すばらしい新機能
アマチュア投稿サイト『小説家にならねば!』に新機能が実装された。これまで本文を読まないと見られなかった挿絵が、作品の表紙絵として、新着小説一覧や検索画面でも表示されるようになったのだ。それに加え、なんと!オリジナル曲に限りBGMまで設定できるようになった!!作家は自分の小説の主題歌なりイメージミュージックなりを読者に聴かせることができる。ライバルサイト『Kakisiv』に倣ったものとはいえ、これらの劇的な仕様変更のおかげで各作品の読まれやすさが向上し、評価の幅が広がるかと思われた……が、現実は甘くはなかった。
道楽で執筆している日曜作家達はさておき、自作品の書籍化を本気で狙うプロデビュー志望達は手段を選ばない。新機能が追加されるやいなや、表紙絵もBGMも大金を積んで本職のアニメーターなりミュージシャンなりに製作を依頼し、薄布一枚着けて腰を振る水風船巨乳美少女や凶器顎美青年のGIFアニメと、アニソンやゲーム曲さながらの本格的なBGMとが、たちまちトップページにあふれた。評価の幅が広がろうとも、もともと強い者が絶対に強く、それぞれの分野で、これまでと同じヒエラルキーが築かれただけだった。むしろ、絵や音楽という、文才だけではどうしてもカバーできない要素が大きなウェイトを占めるに至り、文章を書くしか能のない底辺作家達はさらなる苦境に追い込まれていった。しかし“ならねば作家”達の終末戦争は始まったばかりだった。
挿絵機能を使って漫画を連載する者があらわれた。BGM機能を使ってアマチュア声優に本編を読み上げさせる者があらわれた。人気作家達は、もはや本文など誰も執筆していない。物語の良し悪しよりも、毎日定刻に次から次へ新作を投稿することが、読者を引き留めておくうえで最重要なので、運営が巡回させている規約違反作品削除AI<イレイザー>に“無意味な記号の羅列”と判定されないだけの意味ありげな文章を、作家側もランキング上位作品の文体を抽出し模倣するAI<ゴーストライター>を使って自動生成させる。一ヶ月ぶんのストックを投稿予約にセットしたら、各出版社が人材発掘AIに設定しているスカウト基準点数に到達するまで、評価ポイントの推移を見守るのみだ。
さて、一方で読者はどうかといえば、こちらもAIを活用していた。なにしろ、一日あたり数千万本もの新作に目を通す時間がないので、作品全体に占める台詞の割合や、挿絵の肌色率や、BGMのメジャー曲との一致度を参考に、読者本人はひと文字も読むことなく「尊い」「エモい」などの定型文と評価ポイントを自動送信させる。一作品を分析・評価するのにコンマ三秒もかからない。読者の持ち点はアカウントひとつにつき一点。評価するか、評価しないか、の二択。段階評価は何年も前に廃止された。そもそも基準があいまいであり、満点以外の評価にはデメリットしかないからだ。
作家が執筆していない小説を、読んでいない読者が評価せずに評価し、本文に何の意味もない作品群がオンライン書店に続々と並び、『小説家にならねば!』はAIのアクセスで大盛況だったが、大量の画像ファイルと楽曲ファイルのせいでサーバーに過負荷がかかり、あるとき運営からのお知らせが発表された。連載中のまま長期間更新されずにいる作品や、読者の少ない作品を、負荷軽減のため削除するという。作家以外のクリエイターの手によるbot小説が評価ポイントを荒稼ぎする裏で、サーバーの奥底へ埋もれていった化石のような小説は根こそぎ駆逐されてゆき、こうして、手作業でちまちま執筆する人間の作家も、自らの想像力を駆使して読む人間の読者も、完全についてゆけなくなった。
こんな状況になってもメディアでは『小説家にならねば!』が大人気と喧伝され続けた。作家も運営も出版社も書店もマスメディアも商売さえできればよく、読者は周囲と同じ話題に乗れさえすれば安心なので、小説は今や無から流行を生み出すための便利な道具、機構、概念にすぎなかった。AIがSNSにアップロードした自動生成の紹介記事をフォロワーのAIが引用し、引用記事をさらに別のAIが引用し、ウェブ上ではみんな小説に興味がありますという体で、実際には誰も見ていない自動評価の輪が拡散してゆく。面倒な娯楽はロボットに任せる時代だ。何が書いてあるかなど、どうでもいい。新しい小説が絶え間なく量産されるだけで、みんなが幸せになれるのだから。
おわり