第百三七話「信頼するのは楽勝ですか? 」
<――エリシアさんの所から逃げ帰った俺は
激しい自己嫌悪に陥り、一睡も出来ないまま翌朝を迎えていた。
そして……どれだけ自己嫌悪に陥り、どれ程悩んでいても腹は減るし
その事にまた腹が立ち、さらなる自己嫌悪に陥ると言う
誰も得をしない“無限ループ”に陥っていた。
……とは言え、部屋から出ずに過ごそうものなら皆に心配を掛けてしまい
状況が余計に拗れてしまうであろう事も何となく想像がついていた。
この後も散々悩んだ結果……俺は
“安眠出来たフリ”をしつつ一階へと降り朝食をとる事にした。
だが――>
………
……
…
「おはよう、皆~ッ! って……エリシアさんッ!? 」
<――まさかのエリシアさんと鉢合わせ。
慌てる俺に対しエリシアさんは――>
「おはよ~……ん?
もしかして……一睡もしてないんじゃない? 」
<――と
“睡眠不足”を見抜いた上に――>
「そういえば、昨日何となく変だったし……
……宛ら、気になって寝られなかったとかかな? 」
<――と、完全に
現在の俺の状況を言い当ててしまったのだった――>
………
……
…
「えっとその……仰る通りです。
俺が至らない所為で、エリシアさんに……」
「えっ? ……主人公っちが何か落ち込む様な事有ったっけ?
てか、私は寧ろあの“小屋”のお陰で
凄く快適に過ごしたお礼をと思ってたんだけど……あっ!
もしかして、例の本が公然の秘密化してる事を気にしてる……とかかな?
だとしたら私の所為で……」
「い、いえッ! そう言う訳では決して無く!
その……昨日、俺はあの場所で
半ば“実験”みたいな気持ちで、危険かも知れない技を
あんなにも軽々しく使おうとしてしまったので……」
「魔導技の実験? ……別に良いんじゃない? 」
「……えっ? 」
「いやね? ……そもそもが魔導技なんて
どれも本に書いてある説明が当てに成らない位には個人差が有る物だし
そんなに簡単に扱える物なら私だって修行時代苦労しなかったし? 」
「そ、それはエリシアさんが大器晩成型の人だっただけで……」
「そう言われると悪い気は……って違ーうっ!
私が言いたいのは……主人公っちは気にし過ぎって事。
私の師匠も優し過ぎて気にし過ぎちゃう所は多々有ったけど
技の失敗で取り返しがつかなく成る事なんて一度も無かったし
主人公っちが仮に失敗したとしても、精々“スライムの草原”程度でしょ? 」
「い゛ッ!? ……いや、初歩の初歩の技であれなら
今回俺が試そうとした技なら、もっと大変な事に成るって意味じゃ……」
「あ~……引き合いに出した状況が間違ってた。
兎に角! ……主人公っちに一つ聞くね?
主人公っちは大切な人達の事をどうしたい? ……守りたい?
それとも……傷つけたい? 」
「……そんなの前者に決まってますよ!
だからこそ今回、俺が安易に! ……」
「なら……絶対に主人公っちは失敗しないよ? 」
「どうしてそう言い切れるんです? 」
「それはね~……主人公っちから~
師匠と同じ“優しさ”を感じるから! ……かな? 」
「そ、そんな直感みたいな事だけで……」
「直感じゃないよ? ……その証拠として、昔師匠と一緒に旅をしてた時
師匠から教えて貰った事を今度は私が主人公っちに教えてあげる。
ちゃんと聞いた上で、判断してみてね~? 」
「は……はい! 分かりましたッ! 」
「あ~……そんなに緊張しなくていいよ~?
っとぉ! 師匠から教えて貰った事だけどぉ……」
―――
――
―
“……魔導は、使う者の心を読み取りその通りに動く。
たとえそれが治療の為の技であっても
心の濁った者から発せられた治療は其の場凌ぎにしか成らず
本当の意味では治療の体を成さない物に成ってしまう。
だから、エリシア……君は、自分自身の純粋さを信じ
そして自らを信じてくれる人々の為に、正しい魔導を使いなさい。
……そうすれば、魔導は決して君を裏切ったりはしない。
だから、何も恐れる事など無いのだよ”
―
――
―――
「……って感じ!
けどまぁ……どう判断するかは主人公っちに任せるよぉ~」
<――エリシアさんの師匠、ヴィンセントさん。
彼が、どの様な知識を元にして彼女にこの話を伝えたのかは分からない。
もしかしたら、当時のエリシアさんを安心させる為に
彼が用意した唯の作り話だったのかも知れない。
……でも何故か、この時の俺は
これこそが真実なのだと思えてしまった。
もしかすれば俺自身、何かしら心の拠り所が欲しくて
そう信じたいと思っただけなのかも知れない。
だが、それでも――>
………
……
…
「俺……もう少し、自分と自分の魔導を信じる事にします。
……師匠であるヴィンセントさんが仰った優しいお言葉に
一切の嘘偽りが無いって、俺の存在で証明したいと思えたので! 」
「おぉ~! ……とても嬉しい返事だ~っ!!
よしっ! ……なら早速、昨日使わなかった技を使ってみよ~っ!! 」
「えっ?! い、いやそれは流石に……」
「ん? ……主人公っち?
“自分と自分の魔導を信じる”んじゃ無かったの?
それとも……綺麗事で逃げるつもりだったの?
私に“良い顔”する為に嘘……付いたの? 」
「ち、違ッ!! ……いえ、分かりました。
でも……なら一つだけ約束をして下さい。
もし万が一、俺の力が誰かを傷つけてしまうかも知れないと感じたら
その瞬間、エリシアさんが俺の事を“止めて”下さい……」
「……う~ん。
ちょ~っと大げさだと思うけど……分かった。
んじゃあ~……メルちゃん! マリアちゃん! マリーンちゃん! 」
<――と、皆を呼び集めたエリシアさん。
そして、皆と共に俺を“チビコーンの森”へ転移させたかと思うと――>
………
……
…
「さて……主人公っち。
……私達が居る方向に向けて“問題の技”を放って貰えるかな? 」
<――そう言うと
皆と共に俺から少し離れた場所に立ったエリシアさん。
だが、どう考えても危険過ぎる状況に俺が慌てていると――>
「ねえ……信じるって言ったよね?
それとも、私とした約束ってそんなに簡単に破れる物だったの? 」
<――そう、半ば暴論とも取れる様な事を言いつつ
俺の目を見据えたエリシアさん。
そんなエリシアさんの横には、あの“チビコーン”も居て――>
「キュルル? ……キュルーッ! 」
「そうだよ~? 主人公っちは私との約束を破ろうとしてるの~!
ね~! ……悪いでしょ~? 」
<――と、二人にしか分からない会話を繰り広げていた。
だが、そんな事よりも――>
………
……
…
「あの……エリシアさんは俺が絶対に失敗せず
絶対に皆の事を傷つける事が無いって……本当に信じてるんですか? 」
「うん、完全に信じてるけど? 」
<――と、嘘みたいに純粋な眼差しで俺を見つめ
そう言い切ったエリシアさん。
……だが、これ程簡単に命を預けられると思っていなかった俺は
慌てに慌てた末、今度は皆に対し――>
………
……
…
「なっ?! ……なら、皆はどうなんだ?!
嫌なら直ぐに転移魔導で送り返すから! ……」
<――そう訊ねた。
だが、この直後皆から返って来た答えは
どれも完全に命を預ける様な答えばかりで――>
………
……
…
「そ、そんな……待ってくれッ!!
エリシアさんも皆も……あの現場を見ていないから
そんなに簡単に返事が出来るんだッ!
あの時……“狂華乱舞”が巻き起こした結果は最低の状況だったんだぞ?!
白い花弁が全て赤く染まったんだぞ?!
それが全部……敵軍兵士の……ッ!! ……」
<――気がつけば必死で皆を説得していた俺
だが、そんな俺に対しマリアは――>
………
……
…
「そうですか……なら、私達を“血みどろ”にしたいんじゃ無い限りは
気にしないで放ってみて下さい! 」
「なッ?! マリア、お前……今の話聞いてたか!? 」
「はい、確りと聞いてましたよ?
聞いてた結果として……凄く明瞭に分かった事がある位です」
「“分かった事”って……なんだよ? 」
「それはですね~……主人公さんが超ビビってるって事ですね! 」
「なっ!? お前……当たり前だろ?!
こんな技一つの所為で皆を失ったら
悔やんでも悔やみきれないからこそ必死で話してるんだろ!?
頼むからこんな時位真面目に話を聞いてくれよ……」
<――そう言った瞬間
俺は……全員から怒られた。
これ程“信用”を体現している私達を
何故主人公さん自身が信じてくれないのか! ……と。
俺は一体……どうすれば良い?
今すぐ皆に対して、あの技を放つか? ……嫌だ、危険過ぎる。
なら……今すぐ皆の前から逃亡して、ほとぼりが冷めるのを待つか?
……いや、それを許してくれる雰囲気では絶対に無い。
一体……俺はどうすれば良い?
……考えても考えても
決して出る事の無い答えに苦しみ、気が狂いそうだった。
だが、そんな時――>
………
……
…
“……主人公君。
君は……昔の僕にとても良く似ている。
……得難い力と称される一方で
得るべきでは無かったと、事在るごとに思い悩む力を得てしまった君に
僕が出来る手助けと言えば――
仲間を信じ、敬い、想い……純粋なる心で技を放つ。
――この言葉を伝える事だけだ。
そして……主人公君。
これは、君と君の大切な人達が救われる為に必要な
最初の試練と呼ぶべき、重要な出来事でもある。
もし君が今回の出来事を乗り越える事が出来れば
君は決して闇には染まらないだろう……良いね?
……仲間を信じ、敬い、想い、純粋なる心で技を放つんだ。
君ならば出来ると、僕は信じている……”
………
……
…
<――突如として
何処からとも無く俺だけに聞こえる声で優しく囁いた声の主は
間違い無くエリシアさんの師匠……ヴィンセントさんだった。
と言うか……つい数分前
エリシアさんから教わったばかりの言葉を発した張本人から
言わば“念を押された”形と成った訳だが……
……それでも、あの技だけは絶対に使いたく無かった。
だが、尚も悩み続ける俺に対し誰一人として文句を言わず
愚直なまでに俺を信じ
“その時”が訪れるのを待ち続けていた皆の姿に――>
………
……
…
「……分かりました。
俺の弱い心を信じてくれる皆の事……俺も信じます。
皆の事、絶対に護るよ……いくぞッ!! 」
<――皆に決意を伝えた後
減衰装備を全て外した俺は
ありったけの力を込め――>
………
……
…
「土の魔導……花よ、咲き狂え。
狂華乱舞ッッッ!!! ――」
<――技を放った。
瞬間……数日前などまるで比べ物に成らない程の規模で
天高く舞い上がった純白の花弁は……
……眩い光を放ちながら
凄まじい勢いで皆を目掛け降り注いだ――>
………
……
…
「――皆を護れぇぇぇぇッッッ!!! 」
………
……
…
<――そう必死に叫んだ俺の声など
容易にかき消されてしまう程に舞い上がった大量の花弁は
誰の姿も確認出来ない程の密度で皆を包み込んだ。
この状況で俺が出来る事など、祈る事以外には何も無く……
……必死に祈り続け、天にも地にも
ありと汎ゆる神に対し祈り続けた後
俺の耳に聞こえて来た、その声は――>
………
……
…
「ほぇぇぇ~っ?! ……主人公っち!!
……すっごい綺麗じゃんこれ~っ!!! 」
<――と言った。
間違い無い……エリシアさんの声だ。
そして……彼女の声が聞こえた瞬間
花弁は皆の周りを優しく漂い始め、四方八方へと散らばって行った。
かと思うと――>
………
……
…
「あの~……主人公さん?
こんなに素敵な技を、何でこんなに勿体振って使わなかったんですか?
あれですか? ひょっとして――
“口説く相手にしか見せたく無いのに
めちゃくちゃ使ってくれって言われて困ったから
危ないって事にして、難を逃れよう! ”
――って事だったりしません? 」
「そうそう……って、違うわ!!
マジでこの間使った時には散々な結果で! ……」
<――と、マリアに妙な“勘ぐり”をされる程
俺の放った“狂華乱舞”はこの場を美しく彩った。
……皆を中心に、殆ど唯の砂地だった辺り一面を
華やかな純白の花弁を持つ木々で覆ったのだ。
そして、その効力に依る現象なのか――>
………
……
…
「きゅるっ? ……キュルゥゥゥッ!! 」
「へっ? ……チ、チビコーンッ?! 」
<――激しく嘶いた瞬間、チビコーンは“急成長”した。
一言で言えば……びっくりする程大きくなったのだ。
そして……語彙力が欠如する程の急成長っぷりに驚いて居た俺達を他所に
チビコーンは、その立派な角を天高く突き上げ――>
………
……
…
「な、なんだ?! 空から……た、種ッ?! 」
<――本来
神獣である一角獣は“森の護り神”と言われているらしい。
そして、何故そう呼ばれているのかは……この状況を見れば一目瞭然だ。
……びっくりする程大きくなった“チビコーン”が
天高く突き上げた角……其処から放たれた眩い光は
雲を切り裂き、数多の種子をこの場に生み出すと
その種子を森の広範囲に降り注がせた。
……そして、地面へ到達した種子は凄まじい勢いで芽を出し
俺の出現させた純白の花弁を持つ木々達を“養分”として
これまた凄まじい勢いで成長し始め……急速に成長し続ける草花や木々達は
やがて、純白の花弁を持つ木々を吸い付くし
それらの有った場所へと置き換わり、豊かな森を形成し始めた。
と言うか……何よりも、この現象が始まってから
全ての木々が置き換わるまでに掛かった時間が僅か数分程度だった事……
……全ての木々が置き換わった後、チビコーンが元の姿へと……いや。
そうなる前よりも少しだけ成長した姿へとある意味“退行”したのも驚きだった。
……その上、心做しか
毛並みや色艶も良く成っており――>
………
……
…
「え、え……偉いねぇぇぇぇぇっ! チビコーンは偉いねぇぇぇっ!!
ママの自慢の子供だぞ~ぉ? ……お~ヨシヨシ~ッ♪
どんどん成長してもっともっと綺麗な毛並みと大っきな体に成ってねぇ~♪ 」
「……いや、エリシアさんが産んだ訳じゃ無いですよね? 」
「あらぁ~チビコーン♪ ……主人公っちはおバカだねぇ~♪
私は“育ての親”なんだもんね~っ♪ 」
「う゛ッ確かに……そう言う考え方があったか。
……と、兎に角ッ!!
皆が無事で良かったです……けど、エリシアさん。
俺、技があんなにも変化した事がある意味恐ろしいのですが……」
「ん~? ……まぁ、魔導って“そう言う物なんだ”って事を
ちゃんと肝に銘じて置く事だねぇ~♪
……でも、主人公っちが純粋な心の持ち主で
私も皆も……本当に安心したぞ~? 」
「い、いや……純粋かどうかは自分では分かりませんけど
失敗しなくて良かったですし、出来れば二度と
こんな怖い経験したくないですよ……」
「あっ……そう言うのって“死亡フラグ”って言うんじゃなかったっけ? 」
「あ゛ッ?! ……な、ならッ!
てっ、適度にこう言う経験もアリかな~なんて……いや、でも……」
「主人公っち~? 往生際が悪いぞ~っ?
とは言え~……安心して。
私も……此処に居る皆も
主人公っちがもし今回と同じ様な状況に陥ったとしても
“絶対に大丈夫”って信じてるから、主人公っちも今日と同じ様に
私達を信じて守ってくれたら大丈夫だからね?
……分かったかなぁ~? 」
<――と、おどけた様な態度で
少し俯いていた俺の顔を下から覗き込んだエリシアさん。
……この不意な行動に、思わず照れてしまった俺の姿を笑った後
俺の肩を“ポンポン”とすると――>
………
……
…
「……さ~てとぉっ!
私の偉大な師匠の言葉がまさか主人公っちにまで役立つとは思わなかったけど
心の重荷もかな~り取れただろうし、これで熟睡出来るんじゃな~ぃ? 」
<――そう言って俺の体調を気遣ってくれたエリシアさん。
だが、そう言われて気が付いた。
俺は……睡眠不足&精神的に不安定な状況の中で
皆の命が掛かった一撃を、力の限り放ったのだ……その事に気がついた瞬間
思わずゾッとした……そして
その所為か、精神と肉体の疲れも一気に押し寄せ――>
………
……
…
「……ええ、取り敢えず帰って寝ます。
と言うか……そうしないと危ない気がするので」
<――そうエリシアさんに伝えた後
皆と共にヴェルツへと帰還した俺は……部屋に戻り、速攻で
ベッドに倒れ込み爆睡する羽目に成ったのであった――>
………
……
…
「皆無事で……良かっ……zzz」
………
……
…
《――精神と肉体の疲労を回復させる為、凄まじい勢いで眠りについた主人公。
……一方で
幼き神獣と共に森へと残ったエリシアは、遠い昔を思い出して居た――》
………
……
…
「……師匠の優しさは本当に凄いや。
私だけじゃ無く、主人公っちの事まで成長させちゃうんだもん。
でも、彼奴だけは……師匠の優しさを踏み躙った
彼奴だけは……」
―――
――
―
「……嫌ですっ!!
そんな事したら……師匠の事を傷つけちゃうじゃないですか!!! 」
「大丈夫だ……さぁ、放ってみなさい。
これが出来たなら、君がいつも気にし過ぎて居る
弟弟子と同じ資格の“免許皆伝”を直ぐにでも……」
「そ……そんな物の所為で師匠を傷つけてしまう位なら
そんな物要りませんっ!! そもそも私は、師匠とずっと一緒にッ!! ……」
「……エリシア、僕は君の師匠だ。
君の優しさも、強さも全てを知っているし
君が必死に努力している姿だっていつも見ている。
だからこそ……大器晩成型な君が
自らの成長する速度の“遅さ”だけに注目し
自らに無能の烙印を押してしまいかねない現状に
師匠である僕が何も感じていないとでも思っているのかい?
エリシア……もう、機は熟した筈だ。
君はもう既に、立派な魔導師としての道を
一人で歩んで行けるだけの素晴らしい力を身につけた。
……君が私に師事した様に、今度は
君自身が育てるべき相手を探す時が訪れたんだ。
僕は……僕に取って初めての弟子である君が
これ程までに立派な魔導師へと成長してくれた事を誇りに思っているし
トライスターの様に“呪われた存在”としてでは無く、一魔導師として
立派に成長してくれた事に心の底から感謝しているんだ。
……だからこそ、最後の試験を突破し
魔導師として、最初の一歩を踏み出して欲しいと願っている。
だから……この通りだ、エリシア」
《――エリシアに対し深々と頭を下げたヴィンセント
エリシアは、そんな師の姿を静かに見つめて居た。
そして、彼女に取って永遠とも思える程の時間が過ぎ去った後――
“……分かりました”
――そう一言だけ発した直後
彼女は師であるヴィンセントに向け、力の限りに技を放った――》
………
……
…
「うん……良い技だった。
エリシア……今日、この時を以て
君の免許皆伝を認め、全過程を修了した事を此処に宣言する。
良く……頑張ってくれたね」
《――そう言って
“師匠の無事を確認した瞬間泣き崩れてしまった”
エリシアの頭を優しく撫でたヴィンセント。
だが、尚も泣き続け
師との別れを嫌がるエリシアに対し――》
………
……
…
「……困ったな。
僕だって離れるのは寂しいし……そ、そうだ!
同じパーティメンバーとしてなら! ……」
「ほ、本当ですかッ?! ……はい、居ますっ!
ずっとずっと一緒に……居ますっ! 」
「い、いやいやいや!! ……流石にずっと一緒に居るのは不味いけれど
う~ん……なら
君が“弟子を取るその時まで”……って事で手を打ってくれるかい? 」
「わ……分かりました、それで手を打ちますっ! 」
(やったっ♪ ……私が弟子を取らなかったら
ずっとずっと、師匠と一緒に居られるって事だ……)
「良かった……まぁ、何はともあれ
君にも免許皆伝の資格を与えられて良かったよ。
これで少しは僕も、師匠らしい仕事が出来たって事かな?
……アハハッ! 」
《――こうして、彼の考えとは裏腹に
彼の側に居続ける為の策略を練っていたエリシア。
一方……彼女より一足早く免許皆伝となっていた弟弟子
だが、彼には僅かな“綻び”があった――》
………
……
…
「では師匠……行きます」
《――弟弟子
彼は、一切の迷いも無く
師であるヴィンセントに対し、全力の攻撃魔導を叩き込んだ――》
………
……
…
「よし……君の護り方はよく理解した。
少し早いかもしれないが、免許皆伝と言うべきだろう。
ただ……君に一つだけ伝えておきたい。
ライドウ……君には
その荒々しい迄の力に君自身が決して飲まれる事の無い様
細心の注意を払いつつ、以後も精進して貰いたいと思っている。
……それを念頭に置き
君自身を更に成長させてくれる弟子を見つけて
君自身も、弟子と共に立派な魔導師へと成長して貰いたい。
……頼めるね? 」
「ええ、勿論です」
《――この時ヴィンセントが行った
“忠告”
彼にその真意が伝わっていたかは
後の彼を見れば一目瞭然では在るのだが――
――彼が放った全力の攻撃魔導は
師の眼前で急落し、土煙を巻き上げながら大地を揺らし消滅した。
……だが、その際
極めて小さな小石が弾け飛び、師の頬を掠っていた。
ほんの僅かな出来事だった……だが確実に
後の彼を物語る、とても小さく
そして、とても大きな“綻び”であったと言えるだろう――》
===第百三七話・終===