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第百六〇話「戦争は楽勝ですか? ……後編」

<――降り注ぐ敵の猛攻、止む事の無いその攻撃は


“一方的”


……そう呼ぶに相応ふさわしい物だった。


アルバート大公の眼前に突如として現れた大量の“術者達”は

オウルさんの固有魔導ものと同じ“一方的”な魔導障壁を展開し

不気味なまでの静けさで“たたずんで”居た。


当然、此方こちらからの攻撃が敵陣に届く事は無く……


……ライラさんに勇気づけられ何とか精神の安定をたもっていた兵達も

この状況に耐え切れず、無駄だと分かりつつも攻撃を放ち……そして

変わる事の無い“結果”に絶望していた。


無論……俺や各種族長達もそんな彼らと大差無く

“やせ我慢”をして居るに過ぎない状況におちいって居た。


そんな中――>


………


……



「……攻撃中止ッ!!

攻撃中止と言っているだろうが大馬鹿者ッ!!! ……」


<――降り注ぐ雪崩なだれごと猛攻もうこうと、その轟音ごうおんに耐えきれず

半狂乱で攻撃を続けていた隊員の一人を殴り飛ばし

隊員を“物理的に”制止した魔導隊の部隊長。


だが……この状況にいて“正しい判断をした”部隊長かれ

彼の部下である隊員達も、止む事の無い敵の猛攻もうこうに耐えきれず

暫くの後……一人、また一人と魔導欠乏状態におちいり戦線を離脱した。


……そして、その穴を埋める為に増えた負担は

俺達を最悪の悪循環におちいらせ、モナークが“妙案”とばかりに

戦力を分散させていた事すらも次第にあだと成り始めて居た頃――>


………


……



「ふむ、やはり……“長持ち”はしないのか。


流石に本物と違ってあまりにも“使い捨て”感が否めないが……まぁ良い。


いくらでも量産出来る上、彼ら相手でこれだけ効果的なら

他のどの国を相手取ろうとも十二分に効果を発揮してくれる筈だ。


まぁ……とは言え

あまりに一方的過ぎるのもいささか面白みが無い物だが」


<――そう言うと

文字通り“高みの見物”を始めたアルバート大公。


奴の発言通り……“術者達”は、みずからの命など微塵みじんかえりみず

ただあたえられた一つの命令――


“固有魔導の発動”


――それだけを愚直ぐちょくまでに守り続け

その生命をも燃やし尽くす事でぎ目の無い防衛力を維持し続けていた。


だが、何よりも問題なのは……“術者達”の固有魔導が

一体につき少なくとも数分間“つ”事だ。


そうなれば……どれ程少なく見積もっても

敵は二ヶ月を優に超える時間“燃やし続ける”事が出来てしまう。


……仮に、敵軍に対抗する為

今すぐモナークが分散させた魔族達を全て集結させた所で

それだけの時間を稼ぐ事など出来はしないだろう。


そんな事情を知ってか――>


………


……



「流石は主人公君……凄まじい防衛能力だ。


しかし……その力、何時いつまで続くのだろうね?

そもそも僕は君達しか攻撃しないとは言ってないのが……さて。


第三中隊……攻撃開始だ」


<――直後

アルバート大公の命令を受け、一斉に放たれた攻撃は

俺達の頭上を超え、民達の暮らす第二城に降り注いだ。


無論、想定外の攻撃では無かったし

あらかじめ想定していた攻撃手段の一つだった事もあり

防衛術師ガーディアン隊がそのほとんどを防いではくれた……だが、それでも


その“全てを”防ぎ切る事は出来なくて――>


………


……



「第五居住区ッ! 民間人と防衛隊への被害甚大じんだいッ!! ……」


<――第二城

第五居住区内部の兵から寄せられたその通信には

泣き叫ぶ民達の声が混じっていた――>


………


……



「ッ!! ……卑怯者ひきょうものは何処まで行っても卑怯者ひきょうものか。


俺達とまともにやり合う勇気が無くて人質に使うだけに飽き足らず

まさか非戦闘員である一般人にまで攻撃するとは……アルバート大公。


アンタは最低のクソ野郎だ!! 」


「ほう……主人公君。


素直に“止めて下さい”と言えない気持ち、判らないでも無いが

意地を張るあまり“奪う力”を持つ相手に対し

そんな口の聞き方をしてしまうのは感心しないね?


……大体、僕も君にそんな態度を取られてしまうと

少しばかりお返しをしなければ成らない様に感じてしまうのだよ。


さて……第三中隊。


もう一度、攻……」


「ま、待てっ!!! ……分かったッ!!

いや……分かりました。


以降は言葉遣いに気をつけるから、だから……

攻撃するなら俺達だけにしてくれ。


いや、下さい……お願い……します……ッ……」


<――俺が頭を下げた程度で、何の罪も無い人々の命がまもれると言うのなら

俺はどんな相手に対してでも頭を下げられる。


……そう信じて頭を下げた。


だが――>


………


……



「ほう? ……素直に非を認められるのは良い事だね主人公君。


君のその態度にめんじて……いや、やはり気に食わん。


第三中隊……あの“煙の辺りに”攻撃だ」


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! ――」


………


……



<――俺は選択を間違ったのだろうか?


いや……もし、アルバートに協力して居たとしても

遅かれ早かれ到底許容出来ない状況は必ず訪れただろう。


でも……もしも俺が早い段階で奴の要求を飲んで居たなら

何の罪も無い民達や俺の大切な人達は、何一つ苦しむ事無く

穏やかに健やかに……人生を過ごす事が出来て居たのかも知れない。


だが……俺の眼前に在った光景は

そんな俺の心すらも燃やし尽くさんと燃え盛る

第五居住区の凄惨な姿で――>


………


……



「やめろ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!! ……」


………


……



「第三中隊……攻撃中断だ。


さて、主人公君……君が取引を断ったから“そう”成ったのだよ?

しかし、これで君も少しは愚かな選択に気がついた筈だ。


……君と魔王のいずれもが僕の研究に協力すると言うのなら

今からでも君達を受け入れる準備は充分にある。


ただし……早く決断しないといたずらに被害を増やす事に成る。


それは今……“良く”分かっただろう? 」


<――そう言って再び取引を持ち掛けて来たアルバート。


これまでに見たどの時よりもひどみにくゆがんだ笑顔を浮かべ

俺を誘ったその姿は……


……まさに“悪魔”としょうするのが相応ふさわしい程の出で立ちをしていた。


だが、そんな“悪魔”が差し出した手を“容易たやすく握ってしまいそうな”程

俺の精神は壊れていた――


“今此処ここで、この提案を受け入れれば

政令国家と此処ここに住む大切な人達の命だけは”


――そんな考えに飲まれ

“はい、おおせのままに”と、思わず口にし掛けていた。


瞬間――>


………


……



「人間風情が……傲岸不遜ごうがんふそん其処そこまで行けば

最早もはや、清々しさすら感じるとう物よ……だが。


我は“元”魔王である……


……我の名はおろか、我の“選択”すらかろんじる

貴様の様な下衆げすの軍門に……この我が下ると考えて居たとは笑止千万しょうしせんばん


貴様ごと下衆げすに下げる頭など、我も“此奴こやつ”も持ち合わせては居らぬ……」


<――そう言うと


まるで……たった今“折れ掛けた”俺の事をとがめるかの様に

俺の肩を力強く握ったモナーク。


そして、思わず動揺してしまった俺には一切目もくれず――>


………


……



「……たとえ最後の一兵と成り果てようとも

貴様ごと下衆げすなびく者など、我が配下には一人として居らぬ。


貴様の有する木偶デク共がどれ程“盾”を固めようとも

貴様の“ほこ”共を癒やす訳では無い事……


……よもや気付いてすら居らぬ訳では無かろうな? 」


<――そう言ってアルバートをギロリと睨みつけたモナーク。


勿論、脅しや“やせ我慢”のたぐいで睨んだ訳では無く

何かの秘策を発動させる為にえてあおった様な……


……少なくとも、この時の俺にはそう見えた。


だが、その反面……危機的状況の中

何故“清々しい”程の拒絶を伝えたのか

何故この状況でこれでもかと言う程“あおった”のか。


これがもし万が一“策”の為では無く

みずからの自尊心じそんしんを満たす為だけに“言い返した”だけだったのならば

その“しっぺ返し”は全てまもるべき民達へ向かうかも知れない。


そうも考えた俺は、モナークに対し

信頼と不信感の混じった説明のしがたい感情をいだいていた。


そんな中――>


………


……



「ほう? 流石は魔王……いや失礼“元”魔王様?

どの様な立場であれ“尊大そんだい”な態度はお変わり無い様で驚きましたよ。


ですがまぁ、いずれにせよ……ご協力頂けないのであれば

敵意き出しの強大な力をこのまま捨て置く訳には参りませんし

そうなれば此方こちらは純粋に貴方をめっする必要がある。


とは言え、たった今頂いた“ご忠告”が正しいのもまた事実です。


おっしゃられた通り、此方こちらが用意した兵士だけで

そちらの防衛力を完全に打ち破る事は限り無く不可能でしょう。


それに、圧倒的な力を有する筈の貴方が

いまだに毛程もその力を発揮為さらない事をかんがみれば

気を抜けぬ状況であると重々承知もしておりますよ?


……ですが。


まさか、此方こちらの兵が放った攻撃を

そちらに“壊滅的かいめつてき被害を与える為”と見ていたとは。


誠に残念です……いや、大外れだよ“元魔王”とやら。


……さて、丁度良い頃合いか。


ペニー、念の為二体程付けてやる……奴らの防御壁を完全に破壊しろ」


「……あらぁ~ん♪ やっと出番が来たのねぇ~ん♪

でも……アルバート様ぁん?


……あたぃの力、見くびって貰っちゃ困るわぁん?

一体すら“使い切らずに”彼奴アイツら全員イカせちゃううんだからっ♪


た・の・し・み・にっ♪ ……しててねぇ~ん♪ 」


「ほう……頼もしい限りだ。


では、頼んだよペニー……っと、原型は留める程度で頼むよ? 」


「はぁ~い♪


じゃ、行くわねぇ~ん♪ ――」


………


……



<――直後

これまでとは比較に成らない程の強烈しれつな攻撃が防衛魔導の壁を震わせた。


……トライスターと言えば聞こえは良いが

アルバートがペニーと呼んだ筋骨隆隆きんこつりゅうりゅうなこの敵は

物理職も真っ青な程の“肉弾戦”で

分厚い防衛魔導の壁を叩き割ろうとしていた。


とは言え“筋力”で殴っているだけならば

それがどれ程の怪力であろうともさしたる脅威には成らないだろう。


だが、此奴ペニーの攻撃は

まごう事無き“魔導系”の流れを持っていて――>


………


……



「……あらぁ~ん? 思ってたよりタフなのねぇ~ん♪

特にアンタ……可愛い顔してツヨいオ・ト・コねぇ~ん♪

あたぃ、アンタのコト……嫌いじゃないわよぉ~んっ♪ 」


<――そう言って笑いながら踊る様に繰り出す攻撃の全てが

必死に張り巡らせている防衛魔導を少しずつ削り続けていた。


……もし、此処ここで防衛魔導が消滅してしまえば

政令国家は全滅のき目に遭ってしまう。


それだけは何としても阻止しなければ……直後、気を引き締めた俺は

再び防衛魔導に力を込めた……だが、それを上回る程の勢いで

防衛魔導の壁を削らんとする猛攻もうこうを放ち続けた此奴ペニー

ほんの一瞬、眉間にシワを寄せ――>


………


……



「……流石に少しだけムカつくわねぇ~ん?


貴方達が耐えれば耐える程……アルバート様から

あたぃが大した事無い“普通の女”みたいに見られちゃうじゃないッ!


アルバート様に可愛く可憐かれんに見られる様に戦いたかったのに

ちょっとだけ本気に成らないと駄目みたいねッ!! ……」


<――直後


拳に力を込め始めたペニーは、野太い雄叫おたけびを上げ――>


「固有魔導……文武両道ッ!!! 」


<――そう唱えた。


瞬間……此奴ペニーの身体から放出された凄まじい量の魔導力は

全て拳にまとわり付き――>


………


……



「行くわよ坊や? ……ウオリャァァァァッッッッッ!!! 」


<――たった一撃


だが、その一撃にって防衛魔導の壁に大きな亀裂が入った。


あと一度でも攻撃されれば防衛魔導は完全に崩壊し

敵軍の放つ攻撃は一切の減衰げんすい無く、大切な仲間達を

全て燃やし尽くしてしまうのだろう。


……この時、どうする事も出来ず

絶望の中に居た俺は……反撃の機会をうかが

念の為温存していた魔導力の全てを今にも崩壊しそうな防衛魔導の為に

“燃やし尽くす”決断をした――>


………


……



「あたぃ驚いちゃった……この一撃を耐え切るなんて。


……アンタ、異次元にタフね?


でも、あたぃに恥をかかせた罰は……取らせて貰うわッッ!! 」


<――直後


燃え尽き、寄り掛かる様に倒れ込んだオウルさんの複製体を蹴り飛ばし

再びその拳に力を込め始めたペニー


同時に……この固有魔導が“数発打てる仕様”だと知る事と成った。


後一度でもあの攻撃を貰ったら……いや、一度では済まなかったら?


此処ここでどう足掻あがいても無駄なのだとしたら? ――>


………


……



(――もう、無理なのか?


こんな形で俺は……この世界を終わるのか?


……俺はただ、大切な人達をまもり抜く力が欲しかった。


ただ……それだけだった。


それが、そんなにも難しい事だと思い知らされる事に成るなんて……


……異世界転生なんて、楽勝だと思ってたのに。


余裕の力で、簡単に何でも叶えられるって思ってたのにッ!!!


……くそッ!!


俺達はただ平和に暮らしたいだけなのにッ!!


……何でッ!!


何で、何時も何時も奪われ続けなきゃ駄目なんだよッ!!! ――)


………


……



<――大切な人達をまもり続け


耐え難い攻撃に耐え続け


苦しい状況に耐え続け


その結果……何故こんな最期を迎えなければ成らないのだろう。


無論、助けた人達からお礼や感謝がして貰いたくて助けた訳じゃない。


ただ……仲良く成った相手や、仲良くしたいと思った相手の

幸せそうに微笑ほほえむ笑顔をまもりたい……俺はただ、そう思っていただけだ。


大切だと思った人達をまもる事が……そんなにも悪い事なのだろうか?


……奪う側が正義なのだろうか?


こうして俺が後悔の念にさいなまれている今ですら

俺達を嘲笑あざわらっている彼奴アルバートの様に悪どく生きていたなら

この世界は俺に味方して居たとでも言うのだろうか?


……いや。


今更何を考えた所で、残り少ない魔導力が尽きた瞬間

全ての考えは“無駄”になってしまうのだろう。


全て、打ち砕かれてしまうのだろう――>


………


……



「――俺は。


俺はただ、皆と仲良くして……


皆と平和に暮らして……


皆と笑い合って……


……そんな世界で暮らしたかっただけだった。


それなのに……情けないや。


皆に貰った幸せな時間への御礼……何一つ……返せて無いのに……


後少しだけでも……皆の事……まもる……力が……」


<――朦朧もうろうとする意識の中


走馬灯の様に楽しかった思い出がぐるぐるとまわった。


あぁ……終わりって残酷な程に呆気あっけ無いんだな。


俺、映画でもアニメでも漫画でも


悲劇的結末バッドエンドは……大嫌い……なんだけどな――>


………


……



「……あら?

その子……果てちゃったみたいねぇ?


って……アルバート様ぁん♪

ちょぉ~~っと、遅くなっちゃったけれどぉ~っ♪


ご指示通りに……削り切っちゃったわぁ~ん♪ 」


「ふむ……面倒を掛けたね、想定よりも固い壁だった様だ。


さて……政令国家に属する諸君。


……主人公君の事を少しでも思う気持ちがあるのなら

大人しく此方こちらの要求を飲んだ方が良いと思うのだが……どうだろうか?


それとも君達全員“いさぎよく玉砕” ……それが望みかい? 」


《――政令国家の守護者達へ向け

淡々と冷酷にそうたずねたメリカーノア大公国の長、アルバート大公。


だが……主人公かれと同じ考えに至り

“余力”を残して居た者も決して少なくは無く

彼らが再び防衛魔導への魔導供給を行えば

直ちに全滅のき目に遭う事は無いのかも知れないだろう。


しかし……このまま耐え続け、要求を拒絶し続けた場合

たった今彼らの為に力を使い果たし

かろうじて、その生命を繋いで居る主人公かれを救う事は叶わないだろう。


……この、受け入れ難き事実に顔をゆが

アルバート大公を睨みつけてなお……主人公かれの側に立ち続けた者達。


そんな彼らを代表する様に

力無く倒れた主人公かれかばうかの様に

皆の先頭に立ったラウド大統領は――》


………


……



「不本意じゃが、主人公殿の身を案ずればこそ……仕方あるまい。


……皆、構わんな? 」


《――振り返り、そう問うたラウド大統領。


暫しの静寂の後……皆静かにうなず


そして――》


………


……



「ふむ……では、降伏こうふくの意思として全ての魔導道具を外して貰おうかな?

それと、一時的に全員を拘束するがそれも受け入れて貰うよ?

勿論“元魔王”の貴方もだ……良いね? 」


「不愉快な……良かろう」


《――直後


投げ捨てる様に宝飾品を外し始めたモナーク……そして

そんな彼につられるかの様に……皆、渋々と

魔導に関わる“全ての道具”を外し始めていた頃――》


………


……



「そ、その……待って下さいっ!!

お願いしますっ! せめて……主人公さんに治療をさせて下さいっ!


お願いしますっ!! ……」


《――アルバート大公に対しいく度と無く頭を下げ、そう訴え続けたメル。


だが、そんな彼女に対し――》


「君がゴネればゴネる程、彼の命の炎は小さくなるのだが……良いのかね?

分かったら、全ての装備を放棄する事だ……まぁ強制はしないがね? 」


「わ、分かりました……っ……ですが

出来るだけ早く主人公さんの治療をさせて下さい。


お願い……します……っ……」


《――直後


倒れた主人公かれの横でゆっくりと装備を外し始めたメル。


だが、彼に貰った“揃いの指輪”に手を掛けた瞬間


その手は止まり――》


………


……



「……どうした?

魔導に関する装備は全て外さなければ成らないと言った筈だが?

君を含め全員の“魔導衣”までは見逃しているのだが

最後の“尊厳そんげん”すら奪われたいと言うのなら

別にそのままの態度を続けて貰っても構わないが? ……さて。


君は確か……メルと言ったか。


此方こちらは今直ぐ攻撃しても構わないのだが

君の所為で主人公それが巻き込まれないとも限らない。


それで本当に良いと言うのなら、全軍攻撃……」


「だ、駄目っ!!! ……わ、分かりました。


外します! 外します……から……っ……」


《――慌てて指輪に手を掛けたメル。


その直後、主人公の事を暫く見つめた彼女は――》


………


……



「ごめんなさい……主人公さん……っ! ……」


《――そう言うと勢い良く指輪を引き抜いた。


だが……勢い余り、彼女の手から滑り

主人公の胸元へと落ちた指輪に――》


………


……



「ああっ!! ……ご、ごめんなさい主人公さんっ!!


い、痛かった……ですよね……っ……


私……失敗ばかりで……

こんなに大切な指輪ものですら守る事が出来なくて……


……ごめんなさい。


主人公さん……貴方は私や皆さんに沢山の贈り物を下さいました。


全てを捧げて下さいました……


何も返せて無いのは……私の方です……っ……」


《――彼の胸に落ちた指輪を見つめ一筋の涙を流したメル。


そして、彼女が指輪へと手を伸ばした


瞬間――》


………


……



「導かねば……成らぬ」


《――何処どこからとも無く発せられたその声


主人公かれの身を案じ、彼を取り囲む様に居た者達にのみ聞こえたこの声は


再び、彼らの鼓膜こまくを震わせた――》


………


……



「導かねば……成らぬッ!!! 」


《――瞬間


主人公かれの身体を――


“立ち上がらせ”


――彼の身体を包み込んだ漆黒のもや


突如として彼の身に起きた異変に慌てたメルは

漆黒のもやに包まれた彼の身体を必死で引き止めようとしていた。


だが、漆黒のもやは彼女の手を優しく振り解き――》


………


……



「導かねば……成らぬ……」


《――そう告げた。


その直後……主人公かれの身体を包み込んだまま

その姿を“三ツ脚のカラス”へと変化させ、遙か上空へと飛翔し――》


………


……



「導かねば……成らぬ。


この者がかんとする、この者が歩むべきみちを――


――導かねば、成らぬ」


………


……



《――直後


“三ツ脚のカラス” はただ一度……だがとても大きく


敵軍目掛け、その漆黒の羽根を“羽撃はばたかせた”――》


===第百六〇話・終===

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