第二四二話「“食い違い”は楽勝ですか? ……前編」
<――“ああ、この人ヤバい人だ”
これが、転生して間も無い頃の俺がエリシアさんに感じた最初の印象だった。
だが、深く関わって行く内……“薬草学者”と言う訳でも無く
唯、趣味の範囲で行っているに過ぎない筈の薬草採集に対し
誰に何をどう思われようとも、何一つ気にする事無く
“好き”と言う感情を表現する強さと自由さ、そして
その有り余る知識のお陰で、人助けや“神獣助け”……
……果ては“精霊族助け”までしてしまった彼女に
俺は、何時の間にか尊敬や好意と言った感情を持ち始める事となり
エリシアさん自身も、そんな俺の事を信頼し大切に扱ってくれる様に成った。
だが……この瞬間。
余りにも大きく割れた俺達の意見は
そんな、今まで築き上げて来た関係性に
大きな亀裂を生じさせる“食い違い”を齎してしまって――>
………
……
…
「……私は主人公っちみたいに強くは成れない。
だから……」
<――発言の直後
大杖を静かに握り締めたエリシアさん。
“攻撃術師”
その名の通り、攻撃以外の魔導など
数える程しか持ち合わせていない筈の彼女は
深い悲しみと共に大杖を高く掲げた。
杖の先に輝く紛う事無き攻撃の意志……
……嗚呼
何で、こんな事に――>
………
……
…
「駄目ぇぇぇっ!! ……」
「なッ?! ……メ、メルッ!? 」
<――瞬間
俺を庇う為、とっさに身を挺したメルの行動に
エリシアさんは既の所で大杖を引いた。
この直後……彼女らしくも、余りに危険な行動に驚いて居た俺に対し
静かに振り返ったメルは――>
「よ、良かったっ……お二人共無事で、本当に良かったです。
でっ……でも……
……主人公さんが仰った方法には、私も賛成……出来ません」
<――そう、悲しげに言った。
何一つ言葉を返せない程の強い意志と共に……
……始めて会った時と、とても良く似た
“酷く怯えた様な”眼差しで――>
………
……
…
「……申し上げますッ!!!
第ニ城地域外郭にて、亀裂の再発生を確認ッ!!
“至急、外郭周辺の防衛協力を願う! ”との伝言を
魔導大隊長カイエル様より預かっておりますッ!!
主人公様ッ! エリシア様ッ! ……どうか防衛協力をッ! 」
<――齎された衛兵からの緊急連絡に依って
有耶無耶となった俺達の“仲違い”
直後……目の色を変え、一人で転移したエリシアさんの行動に距離を感じつつも
防衛協力の為、急ぎ第ニ城地域外郭へと向かう事を選んだ俺。
だが――
“いきなり沙汰とは面白え……”
――そう言って俺の手を掴んだ精霊女王八重桜とは反対に
メルは、俯いたままこの場を動こうとはしなくて――>
「……ごめん。
兎に角……行ってくる。
第二城地域、外郭へ――」
<――如何ともし難い状況の中
後ろ髪を引かれる思いを押し殺し、転移を発動させた俺は……
……到着後
其処で、予想だにして居なかった状況に遭遇する事と成った――>
………
……
…
「なぁ……ブラック。
一体、何がどうなったら“門が崩壊した国”に辿り着く羽目に成ると思う? 」
「……オレに聞くんじゃねえよクソ神父が。
で? 此奴らへの対処はどうする積りだ? ……“殺る”のか?
ボケっとしてると殺られそうな雰囲気だぜ? ……って。
おいおいおいッ!! ……クソ、最悪だ。
戻る選択肢が“消え”ちまったじゃねえかよ……面倒臭え」
<――第ニ城地域外郭到着直後
包囲する兵達の前で……そう“危ない会話”を続けて居た二人の男。
……直後、その背後で急激に閉じた“亀裂”は
俺の想定して居た“蟲”をこの場に齎す事無く、完全に消えた。
そして――>
「ああ、確かに面倒だ……この上増援まで来るとはな。
……子供が二人か。
とは言え、何れも中々手練れの様だ
ブラック……気を抜けば私達が“殺られる”やも知れんぞ? 」
<――黒地の祭服に赤紫の肩掛。
栗色に輝くサングラスを中指で押し上げながら……
……“クソ神父”と呼ばれた男はそう言った。
そんな中……ほんの一瞬、八重桜に目を向けた後
小さく溜息を付いた“もう一人の男”は――>
「ん? ……待てよ。
その“ガキ共”と大差無え程“不味い”のが居るじゃねえか……
……ったく、見逃してんじゃねえよクソ神父が。
クソ……状況は最悪だ、面倒臭え」
<――砂埃塗れでボロボロの中折れ帽に縒れた濃紺のジャケット。
“入浴”や“洗濯”と言う行為を知らないかの様に薄汚れたその姿とは裏腹に
素人目にも明らかな程、腰に提げた銃だけは完璧に手入れが行き届いて居た。
ともあれ――
“クソ神父”
――もとい、神父らしき風貌の男から“ブラック”と呼ばれた彼は
そう言って、ボロボロの中折れ帽を目深に被り直し
“俺は知らん”……とでも言いたげな態度を取った。
すると――>
「おい、ブラック……仮にも私は“聖職者”だ
貴様の尻から出る物と一緒にするな、それと……一応は“人前”だ。
おぉ神父様! ……そう、崇め奉れとまでは言わんが
せめて、私の事は名前で呼べ……“ジム”とな」
<――そんな“ブラック”に対し
神父……もとい“ジム”はそう言った。
だが――>
「ああ、悪かったな……“クソ神父”」
<――嫌味に微笑みながらそう返したブラック。
直後……ジムは
一挙動で彼の額目掛け小型のナイフを投げつけ――>
「ぬおッ?! ……って、危ねえだろうがてめぇッ!!! 」
「黙れ“不潔の権化”が……今、お前とじゃれ合って居る暇は無い。
……此処が何処であれ、今私達が
敵陣の直中に放り込まれて居る事実は変わらない。
それを忘れるな……服装もだが、少しは気を引き締めろ」
<――そう言って肩掛を撫でた。
直後――>
………
……
…
「ぬわぁぁッ?! ……って、あれ?
あ、あの~……いっ、今のは“無かった事”にしますから
一旦、話し合う事とかって出来たり、しません……かね? 」
<――魔導障壁に響いた衝撃音。
遅れて跳ね上がった心臓の鼓動……砕け散り、足元に散乱した大量の“残骸”
……そんな中、眼前で首を傾げて居た“ジム神父”に対し
胸を押さえながらそう問うた俺は……直後、念の為
“ブラック”と呼ばれた“銃士”にも確認を取る様に目を向けた。
彼の手が“腰の銃から離れてくれる”事を祈りながら――>
「妙だ、これが“砕け散る”など……」
<――そんな中
返事さえ返さず、首を傾げたまま
俺の足元に散乱したナイフの残骸を眺めながら、そう言った“ジム神父”
そして……この直後
思い出したかの様に――>
「……ああ、少しばかり不本意だが贅沢は言えない状況だ。
一先ずは受け入れるとしよう……」
<――少しばかり“含んだ”様な物言いで、俺の要求を受け入れたのだった。
この直後……銃士ブラックも、不満を絵に描いた様に
後ろ頭を“引きちぎりそうな勢いで”掻きつつ、ではあったが――>
「チッ……分かったよ、降参だ。
だが、もしもオレの聖銃に触れやがったら
てめえら全員“ハニカム構造”にしてやるからな? 」
<――そう、何とも独特な脅し文句を口にしたかと思うと
“銃”からゆっくりと手を離した。
だが……この気が抜ける発言に対し、俺は
愛想笑いは勿論、ツッコむ気分にさえ成れなかった。
……威力はともあれ、目で追えた訳でも無く
転移前、予め展開して居た魔導障壁のお陰で防げたに過ぎない攻撃は勿論
見るからに“人間”の姿をして居るとは言え
現在、最も警戒して居る地域へと“亀裂から”現れた彼らの事を
僅かでも信用する事は出来なかったから。
彼らが……“新たな蟲である可能性”も
無いとは思えなかったから――>
「……お聞き入れ頂き有難うございます。
で、ではその……此処で話し合うのは色々と“危ない”ので
出来れば場所を変えたいのですが、その……兵達の手前もあります。
武器は、その……“触るな”との事ですので
念の為に、軽めの捕縛をしても宜しいでしょうか? ……」
<――“何故、そんなに優しく接する必要があるのか? ”
そう問われれば、間違い無く“無いです”と答えるだろう状況の中。
俺は……自らの選択に依って“離れた”気がした二人の事が気に掛かり
味方からは勿論、彼らから見ても“妙”な対応をしてしまって居た――>
「……妙な事を聞く少年だ。
答えるまでも無いが……“窒息死”する程で無ければ
多少強く縛ってくれても構わん……と言うか、それが“普通”だろう? 」
<――再び首を傾げつつ
そう言って捕縛を受け入れた“ジム神父”
直後……魔導での捕縛に何処か違和感を感じた様子の彼らを連れ
大統領城の一室へと転移した俺は
全大臣の見守る中、彼らに対し“尋問”をする事となった――>
………
……
…
「……先ずは、お二人が何処の出身で
何の目的で第ニ城地域外郭の門前に現れたのか
我が国に対する敵対の意思は現在も持って居るのか等
我が国として最低限、お訊ねして置くべき事について
お答え頂きたいのですが……」
<――この瞬間
少なくとも“何時も”とは違う俺の様子に
ラウドさんまでもが首を傾げて居た中、ジム神父は――>
「ああ、良いだろう……私は、ランベ出身で
この“不潔の権化”は、ラング出身だ。
だが……その様子だと何れの国も知らん様だな。
それから……我々があの“洞穴”に放り込まれた理由など私達には判らんし
攻撃をした事は謝るが、それは君達が我々の“敵”と同じに見えたからだ。
……正直、こうして居る今も違和感を感じ続けて居るが
少なくとも、君達が私達の事を“取って食おう”とでも考えていない限り
今後は攻撃を含む、いかなる敵対行動も取らないと誓おう」
<――“出来る限り簡潔に答える”事を是として居るかの様な口振りでそう言った。
だが、その一方で――>
「おいガキ……オレ達から色々と聞き出すだけ聞き出して
サクっと“殺っちまおう”ってんじゃねえだろうな? ……
……下手に出続けてりゃあ
てめえの妙な力を隠し通せるとでも思ってんならソイツぁ間違いだぜ?
早い所、正体を現すのが身の為って事だ……」
<――明らかな敵意をむき出しにそう言った“ブラック”
だが……何処か引っ掛かる言動をした彼らに対し
俺がその違和感を訊ねるよりも僅かに早く――>
「……まだ、敵か味方かさえ判らない段階で脅して来る様な奴が
主人公っちの態度にツッコミを入れるのは――
“流石に”
――賛同、出来ないかな~っ?
兎も角……アンタ、少しはそっちの男の態度を見習った方が良いよ?
それこそ“蜂の巣にされたい”んじゃ無い限りね……」
<――酷く不機嫌な様子で、煽る様にそう言ったエリシアさん。
直後――>
「んだとッ?! ……って、何だ? その独特な脅し文句は。
……普通“ハニカム構造”が鉄板だろ? 」
<――その所為と言うべきか
本格的に“謎な会話”が始まり掛けてしまった瞬間。
この流れに水を差す様に――>
「と、兎も角じゃ! ……
……先にそちらのジム殿が攻撃をしたのは揺るがぬ事実であり
現時点で、御主達は共に我が国にとっては“危険人物”じゃ。
……それ故、おいそれと釈放する事も出来ん。
それと……ブラック殿は先ず、その協力的では無い態度を改め
ジム殿は“行き違い”の様に言うのであれば、もう少し詳しく
ワシらが理解出来るだけの状況を話し、そして
一度ワシらの立場に成って考えて見て貰いたい。
“何者かさえ判らぬ者達が突如として現れ、いきなり攻撃をして来た”んじゃ
御主らの出身国にどの様な風習があるのかは知らんが……少なくとも
これが“善い行い”と思われぬ事は分かるじゃろう? 」
<――そう、諭す様に言ったラウドさん。
だが……直後、何ともバツの悪そうな表情を浮かべたブラックとは裏腹に
ジム神父は――>
「確かに、道理は通って居る……だが
質問に答えて欲しいのは何も貴方達だけでは無い。
それに……我々からすれば
包囲と言う形で先に敵意を差し向けたのはそちらだ」
「……ふむ、お互い様と言うんじゃね?
少々詭弁に感じなくも無いが……まぁ良いじゃろう。
……答えられる範囲の質問ならば、ワシらも答えるとしよう」
「嬉しい返事だ……ならば、我々も質問に答えよう。
では、先ずそちらから……我々の何が知りたい? 」
<――直後
より詳しく情報を聞き出そうと考えたラウドさんの質問に対し
嫌な表情一つ浮かべず、全てを出来る限り詳しく
且つ簡潔に答えたジム神父。
彼は――
“良く分からないままに此処に辿り着いた事”
“世界の全てを旅した訳では無いが
政令国家と呼ばれるこの国に全くの聞き覚えも見覚えも無い事”
“自らの放った技に大きな違和感を感じた事”
――などを話した。
直後、そんな彼に同意する様に――>
「ああ……確かに俺の聖銃も妙に“滑り”やがった。
……あんな事は始めてだぜ」
<――と、不愉快さを絵に描いた様な表情でそう言ったブラック。
そして――>
「何にしても最悪な状況だぜ……全く
ジャックの野郎が居りゃあ、少しは状況も違ったのかも知れねえが……」
<――これまで、理解し難い話を続けて居た彼ら二人。
だが、この瞬間……ブラックは
俺達に取って強く“聞き覚え”のある名前を口にした。
もし、彼が口にした“ジャック”が本当に
“あの”ジャックだとしたら……そんな考えが故
僅かに反応してしまった俺の様子に気付いたのか――>
「ん? ……君、ジャックを知って居るのか? 」
<――それを見逃さなかったジム神父から
そう問われ――>
「え、ええ……と、言っても
“勇者ジャック”と呼ばれる、勘違いの激しい……」
<――そう答え掛けた
瞬間――>
「成程……ならば、私からの質問は一つだ。
……彼は今、何処に居る? 」
<――これまで一貫して落ち着いた態度だったジム神父は
殺気と呼ぶ事さえ不足する様な強い態度を以てそう問うた。
そして――>
「わ……分かりません。
連絡は取れるかも知れませんが……それも、確実って訳でも無くて……」
<――そう
曖昧に答える事しか出来なかった俺に対し――>
「成程……試せるのなら直ぐにでも試して貰いたい」
<――もし、拒絶すれば
今直ぐにでも“敵対行動”を取りかねない様子でそう言った。
直後……ラウドさんに許可を取り
恐る恐る、勇者ジャックへと魔導通信を試みた俺は――>
………
……
…
「……久し振りだな、主人公君。
いきなりどうし……ッ?!
……何故だ?
何故、二人が其処に居る!?
何故……何故、二人が“生きて”居る?! 」
<――通信が繋がった事に喜ぶ暇さえも無く発生した
“食い違い”にぶち当たる事と成った――>
「い、いや……その……“何故”って言われましても
いきなり攻撃して来たとは言え、少なくとも見た目は人間だし
話を訊いてみない事には何者かさえ判らないし……」
<――後から考えれば先ず間違い無く
俺の、この“勘違い”が原因だったのだろうが……
……“何故、生かす事を選んだ? ”と聞かれた様に感じ
そう言い掛けた俺の言葉を遮る程の勢いで“激昂”した
勇者ジャックは――>
「……何っ!? いきなり君を攻撃しただと?!
全く……ジム! ブラック!
敵か味方かの判断をしなければ成らない事位分かるだろう!
無闇矢鱈と攻撃をする前に、先ず相手の話に耳を傾け
丁寧な対話をする事を! ……」
<――“お前が言うな”
……と、喉が千切れそうな程強く叫びたくなる様な話振りで
そう、二人を強く窘めたのだった。
とは言え、唯でさえ理解し難い状況を拗れさせる訳にも行かず
敢えて沈黙を選んだ俺の前で――>
「……まぁ、落ち着けよジャック。
てめぇの言い分は兎も角として……一体、どう言う事だ?
……この状況、オレにはさっぱり理解出来ねえ。
てめぇは明らかに此処とは違う場所に居る……だが
眼の前に居る様に話をしてる……そして、手は届かねえ。
……オレの聖銃は“滑り”やがるし、クソ神父の“聖刃”は砕け散った。
てめぇの“聖剣”がどうかは知らねえが……一体、オレ達に何が起きてる?
そもそも……オレ達が何故、てめぇと同じ場所に居られるってんだ?
……正直、口にするのも虫酸が走るし
そもそもてめぇがオレ達と同じ“末路”を歩んだってんなら
何よりも聞きたく無え話には成っちまうが
これだけ“妙な状況”が勢揃いしてる以上、聞かねえ訳にも行かねえ。
ジャック……一体、此処は何なんだ? 」
<――そう問うたブラック。
僅かな沈黙の後、口を開いたジャックは――>
………
……
…
「……祈りが届いていなかったのならばすまなかった。
だが――
“魔王は倒した”
――私は、そう君達の“墓前”に伝えた筈だ。
此処が何なのか……それはまだ、私にも判って居ない
だから、此処が“死後の世界”だと言われてもきっと信じてしまうだろう。
だが……それでも、私には諦めきれない事がある。
それは“レイア”を見つけ出す事だ……私は今
それだけを理由に生き、それだけを理由に旅を続けて居る。
ジム、ブラック……其処に居る主人公君は勿論
その国は私がとても世話に成った相手だ。
“二度と攻撃などしない”と約束して欲しい……それと
その国には“魔族”が住んで居るが、彼らは決して滅ぼすべき敵では無い。
……信じられないだろうが、どうか信じて欲しい」
<――そう言うと、深々と頭を下げた。
だが――>
………
……
…
「……良く分かったぜ、ジャック。
そうだよな……そもそもお前とオレ達がこうして話せる訳が無え。
おい、ガキ……オレは言った筈だぜ?
“早い所、正体を現すのが身の為”ってな。
長々とオレ達を化かしやがって……
……記憶を盗み見るだけに飽き足らず“幻”まで見せるたぁ大したモンだよ。
おい……クソガキ。
オレはてめぇを、許さねえぜ――」
<――何かが“食い違った”ままに
捕縛の魔導を容易くすり抜けたブラックは……直後
自らの“聖銃”に手を掛けた――>
===第二四二話・終===




