第百四四話「“最終関門”は楽勝ですか? 」
<――下手なホラー映画を見るよりも余程絶叫する羽目に成った後
下手なホラー映画よりも余程大量の地縛霊達が居る
食事会に参加する事と成ってしまった俺は……意外な事に
とても楽しい時間を過ごす事が出来たのだった。
だが……そんな中、突如として俺を襲った“体調不良”
その原因と成ったネイト君は……現れるなり、父親であるローガンさんに対し
優しい“おまじない”を掛け
傷ついていたローガンさんの外面も……そして内面も
汎ゆる傷をを癒やしてしまった。
この、眼の前で起きた奇跡としか呼び様の無い現象に
俺も地縛霊達も皆驚いていたし……何より、解決は困難と思われた状況を
いとも簡単に解決してくれたネイト君には感謝しか無かった。
これで残った問題は“最終関門”である
母親への対処だけな訳だが――>
………
……
…
「……それにしてもまさか
ネイト君が俺の体に隠れてたとは思いもしなかったよ。
けど正直……ちょっとだけ怖かったぞ? 」
「え、えっと……勝手に入ってごめんなさい」
「いやまぁ、俺も無事だし……素直に謝ったから許す!
……とは言え。
今後の為に聞いておきたいんだけど、どうやって俺の中に入ったんだ?
俺の体が――
“霊的な存在なら誰でも出入り出来る位の無防備さ”
――とかって訳じゃ無いと良いんだけど」
「そんな事は無いと思う……と言うかそもそも
お兄ちゃんに取り憑くのは相当難しいと思う……」
「でも、君は現に取り憑いてた訳で……」
「えっと……それを付ける前に入ったから大丈夫だっただけだよ? 」
「“それ”って……これの事かい? 」
<――ネイト君は俺の腕に装着されている
メディニラさんの蔓を指差していた。
メディニラさんはこれの事を“誓いの証拠”だと言っていたが
どうやら、俺の事を護る為の道具を与えてくれていた事が分かった。
……後でちゃんとお礼を言っておこう。
と、心の中でメディニラさんへの感謝をしていると――>
………
……
…
「……でも、それの力とか関係なくてね
僕がお兄ちゃんの体に入れたのは
魔王の力がお兄ちゃんにも流れてたからなんだよ? 」
「えっ? それってどう言う……」
「えっとね! なんかね! ……お家の鍵が“一緒”な感じ! 」
「マジか……少なくとも、ネイト君に取っては
俺の体は出入り自由って事なんだね……ある意味ショックだ」
「でも……もう無理だよ? 」
「あぁ“蔓”の効果があるんだったね……」
<――などと話していると
ローガンさんは神妙な面持ちで――>
「一つ訊ねたい事が有るのだが……主人公君。
君はもしかして……あの魔王と知り合いなのか? 」
<――と、訊ねてきたので
例に依って現在の魔族が危険では無い事を伝えると――>
………
……
…
「成程……つまり君は
あの魔王を呼び捨てに出来る程、親しい仲と成った上に
その配下までもを受け入れた上で……何らかの方法を用い
奴らの生存方法までも変えてしまった……と? 」
「端的に言えばそう成るんですかね? ……」
「成程……だが、やはり理解が出来ない。
私達家族だけでは無く、この国の全てを奪ったあの魔族共が
人間と共存共栄する事を選ぶなど、到底理解が及ばない。
君は騙されているのでは無いのか? ……」
「……疑うお気持ちは良く分かります。
ですが、約半数の魔族は今も“元々の生活様式”のままですから
全員と言う訳でも無くてですね……」
「何? ……では
魔王は意向にそぐわない配下を“どう”したのかね? 」
「どうって……開放した上で魔王城まで与えてましたよ? 」
「何と……やはり理解が及ばない」
「えっと、その……兎に角ッ!
少なくとも政令国家所属の魔族達は今後
人間や異種族を襲う事などありませんからご安心を!
それと……今回の訪問に際し、元魔王であるモナーク自身が
ネイト君の願いを叶える為に協力したって事も
重ねてお伝えしておきます、それから……
……勿論、俺自身もネイト君の希望通り
ご家族全員の再会を願っていますし、その為に動いています。
ですので、ご家族全員を無事再会させ
皆様の家が有ったこの場所に、皆様のお墓を建てた上で……
……もし、お嫌で無ければ
モナーク自身にも墓前に祈りを捧げて貰おうかと思っています。
それは一つのけじめとして……少しでも、ネイト君やローガンさん
奥様も含め、皆様の辛く悲しい記憶を少しでも薄められる様
そして、皆様が成仏出来る様……その為の協力をさせて頂きたいのです」
<――そう伝え、頭を下げた俺。
ネイト君は勿論の事、ローガンさんにだって“思う所”は沢山有るだろう。
……だが、それに固執し心に闇を抱えたまま
この場所で地縛霊としてあり続ける位ならば
それこそ、俺の様に何処の異世界でも良いから
親子仲良く幸せに暮らす事の出来る場所に居て欲しい。
少なからず、成仏すればそう出来るのでは……
……と、思っていたのだ。
そして、そんな俺の願いが届いたのか――>
………
……
…
「……ネイトもそれで構わないのかい? 」
「うんッ! ……パパとママと一緒に過ごせるなら僕は大満足だよっ! 」
「……分かった。
主人公君……君に全てを託そう。
私とネイトを……そして我が妻、グロリアーナの事を……宜しく頼む」
「はいッ! ……必ず、ご家族全員を再会させると誓います。
そしてこの場所に……」
<――と、言い掛けたその時
ローガンさんに“待った”を掛けられた。
そして、キョトンとする俺に対し――>
………
……
…
「出来ればで構わないのだが
“彼ら”の墓も一緒に建てては貰えないだろうか? 」
<――ローガンさんは
此の場にいる多数の地縛霊達に視線をやりながらそう言った。
無論、二つ返事でこれを受け入れた俺。
そして……その様子を見るなり歓喜の声を上げたかと思うと
地縛霊達は俺の事を比喩では無く、実際に持ち上げ――>
………
……
…
「皆ぁ~っ! 俺達を成仏させてくれる主人公さんに
感謝の胴上げだァァァっ!! 」
「え゛ッ?! ……い、要らないですって!
俺、高い所苦手で……や、止め……止めっ……
……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 」
<――違う意味で死ぬかと思った瞬間だった。
まぁ……何はともあれ、俺はこの場所にネイト君を残し
いよいよ“最終関門”と成るネイト君の母親
“グロリアーナ”さんの捜索に取り掛かる事と成ったのだが――>
………
……
…
「成れば……我も征こう」
「えっ? いや……お、お前はその……来ない方が良くないか? 」
「フッ……仮にも我に対し
“彼奴らの墓前に祈りを捧げよ”と命じたにも関わらず
何故我を遠ざける? ……包み隠さず申せ」
「い、いやその……一応、ネイト君とお父さんであるローガンさんにも
お前の今の温和な感じは精一杯伝えたんだけど
……その、お前の記憶を見る限りではどうにもあの“母”との相性が
“とんでも無く”悪い様な気がしてさ……」
「フッ……貴様、よもや我が
たかが地縛霊如きに敗れるとでも謂う積りでは無かろうな? 」
「ち、違うって! ……そもそも
説得が主な作戦だからお前が来ると話が拗れ……あっ」
「フッ……やはりそれが真意か、不愉快な」
<――この後
弁明の余地も無く、彼のお母さんである
グロリアーナさんが最期を迎えた場所へと
“モナークと共に”転移する事と成ったのだが――>
………
……
…
「グロリアーナさーん! ……グロリアーナさーんッ!!
……おかしいな~っ、メディニラさんは
“あの者は間違い無く地縛霊と成っておる筈じゃ”
って言ってたのに……」
「フッ……斯様な“獣”であれば
“八つ裂き”の折に魂までも散り散りに成ったやも知れぬがな……」
「おいッ! 全く以て気持ちが分からないとまでは言わないけど
死者を冒涜する様な事は言うもんじゃないぞ? 」
「フッ……同意した時点で貴様も我と同等よ」
「お、お前ッ……って危ないッ!
モナークッ! 後ろだッ! ――」
………
……
…
「――フッ
……やはりこの程度か、久しいな? 女よ」
「グギィィッ!! ……殺すッ!!! 必ずこの手で……殺してやるッ!!! 」
<――突如としてモナークを襲った
“怪物”
だが……性別の判別すら難しい姿をしたこの怪物の事を
モナークは確かに“女”と呼んだ。
その上で、その怪物を踏みつけると――>
………
……
…
「さて、主人公……貴様は“説得が策だ”と宣った。
だが、この者の姿を目の当たりにして尚……
……“説得”が通じると謂うつもりか? 」
<――俺に対しそう言い放ったモナーク。
確かに、ローガンさんの姿が可愛く見える程に
人の姿から著しくかけ離れてしまったその姿を見れば
説得は疎か、会話すらままならないかに思えた。
だが、この怪物がネイト君の母……つまり
グロリアーナさんで有ると言うのなら
たとえ何億分の一の確率であっても、彼女を元の姿に戻し
彼の記憶に有る、あの優しい姿に戻したい。
いや……戻さなければならない。
そう思った俺は――>
………
……
…
「モナーク……そのまま押さえててくれ」
「フッ……良かろう」
「ありがとな……
……さて、グロリアーナさん。
貴女の怨念とも呼ぶべき心の闇は、息子さんであるネイト君から
部外者である筈の俺ですら辛くなる程伝えられました。
無論、だからって全てを理解しているとは言いません。
ですがお願いです……本来の優しい貴女との再会を望む息子さん
そして……旦那さんへの愛は、今も貴女の奥底にあると信じます。
だから“最も許せない筈の相手”を……許してください。
……お願いします」
<――この瞬間
今伝える事の出来る想いの全てを伝えた俺。
そして、モナークに対し――>
………
……
…
「足を……どけてくれるか? 」
<――そう、頼み
“良いのだな? ……”
そう問われ、静かに頷いた俺に対し
“フッ……好きにするが良い”
そう言ってモナークが足をどけた瞬間――>
………
……
…
「……ッ!!
俺、生きてる……よな? 」
「フッ……秘策でも有しているのかと思えば、まさか無策で在ったとは。
いや……“愚策”と謂うべきか」
<――そう、モナークに蔑まれつつも
俺は――
“既の所で踏みとどまってくれた”
――グロリアーナさんに対しお礼を言った。
とは言え、一筋縄では行かず――>
………
……
…
「夫と……息子に会わせると言うなら……話位は聞く……わ。
けど……本物の息子を……連れて来ないなら……話は終わり。
その蔓を壊して……貴方の力を奪って……
その男を殺してやるわ……覚悟なさい」
<――“本物の”
確かにそう言い切ったグロリアーナさん。
そして……その言葉を聞いた瞬間、明らかに嫌な顔をしたモナーク。
無論、俺もこの“言い分”には同意する事が出来ず――>
………
……
…
「……仰られている意味も分かりますし
探す事自体も多分……そんなに難しくは無いでしょう。
でも俺は……少なくとも、今の貴女にそうしたくは無い」
<――そう答えた瞬間、赤く目を光らせたグロリアーナさん。
明らかに怒っている様子だし、凄く怖かった……だが
それでも俺は、あんなにも献身的で心優しい少年を
霊体と成って尚、無下に扱うこの人が許せなかった。
そして……そんな心が通じたのかどうかは定かでは無いが
グロリアーナさんは少し自らを落ち着かせた後
静かに――>
………
……
…
「それは一体……どう言う意味かし……ら? 」
<――そう訊ねてきた。
だが、俺はそんな彼女に対し――>
「……分かりませんか?
たとえ彼が複製体であったとしても
貴方を本当のお母さんだと思い、慕っている
全く以て本来の息子さんと姿形の同じ存在を
どうしてそんなに無下に出来るのかが俺には分からないんですよ。
大体……そんな非情な事をする母親の元に貴女の言う
“本物の息子さん”が“帰って来たい”って考えると思いますか?
まずは自身の考えを改めて下さい……話はそれからです」
<――そう告げた。
当然と言うべきか……最初こそ
怒りを顕にして居たグロリアーナさんだったが
暫くの時が経ち、再び落ち着きを取り戻すと――>
………
……
…
「貴方が何を言おうと……あの子はあくまで複製体……
貴方が……本物の息子を探すまで
本当の家族には……戻れない……そう思って居るわ。
……けれど。
私は……少し……いえ。
とても酷い……母親だったのかも知れない。
でも……それすらも……分からない程……
……何時からかは、分からない。
でも……私は多分壊れているのよ……
考えれば……私は“所長”に……
利用されていただけ……なのかもしれないわね……
あの……“薬”が……私を壊したの?
壊れた私……
怪物の様な私……
今と成っては……分からないの……」
<――支離滅裂で、一見すれば
全く以て意味が無い様にも思える発言を繰り出したグロリアーナさん。
……だが、その言葉の節々からは聞き覚えのある名前や
原因と成ったであろう情報も得られはしたし、姿形はどうあれ
グロリアーナさんが話し合いが出来る程度には
正常さを保って居る事に一応の安心をしていた俺。
無論、そんな正常さ以上に
“不安定さ”を多分に有して居る事が一番の問題なのだが……
ともあれ、そんな中――>
………
……
…
「壊れた私……それでも良いなら……
一度“レプリカナイン”……いいえ
ネイトと……会わせて貰えないかしら? 」
<――グロリアーナさんはそう言った。
勿論、この状態のまま彼らの元へ連れて行けば
ネイト君に対して再び酷い態度を取る可能性だって捨てきれないし
そもそも、何らかの策があっての事かも知れない。
勘ぐってしまえば――
“息子は諦め、せめて夫だけでも”
――そう考えている可能性だって有るだろう。
だがそれと同時に、俺の心には一つの希望が見えていた。
それは、ネイト君と言う“光”の存在で――>
………
……
…
「分かりました……では、行きましょうか。
って……モナーク、霊体ってどうやって連れていくのが正解なんだ? 」
「フッ……貴様の甘さは些か度を越している様だな。
まあ良い、我に任せるが良い……」
<――そう言うと、懐から取り出した鎖の様な物を
グロリアーナさんの首に巻き付けたモナーク。
当然、俺はその見た目の“不味さ”を指摘したが――>
………
……
…
「フッ……他に策が有ると謂うのならば示すが良い」
「ぐっ、お前……そ、その……グロリアーナさん?
少しの我慢ですので、どうかお気を悪く為さらないで下さいね~? ……」
「ええ、仕方が無い事……けれど……とても……不愉快よ……」
「でっ……ですよね~っ!
俺でも不愉快になると思いますし
グロリアーナさんの意見が正常だと思いますから~!
……おいモナーク! 出来るだけ早く向こうに飛ぶぞッ! 」
「フッ……我は休憩でも構わぬがな」
「ちょ!? っざけんな!! ……」
<――ともあれ。
グロリアーナさんを連れ、ネイト君とローガンさんの待つ森へ
転移する事と成った訳なのだが……
……冗談に関する“時と場合”って考えの欠如が著しいモナークに
俺が割と本気でイラついたのは言うまでも無いだろう。
まぁ……兎も角。
無事、グロリアーナさんを連れての転移に成功した俺達は
一刻も早く再会させる為、周囲に響き渡る程の声量で
精一杯、ネイト君とローガンさんの名前を叫んだ。
すると――>
………
……
…
「マ……ママ?
……ママだッ!
ママァァァァァァッ!! ……」
<――誰よりも早く
グロリアーナさんの元へと駆け寄ったネイト君。
同時に……どれ程姿形が違おうとも
彼女の事を母親だと見抜いた彼の存在は
正しく“光”だと思えた瞬間でもあった。
……その一方、そんな無垢な行動力を見せたネイト君に対し
僅かに動揺の色を見せたグロリアーナさん。
そんな彼女の様子に、警戒心を強めた俺とモナーク。
だが――>
………
……
…
「心配しないで! ……大丈夫だよママっ!
もう離れ離れには成らないからっ!
それから……ママの痛い所も僕が治してあげるからっ! 」
<――グロリアーナさんの“動揺”を受け
身体の痛みで苦しんでいると考えたのか
彼女に対しそう告げたネイト君……だが、そんな彼に対し
グロリアーナさんは――>
「……いいえネイト。
そうする前にまず……私は貴方に……謝らないと
成らない……のよッ!!
グギァァッ!!! ――」
<――そう叫んだ瞬間
右腕を凄まじい勢いで振り上げた――>
「ネイト君、危ないっ!!! ……」
………
……
…
「なっ!? ……何をッ?! 」
<――彼女は
ネイト君……では無く、自らの胸部にその腕を突き刺していた。
そして、その姿のままネイト君に対し――>
………
……
…
「……グゥゥッ!!
ネ……イト……私は……ッ……
貴方に……酷い命令をし続け……そして……
……酷い経験をさせてしまった……わ
何を言って赦されるなんて……思って……いない。
……だけれ……ど……謝りたいの……本当に……ごめんなさい。
いつの間にか私は……目的の為……手段を選ばなくなり……
そしていつの間にか……母親としての体裁すら……投げ捨てていた。
けれど……何を言っても……言い訳にしか成らない……わ
貴方には……嫌な話でしか無い。
だから……私が出来る事は……只々貴方に……謝り続ける事だけ。
そして……こんな酷い“怪物”を……貴方の前から
消し去る……事だけ……よ。
本当の息子と……同じ優しさ……
同じ姿の……貴方を傷つけた……贖罪なの……よ……
醜い私の……事……ママと……呼んでくれた事……嬉しかった……わ」
「だ……駄目だよっ!!
ママ、直ぐに僕が治してあげるから!
それに……ママが“言い訳”言いたいなら僕は全部聞くからッ!!
だからママ……ずっと側に居て?
もしも僕の他にも“僕”が居るなら……僕、その子とも仲良くするからッ!! 」
「ネイ……ト……本当に……こんな醜い……私を……
母親と……認めてくれるの?
本当の母親じゃ……無くても……良いの? 」
<――彼女は
赤黒く光る恐ろしい眼でネイト君を真っ直ぐに見つめ
一筋の涙を流しながらそう訊ねた……だが。
その問いに返事を返したのは、ネイト君では無く――>
………
……
…
「何を……何を馬鹿な事を言ってるんだグロリアーナッッ!!!
君が今抱き締めたいと願っているその子は
紛れも無く、君がお腹を痛めて生んだネイトじゃないかッ!! 」
「違う……のよ……アナタ。
確かに見た目も……優しい心も全く“同じ”……だけれど……」
<――そう言い掛け、口籠ったグロリアーナさん。
すると、ネイト君は――>
………
……
…
「……僕、分かってるよ?
僕“複製体”って……言う存在なんだよね?
……だから多分、本当の僕の姿と
本当の僕の記憶が僕に入ってるから……
……ママの事、困らせちゃってるんだよね。
でも僕、それでもママの事大切だから……
本当の僕と仲良くしてるママの邪魔もしないから……
一緒に……居たいよ……」
<――そう、目に涙を溜めつつも必死に母を気遣う彼の姿に
説明の出来ない苛立ちを感じていた俺。
そして……汎ゆる考えを巡らせ
汎ゆる解決策を考え続けていた俺の中には
ある一つの“疑問”が浮かんだ……そして。
……この“疑問”こそが
この状況を解決する為の唯一の知識でも有った――>
………
……
…
「あ、あのッ!! ……グロリアーナさんに
一つだけ、とても大切な質問が有るんですッ!
お願いします……質問させて下さいッ! 」
「な……に? ……」
「その……俺の大切な仲間にディーンと言う男が居まして
彼には妹さんが“居た”のですが、彼女は既に“そちらの住人”なんです。
……ただ、ネイト君と同じ技術で
彼女にも……複製体が存在しているんです。
ですが、彼女にはディーンとの記憶など一切無く
それどころか、複製者の悪意に依って
彼を倒す為の存在として操られていたんです。
……とは言え、紆余曲折あって
今は良い関係を築けて居るのですが……兎に角。
グロリアーナさんは、目の前に居るネイト君に対し
敢えて昔の記憶を書き込むなどした事はありますか? 」
<――そう訊ねた俺に対し、彼女はこれを強く否定した。
そして、複製に関わった者から
“複製体への記憶の移動は不可能”
との回答を受けていた事を話し掛け……そして
口籠った――>
………
……
…
「……なら。
なら……私の眼の前に居るネイトは……
一体、何故……貴方は全ての記憶を持っているの?
もしそうなら……私は……私はッッ!!! 」
<――瞬間
ネイト君から距離を取ったグロリアーナさん。
その尋常成らざる動きの俊敏さに慌て防衛魔導を展開した俺。
……だが。
そんな俺の警戒心とは裏腹に……彼女はその場にうずくまり
その声を耳にした者全てが心を締め付けられる程の
悲痛な哭き声をあげた――>
………
……
…
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっ!!! 」
………
……
…
<――無論、俺にも本当の所は分からない。
だが……先ず間違い無くこの場に居るネイト君は
何億分の一の確率で愛する母の元へと舞い戻った“ネイト君本人”の魂なのだろう。
そして……その事に気づいてしまった彼女は、ずっと側に居た“本物の息子”に対し
どれ程の惨たらしい扱いを強いていたかを悔い、泣き崩れたのだろう。
たとえ何が真実で有ったにしろ……その姿のまま
何度と無く――
“私を赦して……私を……殺して……”
――そう、繰り返し続ける彼女の姿を見れば
真実がどうで有ったかなど重要な事では無かった。
そしてそれは、ネイト君に取っても重要な事では無くて――>
………
……
…
「……ママ。
僕……ママがそうやって泣いたり苦しんだりしてる方が辛いよ
だから……もうやめよ?
……僕はこのまま“おばけさん”の姿で良いから
三人で仲良く暮らしたいんだ……ママは……ママは嫌? 」
<――泣き崩れた母に近づき
その背中を擦りながらそう言ったネイト君。
そして――>
………
……
…
「本当に……こんな酷い母親を……赦してくれるの?
母親として……認めてくれるの? 」
<――そう訊ねた彼女に対し
ネイト君は――>
………
……
…
「僕は……ママを悪く言う人が大嫌いだ。
僕の大切なママだから……僕は、ママが大好きだから!
だから……ママも自分の事悪く言ったら駄目なんだよ?
あっ! でも……どうしても僕にお詫びしたいなら
ママの作った“羊肉のシチュー”が食べたいなっ! 」
「ええ……ええっ!!
勿論作るわ! ……毎日でも作るって約束するわ!
でも……こんな姿じゃ……料理なんて出来ない……
かも、知れない……わね……」
「えっと……それも大丈夫だよっ!
僕が治してあげるから! ……行くよ~?
痛いの痛いのぉ~っ! 飛んでいけぇぇぇっ!! ――」
………
……
…
<――ネイト君の持つ力。
それが、どう言う類の物かは未だに分からない。
だが……俺は勿論の事、モナークですらも驚いた“力”で
怪物と成った母の姿すらいとも簡単に癒やしてしまったネイト君。
……そして、そんな凄まじい力を発揮した直後
人の姿へと戻ったグロリアーナさんの姿を確認したネイト君は
満面の笑みを浮かべ――>
………
……
…
「僕、ママの事だ~~~~い好きっ!! 」
<――そう言ってグロリアーナさんに抱きついた。
汎ゆる意味で、母親としての姿を取り戻す事が出来た彼女もこれに答え
彼を抱き締めた……そして、そんな二人の輪にローガンさんも加わった事で
俺は、自らの“エゴ”を叶える事が出来た達成感と共に
親子水入らずの素晴らしい光景を少し遠くから微笑ましく見つめていた。
そして――>
………
……
…
「本当に……良かった。
なぁモナーク、お前の記憶に残ってる……」
「黙れ……貴様が今、此の場で
其れ以上を口にすると謂うのならば……我は貴様を許しはしない」
「わ、分かったよ……ごめん」
<――ともあれ
無事に彼らを再会させ、難題と思われた親子の関係を全て解決した俺達。
まぁ……とは言え、その殆どが
ネイト君の光り輝く優しさのお陰なのだが……兎も角。
この後、約束通り三人の墓と共に
同じくこの場に居る地縛霊達の墓を作る事と成った俺……と言っても
勿論、俺にガンダルフの様な凄まじい製作技術が有る訳も無く
唯“公然の秘密”を使い、転生前に何処かで見た
立派なお墓を出現させたってだけなのだが……そんな事よりも
その為にモナークからびっくりする程の大きさを誇る
黄金の塊を譲り受ける事と成ってしまった俺は……今回
俺のエゴに付き合ってくれた上、普段の此奴を考えれば
有り得ない程の協力をしてくれた事……そして
その集大成でもあるこの黄金の塊について
改めて御礼と感謝を伝えた。
すると――>
………
……
…
「フッ……此れ迄に我が貴様に譲った黄金だが
些か常軌を逸する程であるとは思わぬか? 」
「あぁ、確かにお金に換算したら凄いよな……」
「フッ……此の借りは後々……精々、心して置くが良い」
「ちょ?! 怖ッ!? ……何その含みを持たせた言い方!? 」
<――と、冗談なのか本気なのか分からない
割と大きな借りを作ってしまう事に成ってしまったのであった。
何と言うかその……正直、本気で怖いのだが>
===第百四四話……«ERROR»
………
……
…
《《――強制介入を開始します――》》
「しかし……あのメディニラを説得し
霊魂をも救ってしまうとは……やはり見どころがある少年だ。
流石は自らの命を投げうって迄
この世界の民と仲間を助けただけの事はある。
“神剣八咫烏”も……無論、彼が使いこなして居る訳では無いが
彼を正常に導いて居る様で安心した。
……後二度。
君自身が選べる訳では無いが……慎重に使うのだよ?
さて……少しばかり“掟破り”ではあるが
偉業を成し遂げた君に一つ
天恵を与えておくべきだろう。
――“対象の権限を上昇”――」
《《――強制書換を承認しました――》》
「――よし、これで少しはこの世界を完成させ易く成る事だろう。
主人公君……これから先も持てる力を正しく使い続け
決してその純粋なる心を失わず、決して私利私欲に溺れず
君が世界の平穏を目指し続ける事を私は切に願っている。
そして……たとえこの先、君がどれ程の“不条理”に襲われようとも
君ならば全てを超えられると期待もしている。
私は君を……陰ながら見守っている。
私は、君がこの世界……いや。
全てを救う刻を……願ってやまない。
さて、そろそろ戻るとしよう……」
《《――強制介入を終了します――》》
………
……
…
===第百四四話・終===