第百五三話「激務と約束の両立は楽勝ですか? ……後編」
<――急激に進行方向を変えた純白の花弁は
怯えるスライム達に向け、その鋭い花弁の先端を差し向け
今にも彼等を殲滅せんと一直線に向かっていった――>
………
……
…
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! ……」
<――俺の“大切な存在を想う気持ち”は
魔物であるスライム達には適応されないのだろうか?
そんな不安を煽る様に
尚もスライム達に向かって差し迫る鋭く尖った花弁。
俺は……魔導残量の事など微塵も考えず
ただ、彼等を護りたい一心で
彼等を包み込める程の防衛魔導を力の限りに展開した――>
………
……
…
「……全く、アタシの為に此処までしてくれるとは。
いや……スライムの為かねぇ?
何れにしても……良いオトコだね、主人公は。
マグノリアが惚れるのも、無理は無いさ……」
《――スライムの草原で意識を失い倒れていた主人公。
そんな彼を抱き抱えつつそう言うと
彼の頬に優しく口づけをした天女の様な美女。
……彼女の正体は
主人公の放った技の効果に依って
劇的に力を取り戻した精霊女王……“デイジー”であった。
……一方、彼女の口づけに依って
魔導欠乏症に依る瀕死の状況から
辛うじて救われる事と成った主人公。
暫くの後、デイジーの救援依頼を受けたクレインらに依って
主人公はヴェルツの自室へと運ばれ――》
………
……
…
「ッ!? ……スライム達はッ!?
……って此処は俺の部屋?
確か俺はスライムの草原でッ!! ……」
<――何故か自室で目覚め、必死に状況を把握しようとしていた俺。
そんな俺に対し――>
………
……
…
「やっとお目覚めかい? ……何処も痛くは無いかい? 」
<――そう声を掛けて来た
見覚えの無い絶世の美女――>
「えっ!? ……い、いやその……あの……は、初めまして!
って言うか……その、貴女は一体……」
<――と、狼狽えた俺に対し
この美女は――>
「ひ、酷いわっ! ……アタシの事忘れたのっ!?
あんなに優しく“アタシの身体を包み込んでくれた”のに……」
「い゛ッ?! ……そ、そんな馬鹿な!?
一体いつの間に俺はそんな獣みたいな事を?! ……」
<――この後、大慌てしていた俺の様子を
暫くの間、潤んだ目で見つめ続けた謎の美女。
かと思うと、今度は突如として高笑いし始め――>
………
……
…
「……いや~やっぱり面白いオトコだねアンタは。
それにしても……アタシ、そんなに“面影”が無いかい?
スライムの草原を元通り以上に治療してくれたお陰で
全盛期とまでは行かない迄も、力が戻ったんだから
確かに若くは成ったんだろうがね? ……さて。
……此処まで言えばアタシが誰だかもう分かっただろう? 」
「スライムの草原……ハッ?!
まさか?! デイジーお婆……い、いや!
……デ、デイジーさんですかっ?! 」
「ん? ……何だかほんの一瞬
“聞き捨て成らない”単語が聞こえた気がしたが……まあ良いさ。
そうだよ? ……アンタの頑張りのお陰で
森と草原が健康に成り、アタシも本来の姿を取り戻せたって訳さ。
本当に有難うね“好青年”」
「や、やっぱり! ……って、そう成ると
あの……もしかしてですが、俺が目覚めるまでの間
ずっと見守ってて下さった訳じゃ……」
「当たり前だろう? ……アンタは命の恩人だよ?
とは言え……メルって娘を筆頭にアンタの周りに何時も居る
“三人娘”達は忙しい様でねぇ……
……あの娘達が側に居られない間だけ見守ってただけだよ? 」
「そうだったんですね……でも、本当にありがとうございます。
……って!!!
あのッ! ……スライム達は!?
……スライム達は無事ですか!? 」
「ふふっ……安心しな。
アンタが心の其処から“護りたい”と念じたお陰だろうが
唯の一匹として“抉れ”ちゃ居ないし……掠り傷すら負って無いよ」
「よ、良かったぁ……今回こそは今までの償いが出来ましたよ……」
「ふっ……面白いオトコだねぇアンタは。
まぁ、何れにしても
アンタのお陰でアタシも本来の力を取り戻せたし
これからは自分自身の力で森の管理もしやすくなるさ……
……けど、二度とあんな無理しちゃ駄目だよ? 」
「え、ええ……でも
これまで長い間御迷惑をお掛けしてしまって……」
「……良い良い!
堅っ苦しく畏まらないでおくれ! ……それよりも。
アタシ達精霊族と、森に生きる者達の為
その身を挺してまで力を注いだ事、アタシも……そして
森に生きとし生ける全ての者達もこの事は決して忘れない。
改めて感謝するよ……有難う、好青年。
じゃあ……ね」
<――そう言ってお辞儀をすると
そのまま煙の様に何処かへと消え去ったデイジーさん。
……彼女の去った後
彼女の立っていた場所には雛菊の花が一輪残っていた。
と言うか……余りにも綺麗に咲いていたので
柄にも無くベッド横のカップに水を注ぎ
其処に“一輪挿し”としてでも飾ろうと手に取った
瞬間――>
「ぬわぁっ!? ……」
<――触れた瞬間
雛菊の花はその形を変え、宝石の様な姿へと変貌を遂げた。
……もしかして、お礼代わりの“何か”なのだろうか?
まぁ……何れにせよ、大切な物である事に違いは無く
大事に懐に仕舞い込んだ後、何気無く外を確認した俺。
と同時に……驚いた、明らかに“明る過ぎる”のだ。
何と言うか“早朝”と言うべき明るさで――>
「ってか俺……どの位眠ってたんだろう? 」
<――疑問を感じた俺は直ぐに一階へと降りた。
すると――>
………
……
…
「主人公さん!? ……良かった~っ!
やっとお目覚めに成られたんですねっ! 」
<――と
すっかり“臨時女将”が板についたメルにそう言われ――>
「本当ですよね~……って言うか!
少し目を離したら危ない目に遭ってるとか
“幼子”か何かですか? 主人公さん」
<――と
呆れ顔のマリアに言われた上――>
「まぁ……そのお陰でデイジーさんに驚きの“変貌”が見られたから
その点では面白かったけど……でも、少し心配掛け過ぎよ? 」
<――と、マリーンに少し怒られてしまったのだった。
ともあれ……この後
彼女達に心配を掛けてしまった事を謝った上で
“どの位寝てた? ”と訊ねた俺に対し――>
………
……
…
「えっと~……“伯爵は明日の夕方頃に帰国されます”
……って言ったら伝わります? 」
<――と、意地悪げに返事を返して来たマリア。
だが……マリアが言った事が嘘じゃないなら
俺は一週間弱眠って居た事に成るし
伯爵と交わした約束をとんでも無く破り続けて居た事にも成る。
何よりも先ず、伯爵に一刻も早く謝らなければ成らない。
そして……魔物の件や研究機関などに関し
俺が眠っていた間に何らかの進展が有ったかどうかを
ラウドさん辺りに訊いておかなければ――>
………
……
…
「う~ん……先ずは伯爵に謝らないとだな。
って、マリア……ガルドは何処に居るんだ? 」
「何処って……あれからずっと伯爵の案内役兼護衛ですけど? 」
「……そうだったのか
なら先ずはガルドに連絡しなきゃ……」
<――直後、ガルドへと連絡を入れ
眠っていた間に苦労を掛けた件について謝った俺、だが
怒るどころか俺の体調を気遣ってくれたガルド。
……そして、そんなガルドの隣に居た伯爵もまた
約束を破りまくってしまった俺を責めたりはせず
寧ろ、俺の無事を喜び――>
「安心したよ、元気そうで何よりだ……」
<――そう言って安堵の表情を浮かべていた。
だが、そんな伯爵の優しさに感謝しつつも
より一層申し訳無さが増してしまった俺は、伯爵に対し更に深々と頭を下げた。
だが、伯爵はそんな俺に対し――>
………
……
…
「ううむ……主人公君、頭を上げてくれないかね。
……私は寧ろ、ガルド君と仲良く成れた事や
オーク族の居住地区に招かれ饗された事
その他にも沢山の稀有な経験をする事が出来た事……そして
そのお陰で、私の眠って居た“創作意欲”を
再び目覚めさせてくれたお礼を言うべきだと思っていた所なのだよ? 」
「で、でも俺はただ眠っていただけで……」
「違うんだ主人公君……私の心的外傷を消し去り
これ程の幸せな経験をさせてくれた君と
政令国家に属する全ての人々には感謝しか無いのだよ。
だから……心からお礼を言わせて欲しい。
有難う、主人公君……」
<――そう言って俺に対し深々と頭を下げた伯爵。
直後、頭を上げる様お願いした俺の“慌て振り”に
少し微笑んだ後、伯爵は――>
………
……
…
「さて……楽しかった私の旅行も明日が最後だ。
少し欲張りかもしれないが……“帰国ギリギリ”まで
ガルド君と共にこの国を満喫しようと思っているのだが
それとは別に、今日の夜から明日の昼頃迄の何れか
君の都合の良い時で構わない。
帰国前に一度、君も含めて一緒に食事でもと思っているのだが……」
「は、はい! ……勿論ですッ!
ただそうなると、予定を確認しないとなので……少々を待ちを! 」
<――直後、伯爵との通信を終了し
予定の確認をする為、ラウドさんに通信を繋いだ俺は――>
………
……
…
「おぉ! ……元気そうで何よりじゃ!
っと、それよりも……今回の主人公殿の働き振りは
“称賛に値する”と言う言葉では全く以て足りん程じゃ!
本当に助かったぞぃ! 」
「……へっ?
それは一体どう言う……」
「それはのぉ……先ず、エリシア殿の管理しておる
“一角獣の森”についてじゃが、両種族の植えた苗と
御主の“技”のお陰で、エリシア殿から――
“チビコーンが安定期に入ったよ~”
――との連絡が届いた事。
そして……我が国周辺の森と草原に同じく使用された“技”の効果に依り
驚くなかれ……何とっ! ……」
<――そう言ってラウドさんは妙に答えを
“溜めた”
……だが、そうした意味が確りと理解出来る程の
“結果”が、周辺の森に起きていた様で――>
………
……
…
「……回復術師の“治癒効率”に始まり
エルフ系種族が普段周辺の森から得ておる“力”の量が倍増した事。
更にっ! ……」
「えっ? ……まだ有るんですか?! 」
「うむ、エリシア殿曰く――
“薬草が嘘みたいに取れるし~
チビコーンの所も含め、他の森に植える為に育ててる
苗の成長速度が、何と何とぉ……六倍に成ったよぉ~”
――との知らせが届いたんじゃよ! 」
<――全ての答えを聞き終えた瞬間
開いた口が塞がらなく成ってしまった俺。
と言うか“狂華乱舞”ってそんなに凄い物だったのか?
……ともあれ、眠っていた間に
“相当数の問題”が解決へと向かっていた事を知らされた俺。
だが、その一方
“悪い報告”も相応にあって――>
………
……
…
「じゃが、その一方……“例の魔物の件”を念の為
通信の繋がる友好国に対し伝えたのじゃが
あれから数日経った今現在も、我が国以外での出現例はどうやら無い様でのぉ。
故に、研究機関に持ち帰った検体の分析結果をあてにしておったのじゃが
その……困った事に成ったのじゃよ」
<――そう言って肩を落としたラウドさん。
その理由は――>
「……冷凍保存中の例の魔物を研究の為に解剖した後
体組織の一部を常温に戻した瞬間、その部位が急激に
“消え去ってしまった”との報告が挙がってのぉ……」
「えっ? と言う事は研究不可能かも知れないって事じゃ……」
「いや、冷凍状態のままならば調べられん訳でも無いんじゃが……
……兎も角、結果として分かった事もあるんじゃよ」
「えっ? ……一体何を見つけたんです? 」
「それについてなのじゃが……
……消え去るまでの僅かな時間で
メアリ殿が消え去る寸前の体組織を“読み取った”そうなのじゃが
名称の欄にほんの一瞬――
“蟲と表記された”
――との報告が上がったんじゃよ」
「バ、蟲? ……」
<――ラウドさんにそう聞かされた瞬間
俺の脳裏に浮かんだ事……それは
前々から可能性の一つとして考えていた
この世界が――
“パソコンや、それに依って作り出されたある種の仮想空間”
――と言う説だった。
と言うか……もし仮にそうだとするならば
あの謎の魔物は“不具合”の様な物な物
若しくは俺の事を“大嫌い”と言った上級管理者が
嫌がらせ的に生み出した存在なのかも知れない。
無論……何れにせよ、碌でも無い存在だし
蟲が防衛魔導を軽々と喰らい尽くす能力まで有している以上
何をどう優しく表現した所で
今までで最も“対処に困る存在”だと言う事実は変わらない。
まぁ……不幸中の幸いとしては、今の所
友好国での発見例が無い事だけが唯一の救いだろう。
だが、今後絶対に出現しないとは限らないし
通信の繋がらない日之本皇国や鬼人族の森など
連絡に手間取る幾つかの場所に出現してしまった場合
万が一にもその数が多ければ“最悪の結果”が訪れる事に成るだろう。
兎に角……多数の問題が解決したのと同時に
新たな問題の種に悩む事と成ってしまった俺は――>
………
……
…
「分かりました……では取り敢えず
“蟲”に関する情報を出来る限り早く伝える為にも
ラウドさんには通信の繋がらない一部の友好国と地域に対し
情報共有の為“蟲”に関する細かな情報を記載した
手紙の用意をお願いします。
……出来れば、伯爵がお帰りに成られる迄に仕上げて頂き
ライラさんへお渡し出来れば、最短で届けられるかと思いますので」
「ふむ、それもそうじゃな……では早速取り掛かるとしようかのぉ。
さて……」
「あっ! ……それともう一つ!
その……此方の都合で申し訳無いのですが
“今日の夜から明日の昼迄の間”の何れかの時間で構いませんので
一時間程、伯爵と過ごすお時間を頂ければと……」
「ふむ……送別会の様な事をするつもりじゃな?
勿論その為の時間であれば幾らでも使って貰って構わんぞぃ? 」
「有難う御座います! では取り敢えず……」
<――蟲と言う頭の痛い問題を抱えつつも
直近の問題を解決する為に奔走していた俺。
……暫くの後、ラウドさんとの通信を終えた俺は
再び伯爵に通信を繋ぎ“今日の夕方頃食事会へ向かう”旨を伝えた後
近くの森に転移し、大精霊メディニラを呼び出した。
何と言うか……一見すれば突拍子も無い行動だが
この行動にはとても大きな意味がある。
俺は……今回の問題だけで無く
今後も訪れるであろう様々な問題に対応する為に必要不可欠な
そして……断られる確率の方が圧倒的に高い“ある”重要な協力を
大精霊メディニラに対し、要請するつもりで居たのだ――>
………
……
…
「しかし……仮にも大精霊と崇められておる妾を
斯様に軽々しく呼びつけるとは……主とは言え
“デイジーの件”が無ければ決して許されぬ所業じゃぞぇ? 」
「いえ……決して軽々しくお呼び立てした訳では有りません。
今日はその……お願いがありまして」
「全く……主は会う度に願い事ばかりじゃのぉ?
まぁ良い……申してみよ」
「では早速……その……
……精霊族にのみ使う事の出来る、あの“特殊な通信手段”を
遠く離れた友好国が危機的状況に陥る事の無い様
最低限の情報を伝える為だけ……本当に緊急時だけで構いません。
精霊族の有する特殊な通信手段と、そのお力を
俺達にお貸し頂けないでしょうか? 」
<――本来ならば
“相応に時間の掛かる”場所にある友好国などに対し
せめて、緊急事態や重要情報だけでも伝える事の出来る
所謂“通信網”を構築する為
彼女に対し、協力を要請した俺。
と言うか……この協力が得られるか否かで
今後の国防に関する状況は間違い無く一変する。
人間や魔族相手の戦いとは根本的に違う
“蟲”と言う新たな存在の恐ろしさを考えれば
絶対的な情報網だけでも確立させて置きたかったのだ。
そして、その為に祈る様な気持ちで頭を下げていた俺に対し――>
………
……
…
「ふむ……“条件付き”であれば構わぬぇ? 」
<――唯一言、彼女はそう言った。
そして、どの様な条件かと訊ねた俺に対し――>
「なに、簡単な事じゃ……
……各精霊女王と直接話す者達の“人選”と
その者の所為で如何なる不利益が引き起こされようとも
全ての責を“主が取る”と妾に誓うだけの事。
非常に……簡単であろう? 」
<――そう言った。
そして……この瞬間
彼女の言わんとする事の“意味”が痛い程理解出来た。
そもそも、精霊族は本来――
“人を含め、どの種族の前にも姿を表さない”
――にも関わらず、俺の頼みを聞き入れると言う事は
最悪の場合、今までであれば
“起きなかった問題”が発生するかもしれず
万が一、悪しき者にこの通信手段が知れ渡ってしまえば……
……考えただけでも恐ろしい結果が待っているだろう。
悩みに悩んだ結果……俺は
リーアの守護する鬼人族の森と
ディーン達が残ると決断した日之本皇国から
信頼に足るだけの“人選”をするとメディニラに約束した上で
“全ての責を俺が負う”と言う
恐ろしい“契約”を飲んだのだった――>
「……全て、俺が責任を取ります」
………
……
…
「ふむ……ならば良かろう。
しかし、よもや主が日之本皇国と連絡を取りたいとはな
九輪桜とは久しく話しておらぬが……
……あの者は妾に負けず劣らずの力を有する者でな。
まさかあれ程の者に“伝書鳩”の役目を負わせる事を望むとは……
……主も相当に酔狂な事よ」
「えっ? それって結構やばいって事じゃ……」
「何を言う、何としても必要だと言うたのは主であろう? 」
「い、いえ……その……は、はい」
「全く……煮え切らぬその様子は相変わらずであるな? 」
<――ともあれ。
この後……熟考の末“人選”を終えた俺は
リーアとの連絡係として、鬼人族族長ヴォルテを
そして、日之本皇国からは――>
………
……
…
「……と、言う事ですので
何らかの緊急事態には伯爵に連絡係と成って頂きたくて……」
<――数時間後
伯爵との食事会にて……伯爵に対し
“連絡係”と成って貰える様頼み込んだ俺。
とは言え……当然、伯爵も直ぐには承諾してくれず
“他の地域の長や……そもそも
天照様にお願いするのが適切では無いか? ”
と、至極当然な考えを元に難色を示していたのだが――>
「いえ……何処か一つの地域の長を連絡係としてしまうと
また“イザコザ”が起きかねませんし
そうならないであろう唯一人の御方である天照様が動けば
必ず、護衛なり何なりが同行をする筈です。
そして……もし万が一、その中に
一人でも“敵対者”が紛れ込んで居た場合
起こりうる状況は……お分かりかと思います。
……伯爵、この役目は伯爵にしか頼めないのです。
その……悲しみや苦しみを知った人間は
そう簡単に人を裏切ったりはしない筈ですし
伯爵の優しさを頼るしか、今の俺には考えがつかなくて……
……その、何と言うか
とても失礼な理論ではありますが……これが俺の本心です。
どうか、お願いします……」
<――熟考の後、伯爵は静かに首を縦に振ってくれた。
その瞬間、心からの感謝を伝えた俺だったが……同時に
大精霊メディニラが自身と“同等視”した精霊女王
“九輪桜”に対する礼儀として
一度、直接挨拶をしておかなければ成らない事が確定した。
そしてこの瞬間から、何故かとんでも無く嫌な予感がするし
胃がとんでも無く痛み始めてしまった。
まぁ、何はともあれ……暫くの後
伯爵や皆と共に食事会を楽しんだ俺は……
……食事会終了後、ヴェルツへと戻り
明日のお見送りに備え、早めの就寝を選んだ。
そして、翌日――>
………
……
…
「……っと、そろそろか」
<――翌日
伯爵が帰国すると言う夕方迄に大臣としての仕事を終わらせた俺は
見送りの為、東門へと向かった。
すると……ラウドさんや各種族長の大臣達は勿論の事
“メル一家”を含め、既に相当な人数が集まっていて――>
………
……
…
「皆、有難う! ……また必ず遊びに来ると約束しよう! 」
<――そう言って、いつの間にか仲良くなっていた各種族長達と
とても砕けた態度で話していた伯爵。
……彼が別れを惜しんで居た一方
俺の頼んでおいた“手紙”をラウドさんから受け取ったライラさんは
これを大切に仕舞い込み――>
………
……
…
「分かった……必ず渡すから安心して。
伯爵……そろそろ乗って」
<――そう言うと
“元の大きさに戻った”暁光に跨ったライラさん。
そして……ライラさんに促された伯爵が
同じく暁光に跨った瞬間――>
「……伯爵様ッ!
本日までの長きに渡り、何処の馬の骨とも理解らぬ俺の事を
受け入れ、お屋敷に置いて頂いた御恩
どの様な言葉を述べた所で、足りぬ程であると思っております。
今日までの間……本当に有難う御座いました。
伯爵様がこれから先も平穏無事にお過ごし頂けます事を
遠きこの国から、心より……お祈り申し上げます」
<――そう言って伯爵に対し深々と頭を下げたのは
家族の為、政令国家に残る事を決めたマグニさんだった。
一方、そんなマグニさんに対し
伯爵は――>
………
……
…
「マグニ……君の“生涯の友”であるガルド君の言葉を借りるが
何も“永久の別れと言う訳では無い”のだよ?
……そんなに別れを惜しまずとも
私はまた近い内にこの国を訪れたいと思っているんだ。
故に……再会も近しいだろう。
君がするべき事は……それ迄の間に精一杯
長らく引き裂かれていた家族との時間を
幸せな時間で埋め尽くす事だ……良いね? 」
「はい……心に刻み置きます」
「良い返事だ……マグニ。
これから先、君は良い夫として……そして父として
これからの人生を幸せに生きて欲しい。
……さて、余り長く話し込み日が落ち
“暁光さん”が飛びづらくなりでもしたら大変だ
別れは惜しいが……そろそろこの辺りでお別れとしておこう。
さて、主人公君……そして政令国家の皆さん
とても楽しい時間をありがとう……ではライラさん、お願いしよう」
「うん……皆、またね。
暁光、飛翔……」
<――直後
ライラさんと伯爵を乗せた暁光は天高く舞い上がり
あっと言う間に、東の空へと消えていった――>
………
……
…
「はぁ~……今回は忙し過ぎて全然おもてなし出来なかったし
次回はちゃんとしなきゃだな……」
<――そう東の空を眺めながら発した俺に対し
ガルドは――>
「ん? ……次回も吾輩が護衛兼案内役で構わんぞ? 」
「えっ? ……いやいや! 俺にもおもてなしさせてよ! 」
「ふむ……では今度は皆で饗そうでは無いか」
「それもそうだね! ……」
<――この後、再び会える時を楽しみにしつつ
俺達は皆、晴れ晴れしい気持ちで東門を後にしたのだった――>
………
……
…
《――日之本皇国への帰路に就いていた伯爵とライラ。
……途中、鬼人族の住む森に手紙を配達し
再び日之本皇国を目指し空の旅を続けていたその時
ライラは……一人、メリカーノアに残ったオウルに
思いを馳せて居た――》
………
……
…
「オウル……元気にしてるかな? 」
《――そう発したライラと同じ気持ちだったのか
暁光は少し寂しげに声を上げた。
そして、そんな様子を見ていた伯爵は彼女に対し――》
「そのオウルと言う方は……知り合いかい? 」
「うん、家族みたいな存在……オウルに“大切な人”が出来て
その……隊を離れたの」
「大切な人……伴侶が出来たのかな? 」
「うん、名前はサラ……オウルと一緒に
メリカーノアって国に住んでるよ? 」
「そうなのか……それにしても、夫婦とは良い物だ。
マグニを見ていて思ったよ……もしかしたら
そのオウルと言う人も私の様に旅をして……それこそ
今頃“新婚旅行”の様な事をしているかもしれないね! 」
「夫婦に成ったら……旅行するの?
……でも、何処に居ても
この指輪があればお互いの位置が分かるから……
……会いたい時は何時でも会えるよ? 」
「ほう、便利な物を持っているんだね」
「うん……ディーン様が私達にくれたの。
……家族は離れていても家族だからって」
「成程、それは素敵な考え方だね」
「うん……ディーン様は優しい人だから……」
《――この暫く後
無事に日之本皇国へと到着し
ラウド大統領より預かった手紙も無事届け終えたライラは
久しぶりにオウルの居場所を探す為、指輪に力を込めた。
だが、その居場所を見つける事は出来ず
これに慌てたライラは、隊の全員にこれを試す様願い出たが……
……どれ程試そうとも
どの指輪として彼の居場所を指し示す事は無く――》
===第百五三話・終===