第9話
領都についた俺たちは正門から街中を通らずに、屋敷と目と鼻の先にある裏門からそのまま屋敷に入った。
「お帰りなさいませ若様。王女様もご無事で何よりです」
「ただいま戻った。客人もいるから部屋の準備を頼む」
「すでにご用意してあります。食堂で奥様がお待ちですので」
「わかった」
さすがは侯爵の屋敷。庭があって、噴水があって、バルコニーがあって、三階建て。お出迎えに執事とメイドがずらりと並んだ姿は壮観だった。
「本当に俺たちが屋敷にお邪魔して良いのか?」
「良いさ。明日には一緒に王都まで行くんだし。それに部屋も無駄に余ってんだから」
馬車は執事たちに預け、カインに案内されるまま屋敷の中に入った。エントランスホールの天井には巨大なシャンデリアが吊るされていて、俺たちはその真下を通り食堂に向かった。そこに至るまでの廊下の、壁や台の上に高級そうな絵画や調度品が飾られていた。
「カイン兄ちゃんだー!」
「王女様も一緒だー!」
目の前から瓜二つの男の子と女の子が駆け寄ってきた。
「こらこら、お客さんが来ているんだから。まずは挨拶だっていっただろ」
「初めまして。レクト=ローレンスです」
「初めまして。レイナ=ローレンスです」
双子なのか息がぴったり合っている。
「兄ちゃん、母さんが食堂で待ってるよ」
「何か大事なお話があるみたいだった」
「終わったら風呂入ろうな」
「王女様、また私が背中流してあげる」
双子はそれだけ告げてどこかへ去っていった。
「騒がしかったな。久々に俺が王都から戻ってきたのが嬉しいのだろう」
「懐かれてんだな」
そう言うとカインは苦笑いをしていた。双子と別れてすぐ俺たちは食堂に着いた。
「母上、ただいま戻りました」
「おかえりカイン。お勤めご苦労様です。シャルちゃんもよく無事だったね。旅の方も二人を助けていただきありがとう。色々話したいことがあるとは思うけどまずは夕食にしましょう」
そこに用意されていたのは王国では建国際や誕生日などのお祝いの席で出される料理だった。さすがは侯爵お抱えの料理人が作る食事、と俺みたいなただの冒険者が感想を述べるのは烏滸がましいが、ウィルが作る料理の味が霞んでしまう位には旨かった。味に正直なミーアは遠慮なく何度もお替わりを頼み、給仕たちが次から次へとお替わりを運んでいて、その隣にいたマリアが申し訳なさそうに頭を下げていた。反対にウィルの方は料理の味を一口ずつ噛みしめて食べていた。
「すまない、ミーアのやつ見た目に似合わず大食いでな」
「あんなかわいい子がおいしいって言って食べているのを見たら、生産者も料理人も涙流して喜んでくれるよ」
そうだといいけど。そして食後にはデザートが配られた。さすがにデザートにお替わりは無かったからかミーアもご馳走さまをした。
「奥様、王都から早馬が戻りました」
「お通しして。皆さんもお済みのようですので本題に入りましょう。旅の方々初めまして、私はレノア。ご存じの通りカインの母です。あなた方がいなければカインはお勤めを果たせなかったでしょう。本当にありがとう」
そう言ってカインの母、レノアさんは俺たちに深々と頭を下げた。
「母さん、領主代理が滅多に頭下げるもんじゃないよ。……それで、王都からは何て」
「陛下とお館様から連名で書状を預かってまいりました」
「このことを知っているのはお二人以外にいるのか」
「王妃様と諜報部はご存じのはずです」
「わかった。ゆっくり休んで行ってくれ」
カインが受け取った書状には、二人の無事を祝い俺たちを城に呼び褒美を授けると書かれ、追伸でカインには引き続き勤めを果たせと書かれていた。
食堂で話し合いを終えた俺たちはそれぞれに用意された部屋で休んでいた。すると双子の弟を連れたカインが着替えを持って俺の部屋にやってきた。
「アスラン、お前も風呂に行くぞ」
「兄弟二人きりの入浴じゃなかったのか」
「寂しいこと言うなよ。ウィルも呼んでみんなで入るぞ」
ウィルも呼んで浴場に向かうと女性陣もおなじ考えだったのか向こうから、シャル姫、双子の妹、マリアとミーアがやってきていた。
「心配するな。屋敷の浴場入口は一つだが中はしっかり二つに分かれている。どっちが入り終わるのを待つ必要はないよ」
カインが言う通り、扉の向こうで二手に分かれていた。剣の湯と盾の湯と名前が付けられ、男湯と女湯が毎日入れ替わるらしい。今日の男湯は剣の湯だった。
「いやぁ〜。ここが一番我が家を感じる場所だよ」
「兄ちゃん帰ってきたらいつもそれだな。お城にもお風呂はあるのに」
「そうだけど、何か違うんだよ。何だろうな?」
「知らねえよ」
「分かったぞ、レクトがいないからだ」
「やめろよ。恥ずかしい」
そんな風にじゃれ合う兄弟を傍目に俺は体を洗っていた。ウィルはと言うとさっきからずっと入口で立ったまま驚き固まっている。
「ウィル、いつまで突っ立ってる。はやく来ないと体が冷えるぞ」
「そんなこと言ってもこれ見て驚かずにはいられないよ。第一アスラン達と行動するようになってから驚きの連続だったけど、今回もそれに匹敵するよ」
今まで何度か浴場に立ち寄ったことはあるが、お湯の出てくる場所がライオンの彫刻になっている場所は初めて見た。
「それにしてもそこまで驚くようなことあったか?まぁ湯船に浸かればそんな思いはお湯に流されるよ」
ウィルもようやく動き出して湯船に浸かる。すると次の瞬間にはもう完全に気を抜きリラックスしてしまった。
「二人とも溜まっていた疲れが取れるだろ。湧水を引いて沸かした自慢の風呂さ」
そう言って弟とじゃれ合っていたカインが隣にやってきた。
「ウィルを見てくれ。こいつがこんないい顔しているのを見るの、初めてじゃないかな」
「それは良かった。ところでアスラン、今回の賊お前ならどう分析する?」
「最初からその場にいたわけではないから確かな事は言えないが、状況だけ見てもただの賊ではないのは確かだろう」
「そのわけは?」
「あの人数差だ、普通なら貴重な毒薬を使わずに数で押し切るはずだ。なのに毒を使ったと言う事はシャル姫の本性とカイン達の実力をある程度分かっていたということになる」
「お前もそう思うか」
カインは湯気で白く曇っている天井を見上げながらそう唸った。
「だとしたらごく少数しか知らないはずのお忍びの日程とルート、それに護衛に当たる人数の詳細な情報がどこかから漏れていたことになるな」
「ガランド卿が尋問しているのだろ。情報が分かるまではここで闇雲に詮索しない方が良いだろう」
「そうだな。あとはじいと王都の諜報部に任せるしかないか」
そうしているうちにさっきまでは天井伝いに響いてきた女湯の音が聞こえなくなり、レクトも逆上せそうになっていたので、みんなであがることにした。
俺たちがあがるのと同じタイミングで女湯の方も出てきた。入浴後の冷えたミルクを飲み終え、明日の出発時間を確認しそれぞれの部屋に戻った。俺はそこまで眠くは無かったのだが、お日様の香りがするふかふかな布団に入るとすぐに睡魔に襲われた。
みなが寝静まったころ、バルコニーで佇む二つの影があった。
「眠れないのかシャル?」
「えぇ、夜風に当たりながら星を眺めていました。そういうカインはどうしてここへ?」
「便所の帰りに開いているのを見かけたからな。眠れないのならホットミルクでも飲むか」
「いえ、大丈夫です。彼らがもしあそこを通りかからなかったら、今頃私たちはどうなっていたのでしょうか?」
「もしそうだとしてもじいが兵を連れてくるまで、皆でたとえ誰かが一人だけになったとしても必ずシャルの事を護って見せたよ」
「そうですか。やはり犠牲者が出てしまうかもしれなかったのですね」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今回は無事に皆助かったんだからそれでいいじゃないですか。もう部屋に戻りましょう。明日も早いですし、せっかくお風呂であったまった体が冷えてしまう」
この時、シャルロット王女が何を思っていたか誰も知る由もない。ただ一人夜空の星に決意を告げたのであった。
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