第二五〇話「“悪党”で居られたら楽勝ですか? 」
<――月夜の自室
精神と肉体の両方に大きな疲労を抱え、その所為で
要らぬ心配をミリアさんに掛けてしまったこの日
俺は、その原因の一つと言っても過言では無い話を
ミリアさんに伝える事と成った――>
………
……
…
「そうかい……その方法ってのは、主人公ちゃんに危険は無いのかい? 」
<――それがどんな力で、どんな作用をするのか
詳しい事など何一切伝えて居ない段階で、ミリアさんはそう言った。
この直後――>
「ええ、どんなに悪く見積もっても……“俺には”一切危険は有りません」
<――使用するべきでは無い“忌むべき能力”と考え
結果として、そんな含みのある物言いをしてしまった俺……だが。
ミリアさんは、そんな俺の心の内に気付いた様に――>
「成程ね……良いかい? 主人公ちゃん。
例えどんなに安全に思える方法であっても
自分自身が納得出来ないなら、それは選んじゃ駄目な物なのさ。
……どんな方法でも、自分自身が納得出来た時
始めて“方法”って呼べる様に成るのさね。
良いかい? ……少しでも“嫌だ”と感じるのなら
無理に選んだりしちゃ駄目だからね? 」
「ええ、その所為で誰かを傷付けてしまったら大変ですし……」
「……違うさ。
誰かが傷つくからじゃ無い……
……もし主人公ちゃん自身が納得しない方法を選んだら
きっと、一番に主人公ちゃん自身が傷ついちまうから
こうしてあたしは口煩く言ってるだけさね。
主人公ちゃん……あたしと約束してくれないかい?
何かに悩んだ時は、必ず“自分自身で受け入れられる物を選ぶ”……とね」
<――それがどんな“能力”であるのかは疎か
この後も何一切、能力に関する詳細を訊ねる事無く
そう言って“小指を立てた”ミリアさん……だが。
俺は、そんな彼女の優しさに――>
「じ……じゃあ、傷付くと判ってても
何一切受け入れられなくても……それでもやらなきゃ成らない時は
一体、どうしたら良いんですか……」
<――“素直さ”と言う言葉からはかけ離れ
“甘え”と呼ぶには余りにも身勝手な、そんな返答をしてしまった。
すると――>
「確かに、生きてりゃそんな事の方が多いかも知れないね……分かった。
……こんな言い訳じみた話、本当ならするつもりは無かったんだが
今の主人公ちゃんに少しでも役立つなら“恥の掻き捨て”さね。
主人公ちゃん……あたしが出した“例のお菓子”の事、覚えてるだろう? 」
<――ミリアさんへの絶大な信頼に依って何一切警戒する事無く口にした
“感情草”と言う特殊な薬草の練り込まれた、あの“生菓子”
……この瞬間、ミリアさんは何かを吹っ切る為かの様にそう言った。
そして……この直後
静かに頷いた俺に対し、更に――>
「生菓子を……あんな物を人様に提供したって事実は
あたしの料理人生の中で最も恥ずべき忘れたい記憶さね。
……提供した事だけじゃ無い、あたしの可愛い弟子にまで
あんな“苦虫を噛み潰した様な”顔をさせちまった事も……だが。
あの娘があれを持って来た時
“喜んで作った訳じゃ無い”事は、あたしにも分かったのさ……
……勘の良い主人公ちゃんの事だ。
既にその辺りの事は分かってるんだろう? 」
「……ええ。
彼奴の“謀”に付き合わされたのだろう、とは思っています」
「ああ……だが、幾ら尊敬してる相手の頼みであろうとも
少々の事じゃ、あの娘は料理に妥協なんてしないさ。
……それも分かってるんだろう? 」
「ええ……あの時の彼奴の口振りを考えれば
恐らくは“亀裂の件”に対処する為……その事を理解したからこそ
アイヴィーさんは苦渋の決断を……とは言え、彼奴からすれば
“手緩い手段”なつもりだったんじゃ無いかとも……」
「何だかモナークちゃんに対して険のある言い方だが……
……大まかにはその通りさね。
だが、少し違う……主人公ちゃん。
あたしは……あたし自身にも後悔の残る今回の一件に関して
あの二人の事を少しも叱りつけたりはしなかった。
……それが何故だか分かるかい? 」
<――真っ直ぐに俺の目を見つめ、そう問うた。
そして……この直後
首を横に振った俺に対し――>
「……あの日、アイヴィーちゃんにあんな顔をさせた事さえ叱らず
主人公ちゃんを含めた多くの人達に対して
あんな感情草を食べさせる選択をした事さえも
一切叱りつけなかった理由は……
……あの子の選択に芯が通ってたからさ」
「“芯が通ってた”って……彼奴は頑固で
基本的に強硬手段って呼ぶべき様な行動を取りがちなだけで……」
「……いいや。
少なくとも、今の主人公ちゃんと同じか……それ以上に悩んでたさ。
それでも、あの子は自分の選択を……
……自身の選択に依って受ける事と成るだろう
“負の部分”も……全て、ちゃんと受け入れて居たんだ。
だからこそ……あたしはあの子のお願いを聞き入れたのさ」
<――そう、力強く言い切った。
この後……ミリアさんが何故、今この話を伝えたのか
何故、これほどまでにモナークの行動に絶大な信頼を置いたのか
その“真意”に気付かないまま……俺は
尚も身勝手に問うた――>
………
……
…
「分かんないですよ……その選択が
ミリアさんやアイヴィーさんの事を傷つけると分かって居て尚
それでも、俺や彼ら三人にあんな物を食べさせたのは
“国防の為”と言う理由だけでは到底受け入れられない話です。
間違った選択が他人を傷つける事を分かっているからこそッ! ……」
「“分かっている”からこそ……主人公ちゃんは今も自分の選択を後悔し続けてる。
だからこそ……今も尚、二人と話す事さえ出来ずに居るんだろう? 」
「そっ、それは……」
<――どんな言い訳も通らない程、図星を突かれた瞬間だった。
……この直後、口籠る事しか出来ず居た俺に対し
ミリアさんは更に続けた――>
「……主人公ちゃん。
エリシアもそうだが……アンタが倒れた事を知って居るメルちゃんが
唯の一度もこの部屋に来ていない理由……まさか
単に、アンタを避けての事だと思ってるんじゃないだろうね? 」
<――眉間にシワを寄せながら、そう問うた。
そして……この直後
“ち、違うんですか? ”……と聞き返した俺に対し
大きな溜息を付きながら――>
「やっぱりかい……全く、主人公ちゃんは一度考え方を改めるべきさね」
<――呆れた様にそう言った。
そして――>
「……二人が様子さえ見に来ないのは
主人公ちゃんの事を心配していないからなんかじゃ無い。
その逆さね……二人共、主人公ちゃんとの仲違いに
ちゃんと向き合ってこなかった事が原因だと自分を責めてるんだよ? 」
「なッ?! ……そ、そんな馬鹿な?!
あの瞬間の俺の選択は二人が気負う様な類の物じゃ無い筈で! ……」
「……その考え方自体が間違ってるって言ってるのさ。
主人公ちゃんが極端な選択をしてしまう程……
……其処まで追い詰められて居るって事から目を背けて
主人公ちゃんに全ての責任を押し付ける様な行動を取ってしまった事を
二人はとても後悔して居るのさ……だけどね。
二人もそうだが……主人公ちゃんにも分かって貰いたい事があるんだ。
今、主人公ちゃんは“合わせる顔がない”なんて考えてるんだろうが
大切な人と行き違ったまま、離れ離れになっちまう辛さは
今、主人公ちゃんが一番分かってる筈の事だろう? ……良いかい?
……合わせる顔が無いなら、無理矢理にでも“作る”んだ」
<――この瞬間
そう、厳しくも優しい言葉を掛けてくれたミリアさん……そんな
清濁併せ呑む様な優しさのお陰で
漸く、色々な事に踏ん切りをつける事が出来た俺は――>
………
……
…
「……俺、全部間違えてました。
もう一度ちゃんと、二人と話し合ってみます……」
「ああ……だが、今直ぐは止めときなよ?
窓の外を見れば分かるだろうが……今は結構“遅い時間”なんだからね?
……主人公ちゃんは聞いた事が無いかい?
“夜に手紙を書くべからず” ……って言葉を。
要するに、思いが籠もり過ぎる時間に話す言葉は
どんなものであれ“強過ぎる”って事さね……」
「そ、そうなんですね……って、あの……ミリアさん
そんなに遅い時間なのに、ミリアさんまで俺の所為で……」
「何……あたしは好きで此処に居るだけさね。
迷惑ならすぐに帰るし、心配も要らな……って、忘れる所だったよ!
精霊女王のマグノリアから伝言を預かってたんだった! 」
「へっ? ……リーアから伝言?
な、何か遭ったんじゃ?! ……」
「大丈夫、そんな理由じゃ無いさ……さてと。
どのメモだったかねぇ……ああ、これさね!
さてと、原文通り読むよ? ――
“どうしても疲れが取れなかったら何時でもワタシの事を呼んでネ♪
嫌に成る程癒やしてアゲルから♪ ”
――だ、そうだ。
しかし……主人公ちゃんはモテるんだねぇ? 」
「な゛ッ?! ……モテるとかそんなんじゃッ!!
き……きっとッ!!
……リーアも“夜に考えた”んだと思いますッ!!
って言うか……そ、その……もしかしてですけど
その様子だと、俺が倒れた事って“結構な人数”に伝わってるんじゃ……」
「結構な人数も何も……例の“御三人さん”を含めて
今、この国に居る殆ど全員が知ってる事だよ? 」
「な゛ッ?! なんでそんな大事に……」
「……成って当たり前だろう?
二人だけじゃ無く、殆どが自分の所為かも知れないって考えてる位だ。
何を隠そう……あたしだってその一人なんだよ? 」
「そ、そんなッ?! ……ミリアさんは何も悪く有りませんからッ!!
あッ! ……も、勿論ッ! 他の人達だって!! ……」
「分かったから少し落ち着きな……っと、そうだ。
余計なお世話だが、あたしにだけじゃ無く……明日辺り
その話を“皆”にも伝えたほうが良いと思うよ? 」
「皆って……ハッ。
もしかして俺……明日、凄く“忙しくなる”んじゃ……」
「そうかも知れないねぇ……まぁ、そこは
モナークちゃんと同じく、大いに悩んで確り受け入れな。
……とは言え、身体に障る程無理をしちゃ駄目だよ? 」
「は、はい……」
<――俺の悩んで居た“事の重大さ”
この日、そんな大きな問題が些末に思える程の
“ヤバイ状況”を伝えられた俺は……翌日。
“予想通り”の大騒ぎに奔走する事と成った――>
………
……
…
「主人公殿……この国の長として余りにも不甲斐無いワシを……」
「……いやいやいやッ!!
ラウドさん程、長として安心感のある人はそうそう居ませんから!! 」
「ラウドさんは何も悪く有りません……本を正せば
私の実験が主人公さんの負担に……」
「い、いやいやいやッ!! ……たっ、確かに大変では有りましたけどッ!!
そもそも自己管理が出来て居なかった俺が悪いのであって!!
メアリさんは何一つ悪く無いって言うか……そ、その……
たッ……タイミングが悪かったってだけで!! 」
<――早朝の大統領執務室。
集まった大臣達から代わる代わる“思い詰めた”様な謝罪を受け
その都度“貴方の所為では有りません”……と言う意味を持つ返事を
出来る限り“間を置かず”一人一人に伝える事と成った俺は
この直後、大騒ぎと成ってしまった“謝罪合戦”を一刻も早く終える為
半ば強制的に、話の方向を変えた――>
………
……
…
「と、兎に角ッ!! ……何れにしても解決すべき問題は多い状況です。
例の“実験結果”も含め、先ずはこの国の平和を皆で考えましょう!!
……カ、カイエルさんもそう思いますよねッ!? 」
「ああ、だが……“我が子”一人の健康さえ見守れぬ様では
国防と言う大きな責任を背負う事など出来るのかと考え……」
「い゛ッ?! ……いやいやいやッ!!
護りたい対象が何であれ、先ず国があっての人ですし!! ……」
「いや、その考えには同意出来ない……人あっての国だ。
人の苦しみの上に成り立つ国など……」
「いや、そう言う意味で言ったんじゃなくて……
……だぁぁぁぁッ! もうッ!! 」
<――“語弊”
とでも言うべき状況に辟易としつつも……この後
どうにか、会議は開かれる事となり――>
………
……
…
「さて……一先ずの所、実験は成功致しましたが
新種への効果の程は未だ不明です……そうで無くとも
実験中、想定外の事態が発生してしまった以上
本件は汎ゆる面で慎重に進める必要があるかと……
……正直、研究者として不甲斐無い限りです」
<――他世界の力が宿った装備の力を流用
協力的とは言え、精霊女王の力までをも用い
この世界に於ける新たな道具を作り出す……と言う
最早“天才科学者”とでも呼ぶべき偉業を成し遂げた筈のメアリさんは
この瞬間、なんとも不甲斐無さげにそう言った。
そして……そんな彼女につられる様に
大臣達から寄せられる報告も“暗い物”ばかりと成ってしまって――>
「僕からも一つ報告! ……って
あまり元気に報告出来る内容じゃ無いんだけどね……」
<――そう、珍しく沈んだ雰囲気で前置きをしたリオスは
この直後……二人の現れた亀裂に関する
ある“噂話”を語り始めた――>
「……まぁ、位置的にどうしても“見えてしまう”から仕方無いんだけど
第二城地域の“上層階”に住んで居る民達の中で――
“亀裂から新たな化け物が現れたらしい”
――って噂が流れてるんだけど
この件に関しては、出来る限り早めに
何らかの対応をしないと不味い気がするんだ。
噂には“必ず”と言って良い程“尾ヒレ背ヒレ”が付くものだし……」
<――ある意味で言えば間違っていない様にも思える噂話。
とは言え……そんな噂話がこれ以上政令国家の民達を不安に陥れ
苦しめてしまう事の無い様、この場に集まった大臣達は
皆口々に噂への対処法を提案し始めた……だが。
その殆どが、俺には逆効果に思えてしまって――>
………
……
…
「……“見間違い”と言うには目撃者が多過ぎますし
“現場の兵士には守秘義務がある”と高を括って居られる程
平和な状況で無かったのも事実です。
結果として、二人は今は敵対もせず
此方の実験にも協力的ではありますが
それでも、その状況を全て正確に民へと伝える事は難しいでしょう。
そもそも……過去、亀裂が起こした悲劇を知って居る者なら
どれ程、彼ら二人が安全な存在であると伝えられようとも
“亀裂の向こうから現れた存在”と言う恐怖を超える事は無い様に思います」
<――“気象条件でそう見えただけ”
“現場に居た兵でさえ驚く程の異常現象が起こっただけ”……などなど。
その他にも様々な言い訳を考えてくれた大臣達に対し
そう、考えられる最悪の状況を伝えた俺は
この直後――>
「ならば、一体どうすれば良いと言うのかね? 」
<――そう問うたクレインに対し
俺は……自らの間違いをも正す為
最大限の賭けとも言うべき方法を伝えた――>
………
……
…
「……そもそも、国民の多くが感じて居る恐怖は何も間違って居ません。
“伝説の職業”なんて持て囃されて居る俺でさえ怖いんです
戦う術を持たない立場なら
その恐怖はもっと大きくても不思議は有りません。
……そんな恐怖に無理矢理蓋をする様な情報なんて
誰も聞いてくれないでしょうし、恐らくはきっと
“聞き入れたくも無い”んだと思います。
誰が何を言おうと、新種に対する絶対的な対抗策を有していない以上
国民は勿論……俺達さえも、多かれ少なかれ
見えない恐怖を感じながら日々を過ごして居るんです。
ですから……その恐怖を一度“大っぴら”にしてみませんか? 」
<――この場に居る全員から、怪訝な表情を差し向けられ
気でも狂ったかの様に思われたのだろう、この直後……
……俺は、絶句したかの様に声を失って居た大臣達に対し
“機密の解除”を提案した――>
………
……
…
「皆様……要らぬ恐怖を煽る為で無く
俺の間違いをも正して欲しいと言う願いも込めて
俺は、此処に提案します――
――“亀裂に関する研究結果”の開示、及び
現在、我が国が蟲に対する対抗手段と想定して居る
精霊女王“八重桜”の森に関する、情報の正式な開示を」
<――国防を考えれば可能な限り秘匿すべき物も含めた
数多くの真実を伝える事を、大臣達に求めたのだった――>
===第二五〇話・終===




