第百七七話「心を救うのは楽勝ですか? ……前編」
《――突如として発生した凄まじい地響き
その原因は、遥か遠方より一行目掛け正確無比に飛来した
“魔導砲撃”に依る物であった。
……この後、間一髪ハイダルの展開した防衛魔導に依って
難を逃れる事が出来た一行
だが――》
………
……
…
「……アースィー様っ!!!
幾ら貴方様が一騎当千の強者で有ろうとも
あの様な“規格外の砲撃”が有った直後に護衛も付けず単騎特攻など……
……ッ!? 」
《――アースィーに対する“苦言”を発しながら
この場へと現れた軍人らしき男とその部下達……だが
直後、既に息絶えたアースィーの姿に気付くと――
“魔導障壁展開ッ! ……”
――魔導障壁展開を命じた後
紫色の剣が描かれた胸章に手を当てアースィーの亡骸へと祈りを捧げた。
……彼らは
アースィー専属の魔導兵部隊であった――》
………
……
…
「アースィー様……仇討ちは我々にお任せを」
《――直後
静かにそう言うと戦闘態勢を整えた“魔導兵部隊”
その、冷静且つ練度の高さを窺わせる身のこなしに
ハイダルを始めとするアラブリア陣営の者達が警戒を強めていた中で
彼らとは全くと言って良い程に“対照的”な態度を取った者が居た――》
………
……
…
「お前達が戦う気なのは分かった……けど、先ずは俺の要求を聞いてくれ。
お前達からすれば、今から俺が要求する事は
何一つ“筋が通らない”のも分かってる……けど
其奴の所為で、この国は大切な存在を数多く失った。
それは……ムスタファの兄弟だけじゃ無い
つい数分前、其奴が軽々しく奪った兵士達の事もだ。
無論、お前達からすれば受け入れ難いのかも知れないけどさ……けど。
……この国の人達は勿論の事
俺だって……これ以上、無益な争いはしたく無いんだ。
だから、どうか矛を収めて欲しい……その上で
お前達が其奴の事を自分達で弔いたいと望み
ムスタファがそれを許すなら、其奴の亡骸はお前達に託すし
お前達が其奴を連れ帰る邪魔も絶対にしない
亡くなった防衛兵達の名誉に掛けて誓うから……だから
その代わり……お前達も
この国が喪に服す為の時間を邪魔しないで欲しい。
心から頼むよ……この通りだ」
《――そう告げた後
襲撃者である彼らに向け深々と頭を下げた主人公。
だが――》
………
……
…
「舐めるなッ!!! ……爆裂撃ッ!! 」
《――瞬間
一人の魔導兵から放たれた攻撃は……頭を下げたまま
微動だにして居なかった主人公に向け一直線に差し迫った。
だが、この直後……
……何故か一切の“回避行動”を取らずに居た
主人公は――》
………
……
…
「……獄炎の魔導
――巨砲之爆裂撃――」
《――自らに向け放たれた攻撃の
“上位技”を用い……放たれた攻撃は勿論
その攻撃を放った魔導兵に至るまでを跡形も無く焼き尽くした。
そして……この直後、一筋の涙を流したかと思うと
彼は、再び“頭を下げ”――》
………
……
…
「心から頼むよ……この通りだ。
どうか……お願いだから……俺の頼みを聞き入れてくれ……
これ以上……殺したく無いんだ……」
《――圧倒的な力を有しながらも
その力とは正反対の“弱さ”を見せた彼は
この後も、襲撃者達に対し頼みを聞き入れる様願い続けた。
そして――》
………
……
…
「うひゃ~っ! ……主人公は余りにも交渉がド下手じゃ~!
……良いか? 主人公~っ!
それは“交渉”じゃ無く……“脅迫”と言うんじゃぞ~っ!
まぁ……とは言え、効果は絶大の様じゃし
先ずは一旦楽々(一件落着)の様じゃから良いがな~っ♪ 」
《――いとも容易く崩壊した魔導障壁を再展開する余裕すら無く
唯、呆然と立ち尽くしていた襲撃者達の姿を眺めつつ
この状況に不釣り合いな程の明るさを見せたカミーラは
主人公に対し叫ぶ様にそう言った。
……この後“矛を収めた”襲撃者達は
主人公を刺激せぬ為か……足音すら立てぬ様
アースィーの亡骸へ近付くと、ムスタファの方へ向き直り彼に“会釈”をした。
……直後、彼が静かに頷くと
亡骸の前で外套を脱ぎ始めた襲撃者達。
そんな彼らの姿に、何かを察し――
“君達……少し待って居てくれ”
――そう告げ、何処かへと転移した後
担架と白い布を持ち現れたムスタファは――》
………
……
…
「私から施された様で弟は嫌がるかも知れない……だが。
自らの手で葬ってやれない償いとして
せめて、この程度の手助けはさせて欲しい……受け取って貰えるだろうか? 」
《――担架と布を差し出しながら静かにそう言った。
直後、彼の“手助け”を受け取った襲撃者達は
アースィーの亡骸を布で包み、担架に優しく乗せた後――》
「全隊員……撤退だ」
《――隊長の命令に従い、静かに今来た道を帰って行った。
そして――》
………
……
…
「私達も……防衛兵達を送らねば成るまい……」
《――防衛兵達の亡骸に視線を移し
消え入る様な声でそう発したムスタファ。
一方、そんな彼の傍に近付き――》
「ええ……最期まで我が国の“守護神”で在り続けた彼らの事は
我が国の全てを掛けてでも手厚く葬らねば成らぬでしょう。
……ムスタファ様。
本日……国王と成られる決断を為された貴方様に
今後重く伸し掛かる重責の一切など
他の者達には決して理解の出来ぬ事で御座います。
ですが……このハイダル、貴方様の“爺や”で在り続ける限り
そして、この生命の続く限り……共に背負わせて頂く所存で御座います。
無論、私めの力など微々たる物ではあるでしょうが……それでも
苦しい時は是非とも……例え僅かでも、この爺やに御頼り下さい」
《――そう告げると深々と頭を下げたハイダル。
一方、そんな彼に対し――》
「おい、じじぃ……兄様だけか?
その口振りだと、あたしゃ~頼ったら駄目なのか~? 」
《――少しニヤつきながらそう問うたカミーラ。
だが、そんな彼女の“冗談”に慌てたハイダルは――》
「……滅相も御座いません!!
御二方共に御頼り頂ける事こそ、爺やとしての本望で御座います故ッ!
で、ですが……その前に先ず
私めの事は“じじぃ”では無く、爺やとお呼びに……」
「ふむ……了解じゃ“じじぃ! ” 」
「カミーラ様ッ! ですから、私めの事は“じじぃ”では無く! ……」
《――この後
彼女の天真爛漫さに依って幾許か和らいだムスタファの傷心。
……僅かながらの時が過ぎ
深く息を吸った彼は、主人公に対し――》
………
……
…
「さて……主人公、今度は君が
“大切な人達との約束を果たす”番だ。
だが……王宮に戻る前に、服の土埃を払っておくと良い。
皆、君の事をとても心配しているだろうから
少しでも身綺麗な姿で戻る事が彼らの為でも有ると私は思う」
《――そう言いつつ自らの服に付いた土埃を払ったムスタファ。
そんな彼の助言と行動に――
“……有難う”
――そう告げ、同じく土埃を払った主人公。
だが、その一方で――》
………
……
…
「か~っ!! ……兄様も主人公も払い方が成っとら~んっ!
土埃を払う時はのぉ~っ! ……こうじゃぁぁぁぁぁっ!!! 」
《――直後
白煙と呼ぶべき程の土煙を周囲に撒き散らしたカミーラ。
そんな……彼女なりの“気遣い”に気付き
彼女の事を微笑ましく見つめていたムスタファとハイダル。
そして、遅れる事暫く
カミーラに近づくと――》
「……有難うカミーラさん。
俺に、見えて無かった物を気付かせてくれて」
《――そう告げた主人公。
そして――》
「何じゃ? ……“見えて無かった物”じゃと?
土埃はあたしが立てずとも彼方此方で立っておるし……もしや。
主人公……“謎かけ”でも始めたのか? 」
《――首を傾げながらそう問うたカミーラに対し
主人公は――》
「俺……皆とした約束しか見えて無かった
“笑顔じゃ無くても良い” そう謂ってくれたメルや皆の本心を
見ようともしていなかったのかも知れない。
カミーラさん……俺みたいな奴の為に
皆が気を遣って居る事に気付かせてくれて……」
「ううむ……のぉ主人公。
……皆の為“笑顔に成る”んじゃろ?
そうやって下向いてたら、土埃が目に入って……また涙が出るぞぇ? 」
「そうだね……ちゃんとするよ。
その……帰ろうか」
「うむっ! ……少し思う所は有るが良い返事じゃ!
成らば……おい、じじぃ! 苦しゅう無い! ……王宮の扉を開けよ! 」
「ですから私めの事は! ……」
《――この後
王宮へと戻った主人公は、自らの大切な者達に対し――
“ただいま”
――今、彼に出来る
精一杯の笑顔を作りながらそう告げた。
そして――
“おかえりなさい”
――そう応えられた瞬間
何かが弾け、泣き崩れてしまった彼の事を
何も語らず……唯
優しき腕で抱き締め続けた彼の大切な者達――》
………
……
…
「今日は沢山……いいえ。
辛い時は何時でも……私達の傍で泣き続けて良いんですからね? 」
《――彼の背を撫でながらそう告げたマリア。
そんな彼女の気遣いに、一層泣き崩れてしまった主人公
この状況に酷く慌てたマリアは――
“あ、あの……一応は限度も有りますからね!? ”
――そう言って困った様な表情を浮かべたのだった。
ともあれ……この日より数日の後。
兵達を弔う為……そして
国王と成る決意をした彼の為。
アラブリア王国では、主人公を含めた国賓達を
“見届人”とした式典が開かれる運びと成った――》
………
……
…
「我がアラブリア王国の為……その生命を捧げ
この国に暮らす者達の生命を護り通してくれた彼らに最大限の敬意を表しつつ
英霊たる彼らが心安らかに眠りに付く事が出来る様
皆で黙祷を捧げよう……」
《――荘厳な雰囲気の中
集まった者達に対し静かにそう告げたムスタファ。
直後……多くの柩が並べられた王宮の広間には
水を打った様な静寂が訪れた。
……暫くの後、黙祷を捧げる者達から漏れ聞こえた
様々な“音”
それは――
嗚咽を抑えきれぬ者
啜り泣く者
心で泣く者。
――そんな彼らの発する
悲しみの“音”であった――》
………
……
…
「……皆、一度私の話を聞いて欲しい。
たった今、様々な思いを胸に祈りを捧げた皆の想いが
天へと届くかどうかは、私にも分からない……だが。
少なくとも……英霊達には届いて居る筈だ。
だが……こうして皆に偉そうな事を言う私は
英霊達に対し、今日まで恥ずべき立ち居振る舞いを続けていた。
この場を借り、彼らにも皆にも……そして
我が国に暮らす全ての者達に対し、私の決意を聞いて貰いたい……」
《――そう語り、静かに頭を下げたムスタファ
彼は――》
………
……
…
「……皆も知っての通り
私は、つい数日前まで国王と名乗らず“第一王子”と名乗り続けていた。
その所為で、皆に要らぬ手間と気遣いを続けさせて居た私の
不適切な立ち居振る舞いを……
……英霊達を送った今日と言う日にこそ正すべきであると考えている。
そして、前国王である私の父が遺した――
“全ての欠片を手に入れた者がアラブリア王国の次代の王と成る”
――と言う遺言に従い、英霊達と皆に
そして……様々な犠牲の下に完成したこの“水晶玉”に誓おう。
私は、今日を以て……我がアラブリア王国の国王と成る」
《――そう発し
高らかに水晶玉を掲げたムスタファ。
だが、その直後――》
………
……
…
「何だっ?! ……女中隊、全隊員っ!
急ぎ防衛魔導の展開を急げっ!! ……」
《――突如として響き渡った凄まじい迄の地響き
直後、ムスタファの指示に依って迅速に展開された防衛魔導……
……この場にいる誰もが“他国からの攻撃”と考え
叫び、怯え……阿鼻叫喚の騒ぎと成っていたその時――》
「こ、これは……皆の者ッ! 落ち着くのですッ!!! 」
《――そう声を上げたのは、女中隊の長である“婆や”であった。
彼女は、怯える民達を落ち着かせつつ――》
………
……
…
「ムスタファ様……この“揺れ”には心当たりが御座います。
確認の為……もう一度
水晶玉を“掲げて”頂けますでしょうか? 」
《――そう求められたムスタファは
彼女の要求通り再び水晶玉を掲げた。
直後……再び、先程の物と“寸分違わぬ”
激しい地響きと揺れが一行を襲い――》
「やはり!! ……皆の者ッ!!
この“揺れ”はムスタファ様が国王と認められた証じゃ!! ……」
《――そう喜びを顕にした“婆や”
だが……ムスタファを含め
この場にいる誰もが彼女の言動を理解出来ず居た中――》
………
……
…
「も……申し上げますッ!!!
地下の金庫より、凄まじい迄の轟音と激しい揺れを確認致しましたッ! 」
《――現れるなり、大層慌てた様子でそう報告をしたのは
王宮の地下を守護する“金庫部屋”の番人の一人で――》
「……金庫部屋からの揺れだと?
婆や……これもお前の言う“私が認められた証”なのか? 」
《――そう問うたムスタファに対し
満面の笑みを浮かべた婆やは――》
「はい! ……当時を知る者が私かハイダル殿しか居りません故
ムスタファ様もさぞ驚きに為られたでしょうが……
……先代の国王様が先々代より御受け継がれに為られた時
その水晶玉を国王の証としてお掲げに成られた際も
“同じ揺れ”を感じた事をたった今思い出したのです。
故に、この揺れは……紛う事無く
金庫の内部へと隠れて居た“扉”が“現れた証”で御座います! 」
「まさか、父の遺した……」
「……左様で御座います。
地下の金庫に、人知れず封印されし――
“一冊の本”
――ムスタファ様が国王と御名乗りに成ると決心為された以上
一度、あの本を封印せし“仕組み”と共にご確認頂くべきかと。
老婆心ながらご進言申し上げます……」
《――そう進言し頭を垂れた“婆や”
暫くの後――》
………
……
…
「分かった、では……主人公。
……私と共に来てはくれないだろうか? 」
《――そう発したムスタファ。
一方、そんな彼の要求に対し――》
「……なぁムスタファ、幾ら親友とは謂え
“部外者”の俺がそんな所に入っても良いのか?
そもそも、先代の国王が憂慮した程の品だろ?
幾ら友好国とは言え、無闇矢鱈に他国の……」
《――そう問い掛けた主人公の言葉を遮ると
ムスタファは――》
「主人公……君が全てを掛け、その精神に甚大な負荷を掛けてまで
私達の為に動いてくれた“親友”と言う表現すら狭く映る君の事を
私は唯の“他国人”とは思っていない。
寧ろ、親兄弟と同じ様に考えている……それでも駄目だろうか? 」
《――そう告げた。
そして、そんな彼の想いに――》
「分かった……同行するよ」
《――そう応えた主人公。
暫くの後……ムスタファ・カミーラ・ハイダルの三名
そして、自らの大切な者達と共に王宮の地下へと向かう事と成った主人公。
到着後……門番に依って開かれた金庫部屋には
この世の全てと見紛うばかりの金銀財宝があった。
だが、この直後……管理を任されている門番ですら一度も見た事の無い
古めかしく薄ら汚れた黒き扉の存在に気付いた一行は
うず高く積まれたきらびやかな宝飾品の中で
一際異質な雰囲気を漂わせて居た
“小さな扉”に目を奪われた――》
………
……
…
「あの~……もしかしてですけど
其処に水晶玉を入れたらその扉が開くとかじゃ無いですかね? 」
《――直後
この扉に掘られた“丸い穴”に気付き
そう言ったマリアの助言に従い水晶玉を嵌め込んだムスタファ。
瞬間、扉は鈍い音を立てながらゆっくりと開かれた――》
………
……
…
「ふむ……確かに父の言っていた通りだ。
だが、どう見ても唯の本にしか見えないのだが……」
《――直後
扉の中から現れた一冊の本に目をやりそう言ったムスタファは
表紙を眺めつつ、そう発した。
表紙には――
“天蝎宮之書”
――と記されており、主人公を含め
彼の大切な者達に取っては、良くも悪くも馴染みの深い
“裏技之書”と呼ばれる物の一種である事が判明した瞬間でもあった。
だが、その一方……そんな彼の横で
静かに拳を握りしめている者が居た。
それは――》
………
……
…
「……そんな小さな本の所為で、父様も兄様も
あたしもじじぃもばばぁも……この国に暮らす全ての者達が
これ程までに苦しむ羽目になったと言うんじゃな?
……あたし、心底その本が憎い。
ねぇ、兄様……」
「……何だい? 」
「その本、今此処で焼いたら……駄目なのか? 」
《――静かなる怒りを顕にそう発したカミーラ。
無論、そんな彼女の発言に慌てる者も見られた中――》
………
……
…
「カミーラ……この本は父よりも尚古くから受け継がれて来た物だ。
この本一冊を封印する為だけにこれ程の仕掛けを用意し
言わば、命を掛け……何世代にも渡って隠し通して来た物だ。
それを……私が全てを受け継ぐと決意をした初日に
君は“壊してしまえ”と言うのかい? 」
《――兄として、それとも国王と言う立場としてであろうか?
ムスタファは重苦しさを身に纏いつつ
彼女の目を見つめながらそう言った。
だが……この、半ば脅しとも取れる程の威圧感と
普段の彼が発する物とはまるで違う空気感にも、一切動じる事無く――》
………
……
…
「……そもそも、そんな物兄様には要らんじゃろ?
それとも兄様……その本が持つ力に興味が有るのか? 」
《――普段の彼とはまるで違う態度に
僅かな警戒心と共にそう問うたカミーラ
一方……そんな彼女の問い掛けに対し
薄っすらと笑みを浮かべたムスタファは――》
………
……
…
「ああ……カミーラの言う通りだ。
全てを受け継いだ以上……この本を含め、私にはこの国に対する責務と責任
そして……全権が与えられた。
だが、同時に……こんな物の為に皆が苦しむ事と成った。
……良かった、私も同じ気持ちだカミーラ。
今直ぐに、この邪悪な本を焼き払おう……」
《――直後
“天蝎宮之書”に手を伸ばしたムスタファ。
だが――》
………
……
…
「なっ……」
《――彼が持ち上げたその瞬間
“天蝎宮之書”は砂の様に崩れ去った――》
===第百七七話・終===