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第百四七話「過去の苦しみを取り除くのは楽勝ですか? ……前編」

<――悪酔いした二人の所為でとんでも無く(きも)が冷えた“快気祝い”から数日後。


(いま)封鎖(ふうさ)継続中の“謎の魔物”出現地域からは、続報らしい続報も無く

唯一(ゆいいつ)得られた調査隊からの報告は――


“捜索の結果、住処すみかおろか痕跡すら発見出来ず”


――と言う、まるで其処(そこ)に現れてすら居なかったかの様な物だけだった。


無論、俺達だけで無く“受付嬢さん”やエリシアさん……更には

この国の最高権力者であるラウドさんまでもが死骸(しがい)を目撃している以上

見間違いでは絶対に無い……だが。


厳重(げんじゅう)に保管していた筈の死骸(しがい)が何時の間にか消失していた事も

この件をややこしくしてしまって――>


………


……



「生きていたならば兎も角、死骸(しがい)が勝手に消え去るとは考えにくい。


君が保管場所に立ち入ったのは

保管指示を受け死骸(しがい)を保管した時だけで……本当に間違いないんだね? 」


「も、勿論です! ……布に包まれ、直接触れる事はおろ

中をあらためる事も禁じられておりましたので

“その物”に触れて居ないのは勿論、目にもしては居りませんッ!


断じて国家を裏切る様な事などッ! ……」


<――クレインから疑いの眼差しを向けられた保管庫の警備員は

そう必死に弁明をしていた。


と言うか、俺から見てもこの警備員が嘘をついて居る様には見えなかったし

そもそもがクレイン自身も俺と同意見ではあった様で――>


「君を疑っては居ないが念の為に(たず)ねただけだ……失礼な質問をすまなかった。


さて、そうなれば次に考えるべきは……」


<――この後も様々な憶測(おくそく)が飛び交った。


“内部に裏切り者が居るやもしれぬ”


“霊体の様な性質の魔物なら消失もあり得るのでは? ”


“魔導で召喚されし物に違いない! ”


“あのライドウが放った悪鬼と呼ばれる魔物の亜種だろう”


……(いず)れの憶測(おくそく)にせよ、掘り下げれば掘り下げる程

それが真実の様に思えてしまい……当然ながら根本的な解決に至らず

俺を含め皆頭を(かか)えていた。


だが、そんな中――>


………


……



「貴様らに一つ問う……今回の騒ぎには

我ら魔族と同じ力の流れを持つ“魔物”が関わって居る。


……にも関わらず、我に(たず)ねる事もせず

あまつさえ、死骸(しがい)あらために必要な

保管すら満足に行えぬ体たらく……


……全てにいて杜撰ずさんだとは思わぬのか? 」


<――と

質問と呼ぶにはかなり“当たりの強い”態度で言い放ったモナーク


そんな当たりの強さに不満顔を浮かべていた皆を余所(よそ)に――>


「……無論、主人公キサマの記憶を元に“手配書”をえがかせる事は容易(たやす)い。


だが……其奴(そやつ)が何を()らい

何を(もっ)て死すのかすら理解わからぬのでは

ただいたずらに民草の恐怖を(あお)るだけであろう。


何よりも……貴様らの杜撰ずさんさに

仮にも魔族を率いていた我が、たかが魔物(ごと)きにわずらわされたのだ……


……不愉快などと()う言葉で片付けられる問題では無い」


<――と、吐いて捨てる様に続けたモナーク。


執務室には凍りつく様な静寂(せいじゃく)が流れ……秒針の音だけが静かに響いていた。


だが、そんな中

執務室の扉を叩く音が聞こえ――>


………


……



「……申し上げますッ!


ライラ様が暁光と共に一時ご帰還されました事ッ!

並びに、日之本皇国より……


……“サーブロウ伯爵”がお越しに成られました事をお伝え致しますッ! 」


<――静寂(せいじゃく)に包まれた執務室に、突如として響き渡った衛兵の報告。


最も驚いて居たのは“俺”で――>


「えっ!? って事は伯爵の“リハビリ”……終わったって事ですか?! 」


「リハ……ビリ? ……申し訳ございません。


私にはその“リハビリ”と言う物が……」


「いえ、此方(こちら)の話なのでお気になさらず……って、兎も角!

……とても大切なお客様ですので、直ぐに貴賓室(きひんしつ)へご案内を! 」


<――直後“謎の魔物”に関する議題を一旦保留し

一部の“大臣モナーク”を除き、皆貴賓室(きひんしつ)へと移動する事と成ったのだが……


……正直、久し振りの再会に(いささ)か興奮して居た俺

だが、そんな興奮気味な俺を“別の意味で”更に興奮させた存在が居た。


それは――>


………


……



「……失礼致します。


お久しぶりですサーブロウ伯爵、無事にリハビリが……って?!

ラ、ライラさん? あの……隣に居る“小さな(ドラゴン)”は一体? 」


「えっ? ……この子は暁光だよ? 」


「いやいや! “驚天動地期”を終えて凄く大きく成ってた筈じゃ……


……ってまさか!? 何か大変な事に巻き込まれたんじゃ!? ……」


「違う……落ち着いて

……最近覚えた技のお陰で、こうやって一緒に居られる様に成っただけ。


でも暁光……やっぱり主人公は驚いてくれたね」


「……グルル~ゥ♪ 」


「そ、そうだったんですね……」


<――ともあれ。


この後、小さな凝光ちゃんと言う驚きの存在は

エリシアさんの“動物好き”をも発動させてしまい

(いささ)か話に花が咲き過ぎてしまった結果……


……久し振りの再会と成った伯爵を

“かなり長い間”放置してしまって居た俺達。


流石の伯爵も(しび)れを切らし――>


………


……



「主人公君……変わり無い様で安心したよ。


だが、そろそろ私の事も構って貰いたいのだが……」


「あっ!!


ま、誠に申し訳ございませんでしたッッッ!!! ……」


<――まさか

現実に“スライディング土下座”をする羽目に成るとは思っても見なかった。


……ともあれ。


俺の非礼を笑って許してくれたサーブロウ伯爵は

この後、政令国家の大臣達に()る自己紹介を受け続けていた。


だが、そんな中――>


………


……



「無礼な口振りと成ってしまうやもしれんが……是非言わせて貰いたい。


御主の絵本は素晴らしいッ! ……御主の絵本のお陰で

職人としてワシは! ……」


<――と、過度な興奮状態で伯爵の手を握ったまま

目を輝かせながらお礼を言い続けて居たのは

政令国家随一(ずいいち)の職人である、ドワーフ族族長ガンダルフであった。


一方の伯爵はと言うと、その凄まじい勢いに押され

“苦笑い”を絵に書いた様な状態に成って居た。


……ともあれ、一頻(ひとしき)り“自己紹介合戦”が行われた後

伯爵は俺に対し“今日、政令国家を訪れた目的”を話してくれて――>


………


……



「さて……主人公君。


君の手紙を受け、私は必死にリハビリをしたのだが……


……結果としてリハビリには成功しているだろう?

これだけの人に囲まれて、気を失わずに済んでいるのだから」


「ええ! ……本当におめでとうございますッ! 」


「ああ、ありがとう……それで

今日この国にお邪魔した理由なのだが……勘の良い君ならば

薄々気付いているのでは無いかな? 」


「えっと……“旅館”ですかね? 」


御名答ごめいとう! ……だが、少しだけ惜しい。


(つら)いリハビリに耐え、やっと此処(ここ)まで来られたのだ――


“時間の許す限りこの国を見て回る”


――と言うのが今回の真の目的なのだよ! 」


<――と、満面の笑みでそう言い切った伯爵。


何と言うか……伯爵の可愛い所を見てしまった気がする。


ともあれ……そんな伯爵の希望を受け

ラウドさんは伯爵と気心の知れた俺を護衛兼、案内役として任命し

衛兵に馬車の用意を命じた。


そして暫くの後……用意された馬車へと乗り込んだ俺と伯爵。


だが、出発に(さい)し伯爵に“何処へ行きたいか”を(たず)ねた所――>


………


……



「その……申し訳無い。


“高所が苦手な者”を護衛としてつけてしまった私が悪いのだが……


……“彼”がまだ、お手洗いから戻って居なくてね。


すまないが……暫く待って貰えるだろうか? 」


「ええ勿論です、お気に為さらないで下さい……でも

高所が苦手って一体……」


「ほら、私達は暁光さんの背に乗って来たから……」


「あぁ~……納得です! 」


<――暫くの後。


俺達の乗る場所に現れたのは、頭巾(フード)目深(まぶか)に被り

優れない顔色を隠す様に会釈をした“従者”だった。


俺も余り高所は得意では無いし、内心同情したが……ともあれ

そんな彼を乗せ、馬車はゆっくりと進み始めた――>


………


……



「……さてと。


まずは何処(どこ)に行きますか?

政令国家には旅館の他にも数多くの娯楽が……」


<――のんびりと進む馬車の中で

伯爵に対し、娯楽や名産品の紹介をして居た俺。


……だがその時、突如として

とても大きな“お腹の鳴る音”が馬車内に響き――>


「そ、その……お待たせした挙げ句……申し訳ございません

“空の旅”で(いささ)か力が入り過ぎたのか、少し……その……腹が……」


<――と、申し訳無さそうに空腹を訴えたのは

伯爵では無く……何と“従者さん”であった。


一方、伯爵はそんな従者さんの調子を気遣い――>


「成程……そう言えば私も少し空腹を感じていた所だ

主人公君……悪いのだが、この辺りで何処(どこ)か食事処は無いだろうか? 」


「この辺りと言うか……そもそもこの国では

“ヴェルツ”って言う最高の食事処がございますので

丁度近いですし、そちらに向かいましょう! 」


「ほう、それは楽しみだっ! ……」


………


……



<――暫くの後、ヴェルツへと到着した俺達。


幸運にも余り混雑していない時間帯だった事もあり

直ぐに食事が提供され――>


「これは本当に……素晴らしい食事ですな」


<――頭巾フードで隠れては居たものの、食事を頬張った瞬間

満足げにそう言った“従者さん”の声色からは喜びが感じられた。


一方の伯爵も、そんな彼の様子をにこやかに見つめながら

ヴェルツの食事に舌鼓(つづみ)を打って居たのだが……


その一方で、厨房から現れたメルを見るなり――>


「……あ、あの方は!


主人公様……以前、お屋敷にお越しになられた際

あの方もご同行されていませんでしたか? 」


<――と、凄く真剣な表情で(たず)ねて来た従者さん。


俺が“はい”と答えると――>


「その……此方(こちら)の不注意で……勿論、お怪我は無かった様ですが

(ひど)くぶつかってしまった物で……」


<――と、恐らく


“俺の木製フィギュアを取りに帰った時”


ぶつかったのであろう事を説明してくれた従者さん。


そんな中“もう一度改めて謝罪をしたい”と言い始めた従者さんは

目深に被っていた頭巾フードをゆっくりと下ろしながら――>


「その……少々“刺激の強い見た目”をしておりますので

今の今まで隠しておりましたが、お気を悪く為さらぬ様

お願い申し上げます……」


<――そう言いつつ、俺に一礼した従者さん。


見た所、彼はオーク族らしき男性で

片目に眼帯、顔には目立つ大きな古傷が多数あり

その上、体格もガルド以上にがっしりとしており(いささ)か強面ではあった。


だが、とても物腰穏やかだし

そもそもの見た目の怖さで言えばモナークの方が断然怖いだろう。


まぁ……本人モナークには絶対言えないが。


……ともあれ。


直後、頭巾フードを下ろしメルに近づこうとした従者さん。


だが――>


………


……



「あっ! ……お久しぶりですっ!

そのせつは失礼を! って、少し顔色が……」


<――メルの方が先に気づき

従者さんの元へと走り寄って来たのだった。


そんなメルに驚きつつも、従者さんは――>


此方(こちら)こそ……せつは申し訳ありませんでした。


顔色は、その……“空の旅”の所為でして

ですが……お気遣い痛み入ります」


<――そう丁寧に返事を返した従者さん。


一方で、彼が先程から幾度(いくど)と無く“恨み節”の様に口にし続けている


“空の旅”……まだ“暁光”と言う二つ名の付いていない頃ですら

死を覚悟する程怖かったのだから、あの大きさ

飛翔速度も上がったであろう事を加味すれば

俺ならば二度と乗れない位怖いのだろう。


と言うか……考えただけでも震えてしまった。


まぁ……兎に角。


彼女メル自身、久し振りと成る伯爵との再会に

思わず笑みをこぼしながら楽しそうに当時の話をしていたのだが


そんな中――>


「あっ! ……お母さん、いらっしゃいっ♪ 」


<――と、メアリさんに手を振ったメル。


一方、メルに気が付くと

笑顔で此方(こちら)へと近づいて来たメアリさん


だったのだが――>


………


……



「ッ?! ……」


<――突如として硬直したかと思うと

わなわなと震え始め、その場にへたり込んでしまったメアリさん。


……そのただ事では無い様子に慌ててメアリさんを支えた俺とメル。


だが、突如としてそう成ってしまった原因は

決して、体調不良などでは無く――>


………


……



「あ……あなたなの? 」


<――たった一言。


弱々しくそう発したメアリさん。


一方、その声に答える様にゆっくりと立ち上がった一人の人物。


それは……“従者さん”だった。


直後……彼は、ゆっくりとメアリさん近づき


静かに……だが、力強く


メアリさんを抱き締めた――>


………


……



「……これが夢ならば覚めなくても構わない。


だが、メアリ……一体何故、君がこの国にいる?


……王国あのくには君を開放してくれたのか? 」


「……いいえ。


病に()し、後は死を待つのみと成った私を開放してくれたのは

此処(ここ)に居る、主人公さんなの。


彼は、私だけじゃ無くこの国さえも真に開放した立役者よ。


そして、娘の事までも……」


<――メアリさんは俺の事をそう紹介した。


すると“従者さん”はそんな俺に対し――>


「貴方様が妻を……何とお礼を言えば良いのか……」


<――と、これ以上無い程の感謝を伝えてくれた。


だが……全くと言って良い程、状況が読めずに居た俺。


耐えきれず、説明を求めた所――>


………


……



「……この人は私の夫であり、娘の父親でもある人です。


その昔……この国がまだ王国と呼ばれていた時代

私は、魔導や薬草……その他応用学を(もち)

日夜様々な研究を行う“王立研究所”の研究員として過ごしていました。


……日々、様々な研究に明け暮れ

昼夜逆転の生活を続けていた私ですが

当時の私は、その事を誇りにすら思っていたのです。


ですが……そんな生活を続けていたある日の事

研究対象の薬草を採取しに行った先で

護衛の兵士ですら太刀打ち出来ない程の魔物に遭遇(そうぐう)したのです。


屈強(くっきょう)な兵達が一瞬にして次々と……


……到底、私一人で太刀打ち出来る様な相手ではありません。


もしもあのまま誰の助けも得られなければ

今こうして此処(ここ)には居られなかったでしょう。


ですが、諦め掛けていたその時――」


―――


――



「……ふんぬりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 」


「なっ!? ……」


《――何処(どこ)からとも無く現れた屈強(くっきょう)なオーク族の男。


現れるなり魔物の横腹に強烈な一撃を叩き込んだかと思うと

()れに()り生まれた一瞬の(すき)を狙い

メアリの体を()(かか)え――》


「その……お前さんの種族からすれば“臭う”だろうが

“命有っての物種ものだね”って事だ……暫く我慢しててくれよッ!! 」


《――そう声を掛けつつ

彼女をそのまま王国領土内へと連れ帰ったのであった。


そして――》


………


……



「そ、その……礼を言います、あの様な状況から救って頂き……」


「何……“知らない仲”じゃないからな。


まぁ、兵共は可哀想(かわいそう)な事だが……」


「お、お待ちなさい! ……今知らない仲と言いましたね?

わ、私は! 貴方とその様な“関係”など断じて! ……」


「ん? ……何を勘違いしてる?

いや……此方(こっち)が“知ってる”だけだったか。


一応自己紹介しておくが……俺の名前はマグニだ。


さて……一つだけ伝えとくぜ、ダークエルフのお嬢ちゃん。


……お前さんが何時も大量の研究材料を要求する度に

それを運んでる奴らの顔位はちゃんと覚えて置いた方が良い。


まぁ、怪我も無くて良かったが……だがな。


せめて、お前さん一人を(まも)る為に死んで行った

兵士達アイツらの事位は、記憶の片隅(かたすみ)にでも置いとく事だ。


……じゃあな、ダークエルフのお嬢ちゃん」


《――そう言ってその場を立ち去ろうとしたマグニ。


だが、そんな彼に対し――》


………


……



「ま……待ちなさいっ!!

貴方の事……覚えていなかった事は謝ります。


兵士達かれらの事も勿論……絶対に忘れたりはしないでしょう

ですが! そ、その……“お嬢ちゃん”と呼ぶのはお止めなさいっ!

こっ……これでも私は、二百歳を超えて居るのですよ!? 」


「ほう? ……そいつは済まなかったな

余りに若く見えたんで俺よりも年下かと思ってただけだ。


まさか、人生の“大大大先輩”だったとはな……」


「なっ!? ……そ、其処(そこ)まで年老いては居ませんっ!! 」


「なら……どう答えるのが正解なんだ?


“若くて美人で聡明(そうめい)な王国随一(ずいいち)の女性研究員様”


……だとでも呼べって言うのか? 」


「そ、其処(そこ)まで褒めなくても……って!

もしかして……嫌味のつもりでは無いでしょうね!? 」


「は~っ、全く……面倒な女を助けてしまったかもしれんな」


「面倒とはなんです! 面倒とは! ……」



――


―――


「……それからと言う物、私は会う度に彼に“突っかかり”ました。


ですが、彼は優しく――


“分かった分かった、お前が正しい”


――と、何時も私の事を肯定(こうてい)してくれました」


「……えっ?

それって単純にメアリさんの事を面倒くさがってるだけじゃ……」


「ですが、そんな日々は長くは続かず……」


「……ああ、無視ですか」


―――


――



「……おかしい。


“これ”が育たないなんてあり得ない……」


《――彼女メアリが肩を落とし、そう(なげ)いていた理由。


……本来、雑草並みに繁殖力が高く

(わず)かな水と()せた土で育ち、つ栄養価も高い優秀な作物として

王国で広く(もち)いられ続けていたこの作物は

王国国民はおろか、王国上層部までもが口を揃えて

“彼女の研究の賜物たまものである”と称する程の特殊な作物だった。


だが、彼女の目の前にあった“賜物(たまもの)”は一つ残らず()れ果てており

その種子さえも、完全に死滅していた。


……無論、必死にその原因を探ろうとしていたメアリ。


だが、必死に土を掘り起こす彼女の後ろには影が立ち――>


………


……



「……その辺にしておきなさい。


貴女の“賜物たまもの”も万能では無かったと言うだけの事よ」


<――泥まみれの彼女に対し、冷たくそう言い放ったのは

彼女と同じく王立研究所の研究員として働いていた女性だった。


名札には“アマンダ”と書かれており――>


………


……



「アマンダ……今は止めて。


今が何時もみたいに“張り合ってる”場合じゃない時だって事位

判らない貴女じゃないでしょ? 」


「あら? …… “ひがみ”も其処(そこ)まで来ると大概(たいがい)ね?

貴女の失敗作……いえ“賜物(たまもの)”が枯れちゃった事は私だって悲しいのよ?


……とは言っても、今の時勢(じせい)を考えれば

例え“失敗作”でも喉から手が出る程必要なのに……困った物ね

賜物(たまもの)さんの“不安定さ”には……」


「ええ……完璧に作ったつもりだったけれど

確かに、こんなに不安定じゃ“失敗作”って呼ばれても仕方ないわね。


けれど……少なくとも、幾度(いくど)と無く崩れかけたこの国の食料自給を

“この子”が少なからず支えていたのは事実だし

貴女が作り出した作物みたいに大量の水を必要とする物では

この大飢饉(だいききん)は絶対に乗り越えられないわ」


「言ってくれるじゃない……まぁ、良いわ?


(いず)れにしたって、他国からの輸入も支援も期待出来ない上に

貴女の“ペット”達だって揃いも揃って大食漢(たいしょくかん)揃いなんだから……


……まぁ、精々頑張って失敗作を復活させる事ね。


じゃ、私は忙しいから……またね、メアリ」


「ペット? ……一体何の事? 」


「えっと、何て種族だったかしら? ……ああそうそう!

“オーク族”って言ったかしら? ……」


「……ッ!?

マグニ達はペットなんかじゃ無いわッ!!!


……今直ぐ撤回(てっかい)して謝りなさいッ!! 」


「メアリ……離してくれないかしら?

貴女と違って、泥だらけの研究服姿じゃ私

恥ずかしくて歩けなく成っちゃうわ? 」


「……いいえアマンダ。


私がこの手を離すのは、貴女が今の暴言を撤回(てっかい)してからよ! 」


「暴言なんて嫌だわ? ……私は事実を言ったまでじゃない。


貴女のペット……失礼、“マグニちゃん”だったかしら?

貴方があの子達の食べる分までちゃんと用意出来ないなら

“飼い主”としては失格……」


《――瞬間


メアリはアマンダの(ほほ)を打ち……周囲には乾いた音が響き渡った。


一方、アマンダは打たれた頬を押さえながら――》


………


……



「ッ!? ……良くもやってくれたわねメアリ!!

良いわ?! そっちがそのつもりなら、この借りは必ず返してあげるからっ!

自分が何をしてしまったか……しっかりと覚えて置きなさいっ!! 」


《――そう言うと

赤く()れた(ほほ)を押さえながら足早に去っていったアマンダ。


一方、一人残されたメアリ……彼女は

一頻ひとしきり呼吸を整えると、作物の枯れた原因を探る為

再び泥にまみれながらその原因を探り続けたのだった――》


===第百四七話・終===

次回は11月6日に掲載予定です。

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