第二一六話「“事件”は楽勝ですか? ……後編」
<――“平和”と呼ぶべき日常の一方で
目指して居た形とは乖離した空気に包まれて居た俺の大切な場所、政令国家。
……そんな中、見たく無い事から目を逸し
伝えるべき事から逃げ続けて居た俺の所為で起きた騒ぎは
直後、少しずつその姿を変え始めた――>
………
……
…
「主人公さん、本当に無理はしていないのですね? 」
<――“特別配備隊”と共に戦う決意を伝えた直後
メアリさんは、酷く心配した様子でそう訊いてくれて――>
「ええ! ……無理なんてしてませんし、蟲への対処法だって
“研究機関”のお陰で判明してるんですから大丈夫ですよ!
と言うか“伝説の職業”とか言われて変に持ち上げられてますけど
普通の技で戦う分にはトライスターと大差無いので心配しないで下さい。
“チャチャっと片付けますッ! ”
……なんて軽口が言える状況では無いかも知れませんけど
少なくとも無理と無茶だけはしないって約束しますから! 」
<――直後
心配を掛けまいと、そう明るく振る舞った俺に対し――>
「分かりました……では
主人公さんがお戻りになるまでの間、万が一にも逃げられぬ様
“勇者”の身柄は私が責任を持って確保しておきましょう」
<――そう言うと、懐から一枚の大きな布を取り出し
それを勇者ジャックの身体へふわりと掛けたメアリさん。
直後……まるで命が宿ったかの様に独りでに動き始めた“布”は
勇者の身体へと巻き付き、その身体を力強く捕縛した――>
………
……
…
「なッ?! こ、この布は一体……」
<――直後
その異様な光景に驚きそう言った俺に対し、メアリさんは――>
「……本来、この“布”は我が研究機関の創設理由である“蟲対策”の為
試験的に作られた物であり、そもそも人の身にこれを使用する事など
想定していませんでした……とは言え、この方は
我が国の誇る魔導障壁をいとも容易く打ち破るだけの力を有しています。
通常の牢が意味を為さない可能性が遥かに高い以上
布を使用する他無いと判断したのです。
……無論、万が一にも対象を“絞め殺す”事はありませんから安心して下さいね?
この布が持つ力は、巻き付いた相手の持つ“抵抗力”を封じる事なのですから。
それよりも……主人公さん?
いつも一人で抱えようとする貴方の事ですから
貴方の発した“心配するな”と言う言葉は話半分と考えるべきなのでしょうし
そもそも、今此処でどれほど私が念押しした所で
それ自体が無駄だとも確りと理解しているつもりですが……
……それでも、無事に戻る事だけをお考え下さいね?
仮にも貴方はこの国が有する“最高の戦力”……で、ある前に
私の大切な娘の“想い人”なのですから……」
<――衆人環視の中
突如として、あまりにも堂々と宣言をした挙げ句――>
「な゛ッ?! おっ、想い人って……」
「主人公さん? ……もしも娘を悲しませる様な結果と成れば
私達親子の“恩人”である貴方であっても……私は許しませんよ? 」
<――この瞬間、相当な“圧”を持ちそう言った。
一方の俺は、そのあまりの威圧感に――>
「ひィッ?! ……ひゃぃッ! 必ず無事に戻りましゅッ!! 」
<――と、思わず声を上擦らせてしまったのだった。
ともあれ……この後
そんな俺の様子にある程度は安心してくれたのか――>
「ふふっ♪ ……少しは肩の力が抜けた様で安心しました。
約束ですからね? ……では、お気をつけて」
<――そう言って俺を送り出してくれたメアリさんは
“勇者”移送の為、兵士達に協力を呼び掛けて居た。
だが、そんな中――>
「主人公様ッ! メアリ様ッ! ……あ、あれをッ!! 」
<――“亀裂”を指差し、慌てた様子でそう叫んだ一人の魔導兵。
直後、亀裂から現れた“個体”はこれまでに現れた個体とも
明らかに違った“特徴”を持って居た――>
………
……
…
「なんて事……」
<――この瞬間
落胆し、漏らす様にそう発したメアリさんを皮切りに――>
「な、何だよあれ……どうしろってんだよっ!!
俺らは“飛べない奴ら”にすら苦戦してたんだぞっ!? 」
<――自らの大腿を殴り、襲い来る不安を口にした特別配備隊の隊員。
亀裂より現れた“新種”と思しき個体の背に生えて居た巨大な“羽”は
間違い無く、この場に居る全員に漠然とした不安を植え付けた。
だが――>
「……落ち着ける様な状況じゃ無いのは分かりますし
“新種”の詳細が分からない以上、不安になるのも当然だと思います。
けど……今此処でどれだけ不安や恐れを感じたとしても
それを理由に新種が消えてくれる訳では無い筈です。
正直俺は“根性論”とか大嫌いですし
そもそも根性なんて持ち合わせて無いに等しい俺ですけど
それでも、俺や皆さんの大切な人達が住んで居るこの国を護る為には
痩せ我慢だろうがなんだろうが、動くしか無いんです」
<――この瞬間
“らしく無い”論法で不安を吐露した隊員を勇気付けようとした俺。
……正直な事を言えば
自分自身を奮い立たせる為に発した言葉だったのだが
少なくとも、この“根性論”は
この場の空気を上向かせるだけの力を発揮してくれて――>
………
……
…
「主人公様……大変失礼を。
我が隊の隊員達は、私を含め腕にある程度の“覚え”はあるのですが
如何せん、記憶力と言う意味での“覚え”の悪い者が多い様で
愚かにも、時々“忘れて”しまうのですよ――
“この国を襲う未曾有の脅威に逸早く対処し、それを滅する”
――それこそが、我々に課せられた決して揺らぐ事の無い
唯一にして絶対の職務であり、責務であると言う事を」
<――この瞬間
真っ直ぐに俺の目を見つめそう言った特別配備隊の隊長。
直後……そんな隊長の言葉に対し、決意を以て“思い出した”隊員達は
これに敬礼で応えた。
だが――>
「と言うか……隊長殿?
我々が言えた義理ではありませんが、幾ら相手が味方とは言え
隊の“弱点”を曝け出すのは流石に感心しませんな? 」
<――直後
そう、困った様に笑みを浮かべ冗談を言った一人の隊員。
この後……そんな彼に同意する様に
隊長に対し、笑顔で“苦情”を伝え始めた隊員達は……覚悟を決めた様に
懐から遺書を取り出し、それを隊長へと渡し始めた――>
………
……
…
「……皆さんに“覚悟”をさせた責任は俺が取ります。
俺が全力で皆さんの事を護ります、向かって来る敵だって全部ッ! ……」
<――この瞬間
“死をも恐れぬ”程の覚悟を見せた隊員達の姿に危うさを感じ
そう言い掛けた俺……だが。
そんな俺の言葉をキッパリと遮り――>
「おっと! ……主人公様、それは少々無礼が過ぎますな?
我々は仮にも蟲対策の為に集められた“エリート”ですぜ?
それを、万が一にも――
“羽が生えた程度の相手に怖がって隠れてたぞ! ”
――って噂でもされちまったら
家で待ってる女房と娘達に愛想を尽かされちまいます。
ま、そう言う事で……“ど忘れ”の酷い俺らですが
腕だけはそこそこに立ちますから……させた俺達が言うのも変でしょうが
“変な気遣い”は要らねぇって事で、どうか一つお願いしますぜ? 」
<――そう言って
混じりっ気の無い“根性論”を発した一人の隊員と
そんな彼に同意した隊長以下、特別配備隊の隊員達。
……そしてこの直後、そんな彼らに向け発せられた
メアリさんからの“要求”――>
「……流石は生え抜きのエリートです。
その様子なら新種の討伐は勿論“実験用個体”を持ち帰る事さえ
掠り傷一つ負わず容易くこなしてしまう事でしょう。
私も、いち研究者として期待していますよ? 」
<――この瞬間
激励の為“敢えて発した”と思しき“研究者魂フル回転”な要求に対し
隊員達は一切物怖じする事無く、皆気合の入った返事を返し
隊長はそんな勇ましい隊員達に向け
新種の討伐、及び“生け捕り”を命じたのだった――>
「いやぁ~っ! 相変わらずキッツイ命令を出すぜウチの隊長殿は!
まぁ、そうでなきゃやり甲斐がねぇって事か!
よっしゃあっ! ……全員! 気を抜くんじゃねぇぞっ!! 」
「ジョニー隊員、号令は隊長の役目では? 」
「おっといけねぇ! ……ハッハッハ! 」
<――恐らくは
この場に居る全員が、俺を発端とする“根性論”と言う名の
“痩せ我慢”を開始してしまった、この瞬間――>
「……そ、そもそも“羽があって危ない”って言うなら
羽を千切れば良いだけですし
そのつもりで動けば楽に討伐出来ますよ!
ま……まぁ、とは言え!
一応、俺の展開する魔導障壁には入ってて下さいよ?
“主人公とか言う奴、特別配備隊に全部任せて自分の身だけ護ってたぞ? ”
……なんて格好悪い噂が立つのは嫌なので! 」
<――と、彼らの“ノリ”に合わせた俺に対し
“ほう、攻撃に集中出来るのは助かりますな! ”
“おや? 攻撃には参加しない御積りですかぃ? ”
……などと明るく応えてくれた隊員達。
この後……そんな彼らに勇気付けられ
気合いを入れ直した俺は――>
「そ、その……お手柔らかにって事で!
取り敢えず、外郭以遠への転移と魔導障壁の展開
“透明化”は俺が担当しますので、転移後暫くの間
皆さんには敵への対処をお願いします。
準備が整い次第、俺も攻撃に参加しますので……お互いにですが
無理と無謀だけはしない様にお願いしますッ!!
では、準備が良ければ! ……」
<――この後、隊員達から返って来た威勢の良い返事を確認し
魔導障壁と、透明化の魔導技“覆隠者”を発動し
そして――>
「では、行きますッ! 」
<――直後
外郭以遠、蟲達の背後に向け転移を発動させた俺。
だが――>
………
……
…
「な、何だ? ……」
<――転移直後
俺は……周囲への“索敵”は疎か、汎ゆる行動を
完全に“停止”した蟲達の姿に異質さを感じ、思わずそう口にした。
……無論、俺の発動した透明化の魔導がそうさせた訳では無い筈だし
特別配備隊の誰かが“特殊な技”を発動させた様子も無かった。
そんな中――>
「何だかは分かりませんが……こりゃあ好機の様ですぜ?
だが“一発撃ったら全員動き始めた”ってんじゃつまらねぇのもまた事実。
其処で……です。
隊長……俺達一人につき最低でも三体、それぞれ別の奴らに狙いを付け
隊長の合図に合わせて一斉に“カマしてやる”ってのはどうです? 」
<――この瞬間
ジョニー隊員の提案した作戦は……直後
隊長の許可に依って、実行に移される事と成った――>
「良し……では、秒読みを開始する。
五……四……三……二……一……
……全員、一斉攻撃ッ!! 」
<――直後
その完璧な連携に依り発せられた周囲一帯を覆う程の正確無比な攻撃は
全て彼らの狙い通りに命中……蟲の殆どを消滅させ
俺の中の一抹の不安さえも吹き飛ばす程の成功を収めた。
だが――>
………
……
…
「何だ? ……残ってる奴ら、全然動かないぞ? 」
<――“新種”を含め、殆どの同族が消滅し
蟲らに取っては、控えめに言っても“滝の如き攻撃が降り注いだ”この瞬間
奴らは……それまでと変わらず停止し続けて居た。
それは、不気味さを感じさせる程の静寂と共に――>
………
……
…
「ん~……こりゃあ流石に気味が悪いぜ。
だが、奴らが“トロい”お陰で亀裂までの道のりは開けた……隊長っ!
警戒を怠らねぇのが大前提ですが、この好機を逃す手も無ぇ筈……
……今の内に“亀裂”の調査も済ませるってのはどうです? 」
<――不気味な静寂の中発せられた“ジョニー隊員”の提案
直後……これに許可を出した隊長は、一層警戒を強める様命じ
それに応える様に、隊員達もこれまで以上の警戒心を以て挑んだ。
だが、此方の警戒とは裏腹に……この後
俺達は“索敵”の被害にすら遭う事無く
信じられない程に容易く“亀裂”の前へと到着し――>
………
……
…
「成程……全くと言って良い程“向こう側”が見えねぇな。
しかし、不気味な亀裂だぜ……隊長っ! とっとと調べて“封鎖”するなり
可能なら“破壊”するなりしましょうぜ! 」
<――到着早々
威勢良くそう言った“ジョニー隊員”の要望に応える様に
命令を下した隊長と、それに依って調査を開始した隊員達。
とは言え、何が引き金に成り動き出すか分からないと言う
危険な状況には変わり無く……念の為、改めて魔導障壁を多重展開した俺は
これまで以上の緊張感の中、眼前で始まった隊員達に依る“調査”を
唯静かに見守って居た――>
………
……
…
「……今の所、亀裂の周囲に魔導的な“乱れ”は確認出来ず。
尚“蟲deバックバク改”に登録されていない新種に付きましては
一応“不明個体”としての表示がされている為
少なくとも、新種からの奇襲攻撃を受ける可能性は限りなく低く
先程の先制攻撃に依る討伐も
これまでの種と大差なく行えた事から
防御面に関しても特筆する様な点は無いと考えて良いかと。
ですが……やはり、詳しい能力については持ち帰り
研究機関の調べを待つのが得策である事に変わりは無いでしょう。
正直、先程メアリ様がお使いに成られた“試作品”を使用出来れば
持ち帰る事も容易い様には思うのですが……兎に角。
……現状で完了した調査結果は以上です。
後は、この“亀裂”がどの様な場所へと繋がっているのか
その確認を残すのみと言った所でしょうか。
ただ、流石に内部の調査は……」
<――女性隊員に依る調査報告
だが……その最後、彼女は僅かに不安と怯えを感じさせる様な
“口籠り”を見せ――>
「……なぁに怯えてんだよオメェは!
俺らが警戒してた程今回の状況はヤバくなかったって事だよシェリー!
それに、向こうが見てみてぇってんなら
それこそ望遠鏡でも突っ込んでみりゃあ良いんだよ! 」
<――そんな彼女の態度が故か、それとも
此処まで立案した作戦が全て成功して居た事が理由か
“ジョニー隊員”は、女性隊員……もとい
“シェリー隊員”に対しそう大言した。
そして――>
「まぁ、何だ……此処までの俺の手柄を見てりゃ判ると思うけどよ?
俺が“切り込み隊長”やってやるからよ
オメェはその“怯え癖”……少しは直しとけよ?
って事で……隊長っ!
これまで通り、俺がサクっと“突っ込んで”みますんで! ……」
「お、おい待てッ! 念の為! ……」
<――直後
隊長の制止も間に合わぬ程の勢いで
懐から取り出した望遠鏡を亀裂へと“突っ込んだ”ジョニー隊員。
彼は――>
「ほう、意外と薄暗いな……って、何だ?
あれは……“繭”か?
……隊長っ!
どうやら“新種”の野郎共は繭から生まれるみてぇですぜ!
こうして居る今も俺の眼前じゃ繭がうねうねと……」
<――そう、興奮した様子で内部の状況を伝えた。
だが、この直後――>
「待って、この形……違うっ!!
ジョニー隊員っ! 急いで亀裂から離れてっ!! 」
「……何怯えてんだよシェリー!
“うねうねしてる”ったって、奴らどう見たって生まれる程の大きさじゃ……」
「怯えとかじゃ無いのよ!! そうじゃ無くて!
ッ!? ……緊急回避ッ!! 」
<――幾重にも展開した魔導障壁の中に在りながら
言うや否や体勢を低くした“シェリー隊員”
……そんな彼女の鬼気迫る雰囲気に、俺達は皆何も考えず地面に伏せた。
此処まで“大言”を続けて居たジョニー隊員を
“除いては”――>
………
……
…
「な……何だ? ……視界……が……」
<――この瞬間
まるで“投げて直ぐの独楽”の様に
俺達の周囲を高速回転し始めた“新種”……奴らは
何を狙うでも無く、唯馬鹿げた切れ味を持つ“羽”を振り回しながら
縦横無尽に暴れ続けた。
……幾重にも重ね掛けした魔導障壁は疎か
ジョニー隊員をも容易く“切り刻み”ながら――>
………
……
…
「隊長……新種の羽は“飛ぶ為の物”では断じてありません。
飛ぶ為には明らかに“適していない形状”をしているのです
背中に生えていると言うだけで、あれは間違い無く
奴らの“武器”と呼ぶべき物……
……もしも私がその事にもっと早く気付いていたら
ジョニー隊員は……ッ!! ……」
<――そう言って自らを責めた“シェリー隊員”
この直後、立ち上がる事すら危うい状況の中――
“全員掠り傷一つ負わず”
――と言う約束さえ護れなかった不甲斐なさは
俺の心に明らかな怒りを齎した。
“新種は勿論、その発生源である亀裂さえも完全に消し去らねば”
……そう、考える程に。
だが、この直後……まるでそんな俺の考えを読んだかの様に
差し込まれた望遠鏡の“先ごと”消え去った亀裂
そして――>
………
……
…
「新種共の動きが……止まった?
けど……簡単に捕縛させてくれる様な相手には見えないし
仮に出来るとしても、これを持ち帰るのは余りにも危険過ぎる……」
<――苛立ちと不安に耐えられず
つい考えを口にしてしまった俺に対し、シェリー隊員は――>
「ええ、持ち帰る事については私も反対です……ですが
少なくとも……ジョニー隊員が遺してくれた情報だけは
何一つ残さず、持ち帰るべきなのです……」
<――そう言って“真っ二つに成った望遠鏡”を手に取ると
これを“魔導布”で厳重に包み懐に入れ、目を閉じ手を合わせた。
そして――>
「……ですが、何よりも辛い任務がまだ残っているのです。
彼の奥様と子供達に、訃報を伝えると言う“任務”が……」
<――この瞬間
仲間の死を悼み、必死に涙を堪えながらそう言った
彼女の言葉を最後に、俺達の“調査”は終了した。
直後……断じて持ち帰る事の許容出来ない新種と
持ち帰りたくも無い悲しみを跡形も無く消し去る為
何故か再び停止した蟲共を全力を以て焼き払った俺に対し
シェリー隊員は――>
………
……
…
「主人公様……不躾で厚顔無恥な申し出である事は分かっています。
ですが、それでも……どうかお願い申し上げます。
……残された家族の為、貴方様の“戦果”を
彼の物としては頂けないでしょうか? 」
<――ジョニー隊員の名誉の為か
そう言って静かに頭を下げたのだった――>
===第二一六話・終===




