第百八八話「“復活祭”は楽勝ですか? 」
<――復活祭に必要と言われ
半ば強引にアイヴィーさんから託された二つの依頼は
紆余曲折ありつつも皆のお陰で何とか無事に達成する事が出来た。
そして、道中起きた様々な“紆余曲折”は俺に“学び”を与えてくれた。
……俺がどれだけマイナス思考に陥ろうとも
決して見捨てず必死になってくれる仲間が居る事。
……そんな大切な存在達に対し
今度は俺自身が恥じない行動を取らねば成らないと言う事。
それから――
“エリシアさんは怒ると超怖い”
――魔物討伐やお墓参り
挨拶回りに精霊女王フリージアへの“鉄拳制裁”と
本当に“様々あった”紆余曲折の末、復活祭に必要な全てを手に入れた俺達は
政令国家第二城、魔族居住区で引き続き準備をしていた
アイヴィーさんの元へ、依頼の品を渡しに向かったのだが――>
………
……
…
「只今戻りました! 依頼のお品は全て……って。
ア、アイヴィーさん? その“大鍋”は一体……」
<――到着早々、その異様な光景に言葉を詰まらせてしまった俺。
その一方で……大鍋の前に立ち
両手で抱えなければ成らない程の巨大な木べらを手に
毒々しい色をした“何か”を……まるで
“童話に出てくる悪い魔女”の様にグツグツと煮込んでいたアイヴィーさん。
彼女は俺達に気付くと――>
………
……
…
「……あら、丁度良い所にお越しに成られましたね主人公様。
お願いしていた品はどちらも完全な状態ですか? 」
「え、ええ……お約束した通り、魔物の核は無傷で二個……と言うか
二個以上手に入りましたので、その中から良さそうなのを選んで頂ければ……」
<――“お前を煮込んで食ってやる”
と、言われなかった事に謎の安心感を覚えて居た俺から
静かに核を受け取ったアイヴィーさんは――>
「……流石は主人公様です。
ほぼ全て完璧な状態で、且つ此程大量にとは……」
<――そう感心してくれた。
だが、当然――>
「い、いえその……殆 (ほとん)どは
皆のお陰と言いますか何と言いますか……」
<――と、褒められた事に恐縮しつつも
今回の状況と皆の奮闘っぷりを伝えた俺に対し
アイヴィーさんは優しく微笑み――>
「成程……やはり、モナーク様と肩をお並べに成る程の御方ですから
貴方様の傍に立つ者達の能力も、並外れて居ると言う事でしょう。
ともあれ、皆様にも心より御礼を申し上げます……」
<――と、出発前とは打って変わった態度で
俺や皆に対し深々と頭を下げお礼を伝えてくれたアイヴィーさん。
だが……この直後、アイヴィーさんは
出発前、俺に約束させた事を“自ら破る”様な暴挙に出た――>
………
……
…
「さて……早速では御座いますが、この材料を――
――フンッッッ!!! 」
「核をどうするんですか? ……って。
……な゛ッ?! 」
<――直後
大鍋の上で魔物の核を真っ二つに叩き割ったアイヴィーさん。
俺に対し――
“傷が付きやすいので”
――と釘を差し
俺達に細心の注意を払って持ち帰らせたその核をだ。
だが……当然の様に大慌てした俺に対し
アイヴィーさんは再び優しく微笑み――>
………
……
…
「……主人公様、言葉足らずで申し訳ございませんでした。
この材料は“鮮度”が落ちるのが早く、欠けや割れ……ともすれば
僅かな傷ですらその“力”を消滅させてしまう程に不安定な材料なのです。
……ですが、私の希望した以上の鮮度でお持ち帰り頂いたので
予定よりも高品質な出来と成るでしょう。
さて……お願いしていたもう一つの品はどちらへ? 」
<――と、冷静にそう言ったアイヴィーさんに対し
エリシアさんは――>
「ねぇアイヴィー。
正直、私でも何を作ってるのかがさっぱりなんだけどさ……
……不枯之花を二輪も使うって
まさか“足らずを補う”つもりじゃ無いよね? 」
<――つい先程
精霊女王フリージアから伝えられた“不運”を心配したのか
不安げにそう訊ねたエリシアさん。
だが、アイヴィーさんはそんなエリシアさんに対し――>
「……足らずを補う?
その様な使用法では……いえ、兎に角
あまり“煮込み過ぎ”ては完成品に悪影響が御座いますし
一先ずは作業を進めながらお伝え致しますので……」
<――そう言って手を差し出したアイヴィーさんに対し
困った様な表情を浮かべつつ不枯之花を差し出したエリシアさん。
直後、エリシアさんから花を受け取ると――>
………
……
…
「先ずは皆様に最大限の感謝を……次に
万が一を考え、皆様は私の背後に移動をお願い致します」
<――そう言って俺達を自らの背後に移動させたアイヴィーさんは
エリシアさんから受け取った不枯之花を大鍋の真上に差し出し
花の全体に、立ち上がる湯気を纏わせながら――>
「……我ら魔族の伝統を打ち破り
一代に二人の魔王を齎し給うた魔族の始祖よ。
魔王モナーク様のご英断に依り、新たな魔王と成る様命じられた私と
既に魔王であるモナーク様と作り上げられる新たなる魔族の秩序――
“二対魔王”
――そして、我が魔族種の永き繁栄を願い
今宵、この場に齎される“永久なる誓いの花”をその“鎹”として
半魔族は勿論の事、新たなる魔族としての道を選び
我ら“二対魔王”の配下と成る事を選びし全ての者達に至る迄
皆に永き繁栄を齎さん事を願い奉り給う――」
<――そう唱えた直後
一度、不枯之花を大きく振ったアイヴィーさん。
その一方で……この荘厳な雰囲気に圧倒され
この場にいる皆が等しく緊張をしていた時
それとはまた“別の理由”で“硬直”していた俺――>
………
……
…
「……さて、儀式は全て終わりました。
皆様……もう動いても構いませんよ? 」
<――儀式を終え
皆にそう告げたアイヴィーさん……だが
ほんの一瞬だけ見えた“謎の姿”に恐怖しこの場から動けず居た俺。
……彼女が“魔族の始祖よ”と口にした瞬間
“魔族の始祖っぽい見た目の何者か”が
ほんの一瞬……大鍋の“湯気”に現れたのだ。
無論、それが気の所為なのか
俺に宿っていると言う“死者との会話術”の所為なのかは判らない。
だが、湯気の中に現れた“始祖っぽい見た目の何者か”は
アイヴィーさんの差し出した不枯之花に手を差し伸べた後
確かに、俺の事を見つめた。
幸か不幸か……それは恨みや怒りの様な感情では無い様だったが
何れにせよ、モナーク以上に眼力の強い威圧感満載の“始祖らしき存在”の影響力か
俺は、アイヴィーさんの“動いても構いませんよ”が聞こえて居たにも関わらず
この場に縛り付けられてしまった様に身体を動かせず居たのだ。
……額を伝う冷や汗
手の震え……一方
そんな俺の“異常”に気付き――>
………
……
…
「主人公様……何を怯えて居られるのです? 」
<――そう言って俺の肩に触れたアイヴィーさん。
その瞬間、俺の身体は金縛りの様な状態から開放された……だがその一方で
不審そうに俺の顔色を窺うアイヴィーさんに
たった今起きた現象を話さない訳には行かず――>
「い、いやその……モナーク以上に眼力の強い魔族が
湯気の中に出たかと思ったら、俺の事を静かに見つめてて……」
「……ありえません。
始祖は数万年を優に超える古き存在ですよ?
ましてや本当に始祖が現れたと言うのなら
人間族に対し“僅か一睨み”で済ませる様な生易しい……」
「い、いや……“睨まれた”訳では無くて
ただ見つめられてたと言うか……」
「フッ……ならば其の者の“皮膚の色”を答えよ」
「うわぁぁぁッ!? ……って、モナーク?!
お、お前ッ! 何時から居たんだよ!? ……」
<――突如として何処からとも無く現れたモナークの所為で
アイヴィーさん以外の全員が飛び上がる程驚いたのは兎も角として――>
………
……
…
「騒がしい……我の問いに答えよ。
主人公……貴様が見たと謂う魔族の色は如何に在った」
「さ、騒がしいって……まぁ良いけどさ!
兎も角……俺が見た魔族の皮膚の色だっけ?
確か……両手が黒くて、腕から肩に掛けて段々と灰色に変化してて……」
「フッ……貴様は底が知れぬな」
「えっ? ひょっとして今俺の事を褒め……って、おい!
ちょっと待てよモナークッ!! ……」
<――直後
一人だけ満足した様な表情を浮かべこの場を去ったモナーク。
一方、そんなモナークの態度を受け――>
「もしや……主人公様。
無礼をお許し下さい……我々の“言い伝え”をご存知なのですか? 」
<――そう神妙な面持ちで訊ねて来たアイヴィーさん。
だが、そんな物は訊いた覚えが無いと伝えた所――>
「そう……ですか。
では、主人公様は本当に……主人公様
“湯気の中の始祖様”は何も口には為さっておりませんでしたか? 」
「ええ、何も……ただ。
アイヴィーさんが差し出した不枯之花に手を差し伸べて
その後、俺の事を見つめてただけですけど……」
「こ、不枯之花に手を?!
ほ、本当で御座いますかッ!? ……」
「へっ? 本当ですけど……」
<――この後、何故か妙に興奮したアイヴィーさんに対し
事細かく、差し伸べた手の角度から何からを
嫌になる程丁寧に説明する羽目になった俺は……
……夜遅くに漸く開放され
別の意味で疲れ果て、ヴェルツの自室へと帰還する事と成ったのだった――>
………
……
…
「はぁ~っ……何でよりによってあんなタイミングで
あんな意味不明な存在が出てくるのか……お陰で質問攻めされた挙げ句
ヴェルツの営業が終わってる所為で
自分で“カレー”を出して食べなきゃ駄目とかもうね……
……たまにはのんびりさせて欲しいよ全く!
って?! ……最悪だ。
これは絶対に“落ちない”ぞ……」
<――帰宅直後
愚痴と同時に、服にカレーを溢しつつ過ごしていた俺。
そして……予想通り“落ちなかった汚れ”を諦めて眠りに落ち
翌朝を迎えた俺は……今日、昼に急遽開催する事が決定した
“復活祭”の最終調整に奔走する事と成った。
の、だが――>
………
……
…
「……ん?
主人公……御主、何故その燕尾服を来ているのだ? 」
<――ガルドからそう訊ねられた俺。
直後、ガルドに対し前日の深夜に起きた“カレー汚れ事件”を
事細かに説明した上で――>
「……ま、まぁ! 今日は祝いの席だし
こう言う時ならこの服もおかしくないだろうし
明日までには替えの服も用意出来るらしいから……」
<――と、久々に袖を通した“神聖羊之毛製の燕尾服”に
若干の気恥ずかしさを感じつつ、そう伝えた俺。
すると――>
「成程、それは良い……ならば吾輩も御主同様、着替えるとしよう。
では……行ってくるぞ」
「へっ? ……い、行ってらっしゃい」
<――暫く後
正装……もとい、俺と同じく“燕尾服”に着替えたガルドと
そんな俺達の姿に“我も我も”と日之本皇国で着ていたドレスに“お色直し”した
メル、マリア、マリーンの三人。
正直……全員の美しさにハッとしつつも
最終調整に追われていた俺は――>
「……き、綺麗な皆を眺め続けて一日が過ぎたらきっと幸せだろうけど
準備に手を抜いたらアイヴィーさんがマジギレしそうだし
何よりも、彼奴の復活をちゃんと祝ってやりたいから……
……って事で、また後でッ! 」
<――と、皆に別れを告げ
再び準備に奔走する事と成ったのだった。
そして、この暫く後……
……準備には少々動きづらい燕尾服で何とか最終調整を終えた俺は
壇上に立つモナークとアイヴィーさんの演説を
壇上の直ぐ横に用意されて居た椅子に座って聞いていた。
の、だが――>
………
……
…
「去る数日前の事、モナーク様御復活の折
あちらに御座りに成られている主人公様は多大なる御助力を下さった。
だが、それだけでは無い……復活祭を行う際
私が“儀式に必要だ”と伝えると、彼は一切の危険を顧みず
必要な素材の採集を請け負い……そして。
それを、凄まじい迄の実力で完遂されたッ!!
彼こそが……最大の功労者であるッ!! 」
<――と言うアイヴィーさんの“盛りに盛った”紹介のお陰で
突如として異常な程の注目を浴びる事と成った俺は……
……この直後。
魔族達に依って起きた“主人公様コール”と
鳴り止まない拍手に信じられない程の気恥ずかしさを感じつつ
思わず立ち上がりペコペコと会釈を繰り返す事と成った。
一方……そんな俺の様子を横から眺め
必死に笑いを堪えていたラウドさん以下、大臣達と
なりふり構わず大爆笑していたマリアの顔は一生忘れないと思う。
ともあれ……アイヴィーさんの真に迫る演説はこの後も続き
魔族達は皆、彼女の話を食い入る様に聞き続けた。
……そして。
この後、彼女が掲げた“新体制”に対しても――>
………
……
…
「……魔王モナーク様ッ! 魔王アイヴィー様ッ!
“二対魔王”様は我が種族の導き手為りッ!! ……」
<――と、満場一致で受け入れた魔族達は
割れんばかりの歓声と拍手で復活祭の会場を盛り上げた。
そして――>
………
……
…
「お前達が私の提案を受け入れてくれた事……心から感謝する。
では……モナーク様、どうぞ此方へ」
<――割れんばかりの歓声の中
静かにそう促したアイヴィーさん。
……直後、モナークは
アイヴィーさんが手渡した不枯之花……もとい
“永久なる誓いの花”を手に持ち
アイヴィーさんと共に天高く掲げ――>
「……準備は良いな? アイヴィー」
「ええ、モナーク様……では同時に」
<――と、互いに合図をした。
だが、この直後
思わず“ツッコまずには居られない”出来事が起きた――>
………
……
…
「ではッ! ……はむっ」
<――真面目で凛とした姿から考えれば
意外な程に可愛過ぎる“擬音”を発したアイヴィーさんは
モナークと共に“永久なる誓いの花”を――>
「い゛ッ?! ……く、食ったッ?! 」
<――そう。
“食した”のだ――>
………
……
…
「……シーッ!!
主人公っち、静かにっ! ……」
「いや、だって! 二人共あの“危ない”花を食べ……」
<――と、慌てふためいて居た俺の気持ちを知ってか知らずか
壇上ではアイヴィーさんとモナークの二人が
“バリッ! バリッ! ”……と、結構な音を立てながら
“危ない花”を咀嚼し続けていた。
と言うか、そもそも“不枯之花の不運”を聞いていた俺からすれば――
“そんなやばい物を口にして無事で済むのか? ” ……とか
“それってどんな味がするんだ? ”……とか
――そんな考えに支配されるのが当然だと思っていた。
だが、そんな俺に対し――>
「フッ……相変わらず騒がしい男よ」
<――ほんの一瞬振り向いたかと思うと、俺の顔を見つめそう言ったモナーク。
だが、何時もなら憎たらしく感じる筈の此奴の態度よりも
今は心配の方が勝っていて――>
「い、いや……その花は本気で危ない花で……」
<――とモナークの体調を心配していた俺。
だが、モナークは――>
「フッ……よもや、人族に心配される日が訪れようとはな」
<――と、全く以て
俺が訴えた危険を意に介さず余裕の構えを見せていた。
見る限り二人の体には何の問題も起きて居ないが……それでも万が一を考え
復活祭の儀式が終わり、復活祭の“祭りの部分”に移行し
賑やかに成り始めたこの場の空気を乱さぬ為
密かにエリシアさんに頼み精霊女王フリージアとの連絡を取って貰った俺は
静かな所へと移動し、フリージアに対し儀式の詳細を事細かに伝えた。
すると――>
………
……
…
「……やはりその儀式に使用したのね。
兎に角……結論から言えば、二人の身体に何らかの害が起きる事は無いわ」
「ほ、本当ですか?! ……良かったぁ~ッ!
かなり心配だったんですよ……」
「ふふっ♪ やはり貴方は優しい人ね……でも。
……本当に“安堵している”のは私の方なのよ? 」
「へっ? ……何でフリージアさんが安堵するんです? 」
「……彼らが行ったその儀式は本来
魔族の王と成りし者が、より強大な力を持つ為
古より伝わる魔族の始祖の力をその身体に宿す為の物なの。
でも、貴方の話を聞く限りでは“二人同時に”食べたのでしょう? 」
「え、ええ……それはそうですけど……」
「……やはり儀式としての側面が強い様ね。
彼女達は力を得る為では無くて、魔王が二人と言う異質な状況を……
……配下の者達だけで無く、古の始祖に認めさせる為
行ったと見て先ず間違い無いわね……」
「そう言う物なんですか……けどそれなら質問が!
その儀式の前、大鍋から立ち上がった湯気に! ……」
「……古の始祖が浮かび上がったのでしょう? 」
「え、ええ……でも何故それを? 」
「……私は精霊女王だし、不枯之花は“私の心”と言ったでしょう?
見て居たのよ、儀式の全てを。
貴方を見つめた始祖の魔族と……その考えも」
「“考え”……ですか?
その、もし差し支え無ければ……」
「……そうね、端的に言えば“貴方に感謝してた”みたいよ?
“我が同胞を救ってくれてありがとう”……って感じね! 」
「そ、そうだったんですね……」
(いや、感謝なら恩人に金縛りを掛けないで欲しいのだが……)
「さてと……質問はそれ位かしら? 」
「あ……はい! と言うかお時間を取らせてしまって……」
「……良いの良いの!
エリシアちゃんの方から連絡が来ただけで私は充分幸せになったから♪
じゃあ……またね、格好良い燕尾服の主人公さん♪ 」
「い゛ッ?! は、はい……」
<――この後、協力してくれたエリシアさんにも感謝を伝えた俺は
復活祭の“お祭り騒ぎ”で賑やかな魔族居住区へと戻り
同じく祭りを楽しんでいた大臣達やマリア達と合流し
俺も祭りを楽しもうと考えていた。
だが――>
………
……
…
「……申し上げますッ!
“メッサーレル君主国からの使節団”と名乗る一団が我が国への入国を求め
現在、第二城地域の入国管理官の元で待機中との事なのですが
訪問予定表には記載されておらず……」
<――復活祭で賑わう魔族居住区に齎された衛兵からの情報。
“あの”メッサーレル君主国を名乗る使節団の来訪と言う情報は
俺の不安を“これでもか”と言う程に煽った――>
===第百八八話・終===