第二四一話「“想い”に応えるのは楽勝ですか? 」
<――マリアを救う為
俺は、苦渋の決断を……マリアを“後回し”にする決断をした。
そんな中……エリシアさんは、八重桜に対し
無礼な程に飾り気無く“実力を示せ”と言った……だが
そんなエリシアさんの要求に対し、八重桜は
何故か、とても嬉しそうに笑みを浮かべ――>
………
……
…
「……成程、既に敵さ捕まえてるだか
探す必要さえ無えとは楽で良い……」
<――言うや否や
何処からとも無く“薙刀”を取り出し、戦闘態勢を整えた。
一方、そんな彼女の様子に一切動じる事無く――>
「あ~……一応言っとくけど“建物は壊さない”でね?
……じゃ、準備も出来てるみたいだし
私の腕に掴まって貰えるかな? 」
<――と、やはり何処か無礼な態度でそう言ったエリシアさん。
ともあれ……この直後、八重桜らと共に研究機関へと転移した俺は
其処で、彼女の“異次元の強さ”を目撃する事と成った――>
………
……
…
「さてと……皆の安全の為にも“準備”するからちょっ~と待っててね。
ってぇ事で……研究員諸君~っ! 急ぎ檻の用意だ~っ! 」
<――到着直後
エリシアさんに依って掛けられた号令と……
……そんな彼女に注がれた研究員からの唖然とした視線。
すぐに慌ただしく成り始めた所内。
暫くの後……“俺の時”と同じく組み上げられた“実験場”の内部へと
八重桜を案内したエリシアさんは――>
………
……
…
「……取り敢えず、皆の安全の為に檻の外側は透明化の魔導を展開するけど
もし危ない様なら私達が攻撃するから、其処の線からは出ない様に……」
<――と、これから行われるテストの説明を始めた。
だが、八重桜はそんなエリシアさんの説明を途中で遮り――>
「御託は要らねえだ……早く敵さ入れろ」
<――そう言うと、静かに“薙刀”を構えた。
直後……その“ふてぶてしい”態度に
小さく溜息をついたエリシアさんは――>
「……なら、遠慮無く行くよ。
三・二・一……投入、及び開放ッ! 」
<――そう、誰の目にも明らかな程“早く”カウントダウンを済ませ
見るからに荒く蟲の入った“箱”を実験場へと投入……そして
直ぐに箱の鍵を解除した。
だが――>
………
……
…
「おい、エリシアとやら……“敵”はまだか? 」
<――この瞬間
空っぽの箱を薙刀で突付きながらそう言った八重桜。
だが……間違い無く、箱には直前まで蟲が入って居た。
……この直後、まるで手品の様に消え去ってしまった蟲に
俺を含め、騒然とし始めた研究員達を落ち着かせる為かの様に
エリシアさんは、この手品の“タネ”を解説し始めた――>
「成程……メディニラの言ってた意味がやっと理解出来たよ。
“桜種”って本当に強いんだね……まさか
近付いただけで“消し飛ぶ”とは思わなかったよ」
<――この日
俺達が目にする事と成った八重桜の“異次元の強さ”……それこそが
メディニラは勿論、あの九輪桜までもが一目を置く“桜種”の強さの正体だった。
八重桜本人には勿論、彼女の武器に触れる事さえ無く完全に消滅した蟲
……予想だにしない結果に研究員達が言葉を失って居た一方で
この結果を“蟲対策への大きな希望”と捉えた俺は――>
「す、凄い……こんなに圧倒的な力の差があるなら
“結界”なんて簡単に張れるんじゃ?! ……」
<――圧倒的過ぎる状況に興奮し、思わずそう言った。
だが……この直後
そんな俺に対し、八重桜は大きく首を横に振り――>
「……おら自身の強さがおめぇ達に取ってどうであるかは兎も角
“諸手を上げて喜ぶ”には、ちと気が早えど? 」
<――そう、言った。
そして、たった今見せた実力とはかけ離れた反応に
疑問を感じた俺の考えに気付いた様に――>
「良いか? ……そもそも、おらは
蟲らがどれ程の範囲に生息して居るのさえも知らねえ。
その上、おらが“戦”のつもりで此処さ立ってたにも関わらず
蟲は此処までおらに近付く程、強い抵抗力さ見せた。
つまり……もしも蟲らに対処する為、おらの“分身”なり
おらの力さ込めた何かを“ばら撒かねば”ならねえとするならば
それは、少なく見積もって“数十年”は掛かるかも知れねえって事だ。
……とは言え、だ。
おめぇがそんなに“待てねえ”事は良く分かってる……だからこそ
おらの物さ成ったあの森さ栄えさせて
おら自身の力さ、今以上に強めねば成らねえと考えてた所だ。
……良いか? 童。
変に“真面目過ぎる”おめぇに忠告しとくど? ――
“何処をどう護り、誰をどう護るか”
――と考えるのは間違いじゃ無え、だが何よりも先ず
その為の力さ付けねば話にも成らねえ事をもう一度良く考えろ。
蟻じゃ虎に勝てねえ事は……分かるだな? 」
<――余裕に見えた“テスト”の結果に興奮して居た俺に対し
この瞬間、誰よりも強い警戒感を以て釘を刺す様に言った八重桜。
そんな彼女に対し――
“はい”
――そう、返す事しか出来なかった俺とは反対に
暫くの後……解体作業の始まった“実験場”を背に
現在、蟲達の活動が活発な三地域についての詳細な情報を
八重桜へと示したエリシアさんは――>
………
……
…
「……今、活発な地域は“一”と“二”で
三はその二つと比べればまだマシって言える程度……だけど。
何れにしても“研究機関”なんて比べ物に成らない位に“広い”し
どの場所も“箱”のお陰で今は安定してるけど、それでも
発生前までハンター達にお願いしてたギルドの仕事は勿論
一部の例外を除いて“入る事自体を禁止しなきゃ成らない”程度には
私達の様な“魔導適正を持つ存在”に取って
かなり危険な場所に成っちゃったのは事実でさ……そもそも
どの地域も“穴が空く程”調べ続けてるのに、未だに発生原因は勿論
各地域の正確な発生場所さえ判らなくてね……
……正直、いち研究者として胸を張れる様な情報は出せないんだ。
唯一の救いは、今私達が一番警戒して居る“四箇所目”が
最初の発生以来、一度も“活性化”して無い事位だけど……それも
何時まで続いてくれるのさえ判らない。
正直、不甲斐無い限りだけど……今、出せる情報はこれで全て。
余り役に立てなくて……ごめん」
<――“特別警戒地域”の範囲、発生頻度に日時。
此処まで“護傘同盟”の国々と密に連携を取りながら
寝る間も惜しんで状況の解決を目指し
現状、出来得る限りの対抗手段を編み出しながら
必死にこれらの情報を獲得し続けて来たメアリさん率いる研究機関。
だが……そんな国防への多大な貢献とは裏腹に
この瞬間、知り得る全ての情報を語ったエリシアさんの目は
余りにも遣る瀬無い気持ちで満ちて居て――>
「いいや……大まかな場所だけでも分かってるならそれで充分だ」
<――直後
何処か気遣う様な口振りでそう言った八重桜。
そして――>
「……時間は掛かるかも知れねえだが、何れにせよ
出来る事から手さ付けねば物事は一歩として進まねえ。
少なくとも、今ので敵の強さは良く分かった……後は
おらの森さ少しでも栄えさせる事と
おめぇが恐れてる“四箇所目”が再発生しない様、祈る事だ。
……だが、そんな事に祈りを捧げる暇があるなら
おらや、おらの森に祈りを捧げた方が事は“早く進む”と思うだがな? 」
<――そう言うと、意味有りげにニヤリと笑った。
直後……俺は、彼女が口にした“ある話”を思い出した。
それは――
“彼女を含めた古代種には
自らに捧げられる祈りを力の源に出来る能力が有る”
――と、言う話だ。
そして……恐らく
彼女は“その力を利用するつもり”だとも――>
「……もし、人々から大量の祈りが捧げられたとしたら
どの程度“早く進む”と思いますか? 」
<――直後、恐る恐るそう問うた俺に対し
八重桜は、再びニヤリと笑いながら――>
「……数は当然“質”にも依るだろうが
少なく見積もっても、エリシアが示した敵の発生地域……
……その内の比較的規模が小さな一箇所程度なら
今日にでも沈静化出来るやも知れねぇど?
まぁ……それ程、祈りが持つ力は絶大って事だ。
それと、おめぇはそんな事をする馬鹿じゃ無えだろうが……
……必死に願い、祈ってる者の事さ馬鹿にしてたら
後で必ず痛い目さ見る事に成る……努努、忘れるでねえど? 」
<――そう、言った。
この直後――>
「なら……それならッ!
俺は、俺に出来る最大限の方法で祈りを“集め”ますッ! 」
<――そう、強く誓った。
直後、何故か訝しんだ様な表情を浮かべた八重桜とは反対に――>
「あっ! ……政令国家の皆さんに協力要請をするんですねっ! 」
<――と、俺の考えに気付いた様に
そう言ったメルは、居ても立っても居られない様子で――>
「なら、早くラウドさん達にお伝えしないとですねっ♪ 」
<――と、 嬉しそうに俺の発言を後押ししてくれた。
この直後……魔導通信を開き
ラウドさんを始めとする政令国家の大臣達に話を通し
八重桜本人にも、その為の“協力”を求める事と成った俺は――>
………
……
…
「……この“作戦”を成功させる為には絶対に外せない要因の一つです。
唯、闇雲に――
“上がそうしろって言ったから何となく”
――と言う様な質の悪い祈りを大量に受け取るよりは
少なくとも――
“この精霊女王に祈りを捧げれば、危険な蟲らを抑え込めるらしい”
――と言う、動機はともあれ強い思いの込められた
少しでも“濃い”祈りを受け取る方が何倍も効果がある筈です。
その為にも……八重桜さん。
貴女には、その神々しい力を“ありありと”分かり易くする為
政令国家の国民達に“見せつけて”頂きたいんです」
<――この瞬間
八重桜に対し、自らを売り込む為の
“実演”をして欲しいと頼んだ俺。
この直後、八重桜は見るからに嫌な顔をしつつ――>
「全く……古代種たるおらに対し何たる失礼な注文だ。
とは言え……遣らずに苦戦し無様を晒す位なら
恥さ忍び、力さ蓄えた方が何倍も良いのは事実だ。
……分かった、おめえが言う様にしてやる。
だが……“ありありと見せつけろ”と言われても
おらにはさっぱり方法さ思いつかねえ……一体何をさせるつもりだ? 」
<――“渋々”と言った様子では在ったが
そう言って、俺の要求に興味を示してくれた。
……この後、相変わらず嫌な顔をしたままの八重桜に対し
俺は、現時点で思いつく“民草の心を動かす方法”についての説明を始めた――>
………
……
…
「……先ずは、俺自身も大臣会議で何回か耳にした事の有る
“精霊信奉者”と言う存在について軽くご説明を。
……我が国の旅館には“薬浴”と言う入浴施設が有り
この施設には、現在も数多くの精霊女王達が
日頃の疲れを癒やしに訪れて居るのですが、彼女達が入浴する際は
特例を除き“貸し切り”に成って居るにも関わらず
それでも“祈りを捧げたい”……と旅館に訪れ
何と言うか、その……“出待ち”の様な行動を取る方々が
一定数いらっしゃるみたいでして……勿論
“覗こう”とか、そう言った不純な動機とかは無いみたいですが
兎に角“直接祈りを捧げたい”と言う強い意志があるみたいなんです」
「……成程、それが“精霊信奉者”って事だな? 」
「ええ、それで……少し前、念の為詳しい状況を把握し
万が一にも精霊女王と我々政令国家の間に亀裂を生じさせない為
一度、彼らに直接話を訊いた事があるのですが――
“この世界に生きとし生ける全ての生命は、皆等しく
精霊女王様達との強い結び付きがあり、今日や明日などと言う近々では無く
孫子の世代に至るまでの永き日々を生きる糧を
無償の愛と、その絶大な御力に依り授かって居るのです。
……私達は彼女達に対し、その感謝を最大限伝える為
日々祈りを捧げて居るのです”
――そう、何と言うか“私利私欲”では無くて
“温かさ”を感じる様な心持ちで祈って居る事を教えて下さったんです。
唯……彼らの様に
“日々の生活が精霊女王のお陰である”と考え
心からの感謝を感じられる人達ばかりでは有りませんし
現に俺だって、彼らから話を聞いた後も
彼らと同等と言える程の感覚を持てては居ませんでしたから。
詰まる所……殆どの人々に取っては、精霊女王と言う存在に対し
“凄い力を持った存在”と言う理解はしていても、毎日の様に
“心からの祈りを捧げる対象”としては見られていないって言う事なんです。
そ、その……何と言うか……こんな話を、直接
精霊女王である貴女にお伝えするのは無礼だと思いましたが……」
「……気なんて使わなくても良い。
そもそも、おらもその事には薄々気付いてただ……こうして森と同化して
再び肉体さ得た時から、妙に“祈りが少ねえ”と思ってた所だ……」
「何と言うべきかは分からないですけど……その、すみません」
「なに、おめえが謝る事じゃ無え……兎も角だ。
それで? ……その“無信心”な大多数の民草に対し
どうやっておらの力さ見せつけろって言うんだ? 」
「それが、その……正直、とても危険な方法ではありますし
提案する事自体、どうかしてるとさえ思える程なのですが……
……先ず、どうにかして
政令国家内に蟲を出現させて……それを
たった今、俺達に見せて下さったみたいに“消滅”させて欲しいんです」
<――この直後
八重桜本人が何かを言うよりも遥かに早く――>
「なっ……駄目に決まってるでしょ?!
主人公っち……焦るのは分かるけど、一回冷静に成って考えて。
そんな危ない賭けをして、万が一にも“被害”が出たら……そうじゃ無くても
もし万が一、今の話が外に漏れたら……主人公っちの事や
この国の事を信用して居る国民達は一気に“そっぽを向く”事に成るんだよ?
……もしそんな事になったら、蟲対策は疎か
マリアちゃんが暮らす為の平和な国さえ無くなって! ……」
<――この瞬間
そう、強く反対の立場を取ったエリシアさん。
……確かに、エリシアさんの意見は正しく
エリシアさんが危惧した負の側面は
何一つ疑い様の無い程、正しいとも分かって居た……だが。
……多くの事柄に無関心な
大多数の人々の心を動かす為に必要な“動機”は、言葉で言う程
綺麗に発生してくれる物だとは思えなくて――>
「エリシアさんが仰る危険性も分かっています……でも。
もし、再び四箇所目が再発生して
あの時より遥かに多くの新種があの場所を埋め尽くしたら……もし
世界中を埋め尽くす程大量に、あの新種が発生してしまったら……もし。
再び発生した亀裂が、二度と閉じなく成ってしまったら……
……俺達が大切にして居る政令国家だけじゃ無い。
敵も味方も……全ての国や民が、奴らに飲み込まれるかも知れないんです」
<――これ程“卑怯な極論”も無いとは分かって居た。
だが、エリシアさんが言い当てた俺の“焦り”は
こんな極論を持ち出す程には“大きく”て――>
「……主人公っち。
君が考えている事も、恐れてる事も……きっと全部正しいんだと思う。
もし、君が危惧してる様な事が起きちゃったら
“君の提案を受け入れてたら良かった”……そう、思うだろう程に。
でも、それでも……もし、君がそんな危険な作戦を“選ぶ”なら
私は……心から大切な君の選択を、全力で止める。
“唯の感情論だ”って思うかも知れないけど……それでも、お願い。
その作戦だけは駄目……お願い、考え直して」
<――この瞬間
深々と頭を下げ、そう言ったエリシアさん。
心が……とても痛い。
エリシアさんの必死のお願いに対し……俺は
首を縦に振る事が、どうしても出来なかったから――>
………
……
…
「……分かったよ。
主人公っち……私は主人公っちみたいに強くは成れない。
だから……」
<――この瞬間
そう言って、強く杖を握り締めたエリシアさん。
その目は、悲しみの色で埋め尽くされて居て――>
………
……
…
「……申し上げますッ!!!
第ニ城地域外郭にて、亀裂の再発生を確認ッ!! 」
<――“仲違い”の寸前。
一触即発の状況の中、突如として舞い込んだ衛兵からの緊急連絡は
俺達の意見の食い違いに、余りにも強烈な楔を打ち込んだ――>
===第二四一話・終===




