第一〇八話「手を取り合えば楽勝ですか? ……中編」
<――何らかの技術を欲して居たとは言え、ディーン達を改造した
“あの”研究機関に在籍していたと言う衝撃の過去を話してくれたマリーナさん。
正直……この事実に皆ショックを受けている様子だったし
俺自身もマリーナさんに対して、何故その事を隠していたのだろうとか
まさかディーン達の改造に加担してたんじゃとか
色々と悪い方向に考えてしまっていたのだが……それでも
ラウドさんを始めする大臣達は
皆静かにマリーナさんの話す言葉に耳を傾けていた。
だが、そんな中――>
………
……
…
「……先程、遠目で見ていて思い出したのです
あのライドウと言う男が……あの研究機関に在籍していた事を」
<――マリーナさんがそう口にした瞬間
凄まじい勢いでマリーナさんに掴み掛かったエリシアさん――>
「エリシアさんっ?! ……」
<――直後
数人掛りでエリシアさんを引き剥がし必死で説得し……その後
何とか落ち着いたエリシアさんだったが――>
………
……
…
「……私利私欲だけで動くアンタみたいなのが居るから
それを利用して悪巧みする奴らがのさばるんだッ!!
……で?
アンタは自分の私利私欲の為に一体どんな技術を提供したの?
彼奴を“トライスターにする”方法でも恵んでやったのッ?! 」
<――そう食って掛かるエリシアさんを必死に抑えつつ
俺は――>
「エリシアさん! ……お願いしますから俺に免じて少し抑えて下さい!!
いつもの緩い話し方のエリシアさんで居て下さい!!
……確かに、マリーナさんが何か
悪い事に加担していた可能性は高いかも知れません……でも!
今はマリーナさんもこの国の家族ですし
折角皆無事で、皆生きてるんですから今は協力して……」
<――と、必死に説得していた俺
だが……やはり、体調が万全とは言えなかった所為か
急に立ち眩みを起こしてしまった。
……当然、その事に慌て始めた皆
俺は少しでも落ち着かせようと思い――>
………
……
…
「ご、ご心配おかけしました! って……睡眠不足が祟ったかな?
それとも……皆さんに会えたからって少しはしゃぎ過ぎちゃったかな~?
……なんちゃって!
アハハ……」
<――些か場の空気を読めていないテンションだとは思ったが
これでも皆に心配を掛けない様、気を遣ったつもりだった。
……勿論、皆の優しさは心の底から嬉しかったし有り難かった。
でもその反面、こんな風に笑って話せる様な
平和な時間が続かない事へのもどかしさも相当に感じていた。
まぁ、それもこれもきっと
この世界を設計した時の俺が果てしなく馬鹿だったのだろうと思う。
“異世界らしい雰囲気が味わいたい”
……ってだけの理由で色々と古めかしい作りにした所為か
海を隔てただけで魔導通信が繋がらないと言う妙に不便な制約がある事。
“異世界と言えば貴族やら中世の時代っぽい法律がある筈”
……なんて先入観を元に設計した所為で、
悪い貴族達が沢山生まれ、結果的に苦しむ人達が沢山居た事。
メルだってそうだったし
マリーンを始めとする元水の都の人達だってそうだった。
……今まで訪れた色んな国や地域も数多くの問題を抱えていたし
設計者である筈の俺がそれら全てを解決出来た訳でも無い。
寧ろ、俺の所為で幾つかの国を不安定にしたり崩壊させてしまったりもした。
……もっと波風の立たない様に
もっと皆が平和に暮らせる世界に作れていたなら
俺がもっと、確りとしていたなら……
……そう自らを責める様な考えに囚われ始めていた俺。
だが、その心境を読まれてしまったのだろうか――>
………
……
…
「全く……仕方ないなぁ主人公っちは~!
てか、緩い喋りってなんだ~っ!
……これは思い出深くて“可愛い”喋り方なのッ!! 」
<――不甲斐無い俺の様子に呆れたのか、大きくため息を付きつつも
いつもの話し方で俺の事を元気付けてくれたエリシアさん。
……だったのだが、一瞬何かを思い出したのか
寂しそうな表情を浮かべた様に見えた。
だから――>
………
……
…
「エリシアさん……俺、ずっと支えられてばかりで
一番苦しい筈のエリシアさんを少しも支える事が出来てなくて、それで……
……エリシアさんの持つ苦しみがどれ程深いのか
全然理解出来て無い俺に……全部教えて貰えませんか? 」
<――古傷を抉る様なこのお願いに対し
エリシアさんは少し微笑み――>
「仕方無いから……良いよ。
……けど、私の嫌な記憶を全部話しても皆の気分が悪くなるだけじゃないの? 」
「嫌な記憶だけじゃなく、良い記憶も……何だったら
“自慢話”だって話して下さい!
それはマリーナさんも……皆さんにもお願いします
どんな些細と思われる記憶でも構いません
覚えている事は全て話して下さい。
政令国家って言う“家族”が一丸となってこの困難から抜け出す為です。
どうか……力を貸して下さいッ!!! 」
<――必死だった。
どれ程辛い出来事でも、皆となら絶対に解決出来ると信じ
疑わなかったからこそ……皆にそう頼み、頭を下げたのだ。
そして――>
………
……
…
「……仕方ないなぁ~っ分かったよもうっ!
って言うか、主人公っちもついさっき魔王から――
“とっても恥ずかしい情報”
――バラされてたしぃ~? 私も昔話しなきゃ駄目かもねぇ~? 」
<――そう言いながら
意地悪げに俺の顔を覗き込んだエリシアさん――>
「なっ!? ……その“一件”はもう話題にしないで下さいよ!! 」
「アハハ! ごめんごめ~んっ! ……さて、此処から先はちょ~っと
“可愛い喋り”する余裕無いけど~……勘弁してね? 」
<――そう言うと、大きく深呼吸し
“昔話”を始めたエリシアさん――>
………
……
…
「……この国の初代トライスターの事は
王国時代からこの国に関わってる人なら知ってると思う。
数多くの古い文献に記されている通り
偉大な伝説の魔導師であり、この人こそ……何を隠そう私の師匠であり
憧れの人であり、お父さんみたいな存在でもあった。
……血の繋がりは無かったけど
孤児だった私を立派な魔導師に育ててくれた。
とっても偉大で……とっても大切な人だった。
花が枯れた位で泣いちゃう様な優しい人で
私はそんな優しい心を持つ師匠に褒められるのが大好きだった。
……そんな師匠と二人で、修行の旅を続けて居たある日
師匠はとある村でボロ着姿の戦争孤児らしき男の子を助けると
そのままその子を弟子にしたの。
その男の子の名前は“ライドウ”……当時は天才肌の弟弟子でね。
先輩の私より遥かに魔導適正が高くて、覚えも良くて
私が一つ魔導技を習得している間に彼奴は三つ位習得してた。
……それが悔しくて、彼奴が寝ている間にも魔導技の練習をしてたっけ。
まぁ……そうして何年も必死に特訓して
私も彼奴も一端の魔導師に成って暫く経った位の時期に
師匠と彼奴が口論してたのを聞いちゃったんだ。
因みに……此処から先の内容は、王国時代の文献でも
敢えて伏せられていた部分が多い話だから
皆……心して聞いてね? 」
<――エリシアさんがそう言った瞬間、部屋の空気が重くなった。
そして……暫しの静寂の後
エリシアさんが語り始めた“真実の歴史”――>
―――
――
―
「……何故駄目なのです? 師匠」
「何故って……答えるまでも無い事すら何故理解してくれないんだっ!
……君の行っているその“研究”は
人としての禁忌に触れていると言っているんだ! 」
《――若かりし日のライドウとヴィンセントは
とある森の奥深くでそう言い争っていた――》
「確かに師匠の仰る通り“それなりに”問題もある方法ではあります。
ですが……ではお聞きします。
度重なる戦争で過度に疲弊し、僅かな兵しか残されて居ない国を守る為には
それ相応の“犠牲”を覚悟しなければならないとは思わないのですか?
……それとも、師匠は我々人間を食料とする魔族達と
“お手々繋いで仲良く暮らせる”とでもお考えなのですか? 」
「今の技術では難しいだろう……だが。
……悲しい別れに成ってしまったとは言え
エリシアと仲良く話していたあの娘の存在は一筋の光だった。
それを鑑みれば……不可能な話では無いと思わないのかね? 」
「確かに……仲良く話す姿“だけ”を見ていれば
師匠の仰られる理論に同意出来ますが……奴らは所詮魔族です。
だからあの様に“化け物”の姿を表し街を襲い……
……そして師匠に討伐されたのです。
師匠……私を餓死の危機から救って頂き
此処まで育てて頂いた御恩は
何物にも代え難き事だと理解はしています……ですが。
これ程高頻度に魔族が襲来し続ける王国を守る為には
私の作り出す“装備”こそが唯一絶対の解決策であると断言しますし
師匠のお考えは余りにも甘いと断言出来るでしょう」
「……どうあっても君はその“研究”を止めないと言うのだね? 」
「師匠こそ……私の考えを頑として認めないおつもりですか? 」
「ライドウ、僕は……君の師匠である前に、人として決して触れてはいけない
禁忌に手を染める者の片棒は担げないと言っているんだ!
……君が僕に取ってかけがえの無い弟子である事実は揺るがない。
だからこそ……両親を失い苦しい思いをした君が
その苦しみを知っている筈の人間が……
……人様を苦しめる立場に立つ姿など見たくは無いんだ。
どうか……理解して欲しい」
《――そう言うとライドウに対し深々と頭を下げたヴィンセント。
……暫くの沈黙の後
ライドウは師であるヴィンセントに対し――》
………
……
…
「そうですか……分かりました、研究は控えましょう」
「良かった……理解してくれて嬉しいよ!
勿論、君の持つその“本”が無限の可能性を秘めて居る事も理解はしている。
だからこそ、もっと良い方向にその力を使える様
僕も一緒に考えたいと思っているんだ。
……皆が平和に暮らせる世の中を作る為の力として
君の持つその本の力を最大限に活かせる様、君も僕も……お互いに頑張ろう! 」
「ええ……必ず世界を変えましょう、師匠」
《――この時、そう約束をしたライドウだったが
彼はこの後も秘密裏に研究を続けていた。
そして、事件は起こった――》
………
……
…
「ぐっ! 魔族共め!! ……幾ら倒してもきりが無いッ!!! 」
「耐えるんだ相棒ッ!!
クソッ!! ……援軍はまだ来ないのかッッ!! 」
《――王国を守る兵達は皆疲弊して居た。
たった今、勇猛果敢に戦っていた筈の兵が……
たった今、治癒魔導を受けた兵が……皆次々と敗れ
次第に防戦一方と成り始めていた頃――》
………
……
…
「お……おい、ありゃあ……何だッ?! 」
《――そう言って一人の兵が指し示した先は彼らが守る王国の門であった。
見れば、援軍と思しき数十名の王国兵が整列していた
だが、彼らの持つ武器からは何やら禍々しい気が発せられていて――》
「俺達に任せろ……お前らは下がって休んでな」
《――禍々しい武器を持った王国兵の一人は、現れるなりそう言い残し
魔族の大群へと“人為らざる程の”速度で突進――》
「ああ、助かる……」
《――そう返事をした兵の声が彼らの元へと届く頃には
既に数十体もの魔族を討伐していた。
無論、その様を見ていた一般兵達は――》
………
……
…
「す、すげぇ……何だか知らねぇがこれで勝てるぞッ!! 」
「あぁ! ……けど、俺達の国に
あんな“怪しい武器”作る鍛冶屋なんて居たか? 」
「そ、それは知らねぇけど……兎に角あの武器は強えみてぇだし
それをぶん回してる奴らも化け物みたいに強えみてぇだしよ?
この調子ならあっという間に……」
《――先程まで意気消沈していた筈の兵達は、皆一様に興奮していた。
眼前で行われている非現実的な光景を受け入れたのか
禍々しい武器を振るう彼らの存在を“起爆剤”として
戦線を押し戻す程の戦い振りを見せ始めた。
だが――》
………
……
…
「……ウグッ……グガァ……ア゛ガア゛ァァァァ!!!!! 」
「なっ?! ……何だッ?! ……ぎゃああああああああっっっ!! 」
《――突如として戦場に響き渡った兵の断末魔。
その場所に居たのは――
――謎の武器を振るう度に周囲の魔導力を“吸収し続け”
敵味方の区別無く、動く者全てを喰らい続ける
武器と一体化した“援軍”の悍ましい姿であった――》
―
――
―――
「……其処からはもう散々だった」
<――そう言ってエリシアさんは更に昔話を続けてくれた。
……この後、戦いは混迷を極めた事
魔族は早々に撤退したが
その後も“悍ましい化け物達”が暴れ続けた事。
……数週間の戦いの後、多数の兵を失いつつも何とか危機を脱したが
それでも王国は壊滅的被害を受けてしまった事。
そもそも……仲間であった筈の“化け物”と戦う事すら辛いのに
物理職であれ魔導職であれ、一定以上の距離に近づけば“喰われて”しまう為
特異体質の者を除き化け物への対処はほぼ不可能で
唯全ての門を閉じ、耐え続ける事しか出来ない地獄の日々が続いたと言う事。
……そしてその“特異体質”を持っていたのが
彼女の師匠であるヴィンセントさん唯一人だった事が
エリシアさんの心に深い傷を付けた出来事の引き金だったらしく――>
―――
――
―
「……酷過ぎる、何て事だ。
既に化け物と成り果てた君達を救う事は……叶わないのだろう。
だが、何故君達の腕の中で……その人達が……
……“盾”として使われなければならないッ!!! 」
《――化け物に対しそう叫んだヴィンセント。
彼の視線の先では――
――武器と一体化し、化け物と成った王国兵達が
既に魔導力を喰らい尽くされ、抜け殻とも言える姿に成り果てた
兵達の亡骸を“盾”の様に扱っていたのだ――》
「……死んだ者が生き返る事が有り得ないのは僕にでも理解出来る、だが
せめてその亡骸だけは何としても取り返さなければ成らない。
……先に詫びておくよ。
すまない――」
《――彼はこの決意から後、一切の攻撃を放たず
防衛魔導を駆使し……一人、また一人と兵の亡骸を取り返し続け
全ての亡骸を取り返した後……その全力を以て
化け物と成った者達を葬った。
そして――》
………
……
…
「僕は……僕は確かに、君と約束をした筈だッ!!! 」
《――そう言うと彼は大きく息を吸い込み
そして……振り返った瞬間
ある人物の名を叫んだ――》
………
……
…
「ライドウッッッ!!! ……今直ぐ此処に来るんだッ!!! 」
《――この瞬間
彼は……今まで見せた事も
感じさせた事も無い程の凄まじい剣幕でライドウを呼びつけた。
そして、この直後――》
………
……
…
「……どうかされましたか? 師匠」
「ライドウ、僕は君に本の研究を止める様言った筈だ。
何故続けた? そして……何故君は悪びれてすら居ないッ!? 」
「……魔族は追い返せましたし
恐らくこれで暫くは魔族も此処へは来なくなるでしょう。
確かに、些か失敗作ばかりにはなりましたが……」
「……皆が平和に暮らせる世の中を作る為の力としてならば
君の持つその“本”の力を使う事も構わなかった。
だが、何故君は僕と……王国に住む人々を裏切った? 」
「裏切り? ……私は師匠を裏切ってなどいませんが? 」
「君は確かに僕に対し“研究を止める”と言った筈
そして……必ず世界を変えるとも約束した筈だッ!!! 」
「いえいえ……私は“控える”と言ったのですよ師匠
それに……世界は変わったじゃないですか。
魔族達はきっと今回の出来事を恐れ
此処を攻める事に戸惑いを感じる筈です。
……勿論、此方にも犠牲は出ましたが
極少数ですし、技術の発展には多少の犠牲も……」
《――瞬間
ライドウの頬を平手打ちしたヴィセント。
そして――》
………
……
…
「僕は……今から君に一つ質問する。
もし、再び王国を魔族が襲った場合……
……君は、同じ事を繰り返すつもりでは無いだろうね? 」
「師匠は……私がどう動くと思われますか? 」
「……分かった」
「何が分かったのです? 師匠」
「君は……その“本”が持つ力に飲まれてしまったのだね。
成らば、師匠として僕に出来る事は一つだ。
二度とこの様な事を行えぬ様……僕がその本を破壊する。
今すぐに……その本を渡しなさい」
「いえ……お断りします師匠、と言うか。
……たまには力ずくで言う事を聞かせてみては如何です? 」
「……もう一度だけ言う、僕の大切な弟子である君を傷つけたくは無い。
心から頼む……その本を手放しなさい」
「何回言われても答えは変わりません。
力ずくでどうぞ、師匠? ……いいえ。
ヴィンセントッ!!! ――」
《――言うや否や
ヴィンセントに向け大量の魔導攻撃を放ったライドウ
だが、ヴィンセントはその全てを防ぎ切り――
――寧ろ、ライドウの放った魔導など比較にも成らない程の
密度を持った攻撃を切れ目無く放ち続けた。
対するライドウは避ける事で精一杯といった様子……だが
彼には奥の手があった様で――》
………
……
…
「流石にトライスターは強いです……ねッ!
普通の魔導師なんぞゴミ同然な程に……で……すが……」
《――ヴィンセントの攻撃を避け続けていたライドウ……だが、次の瞬間
突如としてヴィンセントの眼前から消え――》
「ヴィンセント……貴方の“甘さ”を利用させて貰いますッ!!! 」
「何っ? ……ッ!?
ハッ!? ……エリシアッ!!! 」
《――彼の一瞬の隙を狙い
戦いの様子を見守っていたエリシア目掛け
大量の魔導攻撃を放ったライドウ……とは言え
ヴィンセント程の腕前ならばこれを防ぎ切る事など容易く
結果は火を見るよりも明らかであった。
だが――》
………
……
…
「やっと隙が出来ましたねぇ……ヴィンセント? 」
「ぐっ! ライドウ……一体何を……した……」
《――エリシアを守る為、一瞬の隙を見せてしまったヴィンセント。
そんな彼の背中に向け、ライドウが投げ放った謎の小瓶。
それはとても小さく……だが強力な
ある“能力”を持っていた――》
………
……
…
「仕方有りません……教えてあげましょう。
その液体には、揮発するにつれて
付着した対象の魔導力を
一緒に“揮発”させてしまう能力があります。
因みに……毒でも呪いでも無いので、それを解く魔導技はありませんし
解除の方法は私にも分かりませんので悪しからず」
「成程……僕はこのまま死ぬのか」
「ええ、ご理解頂けて居たならこんな手は使わなかったですが
所でヴィンセント……貴方程の腕前でも、死ぬのは怖いですか? 」
「ふっ……死ぬ事など一つも恐ろしくは無いよライドウ。
だけれど、僕には一つ心残りがある」
「ほう……お聞きしておきましょうか」
「闇に溺れた君と言う存在を……もっと正しく光へと導けて居たなら
僕の願った君の“未来”が叶っていたなら――
――それが、とても心残りなのだよ」
「……そうですか。
さて……他にもう言い残す事はありませんか? 」
「……ああ、聞いてくれて有難う。
さて……最後に、僕の大切な弟子達二人に
師匠らしい姿を見せ、最期の別れとさせてくれるかい? ――」
《――この言葉から暫くの後
ヴィンセントはその生涯を閉じた。
彼が命を賭して最期に見せた“師匠らしい姿”と共に――》
………
……
…
「師匠ッ!! ……師匠ッ!! ……」
《――既に息を引き取ったヴィンセント
………そんな彼の亡骸へと縋り付き
泣き叫ぶエリシアの声は王国中に響き渡った。
ヴィンセント……王国初のトライスターであり、偉大な師でもあった彼が
その残り少ない命を引き換えにしてまで最期に放った技。
それは――
――固有魔導“強制隔離”であった。
この技は対象の命を奪う事無く、世界の何処かへと生成される
特殊な牢獄へと対象を閉じ込め続ける能力を有し
術者であるヴィンセント自身が開放の意思を持たぬ限り
外部からの破壊活動は意味を為さず
術者の死亡後も決して解除される事無く……対象が死亡するその時まで
牢獄としての機能を有し続けると言う、極めて特殊な物であった。
だが――》
………
……
…
「フッ……ヴィンセントめ
可愛い弟子に対してよくも酷い置き土産をしてくれた物だ。
だが……此処がどの様な構造をしていようとも
私は必ず此処を脱出し、私を爪弾きにした者共を全員……
……一人残らずッ!!!
苦しめて苦しめて苦しめてッ!!! ……必ず嬲り殺してやる!!!
……必ずだッッッ!!!
その時、私の考えこそが正義だったのだと
全人類に認めさせ……その後、全てを滅ぼしてやるッ!! 」
《――ライドウ。
彼は……永遠とも思える時間の中で何一つとして考えを変えず
ただひたすらに世界への恨みを増幅させ続けていた――》
===第一〇八話・終===