第二四四話「極楽浄土ってあるのでしょうか? 」
<――数多くの食い違いに依り、恐ろしい程に拗れた交渉。
だが……紆余曲折の末、どうにか解決した食い違いとは裏腹に
俺の中では、新たな疑問と恐怖が渦巻いて居た――>
………
……
…
「……と、兎に角。
先ずは友好的な関係性の証として、お二人を
食事会に招待するのはどうかと考えて居るのですが……」
<――本来ならば
こうしてのんびり話をして居る余裕など俺には無かった。
……結果として敵では無かっただけで、こうして居る今も尚
変化する事無く、二人の能力欄に表示されて居る“死亡状態”
そして……それを裏付ける様に、つい先程
勇者ジャックが口にし、彼自身も
何処と無く自覚している様な口振りだった一つの事実……
……彼ら二人が“元の世界で既に死亡して居た” と言う
決して無視出来ないその事実が、どうしようも無く恐ろしかったから。
現在、人間族と表示されて居る二人が
突如として“死霊系魔物”と成る可能性も捨てきれず
仮にそうなった場合、捕縛の魔導をすり抜けた彼らに対し
此方が意図した形で攻撃が通る確証も無いだろう。
そもそも、二人が討伐対象と成ってしまった時
“二人を倒す”と言う選択に対し
ジャックが協力的な態度を取るとは到底思えない。
何よりも……二人の転生“らしき状況”は
どう考えても、時系列が可怪しくて――>
「……食事会だと?
まぁ、腹は減ってる様な気がしねえでも無えが……」
「おい、ブラック……断ってくれるなよ?
この国の食事は驚く程に美味なのだぞ?!
もし断ってしまったら、生涯後悔する事に成る程の! ……」
「……だぁーっ! 分かった分かった!
断らねえから落ち着けジャック!! ……ったく。
そう言う事だ、クソガキ……じゃ、不味いか。
“お前”……案内は任せたぜ?
それと、此奴も一緒で構わねえな? 」
「え、ええ勿論ッ! ……では皆様
我が国で最も有名な食事処、ヴェルツ本店……じゃ、無くて!!
そ、その……
……ほ、本店の女将が作る絶品の料理を
貴賓室へとお運び致しますので! 一先ずは貴賓室へと……」
<――彼らをヴェルツ本店へと案内し掛けたこの瞬間
俺は、この選択が危険な結果を齎してしまう可能性に気付いた。
客の中に魔族が居た場合、それ自体が
要らぬ騒ぎの原因と成る可能性が高い事……そうで無くとも
第二城地域に“騒ぎ”を起こした張本人とも言える二人の存在は
民の目には恐怖の対象として映る可能性が高い事。
……そんな、どう転んでも喜ばしくない
可能性を思い浮かべてしまったこの瞬間……俺は
誰の目にも明らかな動揺を見せてしまった。
だが――>
「我々は招かれた側だ……どちらでも構わない」
<――違和感に気付きながらも
そう“大人な対応”を見せた神父ジム。
この後、大臣らと共に一行を貴賓室へと案内した俺は……
……暫くの後、大量の料理と共に貴賓室に現れたミリアさんの補佐として
同じく、大量の料理を持って現れたメルの姿に
如何ともし難い“居心地の悪さ”を感じる事と成った――>
………
……
…
「おや……久し振りだねぇジャックちゃん!
……っと、そっちのお二人さんはお友達かい? 」
「いや、戦友とでも呼ぶべき存在でな……とは言え
殆ど私が助けれられて居た様な物なのだが……」
「そうかいそうかい! それなら嫌と言う程饗さなきゃだねぇ!
さて、そう言う事なら……
……メルちゃん! 副菜と飲み物は任せたよっ! 」
<――そんな中、ジャックに気付き
何時もの様に上機嫌で配膳を始めたミリアさん。
……そんなミリアさんの人柄の良さのお陰か
貴賓室の空気は一気に明るくなった。
だが――>
「ど、どうぞ……副菜のニンジンとキノコのバター炒めです……」
<――間違い無く俺が原因だろう。
この瞬間、僅かに距離を感じる様な態度で配膳を済ませたメルは
逃げる様に俺の傍から離れると、配膳台の後ろに立ち
僅かに目線を下へと落とし――
“声を掛けないでください”
――そう言ったに等しい雰囲気を醸し出した。
メルは……彼女は、あの瞬間から
俺を心の底から拒絶して居たのだろう。
……俺を庇い、そして俺を恐れたあの瞬間
もう、俺の……
……俺なんかの傍には
居たくない、と――>
「おや? ……メルちゃん、飲み物の配膳が終わってないじゃないかい」
「あっ! す、すみませんっ! 直ぐに……」
「ミスは誰にでもあるさ……そんなに慌てなくても大丈夫さね。
それより……飲み物はあたしがやっとくから
メルちゃんは大統領城の調理室から氷を取って来てくれるかい? 」
「へっ? 氷なら……」
「良いから……早く取って来ておくれ」
「は、はいっ! ……直ぐに取って来ますっ! 」
「って、そんなに急がなくても良いんだからねっ!? ……」
<――直後
ミリアさんの心配を他所に、逃げる様に氷を取りに行ったメル。
恐らく……事情を知らない彼ら三人の目には
唯の“そそっかしい女の子”として……
……俺の目には
今も尚、何処か不満げな様子のエリシアさんと同じく
俺に対する強い不信感を募らせた存在として。
この直後……人知れずそんな重苦しさの中に有った俺の直ぐ近くで
配膳を終えたミリアさんから発せられた――
“さあ、召し上がれ”
――と言う言葉に
この場に居る誰よりも早く反応したジャック。
幸か不幸か……目をギラギラと輝かせながら料理に手を付け
“貪り食った”彼のお陰で、俺の心境は公にはならずに済んだ。
この後……彼の食いっぷりに若干引いた様子の二人と
嬉しそうにジャックの様子を見つめて居たミリアさんの対比が故か
場の空気は一気に明るく変化した。
だが……こうして賑やかしく始まった食事会の中
料理に舌鼓を打つ彼らの喜ぶ声に紛れさせる様に
静かに俺へと近付き――>
「主人公ちゃん……料理の味、ちゃんと“感じられてる”かい?
もし駄目なら……二回、頷きな」
<――この瞬間、唯一人
ミリアさんだけが俺の“異常”を察知し気遣う様にそう問うた。
この直後、静かに“二回頷いた”俺に対し――
“やっぱりかい……”
――そう小さく言うと、静かに俺から離れたミリアさん。
そして……暫くの後
氷桶を手に帰って来たメルからそれを受け取り
何事も無かったかの様に水を注ぐと――>
「おっと! 手が滑っちまったよっ!! ……」
<――俺目掛け
その“氷水”を勢い良くぶち撒けたのだった――>
「ひゃうぅんッッ?! ……って。
なっ……何するんですかミリアさん?! 」
<――信じられない程綺麗に
俺“だけに”掛かる様に氷水をぶち撒けたミリアさんに対し
そう、当然の質問をした俺……だが
ミリアさんはポケットからハンカチを取り出し――>
「何って、ただ手が滑っちまっただけさ……
……お詫びに着替えを用意するから、手間を掛ける様だが
一度、あたしと一緒にヴェルツに転移して貰えるかい? 」
<――そう言って、ハンカチで俺を拭きながら
余りの状況に唖然とした大臣らと“賓客達”に対し――>
「いや~そそっかしくてすまないねぇ……
……皆さんは引き続き食事を楽しんでておくれ! 」
<――と愛想を振りまくと、俺に対し再び転移魔導を促した。
直後……理由も分からぬまま、妙に“押しの強い”ミリアさんに従い
彼女と共にヴェルツへと帰還した俺は――>
………
……
…
「……さてと。
“今回は”……メルちゃんとエリシアだろう?
一体、何が遭ったんだい? 」
<――到着直後
そう、原因を言い当てたミリアさんの名推理に思わず口籠り
どう返して良いかさえ判らず、狼狽える事と成った――>
「……答え辛ければ答えなくても良いさ。
兎に角……“今回の問題”があたしで解決出来るかどうかは別として
少なくとも……あのお客さん達は、主人公ちゃんが
“喜んで連れて来た”手合いじゃ無い事だけは分かってるよ?
……あくまでこれはあたしの邪推だが
今回の問題……あのお客さん達も原因の一つじゃ無いのかい?
旦那から聞いたよ? ……あの二人は“亀裂”から現れたんだろう? 」
<――恐らくはカイエルさんの愛情が故だろう。
この瞬間、ミリアさんの口から発せられた
“一般人が知るべくも無い情報”に動揺してしまった俺に対し――>
「……一応言って置くが、旦那を叱るのは止めとくれよ?
“念の為に”……って教えてくれただけなんだからね。
兎も角だ、協力出来る事ならあたしが精一杯協力するから……」
<――何時もと変わらず、全てを包み込む様な優しさを以て
そう言い掛けたミリアさん……だが。
俺は、そんなミリアさんに対し――>
「確かに、あの二人は現時点ではまだ“警戒対象”です……だけど。
違うんです……今回の事は、全部俺が悪いんです。
全部俺が……俺が……最低な決断をしてしまった所為なんです。
メルやエリシアさんだけじゃ無い……
……この国の誰にも顔向け出来ない様な
そんな最低な決断を……」
<――この瞬間
俺は……俺に取って最後の拠り所であるミリアさんに対し
出来る事ならば話したくなかった“真実”を伝える決断をした。
だが……もし、この真実を聞いたミリアさんが俺を軽蔑したら……
……もし、この真実の所為で……ほんの僅かでも
ミリアさんが……ミリアさんまでもが
俺から距離を取ってしまったら……
……襲い来る強烈な不安。
だが、そんな俺に対し変わる事無く
真っ直ぐな優しい眼差しを向け続けて居たミリアさん。
“駄目だ……今更誤魔化せない”
……永遠とも思える程の静寂の後
俺は……ミリアさんに対し
玉砕覚悟で真実を伝えた――>
………
……
…
「そうかい……主人公ちゃん。
歯を食いしばりなッ!! ――」
<――頬に走った痛み。
乾いた音が響いたこの瞬間……俺は
始めてミリアさんに手を上げられた――>
………
……
…
「ッ!! ……ミリア……さん? ……」
<――直後
驚きを以てそう問うた俺の眼前では、ミリアさんが涙を流して居た。
“まさか、慣れない事をして怪我でもしたのでは”
……とさえ考え、慌てた俺に対し
ミリアさんは涙を拭いながら――>
「……良いかい?
主人公ちゃんがやろうとした事は決して許される様な物じゃ無い。
……正直に答えるんだ、主人公ちゃん。
もし、エリシアやメルちゃんが止めなかったら……
……一体、アンタはどうしてたんだい? 」
<――目に涙を滲ませ、そう強く問うた。
この直後……そんなミリアさんの態度に狼狽えつつも
“実行に移して居た可能性が高い”事を伝えた瞬間……
……ミリアさんは、今まで唯の一度として見せた事の無い
悲しい表情を浮かべ――>
「……正直に答えた事は褒めてあげるさ。
だが、主人公ちゃん……アンタのしようとした方法は
どれ程、贔屓目に見ても到底擁護出来る様な物じゃ無い。
主人公ちゃん……
……あたしが何でこんなに怒ってるか、アンタに分かるかい? 」
<――この瞬間
俺への愛を完全に失ったかの様に、そう静かに問うた。
直後……この状況に
どうしようも無い心苦しさを感じつつ――>
「俺が……人々を危険に晒す、最低の方法を選んだからです」
<――諦めた様に、短くそう返した俺。
直後――>
「違う……違うんだよ、主人公ちゃん」
<――そう言って
弱々しく俺の肩を掴んだミリアさんは――>
………
……
…
「……あたしが今、こんなにも怒ってるのは
アンタが元々持ってる優しさが微塵も感じられない
“腐った政治家”みたいな考え方で動いた事が悲しいからさ。
……焦る気持ちだって痛い程分かる
苦しいのも嫌と言う程分かってる……だけどね。
……どれだけ焦っても、苦しくても、辛くても
根っこの部分を間違えた様な選択だけはしちゃ駄目なんだよ。
全世界、全ての人間が見放す様な存在でさえ護ろうとしちまう
世渡りの下手なアンタで……
……そんな主人公ちゃんで居てくれなきゃ駄目なんだよ。
あたしが言ってる意味……分かるかい? 」
<――そう、涙ながらに訴えた。
直後……俺の事を見放すどころか
今、この瞬間も必死に向き合おうとしてくれて居た
ミリアさんの愛情に漸く気付いた俺は――>
………
……
…
「俺は……俺は……ッ……取り返しのつかない選択を……」
<――誤った“選択”
それに依って齎される事と成った、狂いそうな程の罪悪感……
……“現実に成らなかった”と言うだけの結果に恐怖を感じ
俺は、崩れ落ちる様にへたり込んだ。
“ミリアさんに見放されるかも知れない”……などと言う
自分本意な考えなど容易に消し飛んでしまう程の恐ろしい選択と
その結果に――>
………
……
…
「……兎に角、今は服を着替えて来るんだ。
そのままで帰ったら色々と不味いだろう?
それと……あたしの所為ではあるが
その“頬”は治癒魔導で治して置きな……」
<――この瞬間
そう言って、俺を立ち上がらせたミリアさんは
直後――>
「……あたしは一度厨房に戻るから
大統領城に帰る時は声を掛けとくれ」
<――そう、何時もより
ほんの少し冷たく感じる言葉遣いで厨房へと消えていった。
……転生前
俺にその経験があったかさえも既に朧げだが
この、上手く言葉に出来ない感覚が
“本気で親に怒られた”……と呼ぶべき物なのだろうか?
……愛を感じ、同時に
心に大きな痛みを感じたこの直後……俺は
言われた通りに部屋へと戻り服を着替え
言われた通りに治癒魔導を掛け……そして。
……治癒魔導では治せない心苦しさを必死に抑え
貴賓室に戻る心の準備を整えた――>
………
……
…
「服は着替えた、頬も治した……良しッ!! 」
<――そう、無理矢理に弾みを付け部屋を後にした俺。
一方……既に用事を済ませ
俺を待って居たミリアさんは――>
「おや……懐かしい服だねぇ? 」
<――俺の服を見るなり、そう言った。
唯、目についた服を手に取っただけのつもりだったが……
……言われて漸く気がついた。
この服は……過去
俺が地下牢に幽閉されて居た時に着て居た和装だ――>
「そっか……俺……今まで何度も間違いばかり……」
<――過去を思い出し、その過ちの多さに改めて気付き
激しい自己嫌悪に陥り、思わずそう言ったこの瞬間――>
「何いってんだい……馬鹿だねぇ主人公ちゃんは。
アンタはずっと真面目に生きてるさ……良いかい? 主人公ちゃん。
成長には必ず痛みが伴う物さ、しかも
大きく成長すればする程、その痛みは加速度的に大きく成るんだ。
……その所為で、自分が今どっちに向いて居るのかさえ判らなくなって
可怪しな方向に進んじまう事は誰にだってある。
でも……安心しな。
自分が何処に立ってるのかさえ判らなくなった時には
自分が歩んで来た道を振り返ってみれば、まだ見ぬ
道を進む為の道しるべが出て来たりする物さ。
大丈夫だ……あたしの知ってる主人公ちゃんならきっと
もっと優しい選択が出来る筈だ。
……焦らず、何時も通りに進むんだ。
それでも進むべき道が判らなくなった時は
大切な人の意見に耳を傾けて“道を訊ねる”んだ。
主人公ちゃんならきっと出来る……そう、あたしは信じてるよ。
さて……“着替え”にしては少々遅くなっちまった様だ。
元々持って行く予定だったとは言え……まさか
“これ”を言い訳に使う事に成るとは思ってなかったよ……」
<――そう言うと、木の蔓で編まれたカゴを両手に持ち
貴賓室への転移を要求したミリアさん。
恐らく“食後のデザート”か何かを用意して居たのだろう
ミリアさんの準備の良さに感心しつつ……この直後
ミリアさんと共に、再び“勇者御一行”の元へと帰還した俺は――>
………
……
…
「……お待たせして申し訳ありませんでしたッ!
着替えに少々手間取りまして……」
<――帰還直後、そう遅くなった言い訳を口にした。
すると――>
「ああ、見るからに脱ぎ着の面倒臭さそうな作りだ……
……だが、嫌いなデザインじゃ無えぜ?
正直、何処かで買えるんなら買って帰りてえ位だ……高えのか? 」
<――そう
気遣いやお世辞とは思えない様子で言ったブラック。
直後――
“なら、俺にプレゼントさせて下さい! ”
――そう伝えた瞬間
彼は、驚く程上機嫌になり――>
「ほう……中々男前な所もあるじゃねえか!
良し、なら食事が終わったら直ぐ買いに行くぜ! 」
<――と、此処まで殆ど見せなかった笑顔を見せたのだった。
だが……この直後、そんな彼の発言を受け
不機嫌を絵に書いた様に立ち上がったジムは
鋭く、真っ直ぐに俺を見つめ――>
………
……
…
「……“物に釣られる”性格は治らんなブラック。
だが、その少年から何を貰うにせよ
一つハッキリさせて置かなければならない事がある。
少年……つい先程から感じては居たが
私達に対する君の態度は余りにも“妙”だ。
そしてそれは“敵に対する物”では無い……
……その様子は“何かを隠して居る者”の態度だ。
少年……君が我々に“友好的であれ”と望んだ事も
我々の戦友をこの場に連れ戻った事も
彼が本物である事も全て認めよう……だが。
君から感じられるその“感情”だけは、どうにも受け入れ難い。
君は一体、我々に何を感じ取り……
……我々に何を“見続けて”居る? 」
<――まるで全てを見抜いて居るかの様に
そう、言った――>
===第二四四話・終===




