第二三八話「友を護るのは楽勝ですか? 」
<――俺が知って居る
エリシアさんに取っての”大切な存在”は大きく分けて三人居る。
一人目……と言うか“一頭目”は、神獣である“チビコーン”
二人目は、彼女の師匠であるヴィンセントさんだ。
だが……この日、八重桜の口から発せられた
“三人目”を奪わんとするかの様な発言は
エリシアさんから冷静さを奪うだけの理由を生み出してしまって――>
………
……
…
「……ふざけるなッ!!
アンタなんかにヴィオレッタは渡さないッ!! ……撤回しろッ!! 」
<――八重桜に掴み掛かり
そう、当然と言える要求をしたエリシアさん……だが。
八重桜は首を縦には振らず――>
「……残念だが、それもおめぇが決める事じゃ無え。
そもそも何を勘違いして居るのかは知らねえが
この娘っ子はおらが欲した訳じゃ無え……この半魔族の娘っ子が
自ら“そう成りてえ”と求めただけの話だ……」
<――そう、信じられない事を口にした。
そして――>
「嘘を言うなッ!! ヴィオレッタがそんな事願う筈が! ……」
<――そう、食って掛かる様に言ったエリシアさんに対し
八重桜は――>
「いいや、ついさっきおらの目さ見てはっきり言ったど?
まぁ、動機は少々無礼な物だが――
“エリシアが大切にして居る森を護る事が出来て
エリシアに直接会えて、エリシアと直接話せると言うのなら
私は、その為の苦労を厭いません……だから、お願いします! ”
――確かに、この娘っ子はそう言っただ」
<――と、少しばかり不満げにヴィオレッタさんの言葉を伝えた。
この直後、そんな彼女の願いを知った
エリシアさんは――>
「……八重桜、もしも
心優しいヴィオレッタの性格を利用しようと考えてるのならそれだけは止めて
ヴィオレッタの代わりが必要だって言うのなら私がやるから……だから。
お願い、ヴィオレッタをこれ以上苦しめないで……」
<――力無く頭を下げ
それでも首を縦には振らなかった八重桜に対し
彼女は、怒るでも無く……唯必死に懇願し続けた。
だが――>
「……全て語らずとも、おめぇ達が固い絆で結ばれてる事は良く分かってる。
だが……おめぇが望む通り、この娘っ子さこのまま此処さ居させても
この娘っ子は、おめぇが望む様な幸せな状況では居られねえど? 」
「ど、どう言う事? ……」
「……おめぇ達がどう考えて居るかは知らねえだが、少なくとも
この娘っ子が犯した過去の罪は、この娘っ子の魂を“冥府”さ落とすだけの大罪だ。
無論、この娘っ子が自らの意思でそうした訳では無く
何かに操られて居た事も判ってる、だが……その罪さ不問にされたとて
自らの父親さ案じ……挙げ句、仲の良いおめぇの事まで案じて
このまま此処に自らを縛り付け“地縛霊”として居続ければ
この娘っ子の純粋さは何れ完全に失われ、本当の化け物に成っちまうだ……
……そうなる前に、おらが最初の童として精霊族へと転生させれば
少なくとも“化け物”さ成らず済む筈だと、おらは考えてる。
無論、転生は生半可な苦しみじゃ無えだが……
……今を逃せば、恐らく後は無えど? 」
「八重桜……もし“転生”を受け入れたら、ヴィオレッタは幸せで居られるの? 」
「ああ、この娘っ子は気が強い……苦しみさ耐えて、幸せば掴む器さ持ってる」
「そう……その発言に嘘偽りは無い? 」
「当たり前だ……」
<――どれ程の時が経ったのだろうか?
静寂の中……静かに顔を上げたエリシアさんの目は
決意に満ちて居て――>
………
……
…
「……分かった。
でも……一つだけ約束して」
「何だ? ……言ってみろ」
「ヴィオレッタが……優し過ぎる位優しい大親友が一人で苦しまない様に
私に出来る事があるなら私にも手伝わせて。
もう二度と、ヴィオレッタの悲しむ姿は見たく無いの……お願い」
「……当たり前だ。
おらの童さ成る娘っ子さ、使い潰す様な事はしねえ」
<――この瞬間
二人の間に交わされた“約束”
そして――>
………
……
…
「……では、精霊女王八重桜よ。
妾の手に触れ、森との同化を宣言せよ……」
<――直後
メディニラに依って執り行われる事と成った“儀式”
……差し出された彼女の手に触れ
八重桜が森との同化を宣言したこの瞬間
八重桜の胸元に現れた一輪の“硝子の花”……それは。
つい先程、九輪桜が顔色を変えた”硝子花”と
とても良く似て居た――>
「……これで彼の森は主が体へと完全に同化した。
どうじゃ? ……森の力は感じるかえ? 」
<――この瞬間
静かにそう問うたメディニラに対し――>
「ふむ……聞いて居た以上に貧弱な森ではあるが
既におらが体も同じ森だ……娘っ子と共に精一杯盛り立てねば成らねえ」
<――僅かに不満を漏らしつつ、そう答えた八重桜。
だが……この直後
余りにも呆気なく終わった同化の儀式とは反対に
彼女に依り執り行われる事と成った“転生の儀式”は
これとはまるで比べ物にならない程の困難を俺達に突きつけた――>
………
……
…
「成程……これは、少々“不味い状況”だな」
<――ヴィオレッタさんの墓に触れ、困った様にそう言った八重桜。
直後、彼女はエリシアさんに対し――>
「……本来、おらが時代には
他種族からの転生者はそう珍しい物では無かった。
エリシア……おめぇの様に、森や草木を愛し慈しむ者や
そもそも森との関係が根深いエルフなどは
死を迎え、天に召される者よりも精霊族と成る者の方が多かった位だが
永き精霊族の歴史の中でも、魔族の色さ入った者を迎えた話は数少ねえ。
……とは言え、この娘っ子の純粋な心さ有れば
“魔族”事など大した障害には成らねえだ。
だが……どうやら、この娘っ子さ背負ってる“罪”の方は
そう簡単に赦される物では無え様でな……」
<――そう
ヴィオレッタさんの転生が困難であるかの様に言い……そして。
直後、問い質す様に声を上げたエリシアさんに対し
更に続けた――>
「……勿論、絶対に無理とは言って無えだが
全てで無くとも、罪の大部分が赦される必要がある。
もし、このまま転生の儀式さ行えば
それはこの娘っ子さ苦しめる為だけの行為になっちまう。
だが、おらはあくまで精霊女王だ……この娘っ子さ迎え入れる為には
罪を赦す力を持つ者に、力さ借りねば成らねぇ……だが
森と同化したばかりのおらにその者さ呼び出す程の力は
まだ、戻って無えだ……」
<――そう、現時点では不可能と思える様な状況を伝えたのだった。
だが――>
「私、言った筈だよ? ――
“親友の為に出来る事があるなら私にも手伝わせて”
――って。
見つけたい相手はどんな奴? ……種族は?
住んでるだろう大凡の場所に心当たりは?
協力の対価に求めてきそうな物は何?
……何が何でも見つけ出して協力を取り付けるから
分かる範囲の事は今直ぐ全部教えて」
<――そんな絶望的とも言える状況に対し
何一切諦める事無く、エリシアさんはそう返した。
……だが、八重桜は
そんなエリシアさんに対し、静かに首を横に振り――>
「……残念だが、人族に見つけられる様な存在では無え。
そもそも、人の犯した罪を赦す力さ持つ者は
大きく分けて“二人”しか居ねえ……それは
この空さ遥か上に棲まう者か、遥か地の底さ棲まう者のどちらかだ。
……おら達精霊女王ならば兎も角、おめぇ達では
死を迎え、その何れかに向かう沙汰が下る時
その名さ知る事が出来るかも知れねぇ程度の、とんでも無く“遠い”存在だ。
……言うまでも無えが、物で釣る事は勿論
人族の要求を受け入れるなどまず有り得ねえ相手だど? 」
<――そう、恐らくは
“高次元の存在”と呼ぶべきだろう者達に関する話をした。
その上で――>
「……無論、其処に居るメディニラや九輪桜さ力を以て呼び掛けさすれば
或いは、応える事があるやも知れねえ……だが、そもそも
それでこの娘っ子さ罪が赦されるならば兎も角
“悪しき者め”……と、冥府さ堕とされる事が無えとは言い切れねえ。
……万が一にもそうなれば
おら達が揃って頭さ下げた所で、その沙汰は覆らねえだど? 」
<――そう、もう一つの問題点を口にしたのだった。
だが……そんな話を聞かされた後でさえ
エリシアさんの覚悟が揺らぐ事は無くて――>
「教えてくれて有難う……お陰でその方法の欠点は全部分かったよ。
けど……目を背けたく成る程の欠点を全て話してくれたお陰で
少なくとも、私や主人公っちには嫌と言う程
“思い当たるフシがある相手”だとも分かったよ……
……ねぇ、八重桜。
“遥か地の底に棲まう者”って方についてだけどさ。
其奴――
――“冥王”とかって呼ばれてたりしない? 」
<――この瞬間
俺の脳裏に色濃く残る存在の名を口にしたエリシアさん。
……直後、顔色を変えた八重桜に依って
これが正解だと確信をしたエリシアさんは――>
「……まぁ正直、呼び出す方法は私にも分からないけど
実は、主人公っちも私も直接会った事があるんだ。
たった今、貴女が同化した“チビコーンの森”の地下深くでさ……」
「何? ……何が遭った? 」
「別に? ……この世界から一人
その名を呼ぶ事さえしたく無い弟弟子が消えただけ……
……数多くの厄災をこの世界に撒き散らした、最低のクソ野郎がね。
けど、弟弟子の所為で……あの日、ヴィオレッタは
私の知ってるヴィオレッタなら絶対に選ばない行動を強いられた。
……八重桜。
確かに貴女の言う欠点は私も怖い……でも
彼奴の所為で狂ってしまったヴィオレッタの人生が……
……こうして、此処で眠る事さえ長くは続けられないと言うのなら
赦されないかも知れない罪に怯えるより
たとえ僅かでも助かる可能性に私は懸けたい。
私は……彼女の罪を一緒に背負いたいんだ。
それが私の、大親友の護り方だから」
<――この瞬間
この選択に依って、大親友を永久に失ってしまう可能性を知りつつも
そう強い決意を口にしたエリシアさん。
直後、八重桜は――>
………
……
…
「メディニラよ……おめぇが何故、其処の主人公さ使って
おらの眠りさ邪魔したかなど……既に、その“目的”さ達成した事も含め
良く分かってる……無論、今更それを責めはしねえ。
だが……」
<――そう言い掛け、そして
この直後、そんな彼女の“言わんとする”事に気付いた
メディニラは――>
「……“呼び掛ける”だけであれば妾の力で充分に事足りよう。
じゃが……応じるか否かまでの責任は取らぬぞえ? 」
<――そう応えたのだった。
この、直後――>
「充分だ……さて、エリシアよ。
おめぇは勿論……おめぇの大切な娘っ子も
メディニラさえも、おめぇの賭けさ乗った……だが。
……結果がどうなろうと、おらさ恨むじゃ無えだど? 」
「恨まないよ……どんな結果になろうとも、私がヴィオレッタを護るから」
<――“守護”出来るか否かなど既に些末な事かの様に
強い決意と共にそう言ったエリシアさん。
……そんな彼女の決意に応える様に
八重桜は、唯一言――
“良く言った”
――そう言うと、メディニラに対し目で合図を送った。
直後――>
………
……
…
「……懸けまくも畏き冥府の王たる冥王よ
妾の声を聞き届け、その声に応えよ――」
<――鈍い俺にでも容易に感じられた厳かなる雰囲気。
この瞬間”冥王”に対する呼び掛けを行ったメディニラは、鋭く響く柏手を打った。
……その音に驚き、森に棲む鳥さえも羽音を立てて飛び立つ程
森へと響き渡ったその音が、完全に消えた
瞬間――>
………
……
…
「……久方振りだね、主人公……エリシア。
だが……少なくとも、此度此方を呼んだのは君達では無い様だ。
精霊女王メディニラよ……此方に何を所望する積りか」
<――急激に歪んだ次元
その歪みから現れるなり、そう言って無感情に問うた“冥王”
直後、嘘の様に容易く呼び掛けに応えた“冥王様”に対し――>
「……では、端的に申す。
我が種族の古代種が一人で在る“八重桜”が森の為
この“娘”の罪穢れを祓い、精霊族とする赦しを賜りたい」
<――そう、願った。
だが――>
「ふむ……此方を呼び出した故は本にそれだけか? 」
<――この瞬間
メディニラに対し、全てを見通す様にそう問うた冥王。
直後……怯えるどころか
何故か、不敵に微笑んでみせたメディニラは――>
「やはり……隠し立てなど出来ぬか。
為れば、更に願う――
冥王よ……主が統べる冥府の“番人共”に依り奪われし
各地の森が力……全て正しく“再分配”して貰いたい。
――妾が願いはこれで全てである」
<――この瞬間
無礼にも思える様な物言いでそう願ったメディニラ。
直後――>
「無礼な物言いをする者は好かぬ……が、その件は此方にも否が在る。
良かろう……だが、叶う願いは二つに一つだ。
さぁ……精霊女王メディニラよ。
好きに願うが良い――」
<――冷たく、重苦しく
視界を揺らす程の声でそう言った冥王。
そして……そんな“悪魔の囁き”にも思える様な選択に
再び不敵に微笑んでみせたメディニラ。
……この直後
彼女の微笑みに危うさを感じた俺が声を発するよりも遥かに早く
冥王は俺の声を“奪い”――>
「……何人たりとも“選択”の邪魔はさせん。
主人公……これで“二度目”だ。
……後一度、君が此方を不快にさせれば
此方は君を“連れて行く”事と成る……」
<――”仏の顔も三度まで”かの様にそう言った。
直後、静かに頷く事しか出来なかった俺に再び声を“戻す”と――>
「精霊女王メディニラ……答えぬと言うのならば
此方は何れの願いも聞かず冥府へと帰る……
……さあ、好きに選ぶが良い」
<――そう、再び“選択”を迫った。
直後……張り詰める様な静寂の中
静かに口を開いたメディニラは――>
………
……
…
「……妾の願いは何一つ変わらぬ。
妾の願いは――
――“森が力の再分配”である」
<――そう、言い切った。
そして――>
「以降、選択は覆らぬ……本当にそれで良いのだね? 」
<――そう問われ、静かに
“二言は無い”
と、一切の曇り無い眼で返事をしたメディニラの選択に――>
「……良いだろう、此方は君の選択を受け入れた。
では――
――“還そう”」
<――止める暇さえ与えられぬ程、まるで
借りた物を返すかの様に、余りにもあっさりとそう言った冥王。
……だが。
冥王の発言とは裏腹に……過去
“冥府の番人共”に依って大きな被害を受け
今もその爪痕の色濃く残るこの場所には、何一つとして
“変化”が無くて――>
………
……
…
「……フリージアの森は相当に被害を受けた筈。
“再分配”が被害を一切受けていない森に対しても行われると仮定しても
これだけの被害を受けた此処に
草木一つ増えないなんて絶対に有り得ない……冥王。
たった今メディニラが望んだ酷く自分勝手な願い……本当に叶えた? 」
<――つい先程
声を発する事さえも重罪かの様に言い放った冥王に対し
一切臆する事無く、余りにも無礼な口振りでそう言い放ったエリシアさん。
だが……そんな彼女に対し、怒るでも無く
唯、僅かに微笑んでみせた冥王は――>
「……“願い”は確かに叶えた、その“結果”は直ぐに理解出来る事だろう。
では、ね……」
<――そう言い残し
闇の中へと消えて行ったのだった――>
………
……
…
「ふざけんな……何してんだよメディニラッ!!!
私の親友の事なんて最初からどうでも良かったって事?!
アンタが望む結果が得られるなら、何もかも犠牲に出来るって事?! 」
<――メディニラに掴み掛かり、そう食って掛かったエリシアさん。
だが……この直後、そんな彼女の言葉を遮ったのは
メディニラでは無く――>
「全く……褒めたくも無えだが
良くぞ此処まで“狡猾な手段”さ思いつく物だな? 」
<――この瞬間
半分は感心した様に、もう半分は呆れたかの様に言い放った八重桜。
そして、この直後
そんな彼女の問いに対しメディニラは――>
「……仮にも妾は大精霊女王と崇められし存在
主ら“古代種の力”を知りもせず、この地位に就いて居る訳など無かろう? 」
「成程……だが、おめぇの想定通りに事が運ぶ可能性は
其処まで大胆に賭けられる程高かったとは思えねえだがな? 」
「何を言う? ……その主人公が力に一度触れれば
常識など、何の役にも立たぬと理解る筈であろう? 」
<――そう、唐突に俺の事を“過大評価”した。
そして――>
「ふざけんな……アンタ達二人だけが楽しく話してるのを
“はい、そうですか”って静観出来る程、状況は! ……」
<――少なくとも
“人族の身では”理解出来ない会話に痺れを切らし
そう“ブチギレ”たエリシアさん……だが。
この直後、八重桜はそんな彼女に対し――>
………
……
…
「黙れ……まだ、儀式は終わって無え。
現時点では、おめぇが大切だと言った内の“一頭”しか救えて無えだ。
……残る娘っ子さ救う為、折角手に入れた力さ無駄にしねえ為にも
黙っておらの話しさ聞いて、黙っておらに協力しろ。
それだけが、おめぇの望む……果ては、主人公さ望む願いさ叶える為の
唯一の“一手”さ成るかも知れねえんだからな……」
<――そう“理解出来ない発言”と共に
余りにも過剰に思える自信を見せながらそう言ったのだった――>
===第二三八話・終===




