無い。
……唯。
いち管理者だった私が、一際目を掛け手を掛けた存在であり
こうして居る今も尚懐かしさを感じ、我が子の様にすら思える彼らが
君や、この世界を破壊する為の道具と成り下がる事を恐れて居るんだ。
無論それは、この世界が私や妻の暮らして居る場所だからでは無い……
……今まで私の管理した世界の中で
この場所こそが……最も可能性に近い環境だと感じたからだ」
「可能性? ……何の可能性です? 」
「すまない……少なくとも、今はその質問には答えられない。
だが……どうか信じて欲しい。
そして……もし万が一、彼らが世界を破壊する為の道具と堕ちたなら
その時は……君の中の優しさに蓋をすると約束して欲しい。
無論、私も共に戦うと約束する……主人公君。
その時は、私と共に……彼らを、葬り去ってくれ」
<――深々と頭を下げたまま
そう“らしからぬ願い”を口にしたヴィシュヌさん。
彼は――
“そんなお願い聞ける訳無いじゃないですか!! ”
――そう返す事さえさせぬ程真剣に
唯ひたすらに願った。
そして――>
………
……
…
「……もし、彼らが世界を壊す為の道具に成り下がった時は
その時は……彼らの“介錯”は俺が務めます。
でも……俺も、そう成らない事を心から願っています」
<――そう応える事しか出来なかった
俺に対し――>
「礼を言うべき内容では無いのだろうが……感謝する。
病み上がりだと言うのに、長々と時間を取らせてすまなかった……」
<――心苦しさを感じさせる様子でそう言うと
彼は、辺りを気にしながら部屋を去った。
……この後、抱えたくも無い秘密ばかりが増えて行く事に
如何ともし難い苦しさを感じつつも、約一時間後に予定された
政令国家全域へと発せられる“魔導拡声”に立ち会う為……少なくとも
ラウドさん達の疑問に答える事も出来ず
伝えるべき事さえ伝えられなかった不甲斐なさを取り返す為
せめて“大臣らしい姿”で挑もうと考え、身なりを整え部屋を出た俺は
この直後……
……“今、最も会うべきでは無い相手”と
鉢合わせてしまった――>
………
……
…
「……ねえ、主人公っち。
一つ訊いても良いかな? ……」
<――部屋の鍵を閉める俺の背に向け、投げつける様に発せられたその声
独特なあだ名で俺を呼ぶ、唯一人の存在であり
この瞬間、妙に圧を感じさせる様子でそう問うたエリシアさんは
振り向く事さえぎこちなく、ありありと狼狽えた俺に対し――>
「……答えたく無いなら答えなくても良いけど
聞いとかないと私がスッキリしないからさ。
ねぇ、主人公っち――
――君はさっき、何か言いたげなままで会議を終えたけど
それって、あのまま言わずに済む様な程度の内容だったの? 」
<――彼女は、恐れて居た“ヴィシュヌさんとの会話について”では無く
会議中感じて居たのだろう違和感について、そう訊ねた。
直後……思いを伝えられるだけの状況が出来上がったこの瞬間
胸を撫で下ろし、伝えそびれた考えを伝えようとした俺に対し――>
「……ねぇ、主人公っち。
君が考える国防に……“人柱”なんて必要無いよね? 」
<――彼女は
恐れとも憤りとも違う感情を以てそう問うた。
この時、彼女が何を考えこんな質問を投げ掛けたのか
この時の俺には理解出来なかった……だが。
……少なくとも、彼女の言葉は
俺に“誤った解釈”をさせるには充分過ぎる程の力を持って居て――>
………
……
…
「……護りたい存在を護る為、残酷な決断をしなければ成らない時
それが、到底受け入れ難い物だったとしても……それでも。
……それを、受け入れなければ成らない時があるんです。
俺だって首を縦に振るのは嫌なんです……エリシアさんなら
エリシアさんなら、どう応えたって言うんですかッ!! ……」
<――この瞬間
“抱えたくも無い秘密”が故にそう強く問うた俺に対し
エリシアさんは――>
………
……
…
「……やっぱり、裏技之書の力は危険だったんだ。
主人公っち……君は……君だけはッ!! ……」
<――何かを“確信”した様に
そう、酷く悲しげな眼差しで叫んだ――>
===第二五一話・終===




