第百九〇話「“計画”は楽勝ですか? ……後編」
<――突如として現れた異国からの訪問者“ソーニャ”さん。
彼女の来訪に慌てて飛び起きた俺は
誠意ある対応の為と言うのが半分、そして――
“答えるのが難しい問題を少しでも先送りにする為”
――と言うもう半分を理由に
ソーニャさんの事を少し遅めの夕食に誘った。
だが、寝起きと言う事も重なり
全くと言って良い程頭が回っていなかった俺は……ソーニャさんに対し
まるで“腫れ物に触る様な”態度で接していた――>
………
……
…
「そ、その……ヴェルツには美味しい料理が沢山あるので
どれでもお好きな物をお選び下さい! 」
「ええ……ですが、そう言われましても
私はこの国の料理を全く存じ上げませんので
その……ご迷惑でなければ、主人公様にお選び頂きたいのですが……」
「あっ……そ、そうですよね!? じゃあ俺が! ……って。
よ、よく考えたら好き嫌いとかもありますし……う~ん……」
<――この状況を一言で表すのならば
“最悪”……だろう。
まるで、初デートか何かかと見紛う程に冷静さを失っていた俺は
メニューを睨みつけながら、女性が食べる“一般的な量”を思い浮かべつつ
完全にソーニャさんにも聞こえる程の“独り言”を発していた――>
「え~っと……マリアは俺より食べるからこのメニューは違うし
メルは“例の技”後だとガルドより食べるから参考に成らないし……あっ!
……マリーンは比較的少食だったよな?
と言う事は……これかこれが適切な量なのか?
けど、うーん……」
<――ご覧の有様である。
……ともあれ。
この後、見るに見かねた様子で近付いて来たミリアさんの助けを借り
何とか注文を通した俺は……自身の不甲斐無さと
“エスコート力の低さ”に落ち込みつつ
食事が運ばれてくるまでの時間を必死に繋いでいた――>
………
……
…
「そ、その……ヴェルツの料理はどれも最高なので
どれを食べて頂こうかと悩んでいたらつい……」
<――少しでも無言の時間を減らす為
恥の上塗りとでも言うべき“大嘘言い訳”で繋いでいた俺に対し
“大嘘”に気付きつつも……俺に合わせ
終始にこやかにしていてくれたソーニャさんには非常に申し訳無かった。
まぁ……ともあれ。
暫くの後……運ばれて来た料理の味に舌鼓を打ち
喜んでくれたソーニャさんの姿にほんの少しだけ安堵していた俺は
その一方で“緊張で殆ど食事の味がしない”と言う
とってもベタな状況に陥っていた。
“ソーニャさんの美貌に緊張した? ”……確かに綺麗だが違う。
本当の理由は――
“出来る事ならこのままソーニャさんがヴェルツの味に満足して
部屋での会話の内容を全部忘れてくれたなら
この緊張感も消えていくのに”
――などと、まず起きないであろう事を本気で願って居たからだ。
そして……そんな逃げ腰な考えの所為か
眼前のソーニャさんの料理に関する“感動発言”の殆どに
生返事を返し続ける事しか出来なく成っていた俺に対し
この直後“天罰”とも言える様なハプニングが発生した――>
………
……
…
「きゃあっ!? ……す、すみません主人公様っ! 衣服にお飲み物がっ!
直ぐに“シミ抜き”を! ……って。
な、何故……一切シミが付いていないのですっ!? 」
「……へっ?
あ、あぁ……それは
この燕尾服の“特殊能力”と言いますか、何と言いますか……」
「そ、そうだったのですね……ですが
何れにせよ、本当に申し訳ございませんでした……」
「い、いえ! 俺もボーッとしてましたから……」
<――深刻な内容では無いにせよ、互いに謝罪を続ける羽目になり
折角の平和な食事の時間すら普通に過ごせなかった事。
何より……仮にも“夫を殺した相手”を目の前にして
その相手に幾度と無くこうして頭を下げ続けている彼女の気丈な姿に
俺は“狂った精神状態の所為”などと言い訳はせず
彼女の申し出に対し、責任のある答えを返す必要性を感じていた。
だが、その一方で……政令国家での三大臣兼任と言う重責の上
親友の国からすれば、未だ“敵国”と呼ぶべき国に対する“肩入れ”を
この場で受け入れる事が果たして本当に良い判断であると言えるのか。
……様々な問題の中で揺れていた俺。
そして……そんな悩みが顔に出ていたのか
いつの間にか俺の顔を覗き込んでいたソーニャさんは
俺の深刻そうな面持ちを“勘違い”し――>
………
……
…
「そ、その……やはりお気分を害してしまった御様子ですので
お詫びとして、その――
――女将様っ!!! このお店で一番高いお飲み物を此方に!
勿論、私の奢りでお願い申し上げますっ!! 」
<――と、信じられない程気を遣ってくれた。
当然、これを全力で断った俺だったのだが――>
「いえお気遣い無くっ! ……私に非礼があったのは事実でございますっ!
寧ろ、このお詫びを“受け入れぬ”と言われてしまいますと
私も困り果ててしまいますので……どうか……どうかっ……」
<――と、今にも泣き出しそうな表情で
そう懇願して来たソーニャさんの態度を受け
“完全に断れなくなった”俺は――>
………
……
…
「分かりましたからッ! ……た、但しッ!
そ、その……本当に俺は怒ってません。
ですので、その点だけは分かって貰いたいと言いますか……」
「お気遣い感謝致します主人公様……って。
女将様っ! ……私が取りに参りますので
お飲み物は其処に置いていて下さいませっ! ……」
<――言うや否や
急ぎ足でカウンターに飲み物を取りに行ったソーニャさん。
直後……俺達の“状況”を見ていたのか
ミリアさんはソーニャさんに対し“価格”では無く
ヴェルツで最も“人気が”高い飲み物であるビン牛乳を二本差し出した。
……だが、彼女も慌てていたのか
二本の内一本を勢い良く落とし――>
「あぁっ!!! ……も、申し訳ございませんっ!
私とした事がっ!! ……」
<――と、直後
幾度と無く頭を下げ続けていたソーニャさんに対し――>
「大丈夫、片付けはあたしがやって置くから
アンタは主人公ちゃんの所に戻ってて構わないよ」
<――そう優しく微笑んだミリアさん。
そんなミリアさんに対し、終始申し訳無さそうにしつつ
此方に戻って来たソーニャさんは
残ったもう一本のビン牛乳を俺の前にそっと差し出しつつ――>
「……お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした。
その……お詫びの“ビン牛乳”と呼ばれるお飲み物でございます……」
<――申し訳無さそうに俯いたのだった。
だが……こんな状況に陥ってしまった原因が
どう考えても此方にある様に思えて仕方が無かった俺は
俯き、落ち込んだままのソーニャさんに少しでも元気になって貰う為
少々“過剰に”――>
「で……では早速頂きますッ!
……んッ!?
こ……こんなに美味しいのは何故だろう?!
あぁ、分かったぞ!! た、多分……ぜ、絶世の美女に頂いたからですね! 」
<――と、鏡を見ずとも分かる位顔を真赤にしながらそう言った俺は
普段なら絶対にやらない一気飲みをした。
だが……そんな俺の様子を真っ直ぐに見つめ
飲み切った後も一切目線を外さず
心配とは違う“何か”を感じさせる表情のまま
俺の事を見つめ続けていたソーニャさん。
当然、その事に大きな違和感と居心地の悪さを感じてしまった俺は――>
………
……
…
「あ、あの……“軽口”でお気を悪くさせてしまったのなら……」
<――と、謝る事を選んだ。
だが、ソーニャさんは――>
「その……主人公様、ご気分は如何ですか? 」
「へっ? ……き、気分って言われましても
正直、自分のエスコート力の低さに若干ショックを受けている位で
それ以外は至って……いえ、やはり
俺の不手際でソーニャさんにご迷惑をお掛けした事が……」
「い、いえ……そうでは無く!
私の事……魅力的にはお感じになられませんか? 」
「い゛ッ!? ……な、何でいきなりそんな質問を!? 」
<――あまりにも唐突が過ぎる質問に慌ててしまった俺は
酷く取り乱しながらそう訊ねた……だが、質問に答えず
更に落ち込んだ様な表情を浮かべ――>
「いえ……不躾なお訊ねをして申し訳ありませんでした」
<――そう言うと
今にも泣き出しそうな程の様子で再び俯いたソーニャさん。
何と言うか、ソーニャさんの発する雰囲気はどう考えても――
“主人公様は私の事がお嫌いなのですねっ……”
――とでも言いかねない感じだったし
そもそも、いつの間に俺はこんなに“モテた”のだろうか? ……などと
眼前で悲しげにしているソーニャさんを完全に置き去りにしつつ
そんな事を考えていた。
だが、同時に……これ以上、空気を悪くしたく無かった俺は
ソーニャさんに対し――>
「あ、あの!! ……政令国家には色々と名産品が有るのですが
ソーニャさんは何かご興味の有る物とか……」
<――明らかに良案では無いと分かりつつも“物で釣る作戦”を発動させた。
だが……意外な程
ソーニャさんはこの“作戦”に食いついてくれて――>
………
……
…
「で、ではその……先程、主人公様のお部屋でお見かけした
不思議な形の“衣服”に関して……」
「……不思議な形?
それってもしかして……和装の事ですか? 」
「はい、恐らくはそれかと……」
「そ、その……“着てみたい”って事でしたら
“ビン牛乳のお礼”って事で、俺からソーニャさんにプレゼントし……」
「い、いえっ! ……それも光栄なのですが
わ、私はその……殿方がお召しに成った姿を見てみたくて……」
「……へっ? 男が着た姿をですか?
それなら今直ぐにでも着替えて来……あ゛ッ?!
あ、あの~ッ……えっと……その~ッ……」
<――突如として俺が口籠った理由は明らかだ
何故ならば――
“あまり宜しく無い位置にカレーのシミが付いている”
――あの、和装を着る羽目になると思ったからだ。
少なくとも、悪い意味で“見間違う”可能性が途轍も無く高い
カレー染み付きの和装を着た姿をソーニャさんに見られたら
唯でさえ最悪なエスコート力の中、辛うじて残っている
“尊厳”みたいな物まで消え去りそうな気がして成らなかった俺は……
……直後、ヴェルツ前の道を行く人達に目をやり
必死に和装の男性を探して居た。
だが――>
………
……
…
「あの……私、主人公様のお召しに成ったお姿を見たいのですが……」
「い゛ッ?! ……いや……その……」
「……お嫌ですか?
それとも……私には見せたくありませんか? 」
「そ、そう言う訳ではッ! ……って
これ以上拒否してたら余計に誤解されますよね……分かりました。
……正直に言いますけど笑わないで下さいね? 」
「ええ、お約束致します」
「で、ではその……
……今、あの服には“少し宜しく無い位置に”食事の汚れが付いていまして
その、見た目が恥ずかしいと言いますか……」
「そ……その様な事でお悩みに成られていたのですか? 」
「ええ……その、何と言うか
“位置的に”変な誤解をされてしまう様な気がして……」
「それで口籠っていらっしゃったのですね……安心しました♪
主人公様? ……私、その様な事を気にする程
狭量ではありませんからご安心を♪
さて……そうと決まれば、早速お着替えをお願い出来ますか? 」
「え、ええ……でも、流石に此処に降りてくるのは恥ずかしくて……」
「……でしたら、折を見てお部屋にお邪魔致しますね♪ 」
「わ、分かりました……では……」
<――直後
あまり乗り気では無かったが……機嫌を直し
笑顔を浮かべてくれたソーニャさんの姿に観念し、部屋に戻り
“カレー染みの付いた何時もの服”に袖を通す為、燕尾服を脱ぎ捨てた俺。
だが、その瞬間――>
………
……
…
「なん……だ? ……何だか……頭がクラクラ……する……
それ……に……体が……熱……い……」
<――気疲れが原因か
酷い立ち眩みを覚えた俺は……直後、ベッドに座り
何故か異様な程に元気に成っていた“下半身”の状態に違和感を感じつつ
加速度的に酷くなる“妙な感覚”……いや。
……多感な時期を迎えた事のある者なら誰もが一度は経験した事のある
“ムラムラ感”に支配され始めていた――>
「何で……こんな事……に……ッ! ……」
<――高鳴る心臓
荒々しく成る呼吸……そんな異常事態の中
ゆっくりと開かれた部屋の扉――>
………
……
…
「主人公様? もうお着替えに……きゃぁっ?! 」
「?! ……ソーニャ……さんッ……今は……来ちゃ……駄目……ですッ!!
何か……俺……変な感じ……で……」
<――今にも“暴れかねない”激しい欲望を必死に抑え
ソーニャさんに対しそう告げた俺……だが。
ソーニャさんはそんな俺に対し“妖しく微笑む”と――>
………
……
…
「……ふふっ♪
やはり……その燕尾服には特殊な力が有ったのですね。
これで漸く私の事をお求め下さ……ええい、面倒だ。
……媚薬の効果はどうかぇ? 主人公とやら」
「媚……薬? ……いつの間に……いや、まさかッ……」
「……貴様の想像通り“ビン牛乳”が原因じゃ。
貴様の事は並外れた力を持つ“狂人”であると我が方の兵より聞き及んで居る。
故に、常人ならば“気が狂う”程仕込んだと言うのに
まだその様に平静を保てて居るとはな……流石と言う他有るまい」
「くっ……何故だ……ソーニャさん……ッ……
アースィーの……夫の……仇……を……討つだけなら……
毒薬を盛れば済……んだ……話……」
「毒薬? ……仇? 何を言うて居る?
……貴様の力を手に入れる為に何故、貴様を殺す必要がある?
まぁ良い……主人公、貴様に
このソーニャを抱く事の出来る幸運を授けてやろう。
但し……我が体を抱いた瞬間
貴様は決して破る事の出来ぬ誓いを立てる事と成る……だが
それすらも貴様は幸せに感じる事であろう……
……さぁ、私の体を貪り
溢れんばかりの享楽にその身を委ねるが良い……」
「やめ……ろ……俺は……そんな要求を……飲んだりは……ッ……」
「ほう? 主人公よ……流石は“狂人”と呼ばれし男じゃのう?
我が秘伝の媚薬に此処まで耐えるとは……じゃが
貴様の“下腹部”はもう限界を迎えておる様じゃぞぇ? ……」
<――そう言って俺の“局部”を指し示したソーニャ。
本来なら、直ぐにでもこの女を捕縛し
一刻も早く助けを呼ぶべき状況だと理解はしていた。
だが……この時の俺は、そんな冷静さも
体の自由さえも“失っていて”――>
………
……
…
「主人公とやら……獣の様な息遣いに成っておるぞぇ?
どうじゃ? ……もう限界であろう?
その欲望を全て、余す所無く……この熟れた体に差し出すが良い。
この体は……御主を天にも昇る心地としてやるぞぇ?
さぁ……我が体を貪るが良い……」
「駄目だ……や……めろ……俺に……近付く……な……ッ……」
<――直後、部屋の鍵を後ろ手に閉めたソーニャは
妖艶に、艶かしく俺の元へ近付き――>
「さぁ、御主の物を顕にするが良い……」
<――そう言って俺の下着へと手を掛けた。
瞬間――>
………
……
…
「フッ……此程迄に“奴”の想定通りとはな」
「なっ!? ……うぐッ!? 」
<――朦朧とする意識の中
俺は……粉々に弾け飛んだ扉と
踏み付けられたソーニャの姿を目の当たりにした。
……現れるなり、有無を言わさずソーニャを無力化した後
俺に対し“苦言を呈した”男。
それは――>
………
……
…
「この“腑抜け”が……」
「モ、モナーク……ッ……助けてくれて……ありがとう……ッ……
俺、今のお前になら……抱かれても……」
「チッ……腸の煮えくり返る。
愚か者が……ッ!! 」
<――言うや否や
“結構な勢いで”俺に燕尾服を投げつけたモナーク。
その怒り心頭な様子に慄きつつも……燕尾服に触れた瞬間
今の今まで俺を支配していた“ムラムラ”は嘘の様に消え去った。
そして――>
………
……
…
「モ、モナーク様……も、もう入っても宜しいのでしょうか?
私、夫以外の殿方の“あられもない姿”を目に入れる訳には……」
<――燕尾服に袖を通した瞬間
扉の向こうから聞こえた、この妙な問い掛けの主は……サラさんだった。
そして……そんな彼女の問いにほんの一瞬、俺を見たモナークは
俺の事を“鼻で笑い”つつ彼女の入室を許可した。
だが……恥ずかしいとか馬鹿にされた様で腹が立つとか
そんな事を言っている暇が無い状況の中、現れるなり
ソーニャの持ち物を探ったサラさんは
媚薬の物と思しき“空の瓶”を手に取ると
その中に謎の液体を注ぎつつ――>
「……それにしても、媚薬の効果まで抑えてしまうとは
流石は神聖羊之毛と言うべきでしょうか。
何れにしても幸運でしたね、主人公さん。
しかし、この配合は珍しい……って、兎に角! 今治療薬を作りますので
主人公さんは燕尾服姿のままで少々お待ち下さいね! 」
<――言うや否や
大きな鞄から様々な薬品と容器を取り出し
それらを調合し始めたサラさん。
だが、そんな彼女の真剣な様子とは裏腹に――>
「馬鹿め……このソーニャが秘伝の媚薬
御主程度の小娘に破れる程甘くは無いわッ! 」
<――と、サラさんの事を嘲笑ったソーニャ。
だが、この直後――>
………
……
…
「……出来ました!
主人公さん、これをゆっくり飲んで下さい……」
「は、はい……う゛ッ……に、苦過ぎる……」
「飲みやすさを調節する余裕がありませんでしたのでご容赦を。
ですが、効き目は間違いないかと……どう、でしょうか? 」
<――“味覚破壊能力”の高い苦味は兎も角として
俺は、この治療薬の効力を試す為――>
「えっと……この服のままだと分からないので
出来れば一度、後ろを向いて頂ければと……」
<――直後
慌てて視線を外してくれたサラさんの様子を確認しつつ
燕尾服を脱ぎ捨て、カレー染みの付いた何時もの服に袖を通し
媚薬の効果が消えた事をを確りと確認した上でサラさんにその事を伝えた。
すると、俺に視線を向けるや否や――>
「良かったで……す?
あの、主人公さん? あまり宜しくない位置に妙な染みが……」
<――眉間にシワを寄せ、汚物を見る様な眼で俺の事を見たサラさん。
明らかな“誤解”を感じた俺は、これが“カレー染み”である事を伝えた。
すると――>
………
……
…
「……あぁ“そっち”でしたか!
でしたら、良い物がありますので少々お待ちを! 」
<――“そっち”が一体“どっち”なのかは兎も角として。
言うや否や“カレー専用シミ抜き剤”を取り出したサラさんは
僅か一振りでカレー染みを完全に消し去った。
直後、サラさんの用意の良さに驚きつつも感謝を伝えた俺は――>
「でも……カレー専用のシミ抜き剤が出来る程
国民食みたいに成ってるのは驚きですね……」
「ええ、私も夫もカレーが大好きで! ……ですが
良く衣服にシミが付いて困るのでつい最近作ったんです! 」
「え゛ッ?! ……って事はこれってサラさんが作ったんですか?!
流石は一流の薬師さんですね……」
「いえいえ! 一流だなんてそんな~っ! ……」
<――と、他愛の無い話に花を咲かせて居た。
だがその時……モナークの“足元”では、怒りに震えたソーニャが
此方を恨めしく睨みつけて居て――>
………
……
…
「貴様……どうやって我が秘伝の媚薬を解毒させたッ?!
貴様の様な小娘風情が斯様な短時間で……何故だッ?! 」
<――悔しさからか
偽りとは言え、先程までの心優しい姿を一切感じさせぬ言葉遣いに始まり
その表情さえ醜悪な物と成り果てていた彼女は
モナークに依り踏み付けられたままそう言い放った。
だが、そんな彼女に対し――>
「……ど、どうやってと言われましても
私は薬師ですから、薬草や毒物の扱いには慣れていますし
それに、この国には私と“趣味の合う方”がいらっしゃいますので
理由を言うとするならば……それが理由らしい理由と成るでしょうか? 」
<――と、恐らくは“エリシアさん”の事を指しそう言い切ったサラさん。
一方……そんなサラさんのあっけらかんとした受け答えに
唇を噛み、悔しさと共に血を滲ませたソーニャ。
そんな中――>
………
……
…
「主人公様ッ! モナーク様ッ! サラ様……ご報告申し上げますッ!
長“ソーニャ”を除くメッサーレル使節団、もとい
敵兵士を全員捕縛完了致し……なッ?!
……モナーク様ッ! 敵、長の捕縛ご苦労様で御座いますッ! 」
<――直後
衛兵に依って齎されたこの情報を耳にした瞬間
全てを諦めた様な表情を浮かべ――>
「チッ! ……尽くしくじるとは。
こうなれば何の道逃れられはせぬか……良かろう。
このソーニャ、逃げも隠れもせぬッ! ――
――煮るなり焼くなり、貴様らの好きにするが良いッ!! 」
<――まるで“最期”とばかりに力強くそう発したソーニャ。
一方、そんな彼女の“決意”を受け――>
………
……
…
「フッ……良かろう」
<――言うや否や
彼女の首を圧し折らんと強く踏み付けたモナーク。
直後……床板すら踏み抜かんばかりのその気迫と
ソーニャから漏れ聞こえた“聞きたくも無い”呻き声は――>
………
……
…
「ま……待ってくれッ!!! 」
<――俺の“甘さ”を
嫌と言う程に引き出した――>
===第百九〇話・終===