第百十二話「帰還は楽勝ですか? 」
《――本来ならば通信など繋がらない距離に居る筈のマグノリアに対し
精霊族のみが使える特殊な連絡手段を用いる事で通信を繋げたベン――》
………
……
…
「……ベン? こんな夜更けにどうしたノ? 」
「女王様、主人公さんと一緒に何処か遠くへ行ってますよね?
皆さんがとても心配してます!
……一体何をしてるんですか? 」
「アラ……話したら主人公に怒られちゃうかも知れないワ? 」
「で、でも……話して貰えないと
此方に居る皆さんがその数倍怒ると思います……」
「そう、話すしか無いって事ネ? ……でも、この事は主人公には内緒よ? 」
―
――
―――
「成程……精霊族にはそんな特技があったのか。
って言うかリーア……一体何処まで皆に話したんだ? 」
「……皆さんにお話出来たのは一瞬ですワ?
だってアナタったら……二階で号泣していたでしョ? 」
「い゛っ?! ……ど、どうしてそれを?! 」
「……あれだけ大声で泣き叫べば、店の“外”でも聞こえますワ?
兎に角……アナタの精神が乱れたと同時にアナタの魔導も乱れたのですワ。
そしてその影響を受けた事……海を隔てた長距離である事の二つが原因で
それ以降の繋がりも途切れてしまったのですワ?
ですから……伝えられたのは、政令国家へ戻っていると言う事だけですワ? 」
「そうなのか……じゃあ、その他の情報は
天照様が俺の残した書き置きから透視した物が殆どって事か」
「ええ……その後も思う様に連絡出来ず
アナタが危機的状況に陥った時にはとても肝を冷やしましたワ? 」
「そうだったのか……心配を掛けて済まなかった」
「……結果論ですけれど
全て良い方向へと向かったのですから許しますワ♪
その代わり……ワタシの事も許してネッ♪ 」
「あっ! ずるいぞッ?! ……いやまぁでも、ありがとなリーア。
……ってぬわぁッ?! 」
<――疲れが取り切れていない事がとても厄介だと思った。
精神が張り詰めている時はギリギリ大丈夫だが
安心した途端に疲れが顔を出す……要するに
俺はまたしても目眩を起こした。
……そして、倒れかけた先にはとても頑丈そうな置物があった。
もしもガルドが支えてくれなければ、危うく大怪我をしていた――>
………
……
…
「あ、有難うガルド……」
「構わんが……話を聞く限り、御主は相当に疲れているのだろう?
先程、吾輩は御主の選択を全て許すと言った。
だが……皆もそうだとは思うが
許す為には“但し書き”が存在する事を知っておいて欲しい」
「但し書き? ……一体どんな事だい? 」
「……吾輩や皆に対し
金輪際二度と“頼らぬ”と言う選択をしない事。
……御主がこの先どれ程危険な道を征こうとも、決して
吾輩達を残しては征かぬと誓う事……それが吾輩達の要求する
“但し書き”である」
「ガルド……もしかして、皆もガルドの意見に賛成……なの? 」
<――そう訊ねた俺がある意味で馬鹿だった。
皆、一分の迷いも無く……そして力強く
即答で返事を返してくれたのだから――>
………
……
…
「わ……分かったよ。
俺はこれから先、二度と“仲間を頼らない”なんて選択肢は選ばない
それがどれ程危険な道であっても無理矢理にでも皆を連れて行く。
そして……その罪は全て俺が背負うって誓うよ」
「否、その罪をも……吾輩達と分け合うのだ」
「ああ、分かった……その代わり、俺の命も皆の物だ
皆の為なら何でもする……望む事全てに付き合うって誓う! 」
「ふむ……成れば吾輩はこれ以上、御主を責めぬ事を誓おう。
しかし……一人一〇分の話し合いだった筈だが
既に夕日が沈みかけている……吾輩もだが
皆、腹も減って来ただろう? 」
「うわっ、本当だ……」
<――ガルドの言う通り、窓の外では夕日が沈みかけていた。
腹も“減って来た”と言うより“空っぽ”って表現が正しいってレベルだ。
もしかしてだが、俺は疲れじゃなくて“空腹”で目眩を起こしたのだろうか?
……などと呑気な事を考えつつ
皆と共に船内の食堂へと向かった俺――>
………
……
…
「うわぁ……何と無く予想はしてたけど、豪華な食事だ」
<――空腹で限界な俺達の眼前に用意された食事は凄まじく豪華だった。
天照様から“国賓専用の客船”と聞いていたしある程度予想はしていたが
料理を運んで来てくれるウェイター達も皆――
“背筋ピーン! スーツシャキーン! ”
――って感じだ。
まぁ、俺の表現方法が些か貧しいのは置いとくとして……兎に角
目の前の豪勢な食事に対し、限界を超えた空腹も手伝い
テーブルマナー違反のオンパレードで貪る様に食べ進めた俺。
……ウェイターが完全に引いてる事には気付いていたが
そんな事を気にする余裕が無かったのだ。
まぁ……良く分からない貝料理が出てきた時、手が滑って
貝がウェイターの頭にクリーンヒットした時には流石に睨まれたし……
……流石に謝ったが。
ともあれ……暫くの後、食事を終えた俺達は船内の探索を始めた。
けど……流石国賓専用客船だ、何処を見ても凄まじく豪華な作りをしている。
まぁ、実用性と言うか浪漫と言うか……
……その両方を持ち合わせている“船”に
長らくお世話になっていた俺からすると少し寂しさを感じてしまうが。
正直……ギュンターさんの“職権乱用ルート”を
割と本気で望んでしまう程には既に寂しさを感じていた。
これも疲れの所為だろうか? ……いや、本当に……純粋に寂しい。
……そんな事を考えつつ船内の探索をしていたら
あっと言う間に探索し終えてしまい――>
「相当広かった様に思うけど……気の所為だったのかな? 」
<――そう言った直後、俺の身体は
船が“広かった”って事を教えてくれた。
信じられない程足が“パンパン”だ――>
………
……
…
「痛テテ……って、これで全部みたいだけど
流石に全部見て回るのは暴挙だったな……後は風呂入って
出来ればだけど、十二時間位寝させて貰いたいかな……」
「いや、主人公さん……疲れてるのは見てても分かりますけど
人に依っては二日分ですよ? それ」
「そ、そうだけど……マリアだって二度寝でフルタイム希望した事有るよね? 」
「……冗談を冗談と見抜けない人に、私の相手をするのは難しい」
「なっ……お前は何処ぞの“匿名掲示板開設者”か!
……ってか本気で倒れそうな位疲れてるから
“マリア専属ツッコミ係”も暫く休ませてくれるかな? 」
「何だかイヤラシイ響きですね主人公さん?
私のダイナマイトなボディが……って、ちょっとぉ?! 」
<――何時もならマリアのこう言う“ボケ”にも
しっかりとツッコミを入れるのだが
疲れが限界を超えた俺にはこれ以上の対処は不可能だと判断し
マリアのボケをスルーして皆と別れ、風呂場へ直行する事にした俺――>
「ちょっとぉぉ~!! ……もうっ!! 」
「ゴメンな……明日辺りちゃんとツッコんであげるからさ」
「やっぱりヤラシイ響きに成ってますよ~? 」
「はぁ~っ……はいはい」
「ちょっとぉ!? ……」
<――まぁ、ほんの少し寂しそうな表情を浮かべたマリアに対し
少しだけ罪悪感を感じはしたが……とは言え
何と無くこの世界は……疲れてたり、寝てない時の俺に対し
高確率で良からぬ出来事を引き寄せるフシが有ると感じる。
それだけじゃ無く……“クソ上級管理者様”も言ってたが
後進復帰を使うべきでは無い程俺の寿命が短く成ったのなら
少しでも長生きし、この世界の崩壊を招かない様
“省エネ”な人生を心がけなければ。
とも考えて居て――>
………
……
…
「大切な皆と出来る限り長く……永く一緒に居たいし
その為にもまずは俺が確りしなきゃな……」
<――などと独り言を言いつつ
風呂場へと向かった俺だったのだが――>
………
……
…
「あれ? ……風呂場とは書いてあるけど“かけ湯”しか無い。
てか豪華客船にしては風呂の作りだけショボ過ぎる様な……あッ!!!
此処“船員用”だ……」
<――考え事をしながら風呂場へ向かった俺が悪いのだろうが
どうやら俺は船員用の風呂場へと辿り着いていたらしい。
正直……怒られないか心配だったが
幸か不幸か誰とも会う事は無かったし
今から“賓客用”を探す体力も残って無かった。
……と言うか面倒だったし
そのまま船員用を使い、疲れを癒やす事にした俺。
そして――>
………
……
…
「ふぃ~っ! ……かけ湯だけでも意外と疲れが取れるもんだな~
後は部屋に戻って寝るだけ寝るだけだ~♪
って……え゛っ?! 」
<――風呂から上がり
脱衣所へと戻った俺の目の前には船員らしき人が立っていた。
……しかも、女性だ。
そして……モロに“見られた”
慌てて前を隠した俺だったが、船員らしき女性はその場にへたり込み
ワナワナと震えている……ヤバイ!
俺、変質者だと思われてるッ?! ――>
………
……
…
「あのっ……そ、その!
俺、風呂に入りたくて……その
船員用って書いてあるのには気がついたんですけど……」
<――と、必死で釈明していた俺は
もう一つ……“もっと重要な事”を見落としていた――>
………
……
…
「こっ、此処は“女性”船員専用浴場ですっ!!
……ハッ?!
ま、まさか……“浴場で欲情”とか
そう言う“趣味”をお持ちのお客様って事じゃ……」
「な゛っ?! ……何故このタイミングでそんなダジャレを?!
……って、違いますって!!
本当に間違っただけで! ……」
<――と、尚も必死に釈明していた俺だったのだが
慌て過ぎた所為か身振り手振りが大きくなってしまい
前を隠す事を忘れ――>
「きゃああああああっ?! ……」
「あっ!? い、いやその……見ないで……」
「見せないでぇぇぇぇぇっ!!! ……」
「確かに正論だ……って、そうじゃなくて!
……俺は何も貴女を襲うだとか
変な“趣味”を満たす為にこんな格好をしてる訳じゃなくて!!
本当にお風呂を間違えただけで……」
<――最悪だ。
ある程度疲れは取れていた一方
決して本調子では無かった俺の身体は最悪のタイミングで限界を迎えた。
この女性に釈明をしている途中、俺は意識を失った――>
………
……
…
「……んっ……痛っ……何だ……此処は……」
「ハッ?! ……良かった、お体の調子は如何ですか? 」
「はい……って、えっ?! 貴女は……」
<――意識を取り戻した俺の目の前に居たのは先程の女性だった。
俺は咄嗟に“前”を隠した……だが、明らかに布の感触が有る。
ん? 服も着てるし……って言うかベッドだ。
辺りを見回す俺に対し、この女性は――>
「あのっ……先程は取り乱しご無礼を働いてしまい
本当に……申し訳ございませんでした」
<――そう言うと深々と頭を下げたこの女性。
だが、状況が全く読めない――>
「あの……俺はどう言う経緯でこの場所へ? 」
「ええ、それはですね……」
<――この女性曰く
俺が倒れた後も暫くは恐怖で腰が抜けていたが
風呂場の前をたまたま通り掛かった男性の船員に事情を話し
どうするべきか話し合った結果
取り敢えず、俺の事を自室へと運んだのだと言う。
……服を着せてくれたのは男性船員だったらしい。
だが、同時に懐に入れていた“例の本”が無い事に気付き
慌てた俺はこの女性に対し――>
………
……
…
「……あ、あのッッ!!!
俺の懐に入っていた本が無いんですッ!! 」
「ヒィッ?! 襲わないでっ!! ……って、本でしたら此処に……」
「たっ……度々驚かせちゃって申し訳ありません。
でも俺、そんなに不審者に見えるのかな……ちょっとショックだ」
<――と、少し落ち込みつつも女性から本を受け取った。
だが……シゲシゲさんと約束した筈なのに、現時点で
既にかなり多くの人にこの本の存在を知られてしまっている。
正直……こんな簡単な約束すら護れない事が不甲斐無い。
まぁ、そんな事を考えていたから表情も相当曇っていたのだろう。
女性は大きく勘違いした様子で――>
「いえ……その、私……重ね重ねご無礼を! 申し訳……」
「い、いやいや! ……俺の方こそ申し訳ありませんでしたッ!!
ベッドまでお借りしちゃって本当に……す、直ぐ自室に帰りますから……」
<――これ以上気を使わせても悪いと思った俺は
直ぐにこの場から立ち去ろうとした、だが――>
………
……
…
「あっ……あのっ!!
その本ってもしかして、天照様がお持ちの物と何か関係が……」
「……ええ、恐らくは同じ力の流れを組む物ですが
その事にはあまり触れて貰いたく無いと言うか……」
「し、失礼致しました……で、でもその! 一つだけ……」
「一つ? ……何でしょう? 」
<――この本に関しての妙な諄さ感じた俺は
少し威圧的にそう返した。
それは、この女性が何かしらの
“悪い考えを持って居るかも知れない”……と考えたからだ。
だが、この女性から発せられた言葉は意外な物で――>
………
……
…
「あ……あのっ!!
主人公様“も”もしかして……神様なのでしょうか? 」
「へっ? ……俺が神様? って、成程……そう言う事でしたか! 」
<――思い違いだった。
そう言えば天照様は神様扱いされてるんだよな。
同じ様な本を持ってたらそう思うのも無理は無いのだろうか……けど
神の名を騙るのは“ヲタ神の村”で懲り懲りだ。
だからこそ、確りと否定しようとし掛けていた俺に対し――>
「も……もしも神様なのでしたら、そのっ!!
直接、お祈りを捧げさせて頂きたくてッ!! ……」
「へっ? ……何か願い事でも有るんですか? 」
「お……お祈りを捧げさせて頂けるんですかっ?! 」
「い、いやその……」
<――弁明の隙も無く。
眼の前の女性は……俺に両手を合わせ、祈り始めた。
どうしよう……恐ろしく罪悪感が増してくる。
出会い頭に思いっ切り“モノ”を見せつけた上に
倒れた俺の介抱までさせた挙げ句
祈りまで捧げさせている状況だけを見れば――
――俺の“最上級コレクション”にすら無い程の
とんでも無い変態プレイに思えたからだ。
一方……そんな俺の心情を知ってか知らずか
清々しさすら感じる表情を浮かべ祈りを捧げるこの女性の顔を直視した瞬間
余計に罪悪感が増してしまった事は言うまでも無いだろう――>
………
……
…
「……有難うございました。
神様に直接お祈りを捧げる事が出来るなんて……」
「い、いやその……ゴホンッ!! 」
<――何と言うか
“罪悪感ゲージ”の針が振り切った俺は
敢えてこの女性の信仰心を踏み躙らない様
“ヲタ神の村”以来固く封印していた“神様演技”をする事にした――>
………
……
…
「敬虔な娘よ……御主の祈りは聞き届けた。
だが……今後祈りを捧げる相手は、天照様に限るのだぞ?
神はその程度の事で争いなどはせぬ……だが。
私個人が申し訳なく感じるのでな……良いな? 」
「は……はいっ!! 」
「うむ、為れば良かろう……」
<――だああああああああああっ!!!
“すっげぇ恥ずかしい黒歴史を
現在進行系でどんどん製造中な俺をどうか誰も見てません様にぃぃっ!!! ”
と……強く“神に祈った”瞬間だった。
ともあれ……この“超絶大根な演技”が受けたのか
この女性はとても喜んでくれた。
そして……暫くの後、この女性に別れを告げ
これ以上の要らぬトラブルを避ける為にも急ぎ自室へと戻った俺は――>
………
……
…
「……駄目だ、精神と肉体が全部疲れた
黒歴史も製造しちゃったし……と言うか、二度と神様の演技とかしたくない。
絶対にもう二度と神様の演技なんかしないぞ!
……よし、寝るか」
<――謎の宣言をした後、ベッドに横たわった俺。
しかし……余程身体が限界だったのだろうか?
瞼を閉じた瞬間“ラスボスクラス”の睡魔が心地良く俺を襲った。
やっと……やっと休める。
そう、思っていたのだが――>
………
……
…
<――何やらガサゴソと音がする。
ベッドが妙に揺れた感覚もある……まさか
懐のこの本を狙いに誰かが侵入して来たんじゃ?!
慌てて飛び起きた俺、だが――>
「いやんっ♪ ……主人公ったラ……激しいのネッ♪ 」
「へっ? リーアッ?! なっ、何でリーアが此処に……って、えぇぇっ?! 」
<――リーアだけじゃなかった。
女性陣が全員俺のベッドに居る……意味が分からない。
疲れが原因でイヤらしい夢でも見ているのかと思っていたが
どうやらそうでは無い様で――>
………
……
…
「どどどッ……どうして皆が俺のベッドに居るのかなッ?! 」
「……こっ、これはそのっ!
主人公さんがまた私達を置いて何処かに行っちゃわない様に……」
<――と、耳まで真っ赤に染まったメルに言われ
“それに……主人公ったら凄く調子悪そうだったじゃない?
だから何か遭ってからじゃ遅いし……仕方無く
よ……横で見守ってあげようって思ったのよ! ”
と、これまた耳まで真っ赤なマリーンに言われ
“因みに私は……主人公さんが美女に囲まれて
変な気を起こさない様に見張る役目ですよ~”
と、見事なまでに普通な状態のマリアに言われた。
うん、すっげぇ睡眠妨害なんだがッ?! ――>
………
……
…
「そっか~……って、いやいやいやッ!!!
もう絶対何処にも行かないし!
……第一、此処海の上だから転移とか不可能だし?!
寝れば回復するから見守りは要らないし!
か……仮に見守りが必要だとしても、隣のベッドで良いじゃん!?
あ、あとそのほら! ……へっ、変な気を起こしたとしても
“ナニ”か出来る元気とか絶対無いから! 」
「ほう? ……元気があったら襲うって事ですね? 主人公さん」
「だ・か・ら……ちがーうッ!!!!!
ってか本当に疲れてるんだから大人しく眠らせてくれよ……
……冗談抜きで本当に死にそうだから」
<――と、必死に懇願する俺を心配し
“気にしないでゆっくりお休みに成って下さい”
と言ってくれたメルだったのだが――
“いやメル、寝辛いって”
――そう何気無く発した一言が
“引き金”となったのか――>
………
……
…
「そうやって私達の事また置き去りに……そ、それにっ!
……主人公さんはさっき約束してくれた筈ですっ!! 」
「だから置き去りにはしな……って、約束? 」
「さ……さっき私達に、皆の為なら
“何でもする”って約束してくれた筈ですっ! だ、だから……」
<――やっちまった。
確かに“何でもする”って言った。
“エロゲ”とかならワクワクする展開なのかも知れないが
実際タイミングが悪いと唯辛いだけだ。
本当にタイミングが少しズレてたら超ラッキーな展開なのになぁ~ッ!
だぁーもうッ!! ――>
………
……
…
「……分かった、そもそも心配掛けたのは俺だし
これで気が済むなら皆一緒に寝よう……けど俺
相当疲れてるから寝相悪いかも知れないし
イビキとか酷いかも知れないから嫌になったら皆自室に戻ってね? 」
「はいっ! ……」
<――と返事をしたメルを筆頭に
皆満足げな表情を浮かべて俺の横で眠り始めた。
……のは良いのだが
今度は俺が“意識し過ぎて”寝られなくなってしまった。
この状況……天国であり、地獄だ。
……自らに睡眠の魔導って掛けられないみたいだし
どうしたものか……そうだ!
メルに頼んで睡眠の魔導を掛けて貰おう!
そう思い、メルを起こそうとした俺だったのだが――>
………
……
…
「ひゃんっ?! ……しゅ、主人公さんっ?!
あのっ……そ、そのっ……」
「あるぇ?! ……い、いやその! 緊張して寝られないから
睡眠の魔導を掛けて欲しくて起こそうとしただけで……そ、その……」
<――手の位置がほんの少しズレていただけなのだが
メルの胸を思いっ切り鷲掴んでしまった。
必死に謝る俺だったのだが――>
「主人公さん? ……何してるんですか? 」
「い゛ッ?! マ、マリア?! ……違うんだ、これはッ!
その、緊張して寝れなくてだな! ……」
「ほうほう……それでメルちゃんのお胸を“ほぐしたら”
主人公さんの緊張も“ほぐされる”って言うつもりですね?
……そんなバレバレの言い訳を聞くのも面倒ですし
私自ら主人公さんを永眠させてあげましょうッ!!
……と、何時もなら言う所ですけど。
多分“ラッキースケベ”が発動しただけですよね? 」
「いや、待ってくれ! ……って、えっ?
……その通りだよマリア!
緊張して寝られなくて、メルに睡眠の魔導を掛けて貰いたくて……」
「やっぱりそうでしたか……という事なのでメルちゃん
主人公さんに睡眠の魔導を掛けてあげて下さい! 」
「は、はいっ……でも……」
<――そう言い掛け口籠ったメル。
てっきり俺は“胸を鷲掴んでしまった”事を怒っているのだろうと思い
これ以上無い程真剣に謝った、だが――>
「……い、いえっ! そうじゃなくて!
そ、そのっ……主人公さんになら私
何をされても全然平気……ってそうじゃなくてっ!
酷くお疲れのご様子なので睡眠の魔導だと危険かも知れないって思って
だから、何か他に良い方法が無いかなって……」
<――メルの優しさに思わず涙が溢れた。
もっとも……いきなり泣いたから思いっ切り心配されたし
その騒ぎで全員起こしてしまったのだが。
……とは言え“三人寄れば文殊の知恵”と言うだけの事はあった。
女性陣が皆口々に案を出しあってくれた結果
ある、古くから伝わる“安全な方法”を実行する事に決まった。
……だが、この方法はどう考えても
俺だけが尋常じゃ無く恥ずかしい奴だった。
その“方法”とは――>
………
……
…
「……皆で主人公さんに子守唄を歌いますから
主人公さんは目を瞑ってリラックスしてて下さいね! 」
「い゛ぃッ?! いやその……」
<――メルの説明に
遠慮と言うなの拒否をしたつもりの俺だったのだが――>
「良いから良いから! ……って言うか主人公
“辛い時は私達に頼る”とも約束したでしょ?
だから……今日は私達に甘えなさいよ」
「マリーンまで?! わ、分かったよ……
……観念してお言葉に甘える事にするよ」
<――そう言って目を閉じた俺に対し
女性陣全員で子守唄を歌い始めてくれた……凄く、綺麗な声だ。
最初は恥ずかしがっていた俺だが、次第に眠気を感じ始め……
……同時に、懐かしさも感じていた。
転生前、俺がまだ小さかった時
母さんが歌ってくれた子守唄を思い出した。
何だろう……優しくて、温かい――>
………
……
…
《――子供の様な寝顔を浮かべ深い眠りについていた主人公。
そして……そんな彼の姿を微笑ましく見つめ
口々に彼を労って居た女性陣。
……彼女達の計らいに依って
久し振りの安らぎを得る事が出来た主人公……だが。
彼の疲労は常軌を逸して居た様で……直後
彼の“予告通り”発生した凄まじいイビキと凄まじい寝相の悪さは
女性陣の母性に些か大きな水を指す結果に成ってしまった。
これも、本人の知らぬ間に生成された
有る種の“黒歴史”と言えるだろう――》
===第百十二話・終===