第二一五話「“事件”は楽勝ですか? ……前編」
<――普段なら
“二対魔王”率いる魔族軍の圧倒的な軍事力に依り
政令国家に鉾を向けた存在は、全て等しく返り討ちに遭う事となる。
筈、なのだが……この瞬間、俺に齎された緊急の通信は
余りにも異質な状況を伝えて居て――>
………
……
…
「ゆ、勇者? ……って、兎に角落ち着いて!
直ぐに向かいますからッ!! 」
<――解決すべき問題が山積する中齎された
理解し難い緊急通信は……直後、一方的に途絶した。
そして、この瞬間……途絶の寸前まで事態の逼迫を伝え続けたその声は
出来る限り“人前に出ない様”心掛けて居た俺を
大量の難民達が押し寄せる第二城地域“外郭”へと向かわせた――>
………
……
…
「状況は!? ……って、何だッ?! 」
<――転移直後
目にする事と成った光景……それは
大量の難民申請者達の先頭に立ち、此方の魔導障壁に向け
両手剣を勢いよく振り下ろした、絵に書いた様な“勇者”の姿だった――>
………
……
…
「ん? 君は……人間か。
どうやら並外れた力を持って居る様だが
その反面、君は力の使い方を間違えても居る様だ……」
<――直後、俺に気付きそう言うと
“勇者”は持論を語り始めた――>
「さて……“不思議な服”を着た君よ。
君や君の周りに居る兵士達が“操られて居る”と仮定し
私の周囲に居る民草達も、何らかの呪術を以て
この場に集められて居ると仮定して話すよ。
……まぁ、そうであったならば
結局の所無駄なのかも知れないが……兎に角。
良く聞いてくれ――
“魔族は滅ぼすべき敵であり、君達の味方には成り得ない”
――君達は騙され、文字通り“食い物”にされている。
分かったらこの面妖な“バリア”を解除し
魔族共の元から早急に離れ……」
<――この瞬間
通信先で慌てて居た兵士が口にした言葉の意味を理解した。
勇者は……明らかに
何か“大きな勘違い”をして居る――>
………
……
…
「待ったッ! ……貴方が何者で、何処の出身者かは知りませんが
一つだけ確かな事があります!
それは……政令国家がどの様な国で、どの様に成り立って居るかを
貴方が一切理解していない……と言う事です。
何れにせよ、一先ずは剣を鞘に納めて頂き
冷静な話し合いを……」
<――そう説得をする俺の行動など初めから“想定内”だったのか
それとも、最初から聞く耳を持っていなかったのか。
何れにせよ……この瞬間、強い闘気を発した“勇者”は
必死に説得する俺の言葉を遮り――>
「やはりか……分かっては居たが
言葉では君達に掛けられた“呪縛”を解く事など出来ないか。
“不思議な服”の君よ……すまない。
罪無き人々の暮らす世界の恒久的な平和の為
君達を巻き添えにしかねない私を許して欲しい――」
<――瞬間
“勇者”は、その手に握られた剣を静かに振り上げ
声高々に必殺技の“名”を叫び……勢い良くその剣を振り下ろすと
第二城地域を包む魔導障壁をいとも容易く両断した。
だが――>
………
……
…
「フッ……何事かと思えば、既に貴様が出向いて居たか」
<――直後
既の所で斬撃を止めた俺の直ぐ傍に転移し
そう言って状況を軽く見た様な態度を見せたモナーク。
そんな此奴の態度に、思わず怒りが込み上げた俺は――>
「お……お前なぁッッ!!
仮にも第二城地域と魔族達を取り纏める存在の筈なのに
こんな状況に成ってからやっと現れただけじゃ無く
そんな軽口まで叩くとかマジでふざけんなッッ!!
大体ッ! そもそも俺はッ! ……」
<――そう言って
湧き上がる怒りの全てをモナークに対しぶつけようとして居た。
その時――>
「ふむ……“不思議な服”の君よ
やはり君は只者では無かった様だ。
しかし……魔族達を取り纏める存在だと?
確かに凄まじい力を感じるが……モナークとやら、貴様が魔王か? 」
<――静かにそう問うた勇者
一方……その“不遜な態度”が故か
見るからに機嫌が悪く成ったモナークは――>
「フッ……我が居城とも謂うべきこの地で
幼子の様に喚き散らし、我が同胞を滅する為
“如何なる犠牲をも厭わぬ”と謳う貴様は
実に都合の良い考えで動く俗物の様だ……」
<――そう、敢えて挑発するかの様に嘲笑った。
直後……これに乗せられた勇者は
俺を軽々と“飛び越え”――>
………
……
…
「は~っ……自信を無くしてしまいそうだ。
こうも立て続けに“止められて”しまっては……」
<――モナークに斬り掛かり
そして、軽くいなされた事に苦笑しつつそう言った。
その一方で……此処まで静かに状況を見守って居た
難民達の中から漏れ聞こえて来た――
“あ、あの魔王様は兎も角……その前に攻撃を止めたあの魔導師
もしかして、例の星何とかって奴なんじゃ……”
――と言う噂話。
この瞬間、事態のさらなる悪化を予感してしまった俺は
色んな意味で耐えきれなく成り――>
「二人共……人の話は最後まで聞けやぁぁぁッ!! 」
<――少なくとも、この噂話を“掻き消せれば”
そんな考えの下、そう叫んでしまった。
……だが、この直後
“その所為で”余計に注目を浴びる羽目になった俺を指差し――
“この状況であんなにも尊大な態度で居られるって事は
やっぱりあの魔導師、星何とかって奴なんじゃ……”
――と、追い打ちを掛ける様に発せられた疑いの言葉に
内心穏やかでは無かった俺とは裏腹に……そんな“騒ぎ”は疎か
俺の“叫び”さえ聞こえていないかの様に
二人の争いは尚も続いて居た――>
………
……
…
「魔王よ……罪無き民草を人質に取るだけに飽き足らず、剰え
人間の魔導師をも操り“武器”として扱うとは何たる非道……
……この、勇者“ジャック”が成敗してくれるッ! 」
「フッ……阿呆が。
その難民共と違わず、聞く耳さえ持たぬ貴様の様な阿呆に届く“言葉”は
最早“声”では無いと謂う事よ――」
<――瞬間
勇者の“両耳”に向け掌底を叩き込んだモナーク。
直後……避ける事は疎か
まともにこれを食らってしまった“勇者”……もとい。
“ジャック”は――>
………
……
…
「あ゛か゛ぁッ……ッ!! 」
<――平衡感覚を失い、その場に倒れ……直後
そのまま意識を失ってしまって――>
………
……
…
「……よもや、この程度の攻撃すら避けられぬ阿呆とは。
興が削がれた……主人公、その阿呆の処遇は貴様が決めよ……」
<――直後
全ての“事後処理”を俺に押し付けこの場を去ったモナーク。
一方、この場に一人残されてしまった俺は……襲撃者とは言え、結果として
余りにも“不憫な状況”に陥った“勇者”の容態を気に掛けつつも
万が一、また勘違いされ斬り掛かられぬ様
捕縛の魔導を強く掛けた上で治癒魔導を施そうとして居た。
だが――>
「お、おい……あのモナークとか言う魔王様
去り際に其奴の事を“主人公”って呼んだよな? 」
「ああ、確かにそう呼んだ! 間違い無ぇ!
やっぱり其奴が例の星何とかって言う伝説の! ……」
<――“置き土産”とでも言うべきか
俺の名を知り、ざわめき始めた数名の難民に依り
“騒ぎ”は加速度的に大きくなり始めてしまって――>
………
……
…
「……し、主人公様ぁぁっ!!! どうかお願いだっ!!
貴方様のお力で、我々を政令国家の民として受け入れて貰える様
どうか執り成して下せぇっ!! 」
<――直後
そう声を上げた一人の“難民”を皮切りに
騒ぎは手がつけられない規模へと変貌し――>
「こっ、こら待て貴様らッ!! ……くっ!!
此方、第ニ地域外郭警備部隊ッ!!
緊急事態発生ッ! 緊急事態発生ッ! 至急応援をッ!! ……」
<――この瞬間
“暴動”と呼ぶ事が最も適切に感じる程の状況に陥った第二城地域外郭では
これに慌てた一人の兵士が、押し寄せる難民達の進行を抑える為
本国の魔導大隊へと応援要請を送って居た……だが。
念の為配置されているに過ぎない現状の兵力では
援軍を待つ間すら“難民達”の進行を止める事は難しく――>
………
……
…
「あ~もうッ! モナークの所為で! ……って、大丈夫ですッ!
此処は俺に任せて下さいッ! ――
――防衛の魔導ッ! 弾性防壁ッ!! 」
<――この瞬間
少しでも安全に騒ぎを抑える為、防衛術師系の技の中で
最も安全と思える技を使用し難民達の進行を食い止めた俺。
この技は……防壁に触れた瞬間、対象を“ゴム状”の物体に包み込み
その弾性に依り、向かって来た際の威力をそのまま返し
対象を明後日の方向に吹き飛ばす事の出来る技であり
見た目だけを見れば“最もバカバカしい技”の一つなのだが……
……同時に、この技を受けた対象に怪我をさせる確率も限りなく低く
“力に依る制圧”とはまた違った、言わばとても“人道的な”方法だ。
まぁ……この直後、眼前で巻き起った状況の滑稽さに
今の今まで大慌てして居た現場の兵士達から笑い声が漏れた事が
果たして良かったのか悪かったのかは分からないが……ともあれ。
なんとか収まり掛けた“暴動”と……それに依って
ある意味振り出しに戻った難民達との微妙な距離は
この直後――>
………
……
…
「……なんて酷ぇ事するんだっ!!!
危うく死に掛けたじゃねぇかっ!! 」
「そうだそうだっ!! 何も攻撃する事ぁねぇだろ?!! 」
<――此方の気遣いに気付いていなかったのか
それとも、因縁を吹っ掛ける事で
此方が折れる事を期待したのか……何れにせよ
一部の難民達は、そう捲し立てる様に語気を強め――
“外交問題だ! 人権の軽視だ! ”
――と、半ば“輩”の様に
自分達の要求を飲ませる為躍起に成り始めた
一部の難民達に依り、急激に拗れ始めた――>
「……大体、伝説の魔導師だか何だか知らねぇが
何でてめぇ一人の一存で、オレ達がこんな場所で
立ち往生しなきゃならねぇんだよ!? 」
「そうだそうだっ! ……なんとか言って見やがれってんだこの野郎っ!! 」
<――この後
より一層酷くなり続けた難民達からの罵詈雑言……だが
一方で、彼らの“必死さ”を考えれば何一つ痛くも痒くも無かった。
無論、彼らの論法は考えるまでも無く酷い物だったが
それと同時に、彼らに対し“勝手に来ただけ”と言うには
余りにも世界が酷い方向に行き過ぎて居る様に思えたから――>
………
……
…
「……何も言い返さねぇって事は、それ程の行為だったって認めるんだな?!
この落とし前、一体どう付けるつも……」
「お、おい! ……あれ見ろあれ!! 」
<――尚も捲し立てる様に暴論を発し続けて居た一部の難民達
だが、そんな中……一人の難民がある場所を指差し、そう言った瞬間
再び事態は急変する事と成った――>
「チッ……何だよ?!
折角、後少しで言い包められる所まで……って。
……何だありゃあ? 」
<――直後
面倒臭そうに振り返り、その場所を凝視し始めた男性。
そんな彼の視線の先には……押し寄せる難民達の中
辛うじて視認出来る程度の“裂け目”が発生して居て――>
「あれは……不味いッ!
皆さんッ! 今直ぐにこの場から立ち去って下さいッ! 」
<――“それ”が明らかに不味い存在だと気付き
叫ぶ様にそう警告した俺の言葉など、誰一人として理解してはくれず……
……直後、この“裂け目”は
大量の難民が押し寄せるこの場所に
最も現れて欲しくなかった“蟲”を発生させ始めた――>
………
……
…
「な、何だっ?! ……ぎゃああああああああっっ!!! 」
<――瞬間
数え切れぬ程大量に現れた蟲は、手当たり次第に周囲の難民達を襲い
その状況に慌てた多くの難民達は、皆一斉に
外郭の門を打ち破らんとする程の勢いで必死に逃げ惑った……だが。
そんな中……状況は更に悪化の一途を辿った。
直後、応援要請に依り現場へと到着した兵達は状況を完全に見誤り
難民達に依る“単なる暴動への対応”として
俺を含めた“味方”だけを門の内部へと強制転移させると
破られた魔導障壁の再展開と同時に門を封鎖……閂を掛け
万が一にも破られる事の無い様、門の前に大量の“石柱”を放ち
門を完全に封鎖してしまったのだ――>
………
……
…
「開けてくれぇぇぇっ!!! 助け……ひぃっ!?
……ぎゃあああああああああああああああっ!!! 」
<――門越しに聞こえる難民達の断末魔の叫び
その異様な声を聞き、漸く事態の異質さに気付いた増援の兵達は
慌てて監視塔に登り外部の状況を確認し……そして、絶句した。
……この後、蟲発生の知らせを受け
特別配備隊と研究機関の人員が駆けつけた時には
既に殆どの難民が犠牲となってしまって居た――>
………
……
…
「なんて事……これで特別警戒地域は“四つ目”に……」
<――研究機関の所長であり、メルの母親でもあるメアリさんは
状況を確認すると、そう言って大きな溜息をついた。
そして……蟲の被害に遭った
難民達の亡骸に手を合わせた後――>
「……この上悪い事に
この場所はあまりにも“開け過ぎて”居る。
これでは“新兵器”も殆ど意味を為してはくれないでしょう」
<――そう言った。
つい先程、エリシアさんが見せてくれたあの“箱”の事だろうか?
だが、これが正解かすら訊ねられぬ中
メアリさんは――>
「少なくとも……この場所を新たな特別警戒地域に指定する事以外に
私達に出来る事はありません……」
<――遣る瀬無さを感じさせる様な口振りでそう言うと
俯き、静かに拳を握り締めた。
そんな中――>
「……お言葉ですがメアリ様ッ!
この東門は他国との貿易や外交にも使用する重要な道の一つで御座います!
もし何の対策も取らず、あの“亀裂”も閉じられぬとなれば
我が国の外交に多大なる影響が! ……」
<――第二城地域外郭の防衛と管理を任されている兵長は
そう言って事態の深刻さを語り始めた……だが。
そんな兵長に対し、メアリさんは――>
「……仰られる様に影響は避けられないでしょう。
ですが……何れにせよ、この様な惨状からどうにか逃げ延びた
一部の“難民申請者達”は、言うまでも無く国へと帰り
今日起こった全てを話す事でしょう。
もしそうなれば……我が国を取り巻く“難民問題”こそ沈静化するでしょうが
同時に“我が国と距離を取りたい”と考える国は加速度的に増える筈。
そもそも、蟲に関する情報共有は“護傘同盟”を除けば
これまで発生を確認出来て居る三箇所の状況さえ
外部には殆ど伝わっては居ないのが実情です。
各国は再び“未知の魔物の襲来”に怯え、恐らくは
その“発生源”としての汚名だけに飽き足らず
その責任までもを我が国に押し付ける事でしょう。
……貿易は疎か、外交すら“行いたくない国”として」
<――周囲の状況
そして、不安定に揺らぐ“亀裂”の状況に目をやりながら
そう、最悪の想定を口にした。
その上で――>
「無論、このまま放置して良い相手で無い事は承知しています。
……久し振りの直接戦闘は大変でしょうが
この様な状況です……研究者としては不甲斐無い限りですが
今は貴方達のお力をお借りする他無いのです」
<――そう言うと“特別配備隊”の隊員達に向け頭を下げた。
だが――>
………
……
…
「メアリ様……申し訳有りませんが、ご命令は承りかねます。
あの様な未曾有の亀裂に対し、何の手立ても無く
徒に隊員を危険に晒すなど、隊の長を務める身として
断じて受け入れられません。
……奴らに対峙するには余りにも戦力が不足し過ぎている。
それでも挑めと……“死んで来い”と仰るのならば
それ相応の戦力を……新たな力を獲得された
主人公様のご助力を頂きたく」
<――“亀裂”と言うこれまでに経験の無い状況に
特別配備隊の隊長は、そう冷静に状況を分析し命令を拒絶した。
だが……この直後、メアリさんは
この要求を受け入れようと考えて居た俺が口を開くよりも早く――>
「……仰る事は良く理解しています。
確かに、主人公さんの得た“新たな力”をお頼りすれば
状況の解決は容易いでしょう……ですが。
主人公さんの得た力は、貴方達の想像する物とは違い
無限とは言い難い力……何よりも、使用すればする程に
後の主人公さんを追い詰めてしまう負の側面を持った力でもあるのです。
……貴方達には酷い事を言う様ですが
もし今、主人公さんのお力に甘え“今日を乗り越えた”としても
“明日も同じ様に”とは行かないのです。
無論、私は貴方達に“死んで来い”などと言うつもりはありませんが
“外”からは勿論、内からも好奇の目に晒され続けて居る
主人公さんの心情を考えれば、安易に頼り過ぎる事は
厳に慎まれるべきなのです」
<――“特別配備隊”に対する一定の気遣いを見せた一方
“星之光”の力が持つ欠点を今日まで説明せず
逃げ続けて居た俺の“説明放棄”を肩代わりするかの様に
強く、そう諭したメアリさん。
直後――>
………
……
…
「その様な事情が……主人公様、誠に申し訳ありませんでした。
私の愚かな申し出に依り
隊の威厳を貶める様な状況と成ってしまった事
主人公様には勿論、隊員達にも申し開きのしようが有りません。
……この恥は、あの亀裂を封じる為の手立てを見つける事で
無き物として頂きたく」
<――言うや否や
封じられた門の向こうへの転移を準備し始めた特別配備隊の隊長。
直後……そんな彼を止める為
何よりも……メアリさんを含め、未だ完璧とは言い難い
星之光が持つ力への理解の為、俺は――>
………
……
…
「……待って下さいッ!
星之光の力の中には“有限”では無い力もありますし
何よりも、こんな意味不明な状況で突撃する様な無謀を黙って眺めてる位なら
最初から“第二城地域外郭”には来てませんッ!!
だからその……あまり役には立たないかも知れませんが
俺と一緒に戦うと約束して下さい……そして。
生きて帰り、改めて俺の得た力への理解を深めて下さい。
……もしも今、俺に対し何か申し訳無さを感じて居るのなら
それでチャラにして下さい。
俺はもう、この力からも……好奇の目からも
決して、逃げませんから」
<――特別配備隊に対し
共に戦う意思を伝えた――>
===第二一五話・終===




