第百七九話「一縷の望みを紡ぐのは楽勝ですか? 」
《――突如として主人公にのみ聞こえた声の正体。
それは、去る数ヶ月前……主人公がその魂を救った“ネイト”の物であった。
“その人、死んでないから”
……この瞬間、彼の発したこの言葉に僅かな可能性を感じた主人公は
眼前に現れた霊体のネイトに対し深々と頭を下げ
石像と成ったモナークを救う様、請うた。
だが――》
………
……
…
「えっと……その、なんて言えば良いのかな……ごめんね?
僕、その人が生きてるとは言ったけど、救う方法までは知らなくて……」
《――申し訳無さげにそう言ったネイト。
だが、些か冷静さを欠いていた主人公は――》
「……ま、待ってくれッ!
ネイト君……君が此奴の事を嫌いなのは分かってる。
だけどお願いだ……君が何をしたいとか、何かを得たいと考えているなら
俺も最大限の協力をすると約束するから!!
頼むよ……どうすれば救えるのかを教えてくれッ!! 」
《――そう言った。
だが、その一方で……静かにその一部始終を
“異様な者を見る”眼差しで見つめて居たアイヴィーは
主人公の“姿”に強い反応を示し――》
………
……
…
「……主人公様。
貴方様が筆舌に尽くし難い苦しみの中でお過ごしに成られて居た事は
毎日の様にこの祠へお越しに成られて居た事からも
少しは理解しているつもりです、ですが……主人公様。
無礼な発言と成る事を、先に謝罪しておきます――
“お狂いに成られるのならば”
――せめて、此処では無い何処かで
好きなだけ“お狂いに成られれば”良い話。
モナーク様への“最期のお別れ”はまた日を改めて頂きたく存じます」
《――静かなる怒りを必死に抑え主人公に対しそう告げたアイヴィー
だが――》
「へっ? ……ち、違うんだアイヴィーさんッ!
俺には“死者との会話術”って力があって……そ、そうだ!!
……アイヴィーさんなら知ってる筈です!
その昔、モナークと戦った小さな男の子が居た事を! 」
《――主人公が其処まで言い掛けた瞬間
何かを思い出した様にハッとした表情を浮かべたアイヴィー
直後“ある違和感”を感じた日の事を口にした――》
………
……
…
「去る数ヶ月程前の事……モナーク様は
“影之者”すら一人も連れず
我々に一切の同行を禁じられた事がありました。
……あの日、モナーク様は確か
主人公様と共に何処かへと向かわれた様に記憶しておりますが……」
「ああ……多分その日です。
あの日俺は、彼奴と一緒に
ネイト君と彼の両親が眠る墓に手を合わせに行ったんですが……」
《――この後
アイヴィーに対し“当時の状況”を伝えた主人公。
その上で……現在の状況と、霊体の彼から得た
“モナークの生存”に関する話を伝えた瞬間……彼女は
大きく息を吐いた後、頬を伝う一筋の涙を力強く拭い去った。
そして――》
………
……
…
「……聞こえていらっしゃいますでしょうか?
ネイト様……過去を考えれば
何処までも身勝手な願いとは存じております……ですが。
それでも、どうか……この通りで御座います。
どうか、モナーク様をお救い下さい。
……もしも御希望と在らば
私の生命を“贄”として頂いても構いません。
ですから……どうか……」
《――見えぬ筈の彼に対し深々と頭を下げ
そう切望したアイヴィー……だが。
そんな彼女の姿に慌てたネイトは――》
………
……
…
「だ……だから違うってば!!
本当に僕にはその人の事を助ける力も知識も無いのッ!!
そもそも……僕にはもう、時間が無いんだ。
だから……お世話になったお兄ちゃんに、最期の恩返しとして
伝えられる全てを伝えたいだけなんだよッ!! 」
《――アイヴィーに向けそう言ったネイトだったが
彼女から一切の反応が無い事に気付いた彼は――》
「ねぇお兄ちゃん……それと、そっちのお姉ちゃんも
此処からは僕の話を黙って聞いて欲しいんだ。
と言うか“お兄ちゃんから伝えて貰えると”助かるんだけど……良いかな? 」
「ああ、分かった……もう邪魔はしない。
その……アイヴィーさん
俺が良いと謂う迄、言葉を発さないで下さい」
「え、ええ……モナーク様復活の為であると仰られるのであれば
例え生涯に渡ろうとも、無言を貫く事をお約束致します」
《――そう言った彼女に対し
“彼は協力的ですから安心して下さい”と伝えた主人公。
直後、彼は――》
………
……
…
「……あのね、僕主人公お兄ちゃんのお陰で
ママとパパと一緒に“成仏”って言う状態に成れるんだ~っ!
でも、これは“とくれーそち”なんだって~! 」
「特例措置? ……どう言う事だい? 」
「えっとね……“神様”って言う偉い人が、主人公お兄ちゃんや魔王が
僕達のお墓に捧げてくれた祈りを見て、僕達の全ての罪をナシにしてくれたんだ~
……それでね!
パパもママも、神様って人に泣いてお礼を言ってたんだけど
僕、最期にどうしても主人公お兄ちゃんにお礼を言いたくて
それで“神様”って人にお願いしたんだ。
そしたら――」
―――
――
―
「本来、君の願いを叶える事は容易いのだが
今、彼は……君の優しさを踏み躙りかねない程に堕ちている。
耐え難き不条理に苦しみ、崩壊し冷静さを失った今の彼では……
悪魔の囁きを受け入れかねない程に酷く不安定な彼では……
……恐らくは君の事を悪戯に傷付けてしまうだろう。
それに、そもそも君達家族には
やらなければ成らない色々な“手続き”がある。
それらを済ませた後、今と比べ僅かでも彼が落ち着いて居たなら
その時、改めて君の望みを叶える為
私が君への時間を与える事は充分に可能だ。
ネイト君……それでも構わないかい? 」
―
――
―――
「――って言われてね?
ほんの一瞬、お兄ちゃんが祠で泣いてる姿を見せられたの。
それでね……その後、僕達が
“亡霊・地縛霊・怨霊課”
って所に行って、手続きって言うのを済ませた後……」
「い、いや……待ってくれ。
この世界に神様って存在が居るのも驚きだけど
何でそんな“役所”みたいなシステムが……」
「へっ!? ……お兄ちゃん知ってるの!?
僕達“神役所”って言う所で手続きしたんだよ?! 」
「し、神役所? ……ダジャレみたいな名前だな」
「へっ? ……“ダジャレ”って何?
……って! 時間無いんだからお話の邪魔しちゃ駄目っ!
とにかく! 手続きが終わった後に
“神様”がもう一回僕達の前に現れて――」
―――
――
―
「……ご苦労だったねネイト君。
さて、君の最期の願いである――
“主人公への御礼”
――についてだが
今、彼は“大切な友達”の事で心に大きな傷を負って居る。
君にも見えて居るだろう? ……あの石像が」
「うん……って、あれは?! 」
「……生前、君と戦い
そして、君の生命を奪った“元魔王モナーク”の石像だ」
「本当だ、瓜二つに作られてる……ねぇ神様。
あれは、魔王のお墓なの? ……」
「……あの様に祀られていてはそう見えなくも無いだろうが
彼はまだ死んでは居ない……ん?
……済まない、私もそろそろ時間の様だ。
ネイト君……もし君が本当に主人公の元に行き
何れ程辛い思いをしても“御礼を伝えたい”と言うのなら
私は、今直ぐにでもそうしてあげようと思っている。
但し……何れにしろ時間に然程の余裕は無い。
だから……君が思う“本当に重要な事”だけを伝えると良い。
そうすれば、その“情報”は何れ彼が為と成り……
……何れ必ず実を結ぶ事と成るだろう」
「分かった……神様。
僕、どんなに怖い思いをしたとしても……辛い思いをしたとしても
お兄ちゃんに“最期の御礼”言いたいっ!! 」
「ネイト君……やはり君はとても美しく清い心を持っている様だ。
分かった……君のその願い、私の権限で叶えるとしよう。
“現世との通信許可をネイト君に”――」
《《――命令を承認しました――》》
「――良し。
さて……ネイト君。
君が彼と話せる最期の時間は何れ程長くとも五分が限度だ……
……無駄にしない様、気をつけるのだよ? 」
「はいっ! ……」
―
――
―――
「――って事があったんだ。
兎に角……僕には、その人の事を助ける為の方法は判らないけど
確かに神様はその人が“死んでない”って言ってたから
僕、その事だけでも伝えなきゃって思って……」
「そうだったのか……って、ネイト君ッ?!
か、身体が消え掛けて……」
「へっ? ……あっ。
……残念だけど、僕がお兄ちゃんと話せるのはこれが最期みたい。
ねぇお兄ちゃん……今まで優しくしてくれて有難うね?
でも僕、今のお兄ちゃんは大嫌いなんだよ?
……だって僕は……お兄ちゃんの……笑顔が……
一番好きだ……から……っ……」
「ネイト君!? ネイト君ッ!? ……」
《――直後
神々しき光に包まれ、彼は旅立った。
彼が主人公に対し、本当に伝えたかった最期の――
“言葉”
――それは
逃れられぬ闇に藻掻く主人公を
導く力を有して居た――》
………
……
…
「……アイヴィーさん。
ネイト君は……たった今、この世界を去りました」
「そ、そんなっ!? それではモナーク様はッ!!! ……」
「違うんです……落ち着いて聞いて下さい。
彼は、本当に此奴を救う為の方法を知らなかった。
だけど……それでも俺達が此奴を助けられる様
彼は、彼が知る限りの情報を可能な限り遺してくれた。
……無論、助ける為の術もまだ分からないですし
俺達に助けられるかどうかすら分かりません。
でも……それでも、必ず此奴を助けます
その為の苦労なら幾らでもすると誓います。
今の今までずっと不甲斐無い姿を見せ続けていた俺の言葉じゃ
全然信用なんて無いかも知れませんが……それでも。
アイヴィーさん……貴女の力を俺に力を貸して下さい。
お願いします……」
《――深く
静かに頭を下げた主人公……彼の目は、何をも厭わぬ決意に燃えていた。
そして……暫しの静寂の後
アイヴィーは――》
………
……
…
「……頭をお上げ下さい主人公様。
モナーク様の為ならば、この生命など幾らでも差し出す覚悟は出来ています」
《――そう、彼女なりの決意を伝えた。
この後……固い握手を交わした二人は、執務室へと向かい
全大臣を招集し――》
………
……
…
「信じられないかも知れませんが……モナークはまだ生きています。
この情報を知った後、直ぐに“能力値確認”もしましたし
その時に見えた能力値の状態欄には確かに“石化”としか書かれて居なかった。
……もしも彼奴が死んで居るのなら
石化の横に“死亡”若しくは“石化に依る死亡”と書いてある筈です。
そして今回、俺達がこの事実を知り得たのは
ネイト君が最期に遺してくれた情報のお陰で……」
《――集まった大臣らに対し現在の状況を伝えていた主人公。
……そんな中、些か気が急いて居た様子のアイヴィーは
勢い良く席を立ち――》
………
……
…
「皆様……我々だけの知識や力だけでは
残念ながらモナーク様を復活させる事は叶いません。
……ですが、今必要なのはモナーク様の能力値に関する話では無く
一刻も早くモナーク様を復活させる事の出来る手段の筈。
これが無礼な発言である事は重々承知しておりますが
私は一刻も早く、何としてもモナーク様をお救いしたいのです。
どうか……復活の是非などと言う馬鹿馬鹿しい議論など後に回し
我々の王であり、我々魔族の正当な王であるモナーク様をお救いする為の……」
《――そう言い掛けて居た。
だがその時……彼女が全てを言い終えるよりも早く
彼女の発言を遮った者が居た――》
………
……
…
「ふむ……無敵超人の如きアイヴィー殿にも
意外と“抜けた所”がある様で安心したわい……」
「……ラウド大統領。
それは一体どの様な意味でございますか? よもや我が種族の……」
「ア、アイヴィー殿?! ……誤解するで無いぞ!?
わしはただ――
“その様に必死で頼まずとも
助けられる仲間を見捨てる程わしらは落ちぶれて居らん”
――そう言いたかっただけじゃぞ?! 」
「なっ?! ……で、ではお力添えを頂けるのですか?! 」
「当たり前じゃろう?!
まぁ……とは言うた物の、助ける為の手立てが今は無い。
と言うのも……元来、石化はその性質上“呪い”に分類されるんじゃが
それ故に、薬草や魔導で解決させる事も困難なのじゃよ。
この事実はこの場にいる者達の多くが知っておる筈じゃ……」
《――直後
何かを思い出し落ち込んだ様な表情を浮かべたラウド大統領。
そんな中、カイエルは静かに――》
「失礼ながら……過去、我々と魔族が敵対していた時代
ミネルバ団長を襲った魔族の使用した呪具に依る攻撃は
我が国でも有数の魔導師である主人公の治癒魔導ですら塞がりはしなかった。
“呪い”とはそれ程恐ろしい物なのです、アイヴィー様……」
《――そう言った。
そして、そんな彼の発言を受け……“呪い”に奪われし過去を持つ者達が
その恐ろしさを口々に語っていた中――》
………
……
…
「そうなんだよね……でもさ。
モナークがまだ死んで無くて“石化状態”でしか無いなら
“目には目を、歯には歯を”って感じで
魔導とか薬草じゃ無く、それを解除出来るだけの力を持った
何らかの“呪具”を手に入れれば、復活させる事も可能なんじゃ無いかな?
それこそ、私が昔使った“無作為之板”みたいに
何らかの特殊な力を持……
……って、主人公っち?!
あぁもうッ!! ……不味い発言だったッ!!
ごめん皆ッ! 会議は一時中断! ……兎に角
急いで主人公っちの後を追うよッ!! ……」
《――彼女の発言を聞くや否や無詠唱転移を行った主人公。
直後……彼の目的地に“思い当たる節”のあるエリシアに連れられ
彼の後を追う事と成った大臣達は――》
………
……
…
「待って主人公っちッ!!! ……って、居ない?!
……ねぇッ! 今、主人公っちが此処に来なかったッ?! 」
《――彼女らは“敵意の無い魔族達の集落”へ到着後
必死に主人公の姿を探した……だが。
慌てた様子で近くに居た集落の魔族にそう問うたエリシアに対し
齎された返答は――
“丁度今、発たれましたが”
――と言う
彼女が最も危惧していた答えで――》
「……遅かったッ!!
皆、祠に行くよッ!!! ……」
《――直後、皆を引き連れ
石像の祀られている祠へと転移したエリシア
だが――》
………
……
…
「……っち……主人公っち……」
………
……
…
(ん? ……誰だろう……俺の事を呼んでる?
何だか可愛い声だな……でも、聞き覚えの無い声だ。
ってか俺、確か――
“コンビニへ買い物に行った筈”
――だよな? )
………
……
…
「……主人公っちってば!! 」
「ぬわぁぁッ!? ……な、何ですか?!
ってか俺、何で地面に倒れて……って。
……うわぁぁぁッ!? 何で“魔女コスなロリっ子”が俺の真横にッ?! 」
「な、何言ってんの主人公っち……って。
まさか私の事、覚えて……無いの? 」
「へっ? ……いやいやいや!!
……おっ、俺は無実だッ!!
ろ、ロリっ子にこんな“いかがわしいコスプレ”をさせる趣味は無いし
こんな可愛いロリっ子が知り合いに居た記憶も!! ……って。
ど、何処だ? 此処……」
《――祠への転移後
無作為之板を使用し、その効果に依り
良し悪しに関わらず、重要な記憶の全てを失っていた主人公。
彼は……“見ず知らずのコスプレ集団に囲まれている”この状況に
酷く“恐怖”を感じて居て――》
………
……
…
「とっ兎に角!! ……俺はただコンビニに行こうとしてただけなので!
そ、それじゃ俺はこの辺で……ッ!!! 」
《――直後
逃げる様に祠の有る洞窟から飛び出した主人公。
だが……エリシアは疎か
この世界の全てを“忘れてしまった”彼は
“見覚えの無い”周囲の景色に、思わず足を止めてしまい――》
………
……
…
「ど、何処だ此処……って。
……ひぃッ?! す、すみませんっ!!
決して“逃げた”とかそう言う訳じゃ無くて! そ、そのッ! ……」
《――直後
引き止める様に彼の肩を掴んだエリシアに怯え
幾度と無く頭を下げ続けた主人公。
一方、そんな彼の酷く怯えた姿に――》
「……驚かせてごめん。
兎に角……さ
私達は貴方に危害を加えようとは思ってないから安心して。
ちゃんと君の事、自宅に送るから……だから。
手、掴んで……」
《――落ち込んだ様にそう言ったエリシア。
そして……彼を“現在の自宅”である“ヴェルツの二階”へと連れて行くと
転移魔導に戸惑う彼の発する言葉の全てを
敢えて遮る様に――》
………
……
…
「兎に角!! 暫く此処で大人しくしててね?
君は今、その……事故に遭って、記憶が混濁してるから
下手に動くと危ないし! その……これ以上傷ついて欲しく無いから!
だから! ……お願いだからじっとしてて
また後で、必ず様子を見に来るからさ……」
《――そう言って逃げる様に部屋を後にしたエリシアは
万が一にも彼が脱走せぬ様、彼の部屋の扉を
外側から“封印”したのだった――》
………
……
…
「……ごめん主人公っち。
今の君は、あの日の私と同じなんだよ……」
《――封印後、扉を背にそう言ったエリシア。
暫くの後……主人公の置かれた状況に関する話し合いの為
全大臣と共に、彼の仲間達にも招集が掛けられ
改めて執務室での話し合いが行われる事と成り――》
………
……
…
「……兎に角、今判ってる事だけど。
先ず、主人公っちの傍らには
私に取って嫌と言う程見覚えのある“欠片”があったし
主人公っちの記憶を取り戻す為には、バラバラになった本体を探して
あの欠片を本体に戻す必要があるんだけど……最悪なのは
バラバラになった本体が一体“何処に飛んで行ったのか”が分からない事。
そもそも、主人公っちを何時までも
自室に閉じ込めて置く訳にも行かないし、出来る限り早く……」
《――と彼女が話していたその時
彼女の元へ“敵意の無い魔族達の集落”から緊急の連絡が届き――》
………
……
…
「……た、大変だエリシアの嬢ちゃんッ!!!
“無作為之板”が欠けて戻って来たッ!!!
“蟲研究の為に必要だ”って言われたから素直に渡したんだが
まさか、主人公さんはあれを使ったんじゃ……」
《――この連絡を受けた瞬間、安堵の表情を浮かべたエリシア。
そして……大きく深呼吸をした後
連絡を寄越した魔族に対し最大限の感謝を伝え――》
「ありがと~っ! ……手違いがあっただけだから気にしないで~っ!
暫くしたらそっちに“直しに”行くから~!
じゃ、また後でね~っ! ……」
《――と、精一杯明るく振る舞い通信を終えたのだった。
だが――》
………
……
…
「良かった……これで主人公っちの記憶は戻せそう。
けど……それなら逆に一週間。
少なくとも、数日だけで良いから……敢えて主人公っちの事
“今のまま”にして置くべきかもね……」
《――そう言ったエリシア。
無論、この突飛にも思える意見にはこの場にいる者達の多くが難色を示した。
だが、その一方で彼女の“真意”に気が付いた者も少なからず居た。
……中でも、ラウド大統領はこの意見に賛成の立場を取り
その上で――》
………
……
…
「成程……せめて、この所の“肉体的な疲労”だけでも
この機会に取り去ろうと考えたのじゃな?
流石はエリシア殿じゃ……無論、わしはそれでも構わんが
そうなれば、主人公殿には何と説明をするべきじゃろうか? 」
《――そう真意を言い当てた上で
大臣らに対し決を取らんとしていたラウド大統領。
だが……そんな中、ただ一人
アイヴィーだけが反対の立場を呈した――》
「お待ち下さい! ……確かに、危険な目には遭われた様ですが
主人公様は“モナーク様の復活を”とお動きに成って居た筈。
それを我々の一方的な考えだけで“封じる”など! ……」
《――そう言い掛けた。
そんな彼女に対し、エリシアは――》
「ねぇ……主人公っちが疲れてるのは何も
“肉体的な面”だけじゃ無い事、近くに居た貴女が一番知ってる筈でしょ?
大体……ただでさえ休んで貰う為に送り出した先で
意味不明な位、疲れて帰って来たんだよ?
ってか……そもそも、貴女はモナークさえ生き返れば
主人公っちの事なんて“どう成っても良い”って考えてない? 」
「……そうは申して居りませんッ!!
第一、モナーク様の信頼を受けその力の全てを譲り受けた主人公様の事を
“どうでも良い”などとは! ……」
「あっ、そう? ……ふ~ん?
なら差し詰め――
“自分に譲ってくれたら良かったのに~”
――とか思ってる程度の話でしょ? 」
「無礼なッ! その様に浅はかな考えなどッ!! ……」
《――暫しの間続いた口論
だが、そんな二人の口論は……
……勢い良く立ち上がり、必死に訴えたメルに依って
幕を閉じる事と成った――》
………
……
…
「そ、その……お二人共落ち着いて下さい。
これはあくまで私の想像に過ぎませんけど……でも、多分。
たとえ今直ぐに主人公さんの記憶を戻したとしても
また必ず主人公さんは“同じ事”を繰り返すだけだと思うんです。
そして……もっともっと、精神も肉体も疲れ果て
もっともっと……主人公さんが苦しむ事になるだけなんです。
そもそも……私達の誰一人として
モナークさんの呪いを解く為の策を有していない状況で
主人公さんの記憶を今直ぐに戻した所で、私達はきっと大した策も思いつかずに
寝る間も惜しみ一人で頭を抱える主人公さんの事を
何も出来ず、心配しながら眺め続ける事に成るだけだと思うんです。
……私達は皆、何時も主人公さんのお出しに成る
不思議な策に助けられて来た筈です。
今回の事だって……主人公さんがもっと元気で、心穏やかで居られたなら
私達には思いつかない様な素晴らしい策を
直ぐに思いついて居たかも知れないって思いませんか?
勿論、こんな主人公さんに頼りっきりな考えじゃ駄目だって判っています
でも……だからこそ、エリシアさんの言う様に
主人公さんの事を、たとえ数日だけでも休ませてあげたいんです。
そしたら……アイヴィーさんの願いも直ぐに叶うかも知れませんし
主人公さんも苦しみから開放されると思うんです。
だから……お願いしますっ!! 」
《――直向きに、ただひたすらに
自らの意見を伝え静かに頭を下げたメル。
この場に暫しの静寂が流れた後――》
………
……
…
「……頭をお上げ下さいメル様。
分かりました……では、本日より一週間程
主人公様に休息をお取り頂くと言う件に関しまして
私も賛成とさせて頂きます……ですが。
メル様だけで無く、皆様にも
私の考えを少しだけご理解を頂きたく思います。
それは……反対をしていたからと言って
私が主人公様の身を軽んじていた訳では無い事で御座います。
主人公様は、モナーク様の最も信頼する御方であり
私自身も本来の彼の事をとても信頼しております。
……救うと決めた者の為、危険を顧みず
自らの犠牲すら厭わぬ彼の事は
言い表せぬ程に尊敬しているのです……一刻も早く
本来の彼に戻って頂きたいと心の底から願っているのですから。
モナーク様の為、彼のその目に本来の彼が発する“希望の光”を見た私が
それを見つめていたかったが故に、反対をしたに過ぎない事を」
《――そう言ったアイヴィー
この後……改めて決を採り
主人公に“約一週間の休息”を取らせる決定をした大臣達。
だが……記憶を失った状態の主人公に取っては
とんでも無く“刺激的な”休息と成った様で――》
===第百七九話・終===