第百八二話「断じて楽勝では無い交渉……前編」
<――それがどれ程前の事だったか、正確には覚えていない。
だが……あの日、大精霊女王メディニラとの会話で飛び出した
“ある精霊女王”の名前だけは今でも確りと覚えている――
“あの者は妾に負けず劣らずの力を有する者でな”
――圧倒的な力を有し
“大精霊女王”とまで崇められるメディニラにそう謂わしめた程の存在。
あの時……俺はメディニラに対し
緊急時、且つ最低限度に留める事を前提として
精霊族の持つ特殊な通信手段を、連絡の取り辛い一部地域に対する
“緊急連絡手段”として活用する為、協力を要請した。
そして――
“起きた問題に対する全ての責を俺が負う”
――と謂う前提の下、何とか協力を得られる事と成ったのだが
その一方で……今に至るまで、協力の御礼は疎か
挨拶の一つすら満足に出来ていない“精霊女王”の名前を
まさかこんなタイミングで聞く事になるとは思って無くて――>
………
……
…
「あ、あの……流石に俺もその方の名前は聞いた事がありますし
そもそも“例のお願い”の協力者ですから存在自体は知っていますけど
色々とタイミングがズレた所為もあって挨拶すら、その……」
「ああ、その事はアタシも知ってるし
同時にアンタが“無礼な人間”じゃ無い事も良く知ってるよ……だが。
……“挨拶が無い”とアタシにまで不満を漏らした上
現在も魔族との共生を毛程にも良く思っていない“九輪桜”に
挨拶すら忘れてたアンタが物を頼みに行かなきゃ成らない事実は変わらない。
だから……アンタが少しでも冷静で
自他共に優しく居られなけりゃ成らないと言ったのさ。
少なくとも……少し前の“荒れに荒れてた”アンタじゃ
悪くすりゃ殺されちまうかも知れなかっただろうさ。
あの子はメディニラ以上にプライドが高いからねぇ……」
「そ、そうだったんですね……って謂うか
現状でも“ブチギレて”そうな九輪桜さんに
その“原因”である俺が何かを頼んだとして……
……本当に受け入れて貰えるんでしょうか? 」
「無論、確率は限り無く低いかも知れない……だが。
アンタは何時だって“諦めの悪い男”の筈だろう?
やる前から悩むなんざ、アンタらしくも無いとは思わないかい?
……そもそも、一人で行くのが怖けりゃ
アタシがついて行っても別に構わないんだよ? 」
<――そう謂って微笑んだデイジーさん。
だが、それ程恐ろしい相手の所に赴くならば
連れ立つ人数は少ない方が安全だろう。
少なくとも……つい最近“健康”を取り戻したばかりの彼女には
その役目を負わせたく無かった。
だが、俺がそんな考えに至る事を読んでいたのか――>
「……全く、アンタって男は。
自分の身が危うい時ですら人の事を優先するのは
アンタの良い所なのかも知れないが……
……あくまでアタシは精霊女王だよ?
アタシらの生殺与奪を握る相手の逆鱗に触れたのならまだしも
その権限を持たない相手にまで怯えてる様じゃ、精霊女王は務まらないさ。
つまりは……“安心しな”って事さ
心配して貰えるのは嬉しいが、アタシに危害が及ぶ事は万に一つも無い。
後はアンタの気持ち次第って事さ、ついて来て欲しいなら――
“君が居なければ駄目だ”
――とでも言って、アタシの事を口説いてみるんだね? 」
「な゛ッ?! ……そ、そんな“馬鹿みたいな上に恥ずかしいセリフ”
頭の片隅にすら思い付きもしませんでしたよ! 」
「……全く。
その発言がとんでも無く“失礼な物”だって気が付かなきゃ
アンタが九輪桜の逆鱗に触れちまうのは時間の問題だろうね……」
「へっ? ……あっ。
す、すみませんでしたッ!! ……」
「いや、別に其処まで怒っている訳じゃ無いんだが……ん?
兎に角……この話は後だ。
……盗み聞く程“気に成る”のなら、潔く入って来たらどうだい? 」
<――瞬間
扉に目を向けつつそう謂ったデイジーさん。
直後、扉はゆっくりと開かれ――>
「……盗み聞きとは感心しないが、何か言いたい事でも有ったのかい?
それとも……“別の理由”かい? 」
<――デイジーさんにそう問われ
静かに口を開いた女性、それは――>
………
……
…
「……失礼とは思いましたが、お話は全て聞かせて頂きました。
その上で、単刀直入に申し上げさせて頂きます――
――精霊女王九輪桜との交渉事に、私も同行させて頂きたいのです」
<――真剣な眼差しでそう謂ったのは、アイヴィーさんだった。
だが、つい先程デイジーさんが謂った様に――
“魔族との共生を毛程にも良く思っていない”
――精霊女王九輪桜との話し合いの場に
完全なる魔族であり、自らを“暫定的魔王”と自称する
彼女を連れて行く事がどれ程危険であるかなど、考えるまでも無くて――>
………
……
…
「……お気持ちは痛い程分かっています。
でも、話を聞いて居たと言うのなら
俺なんかよりも遥かに聡明なアイヴィーさんなら“分かっている”筈です。
彼女に要求を飲ませる為には
出来る限り彼女を刺激せず、要求を通す為には……」
<――伝え辛い事ではあった。
だが、それでも伝えるべきと考え
そう言い掛けて居た俺の言葉を遮り――>
「それでもッ!!! ……それでも、私は向かわねば成らぬのです。
例えこの身が滅びようとも……
……このまま“座して待つ”訳には行かぬのですッ!!! 」
<――彼女の堅い決意を目の当たりにしたこの瞬間
引き留める理由は
全て消え失せてしまって――>
………
……
…
「アンタの負けさ好青年……諦めな。
嬢ちゃんはアンタの心配なんざ痛い程分かった上で決意を堅めたんだ。
それに……一度火が付いた女の恋心を消せる水なんざ
この世の何処にも有りゃしないのさ」
<――何一つとして反論出来ず
唯立ち尽くしていた俺に対し、デイジーさんはそう謂った。
そして――>
「こ、恋心っ?! モナーク様に対し其の様に恐れ多い感情などッ!!
何を馬鹿な! 私は決してッ!! ……とっ、兎も角ッ!!! ……」
<――瞬間
頬を赤らめ、明らかに挙動不審に成ったアイヴィーさんは
必死に体裁を整え続け……そして。
深々と頭を下げ、再び話し合いへの同行を懇願した。
この、愚直なまでの堅い決意に――>
………
……
…
「……わ、分かりました! 分かりましたから!!
ただ、その……相手は“魔族嫌い”の精霊女王ですから
聞くに堪えない罵詈雑言を投げつけて来る可能性もありますし
ひょっとしたら彼奴の事を悪く謂う事だって有り得ます。
それでも……耐えられますか? 」
<――話し合いの際、高確率で起こり得るであろう
“問題”
完全無欠と謂う賛辞が最も適当な“アイヴィーさん”だ
それがどんな言葉でも、自身に対する物ならば幾らでも耐えるだろう。
だが……あれ程の動揺を見せた“彼奴の事”ならば
いとも簡単に“ブチギレ”るであろう事は容易に想像が付いた。
だが、アイヴィーさんは意外な程冷静で――>
「ええ……武力を行使せず、篭絡する訳でも無く
ただ頭を下げ、相手に対し――
“自らが上に立つ存在で有る”
――そう思い込ませる様動けば
相手も気を良くして此方の要求を受け入れる事でしょう。
そもそも、主人公様は精霊族の恩人たる存在ですし
その様な御方に連れ立ち現れた相手に対し
それがどれ程“嫌悪する種族”であったとしても
無下に扱い続ける事は出来ない筈。
……最悪を想定なさる事は
結果として戦略的優位の構築に役立つのは確かですが
寧ろ、そのお優しさを逆手に取られ
相手の挑発に乗ってしまわぬ様……主人公様の方こそお気を付け下さい」
<――そう謂って微笑んだ。
そんなアイヴィーさんの余裕すら感じさせる雰囲気のお陰か
ほんの少しだけ肩の荷が降りた俺は
その御礼とばかりに彼女を褒め称え、心からの感謝を伝えた。
すると――>
………
……
…
「……お褒めに預かり光栄で御座います。
ですが……私は単に、モナーク様の復活さえ叶えば
この命も、尊厳も……全てを失ったとしても
一切の悔いなど無いと考えているだけなのです。
無論、お優しい貴方様からすれば
きっと褒められた考え方では無いでしょうし、この様な事を言えば
恐らく貴方は私の事すら“護る”と仰るのでしょう? 」
「ええ……何が遭っても必ず護ります」
「フフッ……やはり。
私などよりも余程主人公様の方が称賛に値する御方である様ですね」
<――そう謂って再び微笑んだアイヴィーさん。
正直、彼女が俺の言葉をどれ程真に受けて居たかは判らない。
だが、ネイト君や皆との約束――
“俺の大切は勿論、俺自身を大切にする”
――と謂う何よりも護るべき約束を違えぬ為
そして、俺自身の信念として……
……俺は必ず
アイヴィーさんの事も
“護る”――>
………
……
…
「さて……出立の前に状況の報告をせねば成りません
主人公様、精霊女王デイジー様……一度、執務室へ向かいましょう」
<――直後
アイヴィーさんに連れられ大統領執務室へと向かった俺達は――>
………
……
…
「それなら、私達も付いていきますっ!!! 」
<――メルを皮切りに
皆が口を揃えてそう謂った事を褒めつつも――
“精霊族の特殊な通信技術”
――これを“可能な限り秘匿する”と謂う前提の下
その約束を著しく破りかねない
“大人数の同行”には反対の立場を取った精霊女王デイジー
彼女は、続けて――>
「アンタ達の気持ちも“約束”も痛い程分かる……だが
本来なら“嬢ちゃん”が同行するだけでも問題になりかねないのさ。
……にも関わらず、アンタ達が大挙して押し寄せたんじゃ
纏まる話も纏まりゃしないだろう?
その辺を良く理解した上で、アンタ達は二人が吉報を持って帰る様
この国から祈ってやりな……良いね? 」
<――と謂った。
この後……一様に不安な表情を浮かべつつも、出発前の俺達を気遣い
精一杯明るく振る舞おうとしてくれた皆に精一杯の感謝を伝えた俺は
そんな皆の事を少しでも元気づける良い報告を持ち帰る事を約束し
アイヴィーさんと共に中庭へと移動した。
……そして、護傘に依る
“超長距離転移”を発動させ、日之本皇国へと向かった――>
………
……
…
「本当に魔導負荷が殆ど無いな……っと、アイヴィーさん。
到着です、もう動いて大丈夫ですよ! ……」
<――転移後
護傘の防衛兵に依って
些か過剰な程丁重に扱われた俺達は
防衛兵の転移魔導に依り天照様の元へと案内された。
そして……久し振りの再会と成った天照様に対し
俺が、今回の訪問に関する話を伝えようと口を開き掛けた
その瞬間――>
………
……
…
「……言わずとも本日お越しに成られた理由は存じております。
ですが、先ずは久し振りに
“伯爵邸を訪れてみては”如何でしょう?
……彼は貴方に対し
“政令国家を題材とした新たな絵本を自慢したい”と
酷く興奮して話していましたから……
……訪問をとても喜ぶでしょう」
<――と、恐らく天照様は全てを“視た”上で
“精霊通信とその担当者である伯爵を秘匿する為の方便として”
俺達にそう勧めたのだろう。
と、思っていたのだが――>
………
……
…
「……主人公君!!
見てくれ! これが君達の国、政令国家を題材とした新たな……」
<――この後一頻り続いた“過度な興奮状態な”伯爵の話。
そして俺達は、天照様の発言に
“何一つとして誇張が無かった”事を知った。
ともあれ――>
………
……
…
「……さて、これが今話に出た最新刊の初版だ。
是非とも直接渡したいとサイン入りで用意していたのだが
受け取って貰えるだろうか? 」
<――と、サイン入り初版本を手渡され
その事に感謝を伝えつつ土産の一つも無かった事を侘びた俺。
だが……今の今まで過度な興奮状態にあった伯爵は
急に真剣な表情へと変わり――>
「……気にしないでくれ主人公君。
今日、君やアイヴィーさんが訪れた理由は知らないが
つい先程天照様から“例の役目”だと通信が来た時点で
君達が“遊びに来た訳では無い”事位は分かっているつもりだ」
<――そう謂って俺達の事を気遣ってくれた。
ともあれ……この後
伯爵の案内で森の奥深くへと向かう事と成った俺達は――>
………
……
…
「……精霊女王 九輪桜様!!
人族の連絡係、サーブロウ伯爵で御座いますっ!!
ですが……本日、この場にお邪魔させて頂いたのは
“連絡”の為では無くっ! ……」
<――豊かな森の奥深く
辺り一面に広がる木々……小さな泉に光り輝く清らかな水……
……そんな夢の様な光景の中
信じられない程の大声で、泉に向かって叫んだサーブロウ伯爵。
些か呆れていた俺達の前で
尚も泉に向け呼び掛け続けていた伯爵……そして。
文字通りの“必死な呼び掛け”に応じ
漸く現れた精霊女王は
開口一番――>
………
……
…
「だぁぁぁっ!! ……っるっせぇなぁぁぁもう!!! 」
<――と、謂った。
だが……“耳を疑う”とはこの事だろう。
唖然としていた俺やアイヴィーさんを余所に
彼女は続けた――>
「……まぁ確かに? 初めてお前と話した時にオレが
“もうちっと丁寧に挨拶しろや! ”……って言ったのは認めるよ。
けど……何でそう毎回毎回クッッソ丁寧に
アホみたいな大声で呼び掛けて来やがるかなぁっ?!
マ・ジ・でッ! ……オレの事“年寄り”か何かだと思ってんだろぉ?!
って……何だ? お前達」
<――と、精霊女王らしからぬ言葉遣いとブチギレっぷりを披露した直後
漸く俺達の存在に気付いた九輪桜と思しき精霊女王。
だが、俺達が自己紹介をしようとしたその瞬間
手を左右に振りながら――>
「あ~……いや~……その、何だ。
……“今の”見なかった事にしてくれねぇかな?
此れでも一応“清楚なオンナ”で通ってんだわ。
嫁の貰い手が無くなっても悲しいしさ……な? 」
<――端的に言えば
“今の立ち居振る舞いを忘れろ”と……そう謂った九輪桜
俺達が素直に頷くと、彼女は続けて――>
「良し! んじゃあ……何も見なかった事にしてそのまま帰れっ!
オレは食事に戻るからよ! じゃあな~っ! ……」
<――そう謂って消え去ろうとした。
だが、当然――>
「……待って下さい九輪桜さん!
俺達は今日、貴女にお願いが有って!! ……」
<――そう謂って彼女の事を引き止めた俺。
だが、そんな俺に対し彼女が返した言葉は――>
………
……
…
「……黙りな、馬鹿が。
“協力”に対する礼も無し……
一言の“挨拶”も無し……
挨拶が遅れた“侘び”も無し……
種族の如何を問わず
“契約に関する一切を秘匿する”ってルールを守る意識さえ
“同行者”が居る所を見れば“微塵も無し”って所だ。
なぁ主人公……“無い無い尽くし”のお前の頼みを
何でオレが聞き入れなきゃならんのか……今直ぐに説明してみな? 」
<――迂闊だった。
俺は……彼女の型破りな態度に騙され気を抜いて居た。
彼女は仮にも、あの大精霊女王メディニラが一目を置く存在だ。
出発前、デイジーさんから“愚痴”の様に伝えられた情報を
何故もっと早く思い出さなかったのだろうか?
俺は……最初から此方の全てを見透かしていた
彼女の問い掛けに何も返せず――>
………
……
…
「……な?
お前自身が答えられない位お前は失礼な事をしたんだよ。
分かったらさっさと帰るんだな……まぁ、今回の“ルール違反訪問”も
“侘び入れる為に顔見せに来た”って事にして置くからさ!
オレが優しくて美人で清楚な精霊女王で良かったな~
じゃ、オレは食事に……」
<――そう謂うや否や
再び何処かへと消え去ろうとした九輪桜に対し
何をどう謂うべきか未だ迷っていた俺の横で
アイヴィーさんが
“動いた”――>
………
……
…
「お待ち下さい、大精霊女王……いえ、失礼を。
精霊女王、九輪桜様……」
<――彼女の呼び掛けにほんの一瞬制止した九輪桜
そして、振り返りつつ――>
「おっと……そう言う間違い方してくれるのは嬉しいが
“大精霊女王”はメディニラだぜ?
……正直、魔族は嫌いだが名前位は聞いてやるよ。
あんた……名前は? 」
「私は、暫定的魔王……名をアイヴィーと申します。
その……呼び間違えについてはご容赦を
余りの迫力に慄き、つい“大精霊女王”などと……」
<――絶対に“嘘”だ。
アイヴィーさんはこの一瞬で九輪桜への対応方法を決めたのだ。
だが……そのお陰も有ってか
名前すら聞かず去ろうとしていた九輪桜は
再び俺達の方へと向き直り、満足気に笑顔を浮かべた。
そして、アイヴィーさんの冷静な対応力に感心し
この後の対応を任せようと考えていた俺に対しても
九輪桜は笑顔を見せ――>
………
……
…
「なぁ主人公……頭の良さってのはこう言う時に出るんだろうが
魔族にも中々見どころが有るのが居るとは思わないか? 」
<――と謂った。
そして、そんな彼女の問い掛けに
“ええ……俺も見習わないと……”
と、答えた俺に対し――>
「やっぱりあんたもそう思うだろう?
お陰でオレも話を聞く気に成るってモンだよ! ……と。
……言うとでも思ったかい? 」
<――謂うや否や
アイヴィーさんを蔑む様な眼差しで見つめた九輪桜
そして――>
………
……
…
「……なぁあんた。
オレに対し――
“自らが上に立つ存在で有る”
――そう感じさせる為に
下げたくも無い頭を下げ、プライドを投げ捨てるのは……どんな気分だい? 」
<――と、謂った。
そう、彼女は最初から全てを“知って”居たのだ。
知って居て、俺達をからかって居たのだ――>
………
……
…
「……あら? 此処まで言われても本性は見せないって面だね?
魔族とは言え大したモンだよあんた、その意気は買ってやるさ……だが。
そもそも……メディニラの命令だから
仕方無く“精霊通信”には協力してるが……大前提として
オレは――
“魔族が大ッッッッッ嫌いだ”
――にも関わらず、魔王だった男を助ける為なんかに
オレの“聖なる泉の水”を使わせる訳が無いだろ?
兎に角、そう言う事だからさ……
……どっかで似た様な力を持つ“何か”を探して
そっちはそっちで頑張れよ。
じゃ、オレは此処らへんで……」
<――そう謂うと三度この場を去ろうとした九輪桜
だが、そんな彼女の姿にほんの一瞬笑みを浮かべ――>
「……精霊女王 九輪桜様。
悦に入り、長々と語って頂き感謝致します。
とても“良い事を”聞きました――」
<――瞬間
俺の横から“消えた”アイヴィーさん。
かと思うと、泉の水を革の水袋に汲み取り
再び俺の真横に現れ――>
………
……
…
「主人公様……目的は達しました。
此れを持ち帰り、石像と成ったモナーク様へお掛けすれば
石化の呪いを解く事が叶……」
<――そう言い掛けた。
だが、そんなアイヴィーさんの姿を見た九輪桜は
鼓膜を突き破る程の声で高笑いし始めた――>
………
……
…
「一体……何が可笑しいのです? 」
<――眉間に皺を寄せそう問うたアイヴィーさんに対し
九輪桜は――>
………
……
…
「ん? ……オレは唯、魔族と言う存在が
オレの想像通りの――
“浅はかで、粗暴で、野蛮な種族だと分かった事に”
――腹を抱えて笑ってただけさ」
<――そう謂って笑い泣きの涙を拭った九輪桜。
だが、そんな彼女の嘲笑に一切動じなかったアイヴィーさんは――>
「……そうでしたか。
ですが……何と言われようとも
モナーク様をお救いする為に必要な物は此方の手に御座います。
もう、貴女に頭を下げる必要も有りません……では」
<――そう謂って九輪桜に対し嫌味に微笑んでみせた。
だが、そんな彼女の姿を更に嘲笑った九輪桜は――>
………
……
…
「……それは良かったな魔族の娘よ。
ああ、水など幾らでも持って帰れば良いさ……そのお陰で
オレは、この上更にお前の“滑稽な姿を”見られるのだからな」
<――そう謂って
再びアイヴィーさんを嘲笑った――>
===第百八二話・終===