第二一八話「“説得”は楽勝ですか? ……後編」
<――俺なら耐えられただろうか?
ともすれば、生きる事さえ放棄してしまうのでは無いだろうか?
この瞬間、そう思える程の深い悲しみを伝えられた俺は
彼から投げかけられた質問に対する答えを、返せずに居た――>
………
……
…
「言わなくても良い……その目は既に君の答えを物語って居る」
<――この時
誰を思い浮かべた訳でも無く、唯
“大切な存在から引き離される辛さ”を感じ口籠って居た俺に対し
まるで、そんな考えに気付いたかの様に
そう言って俺の“沈黙”を許したジャック。
そして、彼は――>
「兎も角、話を続けるとしよう……
……翌日に予定して居た彼女へのプロポーズも叶わぬ中
旅に出る事と成った私は、その日の夜
旅先の宿で眠りに就き……そして“見知らぬ森”の中で目覚めた。
其処に生きている動物から、生えている植物に至るまで
その全てに一切の見覚えが無い……“この世界の森”でね」
<――この瞬間
“ドランドラン”からの転生者である
“シュラ村のソフィアさん”から聞いた話と良く似た状況を語った。
所謂――
“容量超過世界”
――そう成ってしまった世界の住人が経験する事となる
残酷な境遇と、余りにも良く似た状況を――>
「な、成程……」
<――この瞬間
“俺は貴方と同じ境遇の方を知っています
結果としてその方は大切な人達と再会出来ました
だから、ジャックさんも希望を捨てないで下さい! ”
……などと励ます事は出来たかも知れない。
だが、無責任な発言で変に希望を持たせ
万が一にも彼を傷付けてしまう事を恐れた俺は
敢えて発し掛けたその言葉を飲み込んだ。
そして……その所為で生まれた“妙な間”に不信感を持った彼の様子に
気付かない振りをしながら――>
「そっ、それで……その後、何故政令国家へ? 」
<――必死に体裁を整え、そう問うた。
すると――>
「君が今、何を考えたのかは知らないが……まぁ良い
話を続けるとしよう……」
<――意外にも
俺の妙な間を敢えて見逃し――>
「兎に角……あの日“見知らぬ森”で目覚めた私は
当然の様に帰還の為の手立てを探した……だが。
今こうして君と話している事からも分かる様に、現在に至るまで
その方法は疎か、糸口さえ見つける事が出来なかった。
私は……頼れる友も居らず、食事さえ満足に摂れぬ中
“勇者”とは名ばかりに……ただ、生きる為に旅を続けた。
各地で低位の魔物を討伐し、日銭を稼ぎ
生きる為の糧を得る事だけを考え続けた。
……そんな日々を過ごす中、どうにか
食うに困らぬ程度の蓄えを得た頃
周囲で“妙な噂”が流れ始めて居る事に気付いたのだよ。
それこそが――
“その国では、人間と魔族が共存しているらしい”
――と言う“噂”だ。
この噂を耳にした瞬間、私は本来の目的を思い出し――
“魔族と人間の共存共栄など有り得ない
もし、そうとしか見えない何かがあるのならば
操られ、食い物にされている人々が居ると言うだけの話だ”
――そう考え、政令国家にたどり着いたのだよ。
だが……正直な所、君や女将と触れ合っている内に
“この考えは間違いかも知れない”とも感じ始めて居る。
もし本当に私の考えが間違っていたのならば、私は
ただ平和に暮らそうとしているだけの者達を恐怖に陥れた
“極悪人”なのでは……とね」
<――この瞬間
此処まで頑なだった態度と考えを“曲げる”様にそう言うと
此方に対する一定の理解を示したジャック。
だが……この直後。
これ以上無い程のタイミングの悪さで現れ
これ以上無い程の最悪な発言を繰り出したモナークに依って
漸く纏まり掛けた話は、再び大きく拗れ始めた――>
………
……
…
「主人公よ、我が配下の為である……貴様の血を寄越せ」
<――現れるや否や
開口一番……低く、地を這う様なその声で
誰が聞いても良からぬ発言を繰り出したモナーク。
直後――
“血液混成法適応外の魔族に何らかの危機が訪れた”
――そう気付いた俺とは反対に
見る見る内に表情を曇らせ始めたジャックは――>
「……危ない所だった。
君や女将と触れ合う内……どうやら私は
知らず知らずの内に懐柔されて居た様だ。
……魔王よ、遂に馬脚を現したな」
<――モナークを睨みつけ、明らかな殺気を放ちながらそう言った。
一方、これに一切の関心を持たず――>
「征くぞ……」
<――そう言うや否や
俺の手を掴み、転移魔導を発動させようとしたモナーク。
だが、この直後――>
………
……
…
「……操られ、強いられている者達を少しでも穏便な形で救えるのならと
今日まで大人しく捕縛されて居たのだが……どうやら無駄だった様だ。
……聖剣よ。
我が身に降り掛かる火の粉を払い退けよッ!! ――」
<――牢獄に響き渡ったジャックの声
直後……“壁を突き破り”現れた聖剣は
彼の身体に巻き付いた“布”を真っ二つに切り裂き
彼の手へと納まった――>
………
……
…
「――これでも私は
女将の腕と、その“矜持”に尊敬をして居たし
君に対しても、少なからず信頼と呼ぶべき感情が芽生え始めて……
……いや、最早言葉など意味を為さない状況か。
本当に、残念だ――」
<――言うや否や
此方の弁明も聞かず聖剣を振り下ろしたジャックは――
――直後、咄嗟に発動させた“固有魔導”に依り
ギリギリで斬撃を“逆方法へと捻じ曲げ”……モナークへは勿論
誰にも怪我をさせない様動いた俺に驚き、一瞬動きを止めた。
……だが。
この瞬間、モナークの逆鱗に触れてしまった彼のこの行動は
モナークに“極めて致死性の高い一撃”を放つだけの理由を与えてしまって――>
………
……
…
「貴様……何故その阿呆を庇った? 」
<――直後
悍ましいまでに発せられた殺気とは裏腹に
“拳を緩め”ながらそう言い放ったモナーク。
この瞬間、モナークの攻撃を止める為
咄嗟に二つ目の固有魔導を発動させて居た俺は……
……容易に固有魔導を貫き
勢いを保ったまま差し迫り……そして
既の所で止まった“拳”に戦慄しながらも
双方の怒りを鎮める為――>
「それぞれに言いたい事があるのは分かる……けど、後にしてくれ。
兎に角、今は……逃げられるだけの力を隠し、その“呼び名”とは反対に
研究機関に居る人達を巻き添えにしかねない程の一撃を放った“勇者様”と
配下の為とは言え、話を悪い方向に拗らせた挙げ句
勝手な判断で事を荒立てた“魔王様”は鳴りを潜めててくれ。
そもそも……“何が遭ったか”位、ちゃんと説明してくれよ」
<――そう、敢えて“火に油を注ぐ”様な物言いで
一触即発の雰囲気に水を差そうとした。
だが……この直後、頑として
“答えを聞くまで動かない”と言う決意を見せた俺に対し
モナークは――>
………
……
…
「“何が遭った”……だと?
痴れ者が……それは我が貴様に問うべき疑問であろう。
混濁した意識の中で、頻りに貴様の名を呼び続け
辛うじてその生命を繋いでいるに過ぎない“ロベルタ”に
貴様が何を吹き込んだのか……飢えれば見境無く
“淫魔族”さえ恐れる程の“渇き”を見せるあの者が
餓死寸前の状況に在りながら尚も食事を拒むなど……」
<――“怒り”などと言う言葉では表せない程
強い感情を以て、そう言った。
直後、脳裏に浮かんだ彼女の言葉――
“貴方は無理せず頑張ってね”
――何故、気付けなかったのか。
俺は……馬鹿だ。
もし無理をしていないのなら、貴方“は”……などとは言わない筈だ。
……あの日、何時もとは違い
彼女から発せられる淫魔族特有の媚薬効果が
俺の中で妙に“後残り”した事さえ
違和感として感じ取れて居なかったのだから――>
………
……
…
「モナーク……俺の所為だろうが何だろうが良い。
責めなら後で幾らでも受ける……だから。
兎に角、今はロベルタさんの所に連れて行ってくれ……頼む」
<――“勇者様”を背に、そう言ってモナークの手を掴んだ俺。
……だが、この直後
何故か構えを解いた“勇者様”は――>
「……何?
淫魔と言えば見境無く男を襲う魔族の筈……魔王よ、一時停戦だ。
今一度、見定めさせて貰おう……」
<――そう言って同行を希望した。
一方、そんな“見世物小屋扱い”とも取れる彼の発言に
明らかな“不愉快さ”を漂わせながらも
意外にも文句を言わなかったモナークは、この直後
勇者様の同行を“容認”し――>
「手を差し出すが良い……」
<――言うや否や
差し出されたジャックの手を“少々荒く”掴むと
彼女の待つ“淫魔館”へと飛んだ――>
………
……
…
「待たせたな、ロベルタよ……」
<――転移後
朦朧とした様子のロベルタさんに対しそう言ったモナーク。
だが、この直後……その声に気付き、静かに目を開いたロベルタさんは
“二対魔王”であるモナークには一切の関心を示さず――>
「主人公……さん……来て……くれたの……ね……嬉しい……」
<――虚ろな眼差しで俺の目を見つめ、そう言った。
直後、そんな彼女の健気さすら感じさせる態度に
俺は……罪悪感だけでは無い
様々な感情が渦巻く中――>
「……直ぐに助けます。
気付けなくて……すみませんでした」
<――そう、何の足しにも成らない謝罪を伝えた。
だが、ロベルタさんは――>
「良いの……よ。
貴方は私の……大切な……ヒト……だから。
貴方の事は、他の人間みたいに扱いたく無い……の……だ……から……」
<――鈍い俺でも確りと理解出来る程の愛を以て応えてくれた。
だが――>
………
……
…
「ウゥッ……グァァッ!!! ……」
<――突如として急変したロベルタさんの容態
慌てて彼女の手を握った
瞬間――>
………
……
…
「主人公……さん……ッ……逃げて……ッ!!
し……い……
……欲し……い。
欲しい……欲しい欲しい欲しい欲しいッッ!!! ――」
<――目が眩む程の強烈な媚薬効果
今日まで、唯の一度として“そう仕向ける”事さえしなかった
心優しい彼女から発せられたあまりにも強烈なこの媚薬効果は
俺の理性など容易く吹き飛ばす程の濃度で襲い掛かった――>
………
……
…
「ぐッ……ロベルタ……さん……ッ!!
モナーク……ッ!! 俺……は……何をすれば良い……ッ?! 」
<――意識を保つ事で精一杯の中
俺は、彼女を救う為の方法を訊ねた……だが。
この直後、モナークから返された答えは俺の予想を遥かに超えて居た――>
………
……
…
「既に血を分ける程度の話では済まぬ様だ……主人公
我が配下を救う為だ……貴様の精気を吸わせよ」
「なッ?! ……って、冗談じゃ無さそう……だ……なッ……
一応……聞くけど……ッ……
それって……“肌を重ねろ”って事か? ……」
「貴様……この期に及び“選り好み”する腹積もりか? 」
「真面目に……答えてくれッ!!
“今直ぐ襲いそう”なのを辛うじて抑えてるんだ……ッ!!
俺の所為でこう成ったのは充分過ぎる程分かってる……けど
こんな……お互いに“不本意な形”は嫌……なんだッ……
それ……でも……それしか方法が無いのなら……
精一杯……頑張る……から……ッ!! ……」
<――今にも飛びそうな意識の中で、必死にそう伝えた。
だが……この直後、モナークから返された答えは
ある意味“拍子抜け”な救いの一手だった――>
………
……
…
「……貴様の得た“光の力”を万が一に魔族の身に流し込めば
それはそのまま、魔族種に対する“鉾”となる。
だが……本来、貴様が有している“精気”は何一つ変化などして居ない。
再びの生を得た貴様の“生命力”がどれ程の物かは知らぬが……」
「モナーク、その話の結論が――
“俺の寿命をロベルタさんに渡す”
――って話だと仮定して聞くぞ。
ロベルタさんを救う為の……そうする為の“方法”は? ……ッ……」
「フッ……今の貴様では不可能だ。
我が媒介者と成ろう……手を差し出すが良い」
<――直後
慌てて差し出した俺の手を勢い良く掴んだモナーク。
だが……この瞬間
モナークは、選りに選って……俺の手を
ロベルタさんの“大切な場所”へと置いた――>
………
……
…
「なななななッ!? ……何してるんだよお前ッ?! 」
<――違う意味で
“意識が吹き飛びそう”に成ったこの瞬間
慌てて手を引こうとした俺を力強く掴むと
今度はロベルタさんの手を俺の“大切な場所”へと置いたモナーク。
直後……思わず“変な声”が出てしまった俺に対し
モナークは酷く不機嫌そうに――>
「フッ……喘ぐ余裕が在ったとはな、愚か者が。
貴様の元居た世界には“性崇拝”なる物が存在して居た筈
それが“貴様の神”で在ったかなど興味は無いが、拒むと謂うのなら……」
<――静かなる怒りを顕にそう言い掛け
直後、遮る様に発した――
“ロベルタさんを助ける為ならこの際文句は言わないからッ!
兎に角ッ!! とんでも無く恥ずかしいから……は、早く終わらせてくれッ!! ”
――と言う俺の言葉を
“承諾”と捉え――>
「何とも締まらぬ男よ……愚か者が。
行くぞ――」
<――言うや否や、俺が得た力とは“正反対の力”を発動させたモナーク。
その、余りにも強大で純粋なる“闇の力”は……
……今日、この瞬間まで忘れていた
此奴の“魔王”としての立場をも俺に再認識させ
そして――>
………
……
…
「な、なぁ……これ……大丈夫なヤツ……だよな?
何だか……寒気がし始めたんだ……けど……ッ……」
<――吸い取られて行く生命力が故か
この瞬間、俺の身体を襲った強烈な寒気は
今日まで絶対的な信頼を寄せていたモナークに対し
長らく感じる事の無かった恐れを感じさせた。
もしも“その気”なら、此奴は今直ぐにでも俺を消し去れるだろう。
そう、感じさせる程の畏怖すべき力を――>
「フッ……我と貴様の間には、既に何の契約も無い。
貴様が今、この瞬間死に絶えようとも
我に降り掛かる災いなど在りはしない……」
「ちょッ……冗談……は止め……ッ……ま、待って……くれ……
意識が……ッ……」
<――直後
微かに聞こえた――
“フッ……我は事実を述べたまで”
――と言うモナークの声を最後に
俺の意識は“綺麗に飛んだ”――>
………
……
…
「や……止め……ろ……止めて……くれ……
……モナークッ!!!
って、此処は一体……」
<――この瞬間
猛烈な疲労感と恐怖の中、なんとか意識を取り戻した俺は
病院のベッド……では無く。
見知らぬ“甘い香りのするベッド”の中で目を覚ました。
何時の事か正確には分からないが……それでも
明らかに“嗅いだ事のある”甘い香りが漂うベッドの中で――>
………
……
…
「あら、もうお目覚め? ……流石は主人公さんね。
優しいだけじゃなくて、とっても“強い”のね……素敵よ♪ 」
「ん? ……って。
な゛ッ!? ロロロロベルタさんッ!? ……な、何で俺の横にッ!?
ってか、何でそんなに“セクシー”な格好をッ!? ……」
<――この瞬間
俺は“嗅いだ事のある甘い香り”の正体に漸く気付いた。
それは……ロベルタさんから漂う香りだった。
この後、掛け布団をめくり……文字通り
“目が覚める”程の美貌と、余りにも刺激の強い“薄着姿”で
俺に対し妖しく微笑んだロベルタさんは――>
「あら……とても初心な反応ね?
あんなに激しくて強いのをくれたヒトとは思えない程……」
「な゛ッ?! ……そ、それは一体……」
「あら、覚えてないの? ……酷いヒトね。
私と一緒に……それも私の寝屋で幾つもの夜を越しておきながら
“何も覚えていない”なんて……私ったら、遊ばれているのかしら? 」
「い゛ッ?! ……ちょ、ちょっと待ってくださいッ!
きっとこれは何かの間違いで! ……」
「重ね重ね酷い事を言うのね……
……私と何か在る事がそんなに嫌なの? 」
「え゛ッ?! ……い、いやいやいやッ!! そう言う意味で言ったんじゃなくて!
そもそもッ!! ……おっ、俺は確か
ロベルタさんを救う為にモナークの力でッ! ……」
「あら残念……ちゃんと覚えてたのね。
私、万が一にも貴方が勘違いして――
“せ、責任は取りますからッ!! ”
――って、私をお嫁さんにしてくれる事を期待してたのだけれど」
「な゛ッ!? ……って、と言う事は
俺達、別に何も無かったって事……ですよね? 」
「ええ、残念だけれど……でも。
私の中には、確かに“貴方が宿ってる”わ? 」
「え゛ッ?! そ、それは一体どう言う……」
「本当に可愛い反応してくれるのね♪ ……大丈夫だから心配しないで?
貴方の同意も得ずに“無理やり”なんて、私……そんな事したくないもの。
と言うか、今私がするべき事は“貴方をからかう”事じゃ無かったわね……
……主人公さん、私の所為で無理をさせてごめんなさい。
でも……勝手かも知れないけれど
貴方が来てくれた時……私、とても嬉しかったわ」
<――この瞬間
そう言って感謝を口にしたロベルタさんは……この直後
俺の頬に優しく口付けをした。
そして――>
………
……
…
「どんな状況でも、私に紳士で居てくれる貴方の事
本当なら、襲いたい程大好きよ……
……優しい気遣いをくれた貴方の優しさを反故にする様な
こんな“はた迷惑”な女の事を助ける為に必死になってくれる貴方の事が。
だから……本当にごめんなさい。
でも、貴方の周りに何時も居る女の子達には私からちゃんと説明するし
もし貴方が強く問い詰められる様な事が在ったら
その時は私がちゃんと責任を取るから……」
<――と、何だか“不穏な空気”を漂わせる様な口振りでそう言った。
そして、この直後――>
「あ、あのッ!! ……一応、聞きますけどッ!!
その……ロベルタさんは先程、俺に
“何夜も”みたいな事を仰ってましたけど、俺って一体――
“何日間”
――此処で寝てたんですか? 」
<――そう
“当然”と言うべき質問をした俺に対し――>
………
……
…
「何日? ……何だか少しだけ“単位”が違う様だけど
敢えて、貴方の質問に合わせて答えるなら――
“七日間”
――かしらね? 」
<――直後
そう、意地悪げに返された答えは
俺に取って、あまりにも“恐ろしい”物で――>
===第二一八話・終===




