第百九一話「“計画”阻止は楽勝でしたか? 」
<――“過去への後悔”は俺を絶体絶命の危機へと導いた。
だが……まるでこう成る事を予想していたかの様に颯爽と現れたモナークと
サラさんに依って危機的状況を脱することが出来た俺は
あろう事か、その“原因”である相手の命を救おうとして居た――>
………
……
…
「頼むモナークッ! ……待ってくれッ!!! 」
「フッ……よもや、この女を抱く腹積もりでは無かろうな? 」
「な゛ッ!? ……違うって!!
確かに“危ない所”ではあったけど……って、そうじゃ無くて!!!
……違うんだよモナーク、こんなの完全に俺のエゴだとは分かってる
でも“妻”の命まで奪う事は間違ってると思うんだ……頼むよ
せめて“そう成らなくて済む”方法を見つけるまでで良いから……だからッ! 」
<――完全に俺の自己満足だとは分かっていた。
だがそれでも……状況的に仕方が無かったとは言え
“親友の弟を手に掛けた”と言う事実は
その“妻”である彼女の死を簡単に受け入れられる程軽い物では無かった。
無論、こんなのは俺のエゴだし……何よりも俺が
“この国に危機を齎しかけた張本人”を庇い始めた瞬間から
モナークが不機嫌に成った事にも気付いていた。
だが、それでも――
“これ以上あの国から消える命が有って欲しくない”
――そう考えてしまった俺は
たった今、俺をも危機に陥れ掛けた彼女の為
モナークに対し、必死で頭を下げ続けていた――>
「頼むよ……お願いだ、モナーク……」
………
……
…
「実に……実に我が国は哀れな物よ。
斯様に軟弱な考えの男一人に崩壊の一手を打たれ……剰え
我が国の命運さえも斯様に甘き考えの男一人に委ねられる程
脆弱な物であったと言うのだからなッ! ……」
<――踏み付けられ、這いつくばった姿のまま一筋の涙を流し
頭を下げていた俺の顔を睨みつけながらそう言った彼女。
その直後……“箍が外れた”かの様に嗤い
嘆き……そして、呻き声を上げた彼女は――>
「もう良い……殺せ。
……殺せと言っておるであろうッ! 汚らわしき魔族よッ!! 」
<――まるで俺の行動の全てが苦痛であるかの様にそう叫んだ。
だが――>
………
……
…
「フッ……自らを救わんと願う“甘き者”への嫌悪を大言し
我を“処刑台”の様に宣う貴様が斯様に“弱さ”を隠し通せぬ半端者とは皮肉な事だ。
……まぁ良い、興が削がれた。
主人公、後は貴様ら“人間共”の好きにするが良い――」
<――そう僅かに距離を感じさせる発言を残しこの場から消え去ったモナーク。
だが……それに依って捕縛を解かれたソーニャは
逃亡する気力すら失い、抜け殻の様にその場から動かず居た。
そんな中……見計らったかの様に部屋へと現れたエリシアさんに依って
改めて捕縛された彼女は尋問の為、執務室へと連行される事となり――>
「取り敢えず……サラちゃん、本当にご苦労様っ!
後で合流するからヴェルツでのんびりしててね~ぃ!
それと……申し訳無いけど、主人公っちも一緒に来てくれるかな? 」
<――少し不機嫌な様子でそう言ったエリシアさん。
直後、執務室へと向かった俺はエリシアさん達の会話と
その意味を全く以て“理解出来ず”に居た――>
………
……
…
「……さてと。
先ずは~っ! 皆、本当にご苦労様~っ♪
本当でヒヤヒヤしたけど、予定より安全に終わって良かったよ~っ♪ 」
<――転移後、この場に現れなかったモナークを除き
既に集まっていた全大臣達に対し労いの言葉を掛けたエリシアさん。
直後、笑顔で互いを褒め合う大臣達の姿を眺めつつ
“予定より”と言うエリシアさんの発言に疑問を感じていた俺に対し――>
「あ~……ごめん主人公っち。
実は今回……って言ってもこの様子を見れば分かると思うんだけど
主人公っちに内緒で計画してた事があってね……」
<――と、申し訳無さそうに言ったエリシアさんは
今回の“篭絡計画阻止”に関する“情報提供者”の話を始めた――>
………
……
…
「……先ず今回、使節団のフリをして
主人公っちの“貞操を奪おうとした”その女に関する情報の殆どは
予め“アラブリア国王様”から提供されてたんだけど、そんな国王様から
主人公っち宛てのとっても“有り難ぁ~いお手紙”を預かってるから
それを読み上げるね~っ! 」
<――そう言うと
懐から手紙を取り出しそれを読み始めたエリシアさん。
その内容は――
主人公、私達が去った直後に発生し
君の心に深い傷を負わせたあの事件の事は今でも残念に思っている。
君に更なる苦しみを齎すだろう決断と
行動をさせる原因と成ってしまったあの事件の事は……
……無論、私達を助ける為に君が取った全ての行動と
それに依って起きた事象への責任は全て私が取るべきなのだが
どの様な言葉でこの事実を伝えたとしても
君が自らを責め続けて居るのでは無いかと心配している。
私は……君がそんな心優しき男である事を良く知っているから。
だが、それならば……私の大切を護ってくれた君に対し
私は一体何を返せば良いのかと思い悩み……その結果
先日、我々の間に結ばれた“護傘同盟”を何よりも優先し
君の住まう国と君の大切な存在を護る事こそが
私の気持ちと心からの願いを伝える一番の手段であると考えた。
恐らく、この手紙を君か君の大切な誰かが読み上げている時には
私の願いが届き、未然に防がれた騒動の“原因”が君の前に有る事だろう。
……現れた“原因”が何を企んで居たにせよ
君が傷付けられる事の無い様、私は遠き国から祈っている。
最後に成ってしまったが、是非ともまた私達の国へ遊びに来て欲しい
私はその日を楽しみにしつつこの手紙を書き終えようと思う。
アラブリア王国国王であり、主人公の親友ムスタファより。
――と言う、愛に溢れる物だった。
そして、全てを読み上げたエリシアさんは――>
………
……
…
「……いやぁ~っ!
“何回読んでも”素晴らしい友情だねぇ~主人公っち! 」
<――と“人の手紙を勝手に読みまくった宣言”をしたのだった。
ともあれ、この後――>
「ま、まぁ……主人公殿に取っては不愉快な面も有るじゃろうが
“敵を騙すには先ず味方から”と言う言葉も有るじゃろう?
……この者の企みを暴く為には
皆が一丸と成り騙されたフリをする必要があったのじゃよ。
兎に角……そう言う訳じゃからして
今回、主人公殿に隠しての作戦遂行と成った事には目を瞑って……」
<――そう言って
何故か俺の機嫌を取ろうとしたラウドさん。
しかし……怒るどころか、皆の“秘密作戦”のお陰で危機を脱せた以上
皆に対し、何らかの文句を言うつもりなど一切無くて――>
………
……
…
「皆さんのお陰で、その……“貞操”も護られましたし
何より、皆さんが無事である事が一番の幸せです。
そもそも……もし俺が何らかの前情報を知っていたら
演技なんて出来ず、作戦がバレて大変な事に成ってたかも知れないですし
そう言った意味でも皆さんには感謝しかありません。
唯、それとは別と言うか何と言うか……その……
皆さんに一つだけお願いしたい事があって……」
<――“但し書き”の様にそう伝えた俺の雰囲気が故か
この場に居る全員、俺が何らかの言葉を発するよりも先に
俺の“お願い”の方向性を理解し、ある程度の理解を示していた。
だがそんな中、エリシアさんだけは――>
………
……
…
「……言うとは思ってたけど、流石に無罪って訳には行かないよ?
仮にも敵国の人間がこの国の“最強の一角”を手玉に取ろうとした以上
それなりの罪を与えて置かないと、万が一にもこの噂が他の国に漏れた時――
“あの国は甘い判断しかしないからやりたい放題出来るぞ! ”
――って、思われかねないでしょ?
主人公っちは“それでもッ! ”……って成るんだろうけど
そんな事ばっかり繰り返してたら、少なくとも
主人公っちが望む“平和”は大きく遠のくんじゃ無いかな?
それとも……甘く見て攻めて来た敵を全員“説き伏せる”つもり? 」
<――反論の余地など一切無い“正論”をぶつけて来た。
そもそも、どう考えてもエリシアさんの意見こそ“国を護る立場”として正しいし
実際、何時もならエリシアさんの言う様に――
“それでもッ! ”
――と、成るのが俺なのだろうが
本人が全てを諦めた様な表情を浮かべたまま
微動だにせず、全てを受け入れる準備をしていた事も重なってしまって――>
「俺……つい先程、皆さんにお伝えした“感謝”を
もう既に反故にしそうなお願いをする所だったんですね。
……分かりました。
そもそも、この国に於ける議決は多数決で決まり
最終判断は大統領であるラウドさんが行うべきですし
俺が何かをお願いしてそれが簡単にまかり通る方がおかしいんです。
ですから、ソーニャさんの……いえ
“彼女”に対する罪状がどうなるかは、全て皆さんにお任せします。
ですが……最後に一つだけ、俺の我儘を叶えさせて下さい」
<――俺が本当に護るべきは“政令国家”と言う大切な場所だ。
この国を護る為……俺は、彼女を護りたいと言うエゴを“捨てる”決断をした。
俺自身が“これ以上傷付きたく無いから”と選んだ“エゴ”を……だが
それでも完全には捨て切れなかったエゴの“欠片”を
叶えたいと言う気持ちが暴走した様な俺の願いに対し――>
「……余程“変な事”をお願いしない限りは皆受け入れると思うから
そんなに悲しい顔しないで、主人公っち。
兎に角……何を“叶えたい”のか、言ってみて? 」
<――そう言ってくれたエリシアさん。
直後……俺は、この場に集まっていた大臣達に対し
ある“お願い”をした――>
………
……
…
「……皆さんからすれば“無駄な行動”に思われるかも知れませんが
せめて最後まで“メッサーレルからの使節団”として
ソーニャさんを饗したいんです……お願いします」
<――長い静寂の後
ラウドさんに依って齎された採決の結果は――>
………
……
…
「……賛成多数、依って主人公殿の“お願い”を全面的に認めるぞぃ! 」
<――直後
彼女を封じていた捕縛の魔導は解除され――>
「ソーニャ殿……御主には一週間の猶予を与え、期間中
御主を主人公殿の希望通り“賓客”として扱う事とする。
……無論、その期間中に御主が何を考えるのも自由じゃ
じゃが……主人公殿の願いを無下にする様な行動だけは
どうか謹んで貰いたい……良いな? 」
<――彼女に対し、静かにそう告げたラウドさん。
彼女に告げられた一週間と言う“猶予”
……この決定に文句を言うでも無く、喜ぶでも無く
唯、彼女は静かに頷き――>
………
……
…
「……あられもない姿で市中を引き回される程度の辱めは覚悟していたが
“そう”で在ったならば、何れほど容易き責めで在ったやら……」
<――そう言って静かに立ち上がると
俺の横に移動し――>
「主人公……貴様がそう迄して我が身を助く事を選んだ事も
貴様の甘さも……虫酸が走る程に気に食わぬ。
……だが、今更何を喚いた所で変わる沙汰もあるまい
故に、このソーニャに言い渡されし“猶予”を以て
貴様の選択とその甘さを知る為の時間としよう……」
<――直後
静かに俺の手を掴んだ彼女に対し――>
「その……中途半端な存在で申し訳ありませんでした。
夫の仇としても、一人の人間としても……ソーニャさん
エゴに塗れ最低で中途半端な俺なんて理解しないで下さい。
唯、そんな俺の“エゴ”は貴女の事を最期の瞬間迄に
一度で良いから笑顔にしたいと思っているんです。
……勿論、ソーニャさんからすれば最低で意味不明なのかも知れませんが
でも、それでも……俺に貴女の時間を下さい」
<――何一つとして言葉を飾る事も出来ず、一方的な要望だけを伝えた俺
だが、そんな最低な俺に対し――>
「良かろう……貴様がこの身を賓客として何処へ連れて行き
何を食わせ、何をさせるつもりか……今この瞬間から
それら全てを御主が決めよ。
このソーニャ……如何様にも貴様の要望に応えようぞ」
<――彼女はそう言うと
茶番とも言うべき俺のエゴに付き合う事を受け入れてくれた。
だが、彼女は続けて――>
「無論……“賓客”としてでは無く
貴様が我が身を“欲望の捌け口に”と言うのならば
それにも“応じる”が……さぁ、どうする腹積もりじゃ? 」
<――と言う爆弾発言をした。
だが、この直後“凄まじく取り乱した俺”を見て――>
「……よもや“初陣”も済ませて居らぬ者に
我が秘伝の媚薬を耐えられようとは……誠腹立たしき限りじゃ」
<――そう不満げに言った彼女の姿を直視出来ず
見て見ぬ振りをしたまま、ラウドさんらに別れを告げ城下へと転移し
馬車を借り、彼女を“政令国家観光の旅”に連れ出す事を決めた俺。
だが――>
………
……
…
「ほう……馬車で我が身を弄ぶつもりであったか」
「い゛ッ!? ……ち、違いますって!!
俺はただ、ソーニャさんに政令国家観光をして貰いたくて! ……」
「……やはり貴様は甘い。
貴様の隙を伺い我が身がこの国を逃亡し
貴様の“観光”とやらで得たこの国の情報を全て持ち帰り
我が国の兵に伝えたならば……この国は終わりであろう? 」
「そ、それはッ!! ……確かに……そう……ですけど……」
「敵方に伝えられねばその危険に気付いてすら居らなんだとは……まぁ良い。
それを知って尚、我が身を“弄ぶ”と言うのなら
貴様の好きに我が身を連れるが良い……」
「だ、だから弄ぶつもりなんて!! ……」
「七日の後……極刑を言い渡されるであろう“大罪人”に対し
其れを行う国を“見て回り楽しめ”と宣う貴様の行動は
我が身を弄んで居ると言えよう? ……違うと申すか? 」
<――彼女の問いに対し、何一つ言い返せなかった俺。
その上、更に――>
「……とは言え。
この場で“俯き口を噤む”御主の顔を七日間見続ける事も
残り少なき我が身の命に取っては拷問にも等しい。
故に、全く以て気には食わぬが……貴様に付き合うとしよう」
<――と“気まで遣わせて”しまったのだった。
こうして……この日を境に、最悪の結果が見えている中で始まった
“観光案内”は“楽しさの欠片”すら見えず……唯
残り少ない彼女の時間を無駄に浪費し続ける事と成って――>
………
……
…
「さ、さぁ! ……今日は旅館に来てみました!
此処では薬浴と言う物がありまして!
どんな悪臭でも消し去る効果の他、様々な回復効果もあり
更には、数多の精霊女王達がその疲れを癒やしに訪れる事もあり! ……」
「ほう? ……“どの様な悪臭でも”とは
我が身を不潔と申したか……それとも嫌味のつもりか? 」
「へっ? ……ち、違いますッ!
俺はあくまで効能の一つを説明しただけで! ……」
「では“様々な回復効果”について問うとしよう……
……我が身は後数日で“永き眠り”につくのじゃぞ?
今、何れ程この身を癒そうとも……全ては無に帰す事と成るであろう」
「そ、それは……」
<――何を提案しようとも、その全てを
“俺以上に凄まじい”マイナス発言で掻き消し続けた彼女。
憎い俺に対する精神攻撃をして……その結果を愉しんで居るかの様に。
だが、その反面……仮に“そう”だったとしても
“それ”を甘んじて受け入れなければ成らないのだと
考えている俺も居て――>
………
……
…
「さ……さて!
昨日は旅館でしたので……今日は
政令国家の名産品であるゲームに触れて頂こうかと……」
「……残り少なき我が身の時間を斯様な児戯で消費させようとは
御主は中々に恐ろしい者じゃ……」
「い、いえ……嫌なら無理にとは……その……すみませんでした」
「構わぬ……最初から期待などしては居らぬ」
………
……
…
「さ、さて……その……
この所、色々とご迷惑をお掛けしたので……せめて
政令国家で流行っている和装で着飾って頂きたくて……その……」
「ほう……死に逝く我が身の為“死に装束”を選ぼうとは
殊勝な事よ……どうした?
……早う選ぶが良い」
「そんなつもりでは……すみません……でした」
<――何処へ連れて行こうとも、何をしようとも
それら全てを拒絶されたから……いや、違う。
何一つとして“楽しめていない”彼女の様子に
これまで諦めず居た俺の心は次第に折れ始めていた……だが、それは
“彼女に尽く全てを拒絶された”からでは無い。
仮に、どれ程彼女を楽しませる事が出来たとしても
彼女の心に刻まれた“極刑”の二文字には敵わないと知り……
……そして、万が一にも“作戦の一環”では無く
本当に、彼女の母国であるメッサーレルが崩壊の一途を辿っているのなら
これまでの五日間で“エゴ”に振り回され
国の行く末を考える時間すらを奪われたに等しいこの状況を
俺自身が作ったのだと知ったから。
そして、この考えに至った瞬間……俺は、俺の大切な人達に対する
“重大な裏切り行為”を実行に移そうと考えてしまった――>
………
……
…
「……いよいよ、今日が最後です。
ですが、今日は……観光では無く
ソーニャさんに心穏やかに過ごして貰いたくてこの場所を選びました。
夕焼け空を見上げるも良し、遠くに見える山を見るも良し……
……何も考えずただ、過ごすも良しって感じです」
<――そう伝え、馬車を降りた俺。
彼女を連れて来たこの場所は……人気も少なく
唯、木々だけが生い茂った森の中で――>
「ほう……“万策尽きた”様じゃな。
我が身を斯様に木々の生い茂った森に連れ込むとはな。
今日が最後じゃ……誰に責められる事も無いこの場所で
我が身を弄ぼうとでも考えたか? 」
「いえ……そんな事が出来る程、勇気がある人間じゃ無いですから。
それはそうと……何だか冷えてきましたね!
寒過ぎて俺、若干……と言う事なので少し恥ずかしいですけど……
……そ、そのッ! 俺、其処ら辺で“用を足して”きますッ!!
で、でも……ちゃんと其処に居て下さいね!?
こ……この周辺は監視の目も無いですし、その方向に向いて歩けば
恐らく簡単に逃げられますけど……と、兎に角ッ!
……俺、用を足してきますからッ!
多分、一〇分……いや……下手すると二〇分以上帰ってこないですけど
に、逃げちゃ駄目ですからね!? ……で、ではッ!! 」
<――直後
彼女の前から走り去った俺は、木の影に隠れた。
せめて彼女が安全に逃げられる様、周辺の警備状況も調べ
一番警備が薄い時間帯を狙い、この場所を選んだのだ――>
………
……
…
「間違ってるかも知れない、いや……きっと間違ってる。
でも……これで良いんだ。
きっと、これで……」
<――木陰に隠れ眼を瞑り、そう自分に言い聞かせて居た俺。
だが――>
「おや? ……“用を足して”居る様には見えぬな」
「?! ……何故!?
何で逃げないんですか……何でッ!!
今、このまま此処に居たら……明日
貴女は死んじゃうかも知れないんですよ?! ……なのに何故ッ!! 」
<――俺の真横に立ち“最後の気遣い”を無下にした彼女に対し
俺は、掴み掛からんばかりの勢いでそう問うた。
だが、そんな俺に対し――>
………
……
…
「主人公……御主は愚かな男じゃ。
媚薬の力に抗い続け、我が身を貪りもせず
貴様を手球に取らんと画策した我が企みを全力で拒絶し
其れに成功したと言うに……何故
敵である我が身をそう迄して救おうとするのか……
……我が身は今日までこの身に残されし時間を使い
御主の甘さとその理由を知ろうとした……だが
終ぞ御主を理解する事叶わず終いじゃ。
全てに於いて我が身は負けた……全く以て
不愉快極まりない限りよ……」
<――そう言うと
この日、初めて俺に笑顔を見せた彼女。
そして――>
「……少なくとも、先程の御主は愉快であった。
故に、これは礼じゃ……我が身の笑顔が見たかったのであろう? 」
「違う……違うんだソーニャさん。
俺はそう言う意味で“貴女の笑顔が見たい”って言ったんじゃ無い……俺は
せめて最後だけでも平穏無事に過ごして欲しかっただけだ。
それを叶えられない程俺が不甲斐無いから……それならせめて
逃げ延びて……どうにか、生きて居て欲しかったんだッ!! 」
<――俺の勝手なエゴに依って
彼女の時間を浪費させてしまったこの六日間。
この後……改めて“逃げて欲しい”と伝えた俺に対し
最後まで、首を縦に振る事は無かった彼女は――>
===第百九一話・終===