第百九六話「状況を知れば、楽勝ですか? 」
<――アラブリア王国と日之本皇国
そして、政令国家の三国が結んだ同盟――
“護傘同盟”
――この、名称すら極一部の者にしか明らかにされて居ない同盟関係と
その名の由来とも成った、性質上
絶対に秘匿されるべき特殊な建造物である“護傘”
そんな最上級機密の“名”と“力”を明らかにしたムスタファは、この瞬間
その使用をも提案してくれた。
だが――>
………
……
…
「な、なぁムスタファ……良いのか? 」
<――帰還の方法が見つかった嬉しさよりも
“機密”を心配した俺は思わずムスタファに対しそう問い掛けた……だが。
当のムスタファは意外な程に“あっけらかん”として居て――>
「……何を言う主人公。
此処で出し渋った結果、万が一にも政令国家に何かがあれば
同盟関係を結んだ我々の存在意義はどうなると思うんだい?
……寧ろ“例の件”で何一つとして手助け出来なかった負い目を
せめて少しでも、薄めさせては貰えないだろうか? 」
<――“反対派魔族襲来”
恐らくだが、ムスタファはその事を言っているのだろう。
言うまでも無く、彼が何らかの負い目を感じる必要は全く以て無いし
そもそも、俺に気を遣わせない為にそう言っただけなのかも知れないが
何れの考えであったにせよ……避難民にもソーニャにも
完全に護傘の存在はバレてしまったし――>
………
……
…
「……ありがとうな。
でも、ムスタファが何かを負い目に感じる事は無いよ
寧ろ、例の……いや。
……“護傘”の使用許可を出してくれて本当にありがとう」
<――直後
難しく考える事を止め、素直に甘える選択をした俺に対し
ほっとした様な表情を浮かべたムスタファは、この後
俺達を護傘へと案内し、起動の準備を始めた。
一方で……漸く政令国家への帰還が叶う事と成った俺は
不安感に押し潰されない様、そして
如何なる状況をも乗り越える為、気を引き締めて居た――>
………
……
…
「……良し、準備は整った。
只今より、護傘に依る超長距離転移を行う。
……主人公、幸運を祈っている
私達の援護が必要なら直ぐに連絡をすると約束してくれ」
「ああ、約束する……それと、色々とすまない」
「謝る事など無いさ主人公……私達は親友なのだから。
では、護傘起動ッ!! ――」
<――直後
開かれた門、その先に見えた大統領城の中庭……
……一方、眼の前で発動した護傘の能力とその結果に
避難民は勿論、隊長やソーニャは唖然としていて――>
「……し、主人公よ!
我が身は勿論の事……我が身に付き従うと誓った民草も
御主と御主の国に忠誠を誓った……それはつまり
その“生殺与奪”をも御主に任せると言う事じゃ。
じ、じゃが……無礼とは思うが……その……わ、我が身はっ!!
……こ、この“面妖な道具”が少しばかり恐ろしいのじゃっ!!
と、到着するまでで構わぬから……
我が身の……手を握って居てはくれぬか? ……」
<――直後
意外な程可愛らしく怯えた彼女の頼みを聞き入れた俺は
小刻みに震える彼女の手を少しだけ強く握った――>
「……大丈夫、見た目の派手さ程怖い物じゃないから。
さてと……ムスタファ、色々とありがとう
改めてまた今度、お礼をさせてくれ」
「……礼など気にせず、また気軽に遊びに来てくれればそれで良いさ。
兎に角……今は君と政令国家の無事を祈ろう。
繰り返す様だが、状況が芳しく無いと感じたなら
遠慮などせず、直ぐに連絡をしてくれ」
「ああ……分かった。
それじゃ、またな――」
<――直後
ムスタファに別れを告げ、大統領城中庭への転移を成功させた俺は――>
………
……
…
「――っと。
えっと、その……もう手を離しても大丈夫って言うか……」
<――目を瞑り
しがみつく様に俺の手を握り続けて居たソーニャに対しそう告げ
彼女と同じく、酷く怯えて居た避難民達を落ち着かせた後
帰還報告の為、ラウドさんに通信を繋げた。
の、だが――>
………
……
…
「主人公殿?! ……い、一体どうやって帰還したんじゃね?! 」
<――繋がるや否や、大層驚いた様子でそう言ったラウドさん。
だが、俺達の背後に見える護傘に気付くと――>
「成程……後でムスタファ殿に謝意を伝えねば。
っと……いかん! そうのんびりしては居られんのじゃった!
主人公殿っ! ……避難民は見えて居る者達で全員じゃな?! 」
「え、ええ……ですが、政令国家が危機的状況の中
連絡もせず避難民を連れて帰った事は……」
「何を言うか! ……寧ろ
良くぞ全員無事で帰還してくれたと感謝しておる位じゃ!
とは言え、こんな話をしておる時間すらも惜しい状況でな……兎に角
帰還早々で悪いんじゃが、ソーニャ殿を含め避難民の誘導は衛兵に任せ
主人公殿とアイヴィー殿には、急ぎ執務室に来て貰いたい」
<――この瞬間
僅かに焦りを感じさせる様子でそう言ったラウドさん。
……この後、近くに居た衛兵に彼女達の避難誘導を任せ
執務室へと急いだ俺達は――>
………
……
…
「ううむ、これ程早期に陥落とは……ん?
おぉ! 二人共良くぞ帰って来てくれたっ! 」
<――到着直後
机に広げられた世界地図を睨み
頭を抱えているラウドさんの姿を目の当たりにする事と成った。
この時、俺達に気付き帰還を歓迎しつつ
世界地図に“黒いバツ印”書き加えたラウドさん。
当然、この“印”の意味が気になった俺は――>
「……ええ、ムスタファのお陰で何とか帰還が叶いました。
それはそうと……その“印”は一体なんです? 」
<――そう訊ねた。
この時、世界地図に書き加えられていた印は二種類
一つは“赤いレ点”
もう一つは……つい先程まで俺達が居た
メッサーレル君主国に既に記されていた“赤いレ点”を
たった今、上書きする様に書き加えられた“黒いバツ印”だ――>
「……“レ点”は例の化け物が現れたとの情報が入った国の一覧じゃ。
とは言え、情報が錯綜しておる故あまり正確とは言い切れん
誤情報の可能性も少なからずあるが……そうでは無い可能性も高い。
それで“黒いバツ印”の方じゃが……」
<――直後
少し言い辛そうに“黒いバツ印”が
“崩壊した国家”である事を教えてくれたラウドさん。
そして、この瞬間……メッサーレルの他にも
バツ印が“馬鹿にならない数”有る事に気付いた俺は……もう一つ。
ある“不自然な状況”に気付いた――>
………
……
…
「あの……敵国である筈の国にも“レ点”が付いてますけど
一体どうやって情報を得たんです? ……そもそも、一部の敵国は
国交どころか連絡手段すら乏しかった様に記憶してるのですが……」
<――恐る恐るそう訊ねた俺に対し
ラウドさんは――>
「うむ、それについてじゃが……何処も余程危機的状況だったのじゃろう。
……現在、この地図に記載されておる情報の殆どは
敵国からであれ、単に国交が無いだけの国からであれ
“救援要請”として得られた物なんじゃよ……残念ながら
どの要請にも応える事は出来なかったが……」
<――この時、そう言ったラウドさんの表情で理解した。
同時多発的に発生した状況と、それに依って生じた
各国からの救援要請の全てを断り続けた結果、その“負い目”を
痛い程感じる羽目に成ったのだろう事を……
……一方、そんなラウドさんに対し
掛ける言葉の一つさえ見つけられず居た俺の横では――>
………
……
…
「成程……軍事力がある一定を下回って居た国が“黒印”
拮抗している……或いは上回っている場合のみ
“赤印”のまま耐えているのでしょう。
政令国家やアラブリアを“稀な例”と考えても
赤印で耐えている国には“共通点”が存在する様ですね……」
<――冷静にそう分析をしたアイヴィーさん。
その上で、彼女は――>
「……現在、地図上で“赤印”の記載が無い友好国は“日之本皇国”のみ。
そして、赤印の有る友好国……且つ
その軍事力を含め“大国”と呼ぶべき規模を誇る国は二つ。
一つ目は……先程、帰還の為お世話になった“アラブリア王国”
そして、もう一つが――
“メリカーノア大公国”
――言う迄も無く、何れの国も複数名の“特定戦力”を有しており
戦力自体が相応に高い事は私がご説明せずともご理解頂けるかと思います。
ラウド様……地図上には記載が御座いませんが
現在、各国に現れた魔物の数は判明しているのでしょうか? 」
<――そう問うたアイヴィーさんに対し
ラウドさんは小さく首を横に振りながら――>
「……残念じゃが、今名前の上がった友好国でさえ
頻繁に連絡が取れておる訳では無くてのぉ……
……特に“メリカーノア”に関しては、あれ程の広大な領地を有しながら
御主の言う“特定戦力”と呼べる存在が
ローズマリー殿とペニー殿の二人しか居らず、その上
“例の一件”で軍事力が低下してしまった事も災いした様で
相当に苦戦して居る様子じゃった……何よりも
最初に連絡を受けてから十数分程経って居るのじゃが
その最初の連絡すら途中で途切れてしまってのう……
……とは言え、此方にも頻繁に連絡する程の余裕が無いんじゃよ。
不可能では無いのやも知れんが……不甲斐ない限りじゃよ」
<――そう言った。
だが、そんなラウドさんに対し――>
「状況が状況です……致し方無いかと。
兎に角……大方の状況は把握致しました
一先ずは、敵戦力の報告と第二城地域の現状確認も含め
私は一度モナーク様の元へ報告に行って参ります。
終わり次第、直ぐに此方に戻りますので少々お待ちを――」
<――言うや否や
一礼し、転移と見紛うばかりの勢いで走り去ったアイヴィーさん。
一方……彼女と入れ替わる様に
“最前線からの帰還”と思しき様子で執務室へと現れたエリシアさんは――>
「たっ……ただいまぁ~っ……
……サラちゃん特製の“強壮剤”のお陰で
魔導大隊の防衛力は当面の間心配要らなく成ったけど
届けるだけでも正直相当キツ……って?!
主人公っち!? ……か、帰って来てたのかぁぁぁっ!! 」
「はい、遅くなって……って。
な゛ッ?! ……」
<――俺に気付くや否や
倒れ込む様に俺の胸元に寄り掛かったエリシアさん
……そして、狼狽える俺に纏わり付き
一頻り“スリスリ”したかと思うと――>
「ぷはぁ~っ! ……これで疲れも消し飛んだよ~っ♪ 」
<――と、謎に上機嫌になったかと思うと
直ぐに真剣な表情を浮かべ――>
「それで……主人公っち。
報告しないと駄目な事が有ってさ……
……今、魔導大隊と魔族軍が共同で“化け物退治”に当たってるんだけど
サラちゃんの作った“強壮剤”を行き渡らせる為に
身重なサラちゃんを走らせる訳にも行かなくてさ……
それで……その……」
<――そう言い掛け、口籠ったエリシアさんの態度に
耐えられなくなった俺は――
“い、一体……何が有ったんですッ?! ”
――そうエリシアさんに詰め寄った。
すると――>
「その……お願いだから、落ち着いて聞いてね。
“強壮剤”を届ける為の人員として、私とリオス率いる獣人族達で動こうとしてた時
メルちゃん達が協力を買って出てくれたんだけど……」
<――其処までを聞き、俺の脳裏に最悪の事態が過った。
仲間の誰かに……いや。
“全員”の身に何か遭ったのでは……と。
だが――>
………
……
…
「……誰も怪我はしてないから落ち着いて。
誰も怪我はしてないし無事だから……唯
魔導大隊に依る広範囲の防衛網を維持する為には
定期的に“強壮剤”を届けなきゃ駄目でね……
……その為に走り回った結果、疲れて休んでるだけ。
そうじゃ無くて……私がこんなに落ち込んでるのは
主人公っちが不在の間に、主人公っちの大切な仲間を
例え僅かでも危険に晒した事が申し訳なくて
それを謝りたかったからなの……本当にごめんっ!! 」
<――優しさが故の誤解。
疲れ果て、安静にしているだけとは言え
その様な状況に陥ったのは“自分の所為だ”と考えて居たエリシアさんは
この直後、俺に対し深々と頭を下げた。
一方で……想定していた悍ましい状況とは違った結果に安堵した反面
何れにせよ、一度皆の様子を確認しておきたいと考えて居た俺は
皆が居る場所への案内をエリシアさんに頼み――>
「……すみませんラウドさん。
俺も一度、皆の所に行ってきます! 」
<――ラウドさんにそう断りを入れ
エリシアさんと共に“魔導病院”へと向かった――>
………
……
…
「皆……大丈夫かッ?! 」
<――到着直後
疲れ果て、ベッドで休んで居た皆の容態を心配した俺に対し――>
「あ、主人公さん……おかえりなさい&煩いです」
<――疲れからか
僅かに虚ろな眼差しだったとは言え
何時もと変わらぬ“態度”で俺を安心させてくれたマリア。
そんな彼女に続き――>
「……“偵察”にしては遅かったわね?
まさか、あの女と何か“変な事”してたんじゃないでしょうね? 」
<――と、タチの悪い冗談で場の空気を和ませようとして
結果、俺をとんでも無く狼狽えさせたマリーン。
その横で――>
「無事で何よりだ主人公よ……しかし、年には勝てぬな。
吾輩も老いた物よ……」
<――氷枕らしき物を両太腿に当てたままそう言った
“半裸の”ガルド。
そして――>
「……ごめんなさい主人公さん。
帰還早々ご心配をお掛けしちゃって……」
<――と“唯一”まともな対応をしてくれたメル。
この……ある意味で“いつも通り”と言うべき皆の様子に
漸く安心したのも束の間――
“主人公殿ッ!! ……すまんが急いで執務室に帰って来て貰いたい!! ”
――突如として齎されたラウドさんからの緊急通信に
慌てて執務室へと戻った俺は――>
………
……
…
「……主人公殿で無ければ“様子が見えん”のじゃ!
急ぎペニー殿に通信を繋げて貰いたいんじゃよ! 」
<――到着するや否や、そう頼まれ
慌てて通信を繋いだ先では……
……酷く興奮し、悲痛な叫びと共に
悍ましい程の“怒り”を感じさせるペニーの姿があった――>
………
……
…
「や……やっと繋がったわッ!!
……言わなきゃ成らない事が山の様に有るけど
またさっきみたいに通信が途絶したら困るから、驚いたり
質問したりは後にしてッ! ……兎に角、今はあたぃの話だけを聞いて頂戴ッ! 」
<――言うや否や
此方が返事をするよりも遥かに早く話し始めたペニーは――>
「……現れた魔物の正体が分かったのよッ!
いいえ、違う……あたぃ達はあの魔物を既に“知って居た”のッ!
忘れもしないわ……奴らは“あの男”に連れ立ち
あたぃとローズの事を何一つ脅威とも思わぬ態度を取っていたわ。
あの時はたった二体だったけど……それでも
言い様の無い恐怖と圧倒的な力を感じたのを覚えているもの……
なのに……なのにっ!!
それが、数え切れない位あたぃ達の国に攻めて来てるのよ!
あの日“あの男”がッ! ――
――“ライドウ”が引き連れて居た化け物がッ!! 」
<――この瞬間
俺は耳を疑う“余裕”すら与えられなかった。
何故なら、ペニーが“ライドウ”と言う名前を発した瞬間
エリシアさんの“目の色が変わった”から――>
………
……
…
「お、お願いですからっ……落ち着いて下さいッ!! 」
「……離してッ!!
今直ぐにでも彼奴を探して、今直ぐにでも彼奴を殺さなきゃ駄目なのッ!! ……」
「お願いですから待って下さいッ!! 今あの男を探しに行った所で
危険な目に遭う以外に得られる物が無い事位
普段の冷静なエリシアさんなら気付けてる筈ですッ!
そもそも、冷静さを失って勝てる様な相手じゃ……」
「そんな事言われなくても分かってるよ!!! でもッ!! ……」
<――無駄だと分かって居ても
それでも、居ても立っても居られないエリシアさんを必死に説得していた俺。
だが、そんな俺達に対し――>
「二人共……黙って聞いてって言ったでしょッ!!
ねぇ……エリシア姉さん。
あたぃだって貴女の気持ちは痛い程分かってるつもり……だけど
今はそんな感傷に浸ってる暇すら無いのッ!!
兎に角……あたぃの情報を最後まで聞いてッ!! 」
<――そう一喝したペニー
そして――>
「……今回、奴の生み出した魔物達と全く同じ姿をした魔物が
各地で大量発生している事はラウド大統領からも聞いたわ。
だけど……この魔物が一体どんな物なのか
何を以て生きているのか、何を目的に動いて居るのか……
……それらを知っている人間は少ない筈よ。
勿論、あたぃだって全部を知っている訳じゃ無いわ……けれど
奴らがどんな物なのか、どうやって増えているのかは知っているわ。
良い? ……よく聞いて。
奴らは“悪鬼”と呼ばれる魔物の進化した姿なの、名前は――
“狂鬼”
――恐らく、あの男はあたぃの大切な人から奪ったあの“本”を使って
あんな化け物を爆発的に増やしたのよ。
とは言え……あの男が何の為に
此処までの状況を作り出したかまでは分からない。
けれど、少なくとも……この化け物達は簡単に倒せる様な手合いじゃ無いわ。
此方も必死で戦ってるけど……正直、何時まで持つかは分からない。
けど、それでも良いの……あたぃの情報が少しでも役立って
この状況が少しでも覆せるなら……それで良いの。
だから、主人公もエリシア姉さんも……勿論、ラウド大統領も。
お願いよ、死なないでね――」
<――直後
此方の返事を待たず一方的に通信を遮断したペニー
その“永久の別れ”を思わせる態度に慌て、直ぐに通信を試みたが
再びペニーに接続される事は終ぞ無く……この瞬間
俺達を漠然とした不安だけが包んだ。
そして、この上更に不安は続いた――>
………
……
…
「……申し上げますッ! 魔族軍“二対魔王アイヴィー様”より
緊急の伝達で御座いますッ!! ――
“魔物に動きあり、確認出来るだけでも
百を優に超える増援が第二城地域の防衛網に出現”
――との事ですッ! 」
<――直後
衛兵に依り齎されたこの情報に
俺とエリシアさんは第二城へと向かい……
……そして。
悍ましい迄の状況を目の当たりにする事と成った――>
===第百九六話・終===