第百七五話「虚ろな戦は楽勝ですか? ……前編」
《――“お前のチカラ
アースィーの国を潰す為に貸してくれるのだっ!! ”
ムスタファの妹、カミーラの発した突拍子も無いこの申し出……
……そんな彼女の要求に対し
主人公は眉一つ動かす事無く――》
………
……
…
「……最初からその積りです。
カミーラさん……もしも俺を“使って”頂けると言うのなら
先ずは倒すべきアースィーとやらの得意な戦法と
可能なら、弱点みたいな物を教えてください。
……それと、仲間とミリアさんを危険な目に遭わせたく無いので
皆の事を……この国で、最も安全と思われる場所で護って居て下さい。
もしも無理なら、護傘で政令国家に避難させて貰えれば
俺は、何の不安も無く敵国を殲滅出来ます。
なので……お願いします」
《――虚ろな眼差しのままそう告げた主人公。
当然と言うべきか……そんな彼の異質な様子に
先程までの天真爛漫さを失い――》
「お、おう……でも、余り無茶な事はしないで良いからな?? 」
《――そう僅かに“引いた様な”素振りを見せたカミーラ。
この直後、そんな彼女の様子と
主人公の“異質さ”を重く見たムスタファは――》
………
……
…
「主人公……君が今、耐え難き苦痛と
後悔の念に苛まれていると言う事は私も充分理解している。
……だが、その苦しみを原動力に動くと言うのなら
私は……明確に君の協力を“拒絶したい”と思っている。
そもそも、君の格ではアースィーには……」
《――主人公の身を案じてか
必死に主人公の事をを宥めようとして居たムスタファ。
だが、そんな彼に対し――》
「なぁ……頼むから、黙って助けられててくれないか」
《――目を合わせる事すら無く
虚空を見つめたままそう言い放った主人公。
直後、そんな親友の暴走を止める為――》
「……駄目だッ!
その様に不安定な心理状態の君では、狡猾なアースィーの術中に! ……」
《――と、彼の肩をがっしり掴み説得を試みたムスタファ。
だが――》
………
……
…
「なぁ……ムスタファ。
“あの日”
……俺の事を助けてくれた時、何度も何度も
失礼な態度で“逃げてくれ! ”って頼んでた俺に対し
お前は“ぼったくり水”のお礼に俺を助けると謂い切った。
その事……覚えてるだろ? 」
「あ、ああ……勿論覚えているよ。
だが、其れと此れとはッ!! ……」
「……黙って続きを聞いてくれ。
俺はな、ムスタファ……お前に対して
感謝してもし切れない程の借りがあるんだよ。
けどそれは……あの日、俺の事を助けてくれた事だけじゃ無い
俺の事を“親友”だと認めてくれた事もだ。
……まぁ、お前の“人の良さ”を知ってれば
俺の他にも、お前と友達に成りたがった人間なんて今までも山程居ただろうし
恐らく友達なんて山程居るであろうお前からすれば
あの時の俺の気持ちは分からないかも知れないけど……でもさ。
少なくとも、俺はあの時……倒れそうな程嬉しかったんだよ」
「……主人公。
私だって、君の事を私が親友だと言った時
君が否定しなかった事を何れ程嬉しく思って居たよ。
そもそも、私には友達など数える程も居ない……無論
“恩人”と呼べる人や知り合いは沢山居るが、この国の長と成った時より
気軽に友と呼べる存在は居なく成ってしまったのだよ。
……だからこそ、私は
君の不安定な心を直視する事が辛いと言っているんだ。
無論、毎日の様に続くこの“魔導砲撃”で疲弊している兵達や
不安な心情へ必死に蓋をしている民草も数多く居る事だろう。
だが……それでも。
私の大切な親友の“苦しみが故の愚かな決断”を
我が国の問題解決の手段にはしたく無いんだッ!! 」
《――愚直なまでに必死に
唯ひたすらに……主人公の身を案じ
言葉を……そして、気持ちを伝え続けていたムスタファ。
一方……そんな優しさに気付けていたのか
それとも、その優しさに気付けない程――
“暴走”
――して居たからこその決断で有ったのか。
それが何れで有ったせよ……直後
この場にいる誰一人として、その真意を読めずに居た中で発せられた
主人公の“決断”は――》
………
……
…
「……今響き渡ってる音と地響き“程度”なら
直ぐにこの国へ何らかの問題が発生するとは思えない。
けど……この世界で
自分自身の生命よりも大切だと思ってる人達の事を
これ以上、少しでも傷つけようとする奴は……それが誰であれ。
絶対に……生かしておくつもりは無いんだよムスタファ。
それはお前が“兄弟喧嘩”って謂った所を見るに
アースィーって奴が兄、若しくは弟だと分かってる上での決断だ。
……ハイダルさんが俺に謂った
“生半可な覚悟”って訳では断じて無い。
俺は……お前の“兄弟殺し”としての汚名を被っても構わないし
今後、今回の決断が原因でお前から恨まれる事に成っても
一向に構わないとすら思ってる。
それは、全部――
“俺が大切だと思う存在が護れるならば
その他の全てを滅ぼしてでも良い。
もしもその所為でこの世界が滅びるとしても”
――そんな俺の“醜いエゴ”が原動力だからだ。
蔑んでくれて良い、俺の事を殴り飛ばしてくれても良い。
だけど……ムスタファ。
この後、どれ程俺が“直視出来ない存在”に成ったとしても
今は、黙って俺の力を借りて欲しい。
俺の我儘を聞いて欲しい……頼むよ」
《――そう告げ、力無く頭を下げた主人公。
直後、王宮には長き静寂が流れた――》
………
……
…
「……分かった。
私や、この国を護る事が君の心の安定に繋がると言うのなら……いや。
この国の長である筈の私が長らく放置し
“見ないフリ”をし続けていた最大の問題を解決してくれると言うのなら。
……私は、この国の長として君の力を借りる事を選ぶ他無いのだろう」
《――この時、彼がどの様な気持ちで
主人公の“エゴ”を受け入れたのかは分からない。
……だが、少なくとも
彼の表情には悲哀を感じさせる何かが有った――》
………
……
…
「ムスタファ……ごめんな。
お前やハイダルさんの謂う通り
今の俺はとても不安定だし、お前から見たら今の俺は
“見るに堪えない状態”なのも分かってる。
……本来ならもっと楽しい顔で此処に居るべきだったし
皆の事だって、現在進行系で不安な気持ちにさせてる事も
正直、今直ぐ消え去りたい位……嫌で嫌で仕方が無いんだ。
だから、もう一つだけ我儘を謂わせてくれ……
ムスタファ、皆も……今の俺の姿はどうか、見なかった事にして欲しい」
《――そう言って頭を下げた主人公。
そんな彼に対し、ただ一言――
“ああ”
――そう応えたムスタファと主人公の大切な者達。
彼らの間に幾許かの時が流れ――》
………
……
…
「主人公……君の“我儘”は全て受け入れよう。
だが、その代わりに……この国の長である筈の私が
今も尚、アラブリア王国の“第一王子”と名乗り続けている理由と
我が国の歴史、そして――
“実の弟”であるアースィーとの確執……何故
私達兄弟がこの様な状況に陥ってしまったのか。
――そんな“つまらない話”を、君に聞いて貰いたいんだ」
《――普段の彼を知る者からすれば
想像も出来ない程の重苦しさを纏い、静かにそう告げたムスタファ。
直後――》
………
……
…
「……その昔、我がアラブリア王国を治めていた私達の父は
トライスターとして凄まじい力を持っていた。
他の追随を一切許さない程の圧倒的な力を持ち
無謀にも父に挑んだ者は全て等しく敗北を味わっていた。
だが……そんな父が唯一勝てなかった物があった。
それは……“病”だ。
……遠い昔、私達がまだ今よりも幼かった頃
病に冒され、日に日に衰弱して居た父は……ある日。
私達、兄弟全員を呼びつけた――」
―――
――
―
「……皆、良く聞くのだ。
我が、アラブリア王国の地下深くに有る“その場所”には……
……決して他国に渡っては成らない、ある“書物”が眠っている。
その書物が持つ力は――
“完全なる支配”
――それが自国であれ、他国であれ
人は無論……魔物をも容易に操る事の出来る
この世界に決して在っては成らぬ強大な力だ。
故に、これを受け継ぎし者は……常に正しき道を選び
常に強い精神力を有し続ける事の出来る者のみ。
……お前達は皆、その強さの片鱗を持ち合わせている。
故に、お前達自身が――
“その者に託せる”
――そう認めた者に対し、自らの欠片を託すのだ。
そうして……全ての欠片を手に入れた者が
我がアラブリア王国“次代の王”と成り……我が王国に眠る
呪いにも等しきあの書物を
“封印”し続ける役目を負う事と成るのだ……」
―
――
―――
「――そう言うと父は
まだ幼かった私達に一つずつ“欠片”を渡し……
……そして、その後一ヶ月程で天へと召されてしまった。
無論、余りにも早過ぎる父の死に依って
王国は悲嘆に暮れる事と成る……筈だった。
私達は……その暇すら与えられなかったのだよ。
……他国へと伝わった“父の死”と言う情報は
我が国を……幾度と無く、数多くの戦争に導いた。
それは幾度と無く……数え切れない程の戦だった。
そうして……耐え難き戦を幾度と無く
瀬戸際で乗り越えて居たあの頃の私達兄弟の心に
漠然と芽生えてしまった感情……それは
他国に対する“絶対的な警戒心”だけだった。
……他国を疑い信用せず、近寄る事など一切せず
私達兄弟は皆、日々を不安だけで過ごしていた。
だが、長らく続く不安な毎日の中
一番下の弟が有る“疑問”を口にしたのだ――
“ねぇ兄様……欠片ってよく見たら
他の欠片と組み合わせたり出来そうに見えない? ”
――と。
だが、私自身は何時も首から下げているこの欠片に
然程の興味を持っては居らず――
“そうかも知れないな”
――程度の返答しかしなかった。
だが……当時、私達を含め六人居た兄弟達の中で
唯一、この疑問に“酷く”興味を持ってしまった者が居たんだ……」
「……成程、それがアースィーか。
ん? ……ちょっと待った。
“当時”六人って……」
「……主人公。
私の兄弟はね……カミーラと私を除き、全員“暗殺”されたんだ。
そして……それら全ての暗殺に関わった張本人は、この国から去り
今も尚、我がアラブリア王国への“魔導砲撃”を命じ続けている……」
「……一体、何があった? 」
「手段は様々だったらしい……
……一人目の弟は、敵軍に関する情報に誤りがあり
敵の手に掛かりその生涯を閉じた。
無論、この時は不慮の事故だと私達の誰も疑いはしなかった
だがこの後も立て続けに“不慮の事故”は起き続けた。
……その結果、次第に
私達兄弟はお互いを疑い始めるまでに成り果ててしまったんだ。
そんなある日の事……アースィーが敵国の将を討ち取り
その国から土産として持ち帰った“とある食材”が
皮肉にも、アースィーの関与を決定的にしたのだよ」
「成程……毒殺か」
「……それが間違いならば何れ程良かったか。
あの日……食卓を囲む“予定”だった日
アースィーの用意した食材に依って出来上がった料理には……
……今と成っては幸運と言うべきか、私もカミーラも手を付けられなくてね。
正確には“その暇が無かった”と言うのが適切かもしれないが
何れにせよ、我が国の料理人が
私達に秘密で飼っていたペットの死に依って
その事実が露見する事と成ってしまったのだ……」
《――そう言うと、静かに俯いたムスタファ。
直後、そんな彼の代わりに続きを話し始めたハイダルは――》
………
……
…
「……あの日、ムスタファ様とカミーラ様は
我がアラブリア王国の古くからの友人であり
現在は主人公様とも親交の深い“天照様”と政治的なお話をして居られました。
その御陰で幸運にも難を逃れる事が出来たのです。
……とは言え、本来ならば
仮にも御兄弟がご用意なされた食材を使った料理ですから
温め直してでも御提供するのが料理人の仕事の筈なのですが
例の毒物にはある“欠点”があったのです……」
「欠点? ……何です? 」
「……その欠点を隠す為でしょう。
後に、料理人は――
“アースィー様から廃棄する様命じられた”
――そう、証言を致しました。
何でも、その欠点と申しますのが
“時間経過に依り変色を起こす”と言う物で有った様なのですが
不幸にも、当時の料理人が飼っていた子犬に対し
“変色前に”この料理を与えてしまった事で
この様な事態が露見する事と成ったのですよ……」
「可哀想に……」
「……ええ。
ともあれ……その後、料理人の証言を受けた私めは
秘密裏にムスタファ様とカミーラ様をお呼びし
事の顛末をお話し致しました。
その際には……御二方共、意気消沈と言った御様子で
私めも、執事として至らぬ限りであると胸を痛めた事
今でも思い出す度に不甲斐無さを感じて成りません……」
《――ハイダルが全てを話し終えた頃
それまで俯いて居たムスタファは、ゆっくりと顔を上げ――》
………
……
…
「……アースィーが犯人だとは知らなかった時
私は、愚かにも……彼に対し“国王の座を譲っても良い”と思っていた。
その理由も単純だった、彼は何時も――
“父の様に成りたい、父の様に強い国王に成りたい”
――そう言い続けていたからだ。
当時から私は争いが大嫌いだったし
国王の椅子にも何一つとして興味が無かった。
唯、兄弟が仲良く共に手を取り合い
この国を支えられたならば、それこそが本当の幸せだと……
……唯ひたすらに、そう思っていたのだ。
もしあの時……私が誰よりも早く
彼の“異常な執着心”に気付いていたなら
誰一人としてあの様な目に遭う事は無かったのかも知れない……
……そして、その後悔の念こそ
私が……今も尚アラブリア王国の“国王”と名乗らない理由だ。
だが、その所為で爺やは勿論……カミーラにも、兵士達にも
この国に暮らすありと汎ゆる者達に気を遣わせてしまって居るのも事実だ。
だが……それでも私は“国王”と名乗る事を避け続けていた。
弱く、卑怯な男だと笑ってくれ主人公……」
《――そう、溢す様に自らの現状を吐露したムスタファ。
そんな彼に対し――》
………
……
…
「なぁ……ムスタファ。
俺、お前の事誤解してたみたいだ……ごめんな」
《――そう告げた主人公。
そんな彼の唐突な謝罪に対し――
“誤解? ……何をだい? ”
――そう問うたムスタファ。
すると――》
………
……
…
「“あの日”ムスタファがモナークと“言い争ってた”時
俺は――
“俺の前で見せるのんびりとした姿は演技か何かだったのか? ”
――と思ってたんだ。
しかも……実は、今の今までずっとその疑問は心の奥深くに有った
けど、分かったんだ――
“俺の事を親友だと認めてくれたこの男は
断じて二枚舌なんかじゃ無く、寧ろ……護るべき存在の為ならば
自らの生命すら投げ出す事の出来る人間なんだ”
――って事がさ。
だからその……今まで誤解してて本当にごめん」
《――そう唐突に謝罪の言葉を告げ、深々と頭を下げた主人公。
一方、そんな彼の様子に
“鳩が豆鉄砲を食った様な”表情を浮かべていたムスタファは――》
………
……
…
「……いや~っ!
とても安心したよ主人公っ! ……」
《――直後
そう言って満面の笑みを浮かべた。
かと思うと――》
「……私はてっきり、君が“完全なる狂気”に飲み込まれ
二度と、元の純粋で優しい君と再会する事が叶わなく成るのではと
本当に心配していた……だが、今の君を見ていて分かったよ。
今、君は言う人間はとても傷つきボロボロだ……だが
それでも、君と言う優しい存在は断じて消え去っては居ない。
唯……溢れる程の優しさが故に、ほんの少し“暴走”しているだけだ
そして……そんな君に今私が頼むべき本当の願いも今分かったよ。
……主人公、私も“同行”させて貰いたい。
それは、君の心が“完全なる狂気”に傾かない様見守る為でもあり
私が見抜く事の出来なかった我が弟アースィーの“狂気”に
君が飲まれる事の無い様、そして何よりも――
――兄としての責任を果たす為だ。
主人公……私の“我儘”を断る事だけはしないで欲しい」
《――そう告げ、深々と頭を下げたムスタファ。
彼の真剣な眼差しと、決意……
……決して拒絶する事が出来ない程の気迫と覚悟に
主人公は圧倒され、言葉を失っていた。
だが……この直後。
そんな静寂を切り裂く
“天真爛漫な少女の声”が王宮に響き渡った――》
………
……
…
「……おほぉ~っ!?
ならばあたしもこの化け物級の男の力見てみたいぞっ!!!
ってぇ事で! ……絶対に付いて行くぞぉ?!
……あっ、そうじゃ!
“女中隊の土産”がてら、じじぃも見ておくべきじゃのぉ~っ♪ 」
《――目を輝かせ、興奮した様子でそう発したカミーラ。
一方、そんな彼女の“暴挙”に酷く慌てたハイダルは――》
「……カ、カミーラ様ッ! それを仰るならば
“冥土の土産”と……私めはまだ召されません故っ!!! 」
「ほぉほぉ! ……ブッ込み(ツッコミ)が上手くなったのぉじじぃ!
っと、それはそれとしてじゃ! ……そう言う事じゃ、主人公とやら!
あたし達も付いて行くからなぁぁぁぁぁっ!!! 」
「……カ、カミーラ様ッ! 戦場は“遊び場”では御座いません故ッ!
……そもそもッ!
今回相手取る国の長が、その様に“軽々しく挑める相手では無い”事は
カミーラ様も重々ッ! ……」
《――この後も暫く続いたカミーラとハイダルの
“押し問答”
そんな中――》
………
……
…
「なぁ……ムスタファ。
そっちの二人もだけど……本当に付いて来るつもりか? 」
《――静かにそう問うた主人公。
そんな彼の問いに対し、真っ先に答えたのはムスタファ……
では無く――》
「じゃから、付いて行くと言ってるじゃろが愚か者ぉっ!! 」
《――ムスタファの妹、カミーラであった。
そして、そんな彼女の“暴挙”に対し――》
「そっか……けど、君まで護ると成ると俺は戦いが難しくなる。
だから、もしどうしても付いてくるなら出来る限り後方に居てくれないか?
あと、危なくなる様なら直ぐにでも
君の事を“強制転移”させる事にも同意してくれ」
《――そう答えた主人公。
だが、そんな彼の希望に酷く不満げな表情を浮かべ――》
………
……
…
「嫌~じゃ! この愚か者めっ!
別に守られんでも自分の身は自分で守れるだけの力はあるわぃ!
大体……何もあたしを背負えとは言ってないじゃろ? 」
「……もし“背負って欲しい”と言われてたら
今頃君は睡眠の魔導で眠ってるよ。
兎に角、俺のお願いに味方してくれた君には恩があるし
あまり強い言葉で威圧したくない……だから、出来る限りで構わない。
……余り前には出ないでくれ。
それだけは頼むよ……良いかい? 」
「うむっ! ……苦しゅう無い! 」
《――直後
納得した様子のカミーラは、目を輝かせたまま主人公の背後に立ち
今か今かとその時を待ちわびていた。
一方……そんな彼女の護衛の為か
先程まで必死に彼女の同行を止めようとしていたハイダルも
観念した様な表情を浮かべた後、静かに主人公の背後へと立ち――》
………
……
…
「主人公、その……些か“予定”とは違うが
それでも私の考えは変わらない……私も同行させて貰おう」
《――そう告げた後
静かに主人公の背後へと立ったムスタファ。
直後……彼は
留守を守る女中隊のメイド長に対し――》
「皆様の事は任せた……最上級の警護体制でお守りする様に頼むよ」
《――そう告げた。
直後、彼に対し深々と頭を下げ――
“我が生命に変えようとも”
――そう応え、笑みを浮かべたメイド長。
その事を確認すると――》
「……良し、これで安心だ。
主人公……君の大切な存在は誰一人として害させはしない。
婆や……いや“メイド長”を含め
我が国の誇る女中隊は全員がトライスターだ。
無論、主人公程の腕は無いかもしれないが……」
「いや……見れば分かるよ。
……メイド長さん、女中隊の皆さんも。
皆の事……頼みました」
《――そう告げ
深々と頭を下げた主人公は……直後、踵を返し
王宮の正門へ向かおうとした。
だが、そんな彼を呼び止める者が居た――》
………
……
…
「主人公さんっ!! ……あ、あのっ!!
さっき私達は……主人公さんの“お願い”を聞きました。
み……“見ないフリ”をするって約束しましたっ!
だっ……だからっ!
わ、私達のお願いも聞いて下さいっ!! ……」
《――胸元を押さえ
声を震わせながらそう告げたのは……メルであった。
そんな彼女に対し――》
「……メル。
二度と置いていかないと約束はした……だけど
今ついてこられたら……俺は、見られたくない姿を見せてしまう。
だから……」
《――そう言い掛けた主人公。
だが、メルは首を大きく横に振り――》
「違うんですっ!! ……私やマリアさんやマリーンさん
ガルドさん、ミリアさんの全員と……“約束 ”をして欲しいんですっ! 」
《――そう告げた。
そして……約束の内容を訊ねた主人公に対し
大きく深呼吸をした後――》
………
……
…
「……何処も怪我をせず
笑顔……じゃなくても構いません。
今と同じで構いませんから……必ず。
同じ姿で……私達の元へ帰って来て下さい。
私達の側から……絶対に居なく成らないで下さいっ!! 」
《――目に涙を溜め
彼女が必死に伝えた願い……
……そんな彼女の心からの願いに
主人公は――》
………
……
…
「……分かった。
もしも壊れてしまいそうに成ったら
メルやマリア、マリーンやガルドやミリアさん……
……沢山の、俺の大切な存在の事を考えるよ。
だから……安心して待って居て欲しい。
じゃあ皆……俺、行ってくるよ」
《――そう告げると
振り返る事無く王宮の正門へ向かい歩き始めた主人公。
直後……去りゆく彼の背中に向け
願いを込める様に両手を合わせ、彼の無事を祈った彼の大切な者達。
暫くの後……主人公らの去った王宮には
最上級の警備体制が敷かれ――》
===第百七五話・終===