第百九七話「恐怖に耐えるのは楽勝ですか? 」
<――突如として齎されたペニーからの情報に依って
エリシアさんは激昂し、俺達は“何と対峙しているのか”を知った。
だが……突如として地図の殆どを埋め尽くすかの如くに発生した化け物の正体が
過去に対峙した“悪鬼”の進化個体“狂鬼”と呼ばれる化け物であった事などよりも
この大量発生を引き起こした“元凶”と言うべき存在が
エリシアさんを激昂させた原因でもある
“あの男”の可能性が極めて高いと言う事実の方が俺には余程恐ろしかった。
……エリシアさんに取っては忘れたくとも忘れられない最悪の記憶であり
今まで幾度と無くこの世界と人々の心に深い傷跡を残したあの男が
もし本当に今回の一件に関与しているのなら、まず間違い無く
何らかの目的の為、この“大量発生”を引き起こしたと見て良いだろう。
当然、慎重に動くべき状況なのだが……時を同じくして
“弱り目に祟り目”の如く齎された衛兵からの伝達に依り
俺達は“第二城地域”への転移を余儀無くされてしまって――>
………
……
…
「あ~……さっきよりもかなり増えてるねぇ……」
<――転移直後
魔導障壁の向こうに目をやりながらそう言ったエリシアさん。
この時、俺達の眼前にあった光景……それは
此方を攻撃するでも無く
メッサーレルの時の様に“交渉”を持ち掛けて来るでも無く
唯、魔族軍からの攻撃を避ける事だけに徹し
まるで、何かを待っているかの様な素振りを見せた
数百もの“狂鬼”の姿だった――>
「エリシアさん、奴ら明らかに何かを待って……」
<――この余りにも異様な光景に
思わずそう伝えようとした直後――>
「何故貴様が此処に居る? 貴様は“本国”の防衛に就くべきであろう……」
<――俺の真横に転移して来るや否や
相変わらずのふてぶてしい態度でそう言ったモナーク。
そして――>
「……ぬわぁッ!? びっくりしたなぁもうッ!!
ってか、俺達はアイヴィーさんの伝達に呼ばれて来たんだよ!
そもそも“眼前の状況見る限り”明らかに増援が必要だろ!? 」
<――驚かされた事も含め、そう“キレた”俺に対し
モナークは更に続けて――>
「フッ……アイヴィーはあくまで
大統領に対し現状を伝えようとしたまでよ。
彼奴ら如きに増援を欲する程追い詰められて居たならば
既に我はこの場に居らぬわ愚か者が……」
<――そう、酷く不満げに言った。
だが、その直後――
“フッ……だが、良い機会だ。
貴様も一度、見て置くが良い……”
――そう言うと、勢い良く右の手を振り上げ
“狂鬼”の集団目掛け、凄まじい勢いの斬撃波を放った。
の、だが――>
………
……
…
「う、嘘だろ? ……」
<――“軽々と”
そう表現する事が最も適切と思える程
モナークの放った斬撃波をいとも簡単に避けた狂鬼共は
この直後、何事も無かったかの様に“何かを待って居るかの様な”隊列へと戻った。
当然、放たれた“斬撃”が本気の一撃では無かったとは言え
仮にも魔王と呼ばれ、異次元の強さを誇るモナークの攻撃を
これほどまでに容易く回避した狂鬼の集団は
この後も一切の反撃すらせず、恐ろしい程静かに佇んで居た――>
………
……
…
「主人公……彼奴らの身のこなしを貴様はどう見た? 」
<――直後
右手を静かに下ろしつつそう訊ねて来たモナークに対し――>
「どうって……そりゃあ“斬撃”を避ける腕を持ってるのは厄介だし
ああやって“何かを待っている様な”素振りを見せてる事も
正直な所、何だか凄く不気味だし……」
<――そう返した俺。
だが――>
「フッ……見えてすら居なかったか」
「えっ? 何が見えてなかったって言うんだ? ……」
「……彼奴らは我が斬撃波を“二度”避けた。
つまりは……彼奴らに取って、あの程度の攻撃ならば
“児戯に違わぬ”と謂う事よ……」
<――大抵の場合
この手の状況ならば、必ずと言って良い程
“不愉快な”……とか
“腸の煮えくり返る”……などと
不愉快を全面に押し出した発言をする筈のモナークが
妙に真剣さを感じさせる様な表情でそう言った事。
この瞬間、例え様の無い恐怖を感じた俺は――>
「な……なぁ、それってつまりさ……
お前でも“倒せない”って訳じゃ、無い……よな? 」
<――思わずそう訊ねた。
だが、この直後――
“フッ……舐めるな”
――そう言うや否や
再び、右の手を振り上げたモナークは――>
………
……
…
「彼奴の一切を断罪せよ――
――“首切之刃”」
<――“文字通り”
一体の狂鬼に向け……少なくとも
“俺には見えなかった”何かを放ったモナークは
“処刑じみた姿で”対象の狂鬼を絶命させた後――
“……これで満足か? ”
――酷く不満げにそう言った。
だがこの瞬間、見えない何かに捕縛された直後
見えない刃に依って首を刎ねられた狂鬼は
頭部を失い、完全に絶命したにも関わらず
メッサーレルでの時の様に“消滅”はしなかった。
……と言うか、モナークが解除しない限り
“状態を維持する”様な能力でも有るのか
アイヴィーさんが倒した時の様に何処かへと消えてはくれない
狂鬼の死骸を眺めて居た俺は……ボタボタと垂れる
“青黒い血液”に強い吐き気を催して居た。
と言うか、その所為もあり
“満足か? ”と言うモナークの質問に対し
“そ、その……グロい”
と返してしまって――>
「フッ……締まりの無い男よ。
まぁ良い、少なくとも理解はした筈だ……」
「あ……ああッ!
モナークが“すっげぇ強い”のは分かったし、安心もしたよ!
いやぁ~流石はモナークだわ~! 世界最強って呼んでも良い位の……」
「愚か者が、彼奴らの動きを見よ……」
<――直後
俺に対する“期待値”が完全に無くなったかの様な表情を浮かべつつ
モナークが指し示した先では――
“グロい状態”で放置され続けている死体には一切見向きもせず
何事も無かったかの様に、不気味さすら感じさせる程に整然と整列し
相変わらず“待機”し続けて居る狂鬼共の姿があった。
――もしや、これを見せる為にモナークはこの技を使ったのだろうか?
この後……一貫して不気味な立ち居振る舞いを続ける狂鬼共の姿に
例え様の無い恐怖を感じつつも、奴らが何故待機し続けているのか
一体“何を待っているのか”と考えていたその時。
状況は突如として大きく変化した――>
………
……
…
「成程……彼奴らの行動は“貴様が故”であったか」
<――静かに発せられたモナークの声
そして――>
………
……
…
「おぉ~これはこれはっ! ……お久しぶりで御座います魔王様。
いえ……“元”魔王様とお呼びするべきでしたか? 」
<――その声も、所作も、表情も
その全てに嫌味さを感じさせながらこの場に現れた
“元凶”
そして――>
………
……
…
「ライドォォォッッ!!!!! 」
<――奴が現れれるや否や、瞬時に攻撃を差し向けたエリシアさん。
だが――>
「……おぉっと危ないっ!
いやはや……毎度の事ながら、とんだ“ご挨拶”ですねぇ?
姉弟子様? ……」
<――いとも簡単に攻撃を無効化し
嫌味に微笑みながらそう返したライドウは……直後
憤慨するエリシアさんには目もくれず――>
「……おやぁっ? これは酷い。
同胞の死骸をこの様に惨たらしい状態で放置して居たとはっ!
全く貴方達は!! ……なんてね。
貴方達はただ、私の命令に従って居ただけですし
鼻をつく腐臭が不愉快な事は兎も角として、怒る必要も無いでしょう。
……ですが。
それにしても、ある程度は“応用”も効かせて頂きたい物です。
せめて、何処かに“片付ける”だとか……ねぇ? 」
<――整列した狂鬼共の一体に対しそう問い掛けた。
だが――>
「……ライドウ様が策を最優先と考えれば
我が同胞の命など塵程度の価値も御座いません。
腐臭に関しましては、失礼を……」
<――深々と頭を下げたままそう言うと、絶対の忠誠心を見せた狂鬼。
すると――>
「ほう? ……ま、それもそうですね
頭数が足りなくなれば増やせば良いだけの話です。
“幾らでも”……ね」
<――そう言うと
狂鬼の肩に片手を置いたまま――>
「とは言え……良くぞ指示を守ってくれました。
その忠誠心への報いとして……私の策には少々過剰やも知れませんが
少しだけ多めに“補充”してあげましょう。
しかし、どの程度増やしましょうか……倍の倍の、倍……いえ。
もう倍程“おまけ”してあげましょうか……その方が
彼らの愉快な様が見られるでしょうからねぇ……では。
“増えるのです! 続々とッ! ” ――」
<――瞬間
懐に手を入れ、そう唱えたライドウ
直後――>
………
……
…
「――おや、少々張り切り過ぎましたかねぇ?
これでは苦痛に歪む顔が見えないではありませんか。
あぁ……困った困った」
<――この時
辛うじて聞こえた“不快な発言”
……奴が“倍々計算”で増殖させた狂鬼共は、瞬く間にこの場を埋め尽した。
そして――>
「まぁ何れにせよ……作戦の遂行には充分過ぎる程でしょう。
兎も角、先ずは防御を崩しなさい――」
<――直後
ライドウより下されたこの命令に応えた狂鬼共は
不気味な程に揃った足並みで進軍……その勢いを維持したまま
第二城地域防衛術師隊の展開する魔導障壁へと喰らい付いた――>
………
……
…
「ぐっ……防衛術師隊全隊員ッ! 最終防衛ラインを死守せよッ!! ……」
<――眼前に差し迫る悍ましい数の狂鬼と
それに依って齎される凄まじい負荷に耐え
必死に部下へ指示を出し続けて居た防衛術師隊総大将――>
「いやはや……中々耐える物ですねぇ~? 素晴らしいっ!
ですが、何時まで耐えられるのでしょうかねぇ? ……」
<――そんな彼の姿を
嬉嬉とした表情を浮かべつつ嘲笑ったライドウ。
だが、この直後――>
………
……
…
「……下衆が。
我が配下に命ず、彼奴らを殲滅せよ――」
<――静かな怒りと共に発せられたモナークの命令
直後、地響きの如き雄叫びを挙げながら
魔導障壁の“外”へと進軍した魔族軍は……
……魔導障壁に喰らい付く狂鬼共を押し返さんと
文字通り、命を掛けた戦いに身を投じた。
だが、その時――>
………
……
…
「おやおや……流石は魔族、中々にやるものです。
しかし……不思議な物ですねぇ?
“少し強化された悪鬼”しか見た事が無い筈の貴方達魔族が
まさか、最終進化の一つ手前である“狂鬼達”に肉迫してしまうとは。
私の想定よりも貴方達は遥かに強い様です……本当に素晴らしい
こうして敵対している事が余りにも勿体無く感じる程です……が。
本当にその様な“泥臭い”戦い方でこの状況を覆す事が出来るとでも? 」
<――そう言って不敵な笑みを浮かべたライドウは
この直後――
“増えるのですッ! 余りある程にッ!! ”
――再び懐に手を入れ、そう唱え
“倍増”した狂鬼共を使い魔族軍を包囲させた。
だが――
“良くぞ耐えた、後は我に任せるが良い――”
――そう発した直後
取り囲まれた魔族達全員を“強制転移”で下がらせたモナークは――>
………
……
…
「――彼奴らを滅殺せよ。
喰らい尽くし、塵芥の一切さえ残す事無く葬り去るが良い――
――“黒煙之骸龍”」
<――そう唱え
“黒き骸龍”をこの場に召喚した――>
………
……
…
「ほう、流石は“元魔王”……面倒です。
一筋縄では行かぬ底力……いえ。
“馬鹿力”を有して居られる様ですねぇ……」
<――現れるや否や、視界を歪める程の咆哮を挙げ
唯の一撃で狂鬼共の半数を“粉砕”した骸龍。
一方、その圧倒的な力を目の当たりにしながらも
余裕の表情を浮かべたままそう言ったライドウ。
だが、そんな奴に対し――>
………
……
…
「……黙りなさい、愚か者よ。
モナーク様は既に“元魔王”などではありません……モナーク様は私と共に
“二対魔王”と成られた御方……
……お前の様な下賤な者には到底理解の及ばぬ力で
死をも撥ね退けた畏れ多き迄のその御力。
その片鱗すら、お前には不相応だと知りなさい……」
<――静かる殺気と共にそう言い放ったのは
モナークと共に“二対魔王”と成ったアイヴィーさんだった――>
………
……
…
「……あぁ何と恐ろしいっ! それは大変失礼を!
とは言え……どれ程“お強く”成られたとしても
無尽蔵に生み出す事の出来る存在を相手に
どれだけ耐えられるのかは甚だ疑問の残る所では?
まぁ……“御託”は兎も角、先ずは
二対魔王とやらの“お祝い”として、小手調べに此方をどうぞ――」
<――直後
三度“増殖”を唱えたライドウは、狂鬼共に対し骸龍への攻撃を命じた――>
………
……
…
「フッ……“馬鹿の一つ覚え”だけでは飽き足らず
剰え、それを誇るとはな……」
「ええ……“馬鹿の一つ覚え”であろうが何であろうが
有用であればそれで良いのです……そもそも。
“骸龍”の現状をご覧に成れば、充分ご理解頂けるかと思いますが? 」
<――嘲笑う様にそう言ったライドウ。
奴が指し示した先には……大量の狂鬼共に取り付かれ
急激に高度を下げ始めて居た骸龍の姿があった。
だが――>
「フッ……奴を討てた程度で誇るとは」
<――嘲笑に対し、蔑む様にそう返したモナーク。
だが、ライドウは尚も笑みを浮かべたまま――>
「……冗談はお止し下さいモナーク様。
本当に……あれを“討ち倒した程度”だと思って居るのですか?
あれが只の“捕食”だと、本当にお思いに成られたのですか? ……」
<――そう、再びモナークを嘲笑したかと思うと
指を鳴らし――>
………
……
…
「……もう良いでしょう。
お前達、骸龍を……“乗っ取りなさい” 」
<――瞬間
骸龍は完全に停止……直後
術者である筈のモナーク目掛け、一直線に迫った――>
………
……
…
「フッ……貴様らしい程度の低さよ」
<――蔑む様な発言と共に発せられた一撃に依り
危なげ無く骸龍を消滅させたモナーク。
だが、一方で……この瞬間、俺に見えて居た状況は
到底、楽観視出来る様な物では無かった。
仮に、モナークが再び骸龍の様な召喚獣で応戦したとしても
今と同じ様に“乗っ取られ”てしまえば寧ろ逆効果と成るだろうし
そもそも、どれだけ必死に戦い続けたとしても
倒すよりも遥かに早く増殖を繰り返す敵に対し
一体どうやって優位に立てると言うのだろうか?
“乗っ取り”を警戒し、迂闊に召喚する事も出来ず
増殖の速度を超える為……広範囲、且つ
圧倒的な破壊力を有する何らかの技を発動させようにも
味方の魔導障壁が近過ぎて味方にまで被害を齎してしまう可能性がある。
どうにかして奴らを全員第二城地域から引き離す事が出来れば良いが
そうする為の“囮に使える何か”すら全く以て思い浮かばない。
そもそも、仲間の誰にもそんな危険な任務には当たって欲しく無いし
もし俺自身が囮になると言ったとしても、恐らくは皆から
全力で止められるだろう……だが、そんな俺の不安な心境を嘲笑うかの様に
状況は更に“悪化”した――>
………
……
…
「……おやおや、仮にも自らの召喚獣に対し
それ程までに無慈悲な一撃を叩き込むとは!
あぁ! 恐ろしい恐ろしいっ! ……何と恐ろしい方でしょうモナーク様は! 」
「フッ……“裏切り者”に慈悲など在りはしない」
「……そうですか。
まぁ、どうでも良いのですが……何れにせよ
私は最初から貴方方魔族“程度に”執心していた訳ではありません
私は……こうしている今も、一つの目的の為に動いて居るだけです。
ご理解頂けたのでしたら、余り自惚れに成られない様
どうか……お願い申し上げます」
<――過去
ヴィオレッタさんを陥れ、姉弟子であるエリシアさんを深く傷つけ
その後、自らの師匠でもあった“ヴィンセント”さんをも裏切り
モナークを裏切り、アルバートを裏切ったこの男が口にした――
“目的の為”
――と言う言葉。
一体何時から裏切るつもりであったのか、それとも
“裏切り”と言う意識すら最初から持ち合わせては居なかったのか
そもそも、此奴の言う“目的”とは一体何なのか――>
………
……
…
「フッ……何に囚われ、何に溺れるも全ては貴様が生涯よ
誰の許可も不要であろう……貴様の好きにするが良い。
だが――
“裏切り者に慈悲など在りはしない”
――我の“慈悲”に甘え、終ぞ裏切りの道を進み続けた貴様に
施す慈悲など、毛程も有りはしないと知れ――」
<――そう発し、ライドウを力強く見据えたモナーク
だが――>
………
……
…
「……待ってモナークッ!!!
この反応、マズいよ……」
<――本来
モナーク以上に奴の事を恨んでいる筈のエリシアさんは
突如としてそう発し、モナークを制止した。
そして――>
………
……
…
「見て……分かったでしょ?
残念だけど、彼奴の挑発に乗る余裕なんて
この状況に於いては“絶対に無理”って事が……」
<――まるで、自らにも言い聞かせているかの様にそう言うと
ある“装置”に表示された反応をモナークに見せたエリシアさん。
直後――>
………
……
…
「不愉快な……」
<――そう発し、素直に矛を収めたモナーク。
……少し前、執務室で開かれた定期報告の場で
俺を含む政令国家の大臣達に対しエリシアさんが発表した
“装置”
この装置の有する能力は――
“蟲の発生、及び接近を知らせる事”
――そして、この装置が
“激しく点滅した時”は――>
「……ごめんね。
兎に角、信じられない数が第二城地域に向かってる
恐らくは後数分で現れる筈だけど……でも、余りにも状況が出来過ぎてるの。
……彼奴が“操ってる”って言っても
信じちゃう位のタイミングの良さだし
そもそもこんな数、今まで一度だって現れた事が無いから……」
<――“最大級の危機である事の証”だと
あの日執務室に居た全員が知っている。
この瞬間……尚も激しく点滅し続ける“装置”を手に
何時に無く怯えた様子でそう言ったエリシアさん。
一方、この状況を知ってか知らずか
ライドウは、尚も“余裕の表情”を浮かべ続けて居た――>
===第百九七話・終===