第一〇六話「ただ皆で楽しく過ごせるなら……」
<――同じセリフであっても言い方とタイミングでこうも違うかと
ムスタファさんに対し、僅かに嫉妬心を感じていた俺。
だがその一方で、彼の“規格外”はこれだけでは無かった様で――>
………
……
…
「……魔族の王よ、貴方は攻撃する相手を間違えた。
私の命の恩人であり、最終目標でもある主人公様への攻撃……
……それが如何なる理由であれ、貴方を許す事は無い」
「フッ……魔王である我に対し
其の様に尊大な態度を取るだけの力は持ち合わせている様だ。
貴様からは主人公に負けず劣らずの凄まじい魔導力を感じる……
……だが“格”も経験も貴様の方が数段上と見える」
「お褒めに預かり光栄だ、魔族の王よ……だが、それは誇れる話じゃ無い
戦いに明け暮れた結果“育ってしまった”に過ぎないのだから」
<――魔王と会話するムスタファさんを見ていて思った。
俺の知っている、あの“ほんわか”とした空気感は演技だったのだろうか?
それともあれが一番落ち着いている状態だったのだろうか?
今となっては分からないが……何れにしろ、魔王を恐れる事など微塵も無く
堂々たる立ち居振る舞いを見せる彼をほんの少し遠い存在に感じてしまった。
王子とは本来こんなにも近寄りがたい気迫を纏っているのだと知ったから。
だが一方で……そんな偉大な人が俺を恩人と仰ぎ、聖人とまで形容し
この状況から救ってくれようとしている事が光栄である反面
俺は、俺自身の不甲斐無さに落ち込んでいた。
この二人の会話に割って入る事すら出来ない事にも……
……だが、こんな息の詰まりそうな状況に
文字通り“割って入った”これまた凄まじい存在がもう一人――>
………
……
…
「ムスタファ様ァァァァァァッ!!! ……」
<――突如として凄まじい声量を“放ち”ながら
ムスタファさんの所へと走り寄ってきた謎の老人。
そして、現れるなり――>
「……久しぶりに拝見致しますが
やはりムスタファ様の御力は凄まじいですな~! 」
「いやいや~爺やには敵わないと思うよ? 」
「……其の様に謙遜為されずとも!
しかし、能力を“全開放”なされるのであれば
是非ともお隣で拝見させて頂きたかったですなぁ……」
「いや~ごめんごめん! あまりの状況に慌てちゃって……」
<――うん。
ムスタファさんの口から時々漏れていた“爺や”ってのが
この人だと言う事だけは理解出来た。
ってか、この“爺や”さんからも何だか異質な雰囲気を感じる。
まぁ、鈍い俺が感じた位だ。
魔王は“言わずもがな”な様子で――>
………
……
…
「フッ……主人公とやら。
……つい先頃、貴様が苦し紛れに吐き捨てた啖呵が
宛ら“戯言”と呼べぬ状況とでも成ったつもりであろう? 」
「……そんな事は思ってない。
寧ろムスタファさんと“爺や”さんを見てると
俺の不甲斐無さが余計に際立って、恥ずかしさすら感じてた位で……」
<――魔王に対しそう言った瞬間
ムスタファさんは俺の知る何時ものテンションに戻り
必死に俺の事をフォローしてくれた。
だが、正直……そう言う優しい所も含めて王子の器なんだろうなと思う。
だが、その一方で
そんな“ほんわか”とした時間はそう長くは続かず――>
………
……
…
「……主人公とやら、貴様に一つ訊ねておこう。
先程――
“互いに助力を受けた時点で敗北と捉える”
――そう、取り決めた筈で有ったな?
では……この者共が“助力では無い”と
我に詭弁を立ててみるが良い……」
<――そう言われた瞬間、俺は凍りついた。
今直ぐムスタファさんや爺やさんに対し――
“魔王と闘うのを止めてくれ”
――そう頼んだ所で、既に手遅れな事に気がついたからだ。
……魔王が俺を殺そうとした時
ムスタファさんが現れた事で一瞬の混乱が起き
間一髪救われた事を百歩譲って見逃して貰えたとしても
その後“治癒魔導”を掛けられた事を弁明する余地がまるで無いし
此処で言い訳がましく――
“近くで彼奴がエリシアさんと戦ってる事だって精神的な助力だろ! ”
――とか言っても意味は無いだろう。
俺は……また何一つ答える事が出来ないのだろうか?
もしこれで何も答えられず、其の所為で魔王が配下の魔族に対し
政令国家への全面的な攻撃を命令したら……間違いなく誰かが死ぬ。
そして……そんな絶望感に耐えきれず
俺はいつの間にか苦悶の表情を浮かべていたのだろう。
そんな俺の様子を見ていた魔王は、突如として笑い始め――>
………
……
…
「正面からの考えばかりに囚われ……答えを出せず苦悩し
それでも諦めぬと言う気概だけは認めてやろう。
……だが、貴様は一つ失念している。
我は……血肉沸き立つ闘争を求め
貴様との闘いに興じて居たのだ。
……成ればこそ、例え詭弁であろうとも……道理など通らずとも
我を“愉しませる”答えこそが真理であるのだと言う事をな」
<――そう言われてやっと気がついた。
魔王は最初からそういう考えの元この状況を作り上げていた。
……だからわざわざ俺に対してこんな説明までしたんだろうし
俺が防戦一方だった所為で戦い足りていなかったのだ。
まぁ……それに気がついた瞬間余計に不甲斐無く成ったのだが
とは言え、だからこそこんなにも分かり易いチャンスを寄越してくれた。
ついさっきまでは絶望感に押し潰されそうな俺だったが
一か八か、魔王に対し下劣とも思える様な要求を突きつけた――>
………
……
…
「……其処まで言うなら聞くけど
魔族の王と呼ばれる程に強大な力を有する存在であるアンタの事だ。
俺だけじゃ無く、ムスタファさんと爺やさんも含め
纏めて掛かっても構わないって言ったと捉えて良いんだよな?
……それと、そっちはさっきの取り決め通り
配下の誰かが手出ししたら負けってルールのままでも
何ら問題無いって事で良いんだよな?
それとも……それは流石に怖いか? 」
<――何だか言ってて凄く悪どい気がしたし
俺自身、自分の発した言葉の全てが“下っ端感凄い”と感じていたのだが
どうやら魔王も俺と“同意見”だった様で――>
………
……
…
「フッ……有利と踏んだ途端、妙に饒舌に成ったな?
“小僧”……貴様の様に見通しの甘い者がそれ程の力を有し
これ程の仲間を有している事も
人間族と相容れぬ理由の一つと謂えよう。
だが……我は魔王である。
……如何なる軍勢を相手取ろうとも
魔族の王である我が貴様の様に惨めに地に伏す事など有りはしない。
理解したならば……“小僧”
我の真の力、刮目するが良い――」
<――俺の目を見つめつつ余裕の表情でそう言い切った魔王。
……だが、一つだけ気になった事が有る。
それは、今の今まで名前で呼んでくれてたのに
思い切り“小僧”に格下げされた事……では無く。
一瞬、気の所為かもしれない……だがほんの一瞬
魔王が遥か遠くの背後で待機している配下の魔族達を気に掛けた事。
……もしかして見せない様にしているだけで
魔王も充分この状況に恐怖しているのだろうか?
いや“愉しませろ”って言った位だ、そんな事を考えている筈は無い。
でも――
――常日頃から色んな事への感度が鈍い俺だが
人の嫌がる目つきや表情にだけは過敏過ぎる程に敏感な
俺の“そういうレーダー”は確かに反応した。
まぁ……気になったから質問したく成ったって言うのもそうだが
幾ら敵とは言え、命を掛けた戦いの直前に
あれ程“卑怯なルール”を押し付けた挙げ句
こんなにモヤモヤしてたら戦える気がしない。
だから、俺は――>
………
……
…
「なぁ魔王さん……このままどちらかが負けるまで戦えば
どちらかが滅びる事に成るかもしれないんだぞ?
アンタ……本当にそれで良いのか? 」
「小僧、この期に及んで……臆したか」
「ああ確かにアンタの事は死ぬほど怖い……でもそうじゃなくてさ。
……俺の勘違いかもしれないが、何れにしても
スッキリしないと戦いに集中出来ないから
この際正直に言わせてくれ。
話し方とか、ムカつく点は多々あると思うけど俺は今、疲労困憊な上に
全く寝てないから考えが纏まって無いんだ。
だから取り敢えず……黙って最後まで俺の話を聞いてくれ」
「……良かろう」
「有難う……
……魔王さん、どの種族であろうとも
“長”って立場が大変だってのは痛い程分かる。
俺が旅のリーダーとして過ごしてた数ヶ月ですら
色々と至らない所だらけと感じてたし
俺自身がどれだけ悩んだか考えたら
きっとその何千倍も大変なんだろうと思う。
だからと言って魔王としての重責を全部理解してるとは言わないけど
一つだけは今、理解出来た様に感じたんだよ。
魔王……アンタは今、後ろにいる配下の身を案じた筈だ
もし万が一にも自分が負けた時、彼らがどうなるのか
ほんの僅かでも考えた筈だ。
俺は“魔族達を何としても滅ぼそう”って言ってるんじゃない
共存出来るなら共存したいって言ってるんだ。
だから……」
<――俺が其処まで言い掛けた時
魔王は一瞬怪訝な表情を浮かべた。
この表情が意味する所が俺の勘違いに依る所なのか
それとも魔王の言う俺の“甘い考え”を嫌っての事だったのかは分からない。
だが、俺の発言に反応したのは魔王だけでは無く――>
………
……
…
「主人公様……魔族共と本当に共存共栄する道を選びたいと? 」
<――これまた怪訝な表情を浮かべたムスタファさんに
そう訊ねられた俺は――>
「……ええ。
全世界……全ての人類に“怪訝な表情”で見られても
俺は“お手々繋いで仲良く”ってのが一番理想だと思っていますから。
まぁ……魔王や大国を治めているムスタファさんからしたら
唯のお花畑な理想論でしか無いかもしれませんけど……」
<――そう告げた。
何時もほんわかムードで優しいムスタファさんですら
流石にこの意見には反対するかも知れないと思っていたが
そんな俺の直ぐ近くで暫く何かを考えた後、少し微笑み――>
………
……
…
「……まさかここまで聖人で有ったとは驚きました。
本来ならば貴方様の言う様に
私も“怪訝な表情”を浮かべ続ける側に立つべきなのでしょうが
私は始めからずっと、貴方の語る“お花畑”に憧れているのですよ?
さて……主人公様に一つだけ確認を。
本当にその選択……後悔しませんか? 」
「ええ……決して」
「そうですか……流石は主人公様だ!
それならば、私の有する“全く使い道の無い固有魔導”が役に立つでしょう。
爺や、今日こそあの技を使う……良いね? 」
「ムスタファ様……承知致しました」
<――そう返事をするや否や
俺とムスタファさん……だけで無く
魔王までもを包み込む程の凄まじく分厚い防衛魔導を展開した爺やさん。
……でも、外からの攻撃を防ぐ為の物では無さそうだった。
勿論防げそうでは有るが……どちらかと言えば
魔王を含めた“俺達が”この場所から出られなくする為に展開した様に感じた。
ともあれ……この
直後――>
………
……
…
「主人公様、暫くの間お別れです……良い結果を期待しています」
「えっ? “お別れ? ”それは一体どういう……」
<――と訊ねた俺の質問に答える事無く
ムスタファさんは自らの固有魔導を発動した――>
………
……
…
「一切の武を禁じ、解決せよ――
――“交渉之空間”」
<――瞬間
俺達の周りの景色は……
消えて行き――>
………
……
…
「……後は“当事者同士”が決着をつけるのを待つのみだね、爺や」
「ええ……良い結果を持ち、お早くお目覚めに成られれば宜しいのですが……」
《――そう言葉を交わすムスタファと“爺や”
その傍らには……共に意識を失い
この場に倒れた主人公と……魔王の身体があった。
……この異様な状況に、政令国家陣営
魔族軍の何れもがただ静観していた中――》
………
……
…
「奇っ怪な技をお持ちの様ですが……
……その技は一体、何がどうなったら終わりなのです?
と言うか、一体どう言う類の技なのです? 」
《――防衛魔導越しに大層訝しげな表情を浮かべつつ
ムスタファに対しそう訊ねたのはライドウであった。
その一方で……質問を受けた瞬間
懐から液体の入った小瓶を取り出し、その全てを飲み干したムスタファ
その直後――》
………
……
…
「……私の固有魔導は“争う者同士を封じる”事が出来るんだけど
閉じ込められる空間は特殊な精神世界でね。
……抗う事も出来ないし、如何なる武力も使えない。
争いの当事者同士が“話し合う”事のみ許される空間で
偽りの契約も出来ないから、真に解決しない限り出る事も叶わない。
……要するに、何かしらの決着がつくまで
主人公様も、魔王も……このまま意識が戻らないって事だ。
ただ、精神世界の時間の進み具合は相当な物だから
こうして説明している間でも既に一ヶ月程議論している事に成る。
そして……私を含め
主人公様に好意的な人々ならば当然知っているかもしれないが――
――彼は、一度決めた事を完遂するまで続ける
“鋼の意思”を持っている。
故に、どれ程魔王が心優しい主人公様に
“威圧感満載”で掛かった所で主人公様は決して折れない。
……寧ろ、依り一層頑なに成るだろう。
だから……二人の意識が戻る時は
必ず、主人公様の希望が叶ってからって事に成る。
それと――
さっきから虎視眈眈と
爺やの防衛魔導を破る為の算段をしてる君に
――もう一つだけ教えておこう。
私はつい先頃、主人公様の一大事だと“古い知人”から連絡を受け
慌てて飛んできたんだけど、念の為に持って来てた物があってね。
何を隠そう、我が国秘伝の魔導力強化剤なんだけど……
……先程飲んだ物がそれだ」
「そうですか……お見受けした所、貴方の使っている“技”
それ自体を維持する事にそれなりの意識を集中し続ける必要を感じますが
そちらに意識を向けながら……私と戦えると仰るので? 」
「おや? ……君が其処まで心配してくれる必要は無いと思うが。
と言うか……爺やにも渡してあるし
仮に爺やが飲まなくても、君に爺やを超える程の力があるとは思えない。
大体、何処からどう見ても君は“歪”だ。
……悪い事は言わない、心の底から退く事をお勧めしておく。
まぁ、早死にしたいならば止めはしないし
寧ろ掛かって来て欲しい位なのだけれどね? ……」
《――ライドウに対するムスタファの見識は
これ以上無い程に“正確”であった。
彼が“爺や”と呼ぶこの老人の眼光は鋭く――》
「……ムスタファ様から光栄な程にお褒めに預かりましたので
“歪な魔導師”ライドウとやら……貴方に
私の力の片鱗をお見せ致しましょう――」
《――瞬間
ライドウに依って捕縛されていたエリシアを防衛魔導で包み込み
捕縛魔導の“繋がり”を破壊した“爺や”
……その上で、防衛魔導ごと
彼女を自らの傍へと転移させた。
その上で、彼女に治癒魔導を施しつつ――》
………
……
…
「……尚も戦いたいと仰るのであればお引き受け致しますが
お見受けした所、その“歪な”装備を失えば貴方は……」
《――“爺や”が其処まで言い掛けた
瞬間――》
「ええ……全てを語られずとも撤退致しましょう。
現状では余りにも分が悪いですからね……しかし
……魔王の趣味に付き合わされた挙げ句
その所為でこの様な醜態を晒す羽目に成ろうとは
少々前から薄々感じては居ましたが……魔族との関係性も潮時の様です。
……今は譲ります、後はそちらでお好きな様に為さって下さい。
では、さようなら――」
《――瞬間
無詠唱で何処かへと転移し
この場所から消え去ったライドウ。
そして――》
………
……
…
「……ライドウッ!!! ……クソッ!!!
私がもっと強かったら彼奴をッ!! ……」
《――言うや否や、拳を振り上げ
自らの太腿へと振り下ろしたエリシア
だが――》
「エリシア様……と、お呼びしても宜しいでしょうか? 」
「うん、良いけど……まずはお礼を言わせて。
助けてくれてありがとう、えっと……爺やさんって呼んだら良いかな? 」
「いえいえ……是非とも“ハイダル”とお呼び下さい」
「んじゃ……ハイダルさん。
魔王……はどうでも良いけど、主人公っちは大丈夫なの? 」
「……今お答え出来る事は、先程ムスタファ様が御説明された
主人公様の“鋼の意思”を信じる他無いと言う事のみで御座いますね」
「そっか……なら多分大丈夫だね! 」
《――そう話すハイダルとエリシア。
彼らの“楽観的”とも言える考えが正しいのか否か
その答えは――》
………
……
…
<――この空間に閉じ込められてから一体どれ程の月日が流れたのだろう。
俺と魔王の議論は平行線を辿っていた――>
「……諦めが悪いな小僧」
「そっちこそ……強情を張るなよ魔王」
「フッ……貴様がどれ程の詭弁を唱えようと
人間族の様な矮小で脆弱な者共と共存する事など有り得ぬ事……」
「だから……何も“同じ釜の飯を食え”とは言って無いだろ?!
“血液混成法”が嫌だって言うのも理解してるけど
一切俺の提案を受け入れないなら……」
<――と、ずっとこんな調子なのだが
これでも相当に平和的な話し合いに成った方なんです……はい。
それこそ此処に閉じ込められた直後なんて酷かった。
魔王が俺に対し魔導攻撃を使おうとして不発に成り
俺もそれに慌てて防衛魔導を展開しようとして不発に成り――
――凄まじく“微妙な空気”が流れたかと思ったら
今度は物理的に殴り掛かって来た魔王……けど、これも不発に成った。
で、此処に閉じ込められる直前
ムスタファさんの唱えた呪文にそんな文言があった事を思い出した俺が
恐る恐る説明してみたら……めっちゃ睨まれてすっげぇ怖かった。
……そんなこんなで
話し合いで解決するしか無い事を受け入れたのが大体一ヶ月前位だ。
ただ不思議な事に、この空間では腹も減らないし眠たくもならず
議論を続けていても“肉体は”疲労すらしない。
まぁ、その所為で俺も魔王も“精神的に”相当堪えているのだが
何処にどう呼び掛けても此処から出られる兆しは見えなくて――>
………
……
…
「……なぁ。
お前が配下に対しての体裁みたいな物を気にしてるのも分かる
だけどさ……大切な配下達だからこそ、護りたいとは思わないのか?
……もし少しでもそう思ってるなら
俺が仲間の事を大切に思う気持ちだって爪の先程度でも理解出来る筈だろ? 」
「無論理解している……だが、貴様の立てた策に依って
我の配下が相当数失われた事を鑑みた時
貴様の守護する者共からも同数を“生贄”として捧げられねば
失われた配下の者共に顔向け出来ぬと言う物。
小僧……貴様の提案は余りにも都合が良過ぎるのだ」
「だから……俺は見たんだよ!
お前が全軍率いて政令国家を滅ぼした姿を!
俺が“後進復帰”って技を使って時間を戻したから
お前は全く覚えてないみたいだけど……てかそもそも
お前だって政令国家を滅ぼそうとして全軍率いてたんじゃ無いのかよ!!
たまたま失敗しただけだろ?!
……成功してたらそんな事を問題にはしなかっただろ?!
いい加減に理解しろよ!!! 」
「フッ……承服しかねる」
<――この後も議論は続いた。
果てしなく……気が遠く成る程に続いた
“平行線”
だが、その時は突如として訪れた――>
………
……
…
「おぉ!! 主人公様! ……解決しましたか? 」
「んっ? ……ムスタファさん?
え、ええ! ……何とか俺の要求を飲んで貰えました!
って、エリシアさん?! ……」
<――どうやら
俺が精神世界に閉じ込められていた間
俺の身体はずっと眠っていた様な状態だったらしい。
……中で約半年近くに渡る議論を続けていた俺に対し
此方では十数分程しか経過して居ない事を
ムスタファさんから聞かされたのだが、そんな事よりも――
――エリシアさんが俺の事を力一杯抱き締めてる上に
嘘みたいに泣いてる……ヤバい。
どうしよう――>
………
……
…
「あ、あのッ!! ……は、話し合いも解決しましたし!
魔王を含め、魔族達はもう政令国家を滅ぼそうとはしない筈ですから
安心して……」
「そんな事は良いの……良かった、無事で本当に良かった……」
<――現実では高々十数分程度眠っていただけの俺をこれ程までに心配し
良かった……良かったと、何度も何度も言い続けたエリシアさん。
その様子を見ていて思った、俺の選択はこれで良かったんだと――>
………
……
…
「そ、その……取り敢えず政令国家も皆さんも全員
誰一人として失わずに済みそうな話し合いが出来ました。
……ってかそのッ!!!
ず……ずっと抱き締めて頂けるのは嬉しいんですけど
流石に照れると言うか何と言うか……あ、あとそのッ!
……た、戦いの前にエリシアさんが言った
“あの約束”はその……き、聞かなかった事にしておきますからッ!! 」
《――そう言い終えた瞬間
主人公の顔は耳まで真っ赤に成っていて――》
………
……
…
「あの約束? ……あっ!
成程ぉ~? ……主人公っちったら
私と“変な事”する想像でもしちゃったのかなぁ~? 」
「い゛っ!? ……だだだ断じてそんな事は!! 」
「……ふふっ♪ 主人公っちはやっぱりイジり甲斐が有るなぁ~♪ 」
「ちょ、エリシアさん?! ……」
<――俺と魔王はあっさりとあの空間から脱出した。
俺も魔王もお互いに……多分
遺恨の残らない話し合いが出来たと思う。
これで誰一人失わず、魔族ですら失わず“お手繋いで仲良く”が叶った。
俺は最適解を見つけ……そして選んだんだ。
……俺は、永遠とも思えた長い対話の中で
この結果を生み出す為、魔王とある契約を結ぶ約束をした。
それは――>
………
……
…
<――お互いの魂を等しく分け合うと言う
“魂之割譲”
魔王に提案されたこの“呪い”を、受け入れる約束をしたのだ――>
===一〇六話・終===