第二二九話「“最低最悪な力”は楽勝ですか? 」
<――原因不明の昏睡状態に陥ったマリア。
そんな危機的状況の中、突如として来訪した“旧友”……それは
この世界の元管理者であり、彼女にその記憶が有るかは兎も角
本来ならば、元転生担当官であるマリアの“旦那さん”とでも言うべき存在。
“ヴィシュヌさん”だった――>
………
……
…
「た……助けたいのは山々ですけど、今は此方も大変な状況で……
そ、その……取り敢えず、一度そちらに人を向かわせますので! ……」
<――“出来る事ならば、もう一度……私の妻を助けて欲しい”
通信越しにそう求めたヴィシュヌさんに対し
眼前の状況だけで手一杯に成って居た俺は、旧友で有る以前に
恩人で有る筈のヴィシュヌさんの事を、つい“後回し”にしてしまった。
だが――>
「主人公君……まさか、君も“同じ状況”なのか? 」
<――この瞬間、何かに気付いた様にそう問うたヴィシュヌさん。
直後、大きな“違和感”を感じた俺は――>
「し……少々お待ちを!!
……ラウドさん、俺の我儘なお願いを許して下さい。
俺は今から“外交儀礼”とか“国防”とか……
……そう言う類の物を一切無視した行動を取ります。
でも、どうか……」
<――詳しく説明する余裕さえも無く、そうラウドさんに確認を取った。
そして――>
「主人公殿……ワシは御主に初めて会った時から
御主の選択に対し、疑いなど爪の先程も持っては居なかったんじゃよ?
……全ての責任はワシが取る。
主人公殿……御主は、御主の感じるままに動けば良い! 」
<――そんな俺の事を心の底から信用し
そう送り出してくれたラウドさんに対し感謝を伝えた直後。
俺は、第ニ城地域外郭へと転移し――>
………
……
…
「ヴィシュヌさん……門の前から離れて下さい」
<――そう伝え
直後、閂と“石柱の山”に依って固く閉ざされて居た外郭の門を
完全に“破壊”した――>
………
……
…
「……ひ、久し振りだね主人公君。
しかし、恐ろしく強引な“開門”もあった物だと……」
「驚かせてしまってすみません……ですが、細かい話は後に
それよりも、今はマリアンヌさんの事が先決です」
「あ、ああ……分かった! 」
<――この瞬間
何時もの俺なら絶対に選ばないだろう“暴挙”と呼ぶべき行動とその選択に
外郭の警備兵達から化け物でも見る様な視線を受け
恐れにも似た感情をひしひしと感じながらも
自分自身の中に芽生えた“違和感”の正体……少なくとも
それと思しき物への“答え合わせ”と言う
“唯の興味”と呼ぶには大き過ぎる何かを知ろうとして居たこの時の俺は
兵士達と同じく、俺の暴挙に引いた様な顔をして居たヴィシュヌさんと
荷馬車に横たわった綺麗な女性……恐らくは
“マリアンヌさん”だろうその人を連れ、研究機関へと帰還した。
の、だが――>
………
……
…
「只今戻りました、それで……」
<――この瞬間
送り出してくれた先程とは打って代わり、二人を連れ帰った俺の顔を
“ギョッ”とした様な表情で見つめて居たラウドさんは
そんな俺の言葉を遮る様に――>
「主人公殿ッ!! 限度と言う物がじゃなッ!! ……」
<――と、恐らくは外郭周辺の兵から寄せられた
緊急通信に依り現地の状況を知ったのだろう様子で
俺の“暴挙”を強く窘めた。
……だが、この直後
一度、大きく深呼吸をしたかと思うと――>
「まぁ良い……“責任を取る”と言ったのはワシじゃし
どの道、あの門は修理する必要があったからのう……
……そもそも、そちらの女性を助ける為に気が急いたのじゃろう?
状況が状況じゃ……仕方有るまい。
さて……主人公殿、そろそろ御二方の紹介をして貰えるじゃろうか? 」
<――そう言った。
何はともあれ……この直後、ラウドさんに対し
ヴィシュヌさんとの関係性の中で
“話しても良い”と思しき事柄だけを伝えた俺。
……この瞬間、ヴィシュヌさんもその真意に気付いたのか
出来る限り口数少なく、俺の説明に合わせる様に振る舞ってくれた。
だが――>
………
……
…
「……成程のう、説明ご苦労じゃった主人公殿。
じゃが、一つ分からん事がある……答えて貰っても構わんかね? 」
「へ? ……な、何でしょう? 」
「主人公殿……つい先程まで慌てふためいて居た御主が
マリア殿と同じ“昏睡状態”に置かれた旧友の妻を前に
何故、其処まで冷静で居られるんじゃね? 」
「な、何故って……」
「主人公殿……御主からすれば迷惑かも知れんが
ワシから見れば御主は可愛い孫の様な存在なんじゃよ? ……故に
“何を隠し、何を言わんとするか”さえもある程度、見当が付くんじゃ。
……無論、ワシやメアリ殿が聞くべきでは無い事柄ならば仕方無いが
ワシらに手伝える事があるのならば“隠し事”など気にせんから
少なくとも、今回の問題を解決する為にも
ワシらの事をちゃんと“頼る”……そう約束して貰いたいんじゃよ」
<――この瞬間
“全てお見通し”とばかりに、俺を窘め
頼れとまで言ってくれたラウドさん。
直後、同席して居たメアリさんもラウドさんと同じく――>
「主人公さん? ……これでも私は研究者の端くれです。
私達が役立てる分野が少しでも存在するのなら
嫌と言う程に頼って良いのですよ?
ラウドさんの仰られた様に……“隠し事”の詳細など
私達の“技術”を用いれば、何時でも
幾らでも“お訊き”する事は出来るのですから……ね? 」
<――“釘を差す”為か
そう、僅かに“脅す様な”口振りで協力を申し出てくれたのだった。
ともあれ……この後、ヴィシュヌさんに対し
“マリアンヌさんに一体何が遭ったのか”を訊ねる事と成った俺。
すると、ヴィシュヌさんは――>
………
……
…
「……君がそうした様に、詳しい話は“敢えて省き”話そう。
私は今、とある国で“猟師”として生きて居る……
……君に救われたあの日を境に
私は妻と――
“二度と目立たぬ様に暮らそう”
――そう、誓い合い
慎ましくも仲睦まじく暮らす事を選んだ。
……朝は彼女の作る朝食を食べ、仕事に向かい
昼は彼女の持たせてくれる弁当を……そして、日が沈み始めた頃
彼女の待つ自宅に帰り、彼女と共に夕食を摂る……そう言う
何にも代え難い幸せに包まれた日々を過ごそうとね……だが。
私が何時もの様に猟師としての仕事をこなし
何時もより早く仕事を終え、帰宅すると……彼女は台所で倒れて居た。
……言うまでも無く、酷く慌てた私は
直ぐに村の医者を連れ、彼女の容態を調べさせた……だが。
医者は――
“目立った外傷も無く、脈拍も呼吸も正常だ……理由が分からない”
――そう言って、恐らくは意識を失い転んだ際に付いたのだろう
彼女の腕に出来た小さな擦り傷を治療すると――
“呪いの類も感じられない……何れにせよ
暫く様子を見る他ありません、容態が急変したらまたご連絡を”
――そう言い残し、帰って行った。
だが……私が生きる唯一の意味である彼女の置かれた状況は
私から冷静さを奪った……私は、ありと汎ゆる可能性を考え
そして、自ら立てた誓いを破る決断をした。
それが……主人公君。
“君に再会し、君に頼る”……と言う決断だ」
<――この瞬間
つい先程、旅館の女将から聞かされた“マリア”の状況と
殆ど変わらぬ“マリアンヌさん”の状況……そして。
俺と同じく……“護りたいと強く願う存在”への
何にも代えられぬ想いを発したヴィシュヌさん。
……だが、そんな彼の切なる願いに
今の俺では、応えられそうに無くて――>
………
……
…
「……勿論、全力で助けたいと思っていますし
そう出来るなら直ぐにでもそうしたいと思っています。
だけど……ヴィシュヌさん、貴方も知ってる筈です。
どれ程望んでも……俺にはもう
あの“力”は二度と使えないって事を……」
<――固有魔導:限定管理者権限
あの、余りにも凄まじい“何でもあり”な力は……
……俺達二人の“大切”を救う為と使用したあの日
上級管理者に依って永久的に奪われた。
無論、あれから長い年月が経ち……今や世界で唯一の伝説の職業
“星之光”と成った俺ならば、未だ数多く脳内に焼き付いたままの
“固有魔導達”の中から、この状況に適した何かを見つけ出せるかも知れない。
だが……もしも見つけ出したそれが“容易く行える方法”だとしても
それだけは絶対に“受け入れられない”とも考えて居た。
それは……もし仮に、完全に回復させる事が叶うとしても
その方法を“二度は行えない”から。
俺には――
“二人の内、どちらかを選ぶ”
――などと言う
そんな残酷な選択は“受け入れられなかった”から――>
「主人公君……その事は私も重々承知の上で此処に立って居る。
それでも、君ならば何らかの活路を見出してくれる……
……そんな余りにも甘過ぎる考えと共にね」
<――この瞬間
そう言って俺に“何かを生み出せ”と求めたヴィシュヌさんは、この直後
“敢えて”俺が伝えようとしなかった事を口にした――>
………
……
…
「……その名を聞く事は勿論、声に発する事さえも不愉快な
“上級管理者”は、マリアンヌに対し“記憶封鎖”を行った。
だが……紆余曲折の末に
あの日、君は……その呪いにも等しい鎖を解き放ってくれた。
だが、彼女が開放される以前……私が奴の手駒として働いて居たあの頃
定期的に“芸を披露した獣への褒美”かの様に
彼女との僅かな時間を過ごして居たあの頃……
……その僅かな幸せが終わる瞬間、彼女はまるで
糸が切れた操り人形の様に崩れ落ち、こうして居る今と同じ様に意識を失い
暫くの後、何事もなかったかの様に立ち上がり……私に対し
“夫”では無く……“同僚”や“上司”に接する様な態度を見せて居た。
主人公君……これはあくまで私の推測ではあるが
今現在、マリア君はマリアンヌと同じ理由で
眠りに就いているのだろうと私は睨んで居る。
そして……二人を救うには、その“理由”を解決する他無いのだろうとね」
「それってつまり……俺に
二人の記憶の中にあるだろう原因を“取り去れ”と? 」
「いや……記憶は詰まる所、その人間の生きた証だ。
ただ消し去ってしまうだけでは、新たな問題を引き起こすだろう……
……消去された記憶の領域が、宛ら“断崖絶壁”の様に作用し
其処に落ちたが最後“永遠に目覚めなく成ってしまう”
と言う事も充分に考えられる……無論、考えたくは無いが」
「じ、じゃあどうやって二人を救えば……」
「其処が問題だ……パズルのピースの様に記憶を組み換え
それで解決するのならそれで構わない。
だが、少なくとも……そう出来るだけの手段を私は知らない」
<――この瞬間
不甲斐無さを感じさせる様な口振りでそう言ったヴィシュヌさん。
だが、彼がそう言った瞬間……俺は
“そう出来るだけの手段”に気付いた……いや。
正しくは――
そう出来る“可能性を持つ”力を知って居る。
――と言うべきだろうか?
何れにせよ……この直後
そんな俺の“顔に出やすい性格”は災いした――>
………
……
…
「主人公君……君はその方法を知って居るのか? 」
「……ええ。
唯、完璧とはとても言い難い物ですし
極めて危険で最低最悪の力ですが……それでも、一つの方法として」
<――この瞬間
頭に思い浮かべた“それ”に対する強い嫌悪感と共にそう答えた俺に対し
ヴィシュヌさんは何かを察した様に――>
「その様子……“試しに使ってくれ”と言うには余りにも重い力なのだね? 」
<――そう言った。
そして……この直後、静かに頷いた俺に対し――>
「良く分かった……だが。
どんなに君が嫌悪する方法だとしても
彼女を救えるかも知れない方法があると知ってしまった以上
私も素直に引く訳には行かないんだ。
主人公君……君も知って居るだろう。
彼女の為ならば、私は――
“鬼にでも悪魔にでも成る”
――そう、容易く誓えてしまう男なのだと」
<――少なくとも
過去、彼がマリアンヌさんの為に取った“行動”を知る俺に取っては
脅しとも取れる様な言葉を発したヴィシュヌさん。
直後……この場に充満し始めた嫌な緊張感が故か
“彼に何が遭ったか”など知る由も無い筈の警備兵達さえも
警戒を強め、額に冷や汗を流し……武器を握る手には力が入り始めて居た。
だが――>
………
……
…
「……ヴィシュヌさん。
貴方がマリアンヌさんを想う気持ちと同じで
俺だってマリアの事を大切に想ってます……だから。
分かりました……試してみます。
極めて危険で最低最悪な、あの“力”を」
<――この瞬間
ヴィシュヌさんの発言に依って気付いた“そう出来るだけの手段”であり
“最低最悪”とまで嫌悪して見せた力を使うと誓った俺は、直後
ラウドさんに対し、もう一度“金庫の裏口を開く”事を要求した。
全ては“巨蟹宮之書”が持つ力――
“対象と成る空間を切り取り、任意の場所へと移動させる”
――と言う、記憶と言う名の“空間”にも
適応出来る可能性を持つ、強大な力を用いる為――>
………
……
…
「主人公殿……危険は承知の上じゃな? 」
<――賛成も反対も無く
唯、心の底からそう心配してくれたラウドさんに対し――>
「はい……危険だと分かってても、助けたいんです」
<――不思議な程に迷い無くそう答えた俺。
そして――>
「ならば良い……では、皆に招集を掛けるとしようかのう」
<――この後
“鍵”となる全員を招集したラウドさんは
立て続けの“解錠”と成る事に疑問を呈した大臣達に向け
マリアの置かれた現状を説明した。
そして、慌てる皆を宥め――>
「……兎も角じゃ。
主人公殿が出来る限り様々な方法を安全に試せる様
ワシは勿論、皆には一肌も二肌も脱いで貰わねば成らん。
……頼めるな? 」
<――万が一を考えての事か、そう言って“後方支援”を頼んだ。
この後……再び“裏口”を使い、念の為
金庫から全ての裏技之書を取り出し、皆と共に再び研究機関へと戻った俺は……
……尚も目覚めぬマリアとマリアンヌさんを前に
巨蟹宮之書を用いた“ある方法”を皆に説明する事と成った。
だが――>
………
……
…
「……巨蟹宮之書が持つ力。
“指定領域の切り取り貼り付け”と言う力が
記憶と言う物にも適応出来ると仮定し、その上で
二人の中の同じ時間軸に在る記憶の内、例えば
マリアには必要で、マリアンヌさんには不必要な物……その逆も含め
互いの中にある記憶を“切り貼り”すれば
二人に起きた異変も取り去れるのではと、俺は考えて居ます」
<――当然と言うべきか。
この直後――
“別人の中にある記憶を混ぜれば余計に悪化するのでは? ”
“共に過ごした友や夫婦であろうとも、感じる物はそれぞれ違う”
――と、皆の口から発せられた疑問に対し
真実を答える事が安全であるかさえ分からない状況の中
俺は、皆に対し半ば無理矢理に――>
「ごめん皆……本当は皆に何もかも、ありのままの全てを話したい。
けど、伝えたくても伝えられない話ばかりなんだ……
……自分勝手だと分かってる、だけど
俺が今、皆に話せる事は――
“マリアを大切だと想って居る俺の気持ちを信じて欲しい”
――唯、それだけなんだ」
<――そう“無理にでも信じて欲しい”と伝える事しか出来なかった。
この直後……少なくとも
皆の心から消えては居ないだろう疑問から目を背ける様に
巨蟹宮之書に手を置き、発動の呪文を唱え掛けた俺。
だが――>
………
……
…
「……待つんだ主人公君ッ!!
その本の力で君の言う方法を成功させる為には
“切り貼り”後の“均衡”を取る方法も用意するべきだ!!
……宛ら“木々を植え替える”様に
何かを定着させる為には“均す”事も必要な筈……」
<――そう叫び
発動を邪魔したのは……他でも無い“ヴィシュヌさん”だった。
直後――>
「き、均衡を取る方法って言われても……あッ!! 」
<――ヴィシュヌさんが言わんとする事の“意味”に気付いた俺は
先ず間違い無く、この場で俺の次に強い
魔導師の力を持って居るだろう“ヴィシュヌさん”に
天秤宮之書を手渡した俺は――>
………
……
…
「……大切な存在の為、俺達は
余りにも大きくて恐ろしい問題を打破しなければ成りません。
って……何だか小難しい言い方に成っちゃいましたけど
要するに……“あの時”と同じ、共同戦線って事です!
勝手かもしれませんが……その本は
俺が気付けなかった危険に気付いてくれた貴方にしか任せられない。
ヴィシュヌさん……準備は良いですか? 」
「……ああ、覚悟は出来て居る。
主人公君……お互いに、互いの大切な存在の為
全力を以て最善を尽くそう」
「はいッ! 」
<――直後
けじめの様に交わした握手に依って、俺達は互いの緊張を知った。
“もし、失敗したら”
“もし、発動すら出来なかったら”
“もし、この方法が間違っていたら”
……発動直前、俺を襲った“考えるべきでは無い”様々な不安。
だが、それでも――>
………
……
…
「ヴィシュヌさん……俺が巨蟹宮之書を発動し、二人の記憶を一つ組み替えたら
その都度、天秤宮之書で二人の中の均衡を取って下さい。
それから……もし、まだ俺が気付けていない危険を少しでも感じたら
その時は、直ぐに教えて下さい」
「ああ、心得て居るさ……だが、その前に。
主人公君……どうやら、私達はお互いに少し
“肩の力を抜かねば成らない”様だ……」
「へっ? ……」
「……あの日の様に“時間”を気にする必要は、恐らく無い。
その事にさえ気付けない程に緊張していては
目覚めた後の二人に笑われてしまうかも知れないだろう? 」
<――この瞬間
互いに笑える様な状態では無いと知りつつも、敢えて
そう、冗談じみた発言で緊張を緩めようとしたヴィシュヌさん。
……彼も、俺と同じ“不安”の中に居たのだろうか?
無論、そんな恐ろしい質問が出来る筈も無く……
……尚も目を開けてはくれないマリアに目を向けた後
彼の発言に対し、静かに頷いて見せた俺は……この直後
静かに呼吸を整え、巨蟹宮之書へと手を置いた――>
===第二二九話・終===




