第6話
ローランド王国に入国して一週間がたった。ある時ウィルの商品の中に貴重な薬草があることを知ったマリアが相場の倍の値段で買い取ろうとしたがウィルに止められ結局2割増しで買い取っていた、なんてことがあったが旅は順調に王都に近づいていた。そんなある日何気なく呟いた俺の一言で足止めを食らっている。
ウィルが仲間になって旨い飯が食えるようになったのだが、いつもメインが一角兎の肉を使った物だったのだ。道中での遭遇率が高く処理も簡単で食用可だから自然とそうなるのは分かるが、たまには他の肉が食いたいなと思ってウィルに聞いたらウサギ肉しかないといわれ、だったら狩り行くといって森の中で一人、絶賛グレート・ボアと格闘中である。
グレート・ボア、ワイルド・ボアの上位種で肉は美味。ただ通常の剣では刃が通らず、一般的には罠にかかっているところをタコ殴りにして仕留めるらしい。ただそんなやり方では肉質が落ちるらしく、高級料理店に直接卸すような凄腕の狩人は、専用の武器を使い頸動脈を一発で切り裂くようだ。しかし凄腕の狩人でも滅多に遭遇できず三日三晩森で張り込んで見つかるかどうからしい。そんな魔物と一発で遭遇する俺は運が良いのか悪いのか、ただ幸いなことに今俺は魔力の込め方次第で切れ味が変動するあの万能ナイフを持っている。このナイフなら簡単に頸動脈を切り裂けるんじゃないかと思っている。その目論見は的中し疲労でスピードが落ち判断力が鈍ってきたグレート・ボアの突進のすれ違いざまに頸動脈を切り裂くことができた。張り切りすぎて首を刎ね飛ばしてしまったが。
血抜き処理を終えて死体をマジックバックに入れて、森を出ようとクロに跨ろうとしたとき、どこからか助けてという声が聞こえてきた。正確には頭に直接響く感じだったが空耳にしては妙だと思い、無視するわけにもいかず声の主を探したら木の洞で丸まっている少女を発見した。目立った外傷とかは見当たらないが、衰弱して今にも死にそうだったので、マリアに診てもらう為に連れて帰ることにした。森を出ると一人のはずの俺が半裸の少女を連れているもんだから二人とも驚いていたが、マリアが直ぐに診てくれた。
「あの子、どういう経緯でその場所にいたかは分からないけど空腹と睡眠不足から来る疲労ね。起きたら何か消化の良いものを食べさせれば大丈夫だと思う」
「それならお粥さんの出番だね。それにしてもアスランが仕留めた獲物がグレート・ボアだったのには驚いたよ。それもかなりいい状態だったしね」
ウィルが一番驚いたのは少女を連れてきた事ではなく、俺の仕留めたグレート・ボアの方だった。仕留め方が良かったので肉の状態が良いらしく、最初はシンプルに焼肉にしようということで今下拵えをしている。薄く切られた肉がただ鉄板で焼かれる音さえもが食欲を刺激した。焼き上がり塩とハーブで味と香りが整えられ、見た目と香りだけでおいしい物だとわかる。いざ食べようとしたとき『キュルル』と可愛いお腹の音が鳴った。俺でもウィルでもない、マリアかと思ったが違うみたいでいったい誰がと思ったが、どうやらテントで寝ていた少女が肉の焼ける匂いに誘われて起きてきたみたいだった。
「ミーアもお肉食べる」
そう一言だけ発して、ちょこんと座った。名前はミーアと言うらしい。本来なら胃が空っぽの状態で肉を食べるのは危ないことなのだが、せっかくのグレート・ボアの肉を食べさせないのは可哀そうに思い、薄い奴を一枚だけ食べさせた。
「いたたきます」
久々に食したものがグレート・ボアの肉、とてもおいしかったのだろう一枚をすぐに食べ終えたミーアは器を前に出して二枚目を要求する。だがウィルが渡したのは二枚目の肉ではなくお粥が入った器だった。
「それお肉じゃない。ミーアそれ嫌い。ミーアお肉が良い」
「お肉じゃなくてお粥さんだ。それを完食できたら、お肉を焼いてあげるよ」
「わかった」
しぶしぶといった感じでお粥の器を受け取ったミーアだったが、二枚目の肉の為に一口目を食べたらさっきの嫌い発言はどこへいったと思ってしまうほどのスピードで平らげた。器に二枚目の肉がのせられたら一口で食べ、今度はお粥のお替わりをして食べ終えたらお肉とお粥を一緒にお替わりする。そんな風にミーアはその体には似合わない量を食べていた。
「ミーアちゃん、病み上がりにそんなに食べない方が良いよ」
『ミーアは大丈夫だよ。まだ八分目にもなってないから。それにこの焼いたお肉とお粥さんだっけ、今まで食べてきた物の中で一番美味しいもん』
マリアが食べるのを止めようとしたが、ミーアは食べるのを止めずに大丈夫だと答えていた。ミーアの奴食いながら喋るとは器用なことをするな。
「ミーアちゃん、食べるか喋るかどっちかに集中しなさい」
『どっちも集中してるよ』
「そんなことできないよ。……えっ!なんで、腹話術?どういう事?」
マリアも混乱しているみたいだ。ミーアの口元を見ていたら直ぐに分かることなんだが、ミーアの口は食べるためにしか使われていない。それなのにミーアの声が聞こえるから不思議なのだ。
『これは念話だよ。声に出さなくても会話ができるようになるんだよ』
「そんな力があるなんて来たことないよ」
「僕もないね」
もちろん俺も聞いたことがない。どんな仕組みで会話できるのか気になるところだが、そろそろミーアを止めないと。
『知らないのは仕方ないよ。だって念話は竜種の技術だから。人間相手に使ったのは初めてだけど使えなかったらおかしいね』
「だったら何だ、ミーアお前は自分が竜種だっていうのか?」
『そうだよ。今は人型に変化しているけど、本物の竜種だよ。だから病み上がりにお肉をたくさん食べても大丈夫なんだよ。生肉は遠慮したいけど』
「わかったから、そろそろ食べるのを止めないか。俺たちの分がなくなってしまう。」
まだマジックバックの中には残っているが、たくさん用意してあったバラ肉とロースの殆どをミーアが一人で食べてしまった。
『ごめんなさい』
「大丈夫だよ。君の食べっぷりに嬉しくなって焼き過ぎた僕も悪いから」
「ありがとう、ごちそうさま」
くだらないことだが、竜種にも頂きますとご馳走さまの文化があることに驚いた。
「ミーアお礼してなかった」
俺たちが肉を食い終わるまで待っていたミーアはおもむろに頭を下げた。
「さっきは助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。でもにわかには君が竜種だとは信じられないんだけど。」
「そうだね。なら見てて。えい!」
その可愛らしい掛け声と共にミーアの体から煙が生じたと思ったら直ぐに霧散していき、さっきまでミーアが立っていた場所にミーアの髪と同じスカイブルーに鱗が煌めく竜がいた。
「ミーアちゃん、本当に竜だったんだ。きれいな鱗ね。」
『そうだよ。ありがとうお姉ちゃん。ミーアも好きなんだ。……あっ!ミーアまだお姉ちゃんたちの名前聞いていなかった』
言われてみればそうだ。ミーアの一人称がミーアだったからてっきり自己紹介を済ませたものとばかり思っていたが、よくよく考えたらミーアは起きてからお礼も忘れるほど肉とお粥に夢中だった。
「俺はアスラン」
「私はマリアよ」
「僕はウィリアム。ウィルって呼んでね」
『アスランお兄ちゃんとマリアお姉ちゃんとウィルお兄ちゃんだね。ミーアの名前はミーアで竜種なのはもう知ってるしあとは、そうだ竜種でもミーアは天空竜っていう上位竜だよ』
自己紹介を終えたミーアはまた掛け声と共に煙が出てすぐ人型に戻った。
「ミーア、竜種にしては小さくないか?」
「僕もそう思うよ。あの時のワイバーンの方がよっぽどでかかった」
『それはミーアがまだ成長期だからだよ。それとウィルお兄ちゃん。ミーアはご飯を作ってくれた恩があるから我慢するけど、もし今後他の上位竜にあった時にあれの名を口にしたら殺されるかもしれないから注意してね』
「すまない。気を付けるよ」
『うん。その方が良いよ。そもそも対話が不可能なあれと、念話で対話が可能な竜種を何で間違えるの。竜種はあれと違って略奪や自然破壊なんてしないのに』
ワイバーンも竜の一種だというのが人間の常識だったが、本物の竜種のミーアからしたら全くの別物らしい。対話が可能か不可能か、その明確な違いを示されたら納得してしまう。
「ねぇミーアちゃん、さっきから気になっていたんだけど、念話だったりそうじゃなかったりするのは何でなの?」
『それはミーアがまだ人間形態での力のコントロールに慣れていないからだよ。だから口でしゃべるとき舌がうまく使えず片言になってしまうの。それにさっき使ったフォークちょっと変形させちゃった』
本当だ、よく見たら柄の部分が曲がっていた。だがそこまで気にするほどのものでも無かった。
「それでミーア、まだ成竜にもなってない君がどうしてあそこに一人でいたんだ?」
『ミーア、飛行に特化した天空竜なのに同世代の子たちより風を掴むことが下手で、年下の優秀な子たちにすぐに抜かされて。みんな優しいから馬鹿にはされなかったけど、天空竜なのに風を掴めないことが許せなくて、夜な夜な自主練をしてたんだ。そして二日前、ようやく自主練の成果が実って風を掴むことができるようになったミーアは自由に満天の星の下を翔る感動を知って、心行くまで飛んでしまったの。そして気づいたら知らない空、お腹も減って喉も乾いて大変だった。ちょうど下から水の音が聞こえてきたから迷わず降りたの。夜で暗かったから見られなかったと思う』
「そのとき夜が明けて竜の姿のままだったら簡単に見つかってワイバーンと間違われてしまう。だから俺と会ったときは人間の姿だったのか」
『そうだよ。本当は人間の姿で人里を探すつもりだったんだ。でも変化の際に残りの魔力を使い果たしちゃって、何とか寒さをしのぐために木の洞に入ったけどそこで気絶してしまったんだ』
というようにミーアは迷子で親や知り合いはミーアがこんな状況にいることは知らないということだ。
『多分ミーアは迷子になるんだろうけど、誰も心配していないはずだよ。だってもうすぐ独り立ちの日だったから』
「だとしても一度会いに行った方が良いと思うぞ」
『ミーアもそうしたいんだけど集落の場所が分からないの。知り合いの成竜に聞くのもいいけど巣の場所が分からないし、彼らの巣はたいていが活火山の火口や万年吹雪の山、常時嵐の止まない孤島みたいな場所にあって、訪ねるのは不可能だよ』
それは不可能だな。話を聞いているだけでその場に行かなくてもわかる。
『それにもし自然現象が治まって行けるようになっても、その時はすでに巣立った後だから』
「ほかに方法はないのか?ミーアみたいに人に変化している奴を探すとか」
『そんな物好き千年に一人いるかいないかだよ。だから会える可能性はゼロだよ』
「こんなところで話していてもキリがないからとりあえず次の街に行きましょう」
俺もそんな気がしてきたのでマリアの言うようにこの場は切り上げ、ミーアもつれて次の街へ向かうことにした。その街はローランド王国北部最大の交易都市マーブルだ。
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