第二〇一話「苦楽を“常に”共にすると言う事……後編」
<――此処まで大した怪我も無かった俺一人なら
恐らくはこの状況もどうにか切り抜けられるかも知れない。
だが……瀕死の危機に陥り、仲間達に支えられ
辛うじてその命を取り留めて居るに過ぎないエリシアさんと――
――この森の守護者であり
この森一帯で発動される全ての“治癒魔導”に関する媒介者でもある
“チビコーン”を庇いながら、幾度と無く
この世界に混乱を齎した張本人であるライドウと……
……奴の“武器”であり、今も尚多くの地域に破滅を齎し続けている
“狂鬼”共を相手取る事は、言葉で言う以上に“楽勝”では無くて――>
………
……
…
「……おやおや。
仮にも“トライスター”でありながら、この程度で息を荒げさせるとは
貴方……存外大した者では有りませんねぇ?
それとも――
“味方を庇いつつ戦って居るから実力が出せていないだけだ”
――とでも、仰りたいですか? 」
<――俺に“そうだ”と言わせたいのか
それとも、唯の嘲笑に過ぎないのか……何れであれ。
直後、一度指を鳴らし狂鬼共の攻撃を停止させたライドウは
更に続けた――>
「まぁ……私には全く以て理解が出来ませんが
貴方は“姉弟子様”と“神獣もどき”を救いたくて仕方が無いのでしょう。
……別に私は構いませんよ?
姉弟子様と神獣もどきを何処かで治療し
実力差の激しく、何とも足手まといな“お仲間達を”全て
何処かに“逃した”上で……貴方の思う
“万全の状態で”私と戦いたいと言うのなら。
本来、待つのは性分では無いのですが……
……ほんの数分程度であれば、この場で待って居て差し上げますよ? 」
<――この瞬間
圧倒的優位に有りながら、何故かそう提案した此奴に対し
俺は、ある種の“疑い”を以て返し――>
「……そんなに余裕があるのなら
“狂鬼ら”に任せずお前一人が俺に挑めば良い話だ。
大方、此方の隙を誘う為の詭弁だろ?
お前の誘いを受けた俺が隙を見せた瞬間“後ろから撃つ様な”行為を……」
「黙りなさい……身の程知らずのゴミクズが。
機会を与えた温情ある私に対し、その様に不遜な態度で返すとは……
……全く以て不愉快です。
良いでしょう……何処までも愚かしい選択をした貴方に
現在の私が持つ力の“爪の先程度”をお見せしてあげましょう。
今この瞬間、貴方は……自らが下した選択が
どれ程に愚かしい物だったのかを身を以て知る事と成るのです――」
<――その“疑い”に気分を害したライドウが此方を指差した瞬間
俺が予め幾重にも重ね掛けして居た筈の魔導障壁は――
“全て”
――跡形も無く消え去った。
だが、これは断じて“攻撃”に依る物では無かった
攻撃などと言う生温い物では――>
………
……
…
「おや……其処まで驚いて頂けたのならば
“爪の先程度”でも、お見せした甲斐があると言う物ですねぇ?
……如何です? “星屑”の力は」
<――魔導障壁を失っただけに終わらず
再展開さえも出来ずに居た俺に対し、何一つとして攻撃もせず
狂鬼共を差し向ける事もせず……この瞬間
酷く不気味な笑みを浮かべつつそう言ったライドウ。
そして――>
「おや? ……おやおやぁっ?!
まさか、貴方……“転生者”だと言うのに星屑もご存知無いのですか?!
成程、通りで話にならない訳です……しかし、それにしても
今まで良くその程度の実力と知識で生き延びていましたねぇ? ……」
「ああ、俺だけの実力で生きて来た訳じゃ無いからな……それよりも
何で俺が“転生者”だと知ってる? ……ってか
何でそもそもお前がその“単語”を知ってるんだ?
もしかして“お前も”なのか? ……いや、だとしたら
何で“この世界を壊そう”だなんて企んだんだよ?
……お前の望みが何であれ
それを叶えられる可能性がある世界を“破壊する”って
言っちゃ悪いけどそれ、唯の“悪役ムーブ”だし
そうする事でお前が得られる物なんて精々
“破壊者”とか“嫌われ者”って悪名だけだろ? ……それとも
その星屑とかって言う凄まじい力を使って得たい物が
それっぽっちの物だって言いたいのか? 」
<――この時
半分は“時間稼ぎの為”……そして、もう半分の理由である
“情報入手の為”そう訊ねた俺に対し
ライドウは酷く呆れた様に――>
「いやはや……貴方と言う人は。
全く……これでも私は貴方の事をそれなりに警戒して居たのですよ?
それが……何一つとして真実に気付けていない只の無能であったとは。
……まぁ良いでしょう、此方も些か暇を持て余して居た所です
特別に、貴方の知らなかった……いえ。
“知る由も無かった”この世界の真実をお教え致しましょう」
<――そう言うと
俺に向け、嫌味に微笑み――>
………
……
…
「……これから私がお話する内容を聞けば
何故、私が“転生者と言う言葉を知っているか”など
全く以てどうでも良い話であると理解出来るでしょう。
とは言え、転生者でありながら星屑すら知らなかった貴方に
理解出来る様に話すのは酷く骨が折れる作業となりそうですが……
……まぁ、出来るだけ噛み砕いてお話致しますのでご安心を。
良いですか? ……その女と同じく
この世界の紛い物共は全て“空っぽ”の存在であり
この世界は、その全てが“作り物”
つまりは……皆、全て等しく“紛い物”なのです。
ですから、今も尚貴方が必死に救おうとしている
その“女”も、その女を救えぬ“原因”でもあるその“一角獣もどき”も。
それらだけではありません……貴方が今
この世界で“宝物”の様に捉えている全ての存在は
皆、全て等しく“紛い物”なのです。
良いですか? ……そんな紛い物の世界が何千何万壊れようが
何億兆の紛い物共が失われようが、全ては元より無価値な紛い物なのです。
……私は只、そんな紛い物の世界を抜け出し
自らの暮らしやすい世界を手に入れる為に動いているに過ぎません。
故に……私の行動が引き金と成り、この嘘に塗れた世界の中で
貴方が救おうと動き、大切だと考えている者達の様な
“空っぽ”の存在が幾億潰えようとも……私には
爪の先程の後悔も有りはしないのです。
どうです? ……“流石に”ご理解頂けましたか? 」
<――この瞬間
此奴は、この世界と俺の大切な全てを“ゴミ”同然に言い放った――>
………
……
…
「ああ……良く理解したよ。
お前が利己主義の塊で、他人の痛みとか
他人から受けた恩義を全て無視出来る奴だって事をな。
……エリシアさんの師匠であり
お前の師匠でもあったヴィンセントさんを……食事すら満足に取れず
死に掛けて居たお前を救ってくれた、文字通り“命の恩人”だった彼を裏切り
エリシアさんの親友であるヴィオレッタさんを貶め
ありと汎ゆる形で目につく全てを破壊し続けたお前が――
“自らの暮らしやすい世界を手に入れる”
――だと?
言い切っても良い……お前には絶対に無理だ。
ライドウ……仮にお前が“暮らしやすい”と思う世界が実現したなら
それは、何一つとして存在しない“無”の世界だ。
自らを大切にしてくれた存在を“紛い物”と切り捨て
形ある物全てを破壊し尽くすお前に得られる唯一の物は“無”なんだよッ!! 」
「……ほう。
私は今、この瞬間まで貴方の事を
“只の転生者共の一人”と考えていたのですが
残念ながら貴方は他の転生者とは少々違う様です……その無礼さなど特にね。
とは言え……余り賢くは無い様です。
何故、貴方の“時間稼ぎ”に気付きながらも敢えて乗って居たのか
何故、無駄を嫌う私が貴方に時間を与える様な行動を取ったのか……主人公。
貴方は酷く無様な転生者です……
……その理由が“只の暇潰し”である事にすら気付けず
剰え、守る力の全てを“失って”いる事すら
“忘れて居た”とは――」
「なッ?! ……」
<――決して後先を考えていなかった訳では無かった。
チビコーンの負傷を原因に発動が不可能と成った回復術師系の技に始まり
奴が放った何らかの技の効果に依り
以降の発動を封じられた防衛術師系の魔導技……そんな中
唯一残された攻撃術師系の技がこの後も封じられない保証は無かったが
それでも、いざと成れば……最低でも仲間達を“無詠唱強制転移”で脱出させ
その上で尚も攻撃術師を封じられて居なかったら
今も尚“待機状態”の狂鬼共を奴毎纏めて打ち倒すだけの大技を発動させよう。
……そう考えて居た。
だが、この直後……俺は
これらの想定が“何の役にも立たなかった”事を痛い程に知った――>
………
……
…
「……分かった、失礼な発言を謝る。
だから……お願いだから、止めてくれ」
「はい? ……聞こえませんねぇ?
圧倒的な力の差に気付かず、その相手を口汚く罵り……
……剰え、不利になったら“止めてくれ”ですか。
全く以て“聞く気に”……成れませんねぇ? 」
<――俺は
此奴が動いた事にすら気付けなかった。
奴が“何かした”と気付けたのは、俺の真横に居た筈の二人が
奴の直ぐ側で雁字搦めにされ、動く事は疎か……呼吸すら制限され
藻掻き苦しむ姿を目にしたからだ――>
………
……
…
「……頼む、皆を返してくれ。
この通り、頭も下げる……必要なら世界を壊す協力でも何でもする。
だから……頼む……」
<――直後
新たにガルドとメルをも奪われた俺に出来た唯一の行動。
それは、俺の情けない土下座で此奴に“機嫌を直して貰う”事だった。
“土下座なんて情けなければ情けない程相手に響く”
そう、誰だったかが言って居た事を咄嗟に思い出したから……いや。
“土下座”する事以外に
この圧倒的不利な状況下を覆せそうな何かが無いと思えたから――>
………
……
…
「おや……少しは骨があるかと思って居たのですが
この程度の事で其処まで極端な反応を見せるとは……全く。
転生者共はどれもこれも……紛い物の存在達に気を許し
紛い物の愛情を本物だと捉え
紛い物との人生を“幸せ”と考え、生き続ける事を望む……
……何とも度し難い。
ですが、良い事を思いつきました……主人公さん
貴方に後一度だけ機会を与えましょう……どうです?
……挑戦してみますか? 」
「あぁ、する……挑戦すると誓う、だから……」
「分かりましたから落ち着いて! 落ち着いて! ……全く。
“溺れる者は藁をも掴む”とは言いますが
其処まで恥ずかしげも無く懇願するとは……まぁ、良いでしょう。
……私が貴方に与える“機会”は一つだけです。
私と戦い、私に対し……只の一度、ほんの掠り傷で構いません
私に“傷を付ける”事が出来れば、貴方の大切な紛い物……いえ、失礼。
……“お仲間達”は全員無事にお返ししましょう
その後、貴方が何処に誰を逃がそうとも私はそれを止めたりはしません。
どうです? ……挑戦してみますか? 」
<――“不利”と呼ぶ以外に何も無い賭け。
だが……今この提案を突っぱねてしまえば
俺の大切な仲間の生命は容易く奪われれてしまうだろう。
そもそも……何時だったか
元管理者のヴィシュヌさんや“上級管理者”が言っていた
“作り物の世界”と言う言葉に余りにも酷似した発言を繰り返すこの男が
万が一にも“管理側”である可能性を考えれば
それこそ、負けが確定している戦いと言っても過言では無いかも知れない。
だが……この世界がある種の“作り物”であり
此奴が言う様に“紛い物”であると
どれだけ突きつけられても……俺は
それでも、この世界を……皆を、絶対に失いたく無かった。
もう二度と、誰一人として失いたく無い。
……“転生者特権”とでも言うべき能力値と仲間に恵まれただけの俺に
“師事したい”と言ってくれた二人の弟子も
俺の事なんて覚えていないどころか、そもそも知りもしない
俺の両親と瓜二つの“両親”が暮らすこの世界を――
“この世界は俺の全てだ”
――そう、胸を張って言える
この世界を――>
………
……
…
「……ああ、勿論挑戦するよ。
戦いのルールはさっきの説明で全てか? 」
「ええ……ですが一つだけ。
負けた言い訳にされない様……貴方のお仲間達は生かしておきましょう。
ですが……大声で騒ぎたてたり、横槍を入れたり
何らかの形で私を不愉快にさせたならばその時はその限りでは有りません。
良いですね? ……」
<――直後
皆の捕縛を少し緩めたライドウは……
……呼吸すらまま成らぬ状況からは脱した皆の姿に胸を撫で下ろした俺に対し
再び、嫌味な笑みを浮かべ――>
「しかし……どうした物でしょうかねぇ?
些か手加減が過ぎるとは思いますが……能力値を見る限り
現状の貴方では私に勝てるどころか数秒と持たない可能性するありますからねぇ?
まぁ仕方が無いでしょう……“防御”をお返しした上で、ハンデとして
貴方が攻撃を開始した時点から一〇秒程の間、此方は一切動かず
“如何なる攻撃もしない”……と約束してあげましょう」
<――と言った。
直後、再び再展開可能となった俺の防衛魔導……だが
この瞬間、余りにも俺に取って有利な条件を持ち掛け
それを実現した此奴は……同時に
俺に如何ともし難い不安を感じさせた。
……一切隠されて居ない奴の能力値、職業の欄には確かに“星屑”の記載
格の欄だけを見れば俺と良い勝負だが、その他の能力値は異様に高い。
正直、この能力値の高さを当てはめられる相手は俺などでは無く
“モナーク”や“ムスタファ”辺りが適切な程だ。
少なくとも、俺の能力値確認を知った上で何一つ防御策を取らない時点で
俺程度なら“朝飯前”なのだろう。
……戦いを前に一切の殺気も闘気も見せては来ない此奴に対し
俺は“一〇秒”と言う約束を破りかねない攻撃を叩き込まなければ成らない。
どんな卑怯な手を使ってでも、致命傷となるだけの何かを――>
………
……
…
「……準備は宜しいですか? 此方としては早くして頂きたいのですが。
それとも……怖気づきましたか? 」
「いや……待たせて悪かった」
「いえいえ……さて、何時でもどうぞ?
此方は防御もこの“一枚”しか張りませんので」
<――直後
宣言通り、唯一度だけ魔導障壁を展開したライドウ。
この後……この魔導障壁に
“攻撃を跳ね返す”様な能力が無い事を確認した俺は
精神を集中させ、ありと汎ゆる上位技を思い浮かべながら
ライドウのを見据え――>
………
……
…
「行くぞッ――
氷刃・終之陣太刀“極氷”ッ!! ――」
<――思いつく限りの上位技を
幾度と無く――>
「土の魔導――花よ、狂い咲け狂華乱舞ッ!
捕縛の魔導――鋼鉄之処女ッッ!!
炎の魔導――爆轟環ッ!!!
獄炎の魔導――巨砲之爆裂撃ッ!!!! 」
<――唯、ひたすらに放ち続けた。
だが――>
………
……
…
「……いやはや。
腐ってもトライスター……流石に“騒がしい”限りです。
っと……おや? まさか、もう終わりなのですか? 」
<――舞い上がる土煙の中から発せられた
“決して聞こえて欲しくは無かった”その声と発言は……
……俺の“決死の覚悟”を容易く打ち砕き
“決死”部分だけを残した。
そして――>
………
……
…
「……ある程度想定はしていましたが、やはりこの程度でしたか。
もうお判りでしょう? ……貴方程度の実力では、今の私には決して敵わない。
そして、たった今……全ての策を失った貴方は
大切な“紛い物達”と共に消え去る事となるのですッ! ――
――と、言うのが“お約束”なのでしょうが。
簡単に消し去ってしまうと単に貴方の精神が崩壊するだけですし
そもそも、甚振る方が何千倍も愉快である事は
今まで“幾度と無く”経験済みですのでね。
貴方の大切な“紛い物達”の事は――
“辛うじて生き残る程度に”
――奪って差し上げましょう。
では――」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! ――」
………
……
…
<――大切な全てを護る為の力や
失いたく無いと言う恐怖……何を犠牲にしても貫き通すと言う決意。
そんな全てを簡単に奪い破壊する強大な力を目の当たりにした時
人は……一瞬にして何もかもが“どうでも良くなる”事を
この瞬間、知った――>
………
……
…
「あぁ……ああ……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ……」
「おやおや……幼子でも其処まで無様には泣かないと思いますがね?
ですが、非常に愉快です……私の様に
貴方達“転生者”の都合で作られた“紛い物”の手に依って
貴方達の様な甘い考えを持つ転生者共が崩壊する様を見るのは……
……本当に、とてもとても愉快です。
さて……どうです? 決して敵わぬと知った今の気分は」
「……」
「おや? ……言葉も発せなくなってしまいましたか。
もう少し何か“懇願する”だとか“抵抗する”だとかは無いのですか?
今まで会った転生者の中でも貴方はかなり面白味に欠けて居ますねぇ?
と言うか……先程までの威勢の良さは何処へ?
そのまま其処で泣き崩れていれば私が手を緩めるとでも?
せめて仲間のお一人でも追加でお呼びしては如何です?
私は予想外に暇が潰せなくてとても退屈しているのですよ? ……」
「頼む……皆を殺さないでくれ……
……皆を何処か安全な所に移動させてからなら
お前の暇潰しに付き合うって誓うから……だから……」
「成程……それが今、貴方が動けない理由だと言うのですね? 」
「ああ、本気で楽しませるから……だから……」
「ほう! ……それは嬉しい答えですっ!!
では直ちに! この場にいる皆さんを何処か安全な場所に移動させて
私の暇潰しに付き合って頂きましょうっ!
……と、言うとでも?
つい先程、貴方は自らが考えつく限りの技を必死に放ち続け
そして……とても無様な結果に終わりました。
再び私が機会を与えた所で、結果は既に見えているでしょう?
故に……貴方が今出来る事は
他の転生者同様、そのつまらない生涯に“幕を下ろす”事です――」
………
……
…
「か……は……ッ……」
………
……
…
「――さようなら。
酷く無様で無能な転生者……主人公。
……っと、おや? 裏技之書を持って居たとは。
これは意外な収穫です……“訂正”しましょう。
貴方は無能ではありましたが
只この“一点”に於いてのみ、役立ってくれました。
では、改めて……さようなら。
無様な転生者、主人公さん……」
===第二〇一話・終===




