第一〇五話「本気にさせられたら楽勝ですか? 」
<――最も簡単な防衛魔導すら展開する余裕が無かった。
考えるよりも先に転移してしまった俺は
エリシアさんを絶対に護ると言うその一心で
気がつくと、自分の身体を“盾”にしていた――>
………
……
…
「なっ!? ……主人公っち?! 」
<――良かった、エリシアさんは無事みたいだ。
けど、俺はこのまま死ぬんだろうか?
確かに護れはしたけど、後の事を何も考えてない行動だったし
せめて……エリシアさんと戦ってるこの男に
俺が少しでもダメージを負わせておけば
もっとエリシアさんの助けになったのかもしれない。
まぁ、今となっては遅い考えかもしれないが……でも、不思議と痛みが無い。
……そっか、本当に死ぬ時ってこんなに痛みが無いのか。
などと考えていた時、俺の胸元で何かが砕けた音がした――>
………
……
…
「ん? ……何ぞ? 」
<――俺は恐る恐るチクチクと痛い胸元を確認した。
すると、旅立ちの日にミアさんから貰った謎の輪っかが砕け散っていた。
……最悪だ、ミアさんからの大切な贈り物が壊れてしまった!!
などと能天気な事を考えていた俺に対し――>
………
……
…
「フッ……存外楽しませてくれるでは無いか」
<――そう言い放った魔王
その瞬間、俺の中で何かが弾けた――>
………
……
…
「おい魔王……俺との一騎打ちじゃなかったのか?
仮にも魔族の王と呼ばれる存在がこんな汚い“マネ”して……
……恥は無いのかよ?
それとも、ルール違反でそっちの負けって事にでもしたかったのかよッ?! 」
<――いろんな事に悩み
さっきまで怯えていた俺だったが
その恐怖の根源たる魔王に対し、これだけの啖呵を切ってしまった。
だが、魔王は怒るでも無く笑い始め――>
………
……
…
「ふっ……漸く怒りを顕にしたか、全く手間の掛かる物だ。
……だがな人間、貴様は我の奥底で眠っていた
闘争への渇望を目覚めさせる程の力を有している。
……成ればこそ
本気の貴様を滅さねば我の渇望は収まらぬのだ。
理解したのならば、今こそ貴様の全力を我に見せるが良い……」
<――などと宣いやがった。
正直、イライラするどころの騒ぎじゃない。
ついさっきまで恐れてた相手が、まるでヤンキー漫画みたいに
誰が強いか、どう戦ったかみたいな事だけを原動力にしているんだと知った俺は
違う意味で恐怖を感じていた。
それと同時に……そんなつまらない考えの元、俺を怒らせる為だけに
エリシアさんに対して卑怯な攻撃を放ったって事実を思い出した瞬間
俺の心には、魔王に対する明確な殺意が芽生えていた。
絶対に、此奴を――>
………
……
…
「フッ……良い殺意を感じるぞ、人間」
<――魔王にそう言われ余計にムカついた俺は
俺の知る限り最も悪意に満ちた技を使い
眼の前の“魔王”を完膚無きまでに叩き潰すつもりで居た。
……だが、そんな俺の目の前に突如として
“半透明な”男の子が現れた事で事態は急変した――>
………
……
…
「お兄さん凄い殺気だね……お兄さんなら僕と
ママの仇……取ってくれそうだね?? 」
<――そう声を掛けて来た男の子は異質な雰囲気を纏っていた。
そして、突然の事に驚いた俺の様子を察してか――>
「……僕は敵じゃないから安心して。
僕の名前はネイト……今、お兄さんが倒そうとしてる魔王に殺されたんだ」
<――そう言われ納得した。
……この子は“幽霊”だ。
だが、何故いきなり俺の前に現れて話し掛けて来た?
と言うか何故いきなり幽霊と話せる様な能力が芽生えた?
もしや、天照さんから預かったあの本の効果が
薄っすらとでも俺に出てるって訳じゃ……と
様々な疑問を感じていた俺の考えを知ってか知らずか
この子は続けて――>
「僕は勝てなかったけど……お兄さんなら勝てるかもしれない。
だから……僕が魔王の弱点を教えてあげるからその通りに戦ってみて!
先ずは……」
<――無論、この子の全てを信用していた訳では無いが
それでも、苦しい状況に何らかの変化を期待した俺は
この子の言う通りに動き、攻撃を放ち続けた……すると
さっきまでの苦戦が嘘の様に互角の戦いが出来始めたってだけじゃ無く
さっきまでの俺の様に……今度は
魔王の事を防戦一方へと追い込んですら居た。
……よしッ!! この調子なら間違い無く魔王を倒せる!!
後少し……後少しッ!!!
……だが、甘かった。
俺は完全な“死亡フラグ”を立ててしまったのだ。
……とは言え、終始押し続けていた俺と魔王との戦いには
何一つ問題は無く、本当に後少しと言える所まで追い詰めては居た。
だが――>
………
……
…
「ぐっ!? つ、強くなられましたね……姉弟子? 」
「……アンタは昔から何も変わっていないみたいだけどね。
と言うか……命を救ってくれた師匠に対する恩を
仇で返す様なクズさ加減は……より酷くなってる様に思うけどねッ!!! 」
<――魔王との戦いの最中、微かに聞こえていた
エリシアさんとライドウの会話
……終始エリシアさんが押していた事もあり
安心して魔王との戦いに臨んでいた俺だったのだが……
……突如としてその時は訪れた。
不利な状況を脱する為、ライドウが
例の固有魔導を発動しかけている様子が見えたのだ。
……このままじゃエリシアさんが危ないッ!!
そう感じ、咄嗟に氷刃を放った
瞬間――>
………
……
…
「闘争の最中に余所見をするとは――
――何処迄も無礼な男よッ!!! 」
「なっ?! ……」
<――気の緩みだったのだろうか?
魔王が放った攻撃は俺の腹部に直撃し――>
………
……
…
「主人公っち?! ……」
<――俺の身体は宙を舞い、地面に酷く叩きつけられた。
……何処をどう負傷したかなんて医療知識の無い俺には判らないが
少なくとも……
“直ぐに立てる”様なレベルじゃない事だけは確かで――>
………
……
…
「主人公殿っ!!! ……」
「主人公ちゃんっ!!! ……」
<――俺を心配する人達の声が微かに聞こえる。
幸い腕も口も動く、早く回復しなければ……だが
起き上がろうとした瞬間よろけた俺を心配し、激しい戦いの最中
ほんの一瞬俺の方を向いてしまったエリシアさん。
……俺の所為だ。
この一瞬の所為で……エリシアさんは
ライドウの放った捕縛の魔導に捕まってしまった。
……クソッ!!!
これじゃ助けるどころか逆効果じゃないかッ!!! ――>
………
……
…
「さてと、此方の戦いに嫌な“氷”……いえ。
“水”を差してくれたあの男……どうやら姉弟子の大切な“男”の様ですし
あの男の死に様をぜひご覧頂く事に致しましょうかねぇ? ……姉弟子様? 」
<――成程
エリシアさんがブチ切れるだけの事はある。
此奴は相当なクソ野郎だ……けど
今このクソ野郎に構ってる暇は無い。
早く治癒して、魔王を倒――>
「……させぬッ!!! 」
「なっ!? ……」
<――魔王の放った攻撃は
俺の回復術師装備を指ごと吹き飛ばした――>
………
……
…
「ぐあ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!! 」
<――痛みにのたうち回る俺を心配し
皆が俺の為に動こうとして居る声が聞こえた……だが
……絶対に駄目だ!!
仮にも魔王と約束をした以上
今皆に助けられたら、魔王はこの戦いを止めなく成るだろう。
皆を……政令国家を滅ぼしてしまうだろう。
俺は……激しい痛みを抑え込み
力の限りに叫んだ――>
………
……
…
「来るなァァァァァッ!!! ……」
<――どうにか皆は踏み留まってくれた
だが問題は未だ解決していない。
この圧倒的に不利な状況から一体どうやって魔王を納得させれば良い?
さっきの男の子は何処に消えた?
全員を護る為には一体何をすれば良い?
誰にどう頼めばこの状況を変えられる?
散々悩み続けた俺の脳裏に過ぎったのは“ある男”だった――>
………
……
…
「上級管理者っ!! 助け……」
<――瞬間
当然の様に世界の時間は止まり……同時に
上級管理者の声が俺の頭に響いた――>
………
……
…
「全く君は……何で復帰早々死にかけてるのかな? 」
「……幾らでも馬鹿にしてくれて良いからこの状況から助けてくれ
若しくは助かる為のヒントをくれ。
いや、下さい……お願いします」
<――必死だった。
皆を救う為……絶対に誰一人失わない為、俺は必死に頭を下げ続けた。
だがそんな俺に対し、上級管理者は――>
………
……
…
「嫌だ……戻す前にも言った筈だよ?
“二度と君を助けるつもりは無い”……と」
<――そう冷たく言い放った。
俺の必死さなどまるで興味が無いかの様に唯無感情に……
……だが“はい、そうですか”と諦める訳にはいかない。
俺は、一か八か“ある脅し文句”を使った――>
………
……
…
「お、俺が死んだら……この世界が壊れるんだろ?!
お前が俺の事を嫌いなのは理解してるよ……けど!
お前が言ってたんだぞ?!
ほ、他の異世界から何人か此処に転生させてんだろ?!
そいつらも巻き添えに成ったら、管理する側としても不味いんじゃ……」
<――俺が全てを言い終わる前に
上級管理者は――>
「そんな些末な存在に責任なんて持つつもりは無いし、知らないよ。
兎に角……僕はこれ以上、君と君の世界に関わりたく無い。
出来る事なら永遠にね……では、さようなら」
<――そう言い残すと
上級管理者は俺の頭から消えた――>
「お、おい……待てよ!!! ……おいッ!!! 」
………
……
…
「痛みに苦しんでいたかと思えば……どうした? 人間」
<――動き出した時間
直後、魔王にそう問われた……だが、一体何を話せば良いのか
話すべきなのか……全く頭が回らない。
そんな俺の様子を暫く見つめた後、魔王は大きくため息をつき――>
………
……
…
「……少しは骨のある者かと思っていたが
間近に死が迫った人間など……どれも似た様な反応しか見せぬ物よ。
……つまらぬ」
<――魔王はそう吐き捨てると
静かな足取りで俺の元へと近づいて来た……怖い。
……だが、死への恐怖じゃない。
俺が死んだ時、皆がどうなるのか……
……その結果への想像が付き過ぎる事が怖かった。
直後……俺は恥も外聞も無く、縋る様な態度で魔王に対し懇願した。
いや、するしか無かった――>
………
……
…
「頼む……いや、お願いします。
俺は死んでも……い、いや違うッ! ……辛うじて生きてればそれで良い!
だから、政令国家にだけは手を出さないでくれ!!!
……いや、下さいッッ!
矛を収めて貰えるなら……その為なら裸踊りでも何でもしますから
お願いします……この通りですッッ!!! ……」
<――転生前の嫌な過去と
ダブる様な発言を進んでする程に追い詰められていた俺。
一方、そんな事などお構いなしとばかりに
魔王はゆっくりとした足取りで迫って来ていた。
だがそれでも、そんな魔王に対し俺は――
“皆を失いたくない”
――その一心だけで必死に頭を下げ続けていた。
だが、そんな時――>
………
……
…
「ふっ……なっ、情けない姿だな主人公よッ!!
きっ、貴様が怯えている姿を見られるとは、こっ……滑稽な事も有る物だ!
さ、さて……よ、良いか魔王よ!
こっ……この国は私が支配する! 新たな国の形を作る故
魔族に対し敵対はしないと約束しよう!
し、従って私の後ろにいる“低俗な魔導師”など相手にせず
わ、私との取引をだなッ! ……」
<――目を疑った。
俺の目の前にあった光景、それは……
……全身を震わせながらも必死に両手を広げ、魔王の行く手を阻み
俺を庇う様に立ち塞がって居た……
“ジョルジュ”の姿だった――>
………
……
…
「なっ……何してる?! ……馬鹿やってないで今すぐ逃げろ!!
魔王は君が勝てる様な相手じゃ無い!!
魔王さん! ……コイツは馬鹿だから欲をかいて出て来ただけで
決して俺を庇った訳じゃないんです!
貴方が相手にする様な高尚な相手では決して……」
<――そう必死に弁明する俺の目の前で
腕を振り上げた魔王は――>
「愚か者が……失せよッ!!! 」
<――そう言い放ったと同時にジョルジュを殴り飛ばした。
俺は……治癒魔導が使えない事すら忘れ
殴り飛ばされたジョルジュの元へと這い寄った――>
………
……
…
「何で……何で俺の事を助けようとしたっ?!
俺は君のお父さんの……憎むべき敵じゃ無かったのかよ!! 」
<――そう訊ねた俺に対し
ジョルジュは、息も絶え絶えに――>
………
……
…
「私は……貴様の事が心の底から大嫌いだ。
私の父上を……殺めたのだからな……だが、貴様は……正しかった。
そんな貴様を……私は誤解し……幾度と無く陥れようとした。
それでも貴様は命を掛けて……私を……私とこの国を
そうまでして守ろうと……した。
その礼に報いなければ、貴族……とは……言え……な……」
………
……
…
「……おい、ジョルジュ? ……ジョルジュッッ!!!
だ、誰か!! ジョルジュの治癒を!! ……早くッ!!! 」
<――俺を庇った所為で、ジョルジュは瀕死の状態に陥った。
死ぬな……頼むッ!!!
……ジョルジュだって政令国家の大切な家族だ。
今までジョルジュがやって来た俺に対しての悪行とか
今はそんな事どうでも良い!!
神様でも誰でもいい……誰かジョルジュを救ってやってくれ!!!
もう誰一人として失いたくないんだッッ!!! ――>
………
……
…
「……魔王さん、貴方が何を望んでいるのか俺には分からない。
だけど……食料としての人間が欲しいって理由で此処を攻めて来たなら
こんな事をしなくても、魔族が人間と同じ様に
普通の飯を食って生きられる方法を俺は知ってる。
だから……」
「ほう? ……それは面白い」
「そうだろ?! なら! 今すぐ攻撃を止めて俺の話を! ……」
「フッ……それは飲めぬ要求だ、諦めよ。
……我ら魔族は既に“悪鬼”と言う無尽蔵な食料を得ている
貴様らの様に個体差が大きく、効率の悪い食料を得ずとも良いのだ。
それと人間……貴様はある勘違いをしている」
「か、勘違い? 一体何を……」
「……我がこの国を滅する理由は“空腹”では無い。
貴様ら脆弱な人間共が我ら魔族に対し吐いた
唾の重さを思い知らせるが故である。
さて……往生際の悪い人間よ。
最後に、貴様の名を聞こう――」
<――そう言われた瞬間
“そんなの逆恨みだろ!! ”
って思ったし、他にも言いたい事は山の様に有った
だけど……もう何を言った所でこの状況が変わるとは思えなかった。
……皆を護る為
ずっと最適解を考えていた俺だったが
今更ながら嫌な事を知った……俺は、トライスターとして
覚える事の出来る技は全て覚えて居る上に
魔導力は転生前に決めた通り“カンスト”してる筈。
……固有魔導こそ失ってしまったが
それを差し引いてもこれ以上無い程に恵まれている筈……だが
経験の差ってのはそれをも容易に超える壁だと知ってしまった。
“情けない、俺にもっと力があれば” ……いや、この考えも間違ってるだろう。
仮にそんな力が有ったとしても、魔王よりももっと強い敵が出て来た時
俺の大切な場所や人達は、いとも簡単に奪われてしまうだろう。
そしてその度に……今回みたいな辛さを味わい続けるだけなのだろう。
転生前も、転生後もずっと……大切な物を
幸せを奪われ続ける運命なのだろう。
……そんな、マイナス思考の極致な思考に飲まれていた俺は
せめてもの負け惜しみだったのか何だったのか……
……今となっては自分でも全く分からないが
気がつくと……俺は
魔王に“全て”をぶつけていた――>
………
……
…
「俺の名前は……主人公だ。
怒りに任せて全てを壊し続け……一方的に被害者振って
冷静な判断も出来ない馬鹿な魔族の所為で
やっと手に入れた大切な全てを失いそうに成ってる――
“元いじめられっ子”で
“元ニート”で
“元人生負け組一直線”でッ!!!
――仲間のお陰で何とか此処まで生きて来られた
世界最強な幸運の持ち主だッ!!
……良いか、ちゃんと覚えておけよ?
お前が万能っぽく言った“悪鬼”とか言う食料が枯渇した時
若しくは今の俺みたいに“とんでもなくカッコ悪い姿”を
大切な人達の前で恥も外聞も無く晒さなきゃ成らない程
追い詰められる様な事態に成った時ッ!!
……俺が提案しようとした方法に少しでも耳を傾けてれば
お前も……お前の配下の魔族共も
どれだけ平和に暮らせてたのかって事を!!!
耳を傾けなかった事が、どれだけ愚かな選択だったかって事をな!!!
それと……」
<――まだまだ言いたい事は山程あった。
だが、怪我の調子が相当ヤバかったらしい……全てを言う前に
俺は……血反吐を吐いてしまった。
全く、最後まで……
“カッコ悪い”な、俺――>
………
……
…
「ほう……随分と威勢の良い事だな主人公とやら。
だが……我に対し斯様な態度を取った事
後悔し、我の糧と成り果てるが良いッ!!! ――」
<――うん、死んだ。
俺、確実に死んだ。
……魔王の顔も気迫も恐ろし過ぎて
正直、攻撃されてなくても死んでた自信がある位だ。
だが……絶対に死んだ筈なのに何故か生きてる。
何だ? ……一体何が起きた?
……って言うか
俺の目の前で
“対してキマっていない構え”を取ってるのは……
誰だ? ――>
………
……
…
「……何者だ、貴様」
「人に身分を訊ねる時は“まず自分から”だと爺やに教わったけど?
……まぁ良いや。
私はアラブリア王国第一王子……ムスタファだよ。
それより、主人公様が大怪我してる理由を是非とも教えて貰いたいね? 」
<――突如として俺の目の前に現れ、魔王に対し
“例のポーズ”を取りながらそう訊ねたのは……ムスタファさんだった。
何故いきなりこの場所にこの人が現れたのだろうかと疑問を感じていた俺
だが、そんな事よりも――
不味い、絶対に不味いッ!! この人は状況が分かってないッ!!
――兎に角、今は無礼か否かと考えてる場合じゃない
彼をこの場から逃がす事だけが先決と考えた俺は
慌てて説得を試みた――>
………
……
…
「ムスタファさん?! ……貴方じゃ絶対に勝てない!
後で幾らでもこの失礼な発言を責めてくれても構わないから……
……だから早く逃げてくれ!! 」
<――そう必死に訴えた俺だったが
ムスタファさんはこの危機的状況を全く理解していない様子で
とてもにこやかな表情で――>
「お久しぶりです主人公様! ……でも、大丈夫です!
爺や直伝のこの構えがあればどんな敵も……」
<――駄目だ“温室育ち”が過ぎて判って無いッ!!
仕方無い……せめて貴方だけでも逃がす為だ。
ごめん、ムスタファさんッ!! ――>
………
……
…
「……だから無理だって言ってんだろ!!
アンタの優しさだけじゃどうにも成らない局面なんだよ!!
……頼むから逃げろよ!
アンタまで巻き添えに成ったら俺は死んでも死にきれないんだよ!!
死ぬなら俺一人で充分だから……だから早く逃げてくれッ!!! 」
<――終始失礼な発言に成ってしまったのは
何としてもムスタファさんを助けたかったからだ。
……なのにこの人は俺の願いとは裏腹に逃げてはくれなかった。
一体何をどうすれば逃げてくれる?
どう言えばこの状況を理解してくれる?
そう、考えていた時――>
………
……
…
「……主人公様。
貴方は本当に無欲で純粋で……まさに聖人と呼ぶべき御方だ。
貴方が私の事を“世間知らずの王子”だと感じつつも
その様な素振りを見せぬ為、ずっと気を遣っていた事も理解していました。
そしてそれが、私から得られるであろう“利益”を考えての事では決して無く
貴方の優しさに依る所であるのだとも。
……だからこそ、その礼に報いる為
本来なら母国の者達にしか見せる事の無い
私の“力”を今日、貴方お見せしようと思っています――」
<――そう言いつつ
“対してキマって無い構え”を更に続けていたムスタファさん。
……だがおかしい、キマって無い筈の構えが段々とキマリ始めてる。
それと同時に、ムスタファさんの服の隙間からは
“何かが”ボロボロと剥がれ落ち始めた。
御札の様な……謎の模様が記された布切れが次々と
……尚も大量に落ちていく布切れ
そして……その全てが落ちた時。
魔王は勿論の事、ライドウまでもが警戒心を顕にし始め
気がつくと……
俺すらも身震いをしていた――>
………
……
…
「ムスタファさん、貴方は一体……」
<――俺はそう訊ねつつも感じていた
彼から漏れ出る規格外の魔導力を
鈍い俺でも一発で理解出来る程の……凄まじい
その“力”を――>
………
……
…
「私が能力を隠していた理由は……恐らく主人公様と同じ理由です。
……異質な能力であるが故、悪目立ちこそしても
利点など殆どありません……ですが、命の恩人を救う為です――
“美味しいお水”で救って頂いたこの命。
――その御恩を
今、お返しします――」
………
……
…
<――そう言い終えると優しく微笑み
俺に治癒魔導を掛けてくれたムスタファさん。
彼が使った技は当然の様に完全回復だった。
ってか……そう言えば
俺も“似た様なセリフ”をバルン村の村長に言った記憶があるのだが
俺はこんなに“格好良く”言えた気がしないんだよな――>
===第一〇五話・終===